ひとりごと
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初みかん 2005年10月06日(木)

ヨガのあとには
なぜかきれいなものが食べたくなるの。

隣のスーパーで黄色く色づき始めたみかんを見つけた。
この秋、最初のみかんを抱えて帰ったよ。

みかんは体を冷やすって言うけれど大好きなの。
やめられないの。
くだものの中で一番好きなのよ。

皮に爪を立てるとしゅっとはじける清い香り。
鼻の奥から喉を通って体がすっきり洗われるみたい。
嬉しいね。

続けて三つも食べてしまった。
やっぱりおいしいね。
いい季節がやってきたね。


佳き日 2005年09月30日(金)

この夏、お茶の先生がお元気に
92歳のお誕生日を迎えられた。
2ヶ月遅れのお誕生会を開いてお祝いをした。

彩の美しいお料理と、少しのおいしいお酒。
窓からの眺めも和やかなおしゃべりもご馳走だった。
先生の笑顔が嬉しかった。
どうぞこれからもお元気で。

金木犀が今日、香り始めた。


親子クレイジーソルト 2005年09月26日(月)

クレイジーソルトが子どもをしょってスーパーの棚に並んでいた。

まぁ、なんてかわいい!
とっても小さいけれど、完全な縮小版。
説明も成分も、ケシツブのような字で親と同じに書いてあった。
もちろん中身もちゃんと入っていた。
そして携帯ストラップになるように紐までついていた。

…携帯電話にクレイジーソルトをつける?
マイクレイジーソルトを持ち歩く?
う〜ん、ちょっとおもしろいね。
こぼさないようにしなくちゃね。

本当につけている人、いるかしら?


よくがんばりました 2005年09月22日(木)

妹から、何通めかの「スズムシメール」が届いた。
「ついに最後のスズムシさんも死んでしまいました。」と書いてあった。
8月のお祭りの夜、姪がほしがったので、オスメス2匹ずつ分けてやったあのスズムシだった。

妹は小さいころから虫が苦手だった。
まるで理科室のようにいろいろな虫をたくさん飼っている私の部屋に入るのを恐がっていた。
触るのはもちろん、見るのだって絶対にイヤ!と言う子だった。
姉妹でこうまで違うものか、と感心してしまうほどだった。
まさかこの妹が虫を飼うようになるだなんて。
子どもの力は偉大である。

8月のあの日に飼い方を説明してスズムシを持たせてやってから、
時々メールや電話で質問があった。
実家の母からも「ひーひー悲鳴あげながらも餌を換えていたわよ。」と報告があった。
本当に恐いのにがんばっているようだった。
その後、叔父の家でのバーベキューパーティーで会った時には
輪切りにされて焼くのを待っている野菜を見て、
「スズムシの餌を思い出すよね。」と言うほどになっていた。
「うるさいくらいにリンリン鳴いているよ。」と嬉しそうに困ったように言っていた。

「大変です!」とタイトルがついたメールが来たのは9月5日のこと。
ついにオスの1匹が食べられてしまったらしい。
とうとうこの日が来たか…。
「女性軍恐るべし。かわいそうなことしました。(T_T)」
と顔文字がついていた。
自然のこととは言え、妹も姪たちもショックだったことだろう。
残されたもう1匹のオスの命も時間の問題だと思っていた。

次のメールはその10日後。
今度死んでしまったのはメスのほうらしかった。
「たまごらしきものがたくさん土にささってるけど、
 これっていつごろ孵るんですか?」
ささっているって…妹らしい表現だ。
「このまま冬を越すの?親が死んじゃっても?」
そう、スズムシの世界では、親が子どもの顔を見ることはないのよ。
そして、次の文を読んで笑ってしまった。
「一度に孵られたら・・・想像すると鳥肌ものです。」
がんばっているけれど、やっぱり恐いのだろうな。
申し訳ないけれど、孵るときは小さいのが一度に出てくるかもよ、と予言しておいた。

2日前の9月20日、またメールが来た。
「とうとうスズムシ君が力尽き、
 あとは、スズムシさん1匹だけになってしまいました。
 声が聞こえなくてさびしくなりました。
 秋本番なのに・・・」
最後のオスは今まで生きていたんだ!
たくさんいたうちのスズムシは、もうとっくにメスだけになっていたのに。
「長いことがんばってくれたのね。
 たった1匹になってさびしいでしょうけれど(スズムシさんも人間も)どうぞお元気で。」
とメールに書いた。

そして今日、最後のメスも死んでしまったと言うメールが来たのだった。
妹と姪の「スズムシの日々」は一段落した。
妹はがんばってスズムシの世話をしていた。
見るのもイヤだったのに、きちんと餌を換え、観察し、報告してくれた。
本当のことを言うと、面倒を見られるかどうか心配だったのだ。
でも妹はよくがんばって、最後まで見届けた。
「この1ヶ月、お疲れさまでした。
 スズムシさんもそうだけれど、○子さんもがんばったね。えらかったね。」
と返信した。

そのメールを送ったしばらくあと、妹から電話がかかってきた。
スズムシのことをふたりで話した。
「外では虫がよく鳴いているのにスズムシは早いのよね。
 秋の虫、って言うけれど、スズムシは夏の虫なのよね。」
「残された死体がメスだけって切ないよね。」
「オスはあとかたもなくなっちゃうものね。」
「2匹のメスはティッシュに包んで子どもたちと埋めたよ。」
「うちのメスたちはまだいるけれど、もうそろそろなのかな。」
「もう寝られない〜って言うくらいよく鳴いていてうるさいと思ったけれど
 声が聞こえなくなっちゃうとやっぱり寂しいね。」
「ほんと。でも大丈夫。うまくしたら、来年は子どもたちが鳴いてくれるから。」
「きゃ〜、どうしよう!鳥肌もの!」
妹はまた笑わせてくれた。
でも実際は、卵を孵化させることはむずかしいことだった。
越冬中の土の湿度や温度の調節がなかなかうまくいかないのだ。
「あまり乾燥させないように、時々見て霧を吹いてやってね。」
とアドバイスした。

妹を強くしてくれた4匹のスズムシたちの子どもが、来春元気に土の中から出てきますように。
そうしたらまた「スズムシの日々」が始まる。
鳥肌、たてられるといいね!


お掃除月間 2005年09月21日(水)

ここ2、3週間ほど、この街のごみ置き場のごみが増えている。
燃えないごみの日など、一体何軒のお引越しがあったの?と思うほどに
電化製品、おもちゃ、雑貨類で、ごみ置き場があふれている。
いえ、もしかしたら、うちの近所だけでなく、
このM市全体がそうなのかもしれない。
M市では、この10月からごみ収集が有料化されるのだ。

今まで自由な半透明の袋に入れて出していたごみを、これからは
市指定の収集袋を買って、それに入れて出さなければならなくなった。
収集日も減るらしい。
それを知ったとき、これはいい機会だと思った。
家の中をさっぱりと整理して、9月中に出せるごみは出してしまおう!
お掃除月間だ。

どうやらほかの人たちも同じことを考えていたらしい。
9月になると収集日ごとに、ごみ置き場のごみの量は増えていった。
それを見るたびに、私は焦った。
うちの片づけは全然進んでいない。
やっと今週から本腰を入れて、納戸や押入れの整理を始めたところだ。

今までグズグズととっておいた使わないものを、きっぱりと思い切りよく袋に入れた。
ちょっとだけ壊れている機械や、汚れてしまったクッション、古い下着も捨てた。
大きなごみ袋を家から出すと、すっきりとした。
この調子。

今日の午前中は庭に出た。
雑草も燃えるごみとして出さなくてはならない。
ぴょんぴょんと飛び出してくるオンブバッタやカマキリたちに謝りながら
汗だくになって草むしりをした。
庭のあちこちに、大きな草の山がいくつもできた。
これは2、3日置いて、ちょっとしおれさせて嵩を減らしてからごみ袋に入れる。
そのあとは、割れたプラスチック鉢や、ポリポットを拾って歩いた。
これらは燃えないごみだ。
苗を買ったときなどについてきたプラ鉢は、結局そのあと使わないことが多いのだ。
なんとなくもったいなくてとっておいたけれど、きっともう使わない。
袋がごろごろとかさばるにつれて、庭はさっぱりとしていった。

午後は納戸の整理の続きをした。
布と紙とほこりにまみれて、70リットルのごみ袋をいっぱいにした。
靴箱も大掃除がてら整理して、もう履けない靴を思い切って処分した。
骨が折れていて使えないのに捨てられなかったかわいい折り畳み傘も袋に入れた。

最初から手をつけなかったのは写真類と手紙類。
これは見始めたら整理どころではなくなってしまうだろうから。
それにきっと捨てられないのだろうから。
とっておくものがあってもいいのよね。

玄関にはもうすぐお別れするごみたちの袋が並んでいる。
それを見て、これからは余分なものは買わない!と思ったりもする。
これからはますます生ごみ堆肥は威力を発揮するわね、とも思う。
台所からの生ごみがないだけで、だいぶごみの量は減るはずだ。
時々さぼっていた堆肥作り、M市のごみ事情のためにも、庭のためにも続けていこう。

明日が有料化前、最後の燃えないごみの日。
そして燃えるごみの日は、あと4回。
お掃除月間、がんばろう!


お茶碗の誕生 2005年09月19日(月)

休日の朝、お茶の先生から電話があった。
誘われて、里山にある陶芸舎まで自転車で行った。
山を越える道の端には、もう彼岸花が咲き始めていた。

時間を見計らっていったのに、
おひとりで電車とバスを乗り継いで来られた先生のほうが、早かった。
普段着の先生は、ろくろを回す手を止めて振り返り、
にこにこと迎えてくださった。
そして、この前作った私のお香合が焼きあがっているのを出してくださった。
とてもほめられて嬉しかった。

私が着いたとき、ろくろの上で形を変え始めていた土の塊はお茶碗の形になった。
傍らに置いてあったふたつの土のお団子も、お茶碗へと変わっていった。
私は見ていた。
ごろんとした土の塊が命を吹き込まれ、先生の大きな手の中で形を変えて
繊細なお茶碗へと変わっていくのを、ただずっと見つめていた。
それはとても美しく、楽しそうでもあった。
時間を忘れるほど、先生も私もお茶碗に集中していた。

いつかこのお茶碗ができあがったとき、
どんな色がついていても模様がついていても、
きっと私にはわかるだろう。
秋の始まりの日、生まれるところを見守ったあのかわいいお茶碗だと。


ルリタテハ 2005年09月16日(金)

夕方、思い立って外に出て
日が暮れるまでの短い間、庭仕事をした。

伸び放題のモッコウバラやぶどうの蔓を剪定した。
道路まで飛び出していた薔薇の蔓を整理して石垣に結んだ。
そしてせっせと草むしり。

顔を上げると、もうそろそろホトトギスのつぼみが
つんつんと上がってきているのだった。
こぼれ種で増えて、今年はまたたくさん咲きそうだ。
眺めていると、かけた葉っぱの裏にとげとげの虫がいた。

毛虫!と一瞬ぎょっとしたけれど
よく見てみたら、それはルリタテハの幼虫なのだった。
いつの間にか、うちのホトトギスを食べて育っていてくれた。

あの美しい蝶が青い羽をひらめかせて
この庭を訪れていたかと思うと嬉しかった。


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