ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年07月14日(火) 黒星と白星

連日の猛暑日。今日も38℃超えの煮えるような暑さとなる。

暑さで有名な江川崎と並び全国二位だったようだ。

週間予報を見ていると猛暑は金曜日までで

来週からは少し暑さが和らぎそうである。


朝の山道で髪を金色に染めた女性のお遍路さんを見かけた。

最初は外人さんかと思ったがアジア系の顔をしている。

まだ20代と思われる若さでたった一人で歩いていた。

木陰でひと休みをしていたので声を掛けようとしたが

タイミングが悪くそのまま通り過ぎてしまった。

どれ程の若さでも夏のお遍路は過酷な事だろう。

せめて一言声を掛けるべきだったと後から悔やまれる。


山道の最初の民家はまだ土佐清水市内であるが

道路に沿って色んな花を植えている。

ゼラニウム、グラジオラス、今朝は松葉ボタンが咲いていた。

老夫婦で時おり姿を見かけるがとても元気そうである。

花が好きなのだろう。穏やかな暮らしが目に見えるようだ。



職場に着けば猫係のお客さんが来てくれていたが

みい太の姿はなく今朝も気の毒でならない。

以前には長いこと行方を暗ましていたが

最近はちょくちょく帰って来るようになった。

暑い日中は車の下に潜り込んで寝ていることが多い。

そうして看板猫になったり家出猫になったりして過ごしている。


工場のコンプレッサーは順調。さすが義父だなと感心する。

おかげで今日も車検整備が捗り何よりであった。

義父の姿もあったが田んぼに猪が出たと大騒ぎしていた。

役場が捕獲用の檻を貸し出してくれるそうでその準備に忙しい。

田んぼの見回りに行っていたが直ぐに帰って来て

お客さんの車にクーラーガスを補充してくれた。

そのお客さんも腰痛が酷くコルセットを装着しているとのこと。

とても楽になると云うので義父も試してみたが

すっかり気に入り同じ物を注文することになった。

アマゾンは有難く明日にはもう届くのだそうだ。


それから今度は市内の「鍼灸診療所」に電話を掛けていた。

「鍼は嫌だがお灸を試したい」まるで子供のようであったが

明日の朝に予約が取れて藁にも縋る思いである。

とにかく稲刈りまでに少しでも楽にしてやりたかった。

「痛いけんどやらんといかん」午後はまた畔の草刈りに行く。


定時で仕事を終えカーブスへ向かった。

義父と同じく私も痛みと上手く付き合って行かねばならない。

痛いからと諦めてしまったら一歩も前へ進めないのだ。

もちろん無理は出来ないが今日もそこそこに頑張ることが出来た。


買物を終えて4時過ぎに帰宅。何と自室は40℃の暑さであった。

直ぐにエアコンを点けたが汗が噴き出して来る。

笠原メイさんの日記を読むのが精一杯で茶の間に避難した。

夫は私と一緒に大相撲を観るのが嬉しいようである。

言葉にすることはないがほっとしたような笑顔を見せた。


価値観の違いは今に始まった事ではないが

長年連れ添っていると夫婦は似て来るらしい。

「それは違う」と思っても自然と打ち解け合って来る。

その場をまあるく収めることが夫婦円満の秘訣なのだろう。


二人で夕食を終えて残り三番を茶の間で観る。

気掛かりでならなかった大の里が勝って夫が大喜びしていた。

大の里は目に涙を浮かべていて胸に熱いものが込み上げて来る。

「もう駄目かもしれない」誰もがそう思っていたことだろう。

どれほど追い詰められても立ち向かう勇気を見たような気がした。


※以下今朝の詩


       道

  何処に向かっているのだろう
  道標などない細い道である

  新緑の季節はとうに過ぎ
  山の緑はいっそうに濃くなる
  吹き抜けていく爽やかな風
  夏の陽射しを和らげる木漏れ日

  空を仰いでいると気が遠くなる
  果てしなく続く道は
  迷いを誘うばかりであるが
  息を整えながら歩き続けていた

  若き日の憧憬が交差する道
  老いの喪失がこだまする道

  生きたことよりも
  生きることを選びたい

  蹲ってしまえばもう道はない
  胸を張ることも出来ずに
  ただ前へ前へと歩き続けている



2026年07月13日(月) ゆびきりげんまん

最高気温が38℃を超え猛烈な暑さとなった。

後から知ったのだが日本で一番暑かったのだそうだ。

自慢するような事ではないが「凄いな」と思う。

暑さは辛いがとことん暑くなるのも良いだろう。

苦手だった夏が好きになったのは随分と昔のことである。


山里は平野部よりも少し気温が低かったが

午前中は無風状態で屋外ではとても過ごせなかった。

それでも県道の草刈り作業をしている人達が居て

田んぼの消毒をしている人も居て驚く。

熱中症の危険が大きく命がけの作業であった。


義父は午前中に整体に行き午後は居室で休んでいたが

工場のコンプレッサーが突然故障し大変なことになる。

何でも直す義父であったがかなり困難な修理となりそうであった。

その上に猛暑で工場の中も蒸し風呂のような暑さである。

はらはらとしながら様子を見ていたが直ぐには直りそうにない。


気になってならなかったが定時で帰路に着いた。

カーブスどころではないと思ったが私が居ても何の役にも立たない。

コンプレッサーが直らなかったら整備もままならぬなる。

新調するにもそんな資金が何処にあるだろうか。


カーブスは気分転換になったが義父からは連絡がなかった。

もしやと思い同僚に電話したら義父は草刈りに出掛けたそうだ。

それも心配であったがどうやらコンプレッサーは直ったようである。

やれやれとほっとして今に至った処であった。


私の悪い癖で何事も悪い方へとばかり考え込んでしまう。

不幸好きと云ってしまえばそれまでだが困った性分である。


猛暑の一日であったが夕焼け空が燃えているように綺麗で

めいちゃんに教えると堤防まで写真を撮りに行った。

窓からその姿を見ているとほのぼのと嬉しくてならない。

一瞬の輝きをその目で見て捉えることは素晴らしいことなのだ。


明日はきっと学校に行けるだろう。そう信じて止まない。


※以下今朝の詩


     ゆびきり

  夢の中で指切りをした
  その感触が今もあり
  何だかふわふわしている

  見知らぬ少年であった
  いったい何を約束したのか
  思い出すことが出来ない

  一冊の文庫本を読んでいて
  もう少しで読み終わるのに
  少年は何も告げずに去った

  そこはプラットホームで
  私は列車の座席に座っている
  もう二度と会えないかもしれない
  列車の窓から少年の姿を追ったが
  もう何処にもその姿が見えない

  切なくてならず胸が締め付けられる
  淡い恋だったのかもしれない

  細く柔らかな指先であった
  そのぬくもりが忘れられない

  少年はいったい誰だったのだろう
  夢の中の約束が叶うわけはないが
  その儚さに埋もれてしまいそうな朝だ





2026年07月12日(日) 負け組

梅雨明けを待っていたかのような晴天。

気温は31℃だったが不快な程の蒸し暑さとなる。

九州地方は今日も気温が高くなり

大分の日田市では38℃を超えていたそうだ。

「大暑」を前にしてこの暑さでは先が思い遣れる。

やがては四万十にも猛暑の日が訪れることだろう。


朝からもうエアコンのお世話になりごろごろと寝てばかりだった。

川向に新しいラーメン屋さんが出来たので興味が湧き

夫に交渉してみたが即刻却下される。

「どんな店やらわからんに」と云うものだから

「行ってみんとわからんろ」と応えたがやはり駄目だった。

まったく興味を示さないのは価値観の違いだろうかと思う。


仕方なくお昼には冷食の炒飯をチンして食べた。

「一風」の炒飯とよく似た味で美味しかったが

何としょぼい昼食だろうと少し気分が滅入る。


昼食後には自室へは上がらずそのまま茶の間で寝入っていた。

2時間程寝ただろうかおそるおそる自室へ行って見たが

思った通りで室温が35℃もあり10分と過ごせない。

エアコンはもったいないなと思ったが思い切って点ける。

やっと涼しくなり一時間程SNSを見て過ごしていた。


詩人の「高山京子」さんのファンだが今日から鍵を付けるとのこと。

鍵付きのアカウントになるとリポストが出来なくなり残念に思う。

今朝私が彼女の詩をリポストしたのが嫌だったのかもしれない。

有名な詩人さんでも思うところがあるのだろう。

堂々としているようでも精神的な苦悩は計り知れないものがある。


3時からは夫と大相撲を観ていた。

桟敷席にタイムスリップして来たようなお侍さんが居て驚く。

夫は織田信長ではないかと云い二人で笑い合った。

名古屋にはユニークな観客が居るのだなと思う。


4時になれば笠原メイさんの日記が気になり自室へ行った。

思った通り更新されていて食い入るように読む。

彼の日記にはリズムがあり読んでいてとても心地よい。

病を抱えていても少しも暗いイメージを感じなかった。

そうして今日の詩も素晴らしく「書けて良かったね」と声を掛けたい。



5時になれば夫が大急ぎで入浴を済ます。

大相撲観たさに今日からシャワーのみであった。

千秋楽までカラスの行水が続くことだろう。

入浴後はビールであるがイカのお刺身を与えて置く。

娘は鶏の唐揚げを揚げるのに奮闘していた。


夕食後はまた茶の間で残りの三番を観た。

大の里が苦手な義ノ富士にあっけなく負けて憐れでならない。

休場後でもありメンタルがとても心配である。


「よっし負けないぞ」と思っていても負ける時がある。

「頑張るぞ」も同じで気負い過ぎてもいけないのだろう。

平静を保ち持っている力を発揮することは並大抵の事ではない。

負けてしまえば尚更の事、「自信」ほど儚いものはないのだと思う。


たかが大相撲の事であっても自分に重ねてしまいそうになる。

「また駄目だった」これまでどれ程そんな敗北感を感じたことだろう。

駄目元は励みになる言葉だが「やる気」に繋げることは難しい。


随分と長いこと生きて来たが私は「負け組」を貫いている。


※以下今朝の詩


     いま

  アラームを消して
  また眠り始める
  とろんとろんと
  何とも心地よい
  そんな日曜の朝

  いつもは夜明け前に書く詩を
  いま書こうとしているのだが
  いったい何を書けば良いのだろう
  これは詩ではないのだと思う

  電線に若い燕たちがずらりと並び
  ちいちいと声を揃えて歌っている
  ふとそんな燕になりたいと思う

  詩人なんかじゃない
  ただながく生きて来た「ひと」

  いまを記す
  いまでなくては書けないことがある













2026年07月11日(土) 洗濯日和

概ね晴れ。風があり気温の割に暑さが苦にならなかった。

福岡の太宰府市では39℃を超えていたそうだ。

体温だとしても高熱の危険な暑さである。

四国はまだ梅雨明けしていないせいか序の口で済んでいるのだろう。


今朝は峠道で大きな猿を見かけた。

一匹だけだったが山里では群れが確認されている。

集団で畑を荒らすのだからどうしようも出来ない。

村役場では爆竹や花火を配布しているそうだが

賢い猿のことであるそんな物では敵いはしないだろう。

猿も生き延びねばならない。家族も居るのである。

猪のように退治する訳には行かないのだった。



午前中は義父が待機してくれていて順調に仕事が捗る。

車検が2台完了しどれ程助かったことだろう。

同僚と納車に行ったらお客さんからシシトウを沢山頂く。

規格外のシシトウだが朝採れでとても新鮮であった。

山里はシシトウの特産地で「シシトウ家族」と云う

ゆるキャラも存在しているくらいである。


車検が一段落し義父はまた稲の消毒に出掛けた。

訊けば昨日も日が暮れるまで働いていたそうで

その苦労がひしひしと伝わって来る。

今朝は腰痛が酷くやっと起きられたそうだ。

「痛いけんどやらなあいかん」がもう口癖になった。

炎天下で熱中症の危険もあり心配でならなかったが

大きな水筒に冷たいお茶を入れ用意は万端である。


定時で仕事を終え山奈町まで車検証を届けに行った。

お客さんは在宅しており「暑いねえ」と声を交し合う。

そのまま国道を走り久しぶりに「ちきん館」で買物をした。

鶏もつとお惣菜のチキンボールを買って帰る。

国道を走るのも久しぶりで百日紅の花がとても綺麗に咲いていた。


いつもより早く3時半に帰宅。そのまま茶の間で横になる。

エアコンが効いていたので心地よく一時間程寝ていた。

笠原メイさんの日記が気になり自室へ行けば

室温が35℃もあり大急ぎでエアコンを点ける。

直ぐには冷えず汗を流しながら彼の日記を読んだ。

体調が思わしくなく詩を書くのに難儀しているようだったが

彼なら「きっと書ける」と信じて止まない。

エールを送ることも叶わず今日もリポストをした。


5時になり娘と夕食の支度を始めたが

今夜はダンス教室には行かず学校の「夏祭り」があるのだそうだ。

めいちゃんは浴衣を着るのを楽しみにしていた。

今日は「水泳記録会」があり久しぶりに登校する。

「行って来ます」の元気な声にどれほどほっとしたことだろう。

学校に行きたくないのではない。行けなかったのだと思う。

気長に見守ってやらねばと今日ほど思ったことはなかった。


夕食後、暮れて行く空を眺めていると

今週も「よくやった」と思う。

決して仕事の鬼ではなかったが仕事が好きでならない。

困難なことがあっても立ち向かいクリアして行くことは

何とも心地よいことであった。

出来ない事よりも出来た事が励みになっているのだろう。

後10年は頑張りたい。会社の最後も見届けたいと思う。


「えらかったね」茜色の空の向こうから母の声が聴こえる。


※以下今朝の詩


     せんたく

  選択を洗濯している
  柔軟剤入りの洗剤を入れた
  乾けばきっと
  柔らかくなるだろう 

  いったい何を選べば良いのか
  不揃いの靴下のようである
  同じ色が見つからない
  同じ柄が見つからない

  洗濯機の中で掻き回され
  絡みつくことしか出来ない
  脱水となればとても苦しい
  選択は喘ぎ続けている

  選べないことが辛い
  これだと云う確信がない
  迷えば迷う程追い詰められる

  真っ青な空であった
  選択は物干し竿にぶらさがり 
  陽射しを浴びながら
  風に吹かれ続けている




2026年07月10日(金) さらりさらり

晴れたり曇ったり。山里ではお昼過ぎににわか雨が降った。

山里は平野部よりも気温が低く29℃程。

風もあったのでさほど暑さが苦にならなかった。


朝の国道ではランニングと短パン姿のお遍路さんが歩いていた。

白装束はリュックに括りつけて朝風に揺れている。

まだ若者らしく颯爽と歩いていた。

日に焼けた顔と腕。カモシカのような足がとても逞しい。


梅雨時でもあり最近は殆どお遍路さんを見かけなかった。

これから真夏となり猛暑が続くと益々少なくなるだろう。


山道に入ると例のねむの木、木槿も見守りながら職場に向かう。

はっと驚くのは稲の穂で既に色づき始めている稲もある。

早い農家さんは来月早々にもう稲刈りをするのだそうだ。



仕事はまた新たな車検整備が入庫していた。

明日も予約が入っており大忙しである。

例の再起不能の車のお客さんは音沙汰がなかったが

もう一台車検切れの車を持っているので何とかするようだ。

しかし車検切れでは乗ることも出来ず段取りが進まない。

車検の要請があれば断ることはしないが支払いはどうするのだろう。

一昨年からの修理代もそのままになっている。


義父は午前中に整体に行っていたが一向に痛みが治まらない。

こればかりは気長な治療が必要に思うが苛立っている様子だった。

市内に「鍼灸」の診療所があるので思案しているようだ。

しかしお灸は良いが鍼は嫌だと云うので困ったものである。


昼食後また痛み止めを服用し稲の消毒に出掛けた。

にわか雨が降りはらはらしたが何とか出来たようだ。

今年はお米の価格が大幅に下がるらしい。

消費者にとっては嬉しい事だが生産者は皆肩を落としている。

赤字覚悟でどれ程の生産者が苦労をしていることだろう。

おまけに買い取り業者には昨年のお米が在庫として残っているとのこと。

今年の新米を仕入れても倉庫には入り切らないのだそうだ。

先行きは不安なことばかりであるが義父のように

死に物狂いで農作業に励んでいる人が居ることを忘れないで欲しい。


「カーブスに行くけんね」今日も定時で終えることが出来た。

しかしまだ足の痛みがあり思うようには出来ない。

それでも出来る事を頑張れば心地よく汗が流れる。

もし来ることが出来なかったら鬱々としていたことだろう。


買物を済ませ4時過ぎに帰宅。今日も自室は煮えるような暑さだった。

笠原メイさんの日記を読むのが精一杯で後は茶の間で過ごす。

夫がホラーのような不気味なドラマを観ていた。

録画してあったのだとしても価値観の違いを感じる。

血祭りのようなドラマであった。いったい何処が面白いのだろう。


5時になり娘と夕食の支度を始めたが

私の考えたメニューでは孫達が喜ばないと云う。

「困った、困った」と当て付けるように云うので落ち込む。

母だって毎日頭を悩ませているのだ。

家族皆が喜ぶようにとどれほど考えていることか。

いっそ学校給食のように献立予定表を作ってくれまいかと思う。


「もう知らない」夫と先に夕食を済ますと自室で過ごしていた。

苛々していたのか立て続けに煙草を3本も吸う。

困ったものだと思うが私にとっては精神安定剤であった。


暮れなずむ空を仰いでいると何と些細なことだろう。

ちっぽけなことに拘り自分を追い詰めている。

もっとあっけらかんとしていたらどれ程気楽だろうかと思う。


さらりさらりと水に流す。ここは四万十川のほとりであった。


※以下今朝の詩


     栞

  はらりと落ちた
  昨夜挟んであった栞である
  随分と古びていて
  擦り切れてしまっているが
  捨てることが出来ずにいる

  「今日はここまで」
  「明日はここから」

  それはまるで息のように
  胸元に挟まれていた

  思い通りに行かないことも
  また始めれば叶うかもしれない
  嘆いても何も変わりはしない
  それよりも希望を失くさないことだ

  ページを捲るように一日が始まる
  明けない夜など在りはしない

  はらりと落ちた栞を拾い上げる
  どれほど擦り切れていても
  今にも破れてしまいそうであっても

  失ってしまえば生きて行けない




2026年07月09日(木) 今日はここまで

朝のうち霧雨が降っていたが直ぐに止み

日中は梅雨明けを思わすような晴天となった。

気温は31℃、まだまだ序の口の暑さである。

福岡の久留米市や大分の日田市では35℃を超えていたようだ。


今朝もねむの木の花を楽しみにしていたが

残念ながら枯れ始めており枝に張り付いていた。

しかし三度も咲いた花である。また咲くかもしれない。

諦めずに明日の朝も見守ってやろうと思う。


木槿は新しい花を咲かせていたが萎んだ花が多い。

写真を撮るのは諦めたがこれも見守りたい花であった。

民家の庭先には鳳仙花が咲き百日紅も咲き始めている。

見つけると嬉しく心にも花が咲いたような気分になった。



仕事はなんとか順調に思えたが昨日入庫した車が不法改造をしており

修復しない限り絶対に車検は通らない。

軽トラックだが荷台に木材で細工し嵩上げをしているのだった。

義父の指示を受けて同僚は取り外しの作業である。

例の車検待ちの車は義父の都合で午後からになった。

お昼に農業関係の来客があり昼食が遅くなってしまい

やっと居室から事務所に来てくれたがもう2時になっていた。

3時までに書類を書き終えないとリハビリに間に合わない。

義父を急かす訳には行かずいざとなれば諦めようと思う。

それにしても思い通りに行かないものだ。

カーブスを諦めリハビリまで諦めなければいけないのだろうか。


やっと車検が終り書類を書き終えたら3時前であった。

市内まではどんなに急いでも30分は掛かる。

慌てて事故を起こさないようにと慎重に車を走らす。

ぎりぎりセーフであった。U君の顔を見るとほっとする。

痛みがあることを伝えるとまた違う施術となり

足よりも腰を重点的に揉みほぐしてくれた。

U君の手の温もりが伝わって来て乙女のような気分である。


買物を終えて4時過ぎに帰宅したが

西日の当たる自室はうだるような暑さであった。

笠原メイさんの日記を読み終えると茶の間に避難する。

夫も暑さが堪えたのだろう今日はエアコンを点けていた。

「もう電気代は気にせんぞ」と宣言する。


玄関のチャイムが鳴りめいちゃんのお友達が来てくれた。

めいちゃんも二階から下りて来て笑顔を交し合っている。

お友達が帰る時「またね」と云えばめいちゃんも「またね」と応える。

ふと明日は学校へ行けるような気がした。


5時になったが娘は美容院へ行っており夕食不要とのこと。

夫と二人で安物のステーキを焼いて食べた。

夫はここぞとばかりにガツガツと食い意地が張っている。

その口元は不気味で見続けたいとは思えなかった。


「ごっちょさん」夫に声を掛けて自室で食後の一服である。

暑さに耐え切れずとうとうエアコンを点けた。

これで我が家は全室のエアコン祭りである。

電気代を惜しんでは生きていけない過酷な夏の始まりであった。


いま7時50分。窓の外はまだ薄っすらと明るいが

何だか夜が急いでいる様に感じる。

早く早くと空も押し流されているようだ。

今日の栞はここにある。少し皴があるようだが

手のひらで撫で続けていると素直になった。

今日はここまで。「また明日ね」と声を掛けている。


※以下今朝の詩


      牛

  随分と昔のことだが
  大河を流れる牛を見た

  それは確かに生きていて
  必死に泳ごうとしている
  頭が見え隠れしていたが
  つぶらな瞳が空を仰いでいた

  嵐の過ぎ去った日のことである
  河川敷で放牧されていた牛は
  押し寄せて来る濁流から
  逃げ遅れてしまったのだろう

  長閑に草を食んでいた日々
  清らかな大河の流れに
  ずっと守られていたのだ
  さらさらと息をしながら
  命を謳歌していたのである

  やがては屠殺される事など
  思いもしなかっただろう

  ましては濁流に呑み込まれ
  流されて行く事など
  知りもしなかった日々である

  何としても助けてやりたかった
  海まで辿り着けば
  生きているような気がしてならない






2026年07月08日(水) 命を縫う日々

曇りの予報だったが朝から霧雨が降り続いていた。

九州北部、中国、近畿は今日梅雨明けの発表があった。

四国も直ぐ後を追うだろう。

今日は猛暑日になった地域があったようだが

いよいよ本格的な夏に突入である。


朝の道でねむの木の花を愛で山道を走り抜ける。

紫陽花街道には遅く咲いたのだろうまだ鮮やかな花が少し残っていた。

しかし周りの花は茶に染まり何とも憐れである。

いち早く咲いた額紫陽花は少し違いくすんだような色になっている。

色や種類によって精一杯の最後であった。


木槿の花は昨日と変わらず項垂れていたが

一日花なのでそれも仕方ないことだろう。

晴天が続くようになれば次々に咲くに違いない。



義父はまた高知市に出張。大切な役員会があるのだそうだ。

腰痛は相変わらずであったが機嫌よく出掛けて行きほっとする。

同僚は義父の指示で例の故障車を調べていたが

水漏れのまま走り続けたのでエンジンが再起不能になっていた。

エンジンを交換するより新しく車を購入した方が良さそうである。

経済的に余裕のないお客さんなのでどれ程嘆くことだろうか。


午後からはまた新たな車検整備となり気を抜く暇もない。

昨日車検待ちを承諾してくれたお客さんが先に支払いたいとのこと。

まだ納車も出来ずにいるのに何とも気の毒でならなかった。

義父次第であるが明日の午前中には納車に漕ぎ付けたいものだ。

あれこれと気を揉むのにも少し疲れてしまっているが

少しでも順調にと願うばかりである。


「カーブスに行くけん」同僚に声を掛けて定時で帰路に就く。

FMラジオから吉田拓郎の「祭りのあと」が流れて来て懐かしいこと。

1976年の歌だったようだ。私が20歳の頃である。


喜び勇んでカーブスに行ったが足が痛み思うように出来ない。

やはり毎日動かしていないといけないのだろう。

それだけ効果が出ていたことを思い知る。

無理は出来ずそこそこに筋トレをして帰って来た。


買物を済ませ4時過ぎに帰宅。15分程自室で過ごす。

後は茶の間で寝転んで5時までニュース番組を見ていた。

子供を道連れにする無理心中が多く心が痛む。


夕食の支度に娘の姿はなく一人で頑張った。

めいちゃんの学習塾であったが楽しみにしているようだ。

今週はまだ一度も学校に行っていないが塾は休まない。

土曜日のダンス教室も同じで休むことをしなかった。

めいちゃんの気持ちは図り兼ねて戸惑うばかりである。

老婆心を募らせば夫に叱られてしまうので要らぬ口を叩いてはならない。


今7時45分。窓の外はまだ薄っすらと明るい。

ゆっくりと暮れて行く空に心を委ねている。

出来たこと、出来なかったことが交差しているが

思うように行かなくても嘆くことはせずにいたい。

一針一針と命を縫う日々が続いている。


※以下今朝の詩


     木槿(むくげ)

  雨に打たれたのだろう
  弱々しく萎れていたが
  決して亡骸ではなかった

  梅雨が明けると
  真夏の太陽が照りつける
  その光に満ちた日々を
  胸を張って生きようと思う

  どれほどの花だろうか
  互いを励まし合いながら
  負けまいと声を掛ける

  その花びらには命が宿り
  夏でなくてはいけない理由を
  囁き合っているのだった

  花として生まれたことを
  誇りに思う
  幾日も降り続いた雨であったが
  それを試練だと受け止めて来た

  打たれなくてはいけない
  濡れてこそ息が生まれる

  やがて満面の笑みを浮かべる
  夏の陽射しを身体中に浴びて
  命を謳歌する時が来た





 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加