ひとりごと
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小手毬幻想 2004年04月28日(水)

コデマリと出会ったのは高校1年の春。
出席番号が最後の私の席は、窓側の一番後ろだった。
その窓から中庭に植えられたコデマリのひと枝が
私の目の前に差し出されるようにふっさりと入ってきたのだ。

白い小さいまん丸の花びらが5枚集まって小さい花に。
その梅のような形の小さい花がたくさん集まって小さい手毬に。
そのポンポンみたいな手毬が集まってひと枝に。

かわいい。
きれい。
雪柳のように純白ではないけれど、アンティークのように
ほんのちょっと生成りがかった白が目に優しい。
金色の細い蕊が美しい。
ふんわりほんのり甘い香りがする。
ポンポンと手の上ではずませてみる。
ひんやりして柔らかい。
ノートのすみに、コデマリの花をスケッチしてみたり、
花びらを集めて筆箱に並べてみたり。
訪れた虫たちも、楽しげで小さくてかわいい。
時々テントウムシが教科書の縁を歩いていたりするのだった。

花が終わるとき、まん丸の小さな花びらが机の上にも制服の袖にも
紙ふぶきのように降りかかった。
私はずっと夢を見ているようだった。
コデマリが咲いている間、私はどれだけの先生の話を聞き逃したことか。
花が散り終わり、初夏が来て、私は我に返った。

こんな夢のような春は1度だけだった。
2年になると、教室は2階に変わり、窓からコデマリの枝が入ってくることはなかった。
それでも休み時間には中庭に下りて、コデマリの茂みの間にしゃがみこんでみるのだった。
大好きな花になっていた。

5年前、この家に住み始めてすぐに、コデマリの苗を買い求めて植えた。
私だけのコデマリだ。
いくら眺めても、いくらぼーっとしていてもいい。

この庭では、チューリップと薔薇の季節をつなぐように咲いてくれる。
チューリップのサテンのようなつややかさや、
薔薇のふんわりした花びらの重なりともよく似合う。
きれいで嬉しくて、やっぱりうっとりと夢を見るように時間を過ごしてしまう。
たくさんの白い手毬の中にうずくまり甘い香りに包まれていると
紺色の制服を着ている私に戻ってしまう。
コデマリも私も、あの頃と変わらない。


迷子のととちゃん 2004年04月25日(日)

ネットのセキセイインコのお友だち、
ととちゃんが迷子になってしまった。
その知らせを見て、頭がしびれたようなショックを受けた。

ととちゃんのHPを知ったのは、もう1年以上前。
どうやってたどりついたのだっただろうか?
「とと」と言う名前と、ととちゃんのかわいさに夢中になった。
それからこっそり、毎日更新されるととちゃんの日記を楽しみにしていた。
ご挨拶をしなかったのは、うちのトトがもう死んでしまったインコであり
同じ名前の若いととちゃんに対して、申し訳ないような気がしたからだった。
でもつい先日、やっと思い切ってご挨拶をすることができた。
これからインコのお話をいろいろできるのが嬉しかった。

ととちゃんとトトは似ていた。
体の模様は違うけれど、その出会いや飼い主さんとの暮らし方、
性格やくせまでが、トトと似ていた。
飼い主さんの愛情あふれる日記を読んで、私もトトとの生活をなぞっていた。
幸せな日々が甦るようだった。

そんなととちゃんが逃げてしまった。
飼い主さんはどんなにか悲しみ、心配し、ご自分を責められていることだろう。
ととちゃんは今この時間をどんなふうに過ごしているのだろう。
思うと、私まで胃が痛むようだった。
小鳥が逃げてしまうのは、突然であるだけにショックが大きい。

私も高校生の頃、飼っていたセキセイインコを逃がしたことがあった。
ほんのちょっとした気のゆるみ、ちょっとした不注意だった。
あっと思う間もなく、飛んで行ってしまったのだ。
去っていくインコの後姿を見て、「ウソ…」と思った。

激しい後悔と悲しみ。
ほんの1分前に時間を巻き戻したい!
たった今、ここにいたのに。
ばたばたと部屋を飛び回り、さえずっていたのに!
揺れるカーテンの向こうに飛び立ち、静かな部屋だけが残った。
インコが止まっていた指は、まだその温もりを覚えていた。

我に返って、鳥かごをつかみ、外に飛び出しインコの名を呼んだ。
人目をはばかることもなく、大きな声でインコを呼んで歩き回った。
高い木の上や、家の窓辺や、屋根に小鳥の姿を探した。
スズメの羽音にはっとして振り向いた。
街は広く、空はもっと広く高くて、小さなインコ1羽をやすやすと隠してしまう。
日が暮れ、疲れて家に帰った。
祖母や母、妹たちに慰められた。
後悔と悲しみは消えることもなく、考えれば考えるほど心配になっていくのだった。
カラスや猫に襲われてはいないか、おなかをすかせてはいないか。
どんなに家に帰りたいだろうか…。

でも、そのインコは帰ってきたのだった。
どんなことでもしたい私は、インコが飛び去った窓辺に鳥かごを吊るしておいた。
その扉を開き、えさと新鮮な水をたっぷり入れ、
かごの下にはインコへの、こんな手紙をぶら下げた。
 
 メグちゃん、おかえりなさい。
 空は楽しかった?冒険だったね。
 でも、おうちが一番いいでしょう?
 心配しちゃうから、もうお出かけはしないでね。
 ゆっくりいっぱいごはんを食べてね。

そんな童話のようなことを…と家族は思っていたらしいが、気が済むようにさせてくれた。
私は信じていた。
メグちゃんは、ちょっとお散歩に行っただけだ。
仲間や私のいるこの家に、絶対に帰ってきてくれる。
この手紙を見つけて、窓から入ってきてくれる、と。

2日後の朝、目が覚めてかごの中を覗いても、からっぽだった。
手紙を下げたまま、かごが揺れていた。
「やっぱり…」と言う気持ちと「でもまだこれからきっと」と言う気持ちがあった。
学校へ行く支度をし、階下のダイニングで朝食をすませ、
出かける前に、もう一度、自分の部屋に戻って窓辺のかごを見た。
そうしたら!
紛れもないメグちゃんが、かごの中で夢中になって餌をついばんでいるのだった。
あわてず、そっとかごの扉を閉め、部屋の中に入れた。
夢のようだった。
どんなによく見ても、逃げたあのインコに間違いはないのだった。

「帰ってきたよ!メグちゃんが帰ってきたよ〜!」
と、大声で家族を呼んだ。
みんなびっくりして飛んできた。
まさか、と思ったようだった。
私は安心して嬉しい気持ちで学校に行くことができた。

そんなこともあるのだ。
インコは家に帰りたがっている。
帰ろうとして、その道を探している。
そうでなかったら、どこかの人の家に舞い込んでいるだろう。
ジュジュやピピだって、迷子のインコだった。
手乗りでないこの子たちだって、自分の身を守るために人の手に飛び込んだのだ。
あんなに人懐っこいととちゃんだったら、優しい人のもとに保護されているに違いない。

ととちゃんの飼い主さんは、考えられるすべてのことをしていらっしゃる。
これ以上の手は打てないくらいだ。
ととちゃんを保護している方も、やがてポスターに気がつくだろう。
ととちゃんは優しい飼い主さんのいる居心地のいいおうちにきっと帰ってくる。
嬉しい報告が聞けるのを心待ちにしている。


ととちゃん捜索のページを作りました。
こちらです。
みなさまのご協力をお待ちしています。

かわいいととちゃんとととままさんの「ととにっき」はこちらです。


不良中年 in 渋谷 2004年04月24日(土)

おととしに同窓会で再会してから、
なんやかやと理由をつけては
2、3ヶ月に1度は集まる中学時代の仲間。
今回は、DJと言うかっこいい仕事をしている友人のおかげで
渋谷のクラブ(アクセントはなし、平らに読む)に行くことができた。

いつもの地元の居酒屋ではない。
この私たちが深夜の渋谷にいるのだ。
それだけでドキドキなのに、誰もが初めて行くクラブ。
こんな私でも行っていいのだろうか?
恐くないだろうか?
と、ドキドキする以上に、好奇心と期待でわくわくした。

あぁ、すごかった〜。
同じ踊るお店でも、20年前のディスコとは、全然違うものなんだな。
なんと言うか…すごかった。
でも楽しかった。
傍から見たら、もしかしたら私たちは浮いていたのかもしれないけれど。
(特に、デジカメを握りしめてダンスフロアにいる私)

子どもが大人ぶって、タバコを吸ったりお酒を飲んだり
繁華街に行ったりすると、「不良」と呼ばれたりしたけれど、
大人が若い人の真似をしたって「不良」ではないよね。
なのに、ちょっと「不良」になったような高揚した気分だった。

ハイテンションのまま、明け方のハンバーガーショップで始発を待った。
一晩中起きていて、ぺこぺこになったおなかに
ハンバーガーと温かいカフェラテが、染み入るようにおいしかった。
明るいお店の中で一息ついて、携帯電話の中に入れてある自分の子どもや、
ペットの写真を見せあったりして、みんなで笑った。

「それにしても」と、DJの彼が言った。
「中学生だったオレたちが、中年になって、みんな携帯を持っているなんてな。」
「えぇ〜〜〜っっ!私たちって中年だったの!?」と私。
「そう、調べたんだけれど、30代の後半から中年って言うらしいよ。」
「そうなのか…。それはもう立派な中年ね。」
「自分がオジサンオバサンだって、いつから思った?」
と、そんな話になってきた。

「自分のこと、オジサンだなんて思ってないよ〜。」
「まだオバサンじゃないよ。」
「うん、オジサンに見えないし。」
「そうそう、みんな変わってないし…って思っているのは自分たちだけか?」
「まわりが見たら、しっかりオジサンオバサンなんだろうね。」
「でもまだ若い!こんなに元気だし!」
「ほんと、みんな元気だよな〜。」

店内を見回すと、私たち以外のお客は若い人たちばかりだ。
こんな時間に、若い人たちでお店が賑わっているなんて…。
(そんなふうに考えるのはやっぱりオバサンだからか)
でも、私たちが一番元気なようにも見えた。

あとからどっと疲れが来るのかもしれないけれど、
今はみんな、朝日の中で晴れ晴れとした顔をしているのだった。
中学生のころと同じ顔だ。
みんな、また楽しい場所で会おうね!


ただ今、増築中 2004年04月18日(日)

最初に見たのは数日前だった。
大きくなり始めた薔薇のつぼみを見つめ、
シャッターを切っていると、
すぐそばで「ブン…ブン…」と、途切れ途切れの羽音がした。
見ると、1匹のコアシナガバチが、
メアリーローズの太い茎の上で忙しそうに仕事をしているのだった。

ウッドフェンスに沿わせたメアリーローズ、
そこにどうやら巣を作ろうとしているらしい。
茎からぶら下がるように、小さい土台がもうできていた。
一生懸命に作業をしているハチを見ていると、それを撤去するのも忍びなく、
「薔薇につく害虫を獲ってくれるのだから」と、そのままにしておいた。
先日、巣箱に眠っていたキアシナガバチを、
無理やり引越しさせてしまった罪悪感もちょっぴりあったかもしれない。
それから、見るたびにその巣は大きくなっていった。

この数日、外出続きで庭仕事もろくにできなかったのだけれど
今日はゆっくりと1日庭で過ごすことができた。
コアシナガバチの巣も、じっくりと観察をした。

巣を作っているのは、越冬した女王バチ(お母さんバチ)だ。
たった1匹で巣を作り、卵を産み、家族を増やしていく。
その子どもたちを育てる食料として、薔薇などにつくイモムシ類を狩るのだ。
ガーデナーにとってはありがたい天敵。
大事にしなくては。
巣を壊したり、むやみに刺激したりさえしなければ、
人を攻撃したりすることもない。
ここに巣を作るのだったら、私だけが気をつければいいことだ。
秋になって、みんな巣立っていくまで、ここで薔薇たちを守ってもらおう。

花に水をやったり、写真を撮ったりする私にはかまわずに
お母さんバチは、せっせと部屋を増築していた。
どこかに飛んで行っては、巣材を集め、口から吐き出して
きちんとした六角形の部屋をひとつずつ作っていく。
地道で丁寧な作業だった。
下から覗き込むと、もうできあがっている部屋には
ひとつずつ白い卵が産みつけられているのが見えた。
ここはゆりかごなのだった。

昨日8つあった部屋は、今日は2つ増えて10部屋になっていた。
どこまで増えていくのだろうか。
楽しみなような、こわいような。
そしていつになったら、あの卵から幼虫が孵るのだろうか。
どんなふうに育っていくのだろうか。
わくわくドキドキの日々が始まった。


初モッコウ、初アゲハ、初カマキリ! 2004年04月16日(金)

今朝、黄モッコウバラの最初の花が開いた。
ふわふわのカスタードクリームの
愛らしいお菓子のようだ。
薔薇の季節のスタートだ。

帰り道、初めてのアゲハチョウに出会った。
きりりと美しく、楽しげにすばやく
太陽のほうへ飛んでいった。
この嬉しさ。
やっぱり一番好きな虫かもしれない。

家に帰って、庭に出て。
ブルーベルの葉の上に
小さなカマをふりふり意気揚々と歩く、
赤ちゃんカマキリを見つけた。
いつの間にか生まれていたのだ。
ざわざわと、小さな命で庭は賑やかになっていた。


種が届いた! 2004年04月13日(火)

ふっくらふくらんだ封筒がポストにあった。
ごつごつとした手触り。
振るとさらさらと乾いた音。
お待ちかねの種たちだ。

ホチキスでひとつ、ぱちんと留められた封を開ける。
丁寧にひとつずつ名前が書かれた
小さな紙袋がいくつも出てくる。
「2004年4月春まきパック」の10種類の種たちと
交換会で希望した10種類の種たちと。
並べて名前を見ているだけでわくわくする。

こんな小さな袋に入っている小さな種たちが
それぞれ違った芽を出して、それぞれの大きさに育って
それぞれの花を咲かせて、実をつける。
スタートはみんな同じ、この紙袋から。
まとめて入っていたこの茶色い封筒から。

「たねまきガーデニング倶楽部」に入会して4年。
種が届いたこの瞬間が、いつも一番夢がふくらむのだ。
この夢を本当にしていこう。

心を込めて小さな種をまた蒔こう。
湿った土の中で目を覚ました種たちの緑の芽を見つけよう。
お日さまの下で伸びをする葉っぱにほほえもう。
やがて夏に咲く花々は私を幸せにしてくれるだろう。


心配性 2004年04月12日(月)

心配するって
その人をそれだけ大事に思っているってことなんだな。

心配して心配して
安心したら涙がぽろりとこぼれてきて
存在の重さに気がついた。



春が急いでる

なんて春は急いでいるのだろう。

昨日は土の中にいたはずの芽が
緑の渦巻きになって空へ向かっている。
昨日はいなかった虫たちが
薔薇の新芽をおおっている。
何色なのか忘れていたチューリップが
鮮やかにふくらんでいる。

いえ、一日も待っていない。
さっきまで固かったつぼみが
今はふんわりと花びらを開いて揺れているのだ。

ドキドキと気がせいてしまう。
そんなに急がないで。
春は嬉しいけれど
もっとゆっくり歩いてほしい。

私は足が遅いから、おいていかれそうなのよ。


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