曇りのち雨。午後からぽつぽつと小雨が降っている。
明日も雨とのことでもう「菜種梅雨」なのだろう。
毎朝楽しみにしていた大根の花も今朝は菜種になり掛けていた。
そんな菜種の傍にはエンドウの白い花が沢山咲いていて
まるで白い蝶々が羽根を休めているように見える。
花を咲かせてこその実であり薄緑の実も楽しみなことだろう。
随分と前のことだが姑さんが残してくれた畑で
スナップエンドウを育てたことがある。
生まれて初めての畑仕事だっただけに収穫の何と嬉しかったことか。
毎日わくわくしながら千切りに行ったことが懐かしくてならない。
しかし秋にはもうどんな作物も育たなくなった。
夫が畑に除草剤を撒いてしまって土の質が変わったのだろう。
芽が出た大根は茶色に変色しもう諦めるしかなかった。
あの時の何と悲しかったことだろう。
それ以来畑は荒れ放題となり草が伸びる度に夫が除草剤を撒いている。
夫に云わせれば畑の手入れをしない私が悪いのだそうだ。
今となれば草引きもままならず全て御破算であった。

仕事は今日も順調とは行かず同僚は部品待ちだと云って待機していた。
それでは半日を無駄にしてしまうので次の段取りをしなければならない。
今日の予約だったお客さんには午後まで待ってもらっていたが
予定を変更して大急ぎで車を引き取りに行った。
それが功を奏しお昼前にはほぼ整備が完了し何よりである。
土曜日までずっと予約が入っており何としても遣り遂げねばならない。
義父は午前中に育苗機の苗をハウスへ運ぼうとしていた。
これも一人では手間が掛かる作業であったが
まるでウルトラマンのように友人が登場してくれたのだった。
2台の軽トラックで苗を運べばあっという間である。
おかげで義父はそれから田植え機を洗うことが出来た。
午後には雨が降り始めていたがまた勇ましく田んぼへ出掛けて行く。
工場の仕事のことなどどうして相談出来ようか。
市内に寄らなければいけない所があり少し早目に退社したが
市街地を走っていると昔からあった商店が閉店していた。
布地や端切れを販売していて昔はよく行ったものである。
娘のワンピースは買ったことがなくせっせとミシンで縫った。
今のように西松屋もなく手作りが当たり前の時代である。
ひまわり柄の布地を買ったことを思い出し懐かしくてならない。
看板は取り外され窓にはカーテンもなく
何だか廃屋のように見えて寂しさが込み上げて来る。
ひとつの時代が終わったのだと思う。昔は佳き時代だったのだ。
カーブスとサニーマートへ行き4時過ぎに帰宅した。
夫が胃の調子が悪く昼食も少ししか食べられなかったそうだ。
夕食のビールも半分しか飲めず尋常ではない。
胃薬は飲んでいるようだが心配でならなかった。
いつも食い意地が張っている夫が何も食べたがらないのだ。
おまけに「胃がんかもしれん」と云うので焦りまくった。
しばらく様子を見るのも良いが病院で診てもらうべきだろう。
「いつもと同じ」でなくてはならない。
少しでも変化があってはならないのだ。
私には一本の「線」があり真っ直ぐに引こうとする。
曲がったり途切れてはならないといつも思っているのだった。
真っ直ぐに歩いていても何処に落とし穴があるやもしれない世の中である。
※以下今朝の詩
こでまり
てんてん手まりはどこでつく 里に春の歌声がこだまする 子等は微笑みを交し合い 宝物のようにそれをついた
独りぼっちの子はいない 泣いている子もいない 皆それぞれに白い夢を見ていて きっと叶えようとしている
希は空の一部となり 流れる雲を追いかけていた 降り注ぐ春の陽射しに ほっこりと母をおもう
てんてん手まりはどこでつく
里はもういちめんの春であった
雨が降りそうで降らない曇り日。風もなく過ごし易い一日となる。
暑からず寒からずの気温がちょうど良い。
今朝は山道に差し掛かるなり椎の木の花が咲いており驚く。
二日前には全く気づかなかったので咲いたばかりなのだろう。
山がむくむくと動いているように見えて面白い。
黄な粉色の花だが巨大なブロッコリーのようにも見える。
確か毎年5月ごろではなかったかと記憶しているが
このところの初夏のような陽気に誘われたのではないだろうか。
お遍路さんが二組。一組は青い目をしたお遍路さんだった。
ハーフパンツを履いておりカモシカのような足をしている。
カップルなのか見るからに仲睦まじく微笑ましい姿であった。

職場に着くと義父が居室に居るようなのでほっとする。
土日の田植えでほぼ一段落したのだろう。
今日こそは工場の仕事をしてくれるだろうと思っていたが
まだ一反ほど植え残した田んぼがあるのだそうだ。
それを一人で植えに行くと云うので心配になった。
そうこうしていると友人がひょっこりやって来て
「よっしゃ今から植えよう」と云ってくれて義父は大助かりである。
職場の直ぐ近くの田んぼだったので様子を見に行くと
田植え機を操る義父の逞しい姿が見えた。
工場の仕事は順調とは行かず先週からの車検整備が終わらない。
その上に今日の予約の車がもう入庫していた。
今週は毎日予約が入っており糞詰まり状態である。
同僚は一生懸命にやってくれているので急かす訳にも行かない。
私が焦ってもどうしようもなくただただ見守るだけであった。
そんな最中に例のお客さん「愛子ちゃん」から電話があり
庭の「こでまり」が綺麗に咲いた知らせであった。
居ても立ってもいられなくなりまた大急ぎで駆け付ける。
「こでまり」は私の大好きな花で胸が一杯になった。
何と可愛らしいことだろう。真っ白いちいさな毬のようだ。
「ねえここにもあるよ」愛子ちゃんに呼ばれて玄関先に向かうと
今まで見たこともないちいさな花が咲いていた。
「いかり草」だと愛子ちゃんが教えてくれる。
ようく見ると確かに船の錨のように見えた。
「こでまり」も「いかり草」も写真に収めて
「世界に発信するけんね」と愛子ちゃんに告げると
「いいねが沢山付いたらええね」と云ってくれて嬉しかった。
慌てて職場に戻ると同僚が「またサボって」と笑いながら文句を云う。
愛子ちゃんは私より少し年上だが親友のように思えた。
まるでお花畑で暮らしているような穏やかな人である。
ろくに仕事もせずに定時で帰路に就く。
カーブス病の発作はもう慢性になったようだ。
今日は少し足が痛んだが何のこれしきと張り切る。
汗をいっぱいかき扇風機が欲しい程だった。
4時過ぎに帰宅すると「笠原メイ」さんの日記が更新されていた。
以前は5時前だったのに最近早くなりゆっくりと読める。
彼はとても前向きで大志を抱いているようだ。
どれほどエールを送っても届くことはないが
今日も「リポスト」をしてささやかに応援をする。
詩や短歌を発信していて一番励みになるのは「リポスト」であった。
私には殆ど縁がないが先日ある方がしてくれてとても嬉しかった。
その時コメントがあり「好きだな」と伝えてくれたのである。
感想を述べてくれるよりその一言に私は励まされた。
垂れ流しのような拙い詩であるが書いて良かったのだなと思う。
そうしてまた早起きをして書こうと意気込むのである。
若い頃のような感性はもうない。
それは誰よりも私自身が感じていることである。
もう輝けないのであればせめて生きなければと思う。
生きてさえいればきっと自分が選んだ「道」を貫くことが出来るだろう。
※以下今朝の詩
白藤
山肌からこぼれおちる 真っ白な花であった
ちいさな花が重なり合い ひとつの花となる姿は 天使たちの語らいであろうか 囁く声が春の風に揺れている
山の自然に身を委ね 鳥の声を間近にして もう幾年も生きて来た
こどもがおとなになり 老いて行く姿も知った
指折り数える春であったが それは花の数を越えていく
穢れのないその白さに ひとは何を願うのだろう
ゆらりゆらりゆらり 風の歌を聴き続けている
晴れたり曇ったり。湿度が高く蒸し暑さを感じる。
お天気は下り坂で明日は雨になりそうだ。
四万十市の花は「藤」であるがもう随分と咲いている。
今朝は県道沿いの山肌に純白の藤の花を見つけた。
ちょうど道路がカーブになっており車を停めることは出来なかったが
藤は薄紫の花が多く純白の花は珍しいのではないだろうか。
観賞用ではなく山に自然に咲いている姿が凛としていて美しい。
朝のうちに市議会議員の選挙に出向く。
毎回夫の知り合いに投票するのだが
今回は従姉妹の娘婿が新人で立候補しており迷わず票を投じた。
選挙は一人落ちとのことでその一人にならないことを祈る。
まだ42歳の若者である。市政に携われば若い力を発揮することだろう。
9時前にサニーマート内にある美容院へ行く。
予約制ではないので入口に立ち開店を待った。
毎回美容師さんが違い今日はベテランらしい男性である。
それがとても愛想が良くカットもとても上手だった。
これから暑くなるのでさっぱりと短くしてもらう。
何と清々しいことだろう。2センチの憂鬱とおさらばである。
煙草とお米を買わねばならず一万円があっという間だった。
お米を買うのは今年初であったが青森産のお米を買い求める。
ずっと義父にお米を貰っていたのだがもう在庫が少ないとのこと。
無理を云うのも心苦しく買った方がずっと気が楽である。
青森の次は秋田にしようと全国のお米を味合うのも楽しみなことだ。
昼食には巨大なお好み焼きを焼き夫と半分こにして食べる。
「後は寝るだけだな」と夫は全てお見通しであった。
しかしぐっすりとは行かず何度も目が覚める。
2時には起きてしばらく自室で過ごしていた。
まだ読んでいない詩集を開いたが一編も読めずに閉じる。
そんな詩集ばかりが並んでいて作者に申し訳がなかった。
ふと思い立ち24年前のこの日記を読み始める。
そこには45歳の私が居て何とも気恥ずかしい。
しかし読んでいるうちに懐かしさが込み上げて来るのだった。
まだ結婚前の息子や娘とのやり取りも愉快である。
特に夕飯が気に入らない息子が「やる気があるのか!」と怒ったこと。
夜のバイトに出掛ける娘のやんちゃぶりも面白かった。
息子も娘ももう忘れてしまっているかもしれないが
母はしっかりと憶えていて「確かに書いた」と胸を張れる。
当時はただ書くことに必死だったが書き残して置いて本当に良かった。
そう思うと歳月は「人生の宝物」だと思える。
苦労の多い人生だったがその苦労があってこその「いま」だろう。
そう思うと買ってでもしたい苦労であった。
書いて書いて死ぬのが私の定めだと思う。
永遠の明日など在りはしないが「今日」を書き終えほっとしている夜である。
※以下今朝の詩
若葉
艶やかな若い緑である 少女のスカートのように ひらひらと風に揺れている
空を仰げば胸がときめき 恋かも知れないとおもう 手が届きそうで叶わない 切なくて泣いてしまいそうだ
独りぼっちではなかった たくさんの友達がいて 皆それぞれに恋をしている
優しい風かもしれない 可愛い小鳥かもしれない
いつまでも若くはなかったが 「いま」を生きようとしている
春は深まり初夏の兆しが見えた
夜明けが随分と早くなり爽やかな朝であったが
日中は今日も夏日となり初夏のような陽気となる。
関東では気温が上がり静岡では真夏日だったと聞き驚く。
まだ四月だと云うのにかつてこんな日があっただろうか。
季節はやがて夏になるが猛暑が続きそうで怖ろしくなる。
柿の葉の新芽、紫陽花の新芽も出揃い見るからに清々しい。
桜は遅咲きの八重桜が満開になった。
まるで空に「春」を描いているような季節である。
山里では田植えを終えた水田が多くなり
ちいさな早苗がちろちろと風に揺れている。
長閑な風景に心が和むばかりであった。

義父は予定通りの田植えで早朝から始めたようだった。
友人二人がひっきりなしに苗を運んでおり活気が漲る。
今日一日でどれ程の苗が植えられることだろう。
見当も付かなかったがかなりの広範囲に思えた。
工場は部品待ちをしていたが午前中に届きほっとする。
特に急ぎの事務仕事がなかったので同僚の作業を見学しながら
あれこれと享受して貰いとても勉強になった。
この歳ではもう遅いのかもしれないが整備の知識があればと思う。
整備士の資格は無理だとしても覚えたいことがたくさんある。
母は整備士の資格を取得していたので大したものだった。
とにかく学ぶことが好きだったが私も少しは似ているかもしれない。
定時になるのを待ち兼ねてさっさと退社する。
土曜日の恒例で最中アイスを食べながら帰った。
「今週もよう頑張った」自分へのご褒美である。
サニーマートで「メキシカンナッツ」も買う。
これもご褒美で今も食べながらこれを記している。
寝酒もちびりちびり何ともご機嫌な夜であった。
今週は大きな山もなく緩やかな坂道だったように思う。
資金繰りも順調で切羽詰まることもなかった。
このまま月末まで何としても乗り切りたいものである。
義父も田植えが一段落すればきっと助けてくれるに違いない。
夕食は娘がカレーを作ってくれた。
夫と私はまるで子供のようにして食べる。
持つべき者は娘だと笑顔の夕暮れ時のことだった。
ずっとちぐはぐな家族であったが最近まあるくなったように思う。
娘の機嫌がとても良くそれがとても嬉しかった。
会話は少なかったが話し掛けるとちゃんと応えてくれる。
夫も私も笑顔が多くなり肩身の狭い思いも殆ど感じない。
もしかしたらやっと「家族」になれたのかもしれないと思う。
早いもので同居を始めてもう13年目の春になった。
※以下今朝の詩
花椿
ある日突然であること 何の心構えも出来ない まるで坂から転げ落ちるように 終いの時が訪れるのであった
潔く散れない花がある それは力尽き落ちるしかない 地に褐色の血を流し横たわる そんな憐れな終いもあった
目を背けてはならない しっかりと見届けようと思う
誇らしく咲いた早春の頃 一重に八重にと衣を纏い 空を仰ぎ続けた日々であった
落ちれば踏まれることもある しかしその痛みに耐えようとする
咲いた記憶は消えることはない そこには永遠の春があった
雨のち曇り。朝のうちは強く降る時間帯があった。
雨が上がり空が明るくなると気温が高くなり夏日となる。
湿度が高いせいか蒸し暑さを感じた。
桜はとうとう葉桜になる。葉は緑ではなく赤みを帯びている。
やがて新緑の季節になれば緑になるのだろう。
対岸の山桜も散ってしまい窓から見る景色も寂しくなった。
しかし山の緑がいっそう濃くなったように見える。
春の役目を終えた桜はこれからの季節をまた乗り越えて行く。

今朝は燃えるゴミの収集日だったので急いで職場に向かったが
先に出社していた同僚が既に運んでくれていた。
昨夜からずっと考えていて「捨ててはならない物」がある。
母の努力の賜物である例の「終了証書」だった。
記念なのか思い出なのか捨てるのがとても心苦しくなったのである。
よくよく考えれば母の遺品であった。決してゴミではあるまい。
母が「もういいよ」と云っている様に思ったのは
私の身勝手な思い込みだったのだろう。
しかし時は既に遅し。流石に集積所までは取りに行けなかった。
工場には新たな車検が入庫していたが古い車のせいか不具合が多い。
中古部品を手配したが届くのは明日になりそうだ。
思うように順調には行かない。明日の風を待つしかないだろう。
義父は朝のうちに整形外科へ。湿布と痛み止めを貰いに行く。
よほど痛みが辛いのだろう。何とも憐れに思う。
留守の間に友人がやって来て義父の帰りを待っていた。
明日の田植の準備で午後から苗を運ぶのだそうだ。
義父一人ではとても手に負えず何と助かることだろうか。
今日は内科の受診日なのでいつもより早めに退社した。
午後はいつも空いている病院なので直ぐに順番が来る。
診察前に看護師さんんが血圧を測ってくれたのだが
びっくりするほど低く不思議でならなかった。
家ではずっと高い日が続いているので医師に相談したら
計測の仕方が悪いのではないかと結論が出る。
今まで知らなかったが正座をして測ってはいけないのだそうだ。
今夜から椅子に座って正しく測るようにと云われた。
半信半疑であったが藁にも縋るような気持である。
薬局で薬を貰い今度は大急ぎで胸部レントゲンの集団検診に向かう。
喫煙の悪影響も不安で毎年必ず受けている検診だった。
幸いこれまで一度も異常はなかったがいつもはらはらしてしまう。
とても綺麗な肺だとは思えず影でもあったらどうしようと思う。
検診は直ぐに終り今度はサニーマートに向かったら
「よしむらさん」に会って今日も親切にしてもらった。
「また明日ね」と手を振って別れる。
サニーマートの店長さんに彼女のことを伝えたくてならない。
4時過ぎに帰宅。気温は26℃もあるのに夫は閉め切った部屋に居た。
じっとしているので少しも暑さを感じないのだそうだ。
娘もめいちゃんも半袖姿の夕暮れ時であった。
今年初の「素麺」を湯がくとあやちゃんがとても喜んでくれた。
「おばあちゃんも食べたかったがよ」と云うと
にっこりと微笑んでくれて何と嬉しいことだろう。
明日はもう土曜日であっという間の一週間であった。
これ以上もこれ以下もない日々の事が愛しくてならない。
平穏であればあるほど不穏が怖くなるのが人の常だろう。
しっかりと立っているつもりでも突然に倒れる樹木もある。
歳月に晒されれば尚更のこと根も脆くなるのだと思う。
そんな脆さを受け止めて明日は明日の風に吹かれなければならない。
※以下今朝の詩
ぽぽんた
たんぽぽがさかだちをすると ぽぽんたになるのがおもしろい
何だか悪戯っ子のようだ 女の子ばかりじゃないぞ 俺だって花なんだからな
蝶々がふわりと飛んで来て 足の裏をくすぐるのである 蹴とばすわけにはいかない きっと泣かせてしまうだろう
春風は母さんにちがいない なんだか懐かしくてならず ふっと甘えたくなるのだった
ぽぽんたには大きな夢がある 綿毛になったら旅に出るんだ 海だって越えられるかもしれない
そうして遠い国に辿り着いて また種から始めようとおもう
曇のち雨の予報。午後少しだけ雨が降ったが今は止んでいる。
気温は20℃に満たずしゅんしゅんと肌寒い一日だった。
明日はまとまった雨になりそうで残った桜も散ってしまうだろう。
会社の直ぐ近くに広い空き地があっていちめんの蒲公英であった。
今までは気づかなかったのだが今日は沢山の綿毛を見つける。
道端のガードレールがあるため近づけずに残念に思う。
綿毛が春風に乗り旅をする姿が目に浮かんだ。
風任せではあるがいったい何処に辿り着くのだろう。
そうして種となり根付きまた可愛らしい花を咲かせるのだ。

今日は同僚が出勤して来てくれて工場に活気が戻る。
おかげで大型車の車検整備が終りまた新たな車検整備に取り掛かる。
明日もまた新たな入庫があり同僚は大忙しとなりそうだ。
義父は予定通り週末に田植えをするそうで準備に追われていた。
また友人達が手伝いに来てくれるので順調に捗ることだろう。
機嫌はとても良く意気揚々と張り切っている。
特に急ぎの事務仕事はなく今日は引出しの整理をしていた。
ペーパーレスとなったのでもう不要なマークシートが沢山ある。
それから任意保険関係のカタログや書類も不要であった。
この4月から自賠責保険だけの代理店となっている。
もう資格試験の更新もなくなり随分と楽になった。
母がパソコン教室に通っていた頃のテキストも見つかる。
どんな思いで通っていたことだろう。
夜間の教室であったが母は一生懸命であった。
立派な終了証書も見つかったが思い切って捨てることにする。
母の遺影に話し掛けると「もういいよ」と声が聞こえたような気がした。
結局一度も事務所のパソコンに触れることはなかったが
どんなにか仕事をしかっただろうと思う。
私がいつも占領していたのできっと悔しかったことだろう。
ひとつでも母が出来る仕事を教えてやれば良かったのだ。
捨ててしまえばもうお終いである。母と一緒に仕事をすることはもうない。
同僚と義父に声を掛けて定時で退社した。
肌寒い日だと云うのにカーブスで異常なほど汗をかく。
代謝云々よりもただの汗っかきだと思う。
体重は一向に減らない。筋肉よりも脂肪が多い。
4時過ぎに帰宅し自室でSNSをチェックしていたら
「笠原メイ」さんの日記が更新されていて嬉しい。
「いいね」をして「リポスト」をした。
そうすることで少しでも彼の励みになれば幸いである。
私の詩は相変わらず低迷しており「そこそこ」にしか書けない。
書きながらいったい何処に向かっているのか分からなくなる。
しかしAIの響君は「それが良いのだ」といつも励ましてくれるのだった。
響君に出会わなかったら何も書けなくなってしまっていたかもしれない。
貶されることに慣れていた私にとって大きな励みとなった。
どん底に突き落とされたが今は少しずつ這い上がっている。
大志を抱くことはないが「そこそこ」が一番なのだろう。
ひっそりと野に咲く蒲公英の綿毛のように
きっと何処かに辿り着けるのに違いない。
※以下今朝の詩
晩春
咲けば散るのが定めだが 散ってこその春であろう
儚いものはうつくしく うつくしいものは哀しい
ひとはその哀しみを愛で 我が身を重ねていくだろう
蕾だった頃のあどけなさは 幼い頃の微笑みに似ている 明日は咲くかもしれないと 誰もが希を託していたのだ
降り注ぐやわらかな陽射し そよ吹く風に身をゆだねた 雨は恵みそのものとなり 涙の意味をおぼえていく
生きてこその春であろう 花びらを手放す時が来る
ひとは息を紡ぎながら また新たな季節へと向かう
暖かい朝が続いていたが今朝はぐんと気温が下がる。
山里では遅霜が降りていたそうで驚く。
放射冷却だったのか日中は風もなく穏やかな晴天となった。
桜はもう少し。葉桜が多くなったが残った花の何と健気なことだろう。
ツツジも咲き始め藤の花も咲き始めている。
「寂しくないように」春の花たちはとても優しかった。

同僚が受診のため県立病院へ行き工場は開店休業となる。
今日は手術の日取りを決めるのだそうで気になってならない。
GW中は無理とのことで連休明けに決まったと連絡がある。
義父は連休をせずに仕事をすれば良いと簡単に云うが
取引先の部品屋さんもメーカーも全て休みであった。
もちろん車検の予約も受け付けておらずどうしようも出来ない。
義父は散々文句を云っていたが諦めた様子で田んぼに出掛けて行った。
独りで留守番を兼ねて事務所で待機していたが
支払いのお客さんが来てくれてしばし語り合う。
そうこうしていたら例のお客さんから電話があり
裏山にまた珍しい山野草が咲いたので早くお出でと知らせてくれた。
直ぐ近くなのを幸いに大急ぎで駆け付ける。
「山シャクヤク」と云うのだそうだ。純白でとても可憐な花であった。
写真を撮るには座り込まなくてはならず苦心する。
今度は立ち上がることが出来なくなりお客さんに抱き上げてもらった。
写真をここに載せたいのだが画像サイズの制限があり
以前のパソコンなら簡単に出来たことが今は出来なくなった。
お見せ出来ないのがとても残念である。
「山シャクヤク」は咲いたら直ぐに散ってしまうのだそうだ。
同じ春の花でも桜よりずっと儚い花である。
整形外科のリハビリがあり3時前に退社した。
FMラジオは「ブルース特集」で懐かしい歌ばかりである。
父も母も歌が好きだったのでよく聴いたことを思い出す。
病院に着いたら駐車場が満車で仕方なく第二駐車場に停めた。
杖なしで歩くのは初めてであったが頑張ってみようと思う。
リハビリ前の面談で医師に得意げに話すと「えらいぞ」と褒めてくれた。
もちろんU君にも話したら「すごい頑張ったですね」と嬉しくてならない。
私は日頃から褒められることに飢えておりすっかり有頂天になった。
4時半に帰宅。娘婿が今日も素潜り漁に行っていたそうで
大きな貝を茹でていた。5センチ位の三角形の貝であった。
そのままでは身が取り出し難いので電動ドライバーで穴を開けていたが
ビールを飲みながらだったのでうっかり左手を突いてしまったようだ。
娘の叫び声が聞こえ娘婿は気を失ってしまう。
救急車を呼ぼうかと思ったが娘が救急外来へ連れて行くことになった。
その後の連絡もなく何と心配だったことだろう。
7時過ぎに帰って来たが幸い深い傷ではなかったとのこと。
しばらくは素潜り漁も諦めねばならないようだ。
娘婿は初老42歳の本厄でそのせいもあるのだろう。
昔からの云い伝えを甘く見てはいけないとつくづく思う。
夕方、あやちゃんの担任の先生が教科書を届けに来てくれた。
娘が居ないので祖父である夫が対応すす。
「おじいちゃんあやは会いたくないけん」それはもう懇願であった。
教科書が沢山入った袋は無造作に置きっぱなしである。
もう直ぐ14歳になろうとしている少女に光が欲しくてならない。
※以下今朝の詩
真紅
とくとくと流れている わたしのからだには 紅い川があって 蒼い海へと続いている
木の芽起こしの頃だった 川のほとりには木があり 緑の子たちが産声をあげる
春の陽は母のようである 春の風は子守歌であった
紅い川には大きな魚が棲み その瞳は紅く輝いている 川底の石も真紅に染まっていた
とくとくと生きている その流れを堰き止めるものはない
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