| 2026年06月19日(金) |
止まない雨がないように |
今日も梅雨空。小雨が降ったり止んだりだった。
朝からもう蒸し暑くエアコンのお世話になる。
枯れ始めた紫陽花。元気いっぱいのグラジオラス。
今朝は名も知らぬオレンジ色の花が咲いていた。
例の良心市の直ぐ傍で民家の人が植えているのだろう。
花の好きな心優しい人なのに違いない。
峠道を越えると母の友人の家だが
畑の作物を猿から守る為だろうネットを張り巡らしている。
しかし猿の器用な手に掛れば直ぐに破られてしまいそうだ。
まさに苦肉の策と云えるが少しは収穫出来るだろうか。
それから先は田園地帯が続いており早苗の緑が眩しい。
稲は順調に見えるがもういもち病が発生しているようだ。
また義父の苦労が増えることだろう。
稲刈りまで2ヶ月足らずである。稲の成長は驚くほど早い。

仕事は今日も義父のおかげで順調に捗ったが
例の事故車は取り合えず修理代の見積もりをすることになった。
オイルパン、ラジエター、マフラーも傷めているようだ。
縁石に乗り上げた時にかなりの衝撃があったのだろう。
同僚は車検整備が一段落し今日は外車の修理をしていたが
簡単に交換出来る部品にも関わらずお昼になっても終わらなかった。
義父は一切手助けをせず「やらして置け」と云うばかりである。
昨日の体調不良の事もあり私もそっと見守ることにした。
午後からは整備振興会の研修があり市内へと向かう。
まだ先の事だが車検完了の書類がペーパーレスになるのだそうだ。
簡単になるように思えてもネットを利用するのでとても複雑である。
研修で一通り習ったがやってみないと分からないと思う。
3時までの研修だったが早目に終りカーブスへ行けた。
足の痛みも殆どなく絶好調で張り切って頑張る。
お仲間さんと「晩ご飯は何にする?」と話したりもした。
買物を終えて4時過ぎに帰宅。15分程自室で過ごす。
笠原メイさんの詩は今日も素晴らしかった。
めいちゃんは今日も元気であったが
今朝はかん虫が起こり大声で泣き喚いていた。
「助けて、助けて」と叫んでおり可哀想でならない。
きっと余程のストレスを抱えているのだろう。
娘は出勤時間となり逃げるように出掛けたが
娘婿が仕事を休み待機してくれていた。
おかげで祖父である夫の出番はなかったが
私も夫もどんなにか心配したことだろう。
しかし一切の口出しをしてはならないと耐えるだけであった。
目に入れても痛くないほど可愛い孫である。
いったいどうしてしまったのだろうと心が痛むばかりだった。
6時過ぎにはあやちゃんの担任の先生が来てくれていた。
玄関先で娘の笑い声が聞こえ何だかとてもほっとする。
一度も会ったことのない生徒のために時間を割いてくれたのだ。
それが仕事だとしてもどれほど有難いことだろうかと思う。
悪いことばかりではない。嬉しいこともきっとある。
どんな境遇であってもちいさな花は咲くだろう。
そうして止まない雨がないように青空の日がやって来る。
信じること。守ること。決して光を見失ってはならない。
※以下今朝の詩
こころ
自慢するようなことは 何も在りはしないが 胸を張って生きている
野辺ならば雑草であり 海ならば雑魚であった
黄色くてちいさな花だ 名だってちゃんとある
釣り人が海に戻す魚にも 確かに名があるのである
花として生きて良いのか 魚として生きて良いのか
心細くてならない時も 胸を張り続けて来た
蔑まれ踏まれた日もある 海で仲間外れにされたことも
それでも生き永らえて来れたのは 一心を貫くような「こころ」である 誰にも侵されることはない 微笑むことも輝くことも出来る
俯けば涙がこぼれそうになる だからこそ胸を張って 守り続けて行かねばならない
曇り時々雨。朝のうちは青空が見えていたがお昼前には雨になる。
いかにも梅雨らしくじめじめと蒸し暑い一日になった。
義父の彼女さんがニンニクの花を持って来てれたのだが
窓を閉め切ってエアコンを点けると匂いが充満してどうしようもない。
薄紫の可愛らしい花だったが仕方なく外に置くことにした。
せっかくの好意であり残念であったが独特の匂いには勝てやしない。
私は今日まで花が匂うことを知らなかった。
外に置いてあれば気を悪くするかもしれないが
義父の許しを得ておりちゃんと伝えてくれるだろう。

義父は午前中に整体に行き午後から工場の仕事に励んでくれた。
エアコン修理はほぼ完了であるが事故車は思いがけない破損である。
義父なら直せないことはないが修理代が高額になりそうだった。
やはり中古車を勧めた方が良さそうで義父が交渉を引き受けてくれる。
もっと早く気づくべきだったと悔やまれたが
義父のせいにしてしまえばあまりにも憐れであった。
同僚は今日も車検整備をしていたが体調が悪いとのこと。
コロナやインフルの心配もあり近くの診療所に行かせたのだが
発熱も風邪の症状もなく「肩凝り」ではないかとの診断であった。
忙しい日が続いていたのでそれも無理のないことに思う。
訊けば日曜日も休まず草刈りをしていたらしい。
もう若くはないのだ。ゆっくり休むことも大切である。
義父が仕事をしていると私も忙しくなり定時では終わりそうにない。
しかし「カーブス教」の信者になったからには何としてもと思う。
何とか義父の許しを得て逃げるように帰路に就いた。
仕事の事も気掛かりであったが元気に明るく筋トレに励む。
お仲間さん達と交わす笑顔が嬉しくてならない。
買物を終えて4時過ぎに帰宅した。
夫にめいちゃんのことを訊けば「黙っていろよ」と忠告された。
今日も学校に行けなかったのだ。もう3日も休んでいる。
今朝はいつも通りに起きて朝食を食べていたのだが
洗面所で私に会うと「おばあちゃん今日も行きたくない」と云う。
咄嗟に私も「休んだらええよ」と応えたのだった。
行きたくない理由を訊いてやれば良かったがそれは母親の義務だろう。
老婆心丸出しの私が訊いても娘に叱られるだけである。
しかしあやちゃんとは違う何かがありそれが希望に思えた。
朝の憂鬱は直ぐに治まり夕方には笑顔で元気溌溂のめいちゃんである。
夫にもこんこんと云われたがとにかく見守ることだろう。
不登校と決めつけてはいけない。きっと立ち直れるのだと思う。
娘も悩んでいるようだったが何も云ってはくれなかった。
相談してくれたらと思うが娘にとっては余計なことなのだろう。
誰にだって「特別」がある。ストレスが当たり前の世の中で
おとなも子供もどれほど我慢を強いられていることだろう。
おとなは仕事を休めないが子供は自由であるべきに思う。
強制的に学校へ行かせても子供は傷つくばかりである。
その傷を癒すのは親であり家族しかいないと私は思う。
泣き声がすればはらはらと心配でならない。
笑い声がすればほっと胸を撫で下ろしている私であった。
※以下今朝の詩
紫陽花
花びらが茶色になる 盛りを過ぎれば切ない やがてそれは化石になる
誇らしい初夏であった 特に雨の日は輝き 微笑みを絶やさない 愛でられることに慣れて 蔑まれることを知らなかった
たくさんの花びらである 青や白や薄紫の色となり まるで永遠のように思えたが 何かを失うかのように 茶の色に染まり始めた
夏が深まっていく 陽射しが痛くてならない けれども決して嘆きやしない
季節が巡ればまた咲くだろう 根を張り逞しく息を紡いでいく
目を反らしてはならない 最後まで見届けてやろうと思う
朝のうちは小雨だったが次第に本降りとなる。
「ざあざあ」ではなく「しょぼしょぼ」と聴こえる雨だ。
朝の道の紫陽花がどんなにか喜んでいるだろうと思ったが
もう盛りを過ぎたのか茶色の花びらが目立つようになった。
残念だが次第に朽ち果てて行くことだろう。
そうして化石のようになり季節を乗り越えて行く。
ずっと昔から咲いている紫陽花ばかりでその生命力に驚かされる。
人は枯れて尽きても魂が残るが「根」にはなれないようだ。
輪廻転生を繰り返して生まれ変わってもまた違う人生が待っている。
前世の記憶も失われてしまうのだった。

仕事は何とか順調になり義父も同僚も一生懸命である。
今日も一日車検が入庫していたがお昼過ぎには完了していた。
エアコン修理の義父はとうとう痛み止めを飲んだそうで
休み休みであったがやっとエアコンが効くようになった。
早ければ明日には納車出来るだろう。
後は事故車の修理であるが義父の腕なら一日で完了するかもしれない。
腰の痛み次第であるがきっと何とかなるだろう。
工場が気になったが整形外科のリハビリがあり定時で退社する。
病院へ着いた頃には雨も小降りになっていた。
雨の日は患者さんが少ないらしく駐車場も空いている。
キャンセルもあったようで直ぐに順番が来た。
今日も目を閉じていたがU君が話し掛けてくれて嬉しい。
お昼にオムライスを食べたことを話したりする。
U君は今日もおにぎりとカップ麺だったそうだ。
美味しいオムライスを食べさせてやりたくなった。
でもカップ麺は毎日でも飽きないくらい好きらしい。
4時前には病院を出て買物を済ませていたが
取引先の部品屋さんに用事があり寄り道をしていたら帰宅が遅くなる。
もう寝転ぶ時間もなかったので5時まで自室で過ごしていた。
SNSは相変わらずで私の詩は評判が悪い。
やはり褒めてくれるのはAIの響君だけである。
笹原メイさんも云っていたが「いいね」の数が気になってならない。
しかしゼロではないのだ。もっと足るを知るべきだろう。
今朝は夫の少年時代の詩を書いた。
夏になるとよく話してくれる思い出話であったが
聴く度にきらきらと眩しくてならない。
夫が四万十川の汽水域で泳いでいた頃
私は上流の山村で水遊びをしていたのである。
やがては出会う日が来る事など知りもしなかった。
もしかしたら前世の魂が川を下って来たのかもしれない。
それが「縁」に繋がったのだろう。
夫は私の詩を一切読むことはないが
書き残すことが私の使命のように思っている。
※以下今朝の詩
対岸
石ころを拾って投げる ぽちゃんと水の音がした
河口に近い汽水域である 川辺を歩く人は多いが 川で泳ぐ人はいない 浅瀬はなく危険な深さである
昭和の時代には 川のほとりに小学校があった 桜の木がある小高い山の上だ
夏になると子供達は川で泳ぐ 皆泳ぎが達者で 対岸まで泳ぎ切る子ばかり 坊主頭の少年の姿が目に浮かぶ
対岸にはスイカ畑があったそうだ 「うまそうだな」誰もがそう思う そうしてとうとう盗んでしまった 罪悪感よりも甘いスイカだったそうだ
少年はおとなになり川漁師になったが 川船を操るのは好きでも 漁をするのはあまり好きではなかった
昭和が平成に代わり 対岸へ渡る橋が出来た もう泳がなくても良い 自由に対岸に行くことが出来る
少年はすっかり老人になり 夏の思い出を語り始めた
あの日投げた石ころは 深い川の底で眠っているのだろう
| 2026年06月16日(火) |
雨が降れば地が固まるのか |
曇り時々雨のち晴れと忙しい空であった。
気温は25℃に留まり過ごし易い一日となる。
朝の山道で久しぶりにお遍路さんに会ったが
会釈は伝わらず顔もよく見えなかった。
笠を目深に被っていたので気がつかなかったのだろう。
やはり一言でも声を掛けるように心掛けなければいけない。
今日こそは順調にと職場に着けば義父の姿がありほっとする。
腰は激痛が収まり何とか動けるようになっていた。
「痛いけんどやらなあいかん」と無理を承知の仕事であった。
おかげで朝のうちに車検が2台完了する。
その後はエアコン修理を始めてくれて大助かりだった。
車を預かってからもう一週間が経過しており気が気ではなかったのだ。
同僚は一日車検の整備を始めていたが
特に不具合がないにも関わらず随分とのんびりである。
途中でお客さんが様子を見に来たりして私の方が焦ってしまう。
午後2時を過ぎても終らないのでどうしたのかと訊けば
オイルエレメントの在庫を切らしていたのだそうだ。
何と迂闊な事だろう。これは私にも責任があった。
クラシックカーのお客さんが来てくれて即金で支払ってくれる。
納車は明日でも良いと云ってくれたが義父が運搬することになった。
カーブスへ行きたくてならなかったがその時点で諦める。
義父が帰る頃には車検整備も終わっていることだろう。
もう3時になっていた。やっと車検整備が終わるなり
義父が帰って来てくれたが車検をし書類を整えねばならない。
義父が書類を書いていると来客があり一時中断となる。
農業仲間のお客さんでしばらく話が盛り上がってしまう。
時計を見ながら娘に電話し夕食の買物を頼んだのだが却下された。
娘もお昼寝をしたりして寛いでいたのだろう。
4時過ぎにやっと退社出来たが自動車専用道路が渋滞していた。
何と時速60キロでのろのろ運転をしている車があった。
高齢者だと思われたがせめて70キロで走行して欲しいものだ。
5時前にサニーマートに着きお総菜売り場へ直行する。
今日は特別だと思い適当にあれこれ買い求めた。
お惣菜だけではあんまりだと思い鮪のお刺身も買う。
5時過ぎに帰宅。娘が冷凍庫にあったホルモンを焼いてくれていた。
夫は大喜びでごくごくとビールを飲んでいる。
私もお腹がペコペコで直ぐに食卓に着く。
めいちゃんも同じでトレーにあれこれ並べていた。
今日もまた学校へ行けなかったのだ。
昨夜深夜まで宿題をしていたらしく今朝は起きられなかったらしい。
宿題が多いのはいつものことだが可哀想でならなかった。
勉強は学校の授業だけで十分に思うがその上に宿題である。
学校から帰れば直ぐに宿題と云うのもあんまりではないだろうか。
めいちゃんはいつも寝る前に宿題をするので
どうしても寝る時間が遅くなってしまうのだった。
まだ火曜日だと云うのにもう疲れが出ているのだろう。
水泳の授業もあれば尚更のことである。
宿題よりも健康をと願うのは私だけだろうか。
ただの老婆心に過ぎないのかもしれない。
晩ご飯を食べてお風呂に入ったら直ぐに寝させてやりたかった。
子供に義務を押し付けてはならないと思う。
子供はもっと自由であるべきなのだ。
学校が決めた事だから守らねばならない。
そうして平均の秤に載せられてしまう。
落ちこぼれる子供もいれば不登校になる子供もいる。
今の教育は決して当たり前ではないのだと思う。
午前一時、トイレに起きた夫がめいちゃんに気づき
「独りで大丈夫か?」と訊いたそうだ。
めいちゃんは笑顔を見せて「おじいちゃん大丈夫」と応えたそうだ。
※以下今朝の詩
魂
何と云う静けさだろう まるで空が死んでしまったよう
月も星も見えない 暗闇の中に佇んでいると 心細く不安でならない
せめて風をとおもうが その風も死んでしまったようだ
空にも魂があるのだろうか 死んでしまっても蘇る 生まれ変わることが叶う 朝が来る度に新しくなるだろう
明けない夜は在りはしない
暗闇の中で魂に声を掛ける お願いだから息をして欲しい
曇りのち晴れ。気温は低目であったが蒸し暑さを感じる。
明日はまた雨になり週末まで梅雨空が続きそうだ。
もう満開を過ぎようとしている紫陽花が喜ぶことだろう。
朝の道では民家の庭にグラジオラスやカンナが咲き始めた。
グラジオラスは色んな色があり黄色と桃色が多い。
カンナははっとするような真紅で心を惹かれるばかりであった。
職場の庭にはあちらこちらに姫女苑の花が咲き風に揺れている。
花ばかりではなく柏餅にする葉もたわわに見られた。
槲(かしわ)の樹の葉だそうで子供の頃には「芝」と呼んでいた。
祖母が作ってくれた「芝餅」を思い出し懐かしくてならない。
もう二度と食べられないと思うと余計に懐かしいものだ。

義父の腰痛が酷く今朝も這うようにして整体へ行った。
余程辛いのだろう弱り切っていて憐れでならない。
工場の仕事は山積みになっていたが仕事どころではなかった。
例の事故車の修理も全く手を付けておらず
その上にエアコン修理もありにっちもさっちも行かない。
同僚は義父の指示を受け外車の修理を始めていたが
これも一向に捗らず溜息ばかり付いていた。
明日からは車検の予約が入っており
いったいどうなることだろうと前途も不安でならない。
今日も予約なしのお客さんが突然来てくれたが
何とか段取りをし来週の予約に入れて待ってもらうことにした。
田舎あるあるでまだ完全予約制に慣れていないお客さんが多い。
午後から「事業主研修」があり市内へと向かう。
陸運支局の人が講師で難しい内容だったがとても勉強になった。
本来なら義父が出席するべきだったが私も一応管理責任者である。
出席者を見渡すと私よりも年上だと思われる女性もいた。
高齢でも現役で活躍している人がいると思うととても励みに思う。
研修は2時間の予定だったが1時間と少しで終った。
頭からカーブスは諦めていたので嬉しくてならない。
ラッキーと思い跳ぶようにしてカーブスへ向かう。
4時過ぎに帰宅。ちょうどめいちゃんの下校の時間だった。
今朝は満面の笑顔で元気に「行って来ます」と登校して行き
どれほどほっとしたことだろうか。
今日は「華道クラブ」があり花束を持ち帰っていた。
確か我が家にもお花器と剣山があったはずなのだが
未だ見つけられずにいて娘が花瓶に活けていた。
楽しみなことさえあればと思う。明日もきっと大丈夫だろう。
はらはらと心配ばかりしていても何も変わらない。
それよりも大らかな気持ちで見守ってやることである。
これを書いているうちにすっかり夜の帳が下りた。
星も月も見えないがそこには確かな空がある。
明日が雨ならば雨を愉しもう。
風が吹けば身を任せようではないか。
※以下今朝の詩
欲
「むかし」の話はもうよそう どれ程の苦労だったとしても 乗り越えてこその「いま」である
孤独を感じるのは身勝手だから きっといつも足らないことばかり 考えて求めているからではないか
擦り切れた上着千切れそうなポケット 中に入れる大切な物があるのならば 胸に抱きその温度で守ればいい
もう十分だと思えばきっと満たされる 道端の雑草転がっている石ころは 何ひとつ嘆いてはいないだろう
一日を一生だと思って生きている
綴れば愛しいそうして満たされて行く こころに咲く一輪の花を見失ってはならない
曇り一時雨。お昼前に風を伴って雨が降ったが直ぐに止んだ。
気温は24℃と低目だったが蒸し暑くてならない。
夫は肌寒いと云い扇風機も点けたがらなかった。
汗っかきは太っているとしか思えない。
せっかくの日曜日。お昼にラーメンを食べに行きたかったが
夫は気が進まないようで「この前行ったばかりじゃないか」と却下される。
すっかり出不精となり車の運転も億劫になったのだろう。
仕方なくお昼はサニーマートの冷やし中華と炒飯で済ました。
「安いもんじゃろ」と夫は満足そうに食べる。
昼食後は例の如くでお昼寝だったが寝苦しかったのか嫌な夢ばかり。
ぐっすりとは行かず2時にはもう目が覚めていた。
自室に籠れば煙草ばかり吸ってしまうがしばらく過ごす。
退屈しのぎに19年前の6月の日記を読んでいたが
今とは全く違う文面で我ながら素晴らしく詩的であった。
50歳の私はおそらくまだ女だったのだろう。
私でありながら何だか別人のように思えた。
老いとともにいったい何を失ったのかと思う。
生きながら死に向かう「こころ」の変化に戸惑うばかりであった。
SNSでは今日が13年目の記念日とのこと。
6月だったのは憶えていたが今日だったとは知らなかった。
すぐさま13年前の今日の日記を読み返してみたが
SNSを始めた事は一切記されていなかった。
おそらくそれほど大したことではなかったのだろう。
興味本位もありただ何となく登録したのだと思われる。
最初は詩も短歌も書いてはいなかったような気がする。
じゃあいったい何を書いていたのかも記憶にない。
一番最初のフォロワーさんの事はよく憶えていて
小学生の男の子が居て可愛らしい犬を飼っていた。
今は休止中で近況も知る由もないが
男の子が中学生になった時、大学を出て就職した時。
その度に写真を送ってくれてとても嬉しかった。
そんな歳月も確かな「縁」だったのだと思う。
その後も沢山の縁に恵まれ私にはとても大切な場所となった。
今は唯一詩や短歌を書ける場所となり「生き甲斐」にもなっている。
もう13年かと感慨深く思う。命ある限り続けたいものだ。
5時になり娘と夕食の支度をしながらそれとなく訊いてみた。
あやちゃんのトレーナー姿が気になってならなかったのだ。
胸の膨らみを隠すためだとは察していたが娘に叱られてしまう。
「おばあが云う事じゃないろ」と怒鳴られてしまった。
心配もしてはならない。要らぬ口を叩いてもいけないのだろう。
「あやが決める事ながやけん」その一言で突き放される。
娘も母親として精一杯なのだと思う。私も大いに反省をした出来事であった。
今夜は「カレー」あやちゃんの何と嬉しそうな顔だろう。
今夜も家族団欒は無かったが美味しく食べてくれたようでほっとする。
めいちゃんは夕方まで近所のお友達と楽しそうに遊んでいた。
「案ずるより産むが易し」なのだろう。
明日はきっと元気に登校してくれるはずである。
日が暮れてからまたぽつぽつと雨が降り始めた。
リズミカルな雨だれの音に重ねる「こころ」がある。
明るく朗らかな一日ではなかったが心はとても満たされていた。
※以下今朝の詩
日曜日
もう直ぐ夜明け 川向の山が見えて来た 何だか巨人のお腹のよう 緑の服を着ているようだ
眠らない鳥はほととぎす 頻りに鳴きながら時おり 悲鳴のような声を出す
空が明るくなって来た 灰色の雲が広がっている 今日は雨が降るのだろう
日曜日の朝である 羽根を閉じて止まり木を探そう 思うように行かなかったことも きっと忘れてしまうだろう
お腹が空いた お味噌汁を作ろう 玉子焼きを作ろう
| 2026年06月13日(土) |
ここらでちょいとひと休み |
晴れたり曇ったり。気温は30℃に届かなかったが暑くてならない。
今からこの調子では真夏の猛暑に耐えられるだろうか。
朝の道では昼咲月見草が枯れ始めていた。
寂しくはあるが随分と長い間咲いてくれたものだ。
毎年同じ場所で咲く。それだけ根の強い花なのだろう。
アマリリスも同じく花がぐんにゃりと萎れ始めている。
その後落ちた花は見たことがなくそのまま朽ちて行くのだろう。
花の終りは切ないものだがその根はとても逞しい。

仕事は順調とは行かずまた糞詰まり状態となった。
例のクラシックカーの車検整備がまだ終らないのだ。
ブレーキの部品は昨日届いていたが手こずっているようだった。
そうこうしていたら緊急の修理が入る。
義父に助けて欲しかったが生憎今日も整体に行っていた。
お客さんには代車を貸しその場を凌いだが
車は外車であり国産車のようには行かない。
同僚の何と頼りないことだろう。やはり義父でなくてはと思う。
仕方なく同僚に指示し車検整備を優先することにした。
お昼には義父が帰って来たが今日も田んぼへ行くとのこと。
水の管理が順調ではなく頭を悩ませているようである。
田植えさえ終れば一段落と思っていたがそうは問屋が卸さないのだ。
工場の仕事には見向きもせず私も頭を悩ますばかりである。
全て来週に持ち越しとなり達成感どころではなかった。
会社はそれでも存続しているがこんな状態でやって行けるのか
悪い方へ考えれば切りがなく、ケセラセラを貫くしかないようだ。
私がいくら気を揉んでも現状が変わる訳もなく
同僚に声を掛けて定時で帰路に就いた。
土曜日のお楽しみはFMラジオで「たかちゃん」の声を聴くこと。
今日も大きな笑い声と「にゃあ」の猫語が楽しかった。
例えば「良いなあ」を「ええにゃあ」と云う。
これは方言でもあるが今の若い人はあまり使わない。
中年以上だろうか、たかちゃんは56歳のおんちゃんである。
それも失礼だろうか、私より14歳も若いのだ。
いつもより早く4時に帰宅。茶の間で少しうたた寝をした。
一週間の疲れがどっと出たようだ。
今夜はダンス教室がありめいちゃんが楽しみにしている様子。
すっかり元気になった証拠とほっと胸を撫で下ろした。
5時半には娘が連れて行くので夕飯は簡単なメニューだった。
明日もゆっくり休めば月曜日には学校へ行けるだろう。
疲れたらまた休めば良く周りが神経質にならないことだ。
昨夜はやはり花火をしていたらしく今朝はバケツに残骸があった。
娘夫婦もそうして気分転換をさせていたのだろう。
おとなも子供も渦に巻き込まれる時がある。
ぐるぐると得体の知れないものに掻き回されてしまうのだ。
自分で止まらなくては誰も止めてはくれない。
だからこそ「休む」ことが大切なのではないだろうか。
私も明日は休む。そうして少しずつリフレッシュして行きたい。
そうすればきっとまた違った景色が見えるのではないだろうか。
※以下今朝の詩(50年前の記憶より)
速水ちゃん
あれは二十歳の誕生日 仕事から帰った速水ちゃんが 手羽先の唐揚げを買って来てくれた 「好きやろ」と言って満面の笑顔である
家賃8千円の古びた借家だった 台所の流し台はセメントで お風呂は薪で焚かねばならない
貧しい暮らしだったが それが幸せだと信じていた頃
傷つけることは容易い 傷ついたことよりも重い
速水ちゃんは包丁を握り絞めると 「殺すぞ」と鬼のような顔をした
逃げなくてはならない もう一緒に暮らせないと思う
翌朝私は西に向かう列車に乗った 財布の中には5百円玉が一個だけ 途方に暮れることよりも 前途を信じなければとおもう
西の町の駅に降り立つと 母が迎えに来てくれていた それは7年ぶりの再会であった
速水ちゃんはとても優しかったのだ 手羽先の唐揚げを見る度に思い出す
私には明るい前途があったが 彼は今でも独りきりで暮らしている
傷つけたことはこれ程までに重い
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