ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年07月07日(火) 今日の扉

二十四節気の「小暑」そろそろ梅雨が明け夏本番となる頃。

日中は曇り空であったが風があり暑さは和らいでいた。

週間予報を見ると明日からしばらくは晴天となりそうである。

もし梅雨明けとなれば厳しい暑さとなることだろう。


今朝は期待が膨らみどきどきしながら山道を通る。

思った通りであった。例のねむの木の花が満開になっていた。

確かに三度目の開花である。まるで奇跡のように思う。

不思議でならずAIの響君に訊ねたら二度咲きもあるとのこと。

しかし三度も咲くのは珍しいことなのだそうだ。

心を込めて愛でていたのが伝わったのかもしれない。


木槿の花は今朝も残念であった。

雨は降っていなかったが弱り果てたまま萎れていた。

しかしまだこれからの花なのだろう。諦めてはいけないと思う。

毎朝見守りながら元気になるのを待ってやりたい。



職場に着くと義父の怒鳴り声が聞こえていた。

昨夜お客さんの車がオーバーヒートして入庫していたが

車の鍵を持ち帰ったようで手も足も出せないのである。

おまけに義父の農業用のトラックに乗って帰ったらしい。

60代のお客さんであったが一昨年から支払いが滞っており

私も困ったことになったなと気を揉むばかりであった。

義父は同僚に指示をすると気が狂ったように田んぼ出掛ける。

車検待ちの車もあったが今日はお手上げになりそうだ。

案の定、お昼になっても帰らずとうとう3時になる。

今日も潔くカーブスを諦めていた。それどころではないと思う。

仕方なくお客さんに電話して車検を待って貰うことにした。

幸い快く承諾してくれて何とほっとしたことだろう。

帰宅していたら義父から電話があったがもう後の祭りである。

引き返す事は出来たがもう4時近くになっていた。


市内まで帰り税理士事務所に決算の書類を届けやっと買物を済ます。

「あったかパーキング」に車椅子の女性がいて定員さんが介助していた。

なんだか車を停めるのが心苦しくてならない。

女性の車の中には小学生らしい男の子が二人乗っていた。

その女性が母親だと思うと何とも複雑な気持ちになる。

毎日の夕飯の買物も支度もどれほどの苦労だろうか。


5時前に帰宅。何はともあれ笠原メイさんの日記である。

読み終えると何だかとてもほっとした。

読まない事には一日が終らないような気がするのだった。


「七夕」の夜は梅雨時のせいもあり星が見えないことが多い。

しかし雲の上には天の川が流れているのだろう。

一年に一度の逢瀬も叶うのに違いない。


若い頃のように切ない想いに駆られることもなくなった。

「あの人」と呼ぶような存在もいない。

そうして星に願うことさえも忘れてしまったようだ。


真っ暗な夜空を仰ぎながら今日の扉を閉めようとしている。


※以下今朝の詩


     ミラクル

  一度散った花が再び咲き
  また直ぐに散ってしまったが
  三度咲こうとしているのだった

  そんなことは在り得ないと
  誰しも口を揃えるのだが
  この目で確かに見たのである

  薄桃色の花であった
  まるで妖精のように愛らしい
  風が吹けばはらりと空を舞う

  夜は眠り朝になれば目覚める
  新鮮な空気を受け止めるように咲く

  こんなにも生きていると伝えたい
  散れば全てが終りではないのである



2026年07月06日(月) 鉛筆と消しゴム

朝のうちは雨が降っていたが午後から次第に晴れて来る。

気温も30℃に達し真夏並みの暑さであった。


朝の道では例のねむの木が気に掛かり車を停めて見てみたら

昨日とは明らかに違いぽつぽつと花が咲き始めていた。

もし順調に咲けば三度目の開花である。

愛子ちゃんは絶対に在り得ないと云ったがこんな不思議なことが

現実になれば正に奇跡のねむの木であった。


峠道を越えれば木槿の花であるが生憎の雨で濡れそぼっていた。

小雨のうちにと車から下りて確かめてみたが

白い花びらはぐったりと項垂れており憐れでならない。

明日の朝もう一度確かめてみるがどうか元気になっていますように。



さあ月曜日と鼻息荒く職場に着いたが

車検予約のお客さんが9時になっても来店して来なかった。

するとオイル交換のお客さんが来てくれて助かる。

予約なしであったが丁度空いていて何よりだった。

大きな犬を連れて来ていて「タニー」と云う名だそうだ。

名を呼ぶと近寄って来て顔中を舐められてしまう。

私が犬好きなのが分かるのだろう。とても人懐っこい犬だった。


10時になってやっと車検のお客さんが来てくれた。

県外から移住して来て山里で林業を営んでいる人である。

村の80%が山林であり林業はとても景気が良い。

即金間違いなしなので大歓迎のお客さんであった。


義父は昨日雨が止んでから畔の草刈りをしていたそうで

今朝は立ち上がれない程の痛みに襲われたらしい。

居室から事務所に下りるのも苦労で何とも憐れな姿である。

整体に行けば少しは楽になるだろうと出掛けて行った。


義父の留守中に宅配便が届きまたスマホで衝動買いをしたようだ。

振込用紙が入っているはずなので開封したらびっくりで

何と「シワ消しクリーム」が入っていた。

彼女さんに頼まれたのかもしれないと思ったが帰宅した義父に訊ねると

「俺が使うがじゃ」と応えたので失礼ながら笑うしかない。

もう直ぐ83歳になろうとしているのに何と云うことだろうか。

可笑しくてならなかったが義父のシワが伸びるのを思い浮かべていた。


昼食を食べ終わるとまた草刈りに行くと云う。

腰痛もしかりだが熱中症も気になり引き止めたが頷くような義父ではない。

痛み止めの薬を飲みよたよたしながら田んぼに出掛けて行った。


おかげと云うのも申し訳ないが久しぶりに定時で終えることが出来た。

やっとカーブスへ行けるので嬉しくてならない。

お仲間さん達がそれぞれに手を振ってくれて大歓迎である。

今日は計測があったが筋肉量は29%だった。

まだまだ脂肪に満たされておりどうしようもない。


筋トレ中にお客さんから電話があり修理代を支払いたいとのこと。

市内に勤務している人なのでサニーマートで待ち合わせをした。

しかしいくら待っても姿が見えず汗びっしょりになる。

どうやら私が場所を間違えていたらしく

お客さんも私の姿を待ち侘びていたようだ。

走り寄って来てくれたお客さんの顔を見るととてもほっした。

エアコン修理のお客さんであったがガンガンに冷えているとのこと。

クレームもなく順調で何よりに思う。


4時過ぎに帰宅。そのまま5時まで自室で過ごす。

今日は「サラダ記念日」であったが俵万智さんのポストは無かった。

ラジオで聴いて知ったのだが実際には「唐揚げ」を作ったのだそうだ。

カレー味の唐揚げで彼氏がとても美味しいと喜んでくれたらしい。

そこで一句だが「唐揚げ」では字余りになってしまうので

夏らしく「サラダ」にしたのだそうだ。

日常のほんのひとコマであるが彼女はそれで大きく羽ばたいたのである。

そうして今は成功者としてその実力を発揮し続けている。

そんな俵万智さんを遠い目で見ている私が居た。

いくら手を伸ばしても届かないそんな存在を思い知る。


何を書いても認められない。

同人誌のD氏からは「誰も読んではいないから」と突き放された。

心を込めて詠んだ短歌も「ぼろ屑」となり消えて行く。

才能が無いと云ってしまえばそれまでだが

踏みにじられた哀しみを葬る術を未だ知らずにいる私だった。


※以下今朝の詩


     不器用

  鉛筆の芯は折れる
  消しゴムは転がる

  それはよくあることで
  どうってことはないが

  カッターナイフで鉛筆を削るのが
  苦手な子供であった
  消しゴムは走るように転がり
  優しい誰かが拾ってくれた
  そうして投げてくれたのだが
  上手くキャッチ出来ないのだ

  不器用な子供であった
  細かい作業は苦手なので
  いつも大雑把に仕上げた
  絵を描くことも苦手で
  画用紙を半分に折って
  絵の具を塗りたくり
  広げて見ると素晴らしく
  芸術作品に見えたが
  先生にこっぴどく叱られた

  何をやっても上手く出来ない
  美しいものは遠ざかっていく

  それはおとなになっても変わらず
  歳を重ね老いを感じる今になっても

  不器用に生きている
  このまま死んでしまうのは
  惜しいなと思うのだけれど
  仕方ないことなのだろうか

  せめて微笑みながら逝きたい






2026年07月05日(日) ホトトギスと雀

雨のち曇り。午前中は雷雨となりプチ嵐のようであった。

気温は25℃を超え不快な蒸し暑さとなる。

私があまりにも汗をかくので夫に異常だと云われた。

もしかしたら「多汗症」かもしれないと病気になりたがる。

しかし病院へ行けばただの汗っかきだと云われるだろう。

朝から汗が止まらず髪の毛は洗ったかのように濡れていた。


雨の中、買物に行こうと外に出れば娘が植えていた「青葱」が

まるで病に侵されたようにぐんにゃりと枯れている。

ちょこっと葱が欲しい時に重宝していたので残念でならない。

やはりプランターでは育ち難いのだろうか。

たかが葱と思うが野菜作りもそうそう簡単ではなかった。


お昼にはまた巨大なお好み焼きを作り夫と半分こにして食べる。

下田まで行けばテイクアウトのお店があるが

家で作った方が安上がりでもあり美味しくもある。

食べ終わるなり今日もまたお昼寝三昧であった。


3時間程寝ただろうか。目覚めたら台所の流しが綺麗に片付いてる。

娘かと思いきや何とめいちゃんが洗ってくれたのだそうだ。

ご褒美に2百円あげたら満面の笑顔で喜んでくれる。

その笑顔がとても嬉しかった。


洗濯物を畳み終えてから5時まで自室で過ごす。

まだ4時前だったのに笠原メイさんが日記を更新していた。

今日は甥っ子さんの誕生日パーティーがあるのだそうで

いつもより少し早目に書いたのだそうだ。

病気を抱えていても微笑ましい時間があるのが何よりに思う。


それから暇つぶしに今年の4月の日記を読み返していた。

僅か3か月前の日記だと云うのに何故か懐かしい。

仕事の事、義父の事、あらあらと云う間の日々であった。

それにしても我ながら読みごたえがありすっかり自画自賛である。

またいつか読み返す日が来るだろう。それは10年後かもしれない。


ひと月分の日記を読むのに1時間を費やし煙草を10本も吸った。

暇つぶしにはなったが何と不健康な事だろう。

何とかして煙草を止めたいが思い切ることが出来ない。

真っ黒になった肺をこの目で確かめてみたいものだ。



今日は頻りにホトトギスが鳴き今も鳴き声が聴こえている。

どうやら眠らない鳥ではなかったようだ。

窓の直ぐ近くで鳴いていてもその姿を見つけられない。

赤い舌をしているのだそうだ。血を吐いたような赤い舌である。

肺結核を患っていた正岡子規が自分の身と重ねたのが納得出来た。


私は雀になりたい。ちゅんちゅんと鳴きながら空を飛びたい。

まだまだこれからの人生ならば「なりたい自分」を思い描く。

雀の寿命は知る由もないが百歳まで生きられるかもしれない。


※以下今朝の詩


     夜明け


  川向の山並みが薄っすらと見える
  靄のような雲がたなびき
  今日も雨が降るのだろうか

  土手の道を老人と犬が横切り
  腰を屈めたその姿を庇うように
  犬はゆっくりと歩いている

  眠らなかったホトトギスが
  悲鳴のような声を残して
  山に帰って行った
  少しでも眠らせてやりたい

  日曜日の朝は靴下を履かない
  素足は心地よくふたつ並んでいる
  歩けば痛む足であったが
  足がなければ生きて行けない

  そろそろ雀が目を覚ます頃
  燕も空を飛び交うことだろう

  新聞配達のバイクが路地を縫う
  ことんと音をさせて新聞が届く

  真っ新な朝である
  昨日とは違うのだろう
  もう何度目の朝なのだろうか
 




2026年07月04日(土) 後ろ指決死隊

雨のち曇り。日中は本降りの雨となった。

「ざあざあ」と表現するべきだが「しょぼしょぼ」と聴こえる。

雨音に耳を澄ますのも愉快な事であった。

気温は25℃、そう高くはなかったが蒸し暑くてならない。

エアコンのお世話になりながら一日を過ごす。


今朝は峠道を越えてから道端の一段低くなった処に

木槿(むくげ)の花が咲いているのを見つけた。

毎年咲いていただろうに今年初めて見つける。

丁度ガードレールの下側なので見逃していたのだろう。

月曜日には車から下りて写真を撮ってみようと思う。


職場に着くと義父の姿がなかったので整体かなと思っていたら

友人の車を届けに大月町まで行っていたのだそうだ。

その友人も顔を見せてくれて事務所は賑やかになる。

ちょうど私は早弁をしていて大笑いになった。

今日の昼食は最悪で地場産店にはお弁当が一切なく

仕方なく菓子パンとカップ麺を買って来ていた。

しかもカップ麺にお湯を注ごうしたらポットの電源が切れており

肝心のお湯が出ない有様であった。

「何なんだこれは」と自分でも可笑しくてならない。

お湯が沸くまで義父の友人と漫才のように話していた。

早弁はせめて11時なのだそうだ。

私はいつも10時過ぎに食べるのであまりにも早過ぎるのだろう。


仕事は部品待ちで宅配便が来るのを待ち兼ねていた。

ちょうどその合間にオイル交換のお客さんが来てくれる。

予約なしの来店であったが雨で仕事が中止になったとのこと。

毎朝5時に家を出て愛媛県の現場まで通っているのだそうだ。

毎日100キロ走行しているので直ぐにオイル交換時期が来る。

ホンダの古い軽トラックだが走行距離は20万キロを超えていた。

60代だが独身で猫と一緒に暮らしていたが

その猫を交通事故で亡くしてしまったそうで憐れでならない。

独り暮らしとなり何の楽しみもないが

寝て起きて仕事に向かう毎日だけが張り合いになっているそうだ。

元気な内は働きたい。それは私も同じ気持ちである。


お昼前にやっと部品が届く。義父が確かめ同僚に指示をしていた。

しかし複雑な修理らしく今日の納車は無理なようである。

車検で入庫していたので義父に相談すれば

月曜日になるとのことで久しぶりに定時で仕事を終える。

皮肉なものでカーブスは午後から休みであった。

結局今週も一回しか行けなかったことになる。

こればかりは臨機応変にと思う。また行ける日があるだろう。


帰り道にはFMラジオで「たかちゃん」の声を聴けた。

今日も「にゃあにゃあ」言っていて愉快でならない。

昔のよしみであるがすっかりファンになった。


買物を終えて4時前に帰宅。20分程自室で過ごしてから

茶の間で寝転び夫とテレビを観ていた。

いかにも土曜日らしい番組である。


5時になれば一気に気忙しくなり今夜もまたダンス教室である。

娘のピッチの早いこと。手際よくちゃちゃっと夕食を整えていた。

めいちゃんは今週二回学校に行けた。

毎日でなくてもそれが精一杯であることが分かる。

水曜日には学習塾にも通い始めてやる気満々であった。

昨夜も茶の間で遅くまで勉強をしていて何と明け方の3時半である。

娘夫婦も私達祖父母もそんなめいちゃんを見守ろうと決めた。

「学校」と云う型に閉じ込めなくても伸び伸びと過ごすこと。

それが子供にとって一番大切な事ではないだろうか。


今朝は少ししんみりとした詩を書いた。

例のくみこさんが最も嫌う詩である。

予想通り反応はなく「いいね」もなかったが

なんだかそれがすっきりと心地よくてならない。

ようは誰にも媚びない事である。

どれほど後ろ指を差されても私は「わたし」を貫きたいと思う。


※以下今朝の詩


      記憶

  何処だろう此処だろうか
  手探りで生きている

  硬ければはっとして
  柔らかならほっとする

  幼い頃の記憶は朧気であり
  初めて歩いた日を知らない
  母に抱かれたことも
  父に背負われたことも
  それはきっと柔らかなこと

  少女時代の哀しみは
  大きな傷跡になり
  今でも疼き続けている
  私は自分が可哀想でならない
  それはきっと硬いことである

  救われて励まされた日々は
  心の拠り所となった
  出会いもあれば別れもある
  縁は尊く支えられていたのだろう

  老いてしまえば全てのことが
  在るべきことだったと思える
  おそらくそれが運命であり
  歩き続けて来た結果であった

  柔らかな記憶と硬い記憶が
  渦のようにぶつかり合って
  心を掻き乱しているが
  生きていて良かったと思う

  最期の日まで忘れはしない





2026年07月03日(金) 胡瓜な生き方

晴れたり曇ったり。気温は30℃を超え真夏日となる。

風はあったがエアコン無しでは過ごせない暑さであった。

工場にはまだ扇風機も出しておらず気の毒でならない。

同僚に話せば慣れているとのこと。まだまだこれからの暑さである。


朝の道のねむの木はすっかり散っており葉を残すだけになっていた。

先日も確かにそうだったのだ。しかし再び咲いたことを思うと

簡単には諦め切れない。またミラクルが起きる可能性がある。

植物に詳しい愛子ちゃんに訊いたらそれは絶対に在り得ないとのこと。

それでは私が見た花はいったい何だったのだろうと思う。


その愛子ちゃんからまた胡瓜とピーマンを貰った。

茄子も欲しかったのだが今年は不作とのこと。

幸い猿の被害はないようで何よりに思う。

義父は胡瓜の漬物ばかり食べているのだそうだ。

また漬けるぞと今日も喜んでいた。


同僚は3日続けてピーマンを食べたのだそうだ。

さすがに飽いたようで苦笑いをしていた。

我が家も胡瓜漬けの日々が続いているが孫達が好きなので助かる。

買えば3本で2百円とけっこうお高い。



仕事は朝から大忙しで来客も多かった。

支払いのお客さんも来てくれて大助かりである。

義父は稲の消毒を予定していたが明日が雨のため延期になった。

今日は整体も休みで工場の仕事に精を出してくれる。

市内のお客さんがエアコンが効かなくなっており

ガスの補給に出張までしてくれた。

エアコンの修理となれば高額修理となってしまうので

ガスの補給だけでひと夏は凌げる場合が多い。

お客さんは新車購入を検討中で応急処置であった。


同僚は車検整備をしていたがクラッチに不備があり

義父の計らいで中古部品を使用することになった。

廃車置き場に同型の事故車があり部品を脱着することになる。

フォークリフトで事故車を吊り上げ手際良く交換を済ます。

このお客さんも新車購入を検討中で最後の車検であった。

とにかく安くと義父の気遣いが感じられた。


2時を過ぎてからの車検となり今日もカーブスを諦める。

書類作成をしていたら保険会社のY君が来てくれて

義父と話し始めたら一向に終わりそうにない。

滅多に会えないので積もる話もあったのだろう。

何をしてもやり難い世の中になった。

「お互いに頑張ろうな」義父に励まされてやっと帰って行く。


3時になりお客さんが車検完了の車を取りに来てくれた。

そうしたら「いくらかね?」と即金で支払ってくれる。

まさか今日の売上になるとは思ってもいなかったので嬉しくてならない。

お客さんは神様だと今日ほど思ったことはなかった。


義父が我に返ったように「腹が減った」と呟き

昼食も食べずに仕事をしていたことを思い出す。

「はよう食べや」と云えば「飯を炊くのを忘れちょった」である。

大急ぎでお弁当を買いに走ったら串焼きの屋台が出ていた。

2本買って事務所に帰れば「高い肉をもったいない」と云うので

「胡瓜ばっかり食べよったら力が出んぜ」と云うと満面の笑顔である。

ああ良かった。ほっとして帰路に就く。

疲れはあったが何と清々しい一日だったことだろう。

遣り切った達成感程心地よいものはない。


買物を終えて4時半に帰宅。

笠原メイさんは日記に妹さんの事を書いていて微笑ましく読む。

ご両親が居ておばあちゃんも居る。決して独りぼっちではなかった。

親近感でいっぱいになるが彼ほど遠い存在はないのだと思う。

一読者として何が出来よう。声を掛けることも出来ない。


今朝は4年生の時の担任だった「まゆみ先生」の詩を書いた。

もう60年もの歳月が流れたが先生とは今も繋がっており

メールや電話もある。ご主人に先立たれ独り暮らしをしていたが

数年前から東京に住む息子さん一家と同居を始めている。

高知には度々里帰りをしていたが最近ではそれも遠ざかっているようだ。

同窓会にも出席しなかった私は60年も先生に会っていない。

しかしそんな歳月を感じないほど先生は身近な存在であった。

詩や短歌を書き続けている私に「負けたらいかんよ、頑張ろうね」

その励ましにどれほど救われたことだろうか。


※以下今朝の詩


     まゆみ先生

  四年生の時のことである
  国語の時間になるとどきどきした

  まゆみ先生は先生になったばかり
  色が白くてとても綺麗な顔をしていた

  教科書を音読する時になると
  必ず私を指名するのである
  音読するのはとても好きだったが
  毎日となると戸惑ってしまう

  ある日のことみんなが言った
  「先生はひいきしている」と
  吊るしあげられた先生は
  教壇で涙を流し始めた

  私も泣いた先生と一緒に泣いた

  山村のちいさな学校のことである
  噂は広がり先生は窮地に立たされた
  先生が可哀想でならない
  私さえいなければと思う

  60年の際月が流れたが
  あの時の涙を忘れることはない



2026年07月02日(木) ごゆっくりどうぞ

早朝には雨が降っていたが次第に晴れて来て

午後には30℃を超す真夏日となった。

明日からしばらくは雨の日がなさそうだが

梅雨明けにはまだ少し早いようである。

台風9号も発生しておりどうなることだろうか。


今日は「半夏生」昔から田植えの終わる頃とされ

農家の人達はゆっくりと身体を休める日なのだそうだ。

しかし今は田植えが早く休みどころではないようだ。

稲の穂がもう見え始め消毒が必要な時期である。

「いもち病」やカメムシの被害もあって苦労が多い。

義父も明日は消毒をするのだと意気込んでいる。



今朝もねむの木の道を通ったがまた憐れな姿になっていた。

花が腐ったように茶色くなり木にへばりついている。

雨に打たれたせいかもしれないが今度こそ寿命に思う。

しかし二度咲いた花である。またミラクルがあるかもしれない。

明日の朝も見守ってやらねばならない。

どんな姿に変わろうと花には命が宿っている。


仕事は今日も忙しくお昼休憩も出来なかった。

義父は早朝から例のダンプを納車に行ってくれて

その足で市内の整体に向かっていた。

お昼前には帰って来たが腰痛は一向に治まらない。

また痛み止めを服用し午後からの仕事に備えてくれた。


もう一台のダンプも車検が完了し何よりに思う。

同僚は休む間もなく新たな車検整備に取り掛かっていた。

義父はエアコン修理であったが中古部品で直りそうである。

市内の中古部品屋さんに在庫があり直ぐに取りに行った。

部品さえあれば今日中に直るのでお客さんも喜ぶことだろう。


午後2時を過ぎ今日も潔くカーブスを諦めた。

「行きたい」気持ちがあれば仕事も雑になるだろう。

しっかりと腰を据えてやるべきことをやらねばならない。


3時には終えられたが市内の法務局に用事があった。

買物を終えて帰宅すればもう4時半である。

疲れも出ており10分だけ茶の間で横になっていた。

つかの間のSNSであったが笠原メイさんの日記だけは読みたい。

どんなに体調が優れなくても詩を書く。

まるで書くために生きているような姿に感動を覚える。


笹色玉虫さんはとても78歳とは思えないポストを発信していた。

憧れはあるが私とは全く異質の人なのだなと思う。

現実世界では絶対に友達にはなれないだろう。

いつも自信に溢れていて「心細さ」を感じさせない人だった。

波長が合わないと云ってしまえばそれまでだろう。


5時になればお風呂のスイッチを押し夕食の支度を始める。

メニューはすっかりマンネリ化しており家族には申し訳ないが

毎日予算オーバーとなり家計はとても厳しかった。

夫とも話したが食料品の消費税がゼロにならないものだろうか。

半額品を狙うにも限度があり定価では買えない物がとても多い。


「ごっちょさん、ごゆっくりどうぞ」夫に声を掛け自室に籠る。

煙草は3本。茜色に染まる空を見上げる。

一日の終りに挟む栞があればといつも思う。

今日はここまで。明日はここからと印を付けておきたい。

ぐっすりと眠ればまた奇跡のように朝がやって来る。


※以下今朝の詩


     合歓(ねむ)

  一度散ってしまった花が
  再び咲いているのを見た

  しっとりと濡れた葉陰で
  まるで妖精のように咲く

  終りだと決めつけてはならない
  蕾などなくても諦めないことだ

  雨が匂う朝のことである
  山里は呑み込まれそうな霧
  道を歩く旅人の姿もなかった

  花はおそらく眠っていたのだろう
  朝陽を待ちながらまどろんでいた

  目覚めは突然にやって来る
  一斉に咲こうと意を決せば
  夜の哀しみが遠ざかっていく

  何かが溢れて来るのを
  受け止める心が必要だった

  何度でも咲こうとおもう
  いつだって明日があるのだから








2026年07月01日(水) 無名だからこそ

曇り日。時おり雨とは呼べないような霧雨が降る。

気温は低目だったがやはり梅雨らしい蒸し暑さとなった。


今朝もねむの木の道を行く。

低木だと云うのに何と沢山の花だろうか。

もしかしたら観賞用に改良された木かもしれない。

その家の人を見かけたら訊ねようと思うが

朝の畑には姿が見えず未だ会うことが叶わなかった。


以前には職場の庭にもねむの木があったが

いつかの伐採騒ぎの折に一緒に伐られてしまった。

お隣が住宅地になってしまったので仕方ない事だが

全ての木を伐る必要があったのだろうかと思う。

残ったのは紅葉と椿。木槿の木もあるが花が咲かなくなった。

木陰で育っていた雪の下も同様である。

母が知ったらどんなにか嘆くことだろうか。



今朝は義父が待機してくれていて大助かりであったが

昨日の草刈りが堪えたのか腰の痛みが酷くなっていた。

整体は午後からとのことで居室で休むように勧めたが

昨日の事もあり同僚に仕事の段取りをしてくれる。

大型車の車検が2台も入庫し私ではとても手に負えない。

一台は予約であったがもう一台は急な飛び込みであった。

既に車検が切れており大急ぎで仕上げて欲しいと要請がある。

建設会社のダンプなので直ぐに仕事に使いたいのだろう。

そうなれば予約優先とは行かなくなり段取りが肝心となる。

義父は建設会社のダンプを優先した。

幸い走行距離が少なかったので明日には納車出来そうだった。

あれもこれもと同僚には苦労を掛けるが頑張ってもらうしかない。


午後、義父は整体へ。私も週一のリハビリに向かう。

足の痛みは薄れている様に感じたが施術中に痛みが走る。

U君も心配になったのだろう。いつもとは違う施術となった。

原因は先週カーブスに通い詰められなかったせいに思う。

やはり継続的に足を動かしていなければいけないのだろう。

明日も明後日も行けるとは限らず一気に気分が滅入って来た。


4時半に帰宅。注文してあった「詩と思想」が届いていたが

パラパラと捲っただけで日曜日までお預けとする。

大急ぎで読み流せるような本ではなかった。

笠原メイさんの詩も何処に載っているのかさえも分からない。


今朝はまた中学時代の記憶を頼りに詩を書いたが

やはり褒めてくれたのはAIの響君だけである。

どれほど大勢の人に無視されているのだろうと思う。

読む価値などない粗末な詩なのに違いない。

いったい私は何処まで落ちぶれてしまうのだろうと思う。

少女時代の記憶など私以外の誰に興味があるだろうか。

「この人また書いている」と嘲笑う声が聞こえて来そうだった。


しかしそこで嘆いても何も変わりはしない。

悔しいのならその悔しさをバネにして明日に向かうべきだろう。

踏みにじられ貶されることには慣れている。

けれども無名だからこそ書ける詩があるのではないだろうか。


※以下今朝の詩


      ブラジャー

  胸の膨らみが気になるようになり
  ブラジャーを買いに行った

  「しまむら」もない時代である
  近所に小さな衣料品店があった

  「ブラジャーを下さい」
  その一言が恥ずかしくてならない
  でも言わなくちゃと勇気を出す

  お店のおばさんが値踏みをするように
  頭から足の先までじろじろと見ていた

  そうして段ボール箱を出してきて
  好きなのを選ぶように言うのだった
  どれを選べば良いのか分からない
  手が震えて涙が出そうになった

  買わなくちゃ絶対に買わなくちゃ
  友達は皆お母さんが買ってくれたのだそうだ

  胸の膨らみがせつなくてならない
  ぺっちゃんこになれば良いのにと思う

  ブラジャーを買って逃げるように帰った
  緩い坂道の向こうには真っ青な海があり
  波の音が押し寄せて来る

  胸が締め付けられるように疼いた
  どうしてこんなに哀しいのだろうと思った






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