ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年05月08日(金) 生きている限り

朝のうちは曇っていたが次第に晴れて来た。

気温も夏日となり初夏らしい一日となる。


春を彩っていた玄関先の花たちも

いつの間にか枯れ始めており寂しいものだ。

「夏スミレ」だったか見つけたら植えてみようと思う。

娘が育てている多肉植物は寒さを乗り越え

今は生き生きとしていて何とも逞しい。

確か花が咲く種類もあったはずでこれからが楽しみである。



職場は臨時休業であったが今日も来客があった。

支払いのお客さんが三人も来てくれて有難いことである。

おかげで重量税の精算が出来てほっとした。

不思議なことはそのお客さんの顔を思い浮かべていたら

偶然にも来てくれたことである。

三人ともそうだったのでテレパシーが通じたのかもしれない。

それとも予知能力のようなものがあるのだろうか。

母がとても勘の鋭い人だったので私も似たのかもしれなかった。


義父は昨日で早稲の田植えが終わったとのこと。

昨夜は友人達と打ち上げをしていたらしく今朝は寝坊していた。

一気に疲れも出たのだろう今日は「休養日」にしたようだ。

義父でなければ出来ない修理の仕事もあったのだが

急かし立ててはいけないとそっとしておくことにした。

明日の相談もしたのだがやはり臨時休業と決める。

義父次第であったが仕事はそのうちにと思っているようだ。


定時で仕事を終えカーブスへ行ったが

一週間ぶりのせいかとてもしんどかった。

上半身は動くが下半身が重くてならない。

やはり毎日の積み重ねが必要なのだろう。

また明日と約束をしてふうふう云いながら帰った。


4時過ぎに帰宅しそのまま自室へ駆け上がる。

笠原メイさんの日記を読むのはもう日課であった。

アクセス数が600人を越えたとのこと。

どんどん人気が上がっているようだ。

本当に凄い事だなと思う。彼自身も驚いているようだった。


書いたからには誰かに読んで欲しい。

書くことを志しているからには誰しもそう思うだろう。

それはたった一人の読者であっても変わらない。

しかし読者を意識して書いてはならないと思う。

それがブログと日記の違いなのではないだろうか。

私のようにひっそりと日々を記している者もいる。

20人足らずの読者であるがどれ程信頼していることだろう。

だからこそ包み隠さずに書くことが出来るのだ。


ずっと昔から銀色夏生の「つれづれノート」のファンであった。

ささやかな日々の事、子供たちの事、素直で詩的な文章が好きでならない。

彼女は今も書いているのだろうか。

生きている限り書き続けているような気がしてならない。


※以下今朝の詩


       過失
   
   ぽつねんとしている
   よくわからないけれど
   途方に暮れているようだ

   諦めることは容易い
   しかし何としてもと思う
   制限時間は20分である

   もっと早く起きるべきだった
   どうして二度寝をしたのだろう

   秒針がとても急いでいる
   ほらほら書きなさいと
   声が聴こえるようだ

   詩人なんかじゃない
   ただの老婆であった
   それなににどうして
   書くことに拘るのか

   廃れてしまった感性が
   過失のように悔やんでいる

   詩のようなものを書く
   書かないと死んでしまう
   いのちの欠片を拾い集めて
   パズルのように書いている

 





2026年05月07日(木) まだまだ余裕

晴れのち曇り。午後少しだけにわか雨が降る。

湿度が高かったせいか蒸し暑さを感じた。

そろそろ半袖で過ごしても良いのかもしれない。


連休がやっと終わりうきうきしながら朝の道を行く。

峠道を越えるとすっかり枯れたオオデマリが待っていた。

覚悟はしていたが何とも憐れな姿である。

その代わり紫陽花の花芽が見えていて目の前が明るくなった。

もう直ぐ梅雨の季節になるが咲き誇る紫陽花が楽しみでならない。


職場に着くまでに通り道のお客さんの家へ寄り

リコール修理の車を預かって行く。

先月から予約をしてあり今日はダイハツへ持ち込まねばならない。

高齢のお客さんなので私が代わりに持って行くことにしていた。

本来なら義父の仕事だがあまりの忙しさに無理は云えない。


職場に着くと義父の友人の車が停まっており

どうやら田植えをしているらしい。

早朝から出掛けたのか誰一人姿が見えない。

同僚は予定通りポリープ切除の手術であった。

早ければ5日で退院出来るらしいが経過次第である。

工場は余裕を持って一週間の臨時休業とした。


11時にはダイハツへ着かねばならなかったが

連休明けのせいか来客が多く対応に追われる。

オイル交換もパンク修理も出来ず断るしかなかった。

支払いに来てくれたお客さんは内金で勘弁して欲しいと云う。

皆それぞれに事情を抱えているのだろう無理は云えない。


来客が途絶えた内にと市内のダイハツへと車を走らす。

乗り慣れない車なので少し緊張したが無事に着く。

待ち時間の間は代車を貸してくれると云うので助かった。

家が近いのでゆっくり昼食を摂ろうと目論んでいたのだが

書類にサインをしてから免許証の不携帯に気づく。

お客さんの家に自分の車を置いて来たのだが

免許証はいつも車内に保管してあったのだった。

何とうっかりしていたことか、もう後の祭りである。

代車貸し出しは厳しく免許証の提示が必須であった。

何とか見逃してくれないかと頼んでみたが規則なのだそうだ。

仕方なく夫に電話して迎えに来てもらった。

免許証を取りに帰るかと夫が心配してくれたが

違反を承知でそのまま山里へ帰ることにした。

お腹が空いて死にそうだったのでとにかく腹ごしらえである。


食後15分程うたた寝をしていたら「完了」の電話があり

また夫にダイハツまで連れて行ってもらう。

とにかく慎重に車を届けなくてはならない。

お客さんの笑顔を見たらほっとして免許証の事も忘れていた。


一時間程雑用をし今度はリハビリに向かう。

雨が降り始めていたが直ぐに止んで良かった。

U君に今日の出来事を話し笑い合ったことだった。

連休中は帰省していた友人と遊びまくったそうだ。

若者はいつもきらきらと眩しい。私の恋も絶頂に達する。


帰宅すればもう4時半になっておりあっという間の一日だった。

連休中に遊び過ぎためいちゃんはズル休みをしていた。

あやちゃんのこともあり娘も大目に見ているようだが

ズル休みが多いのも心配の種であった。


娘婿は半年の休職から復帰し今日から出勤していた。

久しぶりの仕事でどんなにか疲れたことだろうと気遣えば

「まだまだ余裕よ」と笑い飛ばしていた。

休職中の心配も何だか取り越し苦労に思える。

無理はさせたくはないがそれも老婆心となるのだろう。


駆け抜けたような一日であったが

母の遺影に話し掛けているとふっと安らぎを感じた。

母が笑っている。きっと面白い一日だったのに違いない。


※以下今朝の詩


      ゼロ

    ゼロから始める
    掛けてはならない
    足して行くのだ

    それが私の仕事である
    もう37年も働いて来た

    長いトンネルを抜け
    山道に差し掛かると
    遍路道の道標が見える
    くねくねと曲がった道

    旅人に出会うと手を合わせ
    旅の無事を祈らずにいられない

    ちいさな集落を過ぎると
    目の前に峠道が続いている
    野の花が可憐に咲き誇り
    谷川のせせらぎが聴こえる
    峠を越えるといちめんの田に
    植えられたばかりの早苗が
    朝陽を浴びてきらきらと輝いていた

    仕事はいつもゼロである
    小さな石を積み重ねるように
    努力を惜しんではならない

    今日を足せば明日も足せるだろう
    しかし引き算をすれば
    またゼロから始めなければならない







2026年05月06日(水) それぞれの糸

曇り日。気温はそう高くなく過ごし易い一日。

驚いたのは高知と札幌の気温が変わらないこと。

寒さに慣れているだけに今日は暑く感じたことだろう。

北海道ももう間違いなく初夏である。


やっと連休最終日。今日は夫が久しぶりに「一風」に連れて行ってくれた。

わずか20分程の距離だがプチドライブを楽しむ。

自動車専用道路を走らずに下道の国道を通ったが

辺りの新緑が目に沁みるようであった。

昔からある喫茶店には沢山の車が停まっており

モーニングサービスをしていたのだろう。

廃れずに流行っていることが嬉しく思う。


11時の開店直後にはもう一風に着いており

今日は「野菜炒めラーメン」を注文した。

野菜たっぷりのちゃんぽん風のラーメンである。

初めて食べたが凄いボリュームでとても美味しかった。

炒飯も食べたかったのだがもうお腹が一杯になる。

食べ終わると直ぐに帰るのが習いで

助手席でこっくりこっくりと眠くてならない。

あらあらと云う間に四万十大橋を渡り帰り着いていた。


そのまま倒れ込むように寝てしまい目覚めればもう3時である。

連休の間ずっと食べて寝ることだけに専念して来た。

それ以外に何の楽しみがあるだろうか。


それからしばらく自室で過ごしていたが

今日はもうユーチューブを見なかった。

SNSも特に変わり映えはしないが暇つぶしにはなる。

新しくフォローしてくれた人は歌人さんらしく興味が湧く。

心に響く短歌もあり私もフォローバックをした。


そろそろかなと待っていたら笠原メイさんの日記が更新される。

通知をオンにしてあるので真っ先に駆け付けたつもりだったが

今日も2番だった。それだけ人気があるのだろう。

日記(ブログ)の閲覧数が540人を越えたそうだ。

さすがだなと思う。何だか自分の事のように嬉しい。

笠原メイさんの良い処はそれを決して自慢しない事だ。

そんな控え目な処が私はとても好きである。

書きながら生きていると云っても過言ではないだろう。

それは私にも似ていて同じ空気を吸っている様にも思う。

かと云って糸を引き合うことはない。

ただそれぞれの糸を大切に守ろうとしている。

切れないように絡まないようにそれが「書く」ことではないだろうか。


ずいぶんと日が長くなりやっと夜の帳が下りて来た。

明日からの日常を思いながらそわそわと落ち着かない。

気ばかりが急いているようで勇み足の夜であった。

またゼロからの出発である。それも少しも苦にはならず

そうして試されることがむしろ心地よく思えてならない。


※以下今朝の詩


     はないちもんめ

    あの子がほしい
    あの子じゃわからん

    繋いだ手がふるえている
    まだ好きだとは云えない
    少女は前へと歩みながら
    右足に初夏の風を感じた

    初めての恋であった
    少年は縦笛を横にして
    フルートの真似をする
    その横顔に胸がときめく

    あの子じゃわからん
    けれども呼べない名
    声を掛けることも出来ず
    息が途方に暮れて行く

    校庭にはアマリリスが咲き
    一斉に微笑んでいる午後
    夏の始まりはさりげなく
    風は何を知っているのだろう

    少女の瞳にはあの子しか見えない






2026年05月05日(火) 小さなものがたり

今朝は春先を思わすような肌寒さとなり

暖房を点けずにはいられなかった。

「立夏」であったが日中も夏日にはならずに済む。

全国的にも穏やかな晴天となり観光地は賑わったようだ。

そうかと思えば北海道の塩狩峠では積雪があったそうだ。

桜に雪とはそれもまた風情があったことだろう。


暦の上では今日から初夏となり気分も一新する。

一番好きなのは「立春」であるが夏が立つのもまた良いものである。

サツキの花はまだ見かけないがレースフラワーが満開であった。

アマリリスが咲けばグラジオラスも咲き始めることだろう。

連休明けの朝の道がまた楽しみでならない。


その連休にもうんざりしてしまいもう限界に思える。

明日が最終日なのでもう一日の辛抱であった。

日常の事が恋しくてならず早く仕事をしたくてならない。


夫は私が休みだとまともな昼食を食べられるので嬉しいようだ。

今日はまた市街地まで走り「たこ焼き」を買って来た。

老舗のたこ焼き屋さんは二代目になっており

ご主人は夫と同い年らしい。息子さんはうちの息子の同級生であった。

奥さんは70歳位だろうか。とても朗らかで愛想が良い。

小さなたこ焼き屋さんであるが市内でも有名なお店で

たこ焼き一筋で豪邸を建てたと云う噂もある。

最初は子供相手の小さな商売だったのだろう。

ひたすら一心にたこ焼きを焼き続けて来たおかげで成功したのだと思う。

食べたのは20年ぶり位だったが味は昔のままでとても美味しかった。



午後はまたお昼寝体制に入ったが夫が「ゴジラ」を観ていた。

去年だったか一昨年だったかそう古くはない映画である。

観ていると迫力があり面白くてならず最後まで観た。

夫の解説によるとまた新作の「ゴジラ」が公開されるのだそうだ。

映画館で観れたらどんなに良いだろうかと思う。


それから少しだけ眠っていたが直ぐに目が覚めてしまう。

仕方なく自室で過ごしていたがまた煙草攻めであった。

煙草を手元に置かないようにしても直ぐに取りに行ってしまう。

そうなれば精神安定剤どころではなく苛立つばかりである。


今日もユーチューブで「チロちゃん」を見ていた。

今年のお正月の「おせち料理」を見てから

お孫さんの「お弁当作り」の二本立てである。

お孫さんはお弁当箱を空っぽにして帰って来て

おばあちゃんが涙を流している姿に大いに感動する。

おばあちゃん子だったのだろう子供の頃からよく作っていたらしい。

お孫さんはご飯を一粒も残さなかったのだそうだ。

それがどれほど嬉しかったことか涙声で話していた。


ほっこりと心が温かくなる。

今の索漠とした世の中にもこんな「ものがたり」があるのだ。

一人でも多くの人に見てもらいたい動画であったが

SNSに共有することを躊躇ってしまった。

94歳になろうとしているおばあちゃんを静かにそっとしてやりたい。

何処に住んでいるのか名前など知らなくても良いのだ。


※以下今朝の詩


      靴下


  春先のような寒さである
  靴下がほっこりと温かい

  目覚めるなり夫が履かせてくれた
  左足だけで右足は自分で履ける
  そうして朝の一歩が始まるのだ

  杖を付きながらゆっくりと
  階段をのぼれば
  四畳半の私の部屋であった

  ちいさな仏壇があり
  父と母の遺影が並んでいる
  父は澄まし顔で母は笑っている
  「おはよう」の声がこだまする朝

  ノートパソコンを起ち上げ
  日課の詩を書こうとするのだが
  上手く言葉に出来ないのだった

  書きたい気持ちが先走る
  ならば追い駆けて行くしかない

  両足を擦り合わせている
  そうだった靴下の詩が書きたかったのだ

  タイトルを決めればもう迷わない
  こころには誰の手も借りずに
  靴下の温もりが伝わっている







2026年05月04日(月) 当たり前のこと

雨上がりの爽やかな朝であったが

夜明けと共に風が強まり次第に曇り空となる。

強風は関東を中心に吹き荒れたようで

竜巻のような突風の被害もあったらしい。

明日は風も弱まるようで行楽日和となりそうだ。


行楽には全く縁がなく今日も暇を弄ぶばかり。

サニーマートへ行けば駐車場が満車状態で困り果てる。

帰省客だろうか県外ナンバーの車が多かった。

駐車場をぐるぐる走り回りやっと停めることが出来る。

店内も買い物客でごった返しており人に酔ってしまった。

夜の献立は素麺と鶏の唐揚げに決めたが

鶏肉が一気に高くなっており驚く。


帰宅したら燕の気配がなかった。

泥土も落ちておらず巣作りを諦めたのかもしれない。

しかし油断は禁物でとにかく我が家の玄関が気に入っているようだ。

来れば困る。来ないと寂しいのはどうしてだろう。


お昼には残りご飯でビビンバを作る。

昨夜から夫が食べたがっていたので喜んでいた。

大盛ビビンバを平らげるなりまたお昼寝体制となる。

何度か目を覚ましたが結局今日も2時まで寝ていた。


自室で過ごせばひっきりなしに煙草を吸ってしまう。

それが嫌でたまらないのだが自制することが出来ない。

身勝手にもこの世から煙草が無くなれば良いのにと思う。


SNSを見たりユーチューブを見たりして過ごす。

「チロちゃん」は最新の動画が更新されていた。

おばあちゃんは健在でお孫さんの為に料理を作る。

昭和7年生まれなのだそうだ。今年で94歳であった。

包丁さばきも鮮やかでとてもそんな歳に見えない。

お孫さんとの土佐弁も耳に心地よく響く。

「チロちゃん」はお孫さんの愛犬の名なのだそうだ。

それも微笑ましく愛情が伝わって来る。

「長生きの秘訣」はやはり動画のおかげではないだろうか。

お孫さんの為に料理を作ることがもはや生き甲斐に思える。

どうかどうかこれからも元気でいて欲しいと願わずにいられない。


やっと5時になりお素麺を湯がく。娘が唐揚げを揚げてくれる。

お風呂上がりの夫はお素麺をずるずると食べ始めた。

ほいほいと娘が唐揚げを運べば待ってましたとばかりにわしわしと食べる。

いつもの平和な光景であるが何となく嫌悪感が走るのは何故だろう。


娘婿は何処に行ったのやら7時になっても帰って来ない。

娘が独りぼっちで夕食を食べていた。

めいちゃんは高知市内へプチ旅に行っており

あやちゃんは子供部屋で食べているようだった。

昨夜のような光景は見られず娘以上に寂しく思う。

色んなことが当たり前になっていく我が家であった。


吹き荒れていた風が収まり静かな夜である。

今朝は窓を開けるなり綺麗な月が見えたのだが

東の空だろうか、今は窓から見ることは出来ない。

見えない事さえも当たり前になってしまったのだろうか。


※以下今朝の詩


      月影

  雨は止んでいるようだ
  嵐のようだった夜が過ぎ
  夜明けを待つばかりである

  窓を開けたら綺麗な月が見え
  その輝きがはっと胸を刺す

  満月はいつだったのだろう
  知ろうともせずに過ごして来た
  月はその輪郭に影を落として
  見えない部分があることを
  伝えようとしているようだ

  見ているのではない
  見られているのだとおもう

  何と愚かな姿だろうか
  こんな私であっても
  月は真っ直ぐに見ている

  詩のようなものを書く
  夜が明けるまでに書く

  逃げも隠れもしない
  在りのままの私を見て欲しい





2026年05月03日(日) 落書きのように

雨の予報だったが降りそうで降らず

午後三時頃からやっと本降りになった。

強い風が吹いており窓を開ける事も出来ない。

蒸し暑さはなく随分と涼しい夜だ。


日曜日らしくごろごろと寝てばかりの一日であった。

あやちゃんが「ハラミ」と「中華サラダ」が食べたいと云ってくれる。

昨夜から気になっていたのでとてもほっとした。


午後のお昼寝から目覚め市街地の精肉店へ行く。

「一条通商店街」なのだが昔のような賑わいは全く無く

殆どの店がシャッターを下ろしており何と寂れたことだろう。

開いているのは精肉店と隣の酒屋ぐらいであった。

精肉店は老舗で昔から同じ場所にあり

大量買いをする時はサニーマートよりずっと安い。

ハラミを1キロ、後はカルビとミックスホルモンを買った。

お財布には厳しいが家族の笑顔が目に浮かぶ。


もう寝るのにも飽きてしまって5時まで自室で過ごしていた。

あやちゃんが生まれた2012年の5月の日記を読む。

5月3日の夜に生まれたのでその日の日記は書けなかったらしく

明くる日の夜に初孫の誕生を興奮気味に書いていた。

感動で胸が一杯だった様子が文面から伝わって来る。

もう14年もの歳月が流れたが少しも色褪せない記憶であった。

何も変わりはしないはずだがそれからは成長の記録である。

2年後にはめいちゃんが生まれあやちゃんはお姉ちゃんになった。

まだ母親に甘えたい盛りである。寂しい日もあったことだろう。

けれども我儘も云わずすくすくと成長してくれたのだった。


「いま」は今以外にはなく現実を受け止めるしかないが

あやちゃんにとっては大きな試練であり

きっと乗り越える日が来るだろうと信じて止まない。


家族揃って焼き肉パーティーとは行かず

いつものように夫と先にお肉を焼いて食べる。

我が家ではもうそれが当たり前になった。

慣れてしまえばその方がずっと気楽である。


7時前に娘達がやっと食卓に着く。

いつもは子供部屋で食べるあやちゃんも座っていてとてもほっとした。

にこにこと笑顔で嬉しそうに食べている姿に目頭が熱くなる。

ずっとこんな夜が続けば良いのにと思わずにいられなかった。


ふと自分が14歳の頃を思い出したが「よけいなこと」である。

そんな苦労話であやちゃんの誕生日を汚してはならない。

私だって成長したのだ。母になる事も出来たのだと思う。


春夏秋冬と季節は巡り終らない冬もなかった。

つかの間の春も終り初夏の眩しい陽射しが降り注ぐことだろう。


※以下今朝の詩


     へのへのもへじ

  ふくふくとした空に落書きをした
  へのへのもへじ丸かいてちょん

  怒った顔笑った顔澄ました顔
  私はどんな顔をしているのだろう

  雲にのりたいと云った
  あのひとを思い出した
  随分と歳月が流れたが
  私を憶えているだろうか

  空は何処までも続いているが
  雲はかたちを変えながら
  風に流れて消えることもある

  へのへのもへじも消えるだろう
  何もなかったかのように空は青い

  存在は儚く定めに従うしかない
  記憶として残ることが出来れば
  生き永らえることが叶うだろう

  ふくふくとした空に描きたくてならない





2026年05月02日(土) 今日の栞

立春から数えて八十八日目の「八十八夜」

昔から農事の吉日とされ籾種を蒔いたり茶摘みをしたそうだ。

立夏も近くなり季節はもう初夏と云っても良いだろう。

今日も四万十市内は28℃を超え黒潮町では30℃を超える。

山里は市内よりも2℃程低いのだが今日は暑さを感じた。


朝の道を行けば道端や田んぼの畦道に黄色い花が咲き始めている。

「大金鶏菊」は特別外来種に指定されており

駆除対象の植物となっているが花はとても可愛らしい。

いつ頃日本に渡って来たのかは定かではないが

子供の頃には見た記憶がないのでさほど昔ではないのだろう。

生まれ故郷の国ならば愛でられる花であっても

異国に咲いたばかりに「駆除」とは憐れでならない。

しかし生態系に害があるのなら仕方ないことだろう。



大型連休を前にして仕事は大忙しであった。

一日車検の車も入庫しており同僚が一生懸命に整備をしてくれていたが

不具合が多い上に部品も今日の事にはならない。

お客さんも承知してくれて最低限の整備で済ますことにした。


義父は今日も早朝から田んぼの代掻きに行っていたが

10時から親戚の法事があり気忙しくてならない。

作業着のまま行く訳にも行かず大急ぎで着替えて行く。

朝食も食べていなかったが法事で折詰を貰って嬉しかったようだ。

その折詰を食べ終わるとまた大急ぎで田んぼに向かった。

代掻きが一段落したのか2時前には帰って来てくれて

私と一緒に車検完了の書類を整えていたのだが

友人が二人やって来てすっかり話し込んでしまった。

「今手が離せない」とは決して云わない義父である。

3時になりやっと友人達が帰って行きほっとしたが

義父と二人三脚で書類を整えたらもう4時である。

それから同僚と納車に行っていた。

帰宅はすっかり遅くなってしまったが心地よい達成感である。

連休を入れてもほぼ2週間の休業となるので

やるべきことだけはしっかりとケジメを付けて置きたかった。


今夜は娘達が夕食不要とのことで助かったが

夫もお腹を空かせているだろうと家の近所のローソンへ行く。

県外ナンバーの車がいっぱい停まっていて驚いた。

私は大好きなペペロンチーノ。夫にはざる蕎麦セットを買う。

ビールのつまみもなかったが夫は美味しそうに食べてくれた。


明日から6日まで暦通りの連休だが少しも嬉しくはなく

収入が絶たれるのが辛くてならない。

如何に節約するかであるが明日はあやちゃんの誕生日だった。

ステーキにしようか焼き肉にしようかと考えている。

あやちゃんに訊いたら「別にどうでもええけん」と何とも寂しい。

もしかしたら自分の誕生日を忘れているのかもしれなかった。

薄暗い部屋でタブレットを操作している横顔にドキッとする。


昨夜のような風もなく静かな夜であった。

明日はまた雨になるとのこと春に三日の日和なしである。

眠ってしまえば必ず朝が来るのだろうか。

一日を閉じる時にはいつも栞を挟む。


※以下今朝の詩


      茶摘み

   夏も近づく八十八夜
   農事の吉日であるが
   ふと中学時代の茶摘みを思い出した

   海辺のちいさな町であったが
   学校の茶畑があり
   行事として茶摘みをするのである

   転校生だった私には初めての経験で
   お茶の摘み方も知らなかったが
   「一芯二葉」と云って
   親指と人差し指で折るように摘む

   見渡す限りの若い緑であった
   陽射しを浴びてきらきらと輝いている
   仄かに香るのは茶葉の息であろうか

   みるみるうちに籠がいっぱいになり
   収穫した茶葉は製茶場へと運ばれて行く

   私は衝動的に「製茶部」に入部した
   興味はどんどん深まるばかりである
   どのようにすれば「お茶」になるのか
   この目で確かめようと思ったのだ

   新茶はそれはそれは美味しく
   まるで「いのち」を飲み干すように
   生き生きとした香りに満ちていた







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