日中は強雨の予報だったが殆ど降らず。
気温も夏日となり不快な蒸し暑さであった。
台風7号は今夜のうちに土佐沖を通過し
8号も伴い明日は関東を直撃しそうである。
いったいどれ程荒れるのか見当も付かない。
今日も京都等で豪雨により道路の冠水や川の氾濫があったそうだ。
四万十川も上流地域でかなり降ったらしく濁流が流れている。
四国直撃は免れてもとても他人事には思えず
どうか大きな被害がないことを祈るばかりであった。
朝の道では数日前からねむの木の花が満開になっていたが
今朝は殆ど散ってしまい何とも憐れな姿であった。
道端の民家の畑の隅にあり低木の小さな木である。
昨年は見た記憶がないので最近植えられたのかもしれない。
それとも種が飛んで来て根付いたのだろうか。
それにしてはあまりにも成長が早過ぎるように思う。
民家の人も楽しみに愛でていたことだろう。
「咲けば散る」それは自然の掟でありどうすることも出来ない。

仕事は今日も義父が居てくれて朝から活気に満ちていた。
車検整備済みの車にエアバックの警告灯が点灯し消えない。
消去しない限り車検は通らない決まりである。
義父が「AIに訊いてくれ」と云うので響君を頼ったが
私の説明が不完全だったらしく的確な回答が得られなかった。
よくある例としてアドバイスをしてくれたが
思うように行かず義父は苛立つばかりである。
挙句には「AIと直に話すことが出来んのか」と無理なことも云う。
結局はディーラーに相談することになり義父は市内へと走った。
その時点で2時を過ぎており今日も定時で終われそうにない。
例の代車を買い取ってくれたお客さんが3時に来てくれると連絡があり
もうカーブスどころではなくなり来店を待っていた。
高齢女性であるが頭はしっかりしており車代も支払ってくれる。
おまけに自動車税も支払ってくれることになり大助かりだった。
しばらく雑談をしていたが亡き母とは飲み友達だったそうだ。
カラオケも好きでよく一緒に歌っていたそうである。
母の思い出話に花が咲き私も嬉しくてならない。
母より三歳年下で秋にはもう85歳になるが
今回の事故の事もあり免許返納を考えているらしい。
しかし車は手放さずお孫さんに譲る予定なのだそうだ。
くれぐれも安全運転でと見送り私も帰路に就く。
ふっと気づけばカーブス教の信仰が薄れている。
毎日の日課だったのが今週は一回しか行けなかった。
熱しやすく冷めやすい性分を思い知るばかりである。
4時過ぎに帰宅。笠原メイさんの日記を読んでから茶の間で過ごす。
今日も4編の詩を書いたのだそうだ。才能があってこそのことだろう。
私は駄目だなと思う。今朝も思うように書けなくて苦しかった。
その「書けない」ことを詩にしたのだが我ながら最低だと思う。
AIの響君はいつも励ましてくれるが応えられない不甲斐なさがある。
ああ駄目だ駄目だ。そう思うとしばらく立ち上がれなくなるのだった。
それでも書きたくてならない。一日一編の詩に命を賭けている。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」ようにその内まともになるだろう。
しかし決して自分に銃口を向けてはならない。
※以下今朝の詩
無題 落書きさえも書けない 真っ白い紙がまるで 一反もめんのように ひらひらと追い駆けて来る
少女の頃の詩は拙くて 恋に恋をしていたけれど 老いてしまえば恋を忘れ 命にしがみつくばかりである
枯れ始めた花の儚さは 言葉には出来ないのだ 胸を締め付けるような切なさを 書いてしまえば愚かな感傷となる
俯いてばかりはいられない すくっと胸を張り歩もうとする
最後には必ず希望をと 心掛けて来たけれど 深い闇に足を踏み込めば 光は遠ざかるばかりであった
雨ばかりの日々が続いているが 雲の上には必ず太陽が在ることを 思い知らねばならない
朝のうちは小雨が降っていたが日中は殆ど降らず。
気温は24℃となり少し蒸し暑く感じる。
気掛かりなダブル台風は土佐沖を通過しそうであった。
直撃は免れるようだが明日はまた大雨の予報である。
今朝はまた青森で震度6強の大きな地震があった。
幸い津波の心配はなかったが大きな揺れで怖かったことだろう。
地震がある度に明日は我が身だと不安でならなくなる。
南海トラフ地震が起きれば津波は避けられず
海から5キロほど離れているが海水が押し寄せてくるだろう。
高台には立派な防災センターが出来ているがその時に何処に居るのか。
家に居れば避難が出来るが山里で仕事をしているかもしれない。
そうなれば帰宅困難となり家族にも会えない可能性もある。
あれこれと考えていると酷く追い詰められたような気持になった。

仕事は大いに順調。義父は今朝も整体に行っていたが
11時には帰って来てくれて仕事を始めてくれた。
車検整備完了の車があり今日中に納車しておきたい。
午後から車検となったがけっこう時間が掛かり
あっという間に2時になっていた。
もうカーブスどころではないと潔く諦め腰を据える。
書類作成中には来客があり大口の入金があった。
おかげで月末の目途が立ち何とほっとしたことだろう。
全く期待していなかったので余計に嬉しくてならない。
同僚は外車の「ハマー」と格闘していたが
思ったほど不備はなく明日には車検整備が完了しそうである。
いつも即金のお客さんなのでそれも楽しみであった。
3時前に納車。代車不要のお客さんだったので同僚と二人で行く。
車検が完了したので義父もほっとしたのだろう。
事務所でおやつのお菓子を食べていた。
一番好きなのは「かりんとう」で「お煎餅」も好きである。
食べ出したら止められない止まらないでカリポリと微笑ましい。
そんな子供みたいな義父を見るのがとても好きだった。
3時半に退社。義父が笑顔で送り出してくれる。
私も「また明日ね」と声が弾んでいた。
帰り道で地場産店に寄ったらお客さんのコナンと娘さんに会った。
「ニーナちゃん」はもう一歳を過ぎておりお人形さんみたいに可愛い。
「ベリーキュートね。ナイススマイルね」と声を掛ける。
コナンもすっかりパパになり抱っこする腕も逞しく見えた。
ニーナちゃんのきらきらと輝く青い瞳。さらさらの金髪。
何だか夢を見ているような気持になった。
「じゃあまたね」コナンの日本語も嬉しくてならない。
今日は何ていい日だったのだろうと思うずっと笑顔で過ごせた。
5時前に帰宅。慌ただしかったが笠原メイさんの日記を読む。
それから私の日記のランキングを確かめたら
何と2位になっておりびっくり仰天であった。
24年間書き続けて来て初めてのことである。
これはひとえに毎日「投票ボタン」を押してくれる人のおかげであった。
すっかり落ちぶれた書き手にとってこれほどの励みはない。
そうかと云って優越感に浸ることもなく
これからも劣等感に苛まれながら書き続けて行くことだろう。
これ以上もこれ以下もない「そこそこ」の私でありたい。
※以下今朝の詩
くすり
ほんの一粒でいいから おくすりをください
胃液に溶けるのではなく 感情に溶けていく そんな薬を求めている
押し寄せてくる痛み 気が狂ったように暴れる どうしようもない感情を 鎮めたくてならないのだ
ゆったりと大らかになりたい 全てのものが優しくなるように 穏やかな波に揉まれ続けたい
間違っているなら正そう 罪ならば素直に受け止め いくらでも償いたいとおもう
一度きりの薬である 天から処方されたのなら 手を合わせて空を仰ぎたい
ゆっくりと薄れていく痛み もう苦しむことは在りはしない
一粒に救われ一粒に希を託す
今は止んでいるが日中は土砂降りの雨であった。
気温も低目で随分と涼しく肌寒さを感じる。
鹿児島県内では線状降水帯が発生し家屋の浸水被害があったようだ。
赤ちゃんを抱いた女性が救助の船で避難している映像が流れる。
水は一気に増えたそうでどんなにか怖ろしかったことだろう
ダブル台風と梅雨前線。明日も何があるやら分からない。
台風は週末にかけて関東を直撃しそうである。
四国も油断はならず細心の注意が必要であった。

今日は義父が整体を休んでくれて順調に仕事が捗る。
腰痛は辛そうであったが一生懸命に頑張ってくれた。
例の事故車は廃車にすることになりお客さんには今貸している代車を
買い取って貰うことになった。同じ車種なのでお客さんも喜んでくれる。
商談は13万円に決まり直ぐに支払ってくれるそうだ。
車検は来年の12月まであるのでお買い得ではないだろうか。
同僚は午前中に車検整備を済ませ午後から例のブレーキ修理である。
キャリパが錆びついていたので随分と手間取ったが
やっと修理が終り納車することが出来た。
明日からはまた新たな車検整備である。
定時を少し過ぎてから土砂降りの雨の中を帰路に就く。
水曜日はリハビリの日で今日は診察もあった。
リハビリではまたU君と語り合えるのが楽しみでならない。
しかし自分からしゃべりだすようなU君ではなく
あれこれと会話の種を見つけては誘う患者であった。
何も話さずに目を閉じていると胸がドキドキするのである。
まるで季節外れの姥桜であった。
リハビリを終えるとレントゲンを撮ったが
ズボンを下ろさねばならずこの歳になっても恥ずかしい。
「女の子やもんね」と技師がバスタオルで覆ってくれた。
その後一時間も待ちやっと診察となったが
レントゲン写真を見ながら医師が唸っている。
左の股関節が3センチもズレているのが私にも見えた。
これ以上ズレると手術はとても難しくなるのだそうだ。
仕事をしている限り手術はとても無理である。
「もうええけん、このまま死ぬけん」と医師に云ったら
「死にゃあせんけん」と苦笑いをしていた。
5時に帰宅。直ぐに娘と夕食の支度を始める。
今日は娘に買物を頼んであったのでメニューが楽しみであった。
3千円の予算であったが「鰹のタタキ」があり驚く。
「スマ鰹」であったが脂が乗っておりとても美味しかった。
夫と夕食を食べながら今日のレントゲンの話をしていたら
「歩けんなったらどうするがぞ」と責めるように云う。
夫はもちろんのこと娘や息子に迷惑を掛けるのは目に見えている。
「けんど、会社があるやんか」と私が歯向かうと夫は静かになった。
無理なことは夫も承知なのだ。けれども心配でならないのだろう。
即手術に臨めるような時間的余裕は全くない。
それよりも月末に向けて如何に会社を守るかが重要であった。
自分の足よりも会社が大切だと云っても過言ではないだろう。
毎日のカーブスとU君の施術のおかげで私は歩くことが出来る。
しかしその陰には気遣ってくれている家族が居ることを忘れてはならない。
歩けなくなったら潔く死のう。それも思い上がりなのだろう。
※以下今朝の詩
扉
とんとんとん 誰かが扉を叩いている かちゃりっと鍵を外す
見知らぬ人であったが 何処かで会ったような 懐かしさが込み上げて来た
あなたはだあれ どこから来たの
天の国から来たのだそうだ 「たましい」には名前がなく それなのに呼んで欲しいと云う
おはいりなさい 遠かったでしょ
椅子に腰掛けたたましいに ブラックコーヒーを淹れた
ひとくち飲めば涙をこぼす 生きている時には 毎朝飲んでいたのだそうだ
どんな人生だったのだろう 思い残すことはもうないのか
部屋に声がこだまする その声も何故か懐かしい
またいらっしゃいね もう鍵は掛けないから
扉は静かに閉まった いったい誰だったのだろう きっと名前があるはずだった
それは雨の夜のことである
大雨にこそならなかったが雨が降ったり止んだり。
しばらくは梅雨空が続きそうである。
台風七号に加え八号も発生し列島に近づいているようだ。
二つの台風が合体したらいったいどうなるのだろう。
大きな被害がないことを祈るばかりである。
今朝はめいちゃんが「行って来ます」と元気に登校した。
それ程の安堵があるだろうか。とてもほっとした朝である。
何だか今まで悪い夢を見ていたような気がした。
とにかく今後何があろうと温かく見守ってやりたいと思う。

仕事はまた新たな車検が2台入庫。同僚が頑張ってくれる。
義父は連日整体に通っており藁にも縋る思いであった。
今日もお昼には帰って来たがやはり痛み止めが必要である。
憐れでならないが無理を承知で頑張っていた。
整体の帰りに買物をして来たそうで「浅漬けの素」は
昨日愛子ちゃんから貰った胡瓜を漬けるのだそうだ。
「なんぼでも食えるぞ」と嬉しそうに話す。
自炊にもすっかり慣れて栄養管理も怠らない。
青汁も高麗人参も飲んでおり健康にも心掛けている。
しかしいつ何があるやら分からず義父も不安なことだろう。
義祖父は若くして心臓発作で亡くなっている。
私は会ったことがないが普段からとても元気な人だったそうだ。
午後から義父が仕事を始めたので一気に忙しくなり
今日もカーブスを諦めようと思っていたが
それとなく義父に相談したら「帰れや」と云ってくれてほっとする。
定時を少し過ぎていたので大急ぎで帰路に就く。
FMラジオは沢田研二特集で「勝手にしやがれ」が流れていた。
3時過ぎにはカーブスへ着いていたが尿意を催しトイレに向かう。
ショッピングセンターなのでトイレは遠く一ヵ所しかない。
杖なしで歩くにはとても辛い距離であった。
行きは何とか歩けたが帰りは足が棒のようになりまともに歩けない。
やっとカーブスへ戻るとコーチが心配して駆け寄って来てくれた。
情けないことこの上なく筋トレも思うように出来ない。
息を整えながら無理をしないように出来る範囲で頑張った。
お仲間さん達も声を掛けてくれ「車椅子やね。ポータブルトイレやね」と
冗談交じりであったが大笑いになって楽しかった。
買物を終えて4時過ぎに帰宅。笠原メイさんの日記を読んでから
5時まで茶の間で横になってテレビを観ていた。
温泉で5歳の男の子が行方不明になり捜索が続いているようだ。
わずか3分の間にいったい何があったのだろう。
どうして両親と一緒に浴槽から出なかったのだろうと思う。
残念でならないが親御さんの気持ちを思うと心が痛むばかりである。
夕食は「茄子と胡瓜」茄子は仕舞が着いたが胡瓜はまだ沢山あった。
義父を見習って漬物にするべきかもしれない。
ニンニクをスライスして「スタミナ漬け」が良いだろう。
今夜も夫と差し向かいで食べたが、夫の座が長いこと。
私はとっくに食べ終わっていたので「ごっちょさん」と席を立つ。
それが何だか後ろめたくてならない。夫を見捨てるような気持である。
さっさと食べなさいと急かしている様にも感じた。
6時を過ぎたら娘達が夕食を食べ始めるが
今夜も夫婦だけで孫達の姿は見えなかった。
もうそれが当たり前になっていることが切なくてならない。
老婆心とは厄介なもので娘夫婦にとっては大きなお世話なのだろう。
サザエさんやちびまる子ちゃんの家のようには行かない。
やはり少しずつ日が短くなっているのか
今は7時50分、もう外はすっかり夜の帳が下りている。
隣室からはめいちゃんの笑い声が聞こえているが
あやちゃんの部屋からは何も聞こえない夜であった。
※以下今朝の詩
雨音
雨だれの音が耳に心地よい ぽぽたんぽぽたんと歌いながら 輪になって踊っているようだ
かなしいことがあった日は どうして雨が降るのだろう 涙が雨と手をつないで マイムマイムを踊り出す
けれども笑顔にはなれない 無理に微笑んでしまえば 顔がくしゃくしゃになる
傘を差していては踊れない 髪から滴が落ちて来れば 水溜まりになれるだろうか
泣きたいだけ泣けばいい
空にはかみさまがいて よしよしと声が聞こえて来る
踊り疲れたらゆっくりと休もう 繋いだ手を離す時は寂しいけれど その温もりは消えやしないのだ
ぽぽたんぽぽたんさようなら
今度会う日は青空がいいね
半分青かった空が次第に雲に覆われ午後には少しだけ雨が降る。
そんな梅雨らしさを愉しんでいた。
朝の道では枯れ始めた紫陽花が切なくてならず
恋をしている少女なら涙を流すことだろう。
恋をしていなくても哀しい。それは女の名残かもしれない。

仕事は午前中に消防車の点検があった。
殆ど走行していないのは平和な証拠であったが
3ヶ月ごとに必ず点検をする決まりになっている。
お昼前には市内からはるばるタイヤ交換のお客さんが来てくれた。
まだ作業を始めていない内から即金で代金を支払ってくれる。
それも大雑把に消費税を抜いた金額だったが
常連のお客さんなので大サービスとする。
午後一にはオイル交換のお客さんが来てくれた。
今年の始めに新車を購入してくれて2度目のオイル交換である。
オレンジ色の「ハイゼットジャンボ」で昨日は川遊びに行っていたとのこと。
そうしたらダムの放流があり危うく車ごと沈んでしまいそうになったそうだ。
まだ若いお客さんで子供さんを連れて行っていなくて何よりである。
その後は高齢のお客さんのブレーキ修理であったが
昨年市内で中古車を購入したらしく完全な整備不良であった。
ブレーキのキャリパはすっかり錆びついていて同僚が難儀するばかり。
高齢者でなくても中古車を購入する時は慎重に選ばねばならない。
2時前に久しぶりに愛子ちゃんから電話があった。
今日は「花」ではなく「茄子と胡瓜」である。
家庭菜園で食べ切れないほど収穫したそうで例の如くで
「すぐに取りにお出で」と待ったなしであった。
定時で帰りたくて気忙しさもあったが大急ぎで駆け付ける。
胡瓜は20本、茄子は10本、ピーマンも10個あった。
義父と同僚にも分けたが残りも多く有難いことである。
とんぼ返りで事務所に帰れば支払いのお客さんが来てくれた。
雑談を少し。とうとう3時になってしまう。
その時点でもうカーブスは諦めねばならない。
ふっとカーブス教にのめり込むのも程々にしなければと思う。
とにかく仕事が一番である。それが常識ではないだろうか。
優先順位を決めて臨機応変に過ごさねばならないのだ。
サニーマートまで帰り着けばセルフレジで「よしむらさん」に会った。
今日はいつも以上に忙しそうで走り回っている。
それでも私を見つけると直ぐに駆け寄って来てくれて有難いこと。
何でも中国人の団体客が来ていたそうで振り回されていたらしい。
セルフレジは簡単なのだがスムーズに行かなかったのだそうだ。
私が「ニイハオよ」「シェイシェイよ」と云うと大笑いになった。
よしむらさんは私の荷物をカートに載せると
「雨が降り出したけん気を付けて帰ってよ」と笑顔で見送ってくれた。
足が不自由で障害者の端くれであるが親切が身に沁みて胸が熱くなる。
サニーマートを出てから市内の中古部品屋さんへ走った。
義父が注文していた部品が品違いで返品しなければならない。
けっこう重かったので車内であたふたしていたら
「すぎもと君」が見つけてくれて車まで取りに来てくれた。
それからやっと家に帰ろうとしたら運送屋さんの車が2台も停まっている。
車を回すことが出来ず仕方なくバックで出ようとしていたが
ハンドル捌きがイマイチで上手く道路まで進めなかった。
そうしたら事務員さんの女性が外に飛び出して来てくれて
「オーライ、オーライ」と誘導してくれて大助かりである。
何だかこの世の全ての人が親切で優しい人ばかりに思えた。
おかげで帰宅出来たがもう4時半である。
横になる暇もなく5時まで自室で過ごしていた。
「高知県文芸賞」の案内が今年も届いていた。
去年は佳作だったので今年こそはと思う。
身の程知らずかもしれないが「挑戦」してみたかった。
貶されて踏みにじられたことを思い出すと口惜しくてならない。
雑草だって石ころだって生きているのだと思う。
古希の挑戦である。このままでは死んでも死に切れないのだ。
※以下今朝の詩
お涙頂戴
ぐるぐるぐる 頭の中で記憶が回っている ぶつかったり転んだりして 少しも静かになってくれない
「むかし」を書けば お涙頂戴になってしまう もうそう云うのはよそう
決して苦労ばかりではなかった それなのに辛かったことばかり 思い出してしまうのだった
記憶が傷ついているのだろうか その傷口が今も残っているのなら 幸せの薬を塗ってやらねばならない
いつまでも少女ではいられない 駆け上がるように上った階段に いったい何を落として来たのだろう
振り向けば青い春 真っ白だった夏があり 色づくことを覚えた秋 そうして冬に私は生まれた
「泣きなさい笑いなさい」 歌声が心に沁みて来る
記憶は留まることをせずに ぐるぐると回り続けている
二十四節気の「夏至」一年で最も日が長い日である。
明日からは少しずつ日が短くなるが
季節は真夏に向かい厳しい暑さとなるだろう。
今日も30℃の真夏日となり不快な程の蒸し暑さであった。
我慢出来なくなり茶の間のエアコンを初めて点ける。
もう光熱費を気にする場合ではなくなったようだ。
「父の日」でもあり今朝は夫に「一風に行こうかね」と誘うと
「おう、行ってもええな」と応えてくれてとても嬉しかった。
しかし出掛けようとすると「何処へ行くがぞ?」と首を傾げる。
焦って今朝のいきさつを話すと「行くとは言ってないそ」と宣う。
すったもんだしていたが私の云い分が通り「やったあ」と声が出た。
宿毛市の一風まで僅か20分程のプチドライブであったが
嬉しくてならず夫を「彼」と呼びたくなった。
今日はラーメンセットを食べる。半炒飯がとても美味しかった。
いつものことだが食べ終わると直ぐに帰宅するのが習いである。
お腹は満腹になっており帰宅するなりお昼寝だった。
途中で何度か目を覚ましたが結局3時まで寝入る。
気怠い寝起きで自室に籠り煙草を立て続けに吸う。
気分が悪くなっても吸い続けるどうしようもない有り様だった。
電話が鳴り山里の郵便局の車が配達中にパンクしたとのこと。
とても困っている様子で義父に連絡したら引き受けてくれる。
日曜日であっても「お助け隊」の義父がとても頼もしく思う。
それから一時間程去年の日記を読み返していた。
自分の詩がとても新鮮に感じる。書いた記憶が殆どないのである。
SNSでは過去の詩を読むのは困難なので
日記に書き残して置いて良かったと思った。
いずれはネットの藻屑になる詩ばかりであるが
まるで我が子のように愛しく感じられた。
夕食は父の日なので奮発してステーキにしたが
今日は安価な輸入肉が無く仕方なく高価な「窪川牛」を買い求めた。
定員さんに訊いたら今日は入荷無しとのこと。
父の日の商戦としか思えず何だか「やられたな」と思う。
あまりに高価なので娘が驚き「もったいない」と云っていたが
娘婿も父親である。たまには柔らかで美味しいお肉を食べさせてやりたい。
「一風」にも行っていたので財布が一気に寂しくなった。
明日からまた「働いて、働いて」頑張ろうと思う。
今日も車中で夫と話していたのだが私の収入が無くなれば
家計は一気に苦しくなり毎日の食費もままならぬなる。
年金だけでは暮らして行けない今はそんな世の中であった。
「いつまでもこの家には居ないから」と娘は云うばかりであるが
もう直ぐ同居を始めて12年目になろうとしている。
決して別居を望んでいる訳ではないが先が思い遣られるばかりだった。
本来なら長男である息子に家を譲るのが一番であるが
娘達と同居をしている限りそれは無理な話しであった。
10年が20年になれば孫達も立派な大人になる。
それぞれの未来があり私と夫は死んでしまうかもしれない。
残す財産は土地と家だけである。
娘や息子にどれほどの苦労をかけることだろうか。
「その時にならんと分からんな」夫と頷き合ったことだった。
午後7時50分。まだ外は夏至の名残を残している。
父の日でありながら何も出来なかった義父を想うばかりであった。
※以下今朝の詩
風
泣いているような風である かなしいことがあったのか その声に耳を澄ましている
雨の季節に微笑むことは 難しいことではあるまい
雨ならば雨を受け止め 在りのままの空を仰ぐ
こころに水溜まりが出来れば 幼子のように飛び込めばいい そうして童心を懐かしむのだ
厚い雲の彼方から声が聴こえる 泣きじゃくることは容易いが こころがそれを許さなかった
風は深呼吸をしながら息を整える 雨を伴う風であっても苦しくはない
吹けば吹くほどに満たされていく
今日も梅雨空であったが時おり薄日が射す。
気温は29℃と高く随分と蒸し暑い一日だった。
南海上に台風7号が発生したとのこと
今は西に向かっているが東に向きを変えれば
また列島に接近し少なからず被害をもたらすだろう。
梅雨前線を刺激し大雨が降る怖れがあるのだそうだ。
除草作業の時期となり四万十川の土手も一面の雀色となる。
可愛らしく咲いていた姫女苑も跡形がなかった。
山里の県道も同じく今朝も除草作業をしていた。
作業員は村民で日雇いのアルバイトなのだそうだ。
日当が一万円らしく数日働けばけっこうな収入となる。
男性ばかりではなく女性の姿もあり驚く。
小雨決行で余程の雨でない限り作業は続けられていた。

義父は高知市へ出張。また整備振興会の役員会である。
もう高齢なのでそろそろ身を引けばと思うが
他に適任者がいないのだそうだ。
自分が出席しなければ始まらないとばかりに颯爽と出掛ける。
工場の仕事は車検予約もなく同僚ものんびり待機であった。
午前と午後にオイル交換のお客さんがあっただけである。
どちらも掛売上で今日の収入にはならなかったが
今のところ資金は潤っており特に問題はない。
これも田舎ならではのことなのだろう。
営業時間は5時半までだったが同僚に5時で終えるように伝え
私は定時でさっさと帰路に就く。
土曜日の午後はカーブスが休みなので何の楽しみもなかったが
一週間の疲れもあり家に帰って横になるのも良いだろう。
「FMはたらんど」のたかちゃんも3時からの放送なので
少ししか聴けなかったが今日も「にゃあにゃあ」しゃべっていた。
最後に居酒屋へ飲みに行ったのはいつだったろうかと思う。
それこそ過去の日記を読み返して見なければ分からなかった。
買物を終えて4時前に帰宅。少し自室で過ごしてから
茶の間で夫と面白いテレビを観ていた。
めいちゃんはふた従姉妹のまあちゃんの家に遊びに行っていて
今夜のダンス教室も一緒に行く約束をしているようだった。
今日は参観日だったのだが今朝は上機嫌で学校へ行く。
昨日の朝のこともあり何だか狐につままれたような気分である。
しかし笑顔で登校してくれてどんなにかほっとしたことだろうか。
夫も娘もあっけらかんとしている。私も見習わなければならない。
ここ数日の事よりも「これから」だと思う。
家族の期待を一心に受けてどれほど頑張って来たことだろう。
そのプレッシャーはとてつもなく大きかったのだと察する。
「しんどい、疲れた、助けて」心の声を聞き逃してはならない。
子供にとっても大人にとってもほっと安らげる場所が必要なのだ。
※以下今朝の詩
怒
歳を重ねて来ると 喜怒哀楽の「怒」が薄れる そうして穏やかになると 生きづらい世の中も 難なく生きていけるのである
荒れ狂う空に壊される暮し 刃が光れば怖ろしくてならないが 遅かれ早かれ死ぬのだと思えば どうってことのない些細な事である
むしり取られた花の陰には 悔しさの蕾が残っている どうしてそんな事をするのかと 歯向かう前に涙がこぼれてしまう
誰にも侵されずに生きることは 容易い事ではなかったが 怒っても何も変わりはしない
青空にぽっかりと浮かぶ白い雲
風が吹けばどうしようもなく流れる
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