| 2007年07月18日(水) |
「滝沢演舞城2007」 7月17日昼の部 |
はー。(満足の吐息)
楽しかったなー。
ただ今、でっかいパンフを読んでいるのですが、滝沢さんのお写真がどれもキレイでね。(特に和装のが)
撮影地も平安神宮、貴船神社、鞍馬山、なので神社仏閣好きとしてはたまらんものがあります。
わたしも「鞍馬山」行きたいっす。遮那王が駆け回った山道を歩いてみたいっす。
おかげさまで義経熱が復活しました。というより、滝沢さんの義経が好きだと再確認。
「義経は自分を悲劇のヒーローとは思っていなかったと思う」と言う滝沢さんが思う、
義経の最期の言葉も大変素敵なものでしたよ。
一応隠しますのでご覧になりたい方だけ反転で。
「私に与えられた運命、幸せにございました。」
この台詞の前に、弁慶や三郎、その他最期までついてきてくれた家臣たちへの感謝の言葉があり、
さらに「だが、我らの旅はまだまだ終わらぬぞ。夢の都で夢の国を築き上げるまで、
まだまだ終わらぬぞ。」という言葉があり、
自分を討とうとした兄・頼朝へも、うらみつらみではなく、
「この国を頼む」といった後を託す言葉があり、そして最期にこの言葉。
優等生すぎる義経像と思われる方もいるかもしれないが、
あのコウイチが光一座長とぴったりカブるように、
どこまでも潔くて前向きで家臣想いの義経も、滝座長と見事にカブる。
だから滝座長が演じる義経はこれで良いのだと思っております。
本当に、このカッコイイ義経の最期は涙なくして観れませんよ。
会場からもすすり泣きが聞こえてくるのですよ。
義経の最期の前に、三郎(風間くん)と弁慶(藤ケ谷くん)のそれぞれの最期も
素晴らしい大熱演なので、よけいに涙を誘うのだな。
で、美しく感動の最期のシーンの直後から、いきなりショータイム!
涙ぬぐう間もなく余韻に浸る間もなく、第三幕の「踊るタッキー」になだれ込んで行きますの。
こういう展開は慣れていますので全然楽しめますが、
初めて観た人とかは、ほっぺに涙の後を残したまま唖然ボーゼンと
舞台を観続けることになるのだろうな。
その他、感じたことを箇条書き。
・義朝、頼朝、義経の滝沢さんひとり三役は、とても自然で観やすい演出になっていた。
義朝に向かって義経が「父上!」と語りかけるシーンはハムレットみたい。
当然思い出す「絶望して死ねいっ」のおどろおどろしさ。
・桜吹雪が舞う五条大橋の牛若丸と弁慶。
牛若さま! またお会いできて嬉しい。何度観ても美しい場面ですな。
滝座長はその美貌ゆえ、牛若丸から義経まで一気に演じ続けて全く違和感ないから素晴らしい。 で、「こんな人がこーいちさんの後ろに・・・」と牛若の好感度が余計にアップ。
↑ 好感度アップの基準をちょっと間違えている
・雷鳴と豪雨の鞍馬山での殺陣。新橋演舞場は水がふんだんに使えて迫力ありますな。
・戸板を連ねて坂のようにして(全部人力で支えている)、その上を滝沢さんが駆け上がり、
見せ場が面白かった。歌舞伎ではよくある手法らしいのだが、初めて観たので新鮮だった。
すごい舞台装置とかなくても、人力でここまで出来るのだな、と。
同じく、高いところから後ろ向きに倒れ落ちるが、マットの上でなく、
布をひも状にして、蜘蛛の巣のように張り渡して(これもJrたちが総出でしっかりつかんでいる)
その上に落ちるとかも。
・怪談の時のお化け大集合が結構怖い。
・A.B.C.の皆さんの活躍めざましく、アクロバットではGロケさんと化していた。
わたしの大好きな塚ちゃんは、上空で身体に巻きつけたリボンを
くるくるほどきながら落下するのとか、光一さんのひじで支えるリボンフライングの、
ひじを曲げないで腕を下に伸ばしたまま停止してたりとか。
他の三人もそれぞれに見せ場となる高度なアクロバットがあって凄かった。
・まわるまわるタッキーがまわる。キレーな姿勢で伸び伸びまわる。
あんなにぐるぐるぐるぐる回った直後に鞍馬山の激しい殺陣が続く。超人だ。
・男らしいお顔なので、化粧なしでの女形は正直キツいが(化粧しない女形はふつうありえないし)、
着物の長い裾をキレイにさばいてゆったり踊るさまは素晴らしい。
でもそれ以上に、男舞がとにかく凛々しくて素敵。
この人は衣装も踊りも芝居も絶対に「和モノ」が合うってば。殺陣もカッコイイし。
・「ダメ音頭」で「んにゃ!」なコブシ回しが楽しい。
続いて「スリラー」byマイケル を思わせるあの懐かしいダンス。
「スリラー」をリアルタイムで知ってる世代ではないよな?
着物のまま、ものすっごい真剣なお顔でしっかり踊るのが最高に面白い。
お馬鹿なことこそ何よりも真剣に力いっぱいやるべし! のお手本のようでした。
・最後は滝座長の歌う「エピローグ」に乗せて、白スーツに着替えた出演者全員が
次々にご挨拶。歌っている座長をバックに挨拶していくなんて贅沢だわ。
座長の、共演者たちへのねぎらいの気持ちが感じられてとても素敵。
・晴れ晴れといいお顔のJrたち。
そうそう! 夜の部には翼がご観劇だったようですね。
うわーい♪ 同じ日なら一緒に観たようなものだね♪ ←大雑把な方が幸せに生きられることもあるよ
去年も確か同じ日に観たんだよな。夜に行ったら、「昼に翼が来てたよ」と言われたのだった。
昔だったらこういうすれ違いを大変残念に思ったものだが、人間変われば変わるものだわ。
余裕で一緒に観た気になれるなんてな。
当然、「ダメ音頭」でステージに上げられ、「スリラー」も見よう見まねで
一緒に踊ろうとしていたとか。
お祭り騒ぎの「ダメ音頭」は、ご来場ゲストのご紹介&おもてなし用としてとても良いですね。
「芸人は与えられた芸をまっとうするのみ」「芸人魂ここにあり」の滝座長の心意気、
今年もしかと拝見いたしました。
滝沢組のみなさまの、千秋楽までのご無事とご活躍を心より祈っております。
さて、鞍馬山にはいつ行けるだろうか。 ←かなり本気
「オーラの泉」についに堂本光一氏ご登場です。
並の人間じゃないということはもちろん存じておりましたが、
それをまた再認識させていただきました。なんか嬉しい。めっちゃ嬉しい。
どこの国の王家だったのだろうね?
布の斜め掛け装束は、こーいちさんのお衣装にもいっぱいあって、どれもこれもお似合いでしたが、
やはり昔から着慣れていたのか。
南米?と言われるとインカの王様のイメージですが、
浮かんでくる映像で一番しっくりくるのはミラコンのオープニング獣王さまです。
この方は、人の上に立つ(リーダーという意味で)人物として理想的だと常々思っていましたが、
やはりそういう人生を生きていた時代があったとは。
しかも、
「皆がこんなに自分を尊重してくれるのに、大事にしてくれるのに、
自分は人々のためにまだこれしか貢献できていない、
皆のためにもっとやらなきゃいけないんじゃないか、まだ足りないんじゃないか」
と、平和な時代でもずっと思い続けていた謙虚な王様だったとは。
王様で謙虚ってなかなかいないと思うよ?
たとえ始まりは「世のため人のため」と思って権力の座についても、
長年ちやほやされている間にただの独裁者になっていた、というのが歴史の常なのですから。
そして一芸能人を生きてる今は、客を喜ばせるためにもっと何かできないか、
もっといい作品を作るために何かできないか、と、自分に満足することが決してない。
だから慈愛の紫なんだね、オーラが。
自分の名声が目的ではなく、他者への貢献、を第一に考える人の色だ。
てっきり情熱と冷静の赤と青だとばかり思っていたから、紫は意外でしたよ。
でも嬉しい意外で、深く納得の意外でした。
王様の時代に側近だった人や、彼を尊敬していた人とかが、
今の時代にも彼のスタッフの中にいたり、ファンの中にいたりしたら、と考えると楽しいね。
っつーか絶対いるだろうね。
芸能人やアーティストとそのファン、というのも立派にご縁のひとつだと思うからさ。
うん。同時代を生きていた王様と民衆くらいの関係だったとしてもおかしくないよね。
・「自分のパワーの強さに自分の身体がついていかない」
これも本当にその通り!と思ったりするのだが、
長年彼を見続けていても、ここまで的確な表現はできませんね。
・「ほけーっとしている時は、魂だけ自在に旅行中。」(こういう言い方ではなかったが)
こーいちさんは他の舞台とか作品とか、それほど観たり聴いたりする時間はないのに、
なんでこんな凄いアイディアが出てくるのだろう、どこでインスパイアされているのだろう、
というのがずっと疑問だったが、魂がちゃんとネタを仕入れに出かけていたとは!
・「後ろについていてくださる方が、牛若丸のように横笛を吹いている高貴な方。」
これも、お侍さんや修行者だとばかり思っていたから、意外。
でもある意味全然意外じゃない。ぴったり。
・「音や音楽に囲まれてステージにいるのが一番ふさわしい、あるべき姿。」
ミラコンDVDを観ればそれはもう一目瞭然ですから。
僭越ながら、美輪さまにも江原さんにも是非ご覧いただきたいくらい。
・「龍神系。」
天気予報があたらないのは自分のせい、と、やっと認めた霊感王子。
・「信頼で結ばれている家族。」
こーいちさんのご家族が、愛情過多の過干渉でも無責任な放任でもなく、
何事につけても「程よく」光一さんに接してくれて、
がっつり信頼で結ばれているご家族であるというお話は、何度聞いても素敵。
そういう人間関係は、物理的に距離が離れているとか、一緒に過ごす時間が少ないとか、
そんなことは全く関係なく絆を維持していけるのだろうね。
一応自分も親なので、この部分は一番見習うべき点だと思っております。
・「今はもう迷いを抜けた時期。」
何より嬉しいお言葉ですね。
色々迷っていたのが2年前というと、ソロデビューするかどうか、ってあたりだったのではないかと
推測されますが、それに挑んだ結果、美輪さまがおっしゃるように「色々な意味で自信ができて、
『自分はこういう方向でいいのだ』という確信がもてた」というのは、
彼の作品の素晴らしさからも全く異論のないことでございます。
あとはもう、まさに
「まだ足りぬ 踊り踊りて あの世まで」 (六代目尾上菊五郎辞世の句)
を貫くのみですね。
美輪さまの的確すぎる例えにはもうひれ伏すばかりでございますよ。
ご本人も、この句はご存知なかったとしても、その心意気はしっかりお持ちでしょうし。
こーいちさんの色々と「凄い」理由がいくつも解き明かされてとても興味深かった。
充実の1時間でした。
とは言え堂本光一という人は、こういう話を聞いたからといって、後ろの方に頼ろうとか、
だから自分は凄いんだとか、そんなことは一切思わないだろうし、
きっと今までと変わらずすべてを自分の責任として潔く引き受けて、
真摯に仕事をこなしていくに違いないのだ。
・・・やっぱりオトコマエすぎる(感涙)
| 2007年07月13日(金) |
「翼の一片」Piece 04 |
その前に「SAMURAI」のジャケ写ですよ!
暑い夏がさらに暑苦しくなる感じのお写真たちがもう、ドMのファンにはたまりませんね。
っつーかこれ、演歌と間違えて買ってくれる人がいるんでないかい?
演歌に見えても中身はバリバリに暑苦しいロックですがね。 ←暑苦しい言い過ぎ
ちっちゃい写真だからはっきりしませんが、
滝沢さんは白いお着物に紫の帯、翼は黒いお着物に赤い帯。
色合いのせいか、翼が確実に悪役っぽいです。裏稼業で刺客やってるに違いない。←「仕事人」に影響されすぎ
片腕がひじから見えているし、片脚が膝から見えているし、大変に荒々しい。
一方の滝沢さんは「孝」の玉をどこかに隠し持ってそうな美剣士風です。
そうだなー。どれがいいかなー。
並んでいるのより重なっている構図の方が好きなので、満月背負ってるバージョンがいいかな。
通常版の刀を交えているふたりもよろしいですね。
でもジャケ写よりも中身の方がさらに楽しみなのはもちろんです。
さてさて、「翼の一片」も4回目。
松竹座を訪問して関係者にご挨拶や舞台装置の確認などなさっていたのね。
というか、まず松竹座自体に「よろしくお願いします」とご挨拶するあたりに
にじみ出る真面目さ。
この写真で初めて「松竹座」の外観を見たのですが、歴史ある重厚な建物ですな。
帝劇の神さまにはわりと頻繁にご挨拶してきたが、松竹座の神さまも確かにいそうだ。
湘南育ちにはアウェイの関西だし、初座長だし、1ヶ月近くお世話になるのだから
そこはがっつり守っていただくためにしっかりご挨拶しておかなきゃなですね。
で、「ダンスエンタテインメントショー」ですよ! うわーん。楽しみすぎるー。
そのわりに観れなさすぎるー。チケットどこかに落ちてませんかー! ←ないっ
24日夜に拝見するのですが、一期一会、一観劇入魂、の気概で
五感の受容感度上げておくようがんばります。
どうしたら感度上げられるのだろうね。
1回だけ観たこと聴いたことを最大限に記憶に留めて、その感動になるべく長く浸ってられるには
いったいどこをどう鍛えたらよいのだ。
今回に限らず、観劇の度に感じる永遠のテーマではありますが。
話が逸れました。
翼がよく使う言葉が今回もまたひとつ。「今までの経験と新しい挑戦」。
過去の経験は必ずこれからに生かす、という心意気が素敵です。
未熟で納得がいかなくて赤面してしまう過去だって
「自分が通ってきた道」(「少クラプレミアム」のライブレポートでの発言)だし、
そういうのも全部含めて自分には色々な経験がある、という正しい自信を持つことは
新しいことに挑戦するときの強力な後押しにならないわけがないのだ。
驕らず怯まず、がんばれ翼。
「今後の大きな目標に向かって、ひとつでも橋を架けられるよう全身全霊でがんばります」
というのも頼もしいです。
堅固な橋がかかることを祈っております。
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