ひとりごと
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まっすぐな虹 2004年06月07日(月)

梅雨入り宣言して2日目。
いかにも梅雨らしい不安定な空模様だ。

晴れた、と思って、傘を干しても
気がついたら、雨水がたっぷりとたまっている。
種まきを、と思って、朝顔の種を水に浸したら
ざんざんと降り込められてしまう。

それでも午後遅く、ようやく本当に雲が切れてきた。
腰に蚊取り線香をぶら下げ、三たび庭に出た。
朝顔と野菜だけでも種まきをしておかないと。

首筋を照らす陽射しを気にしながらも
しゃがみこんで、鉢に土を入れていた。
自分の影が濃く地面に落ちていた。

と思ったら、霧吹きで吹いたような水の粒を体中に浴びて一瞬涼しくなった。
ぶどうの蔓からの滴りかと思って見上げると、それは雨。
狐の嫁入りなのだった。

もしかしたら!
2階に駆け上って南東向きの和室の窓を開けた。
やっぱり。
うっすらだけれど、虹が見えた。
嬉しくなって、デジカメを掴んで、庭仕事スタイルのまま外に飛び出した。

丘のてっぺんの駐車場は見晴らしがいい。
遠くの森までよく見える。
虹も彗星も流星群も、いつもここで眺めるのだ。

虹は自分の影のほうにできる。
顔に細かい雨粒を、背中に太陽の温かさを感じて、
電柱や木や自分の影の伸びる方角の空を見上げた。
でも虹は見えなかった。

もう消えてしまったのかな。
水色と灰色のマーブルの空にびゅんびゅん雲が流れるだけだ。
あきらめて帰ろうとしたとき、向こうの林の木の間に虹色が見えた。

まだこんなに日が高い。
虹は低いところにかかっていたのだった。

もっとよく虹が見えるところを探して、歩き出した。
そうだ、小学校に行こう。
閉じた傘を振り振り、帰ってくる子どもたちの群れをさかのぼって
水たまりがまぶしい道を歩いた。
小学校から下っていく坂道の向こうの虹がだんだん大きくなってきた。

ほら、ふりむいてみて。
虹が見えるよ。
子どもたちに声をかけたい気持ちだった。
この子たちは知っているのだろうか。

校門の横の金網から、街が見下ろせた。
林の向こうに、山に沿うように、低い虹が鮮やかに見えた。
嬉しい。
きれい。
何回もシャッターを切った。

校門からひとりで出てきた知らない男の子が話しかけてきた。
「あっ!ここから見たら、虹はまっすぐなんだね。」

本当だ。
虹はまっすぐで、森の向こうに美しい水平線があるようだった。
「ほんとね。まっすぐね。」

この子はきっと、校舎の上から弧を描く虹を見たのだろうな。
虹を知っていたのだろうな。
ほかほかと嬉しくなった。

その子の後姿を見送って、また虹を眺めていると、
今度は男の子二人連れが話しながら通り過ぎた。

「さっきの校内放送、何先生かな?誰の声だったんだろう?」
「みなさん、虹が出ています!って言ってたね。」
「見えたね。虹。」

そうなんだ。
この学校の子は、みんな虹を知っていたんだ。
何先生だかが虹を見つけて嬉しくて、校内放送したんだね。
よかったね。

午後の太陽が低くなって、まっすぐな虹が高く弧を描くのを待っていたけれど
見つめているうちに、虹はまっすぐなまま消えていった。
私も子どもたちに混じって、紫陽花の咲く通学路を歩き、
顔を照らす陽射しを手で遮りながら、庭仕事の待つ自分の家に帰っていった。

梅雨は虹の季節だ。


朝の夢

夫が早く家を出るので、今朝は5時から起きていた。
6時前に夫を送り出したあと、
もうひと眠りしようかと思っていたのに目も頭も冴えていた。
それでも、少しネットをするうちに、だんだん眠気がやってきた。

テレビもパソコンもつけっぱなしで、ソファでうたた寝してしまった。
朝のうたた寝は、なぜだか夢がはっきりとしている。

自転車のかごにお財布とデジカメを入れて、どこかから帰る途中だった。
きれいな並木道を走っていた。
ふと、路樹の葉っぱの上に白い美しい蝶がとまっているのを見つけた。
私は自転車を降りて、伸び上がり、木の上の蝶を眺めた。

きれい!
なんて神秘的な蝶。
写真を撮ろう。

ところが振り向いたら、デジカメとお財布ごと自転車がなくなっているのだった。
呆然と立ち尽くす私の周りを行きかう見知らぬ人々。
持って行かれちゃったのか。

一度なくして買ったばかりのデジカメ。
下ろしたばかりのお金が入っているお財布。
私の足代わり、頼りにしている電動自転車。
みんないっぺんになくなっちゃった。

悲しくて、情けなくておろおろしていた。
そこで、電話の音で目が覚めた。
夢だった…。

ほっとしながらも、夢を分析。
デジカメとお財布と自転車。
これは、私が大事に思っていて、なくしたくないと思っているものなのだろうか。

なんだか恥ずかしいぞ〜。
私の大事なものって、そんなものなのね。
確かにどれも大事だけれど、俗っぽいと言うか、庶民的と言うか、スケールが小さいと言うか。
夢の中に、自分の心理を見つけておかしくなった。

あの白い蝶はなんだったのでしょうね。


6月6日に雨ざあざあ降ってきて 2004年06月06日(日)

きっぱりと
梅雨入り。






気合いの認印 2004年05月31日(月)

時々覗いている、動物スタンプ専門のネットショップで
かわいい動物の認印を見つけた。
猫やウサギ、犬、カエル。
小さい丸の中に、リアルな動物と名前がきちんと納まっている。
なんてかわいいの?

『認印として使うには多少の「気合い」が必要です。』
との、説明に笑ってしまった。
確かに、ちょっと気恥ずかしいかな?
でも、これでセキセイインコがあったら使うのに。
『新作リクエスト掲示板』に、セキセイインコを希望したらすぐに答えてくれた。
早速、苗字を入れたインコの認印を注文した。

そして届いたセキセイインコの認印。
かわいくて、嬉しくて、新聞の端っこや捨てる前のダイレクトメールにポンポンと押してみた。
丸窓から覗いているセキセイインコの顔がいくつも並んだ。
新聞を読もうとした夫が、余白に並んだインコのはんこに気がついて
「こんなにあちこち押していたら、すぐに使えなくなってしまうで。」と呆れたように言った。
大丈夫。市販インクの補充もできるのだって。
これを使うときが待ち遠しかった。
早く宅配便や、回覧板がやってこないかしら?

今朝、やっとこれを使うときがやってきた。
注文していたガーデンフェンスが届いたのだ。
「それでは運んできますので、その間にはんこをお願いします。」
と、宅配便のお兄さんは、3枚の伝票を渡して、大きなダンボール箱を運び始めた。
いきなり3枚も押せるなんて嬉しい。
目の前で押すのではないから、気合いもそれほど必要ない。
セキセイインコの認印は、初めてのお仕事をしてくれた。

3つのダンボールを運び終わったお兄さんに、
「お世話さまでした。」と言って、私は3枚の伝票を渡した。
お兄さんは伝票をちらっと見て、表情も変えずに「毎度〜。」と行ってしまった。

あれぇ?インコに気がつかなかったのかな?
ふざけたはんこに呆れてしまったのかな?
それとも、こんなはんこは最近よくあるのかしら。
でも、いちいちお客のはんこに反応するわけにもいかないしね。

今度は、配達の人の目の前ではんこを押すときを楽しみにしていよう。
やっぱり気合いがいるかしら?
ちょっとドキドキ。


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ヤスおじちゃまのこと 2004年05月30日(日)

ヤスおじちゃまのお葬式がすんだ。
体は小さな壷の中に。
魂は天国で待つ奥さまのもとへと旅立った。

康叔父は、亡くなった祖父の弟だった。
90歳のこの大叔父を、私たちは「ヤスおじちゃま」と呼んでいた。
お子さまがなく、奥さまも亡くなったので、
実家の私たち家族が一番親しい親戚で、家族だった。
私たち姉妹はまるで孫のように、甥や姪たちはひ孫のようにかわいがってもらった。

幼い日の記憶にある最初の頃からおじいさんだったのに、いつもはつらつと明るかった。
温泉旅行や食べ歩き、博物館やミュージカル。
いろんなところへ連れて行ってもらった。
おしゃれで、おいしいもの好きで、珍しいもの好きで、かわいいものも好きで
いつも何か新しいことを考えているダンディなおじいさんだった。
80歳を過ぎてから、パソコンだって始めたのだ。
90歳になっても、ひとり暮らしのマンションに新しい家具を買ったのだ。
100歳だって、軽く迎えられると思っていた。
なのに。

体調が悪くて入院したのは、ほんの1週間前のことだった。
とっても心配したけれど、病院のベッドでは快適そうににこにこしていたと言う。
妹に言いつけて、ドリームジャンボ宝くじを買いに行かせる余裕もあった。
(ヤスおじちゃまは、とてもくじ運がよかった!)
お医者さまは、高齢であるのでいつ何があっても、とおっしゃっていたけれど
全然そんなだとは、誰も思わなかった。
それでも、早くお見舞いに行こうと思っていた。

私は、姪たちに縫い物を頼まれていたので、
それが仕上がったら、届けがてらお見舞いに行くつもりだった。
水曜の朝に遊び着がやっとできあがり、大急ぎでそれを包んで支度をした。
家を出る前に庭に出て、たくさんの花を摘んでお見舞いの花束を作った。
ピンクや白の薔薇たち、白いアスチルベ、ニゲラ、フウロソウ、ゼラニウム、ホタルブクロ、
そして涼しげなナルコユリやギボウシの葉っぱをふんわりと束ねた。
ヤスおじちゃまは、いつも私の庭の花を誉めてくれていた。
嬉しそうな顔を思い浮かべた。
まさかその花束が、その日のうちに棺に入るだなんて、思いもしなかった。

実家に寄らず、駅から直接病院に行ってヤスおじちゃまを見舞った。
母がひとりで付き添っていた。
ヤスおじちゃまは想像したよりも悪そうだったけれど、確かに私を認めて手を握ってくれた。
大きなごつごつした両手で私の手をしっかりと包み込んで離さなかった。
その力の強さに少し安心し、たくさん不安になった。
「元気になったら、また寿司清に連れて行ってね。ハヤシライスも食べに行こうね。」
と、声をかけながらも、半分はもう夢のような気がしていた。

やがて遊び着を待ちきれない姪たちと妹も病院にやって来た。
その場で着替えて、小さな姉妹のかわいい姿を見てもらった。
何かを食べたそうな仕草のヤスおじちゃまに、
看護師さんにお願いして小さな氷のかけらを口に入れてもらった。
透明なかたまりが、口の中でころころと音を立てた。
「おいしい」と、ヤスおじちゃまは満足そうに言った。
嬉しかった。

私と妹は安心して、また来る、と約束して手を握り、ヤスおじちゃまに別れを告げた。
そしてスーパーで夕食の買い物をして実家に帰った。
病院の母から知らせの電話があったのは、キッチンで買い物袋を開けているときだった。
私たちが帰ったあと、静かに眠り始めてそのままだったと言う。
「おいしい」が、最後の言葉だったのが、ヤスおじちゃまらしかった。

昨日のお通夜も、今日のお別れの日も、真夏のように暑い明るい日だった。
これも、晴れ男で湿っぽいことの嫌いなヤスおじちゃまらしかった。
悲しみはいっぱいだったけれど、その席は決して暗くはなかった。
人生を楽しんで、人を愛しみんなから愛され、90歳の天寿を全うしたヤスおじちゃまは
幸せだったと誰もが思うから。

家族で考えていることがある。
ヤスおじちゃまの買った最後の宝くじが当たったら(きっと当たる!)
みんなで寿司清に行くのだ。
写真を持って行って思い出話をしながら、感謝しながら、
ヤスおじちゃまが「もう一度食べたい」と言っていたお寿司を味わうのだ。

ヤスおじちゃま、どうもありがとう。
さようなら。


不如帰 2004年05月29日(土)

杜鵑。
時鳥。
ホトトギス。

真っ暗な夜に鳴いている。
鳴きながら飛んでいる。
眠れないのだろうか。
夢でも見たのだろうか。

どこか哀しげなホトトギスの声。
姿を見たことはない。
ひたむきに飛ぶ横顔を思い浮かべてみる。


薔薇と猫 2004年05月22日(土)

2年ぶりに友だちの家を訪れた。

薔薇は2年分大きく豊かに育っていた。
曇り空の下、薔薇は柔らかい色合いでしっとりと咲き、
広い庭を水彩画のように彩っていた。

そして鞠のようにはずんでいた小さい子猫は、
美しいしなやかなレディ猫になっていた。

薔薇の下をくぐり抜ける猫。
香りを楽しむようにうずくまる猫。
薔薇を見上げる猫。
部屋の中から庭を眺める猫。

絵のような美しい風景に何度も出会って
そのたびごとに見とれてしまった。

薔薇と猫って、とてもよく似合う。




20年前の写真

電車の中のうたた寝の
浅い夢の中で懐かしい人に会った。
夢とうつつの間を揺れながら
その人を夢に見たことに驚いていた。
久しぶりに連絡してみよう、と思っていた。
なのに、目が覚めたら、それが誰だか忘れてしまった。
ただ、懐かしい人に会えた幸せな思いだけが
ふんわり胸の中に残っていた。

朝、ちょうど20年前の今日の写真を見た。
卒業アルバム用に撮ったモノクロの写真だった。
学生時代の後輩が見つけてスキャンしたのを
インターネットの上で見せてもらったのだ。
きっちり20歳若い友だちもふっくらした頬の私も
白黒の校舎をバックに笑っていた。
いきなり現れた写真の懐かしさに胸を衝かれた。

1984年5月22日はよく晴れていた。
サークルの仲間がキャンパスの中庭に集まった。
ただ、写真を撮る、と言うだけなのに、
なぜか楽しくてはしゃいでいたのを覚えている。
そのときの楽しさが、そのまま写しこまれていた。
はじけるような笑顔だった。

ひとりひとり名前をあげ、声や姿を思い出した。
たまに会う人、ずっと会っていない人、二度と会えない人。
みんな写真の中のこの一瞬で時間を止めている。
20年後のことなんて知りはしない。

あんな夢を見たのは、この写真を見たからか。
夢の中で会ったのは誰だったのだろうか。
また会えるだろうか。

20年後の今日、私はどうしているのだろうか。


2本の木 2004年05月21日(金)

階段から落ちて痛めた足を友だちが心配するので
10日もたっているけれど、お医者に行ってみた。
「もう大丈夫!」とお墨付きと、念のための塗り薬をいただいて帰った。
これで思いっきり庭仕事ができる。

台風が通り過ぎたあとの庭は掃除のし甲斐があった。
落ちている花びらを拾い、枯れてきた春の草花を抜いた。
広がり始めた雑草を抜き、転がっている鉢を片付けた。
そしてとうとう、前から気になっていた大仕事をした。
2本の木を抜いたのだ。

5年前、ここに来たとき、庭の南西の隅に2本の木を植えた。
ひとつは、高さ20センチほどだったゴールドクレスト。
寄せ植え教室で使って鉢に植えてあったのをおろしたのだ。
もうひとつは、ピンクの花を咲かせるハナミズキ。
たくさんの花をつけてシンボルツリーになるはずだった。

両方とも計算違いだった。
気軽に植えた小さなゴールドクレストは、
この半日陰の庭を気に入ってぐんぐんと大きくなった。
気がついたら、ただでさえ日当たりの悪い庭の、
貴重な午後の日照をほとんど遮るほどに育っていた。
花と紅葉を楽しむつもりだったハナミズキはなかなか大きくならず、
5年の間、ひとつも花をつけなかった。
ハナミズキには日当たりが必要だったのだ。

邪魔になってしまったゴールドクレストとかわいそうなハナミズキは
ご近所たちのお庭に引き取られることになった。
ゴールドクレストは裏庭に、ハナミズキは庭の入り口に植えてもらえると言う。
うちにいるより、ずっと幸せになりそうだ。

昨夜降った雨で、土も柔らかくなっていた。
やるなら、暑くなる前、梅雨になる前の今しかない。
思い切って、ゴールドクレストの脇にスコップの最初のひと差しを入れた。
それをてこのように手前に1度動かしただけで、
2メートル半ほどの高さのゴールドクレストは簡単に傾いた。
これはわりと簡単に移植できるかもしれない。
ご近所さんの準備が整っているかどうか、電話で確かめると、
すぐにスコップを持って応援に来てくれた。

ご近所さんが見守る中、反対からもスコップを差し込んで、
ぐいっと持ち上げようとしたが、木はゆらりと反対に傾いただけだった。
ぐるりと一周スコップを入れて土をどけてみたら、
ゴールドクレストの根は、横張りはしていなかったけれど、縦に深く伸びているのだった。
大変なことになった。
ふたりで少しずつ土をすくっては根を掘っていく。
掘っても掘っても、何本も伸びている根の太さは変わらなく、引っ張ってもびくともしないのだ。
汗がだらだらと流れてきた。
シャツの袖でそれをぬぐうと、顔が土だらけになったのがわかった。

「まだ深いよ。」
「どうする?切ってしまう?」
「でも根付かなくなっちゃう。がんばろう。」
「始めてしまったからにはやめられないものね。」
時々声を掛け合いながら、一緒に土を掘った。
少しずつ手ごたえを感じられるようになっていった。

「そろそろ抜けるかもしれない。」
「1、2の3!」
一緒に幹をつかんで引っ張った。
ずずず…と長い根ごと、ゴールドクレストは引き抜けた。
「抜けた!」
始めてから30分ほどもたっていた。

長いゴールドクレストを横にして、フェンスの上から向こうに渡した。
持ってみると、意外に軽いのだった。
次は向こうの庭に深い穴を掘り、植えつける作業。
こっちのほうがずっと楽だった。
バケツでたっぷりと水をやり、地面を固めてゴールドクレストは落ち着いた。
「なかなか素敵じゃない!」
「ここに似合うわね。」
「お疲れさま〜。」
「明日筋肉痛かもね。。」
土だらけの顔で笑いあって別れた。

部屋に入ってお茶を飲んでひとやすみ。
でもまだハナミズキが残っている。
この勢いで、ハナミズキも掘ってしまおう。
私らしからぬやる気を出して、また庭に出た。

ハナミズキは、お隣さんがもらってくれることになっていた。
電話で声をかけると、裏口から出てきてくれた。
お隣さんの見ている前で、さっきと同じようにスコップを入れてみると
こちらは思ったよりも簡単に根が動き、10分ほどできれいに抜けた。

フェンス越しに、2メートルほどのハナミズキの木をお隣さんに手渡した。
「わぁ、本当にいいの?嬉しい!」
喜んでもらえてよかった。
とりあえずハナミズキは、土と水を張った大きな樽に入れられた。
明日にでも、ご主人さまに植えていただくと言う。
ハナミズキもたくさんの日を浴びてのびのびと育ち、花も咲かせるようになるだろう。

5年間、庭の隅で育っていた2本の木がなくなった。
大きな穴が残り、空が広くなった。
日当たりがよくなって、花たちの育ち方も変わるだろうか。
今度は先のことまでよく考えて、木や花を植えよう。
これを機会に、庭造り計画をもう一度考え直すのだ。

木が好き放題に茂り、こぼれ種で草花が野放図に増え、鬱蒼と、雑然としていた庭を、
それなりにさっぱりときれいに、爽やかにするのが、6年目の庭の目標。
これからに乞うご期待!


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