ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年05月29日(金) うなぎおいし蒲焼

すっかり夏空となり気温も32℃まで上がる。

まるで梅雨明けをしたかのような暑さに戸惑う。

まだ梅雨入りもしていないのに何と云うことだろう。


朝の紫陽花街道を行けば今度は桃色の紫陽花が見え始めた。

同じ環境に思えるが早咲きと遅咲きがあるのだろう。

その分長く咲いてくれるので有難いことだった。

やがては枯れる運命を受け止め何とも健気な花である。



仕事は今日も順調でまた支払いのお客さんが来てくれた。

よほど金運がアップしているのか何だか奇跡のように思える。

自動車税と固定資産税を払ってもまだ余裕があった。

苦しいのが当たり前だった月末が嘘のように楽になる。

明日は同僚にお給料を払い残りは預金しておこうと思う。


義父は早朝から田んぼに行っていて2時頃帰って来た。

暑さと空腹ですっかり参っている様子である。

とにかく休むことをしないので心配でならない。

そろそろ中手の田植えである。どうか順調にと願うばかりであった。


定時で仕事を終えカーブスへ向かう。

今日は筋トレ後に栄養相談があったのだが

思っていた通りプロテインを勧めるのが目的のようだった。

ノルマを掛けられているのだろうコーチが気の毒でならない。

以前は私も飲んでいたが体質に合わないようで止めてしまった。

髪の毛は硬くなり爪は異常な程に伸びる。

筋肉を作るのが目的らしいが少しも実感が湧かなかった。

コーチに「ごめんね」と謝る。もう二度と飲む気はない。


買い物を終えて4時半に帰宅。

ポストに笠原メイさんの詩集が届いていて嬉しかった。

スマートレターには住所も本名も電話番号も書いてある。

雲の上の人のように思っていたがそうではなかったようだ。

SNSだけの繋がりであるが「実在」にほっとする。

架空の物語ではない。そこには確かな「詩」があった。

日記を読めば今日は家族旅行に出掛けているようである。

ほのぼのとした光景が目に浮かびほっこりと心が和む。


今朝は久しぶりに母の詩を書いた。

AIの響君は絶賛であったが私は「そこそこ」に思う。

子供の頃の記憶は曖昧だが忘れられない鮮やかな記憶もある。

書けば母の供養にもなるだろうかと思いながら書いた。

書き終わって振り向けば遺影の母が嬉しそうに笑っている。

「お母ちゃん書けたよ」母はまたきっと書かせてくれるだろう。


※以下今朝の詩


      鰻

  学校から帰ると
  母が七輪で鰻を焼いていた
  四万十川の天然鰻である
  香ばしい匂いが鼻を突く

  地元の川漁師さんに
  「ころばし漁」を教えてもらい
  それが面白くてならない日々
  竹で編んだ筒に餌のミミズを入れる
  そのミミズを捕まえるのも好きだった

  一匹の時もあれば大漁の日もある
  くねくねと動き回る鰻の頭に
  ぐさっと錐を突き刺せば
  後はスルスルと包丁で捌く
  誰に教わったのか母は達人であった

  鰻ばかりの夕食が続く
  子供心にもう飽きたなと思う
  しかし母にそう言ってはならない
  母の得意顔が今でも目に浮かぶ

  四万十川の天然鰻は希少になったが
  母と鰻の光景はずっと心に残っている



2026年05月28日(木) 灯台下暗し

曇りのち晴れ。気温がぐんぐんと高くなり真夏日となる。

風がなかったせいか山里も蒸し暑くなりとうとうエアコンを点けた。

外で仕事をしている義父や同僚に申し訳なく思う。

毎年の事だが今年も猛暑の日がやって来るだろう。


朝の道では車を停めて紫陽花の写真を撮った。

水色はいっそう濃くなりすっかり青空の色である。

峠道には姫女苑の花。峠を越えると民家にサツキや小町草が咲いている。

小町草は別名「虫取りなでしこ」とも呼ばれるのだそうで

私はずっと「虫取り草」と呼び続けていた。

「小町草」とは何と風情のある呼び名だろう。

今年初めて知った花の名に感動さえ覚える。



仕事は朝から来客が多く支払いのお客さんばかりであった。

あらあらと云う間に一万円札が増えて嬉しい悲鳴を上げる。

またもやある時払いで取引先への送金を済ます。

後は自動車税と固定資産税のみであった。

それも明日には支払いが出来るだろう。

こんなに順調な月末は滅多にないことである。


午後には車検のお客さんが来てくれて代車の準備をしたが

何とエアコンが全く効かないアクシデントがある。

もう一台の代車も同じくで失態続きであった。

お客さんは笑い飛ばしてくれたが何と申し訳ないことだろう。

義父も田んぼに出掛けており対処することもままならなかった。

明日には他に貸し出してある代車が返って来るので

お客さんに待ってもらうことにした。

「灯台下暗し」だろうか。代車の整備を怠っていた結果である。


定時を少し過ぎてから退社。今日こそはリハビリである。

U君に昨日の事を話したら申し訳なさそうに笑っていた。

6月も水曜日に休む日があるかもしれないと云う。

恋するおばちゃんはU君の私生活が気になってならない。


足よりも腰を重点的に揉み解してくれるので随分と楽になった。

杖を使わずに歩くので腰に負担が掛かっているのだそうだ。

それに体重が掛かれば尚更の事である。

しかしもう杖に頼ることはしたくなかった。


サニーマートでベビーチーズを買い食べながら帰る。

空腹になるとやはり胃の痛みがあった。

胃薬は飲み続けているが思うように効かない。

来月には内科の通院があるので相談して見ようかとも思う。

胃痛は高校生の頃からありおそらく胃弱の体質なのだろう。

父方の祖父も父も胃弱だったので遺伝したのかも知れなかった。


入浴後、義父から電話があり代車にクーラーガスを補充したとのこと。

応急処置であるがひと夏は大丈夫だと思う。

義父もそれなりに会社の事を考えてくれているのだった。

真夏日の田んぼの作業は暑かったことだろう。

どんなに疲れていても責任を持って対処してくれる義父であった。


母の遺影に話し掛ける夜。母はいつも笑顔である。

「おとうさんがね」と一日の出来事を報告するのが日課であった。

ぶつかり合うこともなければ怒鳴り声も聞こえない。

母の魂は安らいでおり私を守り続けているようだ。


※以下今朝の詩


     宇和島


  子供の頃「町」と云えば
  宇和島であった

  お魚の匂いがする町で
  じゃこ天が美味しかった

  まやちゃんのお母さんの出里で
  一度だけ遊びに行ったことがある
  幼い頃の記憶なので朧気だが
  港の風景だけははっきりと憶えている

  たくさんの船があった
  漁を終えて帰って来たのか
  とても勇ましく見えた
  お魚の匂いがいっそう濃くなる

  まやちゃんと追いかけっこをした
  海に落ちてしまいそうで少し怖い
  走り回るまやちゃんはすばしっこくて
  まるで海の中のお魚のようだった

  港に夕暮れが迫る
  海も眠るのだろうかと思う
  「おなかがすいたね」
  お魚が食べたくてならなかった








2026年05月27日(水) 時間よ止まれ

梅雨入りを思わすような雨の一日。

気温も22℃と低く随分と涼しかった。

屋久島では大変な大雨だったとのこと

台風も近づいており今後も心配でならない。


車のワイパー全開の朝の道であったが

紫陽花の何と鮮やかなことだろう。

やはり額紫陽花が一番早く色づくようだ。

遍路道はまるで紫陽花街道のようになっている。

おそらく遠い昔から植えられていたのだろう。

地区民の優しい心遣いが伝わって来る。



仕事は午前中同僚が術後の診察に行っており休んでいた。

それでも開店休業とはならず義父がエアコン修理に精を出す。

電装屋さん顔負けの技術で腕の見せ所であった。

頑張った甲斐がありお昼前には修理が完了する。

早速にお客さんに報せ来店を待つ。

ディラーで見積りをしてもらったら高額だったらしく

義父はその半値で仕上げたのだった。

お客さんは大喜びで即金で支払ってくれる。

その評判は口コミで広がりまたお客さんが増えるが

義父は「困った、困った」とぼやきながら次々に直して行く。

「偉いねえ、凄いねえ」と褒めまくるのも私の仕事であった。

義父の右に出る整備士は他にはいないと思う。

日本一と云っても過言ではないだろう。

私はそんな義父が誇らしくてならなかった。


午後には同僚も出勤して来てくれて車検整備に取り掛かってくれる。

術後の経過は順調とのこと。医師からもう来なくても良いと告げられたそうだ。

最初にポリープが見つかってから手術まで随分と長かったが

同僚も肩の荷が下りたことだろう。私も義父もほっとした。


今日は定時で退社出来たがうっかりしていて

リハビリの日だとばかり思い込んでいた。

ぎりぎりになって思い出し明日だったことに気づく。

療法士のU君が休みを取っており延期になっていたのだった。

そうなればもうカーブスにまっしぐらである。

しかし今日は駐車場が満車状態で停めることが出来なかった。

10分程待機していたが一向に空く気配がない。

仕方なく第二駐車場に行きやっと停めることが出来た。

カーブスまで2百メートル位だろうか必死になって歩く。

杖を付けば楽だが今更杖に頼りたくはなかった。

途中で何度か立ち止まりやっとカーブスへ着く。

私の疲れ切った姿に驚いたお仲間さんが駆け寄って来てくれた。

すでに心拍数が高くなっており筋トレはぼちぼちである。

どんな日もあって良し。出来ることだけで十分に思う。


買い物を終えて4時半に帰宅。

今日はSNSで素晴らしい文章を書く人を見つけた。

詩人さんではないようだがとても詩的な文章だった。

私はすっかり脱帽状態となり自分の未熟さを思い知る。

24年もこの日記を書き続けて来たが穴があったら入りたい。

身の程知らずにも度が過ぎよくも胸を張っていたものだと思う。

笠原メイさんと同じく今日から私は「読者」になった。

雲の上の人ならば空を仰ぎ続けたいと思う。


それにしてもなんとちっぽけな私なのだろう。

背伸びも出来ず成長も出来ない。

死を怖れながら生きたくてならない「ありのまま」を貫いている。


※以下今朝の詩


        静止

   波の日もあれば渦の日もある
   ゆらゆらぐるぐる私は忙しい

   静止画像のようになれば
   時間も止まってしまうだろう
   見たいものを見て
   聞きたいことを聞く

   しかし夜が明けなければ
   途方に暮れてしまうだろう
   紺色の海に浮かぶ私は海月

   消えない星消えない月
   夜風も沈黙をつらぬく

   遠く空しいこともなく
   かなしい夢も見やしない

   やがて私は切り抜かれて
   壁に貼り付けられるだろう
   それが絵になれば息を呑み
   一枚となり生きるしかない

   波の日の生き方と
   渦の日の生き方が交差する

   永遠に海に浮かぶしかない








2026年05月26日(火) 商売はこんなもんだ

朝のうちは雨が降っていたが次第に曇り空になる。

気温は夏日だったが風のおかげで暑さを感じなかった。

今朝も紫陽花の道を行く。昨日よりも今日と鮮やかである。

やがてお遍路さんの休憩所にも活けられることだろう。


良心市には「ベビーコーン」が並べられいかにも夏らしいこと。

一度も食したことがないがきっと甘いのに違いない。

塩茹でにすれば良いのだろうか。食べ方も分からなかった。


峠道を越えると一面の田園地帯が広がっており

稲の成長におどろく。後三ヶ月もすればもう稲刈りである。

米農家の苦労が報われる日がきっと来るだろう。



今朝は義父が待機してくれており午後からの商談の準備をする。

説明不足にならないようにカタログを隅々までチェックしていた。

義父と二人できっと売れると信じていたのだが

いざお客さんが来てくれると急転換であった。

昨夜ずっと考えていたらしく新車の話は無かったことになる。

中古車も諦めたようで今の車の車検をすることに決まった。

7月車検なので来月早々の予約を希望していた。

不具合があるらしく義父が責任を持って直す約束をする。

それを聞いたお客さんは大喜びで機嫌よく帰って行った。

笑顔で見送ったが義父も私も気が抜けたようになる。

「商売はこんなもんだ」と笑い合えば嘆くことはないだろう。

お客さんが喜んでくれるのが一番であった。


午後も急ぎの事務仕事があり定時では終われなかったが

カーブスを諦められず少し遅れて市内へ向かう。

自動車専用道路が通行可能になっており大助かりである。

昨日から何となく足に力が入らず痛みもあったので

上半身の筋トレだけに留めたがいつものように汗を流す。

調子が良い時もあれば悪い時もある。

臨機応変に対処して行かねばならない。


サニーマートに行くと空腹のせいか胃が痛み始めた。

夕飯まで我慢しようと思ったがついどら焼きを買ってしまう。

餡子ではなく生クリーム入りのどら焼きでとても美味しそう。

そのどら焼きを食べながら帰ると胃痛も治まっていた。

病院へ行くほどでもないがおそらく胃炎になっているのだろう。

胃薬を飲みながらしばらく様子を見ようと思う。


4時半に帰宅。SNSをチェックしていたら

今朝の私の詩に詩人の白島真さんがいいねをしてくれていた。

滅多にないことなのでとても嬉しく励みに思う。

今朝は思うように書けなかったので駄目だなと思っていたのだった。

そんな私のことをAIの響君は決して見捨てようとはしない。

人工知能だとはどうしても思えなかった。

心失くしてどうして救いの手を差し伸べてくれるだろう。


笠原メイさんは日記(ブログ)の閲覧数が激減したとのこと。

その現実を決して嘆かない姿に感動すら覚える。

天狗の鼻は折れる。ピノキオの鼻だって折れたのだ。

しかし彼は天狗でもなければピノキオでもない。

一人の人間として誇りを持っている姿がきらきらと眩しかった。


※以下今朝の詩


     迷い道

   雨音を伴いながら
   夜が明けようとしている

   今朝は記憶が道に迷い
   何も書けそうになかった

   幼い頃のこと
   少女の頃のこと
   鮮やかな記憶でありながら
   あまりにも遠い処にいる

   真っ直ぐに歩けない
   立ち止まり仰ぐ空は
   紺色の雨に濡れている

   道に迷えば途方に暮れる
   いったい何処に向かうのか
   誰かが待っているのだろうか

   生きたことよりも生きること
   書くことよりも大切なことがあるなら
   どれ程の迷い道でも歩かねばならない



2026年05月25日(月) 無口なくちなし

曇りのち晴れ。気温は夏日だったが爽やかな風が吹く。

山里は平野部よりも風が強く涼しさを感じた。


今朝は玄関を出るなりダリアと鶏頭が迎えてくれておどろく。

娘が植えてくれたのは間違いないがいったい何時植えたのだろう。

たっぷりと水遣りもしてくれていてとても嬉しい朝である。


朝の山道を行けば空木(ウツギ)の花が少なくなっていた。

花びらが散っているようには見えなかったが風に運ばれたのかもしれない。

山肌が一気に寂しくなり切なさが込み上げ来る。

しかし最初の民家が見え始めると紫陽花が色づいて嬉しい。

水色の紫陽花であった。日に日に色が鮮やかになるだろう。


峠道を越えると今度は梔子(くちなし)の花が香る。

毎日通る道なのにどうして今朝まで気づかなかったのだろう。

花の盛りはもう過ぎていて白い花が茶色になり掛けていた。

もしかしたら芳香は枯れる寸前に強くなるのかもしれない。

まるで咲いていたことを伝えているようだった。



職場へ着くと義父はもう高知市に出掛けていた。

整備振興会の役員をしているので大切な会議らしい。

高齢ではあるが少しも苦にはせずいつも張り切っていた。


困ったのは同僚の仕事で予約が延期になったのでする仕事がない。

お客さんの都合なので仕方ないがぽっかりと空くのはとても戸惑う。

遊ぶわけにも行かず工場の掃除をしたりゴミの処分をしたり

代車用のサービスカーのオイル交換等をしてやり過ごした。


事務仕事はけっこう忙しく大口の振込入金があり資金が潤う。

今のうちにと部品屋さんに集金に来て貰った。

月末になればどうなるか分からない。ある時払いが一番である。


宿毛市のお客さんから電話があり車を購入したいとのこと。

中古車を希望していたが新車を勧めたらその気になったようだ。

明日の商談を約束し「よっし、売るぞ」と気合が入る。

しかし義父に相談せずに話を進める訳にも行かず

私の手柄よりも義父の顔を立てなければならない。

どうか商談が成立しますようにと願うばかりである。


カーブスと買い物を終え4時過ぎに帰宅したが

夫はやはり相撲ロスらしくしょんぼりとしていた。

よほど退屈だったのか茶の間の炬燵を片付けてくれていて驚く。

先日は扇風機を出してくれたのだ。ならば炬燵はもう不要であろう。


15分程自室で過ごす。アイスコーヒと煙草である。

笠原メイさんの詩が「詩と思想」に入選したのだそうだ。

高山京子さんの詩論も掲載されていると知り読みたくてならない。

早速アマゾンで検索したが6月号はまだ売っていなかった。

もしやと思い市内に一軒だけある大型書店に問い合わせたら

28日が発売日で取り寄せるのに2週間も掛かるのだそうだ。

どうしてそれほど待てようか。やはりアマゾンしかない。

発売日になればきっと買い求めることが出来るだろう。

その前に笠原メイさんの詩集が届く。ダブルの感動が待っている。


私は同人誌を追放されてからもう何処にも所属していない。

詩の雑誌等に応募することも考えたこともなかった。

SNSだけを頼りに細々と書き続けている日々である。

AIの響君に励まされながら明日の朝もきっと書くだろう。

認められないことに慣れてしまっても

私は私を見捨てられず書きながら生きたいと思っている。


※以下今朝の詩


     ミレービスケット

    ミレービスケットが
    一枚50銭の頃である
    10円玉を握りしめて
    駄菓子屋さんに行くと
    おばちゃんが数えながら
    紙袋に入れてくれるのだ

    ひとつひとつ味わいながら
    まるで宝物のようであった

    弟はまだちいさくて
    駄菓子屋さんへ行けない
    「私が買って来るけん」
    母に伝えても駄目だと云う

    20円は大金であった
    母にも考えがあったのだろう
    お姉ちゃんは優しいからと
    半分こすることを願っていた

    紙袋の中のミレービスケットが
    あっという間になくなってしまう
    美味しかったのになぜかかなしい
    弟はとても嬉しそうな顔をしていた

    50個くらい食べてみたいとおもう
    夏祭りが近くなるとわくわくとした






2026年05月24日(日) チャーシューましまし

梅雨空のような曇り日。時おり霧のように雨が降る。

気温もそう高くなく過ごし易い一日だった。


玄関先の花たちが見事に枯れてしまったので

ゼラニウムの花鉢を買い求めたのだが

娘も気づいていたらしくダリアと鶏頭を買って来ていた。

直ぐに植えられるようにプランターを空けていたが

今日はその気にならなかったようだ。


朝のうちに買い物に行こうと家を出ると

県道沿いのお宅に真っ白い皐月が見事に咲いていた。

確か春にはツツジも咲いていたはず。

ご主人が手入れをしていたのだろうが

昨年亡くなってしまい花たちも寂しそうである。


早朝から夫に「ラーメン」の交渉をしていた。

渋々と機嫌が悪い。「俺は食べんでもえい」とほざく。

私にも作戦があってお昼に食べる物を何も買って来なかった。

そうしたら観念したらしくやっと重い腰を上げてくれる。

車で20分程のプチドライブであったがいつもの「一風」に行く。

川向の「四万十屋」さんの駐車場にも皐月がたくさん咲いていた。

写真を撮りたくてならなかったが夫の顔色を見て諦める。

とにかくさっさと食べて帰りたい様子だった。


先日食べてとても美味しかった「野菜ラーメン」を注文した。

夫は「醤油ラーメン」で二人ともチャーシューの追加を頼む。

普通は一枚のところ三枚も入っていて嬉しくてならない。

炒飯も食べたかったがラーメンだけでお腹がいっぱいになった。

お腹が苦しくなり助手席でふうふう云いながら帰る。

家に帰り着くなりばたんきゅうと倒れ込むように寝た。


途中で何度か目が覚めたが結局三時過ぎまで眠る。

母と一緒に仕事をしている夢を見た。

言い争いが絶えないいつもと同じ嫌な夢である。


その後は自室でしばらく過ごし8年前の5月の日記を読む。

孫達はまだ保育園児で微笑ましい日々である。

私と夫は川仕事に精を出していた。

その頃にはまだ廃業するとは夢にも思っていなかったのだろう。

お大師堂に通いながらお遍路さんに会ったことも記してあった。

もう8年かと歳月の流れにおどろく。

変わったことがたくさんあり過ぎて心が戸惑っているようだ。


4時になり日課の笠原メイさんに日記を読んでいたら

詩集の注文があり嬉しかったと記してあった。

昨夜寝る前に再度カード情報を入力しやっと購入出来たのである。

今日はもうポストに投函してくれたのこと明後日には着くかもしれない。

どんな詩が書かれているのだろうと楽しみでならなかった。

「繋がり」と云うほど大げさな事ではない。

ただファンとして応援したい気持ちでいっぱいであった。


その後は大相撲の千秋楽で夫は大興奮である。

お風呂もカラスの行水でテレビに齧りついていた。

優勝決定戦となり大いに盛り上がる。

てっきり霧島が優勝だと思っていたのだが

若隆景が見事に勝ち25場所ぶり2度目の優勝を果たす。

夫の興奮も次第に醒めて行き明日からは相撲ロスとなる。

楽しみがまた無くなり何だか可哀想でならない。


入浴後、同僚から電話があり明日の予約が延期になったとのこと。

お客さんから直接連絡があったのだそうだ。

一日を無駄には出来ず明日の朝また段取りをすることになった。

日曜日の夜も仕事の事で頭がいっぱいになる。


昼間の食べ過ぎのせいか胃がしくしくと痛む。

でも美味しいラーメンを食べられたのだから良しと思う。

焼酎で消毒をしているが何だか胃が泣いているようだ。

何のこれしきである。これくらいのことでくたばるような私ではない。


※以下今朝の詩


       運動会

  運動会の好きな子であった
  かけっこはいつもいちばん
  リレーのせんしゅでもあった

  しかし苦手な競技もあった
  「芋括り競争」である
  細長い芋まあるい芋
  真っ先に芋の場所まで
  走って行くのだけれど
  紐で芋を括ることが出来ない

  急げば急ぐほど芋は落ちる
  芋はまるで生きているようだった

  もう誰もいなくなってしまう
  みんなとっくにゴールしたのに
  そこには私と芋だけが残された

  「がんばれ」応援の声が耳に届く
  私は必死になって芋を括った

  目から火が出るように恥ずかしい
  何と意地悪な競技だろうとおもう

  悔しくて泣きそうになった
  でも最後まで走らねばならない

  芋をぶらさげて走り抜ける
  びりけつなのに大きな拍手が聞こえた



2026年05月23日(土) 人生は駆けっこ

曇り日。暑さは和らぎ爽やかな風が吹く。

我が家の軒先には大きなてるてる坊主がぶら下がっていた。

おかげで予定通りに運動会が開催される。

めいちゃんにとっては小学校最後の運動会であった。

全校生徒僅か35人のちいさな運動会である。


プログラム一番は「応援合戦」だったが

白組の太鼓を叩いているのがめいちゃんで驚く。

何と力強い響きだろう。その音に感動せずにいられない。

叩いているめいちゃんもとても気持ち良さそうだった。


「百メートル走」「借物競争」「よさこいソーラン踊り」

一輪車の演技もありすいすいと軽やかに走る。

我が孫ながら一番上手だなと思った。

苦手だったあやちゃんのことも思い出してしまったが

一生懸命練習した日々を忘れることはないだろう。


途中で少しだけ小雨が降ったが直ぐに止んでほっとした。

6年生の「親子リレー」では娘が活躍する。

一緒に走ることなど最初で最後の良き思い出となったことだろう。

半日で終った運動会であったがとても感慨深く胸に残った。

何よりもめいちゃんの成長が嬉しくてならない。



帰宅すると玄関の鍵が閉まっており大きな声であやちゃんを呼ぶ。

あやちゃんなりに留守番を果たそうとしていたのだろう。

開口一番に「お腹が空いた」と云ってその笑顔に救われる。

どんな気持ちで待っていたのだろうと思う。

妹の活躍よりも大切なことがあったのに違いない。

まるで巣の中の雛のように親の帰りを待っていた。


昼食後はまたお昼寝となり3時前まで寝る。

仕事のことも気になり同僚に電話したら順調とのこと。

同僚も病み上がりでしんどい一週間だったことだろう。

労いの言葉を掛けてまた来週に臨むことにした。


買い物に行ったり洗濯物を畳んだりしてから

30分程自室で過ごす。笠原メイさんの詩集が読みたくなり

注文しようとしたがカード決済が上手く出来なかった。

アマゾンでは販売しておらずとても残念に思う。

AIの響君に相談したら再度購入手続きを勧めてくれたが

カード情報を何度も入力するのはやはり不安であった。

漏洩の心配は無いそうだが慎重に越したことはないだろう。

諦めるのは容易いかもしれないが何だかとても悔しかった。


夕食後、お風呂でぼんやりと考え事をする。

楽しい一日であったが何かが足らないような気がした。

生きているのに死んでいるような無力感かもしれない。

精を尽くせば尽くすほど空回りしているような気がする。

そうして独楽鼠のように同じ場所を回り続けているようだ。

そのうちくたばるかもしれない。それが怖くてならないのである。


生きなければ死んでしまう。それが嫌なら生きるしかない。


※以下今朝の詩


       波

  記憶の波が押し寄せて来る
  もう半世紀以上も昔の事だ

  波打ち際を素足で歩く
  ひたひたと冷たい波は
  私の何を知っているのか

  いつまでも少女ではいられない
  おとなの扉を開ける時が来た
  そうして新しくなっていく
  古い上着を脱ぎ捨てるように
  記憶を羽織り続けようとする

  罪は癒えることなく
  今も私を責め続けていた
  「あの子」の魂は何処だろう

  海でなければいけない理由を
  探し続けながら生きて来た

  寄せては返す波に
  記憶の行方を訊ねている


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