薄雲が広がっていたが概ね晴れ。
気温も高く夏日になっていたが蒸し暑さはなかった。
地球上には「常春」の国があるらしいが
いったいどんな暮らしをしているのだろう。
おそらく桜の木を植えても育たないのかもしれない。
やはり日本のように四季があるのが望ましい。
朝の国道沿いにピンク色の昼顔に似た花が咲いていて
先日から気になってならないのだが
車を停めることが出来ず残念であった。
写真に撮ればきっと花の名が分かるに違いない。
同じ花が山里の道端にも咲いていてそれも気になっている。
車を停めることが出来れば写真に収めることが出来るだろう。
愛子ちゃんに訊けばきっと知っているような気がする。

今朝は昨日電話があったお客さんが来てくれて
義父が直ぐに不調の原因を突き止めてくれて助かった。
市内の中古部品屋さんに在庫があるとのことで
大急ぎで車を走らせ取りに行っていた。
往復一時間であったが間に合って本当に良かった。
お客さんも大喜びで支払いを済ますと上機嫌で帰って行く。
義父は役目終了とばかりにまた田んぼへと逃げて行った。
幸いと云うべきかその後は急な来客もなくほっとする。
事務仕事はけっこう忙しく自賠責保険の精算や事故車の見積書等。
保険会社のO君もやって来て煙草を吸ってから帰って行った。
彼は時々ふらっと息抜きにやって来る。ストレスばかりの日々らしい。
珈琲でも淹れてやれば良かったと後から悔やまれた。
2時半になっても義父は帰らなかったが休業の貼り紙をせずに帰る。
その代わりに事務所のカーテンを閉めて電気も消して置く。
田舎あるあるでそうして置けばお客さんも察してくれるだろう。
カーブスへ行けばいつものメンバーが揃っておりとても楽しかった。
私がしんどそうに筋トレをしていたら「頑張れ、頑張れ」と励ましてくれる。
筋トレ後にストレッチをするともう汗びっしょりになっていた。
何とも爽快で気分がとても明るくなる。
4時過ぎに帰宅。直ぐに自室に行きSNSをチェックしたが
笠原メイさんの通知がなくまだ更新されていないようだった。
もしやと思いダイレクトでアクセスしてみたらちゃんと更新されている。
アクセス数がとうとう800人を越えたとのこと。
それがもう限界だと記してあった。
それ以上もそれ以下もないと思っているのだろう。
慢心は全く感じられず何と控え目な人だろうと思う。
だからこそ応援したい。見守り続けたい人であった。
それから私の日記のアクセス数を確認したが
いつもと変わらず13人であった。
毎日欠かさずに読んでくれている人がいる。
それが大きな励みであり書く意欲に繋がっているのだった。
「今日はねこんなことがあったよ」と
一方通行かもしれないが報告したかった。
「また明日ね」二十六の瞳がきらきらと輝いている。
※以下今朝の詩
薊
花も棘であるかのように 誰一人手折る人はいない
蝶だけは知っていて その羽根をやすめる
四万十の川辺に 初夏の陽射しが降り注ぎ 沖からの南風が吹く頃
辺りの緑を見下ろすように 凛と立つ花の姿があった
棘だらけの葉は身を守るため 花はやがて綿毛となり 種として空を舞う日が来る
もう何度目の夏だろう それは記憶でしかなく 過ぎ去った日々を想う
何も変わりはしないこと 生きて在ればきっと叶う 空との約束が咲き続けている
爽やかな晴天。たっぷりの陽射しであったが
蒸し暑さもなく過ごし易い一日だった。
朝の道を走っている時が一番心地良い。
車の窓を開ければ森林浴をしている気分であった。
山里の田んぼでは早苗が朝風に揺れている。
少しずつ伸びているようで楽しみでならない。
月曜日であったが今日も臨時休業である。
今朝は義父がその貼り紙を剥がしていたので
てっきり工場の仕事をしてくれるものだと思ったが
そうは問屋が卸さずまた田んぼに逃げられてしまった。
しかし昨日は一日中工場の仕事をしてくれていたようだ。
得意げに話すので「今日も」とはとても云えなかった。
同僚は明日退院とのこと。経過は順調のようだが
まだ術後の痛みがあり力仕事は無理のようである。
義父と相談し今週一杯は静養させることにした。
明後日から車検の予約を受け入れていたので
延期を余儀なくされるがもう月末まで予約で埋まっている。
なんとかなるだろうと義父は云うが同僚に苦労を掛けざるを得ない。
今更ながら同僚のおかげで会社が成り立っていたことを思い知らされる。
半月の休業は痛く経営にも大きく響くことだろう。
2時半になっても義父は帰らずまた臨時休業の貼り紙をして帰る。
カーブスを諦める気は全くなかった。
心地良く汗を流せばもやもやした気分もすっかり晴れる。
4時過ぎに帰宅。何気なく庭の隅を除いたら
娘が育てている多肉植物の鉢に濃いピンクの撫子が咲いていた。
確か以前に植えていた記憶があったが根が残っていたのだろう。
昨年は咲いていなかったのでとても思いがけなかった。
娘は気づいていたのだろう。その鉢には風車が立ててある。
風に吹かれてくるくると回っており何とも可愛らしい。
土のない猫の額ほどの庭だが我が家の庭も自慢出来そうだ。
大相撲夏場所が始まっており夫は上機嫌である。
5時前にはもう入浴を済ませ後半戦を楽しみにしていた。
大急ぎで丸干鰯を焼いて与えればビールを美味しそうに飲む。
平和を絵に描いたような光景に心がほっこりと和んだ。
ずいぶんと日が長くなり外はまだ薄っすらと明るい。
明日も晴れるのだろう夕焼け空が綺麗だった。
お客さんから電話があり車が不調とのこと
義父に電話したら明日の午前中なら待機出来るそうだ。
私は明けても暮れても仕事のことで頭がいっぱいである。
時々ふっと何もかも忘れてしまいたくなるのだった。
※以下今朝の詩
春海苔
ゆっさゆっさと川底で揺れる それは緑の髪のようであった 岩に石にしがみつくように 育ち生きているのである
川漁師たちは競い合い 船の底を満たそうとする 緑の海苔はくねくねと積もり あまりの長さに鎌を使うのだ
そうして洗い始めるのだが 何と艶やかな緑だろうか 手で掬っては筋を立てて行く もう握れないほどになると 絞り上げ干す準備を始める
沖からの南風であった 海苔は緑のままではいられず 白髪交じりの老婆のようになる 不思議なことであったが 冷たい西風を好むのであった
川漁師たちは右往左往しながら せっかく干した海苔を千切る そうして土手の堰堤に並べて 陽射しだけを頼りに干し続ける 表が乾くと次は裏側であった
やっと干し上がった海苔は 芳香を放ち愛しさが込み上げて来る
ずいぶんと昔のことだ 四万十川にはそんな風物詩があった
今朝は気温が低く肌寒さを感じたが
日中は爽やかな晴天となり過ごし易い一日だった。
河川敷に大きな栴檀の木があるのだが薄紫の花が咲いている。
さわさわと風に揺れておりいかにも初夏らしい風景であった。
山里の庭にも栴檀の木があるのだが金曜日には気づかなかった。
そう云えば冬の間の実も以前より少なかったように思う。
一昨年の伐採騒動の影響かもしれない。可哀想なことをしたものだ。
今日こそは有意義に過ごそうと意気込んでいたのだが
読書のスイッチが入ったものの直ぐに動かなくなる。
わくわくしながら読み始めた「つれづれノート」であったが
昨年の8月の日記はちょうど関西万博の頃であり
全く興味がないせいもあり読み進むことが出来なかった。
決して期待外れではないのだが銀色さんに申し訳なくてならない。
その上にもっと申し訳ないのは自分の日記を読み始めてしまう。
一年前の日記を読み終えると今度は二年前の日記であった。
あんなこともあったこんなこともあったとすっかり夢中になる。
ささやかな日常のことであっても愛しくてならないのだ。
二時間程読んだろうか。もう「つれづれノート」を開こうともしない。
しかしまたそのうちにきっと読み始める日が来るだろう。
それからサニーマートへ買い物に行ったら文芸仲間の友人に会った。
今朝の高新文芸は二人とも落選だったのでお互いを慰め合う。
そうして「また頑張ろうね」と励まし合うのだった。
友人は私の短歌がとても好きなのだそうだ。
他の誰がそう云ってくれるだろう。こんなに嬉しいことはない。
白髪が目立ち始めていたので美容院へ寄ろうかと思ったが
節約を兼ねて自分で染めようと「白髪染め」を買った。
午後一時間程お昼寝をしてから洗面台の前に立ったのだが
染めるのは簡単でも洗い流すのに一苦労する。
シャワーヘッドなど付いていない洗面台なので
洗面器にお湯を溜めながら洗い流したのだが
七分袖の服はびしょ濡れになり首のタオルも真っ黒になった。
そうなればもう泣きべそである。一刻も早く乾かしたくてならない。
やっとドライヤーで乾かせば見違えるようになるはずだった。
しかし「やや明るい栗色」のはずが以前より暗くなっていたのである。
ここ数年ずっと美容院で染めて貰っていたので色違いだったのだろう。
まさか以前より暗くなるとは思ってもいなかった。
「やや明るい栗色」ではなく「明るい栗色」を選ぶべきだったのだ。
「やや」とは何と曲者だろう。「やや」に騙されてしまった。
染めてしまったからにはもう取り返しがつかず
自業自得でしばらくは我慢しなければならない。
もう後の祭りだが節約などしなければ良かったと後悔するばかりだった。
作家の椎名誠は「白髪のままが良い」と書いていたが
真っ白な銀髪ならまだしもチラチラ白髪はみっともないと思う。
人それぞれであるが髪は昔から女の命であるらしい。
その命を明るくするか暗くするかのモンダイではないだろうか。
誰だって老いには勝てない。顔は皺くちゃになり腰は屈む。
心だって若さを保つのは困難であろう。
どれほど気が若くても「死」が身近になって行くのである。
永遠の命などないのだから与えられた人生を全うしようとしているのだろう。
若い頃の黒髪をばっさり切ったことがあり宝物のように保存していたが
ある日それを見つけた私は燃えるゴミと一緒に捨ててしまった。
※以下今朝の詩
希望
思うようにいかない しかし思いながら 生きているのだろう
種を蒔けば芽が出ると 誰もが願っている 芽が出れば緑が育つ やがて収穫の時が来る
花が咲けば種を残す たとえ一粒であっても 未来を信じようとする
当たり前のことであっても 自然の猛威は厳しく どんな災難が襲って来るか その時になってみないと 分からないのが世の常であった
思うようにいかなくても 嘆くことはするまい
思うことが希望であり その希望を叶えるために 明日に向かって生きようとする
雲が多かったが概ね晴れ。気温も23℃程で
蒸し暑さもなく過ごし易い一日だった。
そんな適温も今週までで来週から夏日が続きそうだ。
今年の夏も酷暑になりそうである。
土手の茅の穂がふっくらと膨らみ風に揺れている。
その傍らでは薊の花が咲き初夏らしい風景となった。
今はもう散歩に行くことも出来なくなったが
愛犬あんずが生きていた頃を懐かしく思い出す。
草に顔を埋め匂いを嗅ぐのが好きな犬だった。
今ならば蓬だろうか。きっと芳香を放っていることだろう。

午前中にカーブスへ行っていたが土曜日は久しぶりである。
覚悟はしていたがメンバーさんが多く混雑していた。
見知った顔のお仲間さんも居たが声も掛けられなかった。
コーチも忙しく会話もない有り様である。
それも寂しく何だか気分が沈むようであった。
やはり平日の午後の方が私に合っているようだ。
昼食に「ところてん」を買って帰れば夫が大喜びである。
「初もんじゃ」と云ってあっという間に平らげていた。
高知のところてんは出汁つゆで食べるのが習いで
薬味の葱とおろし生姜は欠かせない。
喉越しがとても良く美味しいので夏の定番であった。
午後はまたお昼寝体制に入り何と4時間も寝てしまう。
鼾をかいていたそうで夫はすっかり呆れていた。
何と云う時間の無駄遣いだろうと自分でも情けない。
ポストに昨夜寝る前に注文した銀色夏生の本が届いていた。
「つれづれノート」の最新作である。
それにしても何と便利な世の中になったことだろう。
市内では大型書店が閉店し本を買い求めるのにも一苦労である。
ネットで検索すれば直ぐに見つかり送料無料で家まで届く。
あまりの早さに驚くばかりであった。
久しぶりの「つれづれノート」であった。
最後に読んだのは10年以上も昔ではなかっただろうか。
銀色さんも66歳になっていて歳月が流れていた。
何よりもずっと書き続けてくれていたことが嬉しくてならない。
70歳になっても80歳になってもきっと書き続けてくれるだろう。
今日は読む時間がなかったが明日から読み始めようと思う。
しばらく読書から遠ざかっていたがスイッチが入ったようだ。
そのスイッチを自ら切らないように努めなければならない。
長いようで短い一日だった。
ほぼ半日寝ていたので当然のことだろう。
残り少ない人生である。もっと有意義に過ごしたいものだ。
書くことばかりに拘っているが読むことも大切に思う。
私は影響を受け易い性分なのでそれが「カタチ」にもなり得るだろう。
どんなふうに変わって行くのかそれも楽しみであった。
これを書き始めた時には茜色の空であったが
もうすっかり夜の帳が下りている。
今日は今日のスイッチを切らねばならない。
※以下今朝の詩
対岸
ゆったりと流れること 手足を伸ばして 真っ直ぐに空を仰ぐこと
降り続いた雨が止めば 大河には濁流が流れる 水は沈下橋を越え 対岸への道を塞ぐ
しかし二日もすれば 水は澄み清らかになる 上流の湧水が溢れ出て 浄化して行くのだった
対岸に棲む人が待っている 話したいことがあったのだ 決して苦労話ではあるまい 日常のささやかなことである
ゆったりと流れる 身も心も捧げるかのように 初夏の空を仰ぎ続けていた
朝のうちは曇っていたが次第に晴れて来た。
気温も夏日となり初夏らしい一日となる。
春を彩っていた玄関先の花たちも
いつの間にか枯れ始めており寂しいものだ。
「夏スミレ」だったか見つけたら植えてみようと思う。
娘が育てている多肉植物は寒さを乗り越え
今は生き生きとしていて何とも逞しい。
確か花が咲く種類もあったはずでこれからが楽しみである。

職場は臨時休業であったが今日も来客があった。
支払いのお客さんが三人も来てくれて有難いことである。
おかげで重量税の精算が出来てほっとした。
不思議なことはそのお客さんの顔を思い浮かべていたら
偶然にも来てくれたことである。
三人ともそうだったのでテレパシーが通じたのかもしれない。
それとも予知能力のようなものがあるのだろうか。
母がとても勘の鋭い人だったので私も似たのかもしれなかった。
義父は昨日で早稲の田植えが終わったとのこと。
昨夜は友人達と打ち上げをしていたらしく今朝は寝坊していた。
一気に疲れも出たのだろう今日は「休養日」にしたようだ。
義父でなければ出来ない修理の仕事もあったのだが
急かし立ててはいけないとそっとしておくことにした。
明日の相談もしたのだがやはり臨時休業と決める。
義父次第であったが仕事はそのうちにと思っているようだ。
定時で仕事を終えカーブスへ行ったが
一週間ぶりのせいかとてもしんどかった。
上半身は動くが下半身が重くてならない。
やはり毎日の積み重ねが必要なのだろう。
また明日と約束をしてふうふう云いながら帰った。
4時過ぎに帰宅しそのまま自室へ駆け上がる。
笠原メイさんの日記を読むのはもう日課であった。
アクセス数が600人を越えたとのこと。
どんどん人気が上がっているようだ。
本当に凄い事だなと思う。彼自身も驚いているようだった。
書いたからには誰かに読んで欲しい。
書くことを志しているからには誰しもそう思うだろう。
それはたった一人の読者であっても変わらない。
しかし読者を意識して書いてはならないと思う。
それがブログと日記の違いなのではないだろうか。
私のようにひっそりと日々を記している者もいる。
20人足らずの読者であるがどれ程信頼していることだろう。
だからこそ包み隠さずに書くことが出来るのだ。
ずっと昔から銀色夏生の「つれづれノート」のファンであった。
ささやかな日々の事、子供たちの事、素直で詩的な文章が好きでならない。
彼女は今も書いているのだろうか。
生きている限り書き続けているような気がしてならない。
※以下今朝の詩
過失 ぽつねんとしている よくわからないけれど 途方に暮れているようだ
諦めることは容易い しかし何としてもと思う 制限時間は20分である
もっと早く起きるべきだった どうして二度寝をしたのだろう
秒針がとても急いでいる ほらほら書きなさいと 声が聴こえるようだ
詩人なんかじゃない ただの老婆であった それなににどうして 書くことに拘るのか
廃れてしまった感性が 過失のように悔やんでいる
詩のようなものを書く 書かないと死んでしまう いのちの欠片を拾い集めて パズルのように書いている
晴れのち曇り。午後少しだけにわか雨が降る。
湿度が高かったせいか蒸し暑さを感じた。
そろそろ半袖で過ごしても良いのかもしれない。
連休がやっと終わりうきうきしながら朝の道を行く。
峠道を越えるとすっかり枯れたオオデマリが待っていた。
覚悟はしていたが何とも憐れな姿である。
その代わり紫陽花の花芽が見えていて目の前が明るくなった。
もう直ぐ梅雨の季節になるが咲き誇る紫陽花が楽しみでならない。
職場に着くまでに通り道のお客さんの家へ寄り
リコール修理の車を預かって行く。
先月から予約をしてあり今日はダイハツへ持ち込まねばならない。
高齢のお客さんなので私が代わりに持って行くことにしていた。
本来なら義父の仕事だがあまりの忙しさに無理は云えない。
職場に着くと義父の友人の車が停まっており
どうやら田植えをしているらしい。
早朝から出掛けたのか誰一人姿が見えない。
同僚は予定通りポリープ切除の手術であった。
早ければ5日で退院出来るらしいが経過次第である。
工場は余裕を持って一週間の臨時休業とした。
11時にはダイハツへ着かねばならなかったが
連休明けのせいか来客が多く対応に追われる。
オイル交換もパンク修理も出来ず断るしかなかった。
支払いに来てくれたお客さんは内金で勘弁して欲しいと云う。
皆それぞれに事情を抱えているのだろう無理は云えない。
来客が途絶えた内にと市内のダイハツへと車を走らす。
乗り慣れない車なので少し緊張したが無事に着く。
待ち時間の間は代車を貸してくれると云うので助かった。
家が近いのでゆっくり昼食を摂ろうと目論んでいたのだが
書類にサインをしてから免許証の不携帯に気づく。
お客さんの家に自分の車を置いて来たのだが
免許証はいつも車内に保管してあったのだった。
何とうっかりしていたことか、もう後の祭りである。
代車貸し出しは厳しく免許証の提示が必須であった。
何とか見逃してくれないかと頼んでみたが規則なのだそうだ。
仕方なく夫に電話して迎えに来てもらった。
免許証を取りに帰るかと夫が心配してくれたが
違反を承知でそのまま山里へ帰ることにした。
お腹が空いて死にそうだったのでとにかく腹ごしらえである。
食後15分程うたた寝をしていたら「完了」の電話があり
また夫にダイハツまで連れて行ってもらう。
とにかく慎重に車を届けなくてはならない。
お客さんの笑顔を見たらほっとして免許証の事も忘れていた。
一時間程雑用をし今度はリハビリに向かう。
雨が降り始めていたが直ぐに止んで良かった。
U君に今日の出来事を話し笑い合ったことだった。
連休中は帰省していた友人と遊びまくったそうだ。
若者はいつもきらきらと眩しい。私の恋も絶頂に達する。
帰宅すればもう4時半になっておりあっという間の一日だった。
連休中に遊び過ぎためいちゃんはズル休みをしていた。
あやちゃんのこともあり娘も大目に見ているようだが
ズル休みが多いのも心配の種であった。
娘婿は半年の休職から復帰し今日から出勤していた。
久しぶりの仕事でどんなにか疲れたことだろうと気遣えば
「まだまだ余裕よ」と笑い飛ばしていた。
休職中の心配も何だか取り越し苦労に思える。
無理はさせたくはないがそれも老婆心となるのだろう。
駆け抜けたような一日であったが
母の遺影に話し掛けているとふっと安らぎを感じた。
母が笑っている。きっと面白い一日だったのに違いない。
※以下今朝の詩
ゼロ
ゼロから始める 掛けてはならない 足して行くのだ
それが私の仕事である もう37年も働いて来た
長いトンネルを抜け 山道に差し掛かると 遍路道の道標が見える くねくねと曲がった道
旅人に出会うと手を合わせ 旅の無事を祈らずにいられない
ちいさな集落を過ぎると 目の前に峠道が続いている 野の花が可憐に咲き誇り 谷川のせせらぎが聴こえる 峠を越えるといちめんの田に 植えられたばかりの早苗が 朝陽を浴びてきらきらと輝いていた
仕事はいつもゼロである 小さな石を積み重ねるように 努力を惜しんではならない
今日を足せば明日も足せるだろう しかし引き算をすれば またゼロから始めなければならない
曇り日。気温はそう高くなく過ごし易い一日。
驚いたのは高知と札幌の気温が変わらないこと。
寒さに慣れているだけに今日は暑く感じたことだろう。
北海道ももう間違いなく初夏である。
やっと連休最終日。今日は夫が久しぶりに「一風」に連れて行ってくれた。
わずか20分程の距離だがプチドライブを楽しむ。
自動車専用道路を走らずに下道の国道を通ったが
辺りの新緑が目に沁みるようであった。
昔からある喫茶店には沢山の車が停まっており
モーニングサービスをしていたのだろう。
廃れずに流行っていることが嬉しく思う。
11時の開店直後にはもう一風に着いており
今日は「野菜炒めラーメン」を注文した。
野菜たっぷりのちゃんぽん風のラーメンである。
初めて食べたが凄いボリュームでとても美味しかった。
炒飯も食べたかったのだがもうお腹が一杯になる。
食べ終わると直ぐに帰るのが習いで
助手席でこっくりこっくりと眠くてならない。
あらあらと云う間に四万十大橋を渡り帰り着いていた。
そのまま倒れ込むように寝てしまい目覚めればもう3時である。
連休の間ずっと食べて寝ることだけに専念して来た。
それ以外に何の楽しみがあるだろうか。
それからしばらく自室で過ごしていたが
今日はもうユーチューブを見なかった。
SNSも特に変わり映えはしないが暇つぶしにはなる。
新しくフォローしてくれた人は歌人さんらしく興味が湧く。
心に響く短歌もあり私もフォローバックをした。
そろそろかなと待っていたら笠原メイさんの日記が更新される。
通知をオンにしてあるので真っ先に駆け付けたつもりだったが
今日も2番だった。それだけ人気があるのだろう。
日記(ブログ)の閲覧数が540人を越えたそうだ。
さすがだなと思う。何だか自分の事のように嬉しい。
笠原メイさんの良い処はそれを決して自慢しない事だ。
そんな控え目な処が私はとても好きである。
書きながら生きていると云っても過言ではないだろう。
それは私にも似ていて同じ空気を吸っている様にも思う。
かと云って糸を引き合うことはない。
ただそれぞれの糸を大切に守ろうとしている。
切れないように絡まないようにそれが「書く」ことではないだろうか。
ずいぶんと日が長くなりやっと夜の帳が下りて来た。
明日からの日常を思いながらそわそわと落ち着かない。
気ばかりが急いているようで勇み足の夜であった。
またゼロからの出発である。それも少しも苦にはならず
そうして試されることがむしろ心地よく思えてならない。
※以下今朝の詩
はないちもんめ
あの子がほしい あの子じゃわからん
繋いだ手がふるえている まだ好きだとは云えない 少女は前へと歩みながら 右足に初夏の風を感じた
初めての恋であった 少年は縦笛を横にして フルートの真似をする その横顔に胸がときめく
あの子じゃわからん けれども呼べない名 声を掛けることも出来ず 息が途方に暮れて行く
校庭にはアマリリスが咲き 一斉に微笑んでいる午後 夏の始まりはさりげなく 風は何を知っているのだろう
少女の瞳にはあの子しか見えない
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