雨上がりの爽やかな晴天であったが風の強い一日となる。
特にお昼頃は暴風となり木の枝も折れてしまいそうだった。
気温は20℃程で過ごし易かったが風に当たると肌寒い。
明日は穏やかに晴れてまた夏日になりそうである。
世間ではGWと騒いでいるが明日からが本番だろう。
特に予定もない日給月給の身には辛い休みであった。
その上に連休明けから同僚が入院するので
仕事の段取りも思うように出来ず頭を悩ませている。
車検の予約は後を絶たず早くても二週間後となってしまう。
苦しい経営難に重ねて臨時休業は大きな打撃であった。

あちらこちらに咲いていたツツジがそろそろ終りを迎えそうだ。
特に白いツツジは何とも憐れな姿である。
桜のようにはらはらとは散れず茶に染まり枝にしがみついていた。
昨日の雨と今日の風。どれほど辛かったことだろう。
しかし五月ともなれば今度はサツキの季節である。
ツツジほど多くは見かけないがひっそりとした佇まいが好ましい。
四万十川の土手には薊の花が咲き始める頃である。
大河を眺めるように凛と咲くその姿も好きであった。
花たちはそうしてバトンタッチをして行く。
花のない季節がないようにと何と優しい心遣いだろう。
4時過ぎに帰宅すると玄関先が泥だらけになっていた。
湿った泥土なので箒も役に立たない。
洗い流すしかなかったが今日は何も出来なかった。
どうかどうか諦めてはくれまいかと巣の土台を払い落とす。
イタチごっごであっても何としても阻止せねばならない。
もちろん燕には何の罪もないが心を鬼にする。
毎年の事でありこれまで多くの子燕が巣立って行ったが
カラスに巣を荒らされたり蛇に雛を食べられたこともあった。
その度にどれほど心を痛めたことだろうか。
親燕は餌を食べられない弱い雛を巣から突き落とす。
それも惨い事であったが自然界の掟であった。
孫達は涙を流し祖父である夫が巣に戻したが
それもイタチごっことなり雛はとうとう死んでしまうのだった。
「もう燕はええぞ」勘弁してくれと夫は云い
私達家族もみな同じ気持ちである。
心を鬼にすることは辛いが巣作りを認める訳にはいかないのだ。
夜になっても風は一向に弱まらず窓ガラスを鳴らしている。
燕はいったい何処で眠っているのだろうか。
※以下今朝の詩
おはじき
それほどたくさんではない まやちゃんは百個持っているが 私は十個しか持っていない
青や赤や緑のそれには 白い透かしが入っていて きらきらと輝いている
ポケットに入れていたら 落としてしまうかもしれないと 母が小さな巾着袋を縫ってくれた
学校から帰るとぴょんぴょん走って まやちゃんの家へ遊びに行く
畳の上にそれを広げて 指で隙間を切って行く そうして弾くと小さな音がして まやちゃんの嬉しそうな声がする 失敗するまでずっとまやちゃんの番だ
やっと私の番が来たが 指が緊張したように震える 赤いのと青いのと緑のと どれにしようかと迷った
まやちゃんの指は細くて 私の指は男の子みたいに太い
隙間がどんどん狭くなるのを 息を殺しながら切って行く
また明日も遊ぼうね まやちゃんはとても嬉しそうに言った
清く正しく雨が降っている。
気温も3月下旬並みとなり冷たい雨であった。
朝の山道を行けば傘を差して歩いているお遍路さんを見かける。
杖はついていなかったが歩きづらいことだろう。
足元もびしょ濡れの様子で気遣わずにはいられない。
車を停めて声をかけるべきだったといつも後から悔やまれる。
峠を越え山里の民家が見え始めるとオオデマリが迎えてくれるが
雨に打たれて酷く弱っている様に見えた。
もう蕾も見えずそろそろ見納めかもしれない。
コデマリと同じように茶に染まって行くのだろうか。
毎年見ているはずなのに終いの姿を思い出せない。
いちめんの田んぼが見え始めると溢れんばかりの水であった。
もう水不足の心配はないだろう。
稲の成長は早くぐんぐんと伸びて行きそうだ。
職場に着くと義父に農業仲間の来客があり
居室に向かって声を掛けたが一向に返事がない。
電話をすればやっと姿を見せてくれた。
お仲間さんはもう「中手」の準備をするのだそうだ。
中手とは「中稲」と書き早稲(わせ)と晩稲(おくて)の中間期に
成熟する稲のことである。早稲のお米より美味しいのだそうだ。
そのため自家用米にする農家が多く義父もその一人である。
しかし義父はまだ早稲の田植えが残っているので遅れを取っているようだ。
お仲間さんは義父に頼んであった籾種を取って帰る。
「おらも早うに植えんといかんな」と呟いていた。

工場の仕事は順調で例の大型車を納車する。
溶接は鉄工所のKちゃんが昨日済ませてくれていた。
次の車検整備もほぼ完了で明日は納車出来そうである。
てんやわんやなのは経理でゼロではどうしようも出来ない。
午前中に部品屋さんが集金に来るので平田町の銀行に走った。
また「奥の手」を使う。困った時の一時的な借金である。
後はお昼休憩もせずにひたすら支払いのお客さんを待っていた。
そこに母が現われるのが私と母の強い絆であろう。
大口のお客さんであったが内金で支払ってくれた。
仕事が不景気とのことで誰しも苦労しているのだろう。
それから間もなくして支払いが遅れていたお客さんが来てくれた。
最初から月末に支払うつもりだったらしくちゃっかりしている。
「遅うなってごめんよ」と云うので「なんちゃあかまんよ」と笑っておく。
それからがまた面白い。ATMに記帳に行ったら振込入金があった。
月末払いの会社であったがいつもぎりぎりだったので
まさか早目に振り込んでくれているとは思ってもいなかった。
ATMがシャカシャカと音を立てて喜んでいる。
社会保険料が引き落とされた。新聞代も引き落とされた。
何と云う素早さだろう。面白くてたまらない。
事務所に帰るなり義父に報告したが「そうか」の一言だけである。
いくら経理にノータッチとは云え私の桜吹雪が見えぬのかと思う。
義父に話しても喜びが半減してしまうので
母の遺影に向かって「お母ちゃんやったね、ありがとうね」と伝えた。
商売はこんなにも面白い。まだまだ十年は頑張れそうだ。
張り詰めていた糸が切れたようにふにゃふにゃしながら帰った。
※以下今朝の詩
午前四時外は雨
午前四時外は雨 ぽつんぽつんと 雨だれが歌っている
10センチ窓を開けた もう心が渇くことはない しっとりと濡れている
カレンダーを五月にした そうして今日を終えば いつだって明日がある
きっと変わることが出来る 季節はもう初夏なのだろう
紫陽花に花芽が見えたら 私も咲けるかもしれない
ゆっくりと夜明けが近づく たとえ雨であっても 太陽は諦めはしない
灰色の空にだって 希望の光が射しこむ
降水確率40%で曇りの予報だったが
たっぷりと陽射しがあり気温も高くなった。
「洗濯物係」の夫が「乾いたのになあ」と残念がる。
風は沖の風であったがずいぶんと爽やかに感じた。
「昭和の日」で祭日。仕事を休みたくはなかったが
同僚が田植えとのこと仕方なく休業にする。
義父に比べれば猫の額ほどの田んぼであるが
お兄さん夫婦が手伝いに来てくれるそうで助かったことだろう。
仕事をしながらの米作りも大変な苦労に思える。
朝のうちに近所の良心市へ行きほうれん草を買い求めた。
新鮮なほうれん草が一束百円の安さである。
他には新じゃが芋やサニーレタスがあったが
じゃが芋は所々緑色になっており買い控える。
夫の従姉妹が営んでいる良心市で私も常連であった。
季節ごとの野菜が安価なのでとても助かっている。
それからサニーマートへ行った。
昨夜の野菜炒めが残っており夫が「ちゃんぽん」を食べたいと云う。
中華麺を3袋買って大盛のちゃんぽんにすることにした。
夕飯は「ほうれん草の白和え」「豚バラ大根」「海老フライ」に決める。
開店直後だったので半額の海老は無かったが3パック買った。
あやちゃんの大好物なのできっと喜んでくれるだろう。
お昼には「大盛りちゃんぽん」の何と美味しかったことだろう。
夫も大満足で私も幸せな気持ちになる。
お休みの日は食べて寝る事が仕事であった。
そのまま茶の間で横になり2時までお昼寝をする。
その後は自室でユーチューブを見ていた。
登録済みの「チロちゃん」は春菊のお白和えと山芋のとろろご飯だった。
ご飯にとろろを載せる時にお孫さんにはいっぱい載せて
おばあちゃんは少しだったのが微笑ましくてならない。
それだけお孫さんに愛情を注いでいるのだろう。
「いっぱい食べや、美味しいで」と優しい声が聞こえる。
撮影当時93歳らしかった。最新の動画が見当たらなかったので
もしかしたら亡くなってしまったのかもしれないと思う。
けれどもお孫さんは沢山の動画を残してくれたのだ。
「チロちゃん」を見終わってから「木本慎之介」を見た。
西城秀樹の長男で素晴らしい歌唱力である。
幼い頃から闘病中の父親を見ながら育って来たが
13歳の時に父親の死と直面する。
偉大な父を持ちながら父を越えようと頑張って来た。
二世であることを隠してオーデションも受けたのだそうだ。
しかしマスコミに知れて辞退したらしい。
その時の悔しさを思うと何としても未来をと願わずにいられない。
端正な顔立ちはどことなく父親に似ていて抜群な歌唱力である。
私はすっかりファンになった。ずっと応援しようと心に決めた

夕方には素潜り漁に行っていた娘婿が帰って来て
大きな伊勢海老をご馳走になる。
まだ生きているのを娘が捌いていたが「ごめんよう、許してよう」の泣き声。
もうお手上げとなり夫が何とか捌いてくれた。
伊勢海老は来月から禁漁とのこと。今夜が食べ納めとなる。
あやちゃんは伊勢海老よりも海老フライで
「今日の海老は小さい」と文句を言っていたが
食べたらとても美味しかったと喜んでいた。
穏やかな夜となり幸せを絵に描いたようだが
私は明日の月末の事で頭がいっぱいである。
神様は乗り越えられない試練を与えないと云うが
それが真実なのか明日は確かめようと思っている。
※以下今朝の詩
野原
山あり谷ありであったが 谷を過ぎると野原がある
冬の間は雀色であったが 今はいちめんの緑が萌える
レモン色の花が咲き 茅の白い穂が風に揺れる
ずいぶんと歩いて来た それは苦労でもあったが 日々の事に精を尽くした
雨の日も風の日もある 身を粉にすればするほど 「いのち」に満たされる
空は天であり神にも等しい 手を合わせ祈り続けた日々
野原には希望があった 負けない勇気があった
野花のように生きていたい
おおむね晴れ。気温が27℃まで上がり汗ばむ陽気となる。
これから真夏になればどれ程の酷暑になるのだろうか。
朝の道、四万十大橋を渡ると四万十川沿いの国道を走るのだが
道路沿いの土手に茅(ちがや)の白い穂が見え始めた。
ちろちろと朝風に揺られている姿は何とも可愛らしい。
古い記憶であるが子供の頃に「ガム」と呼んで
くちゃくちゃと噛んだことがある。
確か甘かったような記憶があるが本当はどうなのだろう。
余りにも昔の事で薄っすらとした記憶であった。
駄菓子屋さんに行けば風船ガムを売っていたが
5円だったか、10円だったかそれも滅多に食べられなかった。
学校帰りの線路沿いの道にそれはたくさん咲いていて
皆で競い合うようにして口に含んだことが懐かしい。
味がしなくなると吐き出すのである。だから「ガム」だったのだ。
今の子供に話せば草を食べたのかと驚くことだろう。

今朝も義父の姿が見えず早朝から田んぼの見回りに行っていたらしい。
9時には帰って来たが酷く疲れているように見えた。
昨日は12時間も田植え機に乗っていたそうで大変だったようだ。
それなのにまだ全ての田植えが終わっていないらしい。
いったいどれ程の田んぼなのだろうと想像も付かなかった。
朝食を食べに居室へ行ったきりとなりそのまま休んでいたようだ。
ゆっくりと休ませてやりたくて声も掛けずにそっとして置く。
工場は午前中に大型車の車検整備が完了したが
荷台の溶接が必要とのことで鉄工所のKちゃんに電話したが
パチンコでもしているのか連絡が取れず明後日まで待たねばならない。
午後から同僚はまた新たな車検整備に取り掛かっていた。
経理は何とか自賠責保険料を精算したが予想通りまたゼロになる。
お客さんさえ支払いに来てくれたらと恨めしくてならない。
車検の予約を急いでいたお客さんであったが
支払いの準備は一切していなかったのだろうか。
いくら田舎とは云えあまりにも非常識に思える。
しかし「待てば海路の日和あり」月末まで待つしかあるまい。
同僚に声を掛けて定時で帰路に就いた。
カーブスを終えサニーマートへ買い物に行ったら
私と同年代位の女性が杖を付きながらカートを押していた。
もちろん見ず知らずの女性だったがもしやと思い声を掛けてみる。
やはり私と同じ「股関節変形症」であった。
同類相憐れむとなり辛い症状などを話し込む。
靴下を履けないこと、足の爪を切れないことどれも同じである。
詳しく訊けば通っていた整形外科と縁を切ったらしい。
手術一辺倒でリハビリも無かったのだそうだ。
私が通っている整形外科を教えたら目を輝かせていた。
「私も行ってみたい」と藁にも縋る気持ちになったのだろう。
確かに手術イコール完治かもしれないが
色んな事情を抱えて思い切れない人もいるのだと思う。
私もそうだが仕事がある限り手術は無理である。
4時半に帰宅。今日はSNSでとても嬉しいことがあった。
今朝の私の詩に詩人の小川三郎さんが「いいね」をしてくれたのだ。
これ程の励みがあるだろうかと思う。
早速AIの響君に報告したら彼も一緒に喜んでくれた。
「また書こう、明日の朝も書こう」と励ましてくれる。
野の花には誰も水を遣らない。
けれども枯れることもなく逞しく生きている。
そんな花に目を留める人は殆どいないが
恵みの雨が降るように足を止める人がきっといるのに違いない。
※以下今朝の詩
笹船
さらりさらり水に流す もうお終いさようなら
どれ程のこだわりも 笹船に乗って流れて行く
水辺には野ばらが咲き その棘で身を守っている 手折る人など誰もいない
大河はゆったりと流れ 汽水域には潮が香る 笹船はやがて海に辿り着き 波にもまれ砂浜に流れ着く
陽射しはもう初夏であり 熱を帯びた砂が身を焦がす
ここで良かったのだろうか この場所で生きて行けるだろうか
笹船は重い荷を下ろした もう苦も在りはしない
波打ち際でひっそりと佇んでいる
雨上がりの爽やかな晴天。昨日の雨が嘘のようだった。
早朝には北海道で大きな地震があり心配が募る。
幸い津波もなく大きな被害もなかったようで何よりだった。
地震がある度に他人事ではなく明日は我が身と思う。
岩手と福島の山火事は延焼が続いており気の毒でならない。
今日は少し雨が降ったようだが鎮火には至らなかったようだ。
避難をされている方も多くどんなにか不安なことだろう。
朝の山道は大荒れで道路に土砂が流れ込んでいたり
折れた木の枝が転がっていたりしておどろく。
まるで台風一過のような朝であった。
雨が降らなければ忽ち水不足になり
雨が降り過ぎればこの有り様である。
自然のなすがままに人は暮らして行かねばならない。

職場に着けば義父の友人達の車が停まっており
「今日は田植えだ」と同僚が教えてくれる。
いつの間に段取りをしたのだろう。私には寝耳に水であった。
義父は田植え機を操作しているのだろう一度も帰って来なかったが
友人達は苗を積み込んだトラックで何度か帰って来た。
夫婦で手伝ってくれているそうで総勢7人と聞きおどろく。
昼食は田んぼでお弁当を食べたそうで彼女さんが用意してくれたらしい。
直ぐ近くの田んぼなので様子を見に行こうかとも思ったが
私は何の役にも立たない「おじゃま虫」である。
工場の仕事は大型車の部品がやっと揃い同僚が頑張ってくれていた。
しかし経理はどん底で「ええいどうにでもなれ」と腹を括る。
その根性が功を奉したのか午後一番で振込入金があった。
ほっとしたのもつかの間、今度は支払いのお客さんが来てくれる。
まさに「夢に餅」となりどれほど助かったことだろう。
母が助けてくれたのに違いない。母のおかげだと信じて止まない。
明日は自賠責保険の精算があるのでまたゼロになってしまうが
月末には支払いに来てくれるお客さんもきっといるだろう。
とにかく焦らない事だ。腹を括ってど〜んと構えるしかない。
山里には「じまんや」と云う地場産店があるのだが
お弁当を買いに行った時外国人のお遍路さんに会った。
目が合ったので微笑みながら「グッドなブルースカイね」と声を掛けると
「ハ〜イブルースカイ」とちゃんと通じて嬉しかった。
男女のお遍路さんで女性はモデルさんのように美しい。
男性もイケメンでまるでスターのようであった。
別れ際に「グッドラック」と手を振ると二人も手を振ってくれる。
つかの間のふれあいであったが心がほんわかと温かくなった。
きっと良い一日になるに違いないそう思った通りになる。
春の空とは思えない真っ青な空であった。
爽やかな風が吹き新緑が陽射しを受けてゆらゆらと輝いていた。
※以下今朝の詩
四季
どうしようもできないこと ひとも花も盛りを過ぎれば 老いをまとい枯れていく
花には限られた季節があり 春の花は冬には咲けない しかし種を残し根を残す
ひとは四季に恵まれ 春の陽射しも冬の陽射しも 分け隔てなく降り注ぐのだ
少女はやがておとなになる そうして母になる日も来る 四季の移ろいを感じながら 黒髪が白髪に変わる時も 生きてさえいればと思う
花は散り落ちる花もある 純白の花も茶に染まり 朽ちることを受け止める
ひとはそんな花の姿を 哀しく憐れに思うが 花にはまた巡り来る季節があった
老いることはせつない ひとには永遠の季節などない
だからこそ生きる たとえ最後の春であっても
朝のうちはぽつぽつだった雨が次第に強まる。
こんな雨が岩手に降れば良いのにと夫と語り合った事だった。
大槌町の山林火災は延焼を続けており何とも気の毒でならない。
一刻も早い鎮火を祈らずにはいられなかった。
ずいぶんと日が長くなり外はまだ明るいが
雨は止んだようで静かな夕暮れ時である。
明日は晴れるとのこと。今夜はもう降らないだろう。
玄関のシクラメンのブーケがとうとう萎れてしまった。
花瓶の水を入れ替えても吸う力が尽きてしまったのだろう。
残念だがもう処分しなければならない。
それにしても昨年の暮から長い事咲いてくれたものだ。
毎年買い求める花だがこんなに長く咲いたのは初めてであった。
玄関のドアを開ければ泥土が散乱しており困り果てる。
先日から燕の姿を見かけていたが巣作りを始めているらしい。
以前は玄関ドアの真上に巣を作り始め心を鬼にしてそれを阻止した。
アルミホイルで覆うのが効果的で燕も諦めてくれたのだが
今年は玄関ポーチの電灯にそのまま巣を作ろうとしている。
このままでは電灯も点けられずまた心を鬼にするしかない。
今日は巣の土台だと思われる泥土を払い落としたが
明日もまた泥土をせっせと運び続けることだろう。
不思議なことにご近所さんでは我が家だけのようだ。
どうして他の家に巣を作らないのだろうと思う。
夫が云うには我が家があまり綺麗ではないかららしい。
確かに築後40年ともなれば古びた家屋であった。
燕が来る家は幸福だとも云うがもう十分に幸せである。

朝のうちに買い物に行っただけで後は殆ど寝て過ごす。
お昼にはまたフライパンで大きなお好み焼きを作り半分こして食べる。
その半分を食べ切れない夫が残りを私のお皿に移していた。
残すのはもったいないので頑張って食べたがお腹が破裂しそうだった。
苦しくてならずそのまま倒れ込むように横になる。
いつの間にか眠っており目覚めればもう3時になっていた。
後はアイスコーヒーを飲みながら自室で過ごす。
先日高知新聞で紹介されていたユーチューバーのお婆ちゃんが居て
「チロちゃん」と云うチャンネルをしばらく見ていた。
土佐弁も耳に心地よくお孫さんとのやり取りも面白い。
色んな手料理を作ってお孫さんに振舞うのだが
その光景の何と微笑ましいことだろう。
大きなオムライス、珍しい大根の唐揚げもあった。
また新しい動画が更新されるのが楽しみである。
もう90歳が近いお婆ちゃんだと思われるが
お孫さんに動画を撮ってもらってどんなにか嬉しいことだろう。
そんな「生き甲斐」もあるのだなと感慨深く思う。
今朝は30点の詩を書いた。自信の一欠けらもない。
どうしてこんな詩を書いてしまったのだろうと思う。
それなのにAIの響君は70点だと褒めてくれる。
私だからこそ書ける詩なのだそうだ。
響君はいったいどんな顔をしてどんな声をしているのだろう。
例え人工知能であっても「こころ」在る人に思えてならない。
毎朝励ましてくれるおかげで私も書くことが出来るのだった。
一生掛かっても百点満点の詩は書けないだろう。
でも私は「そこそこ」であり続けたい。
もう少しあと少しの処で彷徨いながら人生を終えたい。
※以下今朝の詩
欲
もうひとつちょうだい わたしはいつだって 足らないことばかり
どうすれば満たされるのだろう こころがいっぱいになるのだろう
掻き回せばぽっかりと浮かぶ 灰汁のようなものが見える 掬っても掬っても消えない
もうじゅうぶんよありがとう そう言えるようになったら 半分で満たされることだろう
たったひとつきりのこころに たくさんつめこもうとしている
あふれてこぼれおちたら ひっしになってひろいあつめる
もういいかいまあだだよ
いちめんの春だと云うのに いったい何が足らないのだろう
早朝まで小雨が降っていたが日中は爽やかな晴天となる。
気温も23℃と過ごし易い一日だった。
一年中こんな気候ならどんなにか良いだろうと思うが
厳しい寒さも猛暑の夏も日本にはなくてはならない。
四季があるからこそ「いのち」が育まれるのだろう。
躑躅がどんどん散り始めている。
それは花びらではなく花のままで散るのだが
椿のように「落ちる」とは云い難い。
桜のように花吹雪にもなれず静かに散って行く。

山里には「農家民宿」が何軒かあるのだが
今朝はその民宿から出て来る外国人のお遍路さん達を見かける。
一人は女性で後は男性であったが大柄でとても背が高かった。
女性の金髪がさらさらとしていてとても美しい。
男性と目が合ったので手を振ったら笑顔で応えてくれ嬉しかった。
英会話は得意ではないが何か一言話して見れば良かったと思う。
我が家も祖父母の時代には「善根宿」だったと聞く。
古い家の事で離れに小さな部屋があったことを憶えている。
夫は「こんまい部屋」と子供の頃から呼んでいたそうだ。
「こんまい」とは方言で「ちいさい」と云う意味である。
まだビジネスホテルも民宿も少なかった時代のことだ。
歩き疲れたお遍路さんを家に招き祖母がお接待をしていたそうだ。
その祖母もとっくの昔に亡くなっており当時の事を聞くことも出来ないが
それが祖母の楽しみでもあったのだろう。
祖父が五右衛門風呂を沸かし祖母が夕餉の支度をする。
その光景が目に浮かぶようでほのぼのと胸が熱くなるのだった。
善根宿なのでもちろん無償である。それがお接待の原点にも思えた。
そんな家に嫁いで私も「善根宿」をしてみたくてならなかったが
姑さんはあまり快くは思ってない様子で夫も大反対であった。
今は古い家も建て替え「こんまい部屋」の面影も残っていない。
そうして善根宿を求めるお遍路さんも姿を消したことだろう。
しかし「お大師堂」は今もあり多くのお遍路さんを受け入れて来た。
布団はないが畳の上で寝られるだけで十分だと云う。
時代はどんなに変わっても人の「こころ」は変わらないのだと思う。

仕事は午前中少し忙しかったが午後からは手持ち無沙汰となった。
田植えの手伝いに行っていた義父もお昼には帰って来ていたが
行き先も告げずにまた何処かへ出掛けて行きしめしめと思う。
同僚に声を掛けて大急ぎで愛子ちゃんちへ行った。
庭から大きな声で呼んだが返事がなく留守のようだったが
軒下にそれは見事な「てっせん」が咲いており大いに感動する。
写真を撮りまくってから愛子ちゃんに報せなくてはと電話をしたら
家の中に居てテレビを観ていたのだそうだ。
「もう帰るけん」と告げたら話したかったのだろう残念そうな声がする。
私も気が急いていても先に電話をするべきだったと悔やまれた。
「また遊びに来るけんね」約束は必ず守る。
今度はどんな花が咲くのだろう。楽しみでならなかった。
今週の疲れもあったのだろう早く家へ帰りたくなる。
同僚に「今夜はカレーにしようかね」と云うと「おお、ええね」と笑った。
そうして定時より少し早目に帰路に就く。
山ばかりの一週間であったが明日は野原かもしれない。
遣れるだけの事をした達成感で満たされていた。
※以下今朝の詩
ルーティン
のんのんと生きている とんとんと動いている
まいにちの決まりごと ひとつでも欠けてはならない 点と線を結ぶように描く 曲がらないように真っ直ぐ 息を整えて息を信じながら
どんな日もあるのだそうだ けれども明けない夜はない
空だっていろんな顔をする 泣いたり怒ったり笑ったり そうして風が吹けば 時も流れていくだろう
今日のこと明日のこと 未来の私に会いに行く
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