私の音楽日記

2005年07月10日(日) 「二人」  奥田美和子  2005.6.22

「愛と夢のあとに」をテレビで聴いて、奥田美和子さんの声や歌い方、表現力に圧倒された。
すぐにファーストアルバムが発売される事を知り、作詞は全て柳美里さんということで、おそらくは重い歌を歌うのだろうとは予想していた。
しかし、ここまで絶望感だけのアルバムを作るとは思わなかった。
柳美里さんは壮絶な愛と悲しみを経験されている方なので、ほとぼしるような絶望感やその絶望を受け止める自分の気がおかしくなるほどの、苦痛や喪失感をたくさん経験されたのだろう。
しかし、ここまで絶望だけの愛、未来のかけらも希望もない明日を書かれるのはなぜ?
かろうじて「さくら散る前に」と「はばたいて鳥は消える」は少し懐かしさも感じる。
その他は私みたいな弱虫には絶望感しか感じられない。

私はCDを聴く前に詞を全て読む人だが、私みたいな弱虫は歌詞カードを読んだだけで、その苦しい世界にひきづりこまれそうになり泣いてしまった。
一歩まちがえばその世界に落ちこんでしまいそうな怖さがあった。

しかし、CDを聴いてみるとどうだろう。
奥田さんの歌の上手さで曲のメロディーの良質さでその絶望感が希望までいかなくとも、悲しみの焦点がぼやけるような気がした。
近眼の目で悲しみを見つめているような。
「ブランコに揺れて」も詞を読んだ時は悲しいだけだったけど、これもアレンジと奥田さんの温かな歌い方でかなり違った歌にしていると思う。

とにかく奥田さんは歌が上手い。
このアルバムはこれでいいと思うけど、次回はもう少し希望をもった作品を作って欲しいと思う。
悲しみの方が多いかもしれないけれど、そこには希望の光もあるはず。
次回は違うタイプの歌を御願いします。

それでもなお、この世界に落ち込みそうになる自分がこわくなります。



2005年07月08日(金) 「Radio days」 N.S.P. 2005.2.2

このアルバムは買ったときはものすごく気に入って、一度ここに感想も書いた。
どんなことを書いたのかは憶えてないけれど、(私は自分で書いたものを読み直す事はまずない)「水のせいだったんです」「北風が見ていた」「Radio days」「夏の日差しがいっぱい」「残像」が好きで何度も聴いていた。
一番好きな曲は「残像」と「北風が見ていた」だけど、ちょっと今までの曲の暗さとはまた違うタイプの暗さを感じてしまい、色んな経験を積んで再結成に辿り着き、絶望や希望を繰り返したんだなあと漠然と思っていた。
「夏の日差しがいっぱい」もタイトルとはうらはらに、なんでこんなこと書くんだろうともの悲しく思った。

 僕がここから消えても 
 君は探しつづけてね 
 この僕を探しつづけてね
 すぐにいい思い出なんかにせずに

 短すぎる僕の一日が

昔から薄暗く切ない詩が多かった。
しかし、ニューアルバムのこれらの詩には悲しみが満ち溢れていて、
「天野節やなあ」とは思ったけど、なんてこんなにも暗いのかなあとも思っていた。

ファンへのラストメッセージだったんですね。天野君。
ただの1ファンなのにこんなにも悲しい。
いつまでも探しつづけるでしょう。

「北風が見ていた」

 誰もがだまってた理由は
 冬を待っていただけ
 静かだった 死んでゆくように
 風も見てた
 風が見ていた

人は誰もがいつかは必ず死ぬ。
天野君がコンサートの最後で言っていたように、「どれだけ生きるかじゃなくて、どう生きたかが大事だと思う。一日、一日を大切に。」という一言を改めて思い出した。

最後の最後まで、命を惜しまずファンのためにたくさんの作品を残してくれて本当にありがとう。天野君。
ずっとずっと探しつづけます。




 



2005年07月05日(火) N.S.P.シングル コレクション 

ファンクラブに入った頃、
シングル完全収録のこのアルバムに大喜びして買った3枚組のアルバム。

「さようなら」から始まるこのアルバムを涙無しでは聴けません。

「夕暮れ時はさびしそう」「お休みの風景」「赤い糸の伝説」「弥生つめたい風」「北北東の風」「面影橋」「見上げれば雲か」「めぐり逢いはすべてを超えて」「もえる白昼夢」「僕たちの失敗」

私は「お休みの風景」が一番好きです。
今でもこれを聴くとあの頃と同じように胸に何かがこみ上げてきます。
「北北東の風」「面影橋」も何度も胸につきささりました。

「さようなら」をこんなに悲しい気持ちで聴く日が来るとは予想もしてなかった。
具合が悪いとは聞いていたけど。。。

天野君、ほんとうにありがとう。
あんなにたくさんの繊細な歌。ニューアルバムも素晴らしかったです。
繊細な歌詞の歌も大好きだったけど、スリムで長身、さらさらの髪でやさしくて面白くてあこがれてた。
あんなお兄さんがいたら自慢できるなあって。

ポプコンの先駆者だったニュー・サディスティック・ピンク

私も天野君の曲を聴きながら、ポプコンを目指してました。

私の青春を彩ってくれたN.S.P.の天野君。
ほんとうにありがとう。
もうあの笑顔が声が、聴けないかと思うと本当に悲しいだけです。

辛かったでしょう。ゆっくり休んで
また、天国でも歌いつづけてくださいね。


  いつまでも心にへばりついて
  ぼくの心を悲しくさせる
   さようなら さようなら……

    「さようなら」作詞・作曲:天野滋



2005年06月29日(水) 「JOKER」  Janne Da Arc  2005.6.15

「月光花」がドラマティックでいい曲だなあと思ったけど、おそらくこのバンドはもっとハードな曲が得意なんだろうなと思っていた。
しかし、この6枚目のアルバムはポップで弾んだような曲が多い。
「I' so happy」「Love is here」は明るくて夏にぴったりだし、「仮面」はポップでいい曲だけど、それだけじゃなくて、人はみな仮面をつけて強そうに生きているけど、間違いは過ちじゃなく、痛みや喜びそれが生きている意味というさりげないメッセージが込められている。
「wild fang」「easy funky crazy」はおそらくこのグループが得意であろうと思われるハードな曲。
「love is here」もきらびやかな曲でこれも夏の青空のイメージ。
私が一番気に入ったのは「風にのせて」。
バラードでとにかく声がいい。最後のファルセットなんかしびれる。
これは名曲だと思う。
ラストの曲がハードで、しかしメロディーラインが美しい「ダイヤモンド ヴァージン」。
曲の配置もなかなか面白いと思った。
普通ならこの曲を前半に入れても良い感じだけど、ラストに収録することによって、全部通して聴いてしまうアルバムになっていると思う。
てっきりビジュアル系のバンドだとばかり思っていたけど、時折テレビで見かけるメンバーはとても面白い。笑ってしまう。

この夏一番聴くかもしれない掘り出し物のアルバム。



2005年06月23日(木) 「閃光」  Hi Fi-SET

いつも今頃の雨の多い季節になると、ハイ・ファイ・セットの歌が聴きたくなる。
山本潤子さんのソロでなく、赤い鳥でもなく私はハイ・ファイ・セットが大好きだから。
ハイ・ファイ・セットの歌はどこまでも青空に似合うカラッとした歌だと思う。
ユーミン作の「スカイレストラン」や「冷たい雨」などもハイ・ファイ・セットの歌だとさらっと聴ける。
どの歌も安心して聴ける。
ユーミン作の「最後の春休み」などは誰もが経験した気持ちではないんだろうか。
学校を卒業した後の最後の春休みには誰もが色んな事を思い出して、ちょっと淋しかったりするだろう。
この曲はその感じをうまく出している。淡い淡い思い出として。

最後の「歌を捧げて」はオフコースの名曲だけど、ハイ・ファイ・セットが歌ってもすごくぴったりとくる。
この歌は小田和正さんが作った歌でオフコースの名盤「Song is love」のラストにも収録されている。
ハイ・ファイ・セットもこの「閃光」のラストに収録。
歌をこれまで大切に歌ってきた、これからも私の歌すべてあなたにあげるというファンへのメッセージが込められている名曲。
オフコースもいいけど、ハイ・ファイ・セットが歌ってもすごくいい。

ハイ・ファイ・セットのアルバムは安心して聴けるいいアルバムばかりだと思う。



2005年06月19日(日) 「ゼロへの調和」  アンダーグラフ  2005.6.15

アンダーグラフの「ツバサ」を聴いた時は久々に自分の気持ちにぴたっと来るなあと普段とは違う何かがあった。私の場合はしょっちゅうこれは素晴らしいと思う曲にはたびたび出会っているのだけど、アンダーグラフの曲には歌、声、歌詞、音とどれも琴線に迫ってくるものがあった。
「ツバサ」は夢を追いかけて、新しい土地へ旅立つ。好きな人を置いて。
普通ならここに別れの香りがして、やがては離れていくものでしょう。
「ツバサ」は翼を広げて飛び立って、花を咲かせたらまた笑って会おうと歌っている。
そしてセカンドシングルの「君の声」でまた会えていたりする。
笑って泣いて大人になってこれからどうなっていくのかわからないけれど、そのままでいいと、それはまるでまだ何も描かれていない白地図のような気がした。

アンダーグラフとは心の表面ではなく、心の底、アンダーな部分を歌いたいということで、つけた名前ということだけど、人の心の底とはあんがい単純なもので、自分の心のままに自分らしく生きていきたいということかもしれない。
アンダーグラフの曲には全編にわたって、楽しい日々や死にたくなるほど悲しい日々、煌いたり汚れたりしながらも純粋な感情に戻っていくというメッセージがこめられていると思う。
ちょっとMr.Childrenに通じるところがあるかとも思うけれども、ミスチルは時に深く深く難しく歌う事があるけれど、アンダーグラフは今のところ心の底を歌っているけど、深く難しいところへはいっていないようだ。
大ヒットするということはいいことだと私は思うが、人によっては悪いことのように言うこともあるけれど、稀有の経験であることは間違いないはずなので、この大ヒットを大切にして何十年といい曲を歌えるバンドに成長していってほしいと心から願わずにいられない。
特に最初のイントロダクション後の「パーソナルワールド」にはぶっとびましたよ。
40過ぎても僕らは煌いた気持ちで家へ帰れるだろうかって、素敵な言葉だと思う。
愛のない日々なんてない、気づけてないだけ、忘れているだけ、だから君のパーソナルワールドを解放せよと歌うアンダーグラフからまた新たな力をもらったような気がする。



2005年06月14日(火) 「夢みる頃を過ぎても」  八神純子  1982.2.5

このアルバムは八神純子さんのアルバムで一番聴いたアルバムかもしれない。
私はLPで聴いているが、まずジャケットが見とれるほどにきれいだ。
自信にあふれた表情の純子さんが窓辺から外を見ている。
中身も自信にあふれていて、堂々と真正面から自分の歌唱力を疑うことなく歌いきるというのはこういうことかなと当時も今も思う。
どの曲からも自信と余裕が感じられて、本当に気持ちよく全曲が流れていく。
八神さんの歌はその伸びやかな声に吸い込まれていくようで、妙な感傷とかあまり感じないので、心が疲れているときに丁度いいのかもしれない。
特に「I'm A Woman」から「FLY AWAY」への流れは素晴らしいと思う。
「I'm A Woman」の最後で「I'm a woman」と純子さんが言っているのだが、それは決してささやきとかつぶやきではなく、自信満々の「I'm a woman」そして「I'm a singer」と言っているように聴こえる。決して言っていませんが、その自信満々な歌声がそんな錯覚さえ起こさせる。
その後、得意のサンバホイッスルが鳴り響き「FLY AWAY」へと続く。
本当に空を飛んでいくような青空が見えるようなメロディーと歌声。
そしてそのままラストの「二人だけ」は静かなバラード。
最初から最後までぜ〜んぶいいのですが、原田真二さんと歌っている「ナイス・メモリーズ」はちょっと浮いていると思うのは私だけ?
当時も話題作りだったような感じがしていたけど、今聴いてもやっぱりこの1曲だけが浮いているような感じがする。

でも、本当にいいアルバムだと思う。
夢見る頃を過ぎてもずっと、何かを夢見たり信じたり大切にしたりしていたいな。



2005年06月13日(月) 「この愛は始まってもいない」  真心ブラザーズ  2001.5.16

真心ブラザーズの歌はあまり詳しくは知らなかったけれど、この歌は「ゲスト太田裕美」とあったので、聴いてみたところ太田裕美さんの声はサビの部分で小さく聴こえるだけでハモリほどにもなっていない。知らずに聴けばきずかないほどに小さい声で歌っている。
少しくらいソロで歌う部分があるかな?と思って買ったけど、ソロで歌う部分は無かった。
しかし、この曲自体がすばらしく私の趣味の曲だ。
失恋の歌で
 
二人で過ごした12ヶ月が生命のすべて 君は今どこに
この愛は始まってもいない

と結構女々しかったりするが、曲は骨太で胸が痛んだりしない失恋の歌で、なんとなく珍しい曲に思えた。
YO-KINGがいい曲を書くことはよ〜く知っていたけど、もう私なんかはYO-KING、応援せずにはいられない。とても他人事と思えない。


これはマキシシングルで二曲目は桜井さんの曲で「あの夏、ふたりは」。
これは岡本おさみ氏の詩が恐ろしいまでに美しく、桜井さんの曲がそれを越えてもっと美しい。
しかし、あくまでもこれも骨太なフォークだと思う。

そして最後の曲はたくろうのカバーで「流星」。
なんか声が歌い方がたくろうに似ているなあ。
この曲は他の人が歌ってもこんなにぴったりくる歌なんだなあと再発見。



2005年06月10日(金) 「たしかなこと」  小田和正 2005.5

この曲は明治安田生命のCMソングとして流れていて、ずっといい曲だなあ、CD出ないかなあと半年ほど待っていた曲。とうとう発売。
小田さんは次々と名曲ができる人だと改めて思った。
この曲もメロディーといい、歌詞といい、なんて優しくあたたかいのでしょうか。
最初から最後まで無駄な歌詞は言葉が無いというか、すべてが素敵な心のつぶやきだと思う。

一番大切なことは特別なことではなく、ありふれた日々に隠れているんだと歌う小田さんには今までにもたくさんの小さな幸せについて教えられたと思う。
でも、今回のこの「たしかなこと」にはそれに加えて、力強さがあふれていると思った。
誰かをそっと思うように、自分を大切にしてという歌詞には自信と力強さがあると思う。

たしかなことはこの世にはないのかもしれない。
なんでもうつろうものだから。
たしかであると思いこんでいる自分の気持ちでさえ時と共にうつろっていくもの。
時には自分を曲げて誰かに併せることがあっても、肝心な時は自分を大切に自分らしく答えをだそうと言っているように聴こえる。

そうだと思う。
自分がどうしても譲れないものは自分らしく答えを出そう。
影響受けやすい私だけれど、ありふれた日々を大切に、自分らしさを大切にと思う気持ちがたしかなことだと思う。



2005年05月30日(月) KAI 30th ANNIVERSARY TOUR ENCORE

2005年5月29日(日)PM5:40〜8:10 鈴鹿市文化会館 けやきホール
            ホール入り口で



1.ちんぴら
2.裏切りの街角
3.きんぽうげ
4.ビューティフル・エネルギー
5.かりそめのスウィング
(みんなで歌おうコーナー)
6.安奈
7.レイ二ー・ドライブ
8.愛のもえさし
メンバー紹介
9.Blue Letter
10.?
11.漂泊者(アウトロー)
12.風の中の火のように
13.破れたハートを売り物にして
アンコール1回目
甲斐よしひろ一人で
14.翼あるもの
15.感触(タッチ)
16.テレフォン・ノイローゼ
17.HERO
18.?
19.?
アンコール2回目
20.かけがえのないもの
21.バス通り

パワー炸裂!衰えなんてまったく感じさせない2時間30分。
黒の上下に真っ赤なジャケットの甲斐さんは最初はたった一人で「ちんぴら」を歌った。
その後、松藤さんがギターを持って静かに出てきて、「ギター松藤。」と紹介。
松藤さんが「裏切りの街角」のイントロを引き始める。
「きんぽうげ」を歌い終わった後、話し始めた。
「今回は都市ではないところを回ろうと思ってきたけど、ここはいいホールだよ。近鉄に乗ってきた。車だとすぐ高速で面白くないから。」と気さくだった。
鈴鹿市なので、「工藤すずか〜〜。」とかだじゃれを連発して、「ビューティフル・エネルギー」へ。
1番は甲斐さんが歌い2番は松藤さんが歌う。
「この歌は松藤が歌った歌で、とうとう甲斐バンドも解散かーとか言われたけど、ほんとに解散だった(笑)。」と甲斐さん。
その後もだじゃれ連発。「お客さんよりもまずステージの3人でうける事を喜んでいます。」とか自虐していた。
「きょうは3人だから『ガロ』だね(笑)。ガロって雑誌じゃないよ。」
「曲紹介とか面倒くさいね。もう、きょうは面倒だから「HERO」からやろうかって思ったよ。」
「かりそめのスウィング」わたしはこの歌大好きで、なぜかいつも中原中也の「汚れちまった悲しみに」を思い出してしまう。
「次はみんなで歌おうコーナーだよ。」
「安奈」。元少年ファンたちは大声で歌っていた。
そして続けて私の大・大・大好きな「レイ二ー・ドライブ」。
「去年、トリュビュートアルバムと同じ頃に発売した「アタタカイハート」からの曲です。」
「愛のもえさし」。
この後、もう一度メンバー紹介。
「Blue letter」と私の知らない曲。この時少しトリュビュートアルバムと年末の武道館でのライブの話をした。
大黒さんやダ・パンプにゲストとして来てもらって、ダ・パンプはみんな顔が小さいので、2m後にたっていても顔の大きさが同じで遠近感がなかったと笑って言っていた。DVDが出ているけど、その遠近感のなさが売りですと笑った。
「漂泊者(アウトロー)」「風の中の火のように」「破れたハートを売り物にして」を迫力満点で歌った。
「漂泊者(アウトロー)」のアコースティックでのあのパワーは信じられないほどすごかった。
リアルタイムで見ているだけに、あの頃の、若さでぐいぐいひっぱっていくすごさではなく、何であんなにすごいのかわからなかった。ここでコンサート終了。
まだ午後7時半。
元少年たちが指笛や「甲斐ー!!」の絶叫&ものすごく早い手拍子。小刻みになっていってまるで拍手みたいだった。
甲斐さん再び登場。
真っ赤なジャケットは脱いでいて、黒の上下だった。
無言で「翼あるもの」。すごかった。体から湯気が出ているみたいだった。
「感触(タッチ)」「テレフォン・ノイローゼ」。お客も大声で歌う。
「HERO」その後、2曲タイトルがわからなかった。どんな話をしたのか憶えていない。
ここで終了。
まだ、お客は帰らず拍手に近い早い手拍子すること5分。
また、また甲斐さん登場。今度は上だけ白い服に替えていた。「かけがえのないもの」
デビュー曲はずっと歌いたくなかった。「裏切りの街角」は一生もんで、半年待ってもらって書き上げた曲だけど、デビュー曲は金にならなかったから歌いたくなかった。この詩は純真だけど、じつはそうじゃなくて憎しみだったりして…と話し、「バス通り」。
甲斐さんは手を振って去っていった。バックには「25時の追跡」。

甲斐さんはとにかく話も長かった。
JR西日本の事故は他人事だとは思っちゃいけない。と言った後、九州の新幹線の車掌さんはアナウンスで「しんかんしぇん」と言う人が多いので、まず方言を直せよとか言っていた。
あと30日放送の「SMAP×SMAP」では最初自分だけにオファーがかかり、松藤は出なくていいよな、でも一応声をかけるかと声をかけたら、「もちろん出る。」と二つ返事だったと笑っていた。タンバリンで参加して木村と2ショットだったと大笑いしていた。
それから、ここはいいホールで最高とは言っていたけれど、たぶん甲斐さんは初めてのホールということもあったのかあまり気に入っているようではなかったと思う。
また来るよとは言っていたけど、10年後とか言っていたし。。。
甲斐バンド時代は三重県四日市市には年に2回は来ていたと思うけど、鈴鹿はお気に召さなかったようだ。
ホールがこじんまりとしているのに、ライブハウスではないという中途半端さがちょっと。。。だったのかなあ。
でも、2時間30分、熱唱そのものでアコースティックライブ、しかも3人だけの演奏であれだけの迫力が出せると言う事に尊敬の念を抱いた。
そしてやはり甲斐よしひろ氏はロック・ミュージシャンであるとともに詩人でもあるということも再確認した。めまいがするほど美しくリアルな詩にはやり打ちのめされてしまった。


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