木津未来会議の日記
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| 2010年06月10日(木) |
不祥事根絶を求めた請願part2 |
以下は、私のメモより
委員長「質疑ありますか」
委員長「なければ請願趣旨の中の建設業法違反以外の疑義の記載もありの疑義の部分について、どういう意味かをお聞かせください。」
くれは「2月5日の建設業法違反以外の疑義との意味は、2月5日付けの朝日新聞記事中に『同社は暴力団が加入した電話の設置場所になっており、県警は暴力団との関係も調べる』とあります。他の新聞記事にはざっと見た中では確認できていないのですが、建設業法以外の疑義についてはそのことを示しているものだと思います。」
委員長「疑義というのは本物に近いということか。」
くれは「疑義ですので、疑わしいというような定義づけだと思います。結果としては2月5日付けの新聞記事以外には記載がないわけでして、確定されたのは建設業法違反ですということが書いてありますので、そのことについてどうだったのか新聞紙上では見えてこないので、そのことについては知るすべはないわけです。私自身紹介議員としても請願者も。ただ、2月5日の新聞記事にそのあたりの記載があるということです。」
織田委員「3項目の請願があるが、3番の議会として適切な処置を講じることとあるが、副議長も広報委員もやめられたのであり、それ以外どのような措置を考えているのですか。」
くれは「これを提出させていただいたのは、2月25日であります。副議長の辞任の動きが市民の方に伝わっていたかというとそうでもない。今副議長辞任とか会派の関係で広報委員は辞退ですが、それを今思ってどうかといわれても、請願をされた時の気持ちは私も含め副議長として議員としてその職におられることがどうなのかというのが市民の思いと受け止めています。」
織田委員「2項目の事件の全容を議会として求めることとあるが、時期的にずれてきたので、これもかなり明らかになっていると思うが。先ほど疑義とのことばがあったが、議会としても調べようがないのでは。」
くれは「3月3日の議運のときに、議長から『昨日、片岡議員を議長室に呼び、請願の出ていることも伝えて口頭注意をきっちりとした』と報告しますといわれました。私たちは議運に出ていましたし、議長室のやりとりはうかがいしらないが報告いただいたが、市民へは伝わっていないのが今だと思います。あとは広報で辞任されたということしか出てこない。そのあたり時間の経過があって忘れかけたということがあったにせよ、議会として対応したとも議員として対応したともいえない。議会だよりで報告するということであれば、請願がだされ請願結果の議論が市民にお伝えされるのだと思います。」
委員長「全容を明らかにするということは、疑義にあるような暴力団との関係も本人も認めていないし、裁判所は答えが出ていない中で、片岡議員は暴力団と関係があるのかどのように明らかにされようとしているのか。 それ以上のことをするとしたら、100条委員会とかをしなくてはならない。50万円の罰金は建設業違反。これ以上とはどういうことを考えているのかお聞かせください。」
くれは「申し訳ないが、暴力団云々のご説明を受ける場所もないし、個人的に聴いていないし、そのことについて述べろといっているわけではない。この時点で新聞報道でしかわからない、知らない状況が市民の方には当然あるわけで、議会に所属している議員である以上市民の皆様に伝えてほしいと私が理解しているので、私がどうしなさいというわけでなく、この思いをお伝えしたい。それを議会がどう判断するか委員会がどう判断するかですが、私としては請願を十分審査してそのことについて議会が今後こういうふうにしていきますということが要求されていると思います。」
委員長「議会広報でも少し辞任についてはふれているが、具体的にどのようなことを求めているのか。具体的なことがわかれば。」
くれは「4人の方の意思を統一し確認できているかというとそうではないし、それ以外の方で意見をいただいている。それを伝えたい。選挙で選ばれた議員ですので、選挙で真を問うというのもあるが、今回の事件は当然法を守る立場の議員、ましてや建設業を営む議員の方が公共工事を受託するような関係の中で建設業法に関わっての罪を犯されたのは、議員としてあるまじきで、議員を辞めてもらいたいとの意見もいただいている。それは本人が考えられることでしょうし、議員辞職も視野にいれながら考えるものだとの資料もあるが、市民の率直な思い、19年合併直後にそういう行為を行って属地主義から広く入札が可能になる前にそのような手続きをされるということは、怒りは当然あったですので、議員辞職当然でしょうとの意見はいただいていました。4人の方が今の時点でその思いは確認できていないが、私としては不祥事であり議会の役職を辞めることですむ問題ではないと思います。」
委員長「議会としても議員としてもあってはいけない事件との認識はみなしているが、議会としてどのような措置ができるのか、具体的なことに関して、やめてくれという権限は議会にも議長にもありません。辞職勧告か100条委員会等しかない。」
くれは「委員長の考えはそうだとしても。請願項目1,2,3をあげているが、これは独立したものでもないと考えていただきたいとおもいます。今回の事件を踏まえての適切な措置の中で政治倫理条例で中身を検討していく、この事件を反映して木津川市独自のものを作ってほしいとの思いも含まれていると思います。」
委員長「一体のものでということですね。」
西岡委員「先ほどくれはさんより説明があった、起訴か不起訴かという点ですが、今回の50万円の罰金は明らかに黒と司法が判断したわけです。明らかになったわけです。伸政会には片岡議員が来て説明をされた。新聞でも黒と報道されており、これ以上の市民への報告はあるのかと思う。副議長も辞職、関連するものも辞職しており、温度さはあるだろうが、それなりの政治責任は取られたと理解している。司法は黒か白しかない。 逮捕したら被疑者としては持っていますという。白にしても被疑者として面があるとはいう。黒に対する政治責任は取られたと。議長のいうように不退転の決意で、議会基本条例に向けて全議員が取り組んでいる途中であるので、誰も制定していかなくてはとの思いも持っているので、それ以外の何を報道するのか具体的にあれば聞かせてほしい。」
くれは「残念ながら私は片岡さんから説明を求めていないし、個人的に説明をしてほしいとも思っていない。ご迷惑をおかけしましたとは言われたが、それ以上のやりとりはしていないのが事実です。提出された時点と経過がありますので、今どうかといわれても具体的にはなりにくいというのが先ほどお伝えしたとおりで、そこをわかっていただいた上で、政治倫理条例等の中に今後こういうことも含めて不正が起きないような、議員の収入などの透明性を保つような条例を作っていくことで防げるのだし、議会としてそれが今回の事件を受けたスタートになるのではと今の時点で私は思います。」
西岡委員「私どもが求めての説明ではなく、片岡議員からの要請に応じたもの。2、3はくれはさんとしては不十分だけど1に反映しているということなのか。不十分ならどこなのか。」
くれは「そういう方向で私も思います。ただ、選挙で選ばれている議員なので、市民の皆様にどういう説明をされているか、それは私が片岡さんに強要するものではないが、そのあたりが重要になるのではと思います。」
大西委員「項目2,3は、議会が現時点でできることはやったのではと思う。残っていることはないのでは。 法の裁きはあるし、副議長も会派も辞めたのであり、議会としてできることはやったと。1の政治倫理条例は議会基本条例策定委員会において基本条例の中にはこの項目をきちんと入れる軌道に乗せているのであり、この問題がなくてもやっていくとの理解で進めてもらえれば。」
くれは「前段のすでに受けているというとこで、副議長やその他もろもろのことで辞職をしてすでに制裁は受けていると。その部分を争うつもりはないけれど、副議長を辞職されたのは逮捕を受けてのことと思うが、会派は自由な意思により成り立っているものですので、どういう意図で解消されたかどうか知るすべもないし、それをいっしょくたにするのはいかがかと思います。会派を解消されたから、私は認めていないが議会の申し合わせにより会派から所属1名ということでてくるものを解消したということ。積極的に辞職されたとの発言はないので、副議長と清掃センター審議会については拘留中でできないので辞められたと認識しているので、議会として議員として社会的も含めて判断されたかというと、違うとお二人の話を聞きつつ思ったわけです。
それはそうとしても、 何かが起きたときにそれをどう改善していくかが、今議会に対して求められていることだと議会基本条例を作る中で思うので、倫理条例をきちんと作る過程で議論を深めていけるのであれば、時間の短い中でこの趣旨をもりこんで再発防止や不正根絶する意味において木津川市にあった倫理条例を作ることを期待して、2,3については回復しているというのは私自身もやぶさかではない。」
倉委員「2月25日の新聞報道で請願を出されたわけで、疑わしいから逮捕された、司法が判断する以上議会として追及していけばいいが、結局は本人の判断にゆだねる。今後は倫理条例を作っていかねばとの判断はしている。建設業法違反で罰金刑が出た。実刑に対してくれは議員どう思っているのか。」
くれは「建設業違反に対して府でも木津川市でも指名停止の措置は取られているので、当然議員という立場でなくても普通の市民の方が違反を起こしても取られる措置はされているわけです。ただ、議員という職がある人が関わっていることが重い。当然の定めの指名停止以外にきちんと責め、それが50万円といわれるかもしれないがそれも司法の判断であって。それ以外に公選で選ばれた議員として不正防止をしていかなくてはならないし、片岡さん自身が市民に対してされることでしょうしとの請願ですが。」
倉委員「新聞では、娘がしているので本人は知らんと。ところが実刑を喰らったのは本人が関わっていたと判断したのでしょう。倫理規定の中でこういう議員は全国的に多い。いわゆる夫婦、兄弟関係で入札している。倫理規定の中でうたうべきと思うがどう考えるが。」
くれは「府が名義貸しとか営業所の実態のないのに営業所としているのを廃絶するための申請をとろうとしている。府としてもこの事件を受けてかどうか不明だが、名義貸しが受けている実態があるとの認識のもといっそうしようと動かれていると思うので、倫理条例に細かく入れるのがいいのか、府の届出で入れるのがいいかわからないがすみわけをしなくてはと思います。」
倉委員「倫理規定について考えを聞きたかったので。」
質問がここで終了したので、私は傍聴席に戻りました。
その後委員長が意見はありますかといわれ、 宮嶋委員「議員が逮捕される意味は大きい。一般の方とは違う。逮捕の中身が冤罪の場合は堂々と戦えばいいが、今回のような罪が確定した場合は、自らが議員を辞職する意味があると思います。本人が辞められなかったし、辞職勧告もあるが、全体が一致ししかも世論の後押しがあってできるもの。そういみ意味でいうと、思いは我々はあったが議会として全会一致とならなかったし、世論の強い後押しが生まれていたかというとそうでもなかった。今、副議長を辞められ、清掃センター委員もやめられた。会派の解消は5月であったがそういうものはあったのではと。請願の思いはわかる。暴力団については、否定されているので、時間の流れの中ではそうであったのかと。1番目の趣旨は認めることができる。2、3は時間の流れの中で一定の結論が出ていると。われわれはよしとしないが、紹介議員が回復したとの言葉を使われたので、置いておいてもいいのでは。分けて採決してはと思います。現実の手続きについて時間はかかるが、趣旨は賛成であり1は採択してはと思います。」
大西委員「2,3はできることはやったということで。1番は請願が出る前からやろうとしていることであり、実行レベルが進んでいる。請願がでたからスタートではないので、どう判断するか。一括採択となると1番は先にやっているから否決との方法はとれないか。理由はこうでと。」
織田委員「大西委員の意見に賛成。くれはさんの気持ちもよくわかる。私だったらもう辞めていると申し添えておきます。」
宮嶋委員「大西委員と織田委員の話を聞くと、すでに進めているのだというのはみなし採択としてみるのが正しいのでは。否決するというもは、わからない。」
西岡委員「1,2,3が一体的なもの。それなりの役割・回復ができたという話がありました。政治倫理条例は議会制定の特別委員会が進んでいるのであり、否決されても、とまるわけではないので不採択の立場であります。」
織田委員「2,3はいい。1番は条例に入れるので採択しなくていいという意味です。」
一括採決することとなり、「不祥事根絶のための制度改革と議員の説明を求める請願」に対して委員会の採決を取りました。
委員長「採択すべきものとする方は挙手お願いします。挙手少数により不採択と決定しました。」 採択とすべきと挙手された委員:宮嶋委員
請願とは、市民の思いを議会に届け議会が判断するものです。
「請願の採択にあたっては、『願意が妥当であるか』次に『実現の可能性があるかが』などが判断の基準だとされている。『実現の可能性』とはごく将来、実現の可能性があるものをいい、厳格に解釈しなければならない。」(議員必携より)とされています。
現在進んでいる(実際に取り組んでいるのは議会基本条例ですが)からと、だから不採択とは、上記の議員必携を無視した納得できない判断です。
今後、本会議で報告をした後、全議員の意思を問うことになります。注目ください!
| 2010年06月09日(水) |
「不祥事根絶を求めた請願」が委員会で不採択? |
2月25日に「不祥事根絶のための制度改革と、議員の説明を求める請願書」を紹介議員として提出しました。今回の議会の中で審査するとのことで、議会運営委員会での審査の様子を報告します。 長文ですが、詳細な報告となっていますので、ご覧ください。
議会運営委員会が9時半より始まりました。委員は、高味委員長、西岡副委員長、大西委員、倉委員、吉元委員、宮嶋委員、織田委員の7人です。 私は紹介議員として出席要請がありましたので、席に着きました。
まず、最初に 委員長より請願の紹介議員である私に趣旨説明を促す発言がありました。
2名の議員が遅刻されていたので、 「趣旨説明をする前に、遅れられている2名の委員の到着を待って、説明したい。十分な審査をしていただくためにも出席されてから説明してはどうでしょうか。」と私は伝えました。 会議の始まりの時間は通知されており、委員会の定足数を達しているのでとの意見があり、そのまま続けることになりました。
ということで改めて私から説明をしました。
くれは「提出している請願は2月25日に提出したものです。今の時点でのことも含めて説明させていただきます。 2月4日、当時の副議長が遼捕され、翌日の新聞各社が一斉に大きく取り上げられたのは、4か月前の出来事です。時の経過がありはしましたが、副議長室にも捜査が入り、それも新聞に大きく取り上げられたことは、新生木津川市にとって大変不名誉な事件であります。 2月23日付産経新聞には、「奈良区検は建設業法違反罪で、片岡副議長を略式起訴とした。奈良簡易裁判所は罰金50万円の略式命令をだし、片岡氏は即日納付した」とあります。
いうまでもないことですが、検察の刑事処分には、起訴・不起訴に分けられます。今回の略式起訴は、起訴に含まれるものです。略式起訴は、100万円以下の罰金や科料に相当する軽微な犯罪が対象で、検察官が簡易裁判所に略式命令を請求し、非公開による書面の審理だけで、刑を言い渡されるものです。さらにこの略式命令に不服の場合は、改めて正式な裁判を請求できるというものです。 不起訴に該当する嫌疑なし、嫌疑不十分、起訴猶予とは明らかに異なる刑法上の刑が今回の略式起訴であります。簡易裁判所の命令に従って罰金を納めたということは、簡単な裁判を経て刑罰が確定したことなのです。
片岡さんは、実質的な経営者というような文言も新聞にはありますが、ご白身の建設会社が虚偽文書による許可を受け、木津川市をはじめ京都府や奈良県の公共工事を受託しようとされていた、実際されていたことは、法令順守が求められる議員としてはあるまじき行為であります。またこのことはまじめに建設業などを営まれている同業者への裏切り行為であるともいえると私は思います。
実際どのような虚偽文書であるかを記事と法律の関係でお伝えします。 新聞記事には、「起訴状によると、平成19年(合併後)の11月に片岡議員が実質経営する土木会社が特定建設業の許可を受けるため、実際には雇用していない1級の土木施工管理技士の知人を専任技術者としたうえ、その書類を京都府に提出、許可を受けた」とありました。
そもそも、建設業を営もうとする方は、国土交通大臣または都道府県知事の許可を受けなければなりません。その許可に必要な営業所の専任技術者が今回の虚偽というものです。
木津川市のHPに掲載されている平成21年5月「建設工事と技術者の配置について」(資料1)木津川市建設部の資料を配布させていただきますので、それの1ページをお持ちしたのですが、委員長には先にお渡ししたのですが、それをご覧ください。 アンダーラインを引いている箇所です。まさしく今回問題となったのは、この営業所専任技術者です。
建設業法第7条の2第15条の2号に基づき、許可を受けようとする建設業、一般建設業でも今回片岡さんがされた特定建設業においても、営業所ごとに専任でおかねばならないとされているものです。この専任技術者は、建設工事に関して請負契約の適正な締結や履行を確保するために置かれるもので、営業所に常勤して職務に従事することが定められているものです。事業主体つまり会社と継続的な雇用関係を持って、その営業所に勤務しなければならないとされているものです。雇用関係があり、営業所で請負契約などに従事することが建設業法で規定されているわけです。 今回、実際には雇用していない方を雇用関係があるようにして申請されていたというのが記事から読み取った事実関係です。雇用をするということは給与が派生するということになるわけです。
誠に遺憾なことであると市民のかたから意見をいただいています。それを受け、刑が確定したのち、請願となったわけです。急施でないということで6月となったわけですが、「この信頼回復に向け、不退転の決意で議会改革等に取り組む決意でございます」は、中野議長が2月23日付でコメントされていました。
この発言は、議会を代表する立場の議長の発言であり、その具体化に向けての取り組みを進める意味において重いものがあります。 ぜひ、今回請願を名前を挙げてされた2名の市民と賛意を示された2名の方の不正を許さないまちへ木津川市議会へとの思いをくみ取っていただき、賛意を示していただきたいと思います。
また、私たち議員は全体の奉仕者であり、一部の奉仕者であってはなりません。住民を代表する公選で選ばれた公職者がその地位による影響力を不正に行使して私欲を図ることなどあってはならないことであることは言うまでないことです。
請願項目に倫理条例を早期に制定せよとしていますので、少し補足して説明します。第1号の政治倫理条例は1983年堺市で誕生しています。きっかけは、議員が収賄事伴で有罪が確定したのをうけて作られたということです。条例には問責制度を設け、有罪判決を受けた議員を説明会に呼び、責任を問う仕組みを盛り込んだようです。
私たち議員は、地方政治・行牧の重要な意思決定に関わっています。一般の人が知り得ない情報に接することもありましょうし、さまざまな利益や便宜に近づく機会もあるかもしれません。職員や市民からみると、自分が思う以上にその権力は犬きいと私自身も自覚しています。 信頼の回復とは議長のことばですが、ことは1議員に対する信頼の失墜ではありません。木津川市議会としてこの問題を受け止め、今後議会としてどうするのかが問われている問題だと思います。堺市の倫理条例の設立経過にもありましたように今回のこの件を真摯に受け止めて木津川市議会の対応を願うものです。
最後に19年の6月定例会で、資産公開の条例を提案された市長に対して修正案が共産党から出され、議員まで拡大して公開というような議論の中で政治倫理条例については賛成というご発言が宮嶋議員、片岡議員の発言を会議録から確認しました。 私自身も政治倫理条例は作るべきだと思っているわけですが、この3年間行動を起こしてこなかったことは反省しています。 以上請願の趣旨と項目に書かれている趣旨を十分受けとめ、先に延ばすことなく審査をしていただきたいと思います。
ここまで私がお話ししました。その後、委員からの質問などを受けていきます。
(続きは明日の日記で)
| 2010年06月05日(土) |
楽しい時間でした・・・ |
谷川俊太郎氏と谷川賢作氏が奏でる詩のコラボ「詩と音楽とトークの会」を鑑賞しました。 俊太郎氏が優しく軽快かつ深みのある言葉でつなぐ会話の合間に詩を盛り込み、その詩の朗読に賢作氏がピアノの伴奏で寄り添うって感じで進みました。。 なじみのいるかやかっぱ、おなら、これはのみのぴこ、もこもこもこ、いきるなど。 ついついきいている私も口を合わせてしまっていました。 詩って歌なんだと改めて感じつつ、自然と言葉に抑揚がついていたのでした。
会場は、奈良市の北部会館。近鉄高の原駅前に2年ほど前にオープンした奈良市の施設です。 新風堂さんという本屋さんが主催されたもの。春におこなった高の原プロジェクトのライブに続き 賢作さんに会いに行ったというものです。
今回の親子コラボでの賢作さんは、ハーモニカ奏者の綱木さんとのライブの時とは違う雰囲気ではありました。 (ライブはおちゃめ度満開だったような) 250人の観客との意見・交流も時間を十分割いてくれていたステージ上のお二人でした。 何でも、新規の予定は入れないようにはされているとのこと、行けたのはラッキーでした。。
以前から買おうかどうしようか迷っていた本を1冊購入し、お二人のサインをしっかりいただいて 帰りました。
「女性議員比率全国1位!」以前マスコミに大きく取り上げられ、注目していた島本町です。今回初めて島本町を訪ねることができました。
しまもと広域行政・合併問題学習会の第1回に呼んでいただいたのです。 同じ近畿市民派議員の仲間の要請を受けて、合併した木津川市に学ぼう!ということでお話しをさせていただいたのです。
島本町では、平成の大合併も一段落したところに、昨年末に急きょ高槻市との合併が首長レベルで再燃したということです。
簡単にお受けはしたものの、キヅガワシに学ぼうですので、 私の準備を怠たらないようにと、平成11年あたりの木津町の動きなどを整理し、議会の会議録も読み返してと準備をしてきました。
読み返してみて、住民投票条例案を議員提案したこと、請願や修正案、そして議員提案を撤回したこと、田中康夫長野県知事を招くために仲間たちと走り回ったこととそれが大雪で中止になったこと、そして住民投票条例の直接請求運動のことなどなどが明解に思い出されてきました。
さらには、 町長の条例必要なしの意見を付された議案のやり取りや合併特別委員会での議員同士のやり取りなども。 レジュメを作りながら、木津川市に学ぼう!のおかげで改めて振り返ることができましたし、整理することもできました。 合併したあとどうなのか、国の制度はどう変更したかなども取り混ぜて1時間程度お話をしました。
「参加者はおそらく、15人程度です」の予想を超え、倍の人数が集まられ、 質問コーナーでは、 議員の人数はどうなったのかを初めとして、 財政計画どおりに進んでいるのか、 山城病院など一部事務組合議会は合併してどう変化したか、 庁舎建て替え以外に公共施設は建てられたのか、 山城町の合併に対する民意はどうであったのか、 合併協議会の人選はどのようにされるのか、 くれはさんは島本町の合併をどう思うかなどたくさんの質問がだされました。
新設合併と編入合併との違いは、あると思いますと前置きした上で、一度合併したら元に戻れません、だからこそ今日のような集会にご参加されていく中で、住民の皆様が自分の問題として町の将来をいろんな角度から考えて結論を出されることが必要だと思います。それができそう、そんな期待ができる集会参加者の方の意見ですと。合併慎重派のみなら自ず、合併推進の方もご参加されていた集会でした。
今後も島本町から目を離せない・・そんな感想を胸に帰路に着きました。
 懐かしい明かりです。 大阪府能勢町に行ってきました。
「これからは農業やで!」の掛け声で集まった市民派議員のミニ学習会、実際目で見ないとイメージも湧かないでしょの言葉に、能勢町に行ったということです。案内はご自身も田畑をされている方です。 まずは、畑の真ん中にある農業体験施設へ。農機具小屋も完備され、ちょっと休憩するにはもってこいの場所。一部を吹田市に貸して、両市町の交流ができる場所として活用されています。運営は吹田市のNPOとか。 周辺には圃場整備が完了した農地が広がっています。吹田市からも農地を求めて農作業体験などにこられているよう。 都市近郊の農地の有効活用の方法の一つです。
新規就農の若い女性の方が畑で作業されているところもお邪魔しました。
昼食は、かまどでご飯を炊いてお味噌汁をとお漬物のメニュー。 かやぶき屋根の下、土間での昼食づくりが始まりました。
縁側から眺める景色は最高でした!見事な棚田です。水路が完備されて古より守っているからこそ、楽しめる風景です。
薪でたいたご飯。窓からはさわやかな風。鶯のさえずり。 こんなだったよね、私たちの子どもの頃はって話しながらご飯もすすみました。 午後は第1次産業の基礎的認識と就農についてとして参加者で意見交換。 生き方を考える。働き方を考える。そもそも食を考えるなどなど。 一緒に行った友人は「何か今までと違う農業を考えんとね!みんなでワイワイできるような、仕組みづくりを考えださんと」なんて話はするものの、 これは宿題としておくことにして。
都会を通過して帰宅しました。
| 2010年04月19日(月) |
特別委員会のスタート |
議会基本条例を策定するために設置された特別委員会の第1回でした。
委員は13人。私も委員の一人です。 委員長より、条例制定に向けてスケジュールと工程の提案がありました。 ・12月議会での可決をめざすこと。 ・月2回程度15回程度委員会を開催すること。 ・市民アンケートや意見交換、中間案への意見を市民の皆様よりいただくな どのつくる過程から市民参画で進めたいこと。 などの提案がありました。 栗山町、京丹後市、流山市の条例の抜粋も参考資料として。
私は、策定することは賛成です。 木津町議時代にも提案したくらいですから。 残念ながら提案者以外の賛成を得られず、否決されたのですが。
策定予定まで9か月という期間は、市民参画に十分な期間とはいえないかもしれないけれど。 18日のシンポジウムで聞いたことなどを元に何をどのようにしたらいいかを改めて提案したいと伝えました。
他の委員からも、 施行はいつを想定しているのか。 分科会形式で進めるのか。 委員会日程は、議会付きは流動的にしては。 などの意見が出されたのち、
9か月間で木津川市にふさわしい条例を検討していくことを確認して終了しました。 次回は5月10日(月)1時半より 傍聴できます。
| 2010年04月18日(日) |
WTCビルも見たくて・・ |
そびえたっているのは、大阪南港のワールドトレードセンタービルディングです。大阪府庁移転で話題になっていますね。 ビル見学も兼ねて参加してきました。 東京財団、関西若手議員の会主催のシンポジウム 44階のトイレからの眺めに思わず足がすくみます。 最初に、今をときめく事業仕訳のスペシャリスト伊藤伸さんの講演からスタートです。内閣府行政刷新会議事務局参事官の立場で見たことなどをお聞きしました。昨年、大津市での仕分けでご一緒させていただいた方です。 第2段の仕分けでは、インターネットの同時配信も行われるとのこと。 マスコミの切りとった情報のみではなく、丸ごとの情報をキャッチしてとのメッセージも添えられていました。 さて、本題。 参加の目的である「議会基本条例 ー戦う議会へのあゆみー」シンポジウムです。日本で最初に条例を制定した前栗山町の議会事務局長や条例制定した自治体の議員さんたちによるパネルディスカッションです。 現在130近い自治体が議会基本条例を制定されているので、条例を作ること自体は困難ではない、けれど本当の意味での市民に開かれた条例にしてい くことが大事であると言われていました。 財団が提案はコチラ。 東京財団 議会基本条例モデル木津川市も条例制定に向けて特別委員会ができたので、その進め方の研修のためにもと参加したのでした。 議会として真に市民に開かれたものになるようにとの思いで帰宅しました。
木津未来会議

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