ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年04月24日(金) 神さま仏さまお客さま

曇りの予報が外れ小雨降る一日となった。

気温は14℃と低く肌寒くてならない。

明日は晴れそうだが明後日は大雨になるのだそうだ。

躑躅が散り始めておりもう見納めになるかもしれない。


朝の山道で5人のお遍路さんを見かけた。

それぞれに雨合羽を羽織っていたが

一人だけ濡れながら歩いているお遍路さんがいてとても気になる。

もう後の祭りだが声を掛けるべきだったのだろう。

いくら小雨とは云え冷たい雨であった。

荷物が少なかったので今夜は民宿泊だと思われる。

せめて温かいお風呂に浸かっていて欲しいと願う。



今日は義父が骨休み。代掻きが一段落したのだそうだ。

連休中にまた田植えをする予定らしい。

明日は友人の田植えを手伝いに行くのだそうだ。

苗と田植え機は持参でその準備に追われていた。

友人にはいつも助けてもらっており恩返しをしなければならない。

それが楽しみでならない様子で上機嫌の義父であった。


工場にはまた大型車の車検が入庫していた。

初年度から30年も経っており相当な古さである。

月末までには仕上げねばならず同僚も頭を悩ませているようだ。

経理は何とかなり多額の重量税を送金する。

預金残高は底を尽いたが後は風任せであった。

お客さん次第であるがとにかく待たねばならない。

催促だけはしてはならないと義父からも念を押されている。

ようは「太っ腹」を見せなければならないのだ。

それが商売のコツらしいが理不尽な事のようにも思える。

苦しい時にどうしてそれを訴えてはならないのだろう。


ずいぶんと昔の事だが母がお客さんに催促をしたことがあった。

お客さんは立腹し母の目の前にお札を叩きつけると

「もう二度と来んぞ」と云ってそれっきりになったのだった。

母も資金繰りに苦しんでいたのだろう。

その時の気持ちが今になってよく分かる。

気がつけば母と同じ道を歩いている私であった。

そんな私の事を母がどれほど案じていることだろうか。

そう思うと「きっと助けてくれる」と信じずにいられない。

私はいくらどん底に突き落とされようと負けはしない。

毎日母を背負って仕事をしているのだと思っている。

魂ほど身近な存在はなく常に母と一緒であった。


義父と同僚に声を掛け今日も定時で仕事を終える。

お昼休憩が無かったせいか運転中の何と眠かったことか。

カーブスでも倦怠感がありいつものように頑張れなかった。

もうひと踏ん張り明日も仕事である。

右を向いても左を向いても「お金」のことばかり考えていた。

気分転換を兼ねて明日は愛子ちゃんちの「てっせん」を見に行こう。

写真を撮ってまた世界に発信するのが楽しみでならない。

どうか「いいね」がたくさん付きますように。


※以下今朝の詩


      椿

  まだ蕾だと云うのに
  それは落ちてしまう

  鳥の仕業ではなかった
  風の仕業でもないだろう

  理由など在りはしない
  ただ落ちなければならなかった

  手折ったひとを恨んでも
  何も変わりはしない
  自然のままに咲くことを
  認めて欲しかったのだろう

  散れないことを受け止めて来た
  それは永遠の定めである
  蕾であっても落ちねばならない
  それほど無残なことがあるだろうか

  木偏に春と書くそう名付けてくれた
  ひとが居たことを忘れてはならない

  生きながら落ちることは
  決して終いではあるまい




2026年04月23日(木) 野となれ山となれ

昨夜は音も聞こえなかった雨が本降りとなる。

穀物には恵みの雨となったことだろう。

気温は20℃に届かず少し肌寒い一日だった。


先日から殺風景な事務所に椿の花を活けてあったのだが

一輪が落ちると明くる日にはもう一輪が落ちる。

それでは蕾をと今にも咲きそうな蕾を選び活けていたのだった。

今朝は開いているかもしれないと楽しみに出社したのだが

まるで誰かに千切られたように床に転がっていた。

どうして活けてしまったのかと悔やまれる。

自然のままでそっとしておいてやればきっと咲いたことだろう。

母が若い頃に植えていた椿の木である。

手折ったことを母に咎められているように感じたのだった。



雨のせいで今朝も義父が待機してくれていて助かる。

雨でも作業が出来るキャビン付きのトラクターがあるのだが

今日はキャビン無しの古いトラクターを使うのだそうだ。

訊けば田螺が異常発生しているとのこと。

素人には分らない事だが田螺を他の田んぼに運んで行くらしい。

被害は最小限に留めなければならずトラクターを使い分けているようだ。

雀の次は田螺である。稲が実れば猪の出番であった。

植えれば実るとは限らないのが大きな苦労である。


雨が小降りになるのを待ちながら2時間程車検の仕事をしてくれた。

糞詰まり状態だったのでどれほど助かったことだろう。

完成書類と車検証を高知市内の代書事務所に送る準備をする。

同時に重量税の精算をしなければならず全てが立替であった。

資金は預金に残してあったが精算すればまたゼロになってしまう。

お客さんさえ支払いに来てくれたらと恨めしくてならない。

そんな気持ちが通じたのかお昼に一人だけ来てくれた。

まるで神様のように思えて嬉しくてならなかった。

後は野となれ山となれである。明日は明日の風が吹くだろう。


午後には雨も止み義父は大喜びで田んぼに出掛ける。

同僚はまた厄介な車検整備に精を出していたが

カーブスに行きたくてならず定時で退社した。


とんとんとんと音が聴こえるようなルーティンである。

ひとつでも欠けてはならないと自分で決めつけていて

何としてもと躍起になってしまう性分である。

もしひとつでも欠けたら不完全燃焼となるのだった。

それだけは避けたい。ある意味強情な性分でもある。


明日の夜は高知市内で古希の同窓会があるのだが

欠席にして本当に良かったと思う。

不自由な足のせいにしてしまったが何よりも仕事であった。

同級生達の殆どは現役を引退しているようだが

私はまだまだ働かねばならない。同窓会どころではないと思う。

何よりもルーティンが大きく狂うのが我慢出来なかった。

それは在る意味日常の「ヒビ」のようなもので

そのヒビを繕うほど私は器用ではなかった。

いくら平凡な日常であってもそのために生きているのである。

信号が赤になれば止まる。青になればアクセルを踏む。

車の窓を開ければ雨上がりの爽やかな風が何とも心地よい。


※以下今朝の詩


       紫陽花

   花のままに枯れる
   まるで化石のような花であった

   初夏を彩る花である
   色とりどりの花を咲かせ
   愛でられることに慣れた
   何と誇らしいことだろう

   雨が降れば潤い輝く
   しっとりと誰かを想う
   それは恋の季節でもあった

   やがて真夏がやって来る
   燃え尽くような猛暑であった
   じりじりと焦げつくように痛い

   いっそ散ってしまいたい
   潔くはらはらと散りたい

   もう若くはないのだろう
   どれほど想っても叶わない
   覚悟を決める季節であった

   化石のままに冬を越す
   死ほど身近なことはない
   生きているのか
   それさえも分からなくなる

   春は希望でしかない
   枯れた枝先から若い緑が萌える
   やっと生きていたことを知った

   化石の花は緑に覆われ
   醜いその姿を包み込む

   生きてさえいればとおもう
   季節はもう初夏であった




2026年04月22日(水) バウムクーヘン

晴れのち曇り。今夜遅くには雨が降り出しそうだ。

昨日に比べると涼しく過ごし易い一日となる。


八重桜が散り今度は芝桜が枯れ始めた。

同じ「桜」と名付けられても散れないのが憐れに思う。

アマリリスは咲き始めたばかりで何とも可憐であった。

山道の途中にある民家の庭先に毎年真紅の花が咲く。

今朝はまだ蕾であったが間もなく咲くことだろう。

良心市の直ぐ真横の家で白にピンクの透かしがあるアマリリスは

一足先に咲きこころを和ませてくれている。

きっと花好きの一家なのだろう。老夫婦ではないかと思いを馳せる。

良心市には今朝もタラの芽と新玉葱が並んでいた。



今朝は珍しく義父が待機してくれていて助かったが

雨が降らないうちに除草剤を散布したいとのこと。

二足の草鞋が今にも千切れてしまいそうだった。

苛立ちはマックスになり声も大きく荒くなる。

愚痴も多くまるで鬱憤を晴らしているようだった。

そんな義父を宥めながらはらはらとするばかりである。

挙句には「百姓か会社かどっちかを止めんといかん」と云い出す。

どちらも止めるつもりはないのにいつもの口癖である。

「会社を止めようかね」と私が云うとあたふたとするのだった。

やっとの思いで車検完了の書類が整いほっとしたが

「もう俺のすることはないな」と怒鳴り逃げるように田んぼへ向かう。

やれやれであった。もう帰って来なくても良いとさえ思う、


午後も定時ぎりぎりまで事務仕事が忙しかったが

整形外科のリハビリと診察があり遅れる訳にはいかない。

愛子ちゃんからまた電話があったが今日もお断りする。

明日の午後、雨が降らなければなんとか見に行けるだろう。

「てっせんに待ちよってと云うちょって」と伝えると

「うん、わかった」と笑い声が聞こえた。


整形外科では骨密度の検査があったが、まだ骨粗しょう症とのこと。

骨を強くする薬もあまり効き目がないようだ。

待合室で山里の知り合いに会いささやかな会話が嬉しかった。

私はまだ4年目だがその人は10年も通っているのだそうだ。

リハビリ中もU君との会話が弾み嬉しくてならない。

GWの予定は帰省する友人と遊ぶのが楽しみらしい。

結婚して家庭を持てばそれも思うようにはいかないだろう。

「今のうちやね」と二人で笑い合った。


薬局で薬を受け取るともう5時前である。

今日は娘に買い物を頼んであったので夕飯が楽しみであった。

何のおかずだろうとわくわくしながら家路を急ぐ。

「茄子と鶏の南蛮漬け」「マカロニサラダ」であった。

他にも夫の好きな長芋も買って来てくれていた。

持つべき者はやはり娘だと有難くてならない。

以前は顔色を窺うことが多かったが最近はいつも機嫌が良い。

新しい仕事にも慣れて気分が落ち着いて来たのだろう。


とんがりコーンのような家族であったが

今はバウムクーヘンかもしれない。

何層にも重ねた生地がしっとりと柔らかくなっている。

その一切れずつを家族の手のひらに載せているようだ。


※以下今朝の詩


      味

  苦いのか酸っぱいのか
  甘いのか辛いのか

  苦労をした人ほど
  味が出るのだそうだ
  色はきっと血の紅である

  食べるのは地獄の閻魔様
  ぺっと吐き出し捨てられる
  その塊に群がる蟻たちがいた

  確かに誇りがあったはず
  それを見失ってしまうと
  生きたことも消えてしまう
  何と口惜しいことだろう

  蟻たちはせっせと私を運ぶ
  重くはないか辛くはないか

  苦労ばかりの人生であった
  けれども立ち向かいながら
  精一杯に生きて来たのである

  甘いのか辛いのか

  やがて食べ尽くされる日を待つ







2026年04月21日(火) 40点の花

まるで初夏のような晴天。気温も25℃の夏日となる。

黄砂の影響があると聞いていたが空は何処までも青かった。


朝の峠道に咲いている黄色い花は「ウマノアシガタ」のようだ。

今朝は対向車もなかったのでゆっくりと眺める。

以前に「ウマノアシガタ」の写真をアップで撮ったことがあり

ようく見るととても似ている。これは間違いないと今朝は確信した。


峠道を越えると「オオデマリ」の花が迎えてくれる。

つい先日まで黄緑の花だったが今朝は真っ白になっていた。

大きさは子供が遊ぶ毬に似て今にも転げ落ちてしまいそうだ。

紫陽花にも似ているが丸みを帯びているのが特徴である。


もう少し先に進むと道端に座り込んでいる五人のお遍路さんを見かけた。

休憩を兼ねて皆で朝食を食べているようだった。

大きく口を開いておにぎりを食べている姿の微笑ましいこと。

そのお遍路さんと目が合って会釈をしたら笑顔が返って来た。

二人連れのお遍路さんはよく見かけるが五人連れは珍しい。

仲間同士の旅だろうか。途中で出会った仲間なのかもしれない



山里の最初のトンネルを抜けると右手の田んぼに義父の姿が見える。

また早朝からトラクターで代掻きを始めたのだろう。

窓から手を振ったが気づかず無我夢中のようであった。


工場は昨日延期していた消防車の車検整備である。

火事など滅多にない長閑な山里だけあって消防車は殆ど走っていない。

同僚が臨機応変に対処してくれたおかげで二台の整備が完了した。

義父も帰って来ていたがまたトラクターの故障とのこと。

まるで気が狂ったように修理をしていた。

その時また愛子ちゃんから電話があり今度は「てっせん」が咲いたとのこと。

例の如くで「直ぐにお出で」と云ってくれたが

義父が居たのでさすがにサボる訳には行かなかった。

「まだ蕾がいっぱいあるけん」と云うので後日見に行くことにする。


二時を過ぎてから来客があり定時では帰れなくなった。

それでもカーブスが諦められず三時前に急いで退社する。

今日も扇風機が回っていたが汗びっしょりになった。

友人のトモちゃんにも久しぶりに会えて嬉しい。


4時半に帰宅し二階の自室へ駆け上がる。

もうすっかり日課になった笠原メイさんの日記と詩を読んだ。

「百点満点の詩は書けない」その言葉に大いに共感する。

「千編くらい書いたら一つくらいは良いのが残るだろう」

私の場合は一日一編が精一杯であるが

彼は四編も書いておりその意欲に驚くばかりであった。


私はいつも40点位かなと思う。

かつてこっぴどく貶された割にはけっこう頑張っている。

もう二度とあのような屈辱は味わいたくなかった。

報われなくても認められなくても私は書き続けたいと思う。


窓から対岸の山を眺めたら

山桜が咲いていた辺りに椎の木の花が見えていた。

どちらも同じ花である。「美しい」だけが花と決めつけてはいけない。


※以下今朝の詩


     花占い


   近く遠く
   見える見えない

   花占いの花びらが
   最後の一枚になる

   げんじつはざんこく
   げんじつはかなしい

   夢はゆめでしかなく
   明日はあすでしかない

   近ければ駆け付けよう
   遠ければ呆然と立ち尽くす

   見えたならば微笑もう
   見えなければ諦めよう

   泣いてなんかいないのに
   どうして胸が痛むのだろう

   少女は最後の花びらを千切った
 



2026年04月20日(月) また明日ね

二十四節気の「穀雨」穀物を潤す春の雨が降る頃。

梅雨時のような曇り空であったが雨は降らず

午後三時頃には青空が見え暑い程の陽射しが降り注ぐ。


夕方5時前には三陸沖で大きな地震があり

北海道や青森、岩手の沿岸部に津波警報が出された。

今のところ大きな津波は観測されていないようだが

警報が解除されるまではどんなにか不安なことだろう。

また一部の地域では停電も発生しているとのこと。

夜を迎え何とも気の毒でならない。

もし南海トラフ地震だったらと思うと一気に不安が襲って来た。

決して他人事ではない。明日は我が身だと思う。



月曜日であったが仕事は今日も順調とは行かず

今日の予定だった消防車の車検を明日に延期してもらった。

例の警告灯が点いていた車を義父が正常に直したとのこと。

もうディーラーに持ち込む必要がなくなったので

同僚が早速車検整備に取り掛かっていた。


義父は早朝から田んぼの代掻きに行っていたようだが

トラクターが故障したらしく必死になって修理をしていた。

話し掛けただけで機嫌が悪く今にも雷が落ちそうである。

荒い口調で怒鳴り散らす。仕事が捗らず腹を立てていたのだろう。

例の雀の被害は苗をネットで覆い何とか凌いでいるようだ。

それだけは話してくれてほっとしたことだった。


事務仕事は午前中に片付き午後から帯状疱疹のワクチンを打つ予定だったが

病院で貰った説明書を読んでいるとやはり副反応があるらしく

頭痛、倦怠感、発熱等と記してあり不安がどんどん大きくなった。

以前にコロナワクチンを打った後もとても辛かったことを思い出す。

同僚にも相談したが最終的には自分で決めなくてはならない。

しばらく迷ったが思い切ってキャンセルすることにした。

帯状疱疹に罹ればとても辛く後遺症も残ると聞き怖ろしかったが

早目に受診すると軽い症状で済む場合もあるのだそうだ。

運試しではないが「いちかばちか」である。

もし罹ったらその時のことと思うことにした。

とにかく免疫力を高める生活を心掛けなければならない。


予定は変更になったがいつもより早めに退社した。

朝の峠道を下りそのまま家へ帰る。

驚いたのは朝とは違う風景であった。

真っ白いツツジを見つけたりアマリリスの花も咲いている。

四万十大橋が見え始めるとその雄大さに感動した。

同じ道でも行きと帰りではこんなにも違うのである。


家で少し休んでからカーブスへ行った。

病気療養を理由に辞めていたかつてのコーチが筋トレに来ていて

久しぶりの会い語らうことが出来て嬉しかった。

元気そうに見えたがまだ療養中とのことで気掛かりが残る。

もうコーチとして復帰することはおそらくないだろう。


サニーマートでまた「よしむらさん」に助けてもらった。

今日は沢山買物をしていたので有難くてならない。

別れ際に「暑うなったけん熱中症に気をつけてよ」と言ってくれた。

ほんのささやかな一言に胸がほんわかと温かくなる。

私もお客さん相手の仕事なので彼女を見習わなければと思う。


ひとは誰しも「ひとこと」で傷つき「ひとこと」で救われる。

誤解が生じることもありいつだって慎重でなければならない。

「ごめんなさい」の一言。「ありがとう」の一言。

「また明日ね」の一言でよしむらさんと別れた。


※以下今朝の詩


         雀

  雀が稲苗を食い荒らしているのだそうだ
  田植えを目前にして農夫は怒り狂っていた
  何としても守らんといかん
  雀に負けよったらいかんぞ

  籾種をたくさん蒔いた日
  育苗機に入れるとそれは
  三日もしないうちに芽を出す
  その成長は凄まじくて驚く

  農夫は早く植えようと躍起になる
  水を張った田の代掻きに精を出す
  右往左往するトラクターの音が響く
  しんどいけんどやらんといかん
  農夫は少しも休むことをしなかった

  雀たちは嬉しくてならない
  苗に顔を埋めると籾種があり
  水を含んだそれは柔らかく美味しい
  一羽が十羽となり競い合うように啄む
  それは生きるために必然なことだった

  農夫は嘆き続けている
  退治するのだと意気込む
  もはや雀は敵なのだろう

  年老いた八十路の農夫の
  白髪が激しく乱れるのを
  春の風がそっと宥めていた




2026年04月19日(日) 「これから」のために

連日の曇り日。雨が降りそうで降らず。

気温は20℃を超えていたが蒸し暑さは感じなかった。

日曜日で朝の道にも縁がなく明日が待ち遠しくてならない。


玄関先の葉牡丹に可愛らしい花が咲く。

葉も枯れることなく生き生きとしている。

毎年種を採ろうと思うのだが実行に移せず

今年こそはと思いつつ時が流れてしまいそうだ。


朝のうちに衣替えを兼ねて衣類の整理をしていた。

もう何年も着たことのない衣類がいっぱいあり

思い切って捨てることにする。

バドミントンをしていた頃のユニホームは懐かしくてならず

胸に当ててみるとまるで子供服のように小さい。

こんなに痩せていたのかと信じられない程だった。

川仕事に励んでいた頃の仕事着も多くありこれも懐かしくてならない。

新しく買い求めることもなかったのでかなりの年季物であった。

冬用と春用があり季節ごとの苦労が昨日のように思い出される。

母が残してくれた衣類もあったがこれも惜しみなく捨てることにした。

母は小柄だったので今の私には到底着られそうにない。

母が来ていた頃の姿が目に浮かんだが「断捨離」だと思った。


全部で10キロ程だろうかビニール袋はずっしりと重い。

やっとの思いで車に積み込み市の資源ごみ収集所に持って行く。

市営の体育館の片隅にありいつでも自由に持ち込めるのだが

今日はちょうど市の「バドミントン大会」が行われていた。

ユニホームを捨てる日に大会とはその偶然に驚く。

さすがにアリーナには踏み込めず窓からそっと中を覗いてみた。

てっきりかつてのお仲間さんが参加していると思っていたのだが

一人も見えず見知らぬ若者ばかりであった。

おそらくバドミントンは続けているがもう大会には出ないのだろう。

それだけ歳月が流れ時代が変わったのだと思うと胸が痛んだ。

「寂しさ」は「切なさ」に似て胸に風が吹き抜けるのを感じる。

「終わったのだな」と思う。もう二度と取り戻すことは出来ない。


午後は食べて寝るのが仕事であった。

満腹のお腹を抱えて横になると直ぐに眠くなる。

しかし長続きはせず一時間ごとに目が覚めるのだった。

2時に目覚めればもう寝るのにも飽きてしまい

アイスコーヒーを片手に自室で過ごすことにした。

ひっきりなしに煙草に火を点けてしまい自己嫌悪に陥る。

その上に退屈でならず22年前の4月の日記を読み返す。

そこには47歳の私がいて何だか乙女ぶっていた。

泥酔状態で書いている日記もあり恥ずかしくてならない。

しかし書くことに拘っておりそれは今の私と変わらなかった。

そうして歳月を費やしてきたことは誇りでもあるが

何ひとつ成長していないことに衝撃を受ける。

何をしても何を書いても「そこそこ」でしかなかったのだろう。

バドミントンのことや川仕事のことも書いてあったが

それも今となってはもう無縁の日々でしかない。

いくら懐かしく思えても過ぎ去った「過去」であった。


「これまで」ではなく「これから」をと思う。

もう70歳になろうとしている私にいったい何が書けるだろうか。

生きてこその日常もいつ最期を迎えるか分からなかった。

「そこそこ」であることは今後も変わることはないだろう。

いくら年季を重ねても今以上にはなれないと思う。

ただ胸を張って生きる。書いてこそが私の人生ではないだろうか。


※以下今朝の詩


       野花

   野をいちめんにして咲く
   名も知らぬ花であった

   ひまわり色であったが
   大輪の花ではなく
   ちいさな欠片のようである

   金剛杖の鈴の音が響き
   旅人がふと足を止める
   りんりんと咲く花は
   真っ直ぐに背を伸ばした

  「花」と呼ばれることは
   当たり前のことだろうか
  「草」であっても構わない

   その場所に咲き続けることが
   永遠の定めのようにおもう

   旅人の微笑みに励まされ
   生きて在ることが誇りであった

   陽射しを浴びればその眩しさに
   果てしない空の青さが寄り添う










2026年04月18日(土) なんのこれしき

曇り日。午後には少し薄日が射していたが青空は見えず。

蒸し暑さはなかったが梅雨時の空のようであった。


玄関のシクラメンが花だけ残し葉がすっかり枯れてしまう。

残った花を数えれば10本もあり何と健気なことだろう。

花だけを切りちいさな花瓶に活けたらブーケのようになった。

もうしばらくは我が家の玄関を彩ってくれるだろう。


今朝は「どんど晴れ」の最終回を見終わってから

そのままうたた寝をしてしまい夫に起こされる。

8時には家を出なくてはならず大急ぎで職場に向かう。

峠道を越えるとオオデマリの花が迎えてくれほっとする朝であった。

民家の畑の隅々には芝桜が植えられており鮮やかな光景である。

畑にはエンドウの花が咲きサニーレタスも萌えている。

昨年は猿に玉葱を食べられたそうだが今年は大丈夫だったろうか。

母の友人の家であったが姿は見えなかった。


5分の遅刻で職場に着けばもう来客があり同僚がオイル交換をしていた。

常連のお客さんであったが少し気難しい人で緊張せずにはいられない。

急いでコーヒーを淹れようとしたが「要らんぞ」と断られてしまう。

愛想が肝心とあれこれ世間話をしてその場を凌ぐ。

ちょうどその時、田んぼから義父が帰って来てくれてほっとする。

米農家仲間なので義父と話したかったようだ。


オイル交換が終わり同僚は新たな車検整備に取り掛かろうとしたが

エアバックの警告灯が点灯しており先に進めなくなる。

朝食を終えた義父が診断機で調べてくれたが複雑な箇所なので

ディーラーに相談したが今月中はもう予約でいっぱいなのだそうだ。

大型連休前は何処の工場もてんてこ舞いである。

車の持ち主も様子を見に来ていたが整備士の資格も持っているとのこと。

同僚は蚊帳の外になり義父と一緒にあれこれ手を施していた。

そのおかげで警告灯は一度切れたがまた直ぐに点灯する有り様である。

やはりディーラーに持ち込むしかないだろう。

持ち主のお客さんも諦め顔で帰って行った。


義父はハウスの苗が雀の被害に遭っているそうで頭を悩ませている。

ハウスなのに何処から雀が入り込むのだろうと不思議でならなかったが

ハウスには換気の為の天窓があるのだそうだ。

一羽が入り込めば十羽にもなり雀も生きるために必死なのである。

苗自体を食い荒らすのではなくも籾種が目当てらしい。

その籾種から発芽したのだから当然のことだろう。

苦心して種から育てた苗を何としても守らねばならない。


午後には予約なしで大型車のタイヤ交換がありけっこう忙しかった。

明日は日曜日なので同僚と納車を済ます。

今週の仕事はこれでお終いであったが順調とは行かず

車検完了の書類は来週に持ち込さねばならなかった。

義父次第であったが今日は雀と闘わねばならないのだ。

それよりも少しでも工場を助けてくれたことに感謝せねばと思う。


定時で退社したが何だか目の前の海が荒れているようである。

難破船が岩にぶつかり粉々になりそうだった。

しかしオールを漕ぎ続けなければならない。

手を緩めれば忽ち海の藻屑になるだろう。

弱音を吐いても嘆いても何も変わらないのなら

「なんのこれしき」と立ち向かって行こうと思う。


※以下今朝の詩



        若葉

   一本の樹であることは尊い
   花のように美しくはないが
   凛と立つその姿に胸を打たれる

   見えないところで花が咲く
   桜にはなれないことを知り
   それでも精一杯に咲くのだった

   花粉はひとから忌み嫌われ
   害にもなるが嘆きはしない
   それは生きている証であった

   やがて若葉の季節が訪れる
   寒々とした裸樹だったころ
   冷たい風にじっと耐えて来た

   やわらかな若い緑となれば
   まるで子のように愛しい
   母さんと呼ぶ声が聴こえる

   今こそ胸を張らねばならない
   命がけで守ろうとしている
   艶やかなその若い緑のために








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