今朝は春先を思わすような肌寒さとなり
暖房を点けずにはいられなかった。
「立夏」であったが日中も夏日にはならずに済む。
全国的にも穏やかな晴天となり観光地は賑わったようだ。
そうかと思えば北海道の塩狩峠では積雪があったそうだ。
桜に雪とはそれもまた風情があったことだろう。
暦の上では今日から初夏となり気分も一新する。
一番好きなのは「立春」であるが夏が立つのもまた良いものである。
サツキの花はまだ見かけないがレースフラワーが満開であった。
アマリリスが咲けばグラジオラスも咲き始めることだろう。
連休明けの朝の道がまた楽しみでならない。
その連休にもうんざりしてしまいもう限界に思える。
明日が最終日なのでもう一日の辛抱であった。
日常の事が恋しくてならず早く仕事をしたくてならない。
夫は私が休みだとまともな昼食を食べられるので嬉しいようだ。
今日はまた市街地まで走り「たこ焼き」を買って来た。
老舗のたこ焼き屋さんは二代目になっており
ご主人は夫と同い年らしい。息子さんはうちの息子の同級生であった。
奥さんは70歳位だろうか。とても朗らかで愛想が良い。
小さなたこ焼き屋さんであるが市内でも有名なお店で
たこ焼き一筋で豪邸を建てたと云う噂もある。
最初は子供相手の小さな商売だったのだろう。
ひたすら一心にたこ焼きを焼き続けて来たおかげで成功したのだと思う。
食べたのは20年ぶり位だったが味は昔のままでとても美味しかった。

午後はまたお昼寝体制に入ったが夫が「ゴジラ」を観ていた。
去年だったか一昨年だったかそう古くはない映画である。
観ていると迫力があり面白くてならず最後まで観た。
夫の解説によるとまた新作の「ゴジラ」が公開されるのだそうだ。
映画館で観れたらどんなに良いだろうかと思う。
それから少しだけ眠っていたが直ぐに目が覚めてしまう。
仕方なく自室で過ごしていたがまた煙草攻めであった。
煙草を手元に置かないようにしても直ぐに取りに行ってしまう。
そうなれば精神安定剤どころではなく苛立つばかりである。
今日もユーチューブで「チロちゃん」を見ていた。
今年のお正月の「おせち料理」を見てから
お孫さんの「お弁当作り」の二本立てである。
お孫さんはお弁当箱を空っぽにして帰って来て
おばあちゃんが涙を流している姿に大いに感動する。
おばあちゃん子だったのだろう子供の頃からよく作っていたらしい。
お孫さんはご飯を一粒も残さなかったのだそうだ。
それがどれほど嬉しかったことか涙声で話していた。
ほっこりと心が温かくなる。
今の索漠とした世の中にもこんな「ものがたり」があるのだ。
一人でも多くの人に見てもらいたい動画であったが
SNSに共有することを躊躇ってしまった。
94歳になろうとしているおばあちゃんを静かにそっとしてやりたい。
何処に住んでいるのか名前など知らなくても良いのだ。
※以下今朝の詩
靴下
春先のような寒さである 靴下がほっこりと温かい
目覚めるなり夫が履かせてくれた 左足だけで右足は自分で履ける そうして朝の一歩が始まるのだ
杖を付きながらゆっくりと 階段をのぼれば 四畳半の私の部屋であった
ちいさな仏壇があり 父と母の遺影が並んでいる 父は澄まし顔で母は笑っている 「おはよう」の声がこだまする朝
ノートパソコンを起ち上げ 日課の詩を書こうとするのだが 上手く言葉に出来ないのだった
書きたい気持ちが先走る ならば追い駆けて行くしかない
両足を擦り合わせている そうだった靴下の詩が書きたかったのだ
タイトルを決めればもう迷わない こころには誰の手も借りずに 靴下の温もりが伝わっている
雨上がりの爽やかな朝であったが
夜明けと共に風が強まり次第に曇り空となる。
強風は関東を中心に吹き荒れたようで
竜巻のような突風の被害もあったらしい。
明日は風も弱まるようで行楽日和となりそうだ。
行楽には全く縁がなく今日も暇を弄ぶばかり。
サニーマートへ行けば駐車場が満車状態で困り果てる。
帰省客だろうか県外ナンバーの車が多かった。
駐車場をぐるぐる走り回りやっと停めることが出来る。
店内も買い物客でごった返しており人に酔ってしまった。
夜の献立は素麺と鶏の唐揚げに決めたが
鶏肉が一気に高くなっており驚く。
帰宅したら燕の気配がなかった。
泥土も落ちておらず巣作りを諦めたのかもしれない。
しかし油断は禁物でとにかく我が家の玄関が気に入っているようだ。
来れば困る。来ないと寂しいのはどうしてだろう。
お昼には残りご飯でビビンバを作る。
昨夜から夫が食べたがっていたので喜んでいた。
大盛ビビンバを平らげるなりまたお昼寝体制となる。
何度か目を覚ましたが結局今日も2時まで寝ていた。
自室で過ごせばひっきりなしに煙草を吸ってしまう。
それが嫌でたまらないのだが自制することが出来ない。
身勝手にもこの世から煙草が無くなれば良いのにと思う。
SNSを見たりユーチューブを見たりして過ごす。
「チロちゃん」は最新の動画が更新されていた。
おばあちゃんは健在でお孫さんの為に料理を作る。
昭和7年生まれなのだそうだ。今年で94歳であった。
包丁さばきも鮮やかでとてもそんな歳に見えない。
お孫さんとの土佐弁も耳に心地よく響く。
「チロちゃん」はお孫さんの愛犬の名なのだそうだ。
それも微笑ましく愛情が伝わって来る。
「長生きの秘訣」はやはり動画のおかげではないだろうか。
お孫さんの為に料理を作ることがもはや生き甲斐に思える。
どうかどうかこれからも元気でいて欲しいと願わずにいられない。
やっと5時になりお素麺を湯がく。娘が唐揚げを揚げてくれる。
お風呂上がりの夫はお素麺をずるずると食べ始めた。
ほいほいと娘が唐揚げを運べば待ってましたとばかりにわしわしと食べる。
いつもの平和な光景であるが何となく嫌悪感が走るのは何故だろう。
娘婿は何処に行ったのやら7時になっても帰って来ない。
娘が独りぼっちで夕食を食べていた。
めいちゃんは高知市内へプチ旅に行っており
あやちゃんは子供部屋で食べているようだった。
昨夜のような光景は見られず娘以上に寂しく思う。
色んなことが当たり前になっていく我が家であった。
吹き荒れていた風が収まり静かな夜である。
今朝は窓を開けるなり綺麗な月が見えたのだが
東の空だろうか、今は窓から見ることは出来ない。
見えない事さえも当たり前になってしまったのだろうか。
※以下今朝の詩
月影
雨は止んでいるようだ 嵐のようだった夜が過ぎ 夜明けを待つばかりである
窓を開けたら綺麗な月が見え その輝きがはっと胸を刺す
満月はいつだったのだろう 知ろうともせずに過ごして来た 月はその輪郭に影を落として 見えない部分があることを 伝えようとしているようだ
見ているのではない 見られているのだとおもう
何と愚かな姿だろうか こんな私であっても 月は真っ直ぐに見ている
詩のようなものを書く 夜が明けるまでに書く
逃げも隠れもしない 在りのままの私を見て欲しい
雨の予報だったが降りそうで降らず
午後三時頃からやっと本降りになった。
強い風が吹いており窓を開ける事も出来ない。
蒸し暑さはなく随分と涼しい夜だ。
日曜日らしくごろごろと寝てばかりの一日であった。
あやちゃんが「ハラミ」と「中華サラダ」が食べたいと云ってくれる。
昨夜から気になっていたのでとてもほっとした。
午後のお昼寝から目覚め市街地の精肉店へ行く。
「一条通商店街」なのだが昔のような賑わいは全く無く
殆どの店がシャッターを下ろしており何と寂れたことだろう。
開いているのは精肉店と隣の酒屋ぐらいであった。
精肉店は老舗で昔から同じ場所にあり
大量買いをする時はサニーマートよりずっと安い。
ハラミを1キロ、後はカルビとミックスホルモンを買った。
お財布には厳しいが家族の笑顔が目に浮かぶ。
もう寝るのにも飽きてしまって5時まで自室で過ごしていた。
あやちゃんが生まれた2012年の5月の日記を読む。
5月3日の夜に生まれたのでその日の日記は書けなかったらしく
明くる日の夜に初孫の誕生を興奮気味に書いていた。
感動で胸が一杯だった様子が文面から伝わって来る。
もう14年もの歳月が流れたが少しも色褪せない記憶であった。
何も変わりはしないはずだがそれからは成長の記録である。
2年後にはめいちゃんが生まれあやちゃんはお姉ちゃんになった。
まだ母親に甘えたい盛りである。寂しい日もあったことだろう。
けれども我儘も云わずすくすくと成長してくれたのだった。
「いま」は今以外にはなく現実を受け止めるしかないが
あやちゃんにとっては大きな試練であり
きっと乗り越える日が来るだろうと信じて止まない。
家族揃って焼き肉パーティーとは行かず
いつものように夫と先にお肉を焼いて食べる。
我が家ではもうそれが当たり前になった。
慣れてしまえばその方がずっと気楽である。
7時前に娘達がやっと食卓に着く。
いつもは子供部屋で食べるあやちゃんも座っていてとてもほっとした。
にこにこと笑顔で嬉しそうに食べている姿に目頭が熱くなる。
ずっとこんな夜が続けば良いのにと思わずにいられなかった。
ふと自分が14歳の頃を思い出したが「よけいなこと」である。
そんな苦労話であやちゃんの誕生日を汚してはならない。
私だって成長したのだ。母になる事も出来たのだと思う。
春夏秋冬と季節は巡り終らない冬もなかった。
つかの間の春も終り初夏の眩しい陽射しが降り注ぐことだろう。
※以下今朝の詩
へのへのもへじ
ふくふくとした空に落書きをした へのへのもへじ丸かいてちょん
怒った顔笑った顔澄ました顔 私はどんな顔をしているのだろう
雲にのりたいと云った あのひとを思い出した 随分と歳月が流れたが 私を憶えているだろうか
空は何処までも続いているが 雲はかたちを変えながら 風に流れて消えることもある
へのへのもへじも消えるだろう 何もなかったかのように空は青い
存在は儚く定めに従うしかない 記憶として残ることが出来れば 生き永らえることが叶うだろう
ふくふくとした空に描きたくてならない
立春から数えて八十八日目の「八十八夜」
昔から農事の吉日とされ籾種を蒔いたり茶摘みをしたそうだ。
立夏も近くなり季節はもう初夏と云っても良いだろう。
今日も四万十市内は28℃を超え黒潮町では30℃を超える。
山里は市内よりも2℃程低いのだが今日は暑さを感じた。
朝の道を行けば道端や田んぼの畦道に黄色い花が咲き始めている。
「大金鶏菊」は特別外来種に指定されており
駆除対象の植物となっているが花はとても可愛らしい。
いつ頃日本に渡って来たのかは定かではないが
子供の頃には見た記憶がないのでさほど昔ではないのだろう。
生まれ故郷の国ならば愛でられる花であっても
異国に咲いたばかりに「駆除」とは憐れでならない。
しかし生態系に害があるのなら仕方ないことだろう。

大型連休を前にして仕事は大忙しであった。
一日車検の車も入庫しており同僚が一生懸命に整備をしてくれていたが
不具合が多い上に部品も今日の事にはならない。
お客さんも承知してくれて最低限の整備で済ますことにした。
義父は今日も早朝から田んぼの代掻きに行っていたが
10時から親戚の法事があり気忙しくてならない。
作業着のまま行く訳にも行かず大急ぎで着替えて行く。
朝食も食べていなかったが法事で折詰を貰って嬉しかったようだ。
その折詰を食べ終わるとまた大急ぎで田んぼに向かった。
代掻きが一段落したのか2時前には帰って来てくれて
私と一緒に車検完了の書類を整えていたのだが
友人が二人やって来てすっかり話し込んでしまった。
「今手が離せない」とは決して云わない義父である。
3時になりやっと友人達が帰って行きほっとしたが
義父と二人三脚で書類を整えたらもう4時である。
それから同僚と納車に行っていた。
帰宅はすっかり遅くなってしまったが心地よい達成感である。
連休を入れてもほぼ2週間の休業となるので
やるべきことだけはしっかりとケジメを付けて置きたかった。
今夜は娘達が夕食不要とのことで助かったが
夫もお腹を空かせているだろうと家の近所のローソンへ行く。
県外ナンバーの車がいっぱい停まっていて驚いた。
私は大好きなペペロンチーノ。夫にはざる蕎麦セットを買う。
ビールのつまみもなかったが夫は美味しそうに食べてくれた。
明日から6日まで暦通りの連休だが少しも嬉しくはなく
収入が絶たれるのが辛くてならない。
如何に節約するかであるが明日はあやちゃんの誕生日だった。
ステーキにしようか焼き肉にしようかと考えている。
あやちゃんに訊いたら「別にどうでもええけん」と何とも寂しい。
もしかしたら自分の誕生日を忘れているのかもしれなかった。
薄暗い部屋でタブレットを操作している横顔にドキッとする。
昨夜のような風もなく静かな夜であった。
明日はまた雨になるとのこと春に三日の日和なしである。
眠ってしまえば必ず朝が来るのだろうか。
一日を閉じる時にはいつも栞を挟む。
※以下今朝の詩
茶摘み
夏も近づく八十八夜 農事の吉日であるが ふと中学時代の茶摘みを思い出した
海辺のちいさな町であったが 学校の茶畑があり 行事として茶摘みをするのである
転校生だった私には初めての経験で お茶の摘み方も知らなかったが 「一芯二葉」と云って 親指と人差し指で折るように摘む
見渡す限りの若い緑であった 陽射しを浴びてきらきらと輝いている 仄かに香るのは茶葉の息であろうか
みるみるうちに籠がいっぱいになり 収穫した茶葉は製茶場へと運ばれて行く
私は衝動的に「製茶部」に入部した 興味はどんどん深まるばかりである どのようにすれば「お茶」になるのか この目で確かめようと思ったのだ
新茶はそれはそれは美味しく まるで「いのち」を飲み干すように 生き生きとした香りに満ちていた
雨上がりの爽やかな晴天であったが風の強い一日となる。
特にお昼頃は暴風となり木の枝も折れてしまいそうだった。
気温は20℃程で過ごし易かったが風に当たると肌寒い。
明日は穏やかに晴れてまた夏日になりそうである。
世間ではGWと騒いでいるが明日からが本番だろう。
特に予定もない日給月給の身には辛い休みであった。
その上に連休明けから同僚が入院するので
仕事の段取りも思うように出来ず頭を悩ませている。
車検の予約は後を絶たず早くても二週間後となってしまう。
苦しい経営難に重ねて臨時休業は大きな打撃であった。

あちらこちらに咲いていたツツジがそろそろ終りを迎えそうだ。
特に白いツツジは何とも憐れな姿である。
桜のようにはらはらとは散れず茶に染まり枝にしがみついていた。
昨日の雨と今日の風。どれほど辛かったことだろう。
しかし五月ともなれば今度はサツキの季節である。
ツツジほど多くは見かけないがひっそりとした佇まいが好ましい。
四万十川の土手には薊の花が咲き始める頃である。
大河を眺めるように凛と咲くその姿も好きであった。
花たちはそうしてバトンタッチをして行く。
花のない季節がないようにと何と優しい心遣いだろう。
4時過ぎに帰宅すると玄関先が泥だらけになっていた。
湿った泥土なので箒も役に立たない。
洗い流すしかなかったが今日は何も出来なかった。
どうかどうか諦めてはくれまいかと巣の土台を払い落とす。
イタチごっごであっても何としても阻止せねばならない。
もちろん燕には何の罪もないが心を鬼にする。
毎年の事でありこれまで多くの子燕が巣立って行ったが
カラスに巣を荒らされたり蛇に雛を食べられたこともあった。
その度にどれほど心を痛めたことだろうか。
親燕は餌を食べられない弱い雛を巣から突き落とす。
それも惨い事であったが自然界の掟であった。
孫達は涙を流し祖父である夫が巣に戻したが
それもイタチごっことなり雛はとうとう死んでしまうのだった。
「もう燕はええぞ」勘弁してくれと夫は云い
私達家族もみな同じ気持ちである。
心を鬼にすることは辛いが巣作りを認める訳にはいかないのだ。
夜になっても風は一向に弱まらず窓ガラスを鳴らしている。
燕はいったい何処で眠っているのだろうか。
※以下今朝の詩
おはじき
それほどたくさんではない まやちゃんは百個持っているが 私は十個しか持っていない
青や赤や緑のそれには 白い透かしが入っていて きらきらと輝いている
ポケットに入れていたら 落としてしまうかもしれないと 母が小さな巾着袋を縫ってくれた
学校から帰るとぴょんぴょん走って まやちゃんの家へ遊びに行く
畳の上にそれを広げて 指で隙間を切って行く そうして弾くと小さな音がして まやちゃんの嬉しそうな声がする 失敗するまでずっとまやちゃんの番だ
やっと私の番が来たが 指が緊張したように震える 赤いのと青いのと緑のと どれにしようかと迷った
まやちゃんの指は細くて 私の指は男の子みたいに太い
隙間がどんどん狭くなるのを 息を殺しながら切って行く
また明日も遊ぼうね まやちゃんはとても嬉しそうに言った
清く正しく雨が降っている。
気温も3月下旬並みとなり冷たい雨であった。
朝の山道を行けば傘を差して歩いているお遍路さんを見かける。
杖はついていなかったが歩きづらいことだろう。
足元もびしょ濡れの様子で気遣わずにはいられない。
車を停めて声をかけるべきだったといつも後から悔やまれる。
峠を越え山里の民家が見え始めるとオオデマリが迎えてくれるが
雨に打たれて酷く弱っている様に見えた。
もう蕾も見えずそろそろ見納めかもしれない。
コデマリと同じように茶に染まって行くのだろうか。
毎年見ているはずなのに終いの姿を思い出せない。
いちめんの田んぼが見え始めると溢れんばかりの水であった。
もう水不足の心配はないだろう。
稲の成長は早くぐんぐんと伸びて行きそうだ。
職場に着くと義父に農業仲間の来客があり
居室に向かって声を掛けたが一向に返事がない。
電話をすればやっと姿を見せてくれた。
お仲間さんはもう「中手」の準備をするのだそうだ。
中手とは「中稲」と書き早稲(わせ)と晩稲(おくて)の中間期に
成熟する稲のことである。早稲のお米より美味しいのだそうだ。
そのため自家用米にする農家が多く義父もその一人である。
しかし義父はまだ早稲の田植えが残っているので遅れを取っているようだ。
お仲間さんは義父に頼んであった籾種を取って帰る。
「おらも早うに植えんといかんな」と呟いていた。

工場の仕事は順調で例の大型車を納車する。
溶接は鉄工所のKちゃんが昨日済ませてくれていた。
次の車検整備もほぼ完了で明日は納車出来そうである。
てんやわんやなのは経理でゼロではどうしようも出来ない。
午前中に部品屋さんが集金に来るので平田町の銀行に走った。
また「奥の手」を使う。困った時の一時的な借金である。
後はお昼休憩もせずにひたすら支払いのお客さんを待っていた。
そこに母が現われるのが私と母の強い絆であろう。
大口のお客さんであったが内金で支払ってくれた。
仕事が不景気とのことで誰しも苦労しているのだろう。
それから間もなくして支払いが遅れていたお客さんが来てくれた。
最初から月末に支払うつもりだったらしくちゃっかりしている。
「遅うなってごめんよ」と云うので「なんちゃあかまんよ」と笑っておく。
それからがまた面白い。ATMに記帳に行ったら振込入金があった。
月末払いの会社であったがいつもぎりぎりだったので
まさか早目に振り込んでくれているとは思ってもいなかった。
ATMがシャカシャカと音を立てて喜んでいる。
社会保険料が引き落とされた。新聞代も引き落とされた。
何と云う素早さだろう。面白くてたまらない。
事務所に帰るなり義父に報告したが「そうか」の一言だけである。
いくら経理にノータッチとは云え私の桜吹雪が見えぬのかと思う。
義父に話しても喜びが半減してしまうので
母の遺影に向かって「お母ちゃんやったね、ありがとうね」と伝えた。
商売はこんなにも面白い。まだまだ十年は頑張れそうだ。
張り詰めていた糸が切れたようにふにゃふにゃしながら帰った。
※以下今朝の詩
午前四時外は雨
午前四時外は雨 ぽつんぽつんと 雨だれが歌っている
10センチ窓を開けた もう心が渇くことはない しっとりと濡れている
カレンダーを五月にした そうして今日を終えば いつだって明日がある
きっと変わることが出来る 季節はもう初夏なのだろう
紫陽花に花芽が見えたら 私も咲けるかもしれない
ゆっくりと夜明けが近づく たとえ雨であっても 太陽は諦めはしない
灰色の空にだって 希望の光が射しこむ
降水確率40%で曇りの予報だったが
たっぷりと陽射しがあり気温も高くなった。
「洗濯物係」の夫が「乾いたのになあ」と残念がる。
風は沖の風であったがずいぶんと爽やかに感じた。
「昭和の日」で祭日。仕事を休みたくはなかったが
同僚が田植えとのこと仕方なく休業にする。
義父に比べれば猫の額ほどの田んぼであるが
お兄さん夫婦が手伝いに来てくれるそうで助かったことだろう。
仕事をしながらの米作りも大変な苦労に思える。
朝のうちに近所の良心市へ行きほうれん草を買い求めた。
新鮮なほうれん草が一束百円の安さである。
他には新じゃが芋やサニーレタスがあったが
じゃが芋は所々緑色になっており買い控える。
夫の従姉妹が営んでいる良心市で私も常連であった。
季節ごとの野菜が安価なのでとても助かっている。
それからサニーマートへ行った。
昨夜の野菜炒めが残っており夫が「ちゃんぽん」を食べたいと云う。
中華麺を3袋買って大盛のちゃんぽんにすることにした。
夕飯は「ほうれん草の白和え」「豚バラ大根」「海老フライ」に決める。
開店直後だったので半額の海老は無かったが3パック買った。
あやちゃんの大好物なのできっと喜んでくれるだろう。
お昼には「大盛りちゃんぽん」の何と美味しかったことだろう。
夫も大満足で私も幸せな気持ちになる。
お休みの日は食べて寝る事が仕事であった。
そのまま茶の間で横になり2時までお昼寝をする。
その後は自室でユーチューブを見ていた。
登録済みの「チロちゃん」は春菊のお白和えと山芋のとろろご飯だった。
ご飯にとろろを載せる時にお孫さんにはいっぱい載せて
おばあちゃんは少しだったのが微笑ましくてならない。
それだけお孫さんに愛情を注いでいるのだろう。
「いっぱい食べや、美味しいで」と優しい声が聞こえる。
撮影当時93歳らしかった。最新の動画が見当たらなかったので
もしかしたら亡くなってしまったのかもしれないと思う。
けれどもお孫さんは沢山の動画を残してくれたのだ。
「チロちゃん」を見終わってから「木本慎之介」を見た。
西城秀樹の長男で素晴らしい歌唱力である。
幼い頃から闘病中の父親を見ながら育って来たが
13歳の時に父親の死と直面する。
偉大な父を持ちながら父を越えようと頑張って来た。
二世であることを隠してオーデションも受けたのだそうだ。
しかしマスコミに知れて辞退したらしい。
その時の悔しさを思うと何としても未来をと願わずにいられない。
端正な顔立ちはどことなく父親に似ていて抜群な歌唱力である。
私はすっかりファンになった。ずっと応援しようと心に決めた

夕方には素潜り漁に行っていた娘婿が帰って来て
大きな伊勢海老をご馳走になる。
まだ生きているのを娘が捌いていたが「ごめんよう、許してよう」の泣き声。
もうお手上げとなり夫が何とか捌いてくれた。
伊勢海老は来月から禁漁とのこと。今夜が食べ納めとなる。
あやちゃんは伊勢海老よりも海老フライで
「今日の海老は小さい」と文句を言っていたが
食べたらとても美味しかったと喜んでいた。
穏やかな夜となり幸せを絵に描いたようだが
私は明日の月末の事で頭がいっぱいである。
神様は乗り越えられない試練を与えないと云うが
それが真実なのか明日は確かめようと思っている。
※以下今朝の詩
野原
山あり谷ありであったが 谷を過ぎると野原がある
冬の間は雀色であったが 今はいちめんの緑が萌える
レモン色の花が咲き 茅の白い穂が風に揺れる
ずいぶんと歩いて来た それは苦労でもあったが 日々の事に精を尽くした
雨の日も風の日もある 身を粉にすればするほど 「いのち」に満たされる
空は天であり神にも等しい 手を合わせ祈り続けた日々
野原には希望があった 負けない勇気があった
野花のように生きていたい
|