ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年06月16日(火) 雨が降れば地が固まるのか

曇り時々雨のち晴れと忙しい空であった。

気温は25℃に留まり過ごし易い一日となる。

朝の山道で久しぶりにお遍路さんに会ったが

会釈は伝わらず顔もよく見えなかった。

笠を目深に被っていたので気がつかなかったのだろう。

やはり一言でも声を掛けるように心掛けなければいけない。


今日こそは順調にと職場に着けば義父の姿がありほっとする。

腰は激痛が収まり何とか動けるようになっていた。

「痛いけんどやらなあいかん」と無理を承知の仕事であった。

おかげで朝のうちに車検が2台完了する。

その後はエアコン修理を始めてくれて大助かりだった。

車を預かってからもう一週間が経過しており気が気ではなかったのだ。


同僚は一日車検の整備を始めていたが

特に不具合がないにも関わらず随分とのんびりである。

途中でお客さんが様子を見に来たりして私の方が焦ってしまう。

午後2時を過ぎても終らないのでどうしたのかと訊けば

オイルエレメントの在庫を切らしていたのだそうだ。

何と迂闊な事だろう。これは私にも責任があった。


クラシックカーのお客さんが来てくれて即金で支払ってくれる。

納車は明日でも良いと云ってくれたが義父が運搬することになった。

カーブスへ行きたくてならなかったがその時点で諦める。

義父が帰る頃には車検整備も終わっていることだろう。


もう3時になっていた。やっと車検整備が終わるなり

義父が帰って来てくれたが車検をし書類を整えねばならない。

義父が書類を書いていると来客があり一時中断となる。

農業仲間のお客さんでしばらく話が盛り上がってしまう。


時計を見ながら娘に電話し夕食の買物を頼んだのだが却下された。

娘もお昼寝をしたりして寛いでいたのだろう。


4時過ぎにやっと退社出来たが自動車専用道路が渋滞していた。

何と時速60キロでのろのろ運転をしている車があった。

高齢者だと思われたがせめて70キロで走行して欲しいものだ。


5時前にサニーマートに着きお総菜売り場へ直行する。

今日は特別だと思い適当にあれこれ買い求めた。

お惣菜だけではあんまりだと思い鮪のお刺身も買う。


5時過ぎに帰宅。娘が冷凍庫にあったホルモンを焼いてくれていた。

夫は大喜びでごくごくとビールを飲んでいる。

私もお腹がペコペコで直ぐに食卓に着く。

めいちゃんも同じでトレーにあれこれ並べていた。


今日もまた学校へ行けなかったのだ。

昨夜深夜まで宿題をしていたらしく今朝は起きられなかったらしい。

宿題が多いのはいつものことだが可哀想でならなかった。

勉強は学校の授業だけで十分に思うがその上に宿題である。

学校から帰れば直ぐに宿題と云うのもあんまりではないだろうか。

めいちゃんはいつも寝る前に宿題をするので

どうしても寝る時間が遅くなってしまうのだった。

まだ火曜日だと云うのにもう疲れが出ているのだろう。

水泳の授業もあれば尚更のことである。

宿題よりも健康をと願うのは私だけだろうか。

ただの老婆心に過ぎないのかもしれない。

晩ご飯を食べてお風呂に入ったら直ぐに寝させてやりたかった。


子供に義務を押し付けてはならないと思う。

子供はもっと自由であるべきなのだ。

学校が決めた事だから守らねばならない。

そうして平均の秤に載せられてしまう。

落ちこぼれる子供もいれば不登校になる子供もいる。

今の教育は決して当たり前ではないのだと思う。


午前一時、トイレに起きた夫がめいちゃんに気づき

「独りで大丈夫か?」と訊いたそうだ。

めいちゃんは笑顔を見せて「おじいちゃん大丈夫」と応えたそうだ。


※以下今朝の詩


       魂

  何と云う静けさだろう
  まるで空が死んでしまったよう

  月も星も見えない
  暗闇の中に佇んでいると
  心細く不安でならない

  せめて風をとおもうが
  その風も死んでしまったようだ

  空にも魂があるのだろうか
  死んでしまっても蘇る
  生まれ変わることが叶う
  朝が来る度に新しくなるだろう

  明けない夜は在りはしない

  暗闇の中で魂に声を掛ける
  お願いだから息をして欲しい









2026年06月15日(月) 空まかせ風まかせ

曇りのち晴れ。気温は低目であったが蒸し暑さを感じる。

明日はまた雨になり週末まで梅雨空が続きそうだ。

もう満開を過ぎようとしている紫陽花が喜ぶことだろう。


朝の道では民家の庭にグラジオラスやカンナが咲き始めた。

グラジオラスは色んな色があり黄色と桃色が多い。

カンナははっとするような真紅で心を惹かれるばかりであった。

職場の庭にはあちらこちらに姫女苑の花が咲き風に揺れている。

花ばかりではなく柏餅にする葉もたわわに見られた。

槲(かしわ)の樹の葉だそうで子供の頃には「芝」と呼んでいた。

祖母が作ってくれた「芝餅」を思い出し懐かしくてならない。

もう二度と食べられないと思うと余計に懐かしいものだ。



義父の腰痛が酷く今朝も這うようにして整体へ行った。

余程辛いのだろう弱り切っていて憐れでならない。

工場の仕事は山積みになっていたが仕事どころではなかった。

例の事故車の修理も全く手を付けておらず

その上にエアコン修理もありにっちもさっちも行かない。


同僚は義父の指示を受け外車の修理を始めていたが

これも一向に捗らず溜息ばかり付いていた。

明日からは車検の予約が入っており

いったいどうなることだろうと前途も不安でならない。

今日も予約なしのお客さんが突然来てくれたが

何とか段取りをし来週の予約に入れて待ってもらうことにした。

田舎あるあるでまだ完全予約制に慣れていないお客さんが多い。


午後から「事業主研修」があり市内へと向かう。

陸運支局の人が講師で難しい内容だったがとても勉強になった。

本来なら義父が出席するべきだったが私も一応管理責任者である。

出席者を見渡すと私よりも年上だと思われる女性もいた。

高齢でも現役で活躍している人がいると思うととても励みに思う。


研修は2時間の予定だったが1時間と少しで終った。

頭からカーブスは諦めていたので嬉しくてならない。

ラッキーと思い跳ぶようにしてカーブスへ向かう。


4時過ぎに帰宅。ちょうどめいちゃんの下校の時間だった。

今朝は満面の笑顔で元気に「行って来ます」と登校して行き

どれほどほっとしたことだろうか。

今日は「華道クラブ」があり花束を持ち帰っていた。

確か我が家にもお花器と剣山があったはずなのだが

未だ見つけられずにいて娘が花瓶に活けていた。

楽しみなことさえあればと思う。明日もきっと大丈夫だろう。


はらはらと心配ばかりしていても何も変わらない。

それよりも大らかな気持ちで見守ってやることである。


これを書いているうちにすっかり夜の帳が下りた。

星も月も見えないがそこには確かな空がある。

明日が雨ならば雨を愉しもう。

風が吹けば身を任せようではないか。


※以下今朝の詩


        欲

   「むかし」の話はもうよそう
   どれ程の苦労だったとしても
   乗り越えてこその「いま」である

   孤独を感じるのは身勝手だから
   きっといつも足らないことばかり
   考えて求めているからではないか

   擦り切れた上着千切れそうなポケット
   中に入れる大切な物があるのならば
   胸に抱きその温度で守ればいい

   もう十分だと思えばきっと満たされる
   
   道端の雑草転がっている石ころは
   何ひとつ嘆いてはいないだろう

   一日を一生だと思って生きている

   綴れば愛しいそうして満たされて行く
   こころに咲く一輪の花を見失ってはならない



2026年06月14日(日) 思い煩うことなかれ

曇り一時雨。お昼前に風を伴って雨が降ったが直ぐに止んだ。

気温は24℃と低目だったが蒸し暑くてならない。

夫は肌寒いと云い扇風機も点けたがらなかった。

汗っかきは太っているとしか思えない。


せっかくの日曜日。お昼にラーメンを食べに行きたかったが

夫は気が進まないようで「この前行ったばかりじゃないか」と却下される。

すっかり出不精となり車の運転も億劫になったのだろう。

仕方なくお昼はサニーマートの冷やし中華と炒飯で済ました。

「安いもんじゃろ」と夫は満足そうに食べる。


昼食後は例の如くでお昼寝だったが寝苦しかったのか嫌な夢ばかり。

ぐっすりとは行かず2時にはもう目が覚めていた。

自室に籠れば煙草ばかり吸ってしまうがしばらく過ごす。

退屈しのぎに19年前の6月の日記を読んでいたが

今とは全く違う文面で我ながら素晴らしく詩的であった。

50歳の私はおそらくまだ女だったのだろう。

私でありながら何だか別人のように思えた。

老いとともにいったい何を失ったのかと思う。

生きながら死に向かう「こころ」の変化に戸惑うばかりであった。


SNSでは今日が13年目の記念日とのこと。

6月だったのは憶えていたが今日だったとは知らなかった。

すぐさま13年前の今日の日記を読み返してみたが

SNSを始めた事は一切記されていなかった。

おそらくそれほど大したことではなかったのだろう。

興味本位もありただ何となく登録したのだと思われる。

最初は詩も短歌も書いてはいなかったような気がする。

じゃあいったい何を書いていたのかも記憶にない。


一番最初のフォロワーさんの事はよく憶えていて

小学生の男の子が居て可愛らしい犬を飼っていた。

今は休止中で近況も知る由もないが

男の子が中学生になった時、大学を出て就職した時。

その度に写真を送ってくれてとても嬉しかった。

そんな歳月も確かな「縁」だったのだと思う。

その後も沢山の縁に恵まれ私にはとても大切な場所となった。

今は唯一詩や短歌を書ける場所となり「生き甲斐」にもなっている。

もう13年かと感慨深く思う。命ある限り続けたいものだ。


5時になり娘と夕食の支度をしながらそれとなく訊いてみた。

あやちゃんのトレーナー姿が気になってならなかったのだ。

胸の膨らみを隠すためだとは察していたが娘に叱られてしまう。

「おばあが云う事じゃないろ」と怒鳴られてしまった。

心配もしてはならない。要らぬ口を叩いてもいけないのだろう。

「あやが決める事ながやけん」その一言で突き放される。

娘も母親として精一杯なのだと思う。私も大いに反省をした出来事であった。


今夜は「カレー」あやちゃんの何と嬉しそうな顔だろう。

今夜も家族団欒は無かったが美味しく食べてくれたようでほっとする。


めいちゃんは夕方まで近所のお友達と楽しそうに遊んでいた。

「案ずるより産むが易し」なのだろう。

明日はきっと元気に登校してくれるはずである。


日が暮れてからまたぽつぽつと雨が降り始めた。

リズミカルな雨だれの音に重ねる「こころ」がある。

明るく朗らかな一日ではなかったが心はとても満たされていた。


※以下今朝の詩


      日曜日

  もう直ぐ夜明け
  川向の山が見えて来た
  何だか巨人のお腹のよう
  緑の服を着ているようだ

  眠らない鳥はほととぎす
  頻りに鳴きながら時おり
  悲鳴のような声を出す

  空が明るくなって来た
  灰色の雲が広がっている
  今日は雨が降るのだろう

  日曜日の朝である
  羽根を閉じて止まり木を探そう
  思うように行かなかったことも
  きっと忘れてしまうだろう

  お腹が空いた
  お味噌汁を作ろう
  玉子焼きを作ろう




2026年06月13日(土) ここらでちょいとひと休み

晴れたり曇ったり。気温は30℃に届かなかったが暑くてならない。

今からこの調子では真夏の猛暑に耐えられるだろうか。


朝の道では昼咲月見草が枯れ始めていた。

寂しくはあるが随分と長い間咲いてくれたものだ。

毎年同じ場所で咲く。それだけ根の強い花なのだろう。


アマリリスも同じく花がぐんにゃりと萎れ始めている。

その後落ちた花は見たことがなくそのまま朽ちて行くのだろう。

花の終りは切ないものだがその根はとても逞しい。



仕事は順調とは行かずまた糞詰まり状態となった。

例のクラシックカーの車検整備がまだ終らないのだ。

ブレーキの部品は昨日届いていたが手こずっているようだった。

そうこうしていたら緊急の修理が入る。

義父に助けて欲しかったが生憎今日も整体に行っていた。

お客さんには代車を貸しその場を凌いだが

車は外車であり国産車のようには行かない。

同僚の何と頼りないことだろう。やはり義父でなくてはと思う。

仕方なく同僚に指示し車検整備を優先することにした。


お昼には義父が帰って来たが今日も田んぼへ行くとのこと。

水の管理が順調ではなく頭を悩ませているようである。

田植えさえ終れば一段落と思っていたがそうは問屋が卸さないのだ。

工場の仕事には見向きもせず私も頭を悩ますばかりである。

全て来週に持ち越しとなり達成感どころではなかった。

会社はそれでも存続しているがこんな状態でやって行けるのか

悪い方へ考えれば切りがなく、ケセラセラを貫くしかないようだ。


私がいくら気を揉んでも現状が変わる訳もなく

同僚に声を掛けて定時で帰路に就いた。

土曜日のお楽しみはFMラジオで「たかちゃん」の声を聴くこと。

今日も大きな笑い声と「にゃあ」の猫語が楽しかった。

例えば「良いなあ」を「ええにゃあ」と云う。

これは方言でもあるが今の若い人はあまり使わない。

中年以上だろうか、たかちゃんは56歳のおんちゃんである。

それも失礼だろうか、私より14歳も若いのだ。


いつもより早く4時に帰宅。茶の間で少しうたた寝をした。

一週間の疲れがどっと出たようだ。

今夜はダンス教室がありめいちゃんが楽しみにしている様子。

すっかり元気になった証拠とほっと胸を撫で下ろした。

5時半には娘が連れて行くので夕飯は簡単なメニューだった。

明日もゆっくり休めば月曜日には学校へ行けるだろう。

疲れたらまた休めば良く周りが神経質にならないことだ。


昨夜はやはり花火をしていたらしく今朝はバケツに残骸があった。

娘夫婦もそうして気分転換をさせていたのだろう。


おとなも子供も渦に巻き込まれる時がある。

ぐるぐると得体の知れないものに掻き回されてしまうのだ。

自分で止まらなくては誰も止めてはくれない。

だからこそ「休む」ことが大切なのではないだろうか。


私も明日は休む。そうして少しずつリフレッシュして行きたい。

そうすればきっとまた違った景色が見えるのではないだろうか。


※以下今朝の詩(50年前の記憶より)


     速水ちゃん

   あれは二十歳の誕生日
   仕事から帰った速水ちゃんが
   手羽先の唐揚げを買って来てくれた
   「好きやろ」と言って満面の笑顔である

   家賃8千円の古びた借家だった
   台所の流し台はセメントで
   お風呂は薪で焚かねばならない

   貧しい暮らしだったが
   それが幸せだと信じていた頃

   傷つけることは容易い
   傷ついたことよりも重い

   速水ちゃんは包丁を握り絞めると  
   「殺すぞ」と鬼のような顔をした

   逃げなくてはならない
   もう一緒に暮らせないと思う

   翌朝私は西に向かう列車に乗った
   財布の中には5百円玉が一個だけ
   途方に暮れることよりも
   前途を信じなければとおもう

   西の町の駅に降り立つと
   母が迎えに来てくれていた
   それは7年ぶりの再会であった

   速水ちゃんはとても優しかったのだ
   手羽先の唐揚げを見る度に思い出す

   私には明るい前途があったが
   彼は今でも独りきりで暮らしている

   傷つけたことはこれ程までに重い






2026年06月12日(金) 何も変わりはしない

朝の爽やかさもつかの間、日中は真夏日となり蒸し暑さを感じる。

紫陽花も心なしか弱っているように見えた。

やはりしっとりと潤う位の雨が良いのだろう。


今日はアンネの日記に因んで「日記の日」ということ。

朝のラジオでは「手書き」か「モバイル」かの対決があった。

「ぶちぬきフライデー」と云う番組で7時間の生番組である。

私はもちろんモバイルに投票しメッセージも送った。

もしかしたら読んで貰えるかもしれないと期待し

パソコンのラジコで聴きながら仕事をする。

何と便利な世の中になったことだろう。

音量は小さかったが十分に聴くことが出来た。

10時頃だったかメッセージが読まれて嬉しくてならない。

この日記の事を書いて送っていたのだった。

対決は圧倒的に「手書き」が多かったが私には無理である。

24年分もの日記を手書きするなどとても考えられない。

死後も残るのであればそれに越したことはないが

おそらくもう誰も読まないだろう。ネットの藻屑になる運命である。



宿毛市の板金塗装会社の前社長が亡くなり今日はお葬式だった。

今は息子さんが社長だがお父さんの時代から古い付き合いである。

義父より2歳年下だったがとても仲が良く「同士」のようでもあった。

「俺より若いのにな」と義父もかなりショックだったようだ。

午前中のお葬式だったのでお昼前には帰宅していたが

しばらく事務所の椅子に腰を下ろし大きな溜息を付いていた。


2時間程お昼休憩をし炎天下の中、田んぼの見回りに行くと云う。

「今日は休んだら」と告げても従うような義父ではない。

長靴を履くと意を決したように出掛けて行った。

何だか辛い現実を振り払おうとしているように見える。

嘆いても何も変わりはしない。自分はするべきことをするのだ。


同僚に声を掛け定時で帰路に就く。

「チョコもなかジャンボ」を買って食べながら帰った。

本来なら土曜日のご褒美だが前倒しである。


カーブスではいつものメンバーさんと笑顔を交し合い楽しかった。

何もかも忘れてしまえるような雰囲気がたまらなく好きだ。


帰宅したらアマゾンからテレビが届いていた。

食堂のテレビはやはり映らず昨日の朝に注文したのだが

今日はもう届くとは何と有難いことだろう。

夫と娘が早速据えてくれたが玩具みたいなテレビだった。

注文する時、高齢者向けとあり老人ホームに最適と記してあったが

ノートパソコン位の画面で画質もあまり良くない。

しかし食事をする時しか見ないので十分だと思った。

夫と娘は笑い転げていてめいちゃんも一緒に笑う。

「おばあちゃんの買い物」と少し馬鹿にしているようだった。

しかしおかげて食事中もしんみりとせずにいられて良かったと思う。

しめて14990円の買い物であった。


めいちゃんは今日も学校を休んでいたが誰もそのことに触れない。

あやちゃんは夏だと云うのに冬のトレーナーを着て過ごしている。

もしかしたら胸の膨らみを気にしているのではないかと思ったが

それならば一番に娘が気が付くことだろう。

ブラ付きのキャミソールを買っても着たがらないのだそうだ。

何かから逃げているような思春期の少女がいた。


もう8時前だが外はまだ薄明るくめいちゃんの声が聞こえている。

花火でも始めたのかもしれない何とも穏やかな夜になった。


※以下今朝の詩


     一瞬

  それは一瞬の事である
  もう何も見えず
  もう何も聴こえない

  そんなふうにうしなう
  確かにあったことが
  まるで夢だったかのように

  どれほどの誇りだったか
  命を楯に立ち向かって来た
  誰にも負けはしないと
  歩み続けた道であった

  花は枯れそうして散る
  その亡骸を踏んでしまえば
  もう取り返しがつかない

  一瞬ならば尚更のこと
  悔いが残り続けるだろう

  儚い命であったと息を呑む
  こんなにも生きているのに
  いったい何を失ってしまったのだろう

  最期には光を注いでやりたい
  そうして輝きながら逝きたい








2026年06月11日(木) 只今メンテナンス中です

梅雨入りの時期に設定された雑節「入梅」

栗の花が咲く頃であり「栗花落」とも云う。

昨日から良く晴れて梅雨の中休みとなっているが

週末にはまた雨になりそうである。

今日は気温が30℃に届き夏らしい陽射しが降り注ぐ。

しかし爽やかな風のおかげで過ごし易い一日であった。


今朝は早朝から田植えの予定だったが職場に着くと

まだ義父が居て田植え機の修理をしている。

友人達も揃っておりがっくりとした様子で待っていた。

昨日万全に段取りをしていたはずなのに気の毒でならない。

おそらく田植え機の点検までは手が回らなかったのだろう。

クボタに部品を注文したそうで配達を待つ。

やっと届いたのはもう10時ですっかり出遅れてしまう。

部品さえあれば修理は10分。流石に義父であった。

苗はとっくに軽トラックに積んでおり直ぐに田んぼに向かう。

早朝から植えていたらお昼には終わる予定だったのだそうだ。


同僚はクラシックカーの車検整備に取り掛かっていたが

後輪のブレーキオイルが漏れているとのこと。

部品などあるはずがないと思っていたが部品屋さんが探してくれて

奇跡的に見つかりほっと胸を撫で下ろす。

部品さえ届けば今週中に納車が出来るだろう。


気忙しさもあったが午後から休ませてもらって

2ヶ月に一度の定期受診で市内の病院へ向かう。

若い頃からの掛かり付けでもう長い付き合いだが

主治医だった医師は午後から訪問診療をしている。

午後は若い医師だけの診察で病院はがらがらに空いていた。

それだけ人気がないのは分かっているが今は私の主治医であった。

心細くても頼らねばならず何とも複雑な気持ちである。

案の定聞く耳を持たない。患者の声を聞こうとしないのだ。

威圧的な態度で一方的に話すともう診察は終りである。

医師ならばもっと優しく寄り添うべきに思うが

転院をする程でもなく薬さえ処方してくれたら文句は云えない。


薬局へ行き薬を受け取ったらまだ2時半だった。

カーブスは3時からなのでセリアに行って時間を潰す。

店内をうろうろしていたら高齢の女性に話し掛けられた。

「これどれも百円かね?」「消費税が要るけん110円よ」と応える。

するととっくの昔に亡くなった母親が小児麻痺だったのそうだ。

私の歩く姿を見て母親の事を思い出したらしく

何だか懐かしそうに話すので少し戸惑ったが

小児麻痺ではない事を話すと頻りに頭を下げて謝るのだった。

そうして「お大事にね」と優しく告げてくれて嬉しかった。

杖はもう付いていないが辛そうに歩いているのだろう。

自分の歩く姿を見て見ぬふりをしているのかもしれない。


カーブスではお仲間さん達と声を掛けながらとても楽しかった。

昨日のリハビリが効いたのか足の痛みも少し和らぐ。

また明日ねと手を振って元気に明るく帰路に就く。


買物を終えて4時過ぎには帰宅していたが

めいちゃんは今日も学校を休んでいた。

近所のお友達から宿題のプリントが届いている。

学校を休んでも宿題。体調が悪くても宿題であった。

毎晩遅くまで宿題をしていためいちゃんの姿が目に浮かぶ。

運動会もあり修学旅行もあった。

パワー全開だった頑張り屋さんのめいちゃんも疲れが出たのだろう。

学校へ行きたくないのではなく行けなくなったのだと思う。

娘は少し神経質になっているようだが

私達祖父母はそっと見守っていようと思う。


今朝は布団から出られすに泣いていた。

その泣き声が今も思い出され胸がぎゅうっと締め付けられる。


※以下今朝の詩


      息

  空が息をしている
  風は脈のように
  とくとくと流れている

  昨日と同じようでいて
  どこか違うのは
  きっと
  新しくなったのだろう

  笑顔の日もあれば
  泣き顔の日もある

  空は何処までも広く
  息を重ね続けている

  その息は途切れずに
  きっと
  それが永遠なのだろう

  生きたことよりも
  生きることを選ぶ

  やがては空の一部になる
  私の息も風になるだろう



2026年06月10日(水) ふたりの少女

五月晴れ。「梅雨晴れ」とも云う。

「さつき」は旧暦の5月の事で6月の青空を指す。

今日は気温が30℃に達し暑かったが本来はもっと過ごし易いのだろう。

朝の道の紫陽花も朝陽を浴びてきらきらと輝く。

アガパンサスも咲きすっかり初夏の景色である。


峠道を越えて最初の民家は母の友人が住んでいるが

今朝は畑仕事をしていて久しぶりに会うことが叶った。

せっかく実り始めた夏野菜を悉く猿に荒らされてしまったらしい。

茄子も胡瓜もひとつ残らず食べられてしまったそうだ。

しかしそれを嘆くこともせず笑い飛ばしている。

猿と共存するのは当たり前のことなのだ。

畑には柵を張り巡らしてあるが猿なら難なく乗り越えるだろう。

ご馳走がいっぱいの畑である。どんなにか喜んだことだろうか。



工場の仕事はいくらでもあったが義父は明日の田植えの準備をしていた。

友人達がまた手伝いに来てくれるので段取りは肝心である。

腰痛を忘れたかのように忙しく走り回っていた。


同僚は村営バスの定期点検であったがタイヤ交換があり苦労していた。

専用のタイヤチェンジャーがないので手間が掛かり過ぎるのだ。

午前中には終わらず午後は暑さで堪えたことだろう。

定時で退社するのも気が引けたが今日はリハビリの日である。

予約時間に遅れてはならず同僚に声を掛けて退社した。


今週は足の痛みがあったのでU君に告げると

いつも以上に念入りに揉み解してくれた。

特にふくらはぎはパンパンに張っており随分と楽になる。

施術中はずっと目を閉じでいたが時々薄目を開けてU君を見た。

いつもマスクをしているが外した顔を見てみたいと思う。

あれも訊こうこれも訊こうと思うばかりで何も訊けなかった。

患者と療法士の壁はけっこう厚く硬いようである。


買物を終えて4時半に帰宅。

今日はめいちゃんが学校を休んでいたので気になっていたが

特に体調が悪いのでもなくズル休みだったようだ。

その日の気分次第であり娘も無理強いはしない。

あやちゃんのこともあるので心配すれば切りがないが

明日はきっとケロッとして登校してくれるだろう。

めいちゃんの大好きな「枇杷」を買って来ていたら

「やったあ」と喜んでくれてほっとした。


5時になり娘が「今夜は何?」と訊く。

メニューがすっかりマンネリ化していて気に入らなかったようだ。

いっそ所帯を別にした方が良いのではと本気で思う。

しかしそうなれば互いに角が立つことだろう。

ひとつしかない台所である。どちらかが遠慮を強いられるのは見えている。


食堂に置いてある小さなテレビが突然映らなくなった。

もう古いテレビなのでそろそろ寿命かもしれない。

夕方のローカルニュースも見えず何とも静かな夕食であった。

いつものように夫と先に食べたが喉に詰まりそうである。

娘は黙々と孫達のハンバーグを作っていた。


明日の朝も映らなかったら新調することになった。

早速アマゾンで見つけたが注文はまだ見送りである。

たかがテレビであるがその音にどれほど助けられていたことだろう。

映らないと云うだけで家の明りが消えたようになった。


「お母さ〜ん」とめいちゃんが娘を呼んでいる。

あやちゃんの姿は昨夜から見ていない。


※以下今朝の詩


     雨の花

   雨が咲いている
   それはちいさな花
   きっと昨日まで
   蕾だったのだろう

   幼子の赤い長靴
   水色の雨傘
   ぴちぴちちゃぷちゃぷ
   雨の歌声が聴こえる

   失うものなどありはしない
   哀しいこともありはしない

   雨の花は寄り添いながら
   互いを励まし合っている

   咲けば枯れる咲けば散る
   神様がそう教えてくれた

   けれども頷きはしない
   認めてしまえば切なくて
   花びらが震えてしまう

   雨が咲いた昼下がり
   おひさまは雲の上で微笑んでいる





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