喘息の発作を起こした。成人してから4、5年に一度の割で、ストレスで出る。水曜の夜にはすでにうっすら兆候があったが、木曜に茅が死んで、いきなり悪化した。吸入器を使うが、何しろ4、5年前に病院でもらった物で、使っていいんだか・・・。
雨が降り始めてからはいよいよ具合が良くない。
60年代に、ボーカルが重度の喘息持ちというバンドがあった筈だ。ロック・ヒストリーか何かのビデオで見たのだが、ステージで1曲終わるたびにボーカルが吸入器を取り出してぜーぜーやっていた。白黒のフィルムで、本気でかっこいいと思った。
そのバンドをネットで検索するが探せない。 「喘息 ボーカル」 と入れてみたら、ハニードッグスというバンドが出てきた。バックボーカルも取るベースが喘息で死にかけたとある。これは探しているバンドとは明らかに違うが、もののついでに試聴してみたら、何と一目惚れならぬ一聴き惚れしてしまった。これはまあ何て私の好み。いきなり好きになることなど、普段はまずないのに。CDが2枚出ていたので両方注文した。喘息の取り持つ縁か。
最後まで普通に生活していた。回し車にも乗っていたし、食欲もあった。夕べ給水ボトルが使いづらそうだったので、私の手から水をあげた。昨日ゴーダチーズを買ったので、茅にもあげようと思って忘れていた。あげられないままになった。
| 2002年10月15日(火) |
I Can't Get No! |
一晩飲んで、朝の7時半帰宅。投げやりな気分で何故かINUを聴く。ダムダムダム、ダムダムダム。おお、ルカが怒っている。INU嫌いなんだよね、この子。よしよし後でおまえの好きなロビー・ロバートソンをかけてあげるからね。ほんとの話この兎は、先日購入した"The Native Americans"をかけたところ、スピーカーの前に来てうっとりと座り込んでしまったのだ。これまでもケイト・ブッシュやニール・ヤングに反応を示してきたが、今回はまた特別。性格は悪いが、趣味の良い兎である。
I Can't Get No! (やってらんない) * (I Can't Get No) Satisfaction / The Rolling Stones (1965) の歌詞。
| 2002年10月11日(金) |
Screaming Mimi |
ネットってすごい。チャット用にScreaming Mimiっていうハンドル・ネームを取ろうとしたら「既に取得されています」 って・・・。ハイフン入れてもダメ。あれこれいじくって試し、ようやく取れた。
"Screaming Mimi"は、フレドリック・ブラウンの小説のタイトル(邦題=「通り魔」)から取った。一生忘れられない本のタイトルがあるとしたら、これがまさにそうだ。
Mimiは1フィートの彫刻、裸の処女だ。全身をくねらせて顔を背け、襲撃者に向けてまっすぐに両手を突き出し、大きく口をあいて、わめいている。─―────わめいている。
* この後チャットルームにScreaming Mimi名で入室してみたら、常連達が私のことを誰だか気づかず、来る人にいちいち説明するのが面倒だったので、判るようにScreaming MimiとBunnyを合せて、Screaming Bunnyとした。
つまり、この日記を書いた時点では私はまだ、ただのBunny(兎を飼っていたので)だったのだ。
| 2002年10月08日(火) |
What is happening to me? Crazy, some say |
日曜日の21時にGRに電話で起こされた。21時半に俊にかけた。23時に切ってしばらくは呆けていたが、そのうち別のことで泣いた。1時まで泣いていたらKatzからメールが入ったので電話した。
それ以来今まで一睡もしていない。
What is happening to me? Crazy, some say (私に何が起こってるの? 普通じゃないとひとは言うけど) *Ordinary World / Duran Duran (1993) の歌詞。
茅(かや。ハムスター)が高齢の為かなり弱ってきている。給水ボトルの位置を下げ、餌を食べやすいものに変える。
この子はうちで生まれた子だ。お嬢さん気質だった母親ではなく、父親に似てお転婆なのだが、体質は母親から遺伝してしまい、不正咬合に悩まされることとなった。なので3週間に一度私が歯を切っている。
茅が冬を迎えずに死ぬだろうということは見ていてわかる。悲しいという感覚は今はない。何をしてあげれらるかの方が大事だから。
5月に繭(まゆ。兎)が死んだ。辛いなんてもんじゃない。引き裂かれるように痛かった。(今だってこの文章を書くのに大泣きしている) この世で一番愛した生き物だった。既に別居中だったダンナに泣きながら電話した。ダンナは茨城の実家から、それまでの最速記録で飛んで来た。あれには感謝している。
それほど苦しい思いをしても、「死なれると嫌だから動物はもう飼わない」 とは絶対に思わない。それではまるで死んだことが悪いことのようだし。大体、人間だって全員死ぬんだから、そんな発想では結婚も何も出来ない。私は現在ダンナが失踪中ではあるが、それでも結婚という体験を後悔してはいない。
ここ2,3日の間に自分が急速に情緒不安定になってきているのがわかる。今茅が死んだら一体どうなるんだろう。
でも、人間は結構強い。私も意外としぶとい。これまでの経験から、一番辛いことは決して他人とは分かち合えないことも知っている。それでも必ず乗り越えてきた。
とにかく今は茅のことを考えよう。この体重30gに満たないお嬢ちゃんが私に与えてくれた喜びは大きいから。
| 2002年10月04日(金) |
All the people see me as a fool |
お金がなくなってきた。ふふん、いよいよ面白いじゃん。
それでもロンドンに行こうってんだから。人間、本気でやろうと思えば、多少のお金は何とかなるもんだ。
昔はそこらに穴があって、私もよく落ちたものよ / 矢野顕子
このセリフに高校の頃すでにじーんと来てたのに。今、穴を掘ってどうする。ああ、充実するったら。私って、馬鹿だったんだなあ。幸せでどうにかなりそう。
たまたま1993年の日記が出てきたので見たら、今日と同じ10月4日にキンクスのLiveを見てた。厚生年金会館14列目のど真ん中、かなりいい席だ。「人生最高のライヴ」と書いている。曰く、「Lolaをレイ・デイヴィスが歌いだした瞬間、本気で胃がねじれ、頭に血が上り、全身の毛穴が開いた」そうだ。いいなー。うらやましいなー。この年私はキンクスを2回観て、レオン・ラッセルも観ている。一年中働いてないくせに。うらやましー。
All the people see me as a fool (誰もが私を馬鹿だと思っている) *Sensitive / Mick Karn (1982) の歌詞。
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