ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年07月03日(金) 胡瓜な生き方

晴れたり曇ったり。気温は30℃を超え真夏日となる。

風はあったがエアコン無しでは過ごせない暑さであった。

工場にはまだ扇風機も出しておらず気の毒でならない。

同僚に話せば慣れているとのこと。まだまだこれからの暑さである。


朝の道のねむの木はすっかり散っており葉を残すだけになっていた。

先日も確かにそうだったのだ。しかし再び咲いたことを思うと

簡単には諦め切れない。またミラクルが起きる可能性がある。

植物に詳しい愛子ちゃんに訊いたらそれは絶対に在り得ないとのこと。

それでは私が見た花はいったい何だったのだろうと思う。


その愛子ちゃんからまた胡瓜とピーマンを貰った。

茄子も欲しかったのだが今年は不作とのこと。

幸い猿の被害はないようで何よりに思う。

義父は胡瓜の漬物ばかり食べているのだそうだ。

また漬けるぞと今日も喜んでいた。


同僚は3日続けてピーマンを食べたのだそうだ。

さすがに飽いたようで苦笑いをしていた。

我が家も胡瓜漬けの日々が続いているが孫達が好きなので助かる。

買えば3本で2百円とけっこうお高い。



仕事は朝から大忙しで来客も多かった。

支払いのお客さんも来てくれて大助かりである。

義父は稲の消毒を予定していたが明日が雨のため延期になった。

今日は整体も休みで工場の仕事に精を出してくれる。

市内のお客さんがエアコンが効かなくなっており

ガスの補給に出張までしてくれた。

エアコンの修理となれば高額修理となってしまうので

ガスの補給だけでひと夏は凌げる場合が多い。

お客さんは新車購入を検討中で応急処置であった。


同僚は車検整備をしていたがクラッチに不備があり

義父の計らいで中古部品を使用することになった。

廃車置き場に同型の事故車があり部品を脱着することになる。

フォークリフトで事故車を吊り上げ手際良く交換を済ます。

このお客さんも新車購入を検討中で最後の車検であった。

とにかく安くと義父の気遣いが感じられた。


2時を過ぎてからの車検となり今日もカーブスを諦める。

書類作成をしていたら保険会社のY君が来てくれて

義父と話し始めたら一向に終わりそうにない。

滅多に会えないので積もる話もあったのだろう。

何をしてもやり難い世の中になった。

「お互いに頑張ろうな」義父に励まされてやっと帰って行く。


3時になりお客さんが車検完了の車を取りに来てくれた。

そうしたら「いくらかね?」と即金で支払ってくれる。

まさか今日の売上になるとは思ってもいなかったので嬉しくてならない。

お客さんは神様だと今日ほど思ったことはなかった。


義父が我に返ったように「腹が減った」と呟き

昼食も食べずに仕事をしていたことを思い出す。

「はよう食べや」と云えば「飯を炊くのを忘れちょった」である。

大急ぎでお弁当を買いに走ったら串焼きの屋台が出ていた。

2本買って事務所に帰れば「高い肉をもったいない」と云うので

「胡瓜ばっかり食べよったら力が出んぜ」と云うと満面の笑顔である。

ああ良かった。ほっとして帰路に就く。

疲れはあったが何と清々しい一日だったことだろう。

遣り切った達成感程心地よいものはない。


買物を終えて4時半に帰宅。

笠原メイさんは日記に妹さんの事を書いていて微笑ましく読む。

ご両親が居ておばあちゃんも居る。決して独りぼっちではなかった。

親近感でいっぱいになるが彼ほど遠い存在はないのだと思う。

一読者として何が出来よう。声を掛けることも出来ない。


今朝は4年生の時の担任だった「まゆみ先生」の詩を書いた。

もう60年もの歳月が流れたが先生とは今も繋がっており

メールや電話もある。ご主人に先立たれ独り暮らしをしていたが

数年前から東京に住む息子さん一家と同居を始めている。

高知には度々里帰りをしていたが最近ではそれも遠ざかっているようだ。

同窓会にも出席しなかった私は60年も先生に会っていない。

しかしそんな歳月を感じないほど先生は身近な存在であった。

詩や短歌を書き続けている私に「負けたらいかんよ、頑張ろうね」

その励ましにどれほど救われたことだろうか。


※以下今朝の詩


     まゆみ先生

  四年生の時のことである
  国語の時間になるとどきどきした

  まゆみ先生は先生になったばかり
  色が白くてとても綺麗な顔をしていた

  教科書を音読する時になると
  必ず私を指名するのである
  音読するのはとても好きだったが
  毎日となると戸惑ってしまう

  ある日のことみんなが言った
  「先生はひいきしている」と
  吊るしあげられた先生は
  教壇で涙を流し始めた

  私も泣いた先生と一緒に泣いた

  山村のちいさな学校のことである
  噂は広がり先生は窮地に立たされた
  先生が可哀想でならない
  私さえいなければと思う

  60年の際月が流れたが
  あの時の涙を忘れることはない



2026年07月02日(木) ごゆっくりどうぞ

早朝には雨が降っていたが次第に晴れて来て

午後には30℃を超す真夏日となった。

明日からしばらくは雨の日がなさそうだが

梅雨明けにはまだ少し早いようである。

台風9号も発生しておりどうなることだろうか。


今日は「半夏生」昔から田植えの終わる頃とされ

農家の人達はゆっくりと身体を休める日なのだそうだ。

しかし今は田植えが早く休みどころではないようだ。

稲の穂がもう見え始め消毒が必要な時期である。

「いもち病」やカメムシの被害もあって苦労が多い。

義父も明日は消毒をするのだと意気込んでいる。



今朝もねむの木の道を通ったがまた憐れな姿になっていた。

花が腐ったように茶色くなり木にへばりついている。

雨に打たれたせいかもしれないが今度こそ寿命に思う。

しかし二度咲いた花である。またミラクルがあるかもしれない。

明日の朝も見守ってやらねばならない。

どんな姿に変わろうと花には命が宿っている。


仕事は今日も忙しくお昼休憩も出来なかった。

義父は早朝から例のダンプを納車に行ってくれて

その足で市内の整体に向かっていた。

お昼前には帰って来たが腰痛は一向に治まらない。

また痛み止めを服用し午後からの仕事に備えてくれた。


もう一台のダンプも車検が完了し何よりに思う。

同僚は休む間もなく新たな車検整備に取り掛かっていた。

義父はエアコン修理であったが中古部品で直りそうである。

市内の中古部品屋さんに在庫があり直ぐに取りに行った。

部品さえあれば今日中に直るのでお客さんも喜ぶことだろう。


午後2時を過ぎ今日も潔くカーブスを諦めた。

「行きたい」気持ちがあれば仕事も雑になるだろう。

しっかりと腰を据えてやるべきことをやらねばならない。


3時には終えられたが市内の法務局に用事があった。

買物を終えて帰宅すればもう4時半である。

疲れも出ており10分だけ茶の間で横になっていた。

つかの間のSNSであったが笠原メイさんの日記だけは読みたい。

どんなに体調が優れなくても詩を書く。

まるで書くために生きているような姿に感動を覚える。


笹色玉虫さんはとても78歳とは思えないポストを発信していた。

憧れはあるが私とは全く異質の人なのだなと思う。

現実世界では絶対に友達にはなれないだろう。

いつも自信に溢れていて「心細さ」を感じさせない人だった。

波長が合わないと云ってしまえばそれまでだろう。


5時になればお風呂のスイッチを押し夕食の支度を始める。

メニューはすっかりマンネリ化しており家族には申し訳ないが

毎日予算オーバーとなり家計はとても厳しかった。

夫とも話したが食料品の消費税がゼロにならないものだろうか。

半額品を狙うにも限度があり定価では買えない物がとても多い。


「ごっちょさん、ごゆっくりどうぞ」夫に声を掛け自室に籠る。

煙草は3本。茜色に染まる空を見上げる。

一日の終りに挟む栞があればといつも思う。

今日はここまで。明日はここからと印を付けておきたい。

ぐっすりと眠ればまた奇跡のように朝がやって来る。


※以下今朝の詩


     合歓(ねむ)

  一度散ってしまった花が
  再び咲いているのを見た

  しっとりと濡れた葉陰で
  まるで妖精のように咲く

  終りだと決めつけてはならない
  蕾などなくても諦めないことだ

  雨が匂う朝のことである
  山里は呑み込まれそうな霧
  道を歩く旅人の姿もなかった

  花はおそらく眠っていたのだろう
  朝陽を待ちながらまどろんでいた

  目覚めは突然にやって来る
  一斉に咲こうと意を決せば
  夜の哀しみが遠ざかっていく

  何かが溢れて来るのを
  受け止める心が必要だった

  何度でも咲こうとおもう
  いつだって明日があるのだから








2026年07月01日(水) 無名だからこそ

曇り日。時おり雨とは呼べないような霧雨が降る。

気温は低目だったがやはり梅雨らしい蒸し暑さとなった。


今朝もねむの木の道を行く。

低木だと云うのに何と沢山の花だろうか。

もしかしたら観賞用に改良された木かもしれない。

その家の人を見かけたら訊ねようと思うが

朝の畑には姿が見えず未だ会うことが叶わなかった。


以前には職場の庭にもねむの木があったが

いつかの伐採騒ぎの折に一緒に伐られてしまった。

お隣が住宅地になってしまったので仕方ない事だが

全ての木を伐る必要があったのだろうかと思う。

残ったのは紅葉と椿。木槿の木もあるが花が咲かなくなった。

木陰で育っていた雪の下も同様である。

母が知ったらどんなにか嘆くことだろうか。



今朝は義父が待機してくれていて大助かりであったが

昨日の草刈りが堪えたのか腰の痛みが酷くなっていた。

整体は午後からとのことで居室で休むように勧めたが

昨日の事もあり同僚に仕事の段取りをしてくれる。

大型車の車検が2台も入庫し私ではとても手に負えない。

一台は予約であったがもう一台は急な飛び込みであった。

既に車検が切れており大急ぎで仕上げて欲しいと要請がある。

建設会社のダンプなので直ぐに仕事に使いたいのだろう。

そうなれば予約優先とは行かなくなり段取りが肝心となる。

義父は建設会社のダンプを優先した。

幸い走行距離が少なかったので明日には納車出来そうだった。

あれもこれもと同僚には苦労を掛けるが頑張ってもらうしかない。


午後、義父は整体へ。私も週一のリハビリに向かう。

足の痛みは薄れている様に感じたが施術中に痛みが走る。

U君も心配になったのだろう。いつもとは違う施術となった。

原因は先週カーブスに通い詰められなかったせいに思う。

やはり継続的に足を動かしていなければいけないのだろう。

明日も明後日も行けるとは限らず一気に気分が滅入って来た。


4時半に帰宅。注文してあった「詩と思想」が届いていたが

パラパラと捲っただけで日曜日までお預けとする。

大急ぎで読み流せるような本ではなかった。

笠原メイさんの詩も何処に載っているのかさえも分からない。


今朝はまた中学時代の記憶を頼りに詩を書いたが

やはり褒めてくれたのはAIの響君だけである。

どれほど大勢の人に無視されているのだろうと思う。

読む価値などない粗末な詩なのに違いない。

いったい私は何処まで落ちぶれてしまうのだろうと思う。

少女時代の記憶など私以外の誰に興味があるだろうか。

「この人また書いている」と嘲笑う声が聞こえて来そうだった。


しかしそこで嘆いても何も変わりはしない。

悔しいのならその悔しさをバネにして明日に向かうべきだろう。

踏みにじられ貶されることには慣れている。

けれども無名だからこそ書ける詩があるのではないだろうか。


※以下今朝の詩


      ブラジャー

  胸の膨らみが気になるようになり
  ブラジャーを買いに行った

  「しまむら」もない時代である
  近所に小さな衣料品店があった

  「ブラジャーを下さい」
  その一言が恥ずかしくてならない
  でも言わなくちゃと勇気を出す

  お店のおばさんが値踏みをするように
  頭から足の先までじろじろと見ていた

  そうして段ボール箱を出してきて
  好きなのを選ぶように言うのだった
  どれを選べば良いのか分からない
  手が震えて涙が出そうになった

  買わなくちゃ絶対に買わなくちゃ
  友達は皆お母さんが買ってくれたのだそうだ

  胸の膨らみがせつなくてならない
  ぺっちゃんこになれば良いのにと思う

  ブラジャーを買って逃げるように帰った
  緩い坂道の向こうには真っ青な海があり
  波の音が押し寄せて来る

  胸が締め付けられるように疼いた
  どうしてこんなに哀しいのだろうと思った







2026年06月30日(火) どんとこい

曇り日。にわか雨が降ったり薄日が射したりと忙しい空。

気温も29℃と梅雨らしい蒸し暑さであった。


いつもの朝の道であったが思いがけない事がある。

先日散ってしまっていたねむの木の花が満開になっていた。

それはとても信じられないような光景である。

ねむの木の習性には詳しくないが、もしかしたら二度咲く花かもしれない。

何だか夢を見ているような気持になり今朝は写真を撮った。

明日の朝もきっと咲いているだろう。楽しみでならない。


職場に着くと義父がそわそわと落ち着かず

辛い腰痛を抱えながら畔の草刈りに出掛けた。

「やらんといかん」がもう口癖になり決して弱音を吐かない。

痛み止めを飲み過ぎるとまた腸に潰瘍が出来るのではないかと心配であった。

しかし明日からまたしばらくは雨の予報なので今日しかないのだろう。


月末の経理は安泰。取引先への支払いは昨日の内に済ませてあった。

今日は社会保険料の引き落としがあったが預金残高に余裕がある。

おまけに支払いのお客さんが三人も来てくれて大助かりだった。

おかげで資金は潤い奇跡のような月末となる。

母が助けてくれているのに違いないと思う。

きっとはらはらしながら見守っていることだろう。


2時を過ぎても義父が帰って来なかったので目の前が明るくなった。

今日こそはカーブスへ行けそうだ。うきうきと嬉しくてならない。

定時で仕事を終えられるのは久しぶりのことである。

自動車専用道路を時速90キロで走り抜けた。

一週間ぶりだろうか、お仲間さん達と笑顔を交し合う。

もうその時点で昨日までの鬱々した気分はすっかり晴れていた。


しかしカーブスを終えるなり義父から電話があり

同僚の仕事の事で散々文句を云われる。

昼食を食べに帰ったら同僚が車検整備をしていなかったらしい。

明日はまた大型車が入庫するので義父も心配になったのだろう。

とにかく私の段取りが悪いように云うので一気に辛くなった。

農作業に行くなと云うのではない。社長は義父なのである。

同僚に指図をし段取りをするのが社長の仕事ではないだろうか。

全ての段取りを私に任すこと自体が間違っていると思う。

長い電話となりやっと義父を宥め電話を切った。

むしゃくしゃする気持ちのままサニーマートへ行ったら

駐車場でカーブス仲間のS子さんに会った。

今日は来ていなかったので残念に思っていたが

偶然に会えてとても嬉しかった。

「また会おうね」と笑顔で手を振って別れる。

S子さんはいつも親身になってくれて一番好きなお仲間さんだった。


夕食は「すき焼き」に決める。3割引きの窪川牛を3パック買う。

それでも予算オーバーだったが「どんとこい」と思った。

大船に乗った気分でたまには贅沢も必要である。


夫がまるで肉に飢えていたように食べていた。

その口元が気持ち悪くてならない。

昔はキスもしたのにいったいどうしたことだろう。


私は糸こんにゃくと豆腐だけ食べて「ごっちょさん」と席を立つ。

また夫を置き去りにしてしまったが自室に行けばほっとする。


今朝は中学時代の恩師の詩を書いたが

詩人の「高山京子」さんが読んでくれるのをずっと待っていた。

しかしやはり駄目だった。私が期待し過ぎていたのだろう。

「まあそんなもんだろう」と潔く諦める。

期待はしない方が良い。思い通りにいかないことばかりである。

雑魚が鯛に期待するなんて何て愚かなことだろうか。

それよりも雑魚は雑魚らしく真っ青な海を漂うのが良い。


※以下今朝の詩


      京子先生

  国語の授業が大好きだった
  京子先生は物静かで
  大きな声を上げることはない

  騒いでいた男の子達も静かになり
  まるで母親を見るように
  不思議とおとなしくなる

  「幾山河 越えさり行かば 寂しさの」
  京子先生は節をつけて歌ってくれた
  その透き通るような声が教室に響く

  窓から潮風が舞い込んで来た
  海であることは永遠に変わらない

  旅人が仰ぐ空は果てしなく続き
  どれほどの哀しみも癒されていく

  京子先生は歌い終わるとふっと
  遠くを見るような目をした
  少女時代もあったのだろう
  恋をしたこともあったのだろう

  私は京子先生に母を重ねた
  それはとても切ないことだったが
  現実のはざまでふっと夢を見る

  随分と歳月が流れたが
  京子先生の歌声は生涯忘れることはない







2026年06月29日(月) メンタル注意報

概ね晴れ。久しぶりの青空であった。

気温も30℃に達し真夏日となる。

憐れでならないのは紫陽花の花でぐったりとなり

枯れ始めた花は今にも息絶えてしまいそうだった。


元気なのは畑の夏野菜で特に茄子は鮮やかである。

山里の県道の道端であるがまるで一面の茄子畑のようだ。

他人事ながらこれほど植えて食べ切れるのだろうかと思う。

おそらく茄子が大好物なのだろう。それも微笑ましいことだ。

幸いその地区には猿の被害がないようで何よりであった。


今朝は途中でお客さんの家に寄り一緒に職場へ行く。

昨日車のバッテリーが上がり道端に乗り捨ててあると云う。

昨日は日曜日で対応出来ず今朝になってしまった。

職場に着くと同僚が出勤していて三人でその場所へ向かう。

エンジンは直ぐに始動しお客さんは大喜びで帰って行った。

出張料だけのサービス仕事であるがこれも大切なことに思う。


義父はまた整体に出掛け午後から一気に忙しくなった。

例の外車の車検であるがスムーズには行かない。

一時間以上も費やしやっと車検が通る。

義父も同僚ももう二度と御免だとぼやいていた。


二時になっており今日もカーブスを諦める。

書類作成もありとても定時では帰れそうになかった。

潔く諦めた方が焦ることもなく気分的には楽である。

記録簿を書いていた義父が前回の記録簿を見たがっていたが

車内にそれはなくお客さんも昨年中古車で買ったらしい。

車検証に「整備工場コード」が記載されており

AIの響君に訊ねたら長崎県内の整備工場であり驚く。

お客さんにとっては憧れの「ハマー」であったが

はるばる長崎から来たとは知りもしなかっただろう。


3時半過ぎにやっと帰路に就いた。

ぐったりと疲れており夕飯の献立も思い浮かばない。

少し鬱の症状も感じられこれでは駄目だなと思う。

どんなに疲れていてもカーブスへ行けば元気になった。

心地良く汗を流しリフレッシュしていたのだろう。

それが叶わないことでこれほどメンタルをやられるのか。

あの明るく朗らかだった私は何処に行ってしまったのだろう。

明日こそはと思うがそれも明日になってみないと分からない。

なんだか麻薬が切れたような禁断症状が襲って来ていた。

このままカーブスに行けなかったら死んでしまうかもしれない。

それは考え過ぎだが一気に気分が滅入っているのは事実である。


そうなればまた劣等感が襲って来る。

私は駄目だ。何をやっても駄目だと思う。

詩を書いても短歌を詠んでも誰にも認められやしない。

それでも必死になって書き続けることがとても愚かなことに思える。


今朝は中学時代の怖ろしくてならなかった教師の詩を書いた。

決して思い出ではないはずなのにその顔をはっきりと憶えている。


※以下今朝の詩


       馬

  「馬」と呼ばれていた教師であった
  確かにその顔を見れば「馬」である

  転校生だった私は
  穏やかな山村から海辺の町へ
  同じ高知県であっても
  言葉はまったく違っていて
  荒々しく怒っている様に聞こえた

  「馬」は生徒たちから怖れられていて
  暴力は日常茶飯事である
  女の子にも平気で暴力をふるった

  胸にナイフを忍ばせていた男の子は  」
  護身用だったのかもしれないが
  机に傷を付けたり突き刺したりして
  その目は異様な輝きを放っていた

  「馬」に見つかれば殺されるかもしれない
  どれほどはらはらとしたことだろう
  「馬」ならやりかねないと思った

  教室の窓からは穏やかな海が見えたが
  「馬」の授業になると荒れ狂っていた
  今日は誰が殴られるのだろうか
  私かもしれないと怖ろしくてならない

  昭和の時代のことであるが
  思い出とは言い難い記憶であった

  還暦の同窓会に出席した時
  「馬」が病死したことを知った

  もうこの世に「馬」が存在しない
  ほっとした気持ちと裏腹に
  何だか「馬」が憐れでならなかった








2026年06月28日(日) 曇りのち晴れ

曇りのち晴れ。久しぶりの青空であったが爽やかとは行かず

梅雨の時期特有の蒸し暑さであった。

今朝はいつも通りに4時に目覚めたが二度寝をし5時まで寝ていた。

何も急ぐことはないゆったりと時間が流れる日曜日の朝である。

夜が明けてから詩を書いたがいつもとは違う詩になったようだ。


夫は朝食が出来るまで茶の間で過ごすのが習いであるが

昨夜はまあちゃんが泊まりに来ており茶の間で寝ていた。

めいちゃんには自分の部屋がなく可哀想でならないが

夫は8時には寝室へ行くのでそれからはめいちゃんの部屋である。

来年には中学生になるのでこのままではいけないと思うが

娘夫婦は全く気にしていない様子であった。

子供部屋は在るがあやちゃんが占領しており無理な話である。

昔は娘の部屋で4畳半の狭さもどうしようも出来ない。


朝食後は9時前まで自室で過ごす。

SNSを一通りチェックしてから今年の一月の日記を読んでいた。

わずか半年前のことなのに何故か懐かしくてならない。

毎日仕事のことを書いておりお客さんの顔も目に浮かんだ。

義父や同僚のことも皆が「その日暮し」である。

私も毎日頑張っていた。我ながら「よくやった」と思う。

最後の詩も「そこそこ」に書けており 自画自賛である。

数編選んでから秋の文学賞に応募してみるつもりだが

未発表の作品に限られているので推敲が必要になる。

それも面倒だが労を惜しんではいけないのだろう。


昼食は昨夜の野菜炒めを入れて「ちゃんぽん」を作った。

残りご飯で「ビビンバ」も作り大満足である。

川向に新しいラーメン屋さんが出来たので夫に話したら

来週あたりに行って見るかと云ってくれて嬉しかった。

直ぐ近くなので夫も億劫に思わなかったのだろう。


昼食後は茶の間で倒れ込むように寝ていた。

今日もだらしなく3時間も寝入る。

めいちゃんと遊び疲れたのかまあちゃんが帰って行った。


夫はテレビを観ていたがつまらないのでまた自室に籠る。

今度は今年の2月の日記を読み返していた。

それは良しとしてひっきりなしに煙草に火を点けてしまう。

おまけに西日の差し始めた部屋の何と暑いことだろうか。

我慢出来なくなりまた茶の間に戻りテレビを観るしかない。

「どっきり」だろうか。観ていればけっこう面白かった。


やっと5時になり娘と夕食の支度を始める。

今夜は「鰹のひっつけ寿司」で娘とつまみ食いをしながら作る。

鰹は土佐佐賀産ではなく長崎産だったが脂が乗っていて美味しかった。

孫達には玉子のお寿司を作っていたが

あやちゃんは3時に昼食を食べたそうでお寿司は夜食になるだろう。

それでも台所に来て笑顔を見せてくれたのが嬉しかった。


めいちゃんは夕方まで隣の地区の公園で遊んでいて楽しかった様子。

しかし明日のことを訊いてはならない。

それはめいちゃんが決めることであった。

おそらく宿題もしていないだろう。

今夜も遅くまで茶の間で過ごすことになりそうだ。


午後8時を過ぎた。外はもうすっかり暗くなっている。

仕事のことを考え始めたらきりがなく少しいきり立っているようだ。

明日はあしたのことと思うが落ち着くことが出来ずにいる。


この日記を書き終えたらSNSで短歌と俳句を詠むのが日課だが

果たして書けるだろうかと心細くてならない。


※以下今朝の詩


     曇りのち晴れ

  ちゅんちゅんと雀の声が
  夜明けを知らせてくれる

  窓を開け放すと灰色の空
  今日の天気は曇りのち晴れ
  久しぶりにおひさまに会える

  新聞配達のバイクの音
  川向の販売店からやって来る
  雨の日も風の日も休みはしない

  土手の道には犬と老人が歩いている
  もう何年も見て来た姿であったが
  犬も老人もすっかり年老いてしまった

  除草作業が終わった土手には
  もう姫女苑の花が一輪もない
  雑草として刈られてしまった
  何と切ないことだろうか

  雀の声に負けないように
  ちちちちちと燕が鳴いている
  巣立ったばかりの幼い姿に
  朝陽が射し始めることだろう

  大きく息をする
  朝の風がこころに溢れそうな朝だ



2026年06月27日(土) 雨が止んだら

雨のち曇り。風も強まることもなく静かな雨であった。

台風7号は昼間のうちに土佐沖を通過し

今は東海地方から関東に向かっているようである。

高知県は幸いにも台風の影響は殆どなく何よりに思う。

もうひとつの台風は温帯低気圧に変わったそうだが

まだ大雨の心配があるだろう。油断は禁物である。

どうか大きな被害がないことを祈るばかりであった。

地震も頻繁にあり何と不穏なことだろうか。

平穏は決して当たり前でない事を改めて感じる。




仕事は同僚が通院のため午前中は工場も静まり返っていた。

義父ものんびりモードで穏やかな時間を過ごす。

例の外車の車検整備が完了していたが車検は午後にすることになった。

お昼の間に義父が乗用車で何処かへ出掛けて行く。

車検もあったので直ぐに帰るだろうと待っていたが

2時を過ぎても帰らず連絡も在りはしなかった。

私も待ちくたびれてしまって定時で帰ることにする。

仕事の疲れもあったのだろう少しでも家で横になりたかった。


3時にはサニーマートへ着いていたが車が停められない。

「あったかパーキング」には無許可の車が多くあり

何と非常識な人が居るのだろうと悲しくなる。

しばらく待っていたが出て行く車はないので

仕方なく駐車禁止地帯に車を停めてしまった。

もし注意されたらその時のことである。

ゆっくりとは行かず大急ぎで買物を済ませた。


3時半には帰宅しておりほっと肩の荷を下ろす。

茶の間で横になる前に自室でアイスコーヒーを飲んだ。

煙草ももちろんで一気に2本も吸ってしまう。


笠原メイさんの日記はSNSではまだ更新されていなかったが

ダイレクトで見ると既に更新されており読むことが出来る。

何だかこっそり覗いているような罪悪感もあったが

誰よりも先に読めることが嬉しくてならない。

「詩と思想」の7月号にまた詩が入選したのだそうだ。

6月号にも入選していたのでアマゾンに注文してあったが

発送が遅れているそうで未だ届いていなかった。

あれこれ調べていたら出版社から直接購入できることが分かる。

送料も無料とのことで有難く早速6月号と7月号を注文した。

一週間ほどで届くとのことで楽しみでならない。


5時からは夕食の支度であったが娘の姿がなかった。

15分程遅れてやっと台所に来てくれる。

娘も疲れていたのだろう居眠りをしていたそうだ。


5時半からダンス教室へ行くので手の込んだ物は作れず

夫にはイカのお刺身を与えその場を凌いだ。

元気いっぱいのめいちゃんが跳びはねるように準備をして

娘と一緒に出掛けて行き何だか夢ではないかと思う。

今週もずっと学校を休んでいたとは思えなかった。

昨日の夕方には担任の先生も来てくれていたのだ。

きっと「理由」があるはずだが誰も知らないことである。

娘はあまり心配していないようなので私達祖父母もそうしたいと思う。


今頃は大好きなダンスを楽しんでいることだろう。

笑顔で居られる時間がとても尊く感じられる。


※以下今朝の詩


     透明

   透明であること
   手のひらで掬えば
   節くれだった指が
   柔らかく見える

   随分と働いて来た
   重い荷も難なく運び
   髪を振り乱して来た

   仕事は生きる糧であり
   食べなければ死んでしまう
   疲労は心地よく身に沁みる

   老いの坂道は辛いが
   上り続けるしかない
   雨の日も風の日も
   ひたすら上り続けている

   透明な雨が降る
   青くもなければ白くもない
   濡れてしまえば尚更のこと
   いっそこのままと意を決す

   どのような生き方であっても
   嘆くことはしないでいよう

   受け止めればカタチなどない
   触れることも掴むこともせず
   降り続く雨を見ている





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