ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年07月21日(火) てんやわんや

晴れたり曇ったり。風があったが今日も猛暑日となる。

しかしそれも序の口の暑さで
 
岐阜県や愛知県では40℃超えの酷暑日になったそうだ。

明後日の「大暑」を目前に危機感を感じる暑さである。


今朝は山道で外国人女性のお遍路さんを見かけた。

すらりと背が高くとても美人でモデルさんのように見える。

笠も帽子も被っていなかったので高い鼻が紅くなっていた。

若い女性なら日焼けを気にするだろうにとお節介な気持ちになる。

延光寺に向かっているようだったが旅の無事を祈るばかりだった。



仕事は火曜日からのスタートで気負わずにはいられない。

義父はまた役員会があり高知市へ出掛けて行く。

ワイシャツにブレザー姿であったがこの暑さにあんまりだと思い

ブレザーは脱ぐようにと告げると素直に従ってくれる。

ぼさぼさの白髪も綺麗に整えてあり馬子にも衣装であった。


工場の仕事は先日の故障車から始まったが

オーバーヒートしたまま走り続けたせいでエンジンが駄目になっていた。

この夏はこれで三台目である。厳しい暑さのせいでもあるだろう。

お客さんに連絡したらもう諦めて中古車を購入することになった。

善は急げと思ったのかお昼には夫婦揃って来てくれて

在庫で展示してあった軽自動車を「これが良い」と即決である。

生憎義父が留守なので商談は口約束であったが

代車を貸してあるので早急に段取りをしなければならない。


大月町のお客さんからも車検の予約があったが

今月中は予約で埋まっており無理なことを伝えると

月末で車検が切れるらしく何とかして欲しいと懇願される。

初めてのお客さんだったが義父の友人の紹介なので無下には出来ない。

友人の顔も立てなければならず仕方なく30日の予定に入れた。

同僚には苦労を掛けるが頑張ってもらうしかない。

義父もまさか知らぬ顔はしないだろう。

義父の居ない日に限って今日はてんやわんやだった。


同僚に声を掛けて定時で退社。今日もカーブス教である。

お仲間さんが口々に短い髪を褒めてくれて悦に入る。

おまけに今日はかつてのバドミントン仲間が二人も来ていて

「揃ったね」と笑顔を交し嬉しくてならなかった。

皆それぞれに痛みを抱えていてカーブスに辿り着いたのだろう。

私だけではないのだと思うととても励みになった。


買物を終えて4時過ぎに帰宅したが洗濯物がそのままだった。

いつも娘が畳んでくれるのでどれ程助かっていたことか。

自室でひと休みしてから畳もうと思う。


笠原メイさんの詩集がまた売れたそうだ。

プリンターが壊れてしまって自筆で宛名を書いたらしい。

どんな字なのだろう。その字を見たくてたまらなくなった。

ポストに投函する時、いつも手を合わすのだそうだ。

それだけ心が込められていることを忘れてはならない。

だからこそ届いた詩集はあたたかいのだろう。


皆にそれぞれの日々があり精一杯に生きているのだと思う。

私のような者でも詩らしきものを書き

こうしてゆらゆらと日記を綴っているのだった。


永遠の「あした」など在りはしないが

今夜も栞を挟んで眠りに就こうと思っている。


※以下今朝の詩


      ロボット

  ゼンマイ仕掛けの玩具である
  宝物のように大切にしていた

  螺子をいっぱいに巻くと 
  すいすいと歩いたが
  力尽いてしまうと倒れる
  起こしてまた螺子を巻く

  もう疲れてしまった
  少し休みたいと云う

  まだあどけない弟は
  優しさを知らない
  玩具のこころには無関心だった

  小さな手で螺子を巻き続ける
  そんなに巻いたら壊れてしまう
  可哀想でならなかったが
  弟は諦めることをしなかった

  ある日とうとう壊れてしまう
  あれほど元気だったのに
  もう歩けなくなってしまった

  「死んだの?」弟は声を震わせ
  わんわんと泣きじゃくっている

  タオルに包んでおそうしきをした
  ブリキの硬いロボットであった











2026年07月20日(月) ねじり鉢巻き

薄曇りの空。気温は35℃に達し猛暑日となる。

午前中は無風状態で蒸し暑く不快な汗が流れた。

勇ましくねじり鉢巻きをして洗濯物を干す。


玄関先の花はどれもぐんにゃりと弱っている。

娘が水遣りをしてくれているが追いつかないのだろう。

ゼラニウムはまだ蕾があるのできっと咲くだろうが

ダリアは枯れてしまい鶏頭も頭をもたげている。

地に咲く夏の花は逞しいが、鉢植えの花は暑さにとても弱い。


「海の日」で仕事は休みだったが少しも嬉しくはなかった。

暇を持て遊びだらだらと怠惰に過ごす。

朝ドラを見終わってからうたた寝をしていたら夫に起こされてしまう。

「早く買物に行けや」と云うのでイラっと少し気分を損ねる。

祭日のせいかサニーマートは混雑していて買物も一仕事であった。


昼食はローソンの冷やし中華とサラダ巻を食べる。

冷やし中華も手作りすれば安く済むが麺を茹でるのが嫌だった。

ローソンの冷やし中華は具沢山でとても美味しい。


午後はまたお決まりのお昼寝となり2時間程寝入る。

それから自室のエアコンを点け3年前の8月の日記を読んでいた。

家族が次々にコロナに感染し大変な夏だったようだ。

コロナは今こそあまり騒がなくなったが当時は真っ最中で

感染者の数も多かったと記憶している。

あれからもう三年も経ったのかと感慨深く思い出された。

今でも終息はしておらずぽつぽつと感染者が出ている。

市内の病院では毎日SNSで検査結果を報告してくれているが

たまに感染者が出ると緊張感が走る。

決して油断は禁物でまた再流行も在り得るのではないだろうか。


4時前には笠原メイさんの日記が更新され今日もリポストをした。

それが私に出来る精一杯のエールである。


その後は5時まで夫と大相撲を観ていた。

最近注目している力士は「藤の川」で小さいのに偉いなと思う。

今場所はきっと敢闘賞に違いない。


5時になり夕食の支度であったが今夜はカレーで

娘とあやちゃんが肩を並べて作り始めていた。

私の出る幕は無く邪魔になるだけである。

夫が晩酌を始めていたので私もノンアルビールを飲んだ。

冷たいビールが胃に染み渡り夏こその楽しみである。


今夜のカレーは格別でとても美味しかった。

あやちゃんに告げるとほっとしたような笑顔を見せる。

「出来る事がある」諦めずにいて欲しいと願うばかりであった。


つい14歳の頃の自分と重ねてしまう事が多いが

母親の存在はとても大きく偉大である。

まだ保護が必要な年頃であり甘えたい時もあるのだと思う。

そんな少女時代をどうやって乗り越えたのか分からなかった。

父に甘えた記憶はない。ただ父はとても優しかったことを憶えている。


※以下今朝の詩


     夢

  思うようにいかない
  それならば
  思わなければ良いのだが
  後から後から
  思うことが増えていく

  花ならば種を残そう
  種ならば芽を出そう

  人生も終盤となり
  後どれくらいかと思う
  もし明日だったら
  どうすれば良いのだろう

  夢を見れば見るほどに
  叶わない現実があった
  そこそこに生きている
  決して欲張ってはならない

  季節は何度も巡って来て
  70回目の夏である

  幼い頃の記憶は朧気であるが
  父がいて母がいて弟もいた
  過ぎ去った歳月が懐かしい

  もっともっとと思う
  思い通りにいかなくても
  自由であるべきだろう

  花はやがて枯れるが
  咲いたことを忘れはしない




2026年07月19日(日) それぞれの一日

早朝少し小雨が降っていたが日中はよく晴れる。

気温も33℃に留まり猛暑も一休みであった。

風は沖の風。海からの風は暑さを和らげてくれる。


朝の内にサニーマート内にある美容院へ。

予約制ではないので開店前から並んでいたが

5番目で10分程の待ち時間であった。

美容師さんは来店するたびに違う人が居て

今日はベテランらしい50歳位の女性だった。

とても愛想が良くあれこれと話し掛けてくれる。

息子さんは26歳でまだ独身なのだそうだ。

脳梗塞を患っている実のお母さんと同居しているとのことだが

介護の必要もないくらいに回復しているそうで何よりに思う。

初対面だと云うのに思いがけず会話が弾んだ。

私の足を気遣ってくれ自身も股関節の痛みを抱えているとのこと。

一日中の立ち仕事でどんなにか辛い事だろうと思う。

カット後に髪を染めたので僅か一時間程だったが

ささやかなふれあいが心に残る嬉しい出会いとなった。


昼食には例の冷凍炒飯をチンして冷やしうどんを食べる。

夫はまた食べ切れず残ったうどんを私に与えてくれた。

歳を重ねると小食になるらしいが私は例外である。

特に麺類は大好きなのでいくらでも食べられるのだった。


満腹になり昼食後はお決まりのお昼寝である。

録画してあった先週の「ポツンと一軒家」を見ていたが

いつの間にか眠ってしまい目覚めればもう3時過ぎである。

それから自室のエアコンを点け30分程過ごしていた。


義父から電話があり先日売却した車のエアコンが効かなくなったらしい。

お客さんから苦情があり早急に対処しなければならない。

例の自損事故を起こしたお客さんで高齢の女性であり

代車を乗りこなせるか心配であったが義父が段取りをしてくれた。

明日は「海の日」で祭日。休みなど要らないのにと思う。


5時前までまた茶の間で大相撲を観ていた。

早いものでもう一週間となる。来週の大相撲も楽しみでならない。


夕食後、めいちゃんが先にお風呂に入りたいと云う。

15分程待ったが「おばあちゃん出たよ〜」と大きな声がした。

娘達はそれから夕食で今夜も家族団欒はなかった。


汗を流せば一日の終りが清々しくなる。

短くなった髪も軽やかで何と心地良いことだろう。

ふと今日出会った美容師さんのことを考えていた。

買物は出来ただろうか夕食の支度は出来ただろうか

股関節が痛んでいるのではないかと心配になった。


皆それぞれに苦労を持ちながら一日を全うしている。

嘆いていては生きていられないそんな世の中なのだ。


※以下今朝の詩


      制服

  夏休みに引っ越しをした
  父と母が別々に暮らすのだ

  海辺の町から高知市内へ
  小さな借家であったが
  家の前を電車が走っている
  田舎暮らしに慣れていたので
  まるで都会のように感じた

  二学期になり新しい中学校へ通う
  制服は買って貰えなかったので
  前の学校の黒い制服のままだった
  それが嫌でたまらなかったが
  我慢しなければいけないと思う

  友達は直ぐに出来て嬉しかった
  電車通りを一緒に帰る毎日
  また明日ねと手を振って別れた

  制服を脱ぐとほっとする
  紺色ばかりの中で
  黒色は目立ち憂鬱でならない
  一度で良いから紺色の制服が着たかった

  母は電車に乗って仕事に出掛ける
  父の仕送りだけでは足らないのか
  家計の苦しさを感じずにいられない

  紺色の制服を着ることもなく
  卒業式の日も黒色の制服だった

  高校生になったら皆と一緒の
  制服が着れるのが楽しみでならなかった








2026年07月18日(土) 骨折り損のくたびれ儲け

猛暑が少し和らぎ35℃に留まる。

風もあったのでさほど暑さが苦にならなかった。

これくらいの暑さならと思うが油断は出来ず

また40℃近くなる日も来るだろう。


今朝は三連休のせいかご夫婦らしい観光客を見かけた。

川向の堤防で丁度川面に朝陽が射し始めた頃である。

ご主人が写真を撮っておりカメラを覗き込んでいる奥様

二人の姿が何とも微笑ましく感じられた朝であった。


山道にはお遍路さんの姿もなくひっそりと静か。

見渡す限りの緑である。まるで森林浴をしているようだ。

最初の民家には洗濯物が干してあり生活感が漂う。

老夫婦の姿は見えなかったが花に水遣りをした形跡があった。


次の集落には例の良心市があり胡瓜の山である。

3本で百円なので安いが我が家も胡瓜な日々が続いていた。

冷蔵庫の胡瓜があと1本になったら買い求めようと思う。


職場に着くなり車検のお客さんが来てくれて忙しくなった。

バイクの車検なので一時間もすれば終るのだが

肝心の義父がまだ居室で寛いでいるようだった。

大声で呼ぶとのそりのそりと事務所に下りて来てくれたが

新聞に今年の米の価格が掲載されていて大ショックのようである。

お客さんも米農家だが新聞を見てなかったらしく

「もうやってのことないぞ」と二人で嘆き合っていた。

するとまた別の米農家のお客さんが来て大騒ぎになった。

今年の米の価格は昨年の半値で一昨年よりも安値らしい。

そんな理不尽な事があってたまるものかと思う。

まさに「骨折り損のくたびれ儲け」である。

稲刈りを目前にしてこれ程の仕打ちがあるだろうか。


米談義が長引いたがバイクの車検は終わり一段落する。

義父はすっかり肩を落とし今日は田んぼに行かないと云う。

おかげで工場の仕事は捗り助かったが義父が憐れでならない。


午後にはリコール修理があり義父が引き受けてくれたが

私が勝手に予約を入れていたのでお叱りを受ける。

良かれと思ってしたことが裏目に出ることはよくあることだ。


リコール修理は簡単だったが車体番号の「石ずり」が必要で

義父の指示を受け私がやることになった。

汗が滴り落ちる。石ずりは簡単そうでも上手く行かない。

もう4時近くになっておりとうとうギブアップする。

「何の役にも立たんなあ」と義父も苦笑いしていた。


買物を終えて5時前に帰宅。

今日はめいちゃんのダンスイベントがあり娘達は留守だった。

夕食は不要とのことで夫と焼き肉をして食べる。

黒毛和牛を奮発したが脂っ濃くてあまり美味しくなかった。

こっそりと抜け駆けをした罰なのに違いない。


入浴後は解放感で満たされていた。

忙しい一週間だったがやれることを頑張ったのだと思う。

明日は日曜日で月曜日も祭日でお休みである。

仕事は好きだがいささか疲れを感じている週末であった。


ゆるりゆるりと過ごしたい。お昼に美味しい物を食べて

ごろごろと寝てばかりいるのも良いだろう。

しゅわっと音を立てながら「わたし」は消えてしまいそうだ。


※以下今朝の詩


     百日紅

  幾日目の花だろう
  咲いた日を知らない

  夏空に手を伸ばし
  陽射しを受けて
  きらきらと輝く

  母が好きだった花
  微笑みが目に浮かぶ
  夏の記憶が鮮やかに
  咲けば愛しく蘇る

  一生を貫くような
  生き方をしたかった
  例え嵐の日が来ても
  嘆くことはしない

  百日を数えている
  こころの襞を折り
  足りない指とする

  永遠でないのなら
  かけがえのない
  夏の花であった



2026年07月17日(金) 我が家の「カタチ」

概ね晴れ。もう幾日目の猛暑日だろうか。

市内の江川崎では38℃を超え全国一の暑さだったようだ。

じりじりと焼き付くような陽射しを宥めるように西風が吹く。


今朝は例の奇跡のねむの木が4度目の花を咲かせていた。

誰も信じないだけあって何と不思議なことだろうか。

低木なので観賞用に改良された木なのかもしれない。

4度目があれば5度目もあるような気がして来た。


松葉ボタン、鳳仙花、百日紅も咲き夏を彩っている。

特に百日紅の鮮やかな桃色は夏空に映えてはっとするほど美しい。



今朝は職場に着くと義父がもう車検を始めており

一気に3台の車検が完了した。何と助かったことだろう。

書類作成は忙しかったが心地よい達成感があった。

午後にはまた新たな車検の車が入庫し大忙しである。

そんな最中に市内のお客さんがオーバーヒートしてしまい

路上で停止しているとのことで緊急搬送であった。

搬送は義父の仕事だが今日も田んぼで同僚が現場に向かう。


一番最後に植えた「中手」の稲に「いもち病」が発生したそうで

広がらないうちに何としても食い止めなければならない。

タンクに消毒薬を混入して必死の作業である。

手遅れになってしまえば稲は全滅になるのだそうだ。


工場には留守番も居なかったが定時で帰路に着いた。

同僚が気になり故障現場まで行って見ると

お客さんはほっとした様子で代車に乗って帰って行く。

同僚はまた複雑な修理を抱え辟易とした顔をしていた。

どんなに忙しくても「やるっきゃない」のだと思う。


20分遅れでカーブスに行きそこそこに筋トレをする。

お昼に冷やし中華を食べたが角砂糖30個分の糖分なのだそうだ。

私は食べたい物を食べるのでダイエットどころではない。

煙草もそうだが我慢するのはもう絶対に御免である。


4時半に帰宅。今日は一学期の修了式だったようだ。

夕方めいちゃんの担任の先生が通知表を届けてくれた。

玄関先で娘の笑い声が聞こえあっけらかんとしている様子に

何だか異常な空気を感じ夫と顔を見合わせていた。

娘の心境が図り兼ねる。笑顔で対処出来ることなのだろうか。


めいちゃんは元気溌溂で満面の笑顔であった。

夕食の支度が整うと好きなおかずをトレーにの載せて二階へ上がる。

あやちゃんも同じくで今夜も家族団欒はなかった。

娘婿は縁側で晩酌をするのが最近のブームになっており

食卓には娘一人がぽつんと座っている我が家であった。


同居を始めて12年目の夏である。

サザエさんでもちびまる子ちゃんでもない我が家の「カタチ」があった。


※以下今朝の詩


      向日葵

  きをつけまえへならえ
  一斉に咲いた花である

  今でなくてはならない
  夏の空から声が聴こえる

  おひさまの申し子だろうか
  陽射しを浴びて微笑んでいる

  ひとつ切りでは寂しいから
  たくさんの仲間と寄り添う
  誰一人哀しい人がいませんように

  ほっと肩の力を抜くと
  花のように生きていける

  きをつけまえへならえ

  花として生まれたからには
  空に向かい祈り続けている



2026年07月16日(木) 新しい朝

猛暑は少しずつ和らいでいるようだが

今日も36℃となり厳しい暑さとなる。

三重や静岡では38℃を超えていたようだ。

一週間後には「大暑」である。

「立秋」まではまだまだ猛暑が続くことだろう。


朝の国道沿いに建設会社の資材置き場があり

たくさんの向日葵がそれは可愛らしく咲いていた。

昨年の夏には見た記憶がないので春に種を蒔いたのだろう。

炎天下の中、建設作業に励む人達の姿が目に浮かんだ。

誰しもほっとする場所を望んでいるのだと思う。


峠道を越え山里の最初の民家に近づくと

母の友人が家の周りの草引きをしていた。

車を停めて声を掛けると満面の笑顔である。

紫陽花は剪定したらしく枯れた花は見えなかったが

あちらこちらに秋桜が萌えていておどろく。

何だか明日にも咲きそうな気がして嬉しくなった。

「暑いけん無理せんようにね」と云うと

「仕事頑張ってね」と見送ってくれる。

ささやかな朝のふれあいにどれほど心が和んだことだろう。


職場に着くと義父は田んぼに出掛けようとしていて

腰には届いたばかりのコルセットを巻いていた。

「これはなかなかえいぞ」と気に入ったようだった。

少しでも痛みが楽になればと藁にも縋る思いである。

稲刈りは目前となりどれほど焦っていることだろう。

何としても順調に稲刈りを終えさせてやりたかった。


お昼を過ぎ1時頃に帰って来たが

昨日のお客さんから催促の電話があった。

そうそう簡単には直らないのに「まだ直らんか」と云う。

代車も貸してあるのに気長に待つ気はないようである。

義父は昼食もそこそこにまた修理に取り掛かるしかない。

田んぼも気になるのだろう。少し苛々しているようにも見えた。


車検整備完了の車もあったが車検は出来ず

明日の朝に持ち越すことになった。

お客さんには迷惑を掛けるがにっちもさっちも行かない。

私もカーブスを諦め待機しようと思っていたが

「今日はもう帰ってもえいぞ」と義父が云ってくれた。


同僚は洗車をしていたが突然の来客があり

草刈り機の修理を早急にして欲しいと頼まれた。

農機具は義父の専門であったが同僚に任せる。

直せるだろうかと心配でならなかったが

「直ったぞ」とお客さんは大喜びであった。


おかげで後ろ髪を引かれることもなくカーブスへ向かう。

今日はかつてのバドミントン仲間に久しぶりに会えて嬉しかった。

「もうバドミントンどころではなくなったね」と苦笑いする。

互いに汗を流しシャトルを追い続けていた日々が遠くなった。


買物を終えて帰宅すると思いがけない朗報があり

めいちゃんが午後から学校へ行っていたのだそうだ。

気分屋だと一言では済ませられないことである。

しかしその事実に触れてはならず夫も私も口を噤んでいた。

とにかく干渉を一切せずにそっとして置くのが一番なのだろう。

ストレスと葛藤。めいちゃんの気力を信じてやりたいと思う。


今にも壊れてしまいそうな「何か」がある。

おとなも子供も生きづらい世の中かもしれない。

自信よりも不安が大きい。そうして負けてしまいそうになる。

しかし誰にも等しく新しい朝が来ることを忘れてはならない。


※以下今朝の詩


    秒針

  ちくちくと痛む
  古い置時計の秒針は
  溜息もつけずに周り続けている

  時を刻むのが使命だとしても
  もうすっかり疲れてしまった
  針をひたすら刺さねばならない

  思うようにいかないことばかり
  夢なんて見なければ良かった

  もし折れてしまったら
  いったいどうなるのだろう
  時は途方に暮れて
  止まってしまうのだろうか

  哀しみも喜びも周り続ける
  泣き顔も微笑みも喪失も
  在るべきものとして残る

  息ひとつほどのためらいを
  誰にも伝えられずにいる

  終らない夜はなく
  また新しい朝がやって来た



2026年07月15日(水) ささやかな縁

今日も36℃の猛暑日であったが

昨日程は苦にならず過ごし易く感じる。

人間の身体は不思議なもので暑さに慣れて来るのだろう。


エアコンもなかった子供時代には猛暑日がなかったように思う。

熱中症も騒がられることなく皆自然の風に吹かれていた。

扇風機のない家もあり団扇で涼を取るのが当たり前の時代である。

夜は窓を開け放し蚊帳を吊って眠った。

豚の陶器からは蚊取り線香の煙が漂う。

色んなことを思い出していると昭和も遠くなったものだ。



仕事はまずまず順調。今朝は昨日納車したお客さんが支払いに来てくれた。

おかげで今月はまだゼロになっておらず随分と気楽である。

車検整備も捗っており午後にはまた新たな車検が入庫した。

既に月末まで予約が入っており安泰である。


義父は朝のうちに「鍼灸」へ行きお昼前に帰って来た。

お灸と云えば「もぐさ」だが今は磁気製の物らしい。

10か所くらい施してもらったそうで機嫌よく帰って来る。

お昼休憩をしていたら宿毛市のお客さんが訪ねて来て

エンジンが不調とのこと義父に直して欲しいのだそうだ。

義父の腕の見せ所であるがちょっとやそっとでは直らない。

その上にお客さんは修理代を惜しんでいる様子である。

汗びっしょりになって格闘している義父が憐れに思えた。


整形外科のリハビリと診察があり義父に声を掛けて帰る。

今日はU君の顔をまともに見てしまい胸がどきどきした。

いつもは無意識の内に目を反らしているのだろう。

マスクを外した顔を一度見てみたいものだと思う。


リハビリは直ぐに終ったが診察までの待ち時間が長かった。

待っているのは皆同じだと思ったが40分はきつい。

診察は5分も掛からず何とあっけないことだろうか。

支払いを済ませ薬局に行ったが大勢の患者さんであった。

5時前にやっと薬を受け取り大急ぎで帰路に着く。


いつもは娘に買物を頼むのだが今日は却下されていた。

めいちゃんの塾があるので夕飯は不要だと云う。

それはそれで気楽だったが夫に餌を与えなければならない。

家の近所のローソンに行って適当に買って帰る。

夫はイカの塩辛が好きなのでぐびぐびとビールを飲んでいた。


大相撲は今日も大の里が負けて残念でならない。

しかも行司差し違えなので悔いが残る。

判定が難しい時は取り直しにするべきだと夫と意気投合した。


大相撲が終りやっと自室に行く。

エアコンを点けて笠原メイさんの日記を読んだ。

日課と云うものは厄介なもので必ず果たさなければ気が済まない。

もし彼が日記を休むようなことがあればどれ程戸惑うことだろう。

今日もエールを込めてリポストをした。

明日もきっと書いてくれるのに違いない。


今日はSNSでとても嬉しいことがあった。

もう一人の「めいさん」詩人の白井明大さんが私の短歌に

「いいね」をしてくれていたのだ。

ずっと無視されていると思っていたので夢のようである。

出会ってからもう25年。彼は偉大な作家になったが

私のことを忘れずにいてくれて感謝せずにはいられなかった。


メイさんとめいさん。そうして我が家のめいちゃん。

偶然かもしれないがささやかな縁を感じている。


※以下今朝の詩


      安堵

  むくむくとしている
  生まれたばかりの子犬のようだ
  そうして母の匂いを探す
  見えないことは感じることだ

  やわらかな朝であった
  爽やかな風が吹き抜けていく
  さらりさらりと流れる大河
  それは命そのものである

  母の乳房にしがみつき
  吸い続ける優しい味は
  もう安堵しかあるまい

  愛することは守ること
  たとえそれが魂であっても
  失うことを怖れはしない

  やがて夜が明ければ
  朝陽が射し始めるだろう
  そうして新しい一日が始まる



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