概ね晴れ。もう幾日目の猛暑日だろうか。
市内の江川崎では38℃を超え全国一の暑さだったようだ。
じりじりと焼き付くような陽射しを宥めるように西風が吹く。
今朝は例の奇跡のねむの木が4度目の花を咲かせていた。
誰も信じないだけあって何と不思議なことだろうか。
低木なので観賞用に改良された木なのかもしれない。
4度目があれば5度目もあるような気がして来た。
松葉ボタン、鳳仙花、百日紅も咲き夏を彩っている。
特に百日紅の鮮やかな桃色は夏空に映えてはっとするほど美しい。

今朝は職場に着くと義父がもう車検を始めており
一気に3台の車検が完了した。何と助かったことだろう。
書類作成は忙しかったが心地よい達成感があった。
午後にはまた新たな車検の車が入庫し大忙しである。
そんな最中に市内のお客さんがオーバーヒートしてしまい
路上で停止しているとのことで緊急搬送であった。
搬送は義父の仕事だが今日も田んぼで同僚が現場に向かう。
一番最後に植えた「中手」の稲に「いもち病」が発生したそうで
広がらないうちに何としても食い止めなければならない。
タンクに消毒薬を混入して必死の作業である。
手遅れになってしまえば稲は全滅になるのだそうだ。
工場には留守番も居なかったが定時で帰路に着いた。
同僚が気になり故障現場まで行って見ると
お客さんはほっとした様子で代車に乗って帰って行く。
同僚はまた複雑な修理を抱え辟易とした顔をしていた。
どんなに忙しくても「やるっきゃない」のだと思う。
20分遅れでカーブスに行きそこそこに筋トレをする。
お昼に冷やし中華を食べたが角砂糖30個分の糖分なのだそうだ。
私は食べたい物を食べるのでダイエットどころではない。
煙草もそうだが我慢するのはもう絶対に御免である。
4時半に帰宅。今日は一学期の修了式だったようだ。
夕方めいちゃんの担任の先生が通知表を届けてくれた。
玄関先で娘の笑い声が聞こえあっけらかんとしている様子に
何だか異常な空気を感じ夫と顔を見合わせていた。
娘の心境が図り兼ねる。笑顔で対処出来ることなのだろうか。
めいちゃんは元気溌溂で満面の笑顔であった。
夕食の支度が整うと好きなおかずをトレーにの載せて二階へ上がる。
あやちゃんも同じくで今夜も家族団欒はなかった。
娘婿は縁側で晩酌をするのが最近のブームになっており
食卓には娘一人がぽつんと座っている我が家であった。
同居を始めて12年目の夏である。
サザエさんでもちびまる子ちゃんでもない我が家の「カタチ」があった。
※以下今朝の詩
向日葵
きをつけまえへならえ 一斉に咲いた花である
今でなくてはならない 夏の空から声が聴こえる
おひさまの申し子だろうか 陽射しを浴びて微笑んでいる
ひとつ切りでは寂しいから たくさんの仲間と寄り添う 誰一人哀しい人がいませんように
ほっと肩の力を抜くと 花のように生きていける
きをつけまえへならえ
花として生まれたからには 空に向かい祈り続けている
猛暑は少しずつ和らいでいるようだが
今日も36℃となり厳しい暑さとなる。
三重や静岡では38℃を超えていたようだ。
一週間後には「大暑」である。
「立秋」まではまだまだ猛暑が続くことだろう。
朝の国道沿いに建設会社の資材置き場があり
たくさんの向日葵がそれは可愛らしく咲いていた。
昨年の夏には見た記憶がないので春に種を蒔いたのだろう。
炎天下の中、建設作業に励む人達の姿が目に浮かんだ。
誰しもほっとする場所を望んでいるのだと思う。
峠道を越え山里の最初の民家に近づくと
母の友人が家の周りの草引きをしていた。
車を停めて声を掛けると満面の笑顔である。
紫陽花は剪定したらしく枯れた花は見えなかったが
あちらこちらに秋桜が萌えていておどろく。
何だか明日にも咲きそうな気がして嬉しくなった。
「暑いけん無理せんようにね」と云うと
「仕事頑張ってね」と見送ってくれる。
ささやかな朝のふれあいにどれほど心が和んだことだろう。
職場に着くと義父は田んぼに出掛けようとしていて
腰には届いたばかりのコルセットを巻いていた。
「これはなかなかえいぞ」と気に入ったようだった。
少しでも痛みが楽になればと藁にも縋る思いである。
稲刈りは目前となりどれほど焦っていることだろう。
何としても順調に稲刈りを終えさせてやりたかった。
お昼を過ぎ1時頃に帰って来たが
昨日のお客さんから催促の電話があった。
そうそう簡単には直らないのに「まだ直らんか」と云う。
代車も貸してあるのに気長に待つ気はないようである。
義父は昼食もそこそこにまた修理に取り掛かるしかない。
田んぼも気になるのだろう。少し苛々しているようにも見えた。
車検整備完了の車もあったが車検は出来ず
明日の朝に持ち越すことになった。
お客さんには迷惑を掛けるがにっちもさっちも行かない。
私もカーブスを諦め待機しようと思っていたが
「今日はもう帰ってもえいぞ」と義父が云ってくれた。
同僚は洗車をしていたが突然の来客があり
草刈り機の修理を早急にして欲しいと頼まれた。
農機具は義父の専門であったが同僚に任せる。
直せるだろうかと心配でならなかったが
「直ったぞ」とお客さんは大喜びであった。
おかげで後ろ髪を引かれることもなくカーブスへ向かう。
今日はかつてのバドミントン仲間に久しぶりに会えて嬉しかった。
「もうバドミントンどころではなくなったね」と苦笑いする。
互いに汗を流しシャトルを追い続けていた日々が遠くなった。
買物を終えて帰宅すると思いがけない朗報があり
めいちゃんが午後から学校へ行っていたのだそうだ。
気分屋だと一言では済ませられないことである。
しかしその事実に触れてはならず夫も私も口を噤んでいた。
とにかく干渉を一切せずにそっとして置くのが一番なのだろう。
ストレスと葛藤。めいちゃんの気力を信じてやりたいと思う。
今にも壊れてしまいそうな「何か」がある。
おとなも子供も生きづらい世の中かもしれない。
自信よりも不安が大きい。そうして負けてしまいそうになる。
しかし誰にも等しく新しい朝が来ることを忘れてはならない。
※以下今朝の詩
秒針
ちくちくと痛む 古い置時計の秒針は 溜息もつけずに周り続けている
時を刻むのが使命だとしても もうすっかり疲れてしまった 針をひたすら刺さねばならない
思うようにいかないことばかり 夢なんて見なければ良かった
もし折れてしまったら いったいどうなるのだろう 時は途方に暮れて 止まってしまうのだろうか
哀しみも喜びも周り続ける 泣き顔も微笑みも喪失も 在るべきものとして残る
息ひとつほどのためらいを 誰にも伝えられずにいる
終らない夜はなく また新しい朝がやって来た
今日も36℃の猛暑日であったが
昨日程は苦にならず過ごし易く感じる。
人間の身体は不思議なもので暑さに慣れて来るのだろう。
エアコンもなかった子供時代には猛暑日がなかったように思う。
熱中症も騒がられることなく皆自然の風に吹かれていた。
扇風機のない家もあり団扇で涼を取るのが当たり前の時代である。
夜は窓を開け放し蚊帳を吊って眠った。
豚の陶器からは蚊取り線香の煙が漂う。
色んなことを思い出していると昭和も遠くなったものだ。

仕事はまずまず順調。今朝は昨日納車したお客さんが支払いに来てくれた。
おかげで今月はまだゼロになっておらず随分と気楽である。
車検整備も捗っており午後にはまた新たな車検が入庫した。
既に月末まで予約が入っており安泰である。
義父は朝のうちに「鍼灸」へ行きお昼前に帰って来た。
お灸と云えば「もぐさ」だが今は磁気製の物らしい。
10か所くらい施してもらったそうで機嫌よく帰って来る。
お昼休憩をしていたら宿毛市のお客さんが訪ねて来て
エンジンが不調とのこと義父に直して欲しいのだそうだ。
義父の腕の見せ所であるがちょっとやそっとでは直らない。
その上にお客さんは修理代を惜しんでいる様子である。
汗びっしょりになって格闘している義父が憐れに思えた。
整形外科のリハビリと診察があり義父に声を掛けて帰る。
今日はU君の顔をまともに見てしまい胸がどきどきした。
いつもは無意識の内に目を反らしているのだろう。
マスクを外した顔を一度見てみたいものだと思う。
リハビリは直ぐに終ったが診察までの待ち時間が長かった。
待っているのは皆同じだと思ったが40分はきつい。
診察は5分も掛からず何とあっけないことだろうか。
支払いを済ませ薬局に行ったが大勢の患者さんであった。
5時前にやっと薬を受け取り大急ぎで帰路に着く。
いつもは娘に買物を頼むのだが今日は却下されていた。
めいちゃんの塾があるので夕飯は不要だと云う。
それはそれで気楽だったが夫に餌を与えなければならない。
家の近所のローソンに行って適当に買って帰る。
夫はイカの塩辛が好きなのでぐびぐびとビールを飲んでいた。
大相撲は今日も大の里が負けて残念でならない。
しかも行司差し違えなので悔いが残る。
判定が難しい時は取り直しにするべきだと夫と意気投合した。
大相撲が終りやっと自室に行く。
エアコンを点けて笠原メイさんの日記を読んだ。
日課と云うものは厄介なもので必ず果たさなければ気が済まない。
もし彼が日記を休むようなことがあればどれ程戸惑うことだろう。
今日もエールを込めてリポストをした。
明日もきっと書いてくれるのに違いない。
今日はSNSでとても嬉しいことがあった。
もう一人の「めいさん」詩人の白井明大さんが私の短歌に
「いいね」をしてくれていたのだ。
ずっと無視されていると思っていたので夢のようである。
出会ってからもう25年。彼は偉大な作家になったが
私のことを忘れずにいてくれて感謝せずにはいられなかった。
メイさんとめいさん。そうして我が家のめいちゃん。
偶然かもしれないがささやかな縁を感じている。
※以下今朝の詩
安堵
むくむくとしている 生まれたばかりの子犬のようだ そうして母の匂いを探す 見えないことは感じることだ
やわらかな朝であった 爽やかな風が吹き抜けていく さらりさらりと流れる大河 それは命そのものである
母の乳房にしがみつき 吸い続ける優しい味は もう安堵しかあるまい
愛することは守ること たとえそれが魂であっても 失うことを怖れはしない
やがて夜が明ければ 朝陽が射し始めるだろう そうして新しい一日が始まる
連日の猛暑日。今日も38℃超えの煮えるような暑さとなる。
暑さで有名な江川崎と並び全国二位だったようだ。
週間予報を見ていると猛暑は金曜日までで
来週からは少し暑さが和らぎそうである。
朝の山道で髪を金色に染めた女性のお遍路さんを見かけた。
最初は外人さんかと思ったがアジア系の顔をしている。
まだ20代と思われる若さでたった一人で歩いていた。
木陰でひと休みをしていたので声を掛けようとしたが
タイミングが悪くそのまま通り過ぎてしまった。
どれ程の若さでも夏のお遍路は過酷な事だろう。
せめて一言声を掛けるべきだったと後から悔やまれる。
山道の最初の民家はまだ土佐清水市内であるが
道路に沿って色んな花を植えている。
ゼラニウム、グラジオラス、今朝は松葉ボタンが咲いていた。
老夫婦で時おり姿を見かけるがとても元気そうである。
花が好きなのだろう。穏やかな暮らしが目に見えるようだ。

職場に着けば猫係のお客さんが来てくれていたが
みい太の姿はなく今朝も気の毒でならない。
以前には長いこと行方を暗ましていたが
最近はちょくちょく帰って来るようになった。
暑い日中は車の下に潜り込んで寝ていることが多い。
そうして看板猫になったり家出猫になったりして過ごしている。
工場のコンプレッサーは順調。さすが義父だなと感心する。
おかげで今日も車検整備が捗り何よりであった。
義父の姿もあったが田んぼに猪が出たと大騒ぎしていた。
役場が捕獲用の檻を貸し出してくれるそうでその準備に忙しい。
田んぼの見回りに行っていたが直ぐに帰って来て
お客さんの車にクーラーガスを補充してくれた。
そのお客さんも腰痛が酷くコルセットを装着しているとのこと。
とても楽になると云うので義父も試してみたが
すっかり気に入り同じ物を注文することになった。
アマゾンは有難く明日にはもう届くのだそうだ。
それから今度は市内の「鍼灸診療所」に電話を掛けていた。
「鍼は嫌だがお灸を試したい」まるで子供のようであったが
明日の朝に予約が取れて藁にも縋る思いである。
とにかく稲刈りまでに少しでも楽にしてやりたかった。
「痛いけんどやらんといかん」午後はまた畔の草刈りに行く。
定時で仕事を終えカーブスへ向かった。
義父と同じく私も痛みと上手く付き合って行かねばならない。
痛いからと諦めてしまったら一歩も前へ進めないのだ。
もちろん無理は出来ないが今日もそこそこに頑張ることが出来た。
買物を終えて4時過ぎに帰宅。何と自室は40℃の暑さであった。
直ぐにエアコンを点けたが汗が噴き出して来る。
笠原メイさんの日記を読むのが精一杯で茶の間に避難した。
夫は私と一緒に大相撲を観るのが嬉しいようである。
言葉にすることはないがほっとしたような笑顔を見せた。
価値観の違いは今に始まった事ではないが
長年連れ添っていると夫婦は似て来るらしい。
「それは違う」と思っても自然と打ち解け合って来る。
その場をまあるく収めることが夫婦円満の秘訣なのだろう。
二人で夕食を終えて残り三番を茶の間で観る。
気掛かりでならなかった大の里が勝って夫が大喜びしていた。
大の里は目に涙を浮かべていて胸に熱いものが込み上げて来る。
「もう駄目かもしれない」誰もがそう思っていたことだろう。
どれほど追い詰められても立ち向かう勇気を見たような気がした。
※以下今朝の詩
道
何処に向かっているのだろう 道標などない細い道である
新緑の季節はとうに過ぎ 山の緑はいっそうに濃くなる 吹き抜けていく爽やかな風 夏の陽射しを和らげる木漏れ日
空を仰いでいると気が遠くなる 果てしなく続く道は 迷いを誘うばかりであるが 息を整えながら歩き続けていた
若き日の憧憬が交差する道 老いの喪失がこだまする道
生きたことよりも 生きることを選びたい
蹲ってしまえばもう道はない 胸を張ることも出来ずに ただ前へ前へと歩き続けている
最高気温が38℃を超え猛烈な暑さとなった。
後から知ったのだが日本で一番暑かったのだそうだ。
自慢するような事ではないが「凄いな」と思う。
暑さは辛いがとことん暑くなるのも良いだろう。
苦手だった夏が好きになったのは随分と昔のことである。
山里は平野部よりも少し気温が低かったが
午前中は無風状態で屋外ではとても過ごせなかった。
それでも県道の草刈り作業をしている人達が居て
田んぼの消毒をしている人も居て驚く。
熱中症の危険が大きく命がけの作業であった。
義父は午前中に整体に行き午後は居室で休んでいたが
工場のコンプレッサーが突然故障し大変なことになる。
何でも直す義父であったがかなり困難な修理となりそうであった。
その上に猛暑で工場の中も蒸し風呂のような暑さである。
はらはらとしながら様子を見ていたが直ぐには直りそうにない。
気になってならなかったが定時で帰路に着いた。
カーブスどころではないと思ったが私が居ても何の役にも立たない。
コンプレッサーが直らなかったら整備もままならぬなる。
新調するにもそんな資金が何処にあるだろうか。
カーブスは気分転換になったが義父からは連絡がなかった。
もしやと思い同僚に電話したら義父は草刈りに出掛けたそうだ。
それも心配であったがどうやらコンプレッサーは直ったようである。
やれやれとほっとして今に至った処であった。
私の悪い癖で何事も悪い方へとばかり考え込んでしまう。
不幸好きと云ってしまえばそれまでだが困った性分である。
猛暑の一日であったが夕焼け空が燃えているように綺麗で
めいちゃんに教えると堤防まで写真を撮りに行った。
窓からその姿を見ているとほのぼのと嬉しくてならない。
一瞬の輝きをその目で見て捉えることは素晴らしいことなのだ。
明日はきっと学校に行けるだろう。そう信じて止まない。
※以下今朝の詩
ゆびきり
夢の中で指切りをした その感触が今もあり 何だかふわふわしている
見知らぬ少年であった いったい何を約束したのか 思い出すことが出来ない
一冊の文庫本を読んでいて もう少しで読み終わるのに 少年は何も告げずに去った
そこはプラットホームで 私は列車の座席に座っている もう二度と会えないかもしれない 列車の窓から少年の姿を追ったが もう何処にもその姿が見えない
切なくてならず胸が締め付けられる 淡い恋だったのかもしれない
細く柔らかな指先であった そのぬくもりが忘れられない
少年はいったい誰だったのだろう 夢の中の約束が叶うわけはないが その儚さに埋もれてしまいそうな朝だ
梅雨明けを待っていたかのような晴天。
気温は31℃だったが不快な程の蒸し暑さとなる。
九州地方は今日も気温が高くなり
大分の日田市では38℃を超えていたそうだ。
「大暑」を前にしてこの暑さでは先が思い遣れる。
やがては四万十にも猛暑の日が訪れることだろう。
朝からもうエアコンのお世話になりごろごろと寝てばかりだった。
川向に新しいラーメン屋さんが出来たので興味が湧き
夫に交渉してみたが即刻却下される。
「どんな店やらわからんに」と云うものだから
「行ってみんとわからんろ」と応えたがやはり駄目だった。
まったく興味を示さないのは価値観の違いだろうかと思う。
仕方なくお昼には冷食の炒飯をチンして食べた。
「一風」の炒飯とよく似た味で美味しかったが
何としょぼい昼食だろうと少し気分が滅入る。
昼食後には自室へは上がらずそのまま茶の間で寝入っていた。
2時間程寝ただろうかおそるおそる自室へ行って見たが
思った通りで室温が35℃もあり10分と過ごせない。
エアコンはもったいないなと思ったが思い切って点ける。
やっと涼しくなり一時間程SNSを見て過ごしていた。
詩人の「高山京子」さんのファンだが今日から鍵を付けるとのこと。
鍵付きのアカウントになるとリポストが出来なくなり残念に思う。
今朝私が彼女の詩をリポストしたのが嫌だったのかもしれない。
有名な詩人さんでも思うところがあるのだろう。
堂々としているようでも精神的な苦悩は計り知れないものがある。
3時からは夫と大相撲を観ていた。
桟敷席にタイムスリップして来たようなお侍さんが居て驚く。
夫は織田信長ではないかと云い二人で笑い合った。
名古屋にはユニークな観客が居るのだなと思う。
4時になれば笠原メイさんの日記が気になり自室へ行った。
思った通り更新されていて食い入るように読む。
彼の日記にはリズムがあり読んでいてとても心地よい。
病を抱えていても少しも暗いイメージを感じなかった。
そうして今日の詩も素晴らしく「書けて良かったね」と声を掛けたい。
5時になれば夫が大急ぎで入浴を済ます。
大相撲観たさに今日からシャワーのみであった。
千秋楽までカラスの行水が続くことだろう。
入浴後はビールであるがイカのお刺身を与えて置く。
娘は鶏の唐揚げを揚げるのに奮闘していた。
夕食後はまた茶の間で残りの三番を観た。
大の里が苦手な義ノ富士にあっけなく負けて憐れでならない。
休場後でもありメンタルがとても心配である。
「よっし負けないぞ」と思っていても負ける時がある。
「頑張るぞ」も同じで気負い過ぎてもいけないのだろう。
平静を保ち持っている力を発揮することは並大抵の事ではない。
負けてしまえば尚更の事、「自信」ほど儚いものはないのだと思う。
たかが大相撲の事であっても自分に重ねてしまいそうになる。
「また駄目だった」これまでどれ程そんな敗北感を感じたことだろう。
駄目元は励みになる言葉だが「やる気」に繋げることは難しい。
随分と長いこと生きて来たが私は「負け組」を貫いている。
※以下今朝の詩
いま
アラームを消して また眠り始める とろんとろんと 何とも心地よい そんな日曜の朝
いつもは夜明け前に書く詩を いま書こうとしているのだが いったい何を書けば良いのだろう これは詩ではないのだと思う
電線に若い燕たちがずらりと並び ちいちいと声を揃えて歌っている ふとそんな燕になりたいと思う
詩人なんかじゃない ただながく生きて来た「ひと」
いまを記す いまでなくては書けないことがある
概ね晴れ。風があり気温の割に暑さが苦にならなかった。
福岡の太宰府市では39℃を超えていたそうだ。
体温だとしても高熱の危険な暑さである。
四国はまだ梅雨明けしていないせいか序の口で済んでいるのだろう。
今朝は峠道で大きな猿を見かけた。
一匹だけだったが山里では群れが確認されている。
集団で畑を荒らすのだからどうしようも出来ない。
村役場では爆竹や花火を配布しているそうだが
賢い猿のことであるそんな物では敵いはしないだろう。
猿も生き延びねばならない。家族も居るのである。
猪のように退治する訳には行かないのだった。

午前中は義父が待機してくれていて順調に仕事が捗る。
車検が2台完了しどれ程助かったことだろう。
同僚と納車に行ったらお客さんからシシトウを沢山頂く。
規格外のシシトウだが朝採れでとても新鮮であった。
山里はシシトウの特産地で「シシトウ家族」と云う
ゆるキャラも存在しているくらいである。
車検が一段落し義父はまた稲の消毒に出掛けた。
訊けば昨日も日が暮れるまで働いていたそうで
その苦労がひしひしと伝わって来る。
今朝は腰痛が酷くやっと起きられたそうだ。
「痛いけんどやらなあいかん」がもう口癖になった。
炎天下で熱中症の危険もあり心配でならなかったが
大きな水筒に冷たいお茶を入れ用意は万端である。
定時で仕事を終え山奈町まで車検証を届けに行った。
お客さんは在宅しており「暑いねえ」と声を交し合う。
そのまま国道を走り久しぶりに「ちきん館」で買物をした。
鶏もつとお惣菜のチキンボールを買って帰る。
国道を走るのも久しぶりで百日紅の花がとても綺麗に咲いていた。
いつもより早く3時半に帰宅。そのまま茶の間で横になる。
エアコンが効いていたので心地よく一時間程寝ていた。
笠原メイさんの日記が気になり自室へ行けば
室温が35℃もあり大急ぎでエアコンを点ける。
直ぐには冷えず汗を流しながら彼の日記を読んだ。
体調が思わしくなく詩を書くのに難儀しているようだったが
彼なら「きっと書ける」と信じて止まない。
エールを送ることも叶わず今日もリポストをした。
5時になり娘と夕食の支度を始めたが
今夜はダンス教室には行かず学校の「夏祭り」があるのだそうだ。
めいちゃんは浴衣を着るのを楽しみにしていた。
今日は「水泳記録会」があり久しぶりに登校する。
「行って来ます」の元気な声にどれほどほっとしたことだろう。
学校に行きたくないのではない。行けなかったのだと思う。
気長に見守ってやらねばと今日ほど思ったことはなかった。
夕食後、暮れて行く空を眺めていると
今週も「よくやった」と思う。
決して仕事の鬼ではなかったが仕事が好きでならない。
困難なことがあっても立ち向かいクリアして行くことは
何とも心地よいことであった。
出来ない事よりも出来た事が励みになっているのだろう。
後10年は頑張りたい。会社の最後も見届けたいと思う。
「えらかったね」茜色の空の向こうから母の声が聴こえる。
※以下今朝の詩
せんたく
選択を洗濯している 柔軟剤入りの洗剤を入れた 乾けばきっと 柔らかくなるだろう
いったい何を選べば良いのか 不揃いの靴下のようである 同じ色が見つからない 同じ柄が見つからない
洗濯機の中で掻き回され 絡みつくことしか出来ない 脱水となればとても苦しい 選択は喘ぎ続けている
選べないことが辛い これだと云う確信がない 迷えば迷う程追い詰められる
真っ青な空であった 選択は物干し竿にぶらさがり 陽射しを浴びながら 風に吹かれ続けている
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