| 2011年04月10日(日) |
アンプラグド・ライブ素敵すぎ |
千鳥ケ淵の桜はキレイでした。

土曜日は夫とお花見。ちょっと曇りでしたが雨は降らず。
九段下で下車ー北の丸公園ー千鳥ケ淵ー皇居のまわりをぐるり、
ー有楽町のニッポン放送前を通り(スタジオ内の様子が外にモニターで映し出されていてましゃのお姿も拝見できた。)
ー東京駅のオアゾで本屋をぐるぐるして帰って来ました。
9日(土)午後1時から10日(日)午後1時までの
「ニッポン放送 ラジオ・チャリティ・ミュージックソンSP
福山雅治 I'm with U キミと、24時間ラジオ」。
無事に完走されましたねー。
全部ではないのですが、かなりの部分を録音してあるので、あとでじっくり聞かせていただきます。
いつもの「たまラジ」の時間帯のアンプラグド・ライブと、
ところどころのおしゃべりだけちょっと聞いたのですが、ゲストも多くて賑やかで、
でも軸はしっかり被災者の方に向いていて気持ちのよい番組でした。
24時間テレビだと観ていてこっぱずかしくなる、煽りすぎな画面とかがどーしてもありますでしょ。
音声だけというのはそういうのがなくていいわ。
ましゃとリスナーの会話も、いつも通りナチュラルですし。
相手が芸能人でも先輩でも後輩でも、一般人のお嬢さんでも昔お嬢さんだった人でも、
地方局のアナウンサーさんでも、いい意味で変わらない、気持ちのよい会話ができる人ですな。
気のいいあんちゃん全開で、だけどきっちりしてて、聞いてて肩凝らない。
「ラジオが好きというだけで24時間乗り切れるのか! という、
自分に対してちょっと試すようなことをしているのですが、ラジオが好きなので全然苦じゃないです。
9日10日は本来は宮城の仙台市でライブをやる予定でした。
この日に24時間ラジオをやろうと思ったのは、
ライブに来てくれるはずだった東北の方々と、ラジオを通じてなら
何か届け繋がることができるのでは、と思ったからです。
東北放送や福島放送なども協力してくださって長時間のオンエアをしてくださっています。
あくまでも個人的な思いから始めた今回のこのラジオですが、個人的で一方通行にならないよう、
なるべくお互いの気持ちや思いを交換しながらの時間にしていければと思っています。」
スタジオを移動してのアンプラグド・ライブは本当に素晴らしかった。
「イマジンスタジオ、目の前にお客さんはゼロです。
でもラジオの前には仙台のライブに来てくれるはずだったキミが、そして全国のキミがいる。
目を閉じれば僕のイメージする観客席にはお客さんが無限大。そういう気持ちです。
東北放送で聞いているキミ! 行きますよ! ラジオ福島、茨城放送、岩手放送、
そして全国のラジオの前のキミ! 行きますよ!!」(ライブではお決まりの呼びかけ口調)
演奏はいつものライブと同じ最強バンドメンバーを揃え、
ギター×2、サクソフォン、フルート、ベース、パーカッション、ピアノの、
電気を通さなくても本当に厚みのあるカッコいい音。
AMラジオなのにこんなステキに聞こえるなんて、というかAMなのにこんなに惜しげもなく
最高の音を届けてくるとは、その心意気がもうステキすぎです。
HELLO 幸福論 蛍 群青 少年 明日のSHOW 心color アンモナイトの夢(インスト)
リスナーの正直な感想がまた面白くて。
「思った以上に本格的ですね。」「いつものライブだー。」
「ヤパイです! ラジオでのライブ、馬鹿にできない。」
「ラジオってこんなに臨場感があるとは思いませんでした。ライブ最高!」などの感想に、
福山「ははは! 思った以上に本格的だそうですよ! 誉められた! 誉められたよ!
みんなきっと、そうでもないだろうと思ってたんだね。でもやりますよ!
ツアーメンバー来てくれてるんだから。」
演奏も素晴らしかったが福山の歌もライブのままの力強さでした。
午後1時からずっとしゃべりっぱなしで深夜を迎えたのに、これほど歌えるということに驚愕しましたよ。
もっと驚愕したのは、24時間しゃべりつづけた本当のラストのラストに、アコギ1本の弾き語りで
「桜坂」を声を枯らすことなくしっとりと歌いきってくれたというのがね。
超人ミュージシャンだったのだわこの人。
音楽ってすてきだー。
| 2011年04月08日(金) |
何度でも、と言われたってなあ |
本震後1ヶ月はデカい余震に注意、とは聞いていましたが、
もう何回も震度5レベルはあったし1ヶ月近くたってるし、
そもそも気象庁の予想だってデカいのがくる確率は10%以下とか言ってたのにね。
やっと片付けの成果も見えてきて、さて次は!という矢先にまたやりなおしというのは、
身体の疲労もさることながら、それ以上に心の疲労感がハンパないですよね。
でも放っておいたって勝手に元通りにはなってくれないし。
数日前の「めざまし」でしたか、亀裂や段差が入ってめちゃくちゃになった道路を、
6日で元通りに復旧させた日本の技術に海外が驚愕、といった特集をやっておりました。
道路のみならず、落ちた橋を自衛隊の人海戦術で8時間で通したり、自衛隊が所有する浮橋が
水の中に投入されると自動的に開いて、それを次々に繋いでゆくことによりあっという間に海の中に
長い橋ができあがったりとか。
しかも8時間で仮復旧の橋でも重機や輸送用の大型車両が充分通れるし、浮橋も戦車だって
通れるという堅固な出来上がり。
日本のこういう技術は本当に凄いらしいのだが、そういうものだと思ってしまっているせいか
外から「それって凄いんだよ」と言われないと「凄いことだったんだー」と気づかないものです。
というか、実際に作業を目の当たりにすることなんてないしね。
またたく間に堅固なモノが美しく出来上がってゆく様子は、本当に面白くて感動的でした。
一部しか復旧していない東北新幹線にしたって、
ぐしゃぐしゃになった仙台駅舎とか、立ち並ぶ電柱がずーっと斜めになってしまっている様子とか見たら、
復旧するのにいったい何年かかるのだろう・・なんて思ったりしたのですよ。
にもかかわらず「4月末までには全面復旧」。これも本当はとてつもなく驚愕すべきことでしょうが、
できるというならできるのだろうなー、と、わりとあっさり納得してしまったりして。
いやマジでニッポン凄いらしいですよ奥さん。
自分は枕木一本、鉄板1枚運んでないのでその凄さを1ミリも担っておりませんが。
で、なぜそんなに凄いかといえば、
「台風とか地震とか頻繁にある災害大国で、対応に馴れているから。つまりは経験が豊富だから。」
おお。しごくまっとう。
災害の経験にはいつだって多くの悲しい犠牲がつきものだから、できれば経験しないで済む方が
絶対にありがたい。でも経験してしまったら、それを余すところなく今後のために生かすしかないですね。
しかし。
作業に対して超本意気で、超統制のとれた最大級の人数を配置して、最先端の技術を駆使してるから、
とはいえ、あーいうことができてしまうことがわかってしまうと、
いつになっても何年たってもずーっと進展がない(ように見える)うちの近所の道路工事とか、
いったいなんなんでしょうね? ま、それはそれでそういうやり方に意義があるのでしょうね。(そ、が多すぎ)
| 2011年04月06日(水) |
『心を整える。』長谷部誠 |

敬服。
心から敬服。
見た目もカッコいいのに中身のカッコよさといったらそれをはるかに凌ぎます。
言わずと知れた、サッカー日本代表チームでゲームキャプテンを務めた長谷部選手の著書です。
サッカーに特に興味があるわけでもなく、サッカー選手としての長谷部がどれくらい凄いかも、
実はまったくわかっていないわたしです。が、それでも読んでみたいと思ったのは、
見た目は絵に描いたような爽やかなオトコマエで、っつーかむしろ「やさおとこ」なビジュアルで、
正直、そんな目立つプレーとかで印象に残っているわけでもないけど、
でも百戦錬磨の猛者が揃う日本代表チームをまとめあげるキャプテンで、
しかも愛読書がニーチェとか、いったいどーいう人なわけ!? というみーはーな理由からでした。
どんな環境でも一定以上のレベルのプレーを続けるには「つねに安定した心」が必要である、
というのが長谷部の持論で、そのための「心を整える」方法が、とても具体的に書かれています。
かと言ってただの精神論ではなく、ただのハウツーものでもないのです。
体調管理、身のまわりの環境づくり、ものごとの考え方、取り組み方、
選手や監督をはじめあらゆる人間関係から学ぶこと、心がけていること、などとにかく多岐にわたり、
それはつまり長谷部誠という人の「生き方」そのもののご紹介になっているわけで。
「これといった長所もなく、華麗な経歴もない僕がここまで生き残ってこられたスキルと概念です。」
と、まえがきに書かれていますが、いやいやいやいや。
27歳という若さでありながら、なんと素晴らしくバランスのとれた一流の人間に、
自分自身を鍛え上げてこられたことか。
どのエピソードもとても興味深いのですが、長谷部とはこういう人だったのだ、というのが一番よくわかるのが、
ドイツでの所属チームの契約延長を決める時のお話。
チームの上層部と長谷部の代理人との間にこのようなやりとりがあったそうなのです。
「実はハセベのプレーがあまり印象に残っていない。彼の良さはどこにあるんだい?」
「確かに彼のプレーは目立たないかもしれない。でも90分間、彼のポジショニングを観続けてくれ。
彼がどれほどチームに貢献しているかわかるはずだ。」
そして後日、
「きみの言っていたことがわかったよ。彼は組織に生まれた穴を常に埋められる選手だ。
とても考えてプレーしているし、リーグ全体を見渡しても彼のような選手は貴重だ。」
こういう姿勢がサッカーだけでなく自分の生きるフィールド全体に生かされているからこそ、
人間関係や時流をも鋭く見極め柔軟に対応できる、頼れるキャプテンでいらっしゃったのでしょう。
アジアカップの時の裏話も色々あって本当に面白いですー。
あの時にそんなことが起きていたのね!と。選手の顔もいっぱい浮かんでくるし。
座右の書の一冊に加えさせていただきますよ。
印税は全額、震災への寄付金になるそうです。
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