ずしりと重い作品でした。
でも観ていてイヤな気持ちになるわけではないのはナゼでしょう。
この登場人物の誰にでも共感できそうな、でも絶対したくないような。
被害者だったはずの者が、すべて加害者になる。
被害者であることを口実に、復讐を正当化する。
あるいは被害者としての弱さを認めたくないために、加害者になり力を誇示する。
憎しみの連鎖により広がってゆく悲劇、というわけではなく、
それぞれが自分の中の弱さ寂しさ醜さ自己顕示欲に気づき、絡めとられた瞬間から、
圧倒的な無力感と絶望感のはけ口がわからなくなってどんどん自滅してゆく、という感じです。
陰惨なイジメやスプラッターな殺人シーンよりはるかに怖いと思えたのは、
自分は生徒に寄り添い理解していると思っている新人熱血教師の空回りっぷりと、
その熱血教師にうわべだけ徹底的に合わせ、明るさ素直さを演じきる生徒たちでした。
相手のためを思う、相手のことを理解する、という努力の方が異質に見え、
イジメや復讐が淡々と行なわれるのがあたりまえ、と思える世界は本当に怖い。
重いお話だとは聞いていたので、岡田将生くんが一服の清涼剤になってくれるのかと
思っていたのですが、イヤイヤイヤイヤ。
あのカッコよさがむしろ、異質さをさらに際立たせていて観ているのが辛いったらありゃしない。
もちろん、配役としては大正解ということなのですが。
この映画の中で、唯一救いを感じる場面というのは、
加害者となった者たちが激しく泣き叫んだり慟哭したりする場面です。
それは必ずしも良心の呵責に耐えかねて、という理由の慟哭ではなく、
ただ自分の思うとおりにいかなかったというだけのことかもしれないのだけれど、
たとえそうだとしても、押さえきれない感情に泣き叫ぶ、という行為に
唯一の人間らしさが感じられたのです。
この話に救いはあるのか、もうちょっと咀嚼しないとわからないです。
森口先生の最後の言葉に希望を見出すなんて無理がありすぎる気がしますし。
ただ、もっとじっくり味わってみたいという気持ちにさせてくれる作品です。
原作読んでみようかしらん。
| 2010年06月16日(水) |
6月16日付 最近のらぶりーさん&オトコマエさん |
その1 モテモテなサダヲちゃん@「離婚同居」最終話
5話しかないのに途中3話くらいダレましたが(それは初回と最終回しか面白くなかったと言っているようなものだが)、
最終話はなかなかいいテンポで楽しかったです。
妻には去られても、身近な女たちからモテモテで言い寄られまくりなサダヲちゃんに大変満足。
なんでこんなにらぶりーなんだろうなぁサダヲ。この人ももう40歳なのだが。
遺影写真の数々がさりげなく大変魅力的で、街中のねこさんたちも可愛かったしね。
その2 カメルーン戦の松井大輔選手
今井翼ファンとしましては、彼の親友である松井大輔選手のスタメン登場が大変に感慨深く、
当然「大ちゃんガンバレ!」だったわけですよ。
しかも先週のMステでは自分にとっての「勝ち歌」に今井翼『BACKBORN』をご指名くださり、
今井本人のどんなプロモよりも宣伝効果が高かったのではと思ったり。(今井さんごめんなさい。)
本田選手のシュートは確かに素晴らしかったが、それを生んだのは大ちゃんのアシストでしたよね。
その3 お龍宅にかくまわれた龍馬さん@「龍馬伝」第二十四話『愛の蛍』
なんかなー。可愛らしかったなー。
ご時勢的にかわいらしいとか言ってる場合ではありませんが、それでもあの屈託の無い可愛らしさに和みます。
・月琴を弾きつつ子ども達と歌う龍馬。のんびりとしたあたたかい雰囲気がステキ。
・「おまんはどういてそうつんけんするがぜよ。」 責めてるわけじゃなくて、素朴な疑問なのですよね。
・忙しく立ち働くお龍に、ニコニコと近寄っては話しかける龍馬。
・一緒にお手伝いをしようとするのに、どーしてもごぼうを洗わせてもらえない龍馬。
・「たまには笑顔を見せてくれや。」 だからこういう言葉が何の下心もなくすんなり出るあたりがもう。
・お別れの挨拶をして最後にお龍に微笑む龍馬。
「愛の蛍」なんてタイトルでしたので、興ざめするようなラブストーリー再び?と警戒していたのですが、
蛍の演出はとてもステキでした。
7年かけて60億キロの旅。
こんな壮大な冒険が行なわれていたのですね。
帰還の様子がネットでライブ中継されると知って、昨夜午後10時すぎからあちらこちらを
覗いていたりしたのですが、3回目オンエアの「龍馬伝」にちょっと気を取られている間に
肝心の瞬間は見逃してしまったアホなわたくしです。
でも今朝になって、はやぶさ君が有終の美を飾った昨夜の姿を観ることができました。
週明けの朝っぱらから泣かさないでくださいよまったく。
通りすがりの人間が、壮大な物語のあらすじをちょっとだけ教えてもらい、
最終回のラストカットを見せてもらっただけでこんなに泣けてくるのに、
これを7年間忍耐強く見守り続け、導き続けてきた方々の胸のうちはいかばかりかと、
お安く涙ぐむのが申し訳ないくらいです。
とにかくあきらめずに次の一手を考え、それを実行する。
しかもそれらはすべて、とても地味で緻密で限りなく忍耐力のいる作業の積み重ね。
思いつきや勢いだけでいいかげんにやっていい作業なんてひとつもないのです。
どんな問題が起きても前に進む、進ませるためにはそれしかない、というシンプルな真理を
あらためて教えてもらいましたよ。
地上のニュースではここのところ、何か問題がおきるたびに、誰が悪い誰の責任だ、
自分はやりたくない自分は悪くない、もう知らないやめてやる、みたいな堂々巡りばかりが目立ってたからさ。
責任のなすりつけあいをするヒマがあったら、全員で次の一手を必死に考えろよ、と、
説経された気分ですよ。
科学者や技術者のみなさんが日々扱っているのは、数字とか記号とか電波とかの無機質なものだろうに、
結果として現れるのがこんなに壮大でロマンチックなものになるというのが驚きです。
科学者ってロマンチックな人たちなんだな。
それを一番つよく感じたのが、「はやぶさ君が最後に見た地球」の映像ですよ。
大気圏突入前、はやぶさ君に撮らせ送らせた最後の映像。
送信の途中で通信が途絶えたために、地球全体がキレイには映っていないところがさらにリアルで。
満身創痍でようやくもどってきたはやぶさ君の目に映った故郷の姿を、
地球にいる我々も共に見て、最後には美しい流れ星になったはやぶさ君を見送るなんて、
もうどんだけドラマチックな演出をしやがるのだと。
こんな大プロジェクトを成し遂げたばかりだというのに、その感傷にひたるばかりでなく
「この瞬間から技術の離散と風化が始まっている。将来につながるミッションが必要だ。」などと
おっしゃるプロジェクトマネージャーの川口淳一郎氏の冷静さがステキすぎです。
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