曇り時々晴れ。気温は28℃に留まり過ごし易い一日だった。
東北の福島県では35℃を超えたそうでおどろく。
涼しいイメージがあるのだが分からないものである。
お天気は下り坂で今夜遅くには雨が降り出しそうだ。
しばらく雨の日が続くそうで梅雨入りになるかもしれない。
朝の道でまた気になる花を見つける。
山肌からこぼれるように咲く白い花であった。
低木と思われるが遠目ではコデマリにも似ていた。
花の形が確認出来ず写真を撮ることも出来ない。
ここ数日で一気に咲いたので初夏の花なのであろう。
山野草に詳しい愛子ちゃんなら知っているかもしれない。

今日は義父が高知市へ出張だったので見送ろうと思っていたが
いつもより早めに出たらしくもう乗用車がなかった。
何だか気が抜けたようになり緊張感が薄れる。
特に急ぎの事務仕事もなくユーチューブばかり見ていた。
来客もなく電話も鳴らない何と退屈な一日だったことだろう。
同僚も午前中に車検整備が完了し午後は一般修理だった。
義父が既に確認しており部品も届いていたのでスムーズに捗る。
車を預かってから一週間が過ぎていたので気が気ではなかったのだ。
同僚に声を掛け定時で帰路に就いたが
今日も自動車専用道路が通行止めだった。
事故ではなく維持工事をしているらしい。
今までは夜間にすることが多かったが例外もあるのだろう。
交通量の多い昼間にするのも考えものである。
のろのろと国道を走り今日も市内まで40分を費やす。
カーブスはまたいつものメンバーで楽しくてならない。
いかにもオバタリアンたちの「三時の集い」であった。
気分がとても明るくなる。これが自分だろうかと思うほど朗らかになる。
買い物を終えて4時過ぎに帰宅したが居るはずの夫が留守であった。
後から訊けば息子からお小遣いをもらったとのこと。
早速車のガソリンを入れに行っていたのだそうだ。
日頃から百円亭主なのでガソリン代も申告制にしてある。
親孝行な息子が嬉しくてならなかったようだ。
夕飯はお素麺を10束湯掻いた。夫とあやちゃんの好物である。
食い意地の張っている夫はずるずずると何杯も食べた。
あやちゃんは錦糸卵が要るので娘がせっせと焼く。
今日も平和な夕暮れ時であった。
入浴を済ますと寝室に扇風機が置いてあり助かる。
夫が各部屋に出してくれたのだそうだ。
昨年の埃をそのままに押し入れに突っ込んであったのだが
夫が外で洗っているとお隣の奥さんに見つかり
「もう仕舞うがかね」と云われとても恥ずかしかったらしい。
私の怠慢は一年後に発覚するのである。
毎晩8時になると夫が茶の間をめいちゃんに明け渡す。
子供部屋はあやちゃんに占領されておりめいちゃんの部屋はなかった。
それも憐れでならないがめいちゃんは茶の間がお気に入りのようだ。
宿題をしたりテレビを見たり好きなように過ごしている。
自分の部屋が欲しいとは一言も云ったことがない。
何と健気なことだろうと感心せずにはいられなかった。
9時なると「おやすみ」の声がこだまする我が家である。
私は寝室へ行き夫の寝息を聞きながら毛布に包まるのだった。
※以下今朝の詩
遍路道
朝の遍路道を行くと 道端に休憩所がある
小さな空間であるが テーブルと椅子があり 旅人は足を休める
テーブルの上には 大きな花瓶があり 季節の花が活けてある
昨日はアマリリスだった 真紅の鮮やかな花である 気忙しい朝の時間に 何と心が和んだことだろう
旅人もほっと重い荷を下ろす 厳しい土佐路の道で 足は棒のように固く痛んだ
曲がりくねった山道を進むと 険しい峠道が目の前にある 越えなければならない 歩き続けなければならない
送り出してくれた家族を想う 老いた母は涙ぐんでいた どうか無事にと両手を合わす
もう少しあと少しである 峠を越えると田園が広がり 植えられたばかりの早苗が きらきらと輝いているのだった
風があったせいか昨日よりも暑さが和らぐ。
しかし日向では真夏のような陽射しであった。
全国的にも気温が高くなり
大分県の日田市、兵庫県の豊岡市では35℃を超えたそうだ。
熱中症で搬送された人はいなかったようで何よりである。
お天気は明日から下り坂となり気温も平年並みになりそうである。
会社はほぼ半月の臨時休業を終え今日から正常に戻った。
同僚はまだ本調子ではなさそうだが何とか出社して来てくれる。
早速大型車の車検整備に取り掛かってくれ大助かりであった。
スケジュールは月末まで埋まっており順調にと願うばかりである。
驚いたのは同僚が禁煙を成し遂げていたことだった。
入院中に決心したとのこと、その意志の強さには頭が下がる。
もう二度と吸わないと宣言し私は一気に肩身が狭くなった。
そんな同僚を見習わなければと思い今日は節煙を心掛ける。
そのうち禁煙をとも思うが全く自信がなかった。
また禁煙鬱になるかもしれず精神的な打撃が怖くてならない。
午前中、義父は田んぼの見回りに行っていて
水枯れしている田んぼがあったらしく大わらわであった。
水路に草や土砂が詰まっていたそうで取り除く作業に精を出す。
午後からはまたトラクターで田んぼを耕しに行った。
中手の田植えが終わるまではまだまだ忙しいことだろう。
無理をしないように同僚に声を掛けて定時で退社したが
事故でもあったのか自動車専用道路が通行止めになっていた。
仕方なく下道の国道を走ったが市内まで40分も掛かる。
少し遅れたがカーブスでいつものお仲間さんに会えて良かった。
あまりに汗をかくので初めてマスクを外してみたのだが
顔の雰囲気が全く違うらしく口々に声が掛かる。
「可愛らしいろ」と私がおどけて云えば皆が大笑いになった。
「口紅も塗らんといかんね」と調子に乗って追い打ちも掛ける。
和気あいあいと何と楽しいことだろう。笑顔でいっぱいになった。
4時半に帰宅したが夫は留守であった。
今朝息子の車がパンクしていたので送り迎えをしていたようだ。
「遠い親戚より近くの他人」と知り合いの修理工場に修理を頼んだのだが
タイヤの破損もあり4本とも交換が必要とのこと。
車の事には全く無関心な息子も何とか納得したようだった。
けい君の近況も訊くことが出来て自転車ではなく徒歩通学らしかった。
自転車の交通規則も厳しくなり徒歩の方が安心なのだろう。
幸い中学校は近いので遅刻する心配もなさそうである。
息子にもけい君にもお正月以来会っていなかった。
同じ市内でも随分と遠い存在に思える。
5時には夫が帰って来て大急ぎで入浴を済ますとまた大相撲だった。
鮪のお刺身を一人で全部平らげようとするので文句を云うと
二切れだけ私に残してくれてへらへらと笑っているのである。
何と食い意地の張った人だろうと今更ながらに思う。
それも些細な事となり平和を絵に描いたように夜が更けて行く。
月のことも星のことも知らない。
眠らない鳥は暗闇を待っているのだろうか。
※以下今朝の詩
夏布団
しぶしぶと痛む 大したことではない いつものことである
夏布団は早過ぎたようだ 夜中に肌寒くなり 誰かが左足を引っ張る 悲鳴を上げれば夫に叱られた
草木も眠る丑三つ時のこと 眠らない鳥の鳴き声がする 暗闇を飛び交いながら 鳥達は恋をするのだそうだ
芋虫のように布団に包まる 痛む左足を庇いながら 夢の続きを見ようとした
母ならばきっと助けてくれる 子守歌を歌ってくれるだろう
4時のアラームが鳴り響き また新しい朝がやって来る
夏布団は押し入れに仕舞おう
最高気温が30℃に達し真夏の暑さとなる。
同じ市内の江川崎では33℃を超えていたそうだ。
まだ5月だと云うのに異常としか思えない気温である。
週間予報では来週から雨の日が多くなり
そろそろ梅雨入りが近くなりそうである。
梅雨も無くてならない季節であり雨も良しと思いたい。
お向かいの奥さんから頂いていた「ピンクパンサー」が枯れ
たくさんの種が見えるようになった。
剪定した方が良いのだろうかと奥さんに訊ねると
そのまま放置していたらこぼれ種が育つのだそうだ。
しかし我が家はコンクリートの庭なので困難に思える。
お隣が空家なので間借りすることも考えているが
不動産屋さんが見回りに来たら注意では済まないだろう。
種を採って保存し時期が来ればまた蒔いた方が良いのかもしれない。
つくづくと土の庭が欲しくてならない。

特に予定もない日曜日でプチドライブに行きたかったが夫に却下される。
先日「一風」で食べた「野菜ラーメン」の味が忘れられない。
「この前食べたばかりじゃないか、贅沢を云うな」と叱られた。
仕方なくお昼には残りご飯で「ビビンバ」を作り
インスタントラーメンでお腹を満たす。
そのまま倒れ込むようにまた茶の間でお昼寝をする。
しかし暑さのせいだろうか2時にはもう目が覚めてしまった。
久しぶりに姑さんの夢を見て仲良く洋菓子を食べていた。
現実では在り得ないことだから夢なのだろうと思う。
二階の自室へ行けば室温が33℃もあった。
窓を開け放していたが扇風機で涼を取る。
ユーチューブでまた「チロちゃん」を見ていた。
4月にアップされたばかりの動画で興味深い。
93歳のおばあちゃんが「筍ご飯」を作っていた。
お孫さんが傍からあれこれとちょっかいを出すのが面白い。
新しい炊飯器は93歳の誕生日にお孫さんがプレゼントしてくれたそう。
欲しかったのだそうだ。何と嬉しそうな笑顔だろうか。
夕食はいつもお孫さんと二人きりだった。
おじいちゃんは亡くなってしまったのでお孫さんと二人暮らしらしい。
詳しいことは公開されておらずただただ想像するばかりである。
ユーチューバーのお孫さんは個人が特定出来ないようにと
細心の注意をしているらしいが近所の人には知れ渡っているだろう。
おばあちゃんはもう有名人であった。百歳になっても有名人であって欲しい。
またきっと新しい動画がアップされるのが楽しみでならない。
午後4時、部屋には西日が射しこみうだるような暑さとなる。
もう我慢が出来なくなり茶の間で大相撲を観ていた。
夫の解説も面白く興味津々の顔を見せなければならない。
明日からはもう後半戦となる。一週間の何と早いことだろう。
5時になると台所も暑く夫が扇風機を出してくれた。
娘は20匹の海老フライと格闘しており私は肉じゃがを作る。
夫は昨夜の残り物でビール三昧であった。
大関の琴桜が負けて霧島も負けてしまった。
「面白くなったぞ」と目を輝かせていた。
夕食後はひと休みしてお風呂であったが
今夜はめいちゃんが先に入っていてしばらく待つ。
あまりの暑さに水遊びをしていたのだそうだ。
「おばあちゃん出たよ」と大きな声で呼んでくれる。
汗びっしょりになっていた髪を洗った。
ぐうぱあ体操は50回で諦めてしまう。
換気扇は回っていたが何と暑いことだろう。
まだまだ序の口であるが真夏の入浴が思い遣られた。
陽が沈むのを見届けて儀式のようにこれを書いている。
平凡を絵に描いたような一日であったが書かずにはいられない。
そうしなければ明日の私に会えないような気がするのだった。
栞を挟めばきっと明日が来るだろう。
しわくちゃの栞に息を吹きかけている「いま」であった。
※以下今朝の詩(52年前の記憶)
営業所
ラジオ体操が終わると 朝礼が始まる 皆が大きな声で訓示を読む
壁には成績表が貼ってあり 公文さんがトップであった よっし今日も頑張るぞ 公文さんの目が輝いている
乾さんは配送係 私は事務員である 所長の松木さんは 厳しそうで優しい 時々昼食に誘ってくれた
皆が一斉に出掛けて行くと 営業所には私一人が残る 窓からはテニスコートが見え ビルの一階はパン屋さんだった
壁一面の本棚には 百科事典や文学全集が並び 好きなだけ読むことが出来る 見本なので汚してはいけない どきどきしながらページを捲る
4時を過ぎると皆が次々に帰って来た 公文さんは百科事典を売ったのだそうだ 胸を張り得意顔で笑顔を見せる
売れた人売れなかった人 その表情を見れば一目で分かる
窓に夕陽が射し始めると一日が終わる 私は自転車に乗って家路を急いだ
最高気温が27℃、すっかり初夏の陽気となる。
沖からの南風が心地よい一日だった。
夫に手伝ってもらって敷布団を干しシーツも洗う。
我が家では滅多にないことでいつも万年床であった。
朝のうちにカーブスと買い物に行っていたが
県道沿いのお宅にもう額紫陽花が咲いておりおどろく。
その根元を見ればドクダミの花も咲いていた。
心が浮き立ちわくわくするような光景である。
お昼にはまた巨大なお好み焼きを焼き
夫と半分こにして食べる。
お腹が一杯になりそのまま倒れ込むように寝ていた。
途中で何度が目が覚めたがそのまま3時過ぎまで寝る。
夫が洗濯物と布団を取り入れてくれていて
シーツに布団を押し込んだのだが上手く行かない。
ファスナーが千切れたり布に喰い込んだりする。
腹を立てても仕方ないが思わず「くそう」と声が出た。
汗びっしょりになり一時間程格闘しやっと仕舞が付く。
もうこりごりだと思う。滅多にしないことをするとこの有り様である。
もう4時半になっておりしばらく自室で過ごす。
笠原メイさんの日記を読んでから自分の4年前の日記を読んだ。
「けい君」のことばかり記してありどうしているだろうかと気になる。
中学生になってから一度も会っておらず息子からも何も云って来ない。
音沙汰の無いのは平穏な日々を過ごしているのに違いない。
それが嬉しいことなのか寂しいことなのか分からなかった。
5時になり娘が夕飯の支度を始め私も後を追った。
うっかり忘れていたが今夜はダンス教室があるのだった。
5時半には家を出て行くので夕飯は簡単な物にするべきだったが
大根なますが食べたくて随分と手間取る。
炊事をしている時に無意識に「ふうふう」云っているらしい。
娘と夫が顔を見合わせまるで悪口のように私をからかう。
娘たちを送り出してから夫と二人で夕食を食べた。
大根なますがとても美味しい。作って良かったなと思う。
夫は大相撲に夢中で「美味いな」も云わなかった。
霧島が6連勝でそのまま優勝するかもしれない。
お風呂に入りながらぐうぱあ体操をする。
湯船に浸かってのことで百回はけっこう厳しい。
しかしせっかく日課になったのだから続けようと思う。
入浴後の血圧は123。このところずっと落ち着いている。
7時半になったが外はまだ明るかった。
今朝は不如帰の初音を聴いたが明日の朝も聴けるだろうか。
夜明け前の「眠らない鳥」に心惹かれるばかりであった。
今はとてもゆるゆるとしている。
特に変わり映えのしない一日であったが満たされているようだ。
これ以上もこれ以下もない処で夜の帳を待っている。
※以下今朝の詩
夜明け
真っ黒だった空が 灰色に変わっていく 川向の山が見え始めると もうすぐ夜明けであった
夜風が朝風に変わり ことことと窓を鳴らす 風の声に耳を澄ましていると 忘れていた歌を思い出す
ちちちちちと鳥の囀り 雀だろうか燕だろうか 朝のいのちが耳に響く
どんな一日になるのだろう 始めてみなければ分からない
盛りを過ぎた花は枯れても 種を落とすのだそうだ その一粒を手のひらに載せよう
すくっと胸を張る 朝陽の輝きが眩しくてならない
今日も雲一つない晴天。昨日のような雷雨もなく
気温は27℃まで上がり流石に暑さを感じた。
朝の峠道を行けば先日まで沢山咲いていたウマノアシガタが姿を消す。
枯れた風には見えないのでおそらく散り落ちてしまったのだろう。
道端には夏草が生い茂っており猫じゃらしも見える。
日に日に景色が変わるのを見届けるように職場に向かった。
職場の近くには銀杏の木があるが今まさに青葉の季節である。
なんだか夏の間にエネルギーを蓄えているように見えた。
職場に着けば義父の姿があったが今日も種蒔きとのこと。
訊けば昨日は思うように出来なかったらしい。
彼女さんも来てくれており鉄工所のKちゃんの姿もあった。
鉄工所の仕事が暇な時にはよく手伝ってくれるのだ。
お昼に来客あり。例の中古車を購入してくれたお客さんだった。
車代を即金で支払ってくれとても助かった。
新車よりも中古車の方が利益が大きい。
在庫の中古車が完売したらと夢のように思う。
午後は来客もなく退屈でならなかった。
休業が続いており事務仕事も特に在りはしない。
義父に許しを請うこともせず「つれづれノート」を読み始めた。
昨年の8月から今年1月までの日記であったが
全く興味のない内容の日記が続いており8月20日までが限界である。
読み始めからには最後までと思うが途中で挫けてしまいそうだ。
何の変哲もない平凡な日常のことである。
近場の温泉に行ったり畑の胡瓜を千切ったりしていた。
作家でなければただの60代の女性の日記である。
しかし毎日書いていれば本になり出版されるのだった。
既にベストセラーになっているので買い求める読者も多い。
本が売れたらお金になる。暮らしに困ることなど在りはしないのだ。
何と恵まれた境遇だろうと羨望せずにはいられなかった。
それも培って来た実績があってのことである。
若い頃からの努力が実を結んだ結果だろう。
そう云う意味では銀色夏生を尊敬せずにはいられなかった。
共に老いて行くのだろう。やがては最後の日記となる。
その時彼女が何を書き残すのか知りたくてならない。
しかしおそらく私の方が先に死んでしまうだろう。
ネットの海に書き残した日記は遺品になれるのだろうか。
もし消失してしまったら私の存在も「無」になってしまう。
儚いものだなと思う。こんなにも生きているのに何も残らないのだ。
※以下今朝の詩
プリン
粗末に見えても そこそこに美味しい 出来損ないのプリンであった
ぷるんぷるんと立っている けれどもすこうし崩れていて その傷口にカラメルが浸みる 決して痛くはないけれど なんだか泣いているようだ
もし叶うならば綺麗になりたい そこそこではなく上等になりたい
繰り返して来た過ちを スプーンで掬うと とろとろと溶けて行く その舌触りが愛しい
間違いは誰にだってある 後悔ならいくらでもしよう
ぷるんぷるんと息をしながら 「いのち」を確かめている
もうひとくちで終る そんな生き方もあるのだろう
午前中は雲一つない青空であったが
午後から一気に雲が広がり雷雨になった。
一時的ではあったが土砂降りの雨になる。
これが噂のゲリラ豪雨なのかと思う。
田んぼには良き恵みの雨になったようだ。
今朝も義父の姿が見えなかったが
10時過ぎには帰って来てくれてほっとする。
11時から新車購入の商談を控えていた。
気難しいお客さんなので詳しい説明を要し
市内のダイハツから担当の営業マンも来てくれていた。
やはり義父が立ち会ってくれないとお客さんも不安だろう。
商談は進んだが一時間以上も時間を費やす。
お昼になってもお客さんは帰る様子を見せない。
おそらく少しでも値切りたかったのだろう。
営業マンと義父が頭を悩ましてやっと価格が決まった。
お客さんは上機嫌で帰って行き何とほっとしたことだろうか。
新車の場合は会社で仕入れてから売値を決めることになっている。
そこで値引きをし差し引いた金額が売上になるのだった。
僅かの金額であるが実績も作らなければならない。
販売店同士で成績を競い合うこともあった。
午後は彼女さんが来てくれて中手の稲の種蒔きが始まる。
今度こそ最後の種蒔きであった。
商談が長引いたので義父は昼食を食べ損ねていた。
お茶ばかり飲んでいるので何とも憐れでならない。
もう2時近くになっていたが地場産店へ行ったらお稲荷さんがあった。
明らかに売れ残りであるが義父の好物である。
嬉しそうに笑顔を見せてくれてとてもほっとした。
作業場に居る義父に声を掛けて定時で帰路に就く。
カーブスではいつものメンバーが揃い和気あいあいと楽しかった。
雨で気温は下がっていたが今日も汗びっしょりとなる。
サニーマートで買物を済ませ4時に帰宅。
直ぐに自室へ行き笠原メイさんの日記を読んだ。
題名が「元気が痛い」とあり体調を気遣わずにいられない。
けれども日課の詩を4編も書いたのだそうだ。
気力だけで書く。それは並大抵の努力ではないのだと思う。
詩は相変わらず素晴らしかった。彼ほどの天才が他にいるだろうか。
SNSで昨日から気になる事がありAIの響君に相談したら
高齢者を狙った悪質な勧誘ではないかと結論が出る。
私の短歌や俳句を絶賛してくれるのがとても気味が悪い。
そもそもそれほど立派な短歌や俳句を詠んではいないのだ。
その方は「俳句アプリ」の主催者らしかった。
私をカモにしようと目論んでいるとしか思えない。
響君からのアドバイスもありなるべく距離を置くことにした。
もし何かトラブルがあれば響君が助けてくれるそうだ。
そんなアプリなど全く興味がない。
私はあくまでもひっそりと静かに詠み続けて行きたかった。
詩も短歌も俳句も「そこそこ」を目指している。
それが私に一番ふさわしい生き方ではないだろうか。
※以下今朝の詩
ミシン
若い頃縫製工場で働いていた ミシンはカタカタではなく ずうずうと勢いよくうごく
最初は怖くてならず 指先を縫ってしまいそうだった 真っ直ぐでなければならない 曲がったらやり直しである
ボタンを付けるミシンもあった それは慣れるととても面白い ボタンの穴に糸がぐさぐさと刺さる 色とりどりのボタンが大好きになった
厳しいノルマもあり辛かったが 昨日よりも今日とミシンを動かす トイレに行く時間も惜しまねばならない
最後の仕上げまで辿り着くと 心地良い達成感が込み上げて来る 店頭に並べられる姿が目に浮かんだ
作ること縫うこと一枚にすること
もう二度と経験出来ない尊い記憶である
晴れたり曇ったりであったが気温は27℃と高くなる。
週間予報を見ていたらしばらくは夏日が続きそうだ。
東海地方では午後突然の雷雨に見舞われたとのこと
梅雨入りを前にして大気が不安定になっているようだ。
今日こそは例の花の写真を撮ろうと山里の県道沿いに車を停める。
反対車線だったが対向車も見えなかったので幸いだった。
直ぐ近くに民家があり人目も気になったが大急ぎで写真を撮った。
スマホではなくガラケーだったがまずまずの写真が撮れる。
職場に着くなりネットで検索したら「昼咲月見草」のようだ。
花の名前が分ると余計に愛しさが込み上げて来る。

義父の姿は見えなかったが早朝から田んぼの見回りに行っていたそうで
9時過ぎには帰って来て遅い朝食を食べていた。
きっとまた直ぐに出掛けるだろうと諦めていたのだが
商談済みの中古車の手入れをしてくれて大助かりである。
洗車が済んだ車はまるで新車のように綺麗になっていた。
「大安」なので納車の段取りをしたがお客さんは急がないとのこと。
もうしばらく預かっていて欲しいと云われ義父と一緒に肩を落とす。
支払いは即金なのでお客さんにも都合があったのだろう。
早く渡したい気持ちが結局仇になってしまった。
義父はそのまましばらく待機してくれていたのだが
お昼にパンク修理のお客さんが来て対応に追われる。
事務所には支払いのお客さんが来てくれて思いがけなかった。
これも偶然なのか机には売上帳を開いてあったので驚く。
いつも支払いの遅いお客さんだったので年末まで待つつもりだった。
訊けば勤め先を解雇されたとのこと気の毒でならない。
ハローワークに通っているが未だ仕事が見つからないのだそうだ。
おそらく退職金の中から支払いを工面してくれたのだろう。
内金ではなく全額を支払ってくれたのだった。
会社にとっては大きな売上でとても助かったが
忽ち日々の暮らしが困窮するのではないかと気遣わすにいられなかった。
定時の2時半になり整形外科へと向かう。
義父は昼食を食べていたがまた田んぼに行くようだった。
もう来客もないだろう。後は野となれ山となれである。
整形外科ではいつものリハビリの後に診察があったが
足踏みをして見せたら医師も順調だと思ったようだ。
手術の話も一切なく目の前が明るくなった。
買い物は娘に頼んであったので夕飯が楽しみでならない。
4時40分に帰宅。すぐさま笠原メイさんの日記を読んだ。
日課になってしまえば読まないと落ち着かない。
それは書かないと落ち着かないのとよく似ている。
大げさかもしれないが書くことは生きることに等しい。
私は書けないのなら死んだ方がマシだと思う。
今朝は詩が書けそうになくて途方に暮れていたら
ふっと母の声が聴こえて来て「書けるよ」と云ってくれた。
※以下今朝の詩
結び目
夜がほどけていく 結び目の端から するっと抜けて まるで糸だったかのように
母の夢を見ていた 夜だからこそ逢える 語り合うことが出来る 手を握ればあたたかい 母は死んでなどいないのだ
薄っすらと空が明るみ 川向の山並みが浮かび始める せせらぎの音が微かに届く 鳥たちが目覚めちちちちと鳴く
私は結び目を握りしめている ほどけてしまえばそれは儚い 引き寄せることが出来るだろうか
そうしてまた新しい朝がやって来る
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