ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年04月07日(火) 取り越し苦労

夜明け前まで小雨が降っていたが日中は曇りのち晴れとなる。

強風注意報が出ており桜吹雪の一日となった。

はらはらと風に舞う桜の花びらも風情があるものだ。

アスファルトの道路には薄桃色の絨毯が敷き詰められている。

そんな桜を見届けるように今度は八重桜が咲き始めた。

枝からぶら下がるように咲いており何とも可愛らしい。

季節はもう晩春なのだろう。直ぐに初夏がやって来る。

冬の間、化石のように枯れていた紫陽花にも若い緑が見え始めた。



今朝は珍しく義父の姿があったがまた種蒔きをするらしい。

フォークリフトで一トン袋の土を作業場に運んでいた。

苗は後から後から増えているが田植えの準備は出来たのだろうか。

一番最初の苗はもう随分と伸びていると思われる。


工場は午前中にオイル交換のお客さんが二人。

同僚が車検整備の手を止めて対応してくれた。

例の大型車は午後になりやっと整備が完了する。

後は義父の車検待ちだが今日はどうすることも出来なかった。

思うように行かないが焦っても仕方ないことである。

同僚は休む間もなく次の大型車に取り掛かったが

明日も新たな予約が入っておりてんてこ舞いである。

にっちもさっちも行かないとはこんなことなのだろう。


定時を少し過ぎて退社しカーブスへ向かう。

駐車場で車を降りるなり一瞬めまいがして焦った。

おそらく血圧が異常に高くなっていたのだろう。

カーブスどころではないと思ったが諦められない。

まるで自分を試すように気合で乗り切ろうと思った。

「いちかばちか」であったが筋トレを始めると元気になる。

私もまんざらではないなと思いそれが自信に繋がったようだ。


サニーマートで娘の友人と娘さんに会い中学の入学式だったとのこと。

けい君と同じ市内のマンモス中学校であった。

新入生が140人を超すとのことで驚く。

同じ小学校出身の友人と一緒のクラストは限らない。

勉強も一気に難しくなり慣れるまでは大変なことだろう。

いじめもあったり上級生から目を付けられることもあるかもしれない。

心配すればきりがないがけい君ならきっと大丈夫だろう。


帰宅するなり息子に電話をしたら上機嫌であった。

入学式には息子だけが出席したようだが父親の務めを果たしたようだ。

「案ずるより産むが易し」である。けい君の前途はきっと明るい。


めいちゃんは今日から6年生になったが

新一年生が一人も居なくて入学式はなかったのだそうだ。

少子化の昨今とは云え何とも寂しいことである。

在校生の授業も複式になっており学校の存続も危ぶまれる。

もしかしたら来年には廃校になるかもしれない。

そうなればめいちゃんは最後の卒業生になるのだった。

夫も通った長い歴史のある小学校であるだけに複雑な気持ちになる。


夕飯には娘婿が伊勢海老をご馳走してくれて嬉しかった。

伊勢海老漁が解禁となり今日は素潜り漁に行っていたとのこと。

それだけ体調が良くなっているが未だに休職中であった。

そのうち解雇になるかもしれないと案ずるばかりである。

しかし娘夫婦はあっけらかんとしていて何の不安も感じられない。

そうなればもう取り越し苦労でしかなかった。


私の悪い癖で何でも悪い方へとばかり考え込んでしまう。

平穏な日々が続けば続くほど大きな落とし穴があるように思う。

手放しで喜べないのである。それほど不幸好きなのだろうか。

苦労なら買ってでもしたいが幸せが怖くてならないのかもしれない。


※以下今朝の詩


       春雨

    絹のような雨が降っている
    暗闇に光沢を放つ
    やわらかな息である

    花は夜明けを待ちながら
    散る時を受け止めていた
    はらりはらりと涙をこぼす

    儚い夢だからこそ愛しい
    終う準備を始めれば
    一日も一生に思えてくる

    春は幾度も巡って来ては
    夢の続きを語ろうとする
    老いも若きも身をゆだね
    重ねた息を数えていた

    永遠の春であっても
    永遠の明日など在りはせず
    精一杯に今日を生きよう








2026年04月06日(月) 黄昏れのオバタリアン

花曇りの一日。桜は少しずつ散り始めているが

まだまだ花の盛りを保っており心を和ませてくれている。

明日は朝のうち雨の予報だが小雨らしく

幸い花散らしの雨にはなりそうになかった。

人の欲だろうか「もっともっと」と思う。

咲けば散るのが定めの桜を引き留めようとするのだった。



朝の道ではお遍路さんが多く七人も歩いていた。

直接声を掛けることは出来なかったが「おはようございます」

車中から声を掛けながら追い越して行った。

黙々と歩く姿は勇気そのものに思える。

何があっても歩くことを諦めない意気込みが感じられた。

もう何年も通い続けている道であるが

遍路道で良かったといつも思う。



工場は新たな大型車が車検のため入庫していたが

先週からの大型車の車検整備がまだ終わっていなかった。

同僚はひたすらマイペースを貫くばかりである。

私が焦ってもどうしようもなくそっと見守り続けていた。


義父は今朝も姿が見えない。また早朝から田んぼに行ったようだ。

今週末には田植えを予定しており無我夢中なのだろう。

何だか「仕事はお前たちに任すぞ」と声が聞こえるようだった。


午前中に支払いのお客さんが二人も来てくれて思いがけなかった。

資金は順調に集まっておりどれ程気が楽なことだろう。

大型車の車検が完了すればまた大きな売上となる。

私も捕らぬ狸の皮算用に忙しかった。

「働いて働いて働いて」である。働いてこそ「なんぼ」の世の中である。


定時を少し過ぎて退社。4日ぶりのカーブスへ向かう。

私の顔を見るなりお仲間さんが手を挙げてくれて嬉しかった。

新人のコーチが二人入社しており少し緊張する。

一人はとても愛想が良かったがもう一人は固い表情だった。

おそらくまだ慣れるには早いのだろう。なんだか気の毒に思える。


サニーマートで「よしむらさん」を見かけたが忙しそうにしていた。

「たなかさん」はお休みなのか姿が見えない。

最近の私は誰にでもよく話し掛けるようになった。

それだけ明るい性格になったのだろうと思う。

しかし夫に云わせればそれこそが「オバタリアン」なのだそうだ。

それでいいじゃないかと思う。もう古希のお婆ちゃんだもの。

マダム顔でつんつんしているよりずっと良いと思う。


4時半に帰宅。10分だけ茶の間で横になっていた。

娘夫婦が二階から追い出されたそうで和室で寛いでいる。

めいちゃんもそろそろ自分だけの部屋が欲しくなったのだろう。

「誰も入って来んといて」と二階から叫んでいた。

成長と共にこの先どうなるのだろうと思わずにいられない。


私は書斎として4畳半の小さな部屋を占領しているが

いくらめいちゃんの為であっても手放す気持ちは一切ない。

それは私から「書く」ことを奪うことに等しい。

夜明け前の詩もこの日記も書けなくなってしまうのだ。

この部屋だけは何としても守らねばならない。


もし死んだら。そうなればまあるく収まるがまだ死ぬわけにはいかない。

生きている限り書き尽くす。それが私の「生涯」なのだろう。


※以下今朝の詩


         欠席

     同窓会の通知が届く
     迷うことなく
     欠席を丸で囲んだ

     もう懐かしいとは思わない
     誰にも会いたくはなかった

     友から着信があったが
     ワン切りをして無視する
     それが私の決めたことだった

     歳月は悪戯な天使である
     変わり果てた我が身をおもう
     もう少女の頃の面影など
     なにひとつ残ってはいない

     海辺のちいさな町であった
     潮騒のように恋をして
     嵐が来れば深く傷ついた

     それは過去だろうか
     それが思い出なのだろうか

     老いの坂道を登りながら
     いったい何処に向かっているのだろう

     春は何度も巡って来ては
     満開の桜に心を預けている

     私は樹齢を数えながら
     穏やかな春を生きている








2026年04月05日(日) 花束をきみに

二十四節気の「清明」命ある全てのものが光り輝く頃。

まさにその通りで清々しい春の一日となる。

昨日の春の嵐に耐えた桜も優しい陽射しを浴びていた。

対岸の山桜もしかり朝陽が当たると何と綺麗なことだろう。


今朝はSNSで不思議なことがあった。

昨年の4月4日に書いたらしい詩を「いいね」してくれた人がいて

その詩を読んでみたが全く書いた記憶がないのである。

自分で云うのも気が引けるがよく書けていてまるで他人の詩のようなのだ。

本当に私が書いた詩なのか信じられず確かめないと気が済まない。

まず最初に一年前の4月の日記を読み返してみた。

しかしここに詩を載せるようになったのが何と4月5日だった。

わずか一日違いだと云うのにその詩が見つけられないのである。

SNSを過去に遡れば書いた詩が見つかるかもしれないが

かなりの労力を要するので最初から諦めてしまう。

「ツイログ」と云うサービスに登録していたことを思い出したが

それも何かの不具合だろうか昨年の7月までしか閲覧出来なかった。

ほんの一年前のことがあっけなく消えていてショックでならない。

しかしその人はどうやって私の書いたらしい詩に辿り着いたのだろう。

もしかしたらと詩のハッシュタグを検索してみたら

昨年の4月4日に確かに私が書いていたことが分かる。

もやもやとしていた気持ちが一気に晴れた瞬間であった。



午後からはめいちゃんの「ダンス発表会」があり夫と出掛けた。

今までは土佐清水市で開催されていたが今年から四万十市内になる。

家から10分も掛からず何と助かったことだろう。

何よりも嬉しかったのは娘が招待してくれたことである。

そうでなければ勝手に押し掛ける訳にはいかないのだ。

めいちゃんの晴れ姿のなんと可愛らしいことか。

にこにこと笑顔で踊っており感動せずにはいられない。

訊けば衣装は全て自前なのだそうだ。

娘達の大きな出費を考えると少し複雑な気持ちになる。

それも今年だけで来年にはまた新調しなければならない。


あやちゃんと仲良しだった友達も出演しておりその成長に驚く。

中学生らしくなり随分と大人びて見えた。

あやちゃんは挫折してしまったがもし続けていればと思う。

今となれば人前でダンスを踊ることなど考えられなかった。

「お株を取る」と云ってしまえば聞こえが悪いが

あやちゃんより遅れてダンスを習い始めためいちゃんが居る。

家族の期待を一気に担いまるで我が家の「主役」であった。


あやちゃんは当然のように独りで留守番をしていたが

いったいどんな気持ちで過ごしていたことだろう。

自分には関りの無い事と割り切ることが出来ただろうか。

どんなにか複雑な気持ちで寂しかったのではないかと気遣う。


めいちゃんに花束を届けたがあやちゃんにも届けてやりたかった。

決してダンスを忘れた訳ではない。ただ踊れなくなっただけである。


※以下今朝の詩


         日曜日

     何もないところから始める
     眠っているのかもしれない
     日曜日の朝だもの
     起こさずにそっとしておこう

     「書く」ことにずっと拘って来た
     それは少女の頃から変わらない
     誰かに読んで欲しくてならず
     こころを曝け出すように書いた

     書けそうにない日もある
     そんな時は在りのままに
     「書けない」と記せばいい

     言葉の天使には羽根があり
     自由に空を舞えるのだった
     片方の羽根が千切れてしまえば
     うまく飛べなくて空が遠くなる

     浮かぶ雲に縋りついている
     雨上がりの爽やかな風が吹き
     何処からともなく花の匂いがする




2026年04月04日(土) ただ一心に

夜明けと共に降り出した雨が降り続く。

雨も風も強く「春の嵐」となった。

満開の桜も見納めかもしれないと思いながら職場に向かう朝。

さすがにお遍路さんの姿はなく今日は休養日らしい。

昨日の小学生達はどうしているだろう。

まさか通し遍路ではあるまいと気掛かりでならない。

送り出した親御さん達もどんなにか心配していることだろう。


工場はシャッターを開けていたので水浸しになっていた。

横殴りの雨である。どうしようも出来ない。

同僚は通院のため午後からの出勤であったが

工場の中には義父のトラクターを置いてあり

今日も田んぼに行くのだと準備をしているところだった。

キャビン付きのトラクターなので雨でも平気であったが

あまりの悪天候に心配でならない。

しかしトラクターに乗り込むと「行くぞ」と勇ましく出掛けて行った。


午前中に来客が2名。どちらも若いお客さんで車検の予約である。

電話予約で良いのだが直接来てくれるお客さんが多い。

ボードの予定表を見てから納得するのだろう。


急いだ事務仕事はなく経理の記帳をしていた。

昔は全て手書きであったが今は会計ソフトに入力するだけである。

目は疲れ肩も凝るが私の好きな仕事のひとつであった。


午後からは同僚も来てくれてゆるりと仕事を始める。

昨日に引き続き大型車の車検整備であったが

雨が降り込むので仕事にならないようだった。

すると同僚は前進で入庫していたトラックを後進に入れ替えた。

「すごいじゃん、頭がええねえ」と褒めると

「誰じゃちそうするわ」と云って二人で笑い合う。

そんな感じでほのぼのとした空気に満たされていた。


2時を過ぎるとやっと雨が小降りになりほっとする。

また大雨になるやもしれず今のうちにと帰路に就いた。

空が少し明るくなりどうやら嵐は過ぎ去ったようである。

サニーマートで店員の「よしむらさん」と「たなかさん」に手を振る。

「たなかさん」はサービスカウンターに居て私の煙草係だった。

「例の物を」と頼むと直ぐに煙草を出してくれるのである。

市内には他にもスーパーが幾つかあるが

私はこの二人が働いているサニーマートが大好きだった。


3時半に帰宅。5時まで茶の間でうとうとしていた。

一週間の何と早いことだろう。あらあらと云う間に日々が流れる。

そんな調子でひと月も早く一年も早いのだ。

十年一昔と云うがつい最近のことに思えてならない。

過ぎ去った日々はあまりにも鮮やかな記憶でしかなかった。

先日もここに記したが十年後の自分が想像出来ない。

生きているのか死んでいるのか誰も教えてはくれないのだ。

生きていればそれに越したことはないが

死んでいればいったいどうすればいいのだろう。

もう何も書くことも出来ないそれが一番辛いことに思える。

「一日一生」と云う言葉もあるがそうして生涯を終えるのか。

心残りのない一生など在り得ないように思えてならない。

一日を一生だと思って精を尽くさねばならないが

欲深い私はいったい何を求めているのだろう。


※以下今朝の詩


    石段

一歩目のその先にあるもの
目には見えないが感じるもの
それは苦労して手に入れたもの

長い石段であった
見上げれば空があり
その遠さに挫けそうになる

苔むした石段には命が宿り
緑であることを誇っている
踏みつければ憐れであるが
踏まずにどうして辿り着けようか

一歩二歩と数える
息が切れて苦しくてならない

待っているのは誰だろうか
空に浮かぶ白い雲が見えた

振り向けばまっ逆さに転げ落ちる
その痛みが悪夢のように目に浮かぶ

吹き上げて来る風に背を押され
ただ一心にのぼり続けている












2026年04月03日(金) なだらかな谷

肌寒い朝であったが日中は春らしい陽気となる。

満開の桜が一斉に微笑んでいるように見えた。

明日は強い雨になるとのこと。「花散らし」になるかもしれない。

それも桜の定めだろう。咲けば必ず散らなければならない。


朝の国道でとても微笑ましいお遍路さんを見かけた。

全部で10人程だったろうか小学生のお遍路さんである。

最初は遠足だろうかと思った。可愛らしいリュックが並ぶ。

しかし学校は春休みなのに不思議でならない。

すると先頭を歩いていた女の子が「同行二人」の白装束を着ている。

引率だと思われる男性も一緒に歩いていた。

春休みのお遍路体験だろうか。何と素晴らしいことだろう。

子供の足で足摺岬まで歩くのはとても無理に思えたが

もしかしたら途中でバスが待っているのかもしれない。

交通量の多い国道の事で気になりながら追い越して行った。

桜の花を仰ぎながら一生忘れられない旅となることだろう。



仕事はゆるりとラジオを聴きながらであった。

メッセージを送っていたので読まれるかもしれない。

楽しみに待っていたが残念ながらボツだったようだ。


義父は今日も田んぼでお昼にも帰って来なかった。

同僚は大型車の車検整備でこれもゆるりである。

たまにはこんな日もなくてはならない。

長閑な春の一日を堪能する。


整形外科のリハビリと診察があり3時前に退社した。

平田町の桜並木も満開になっておりお花見客も多い。

そんな姿を見ているだけでほっこりと心が和む。


リハビリ中にU君と色んな話をする。

お父さんが浜田省吾のファンでライブに行っていたのだそうだ。

しかし知っている曲が一曲もなかったとぼやいていたとのこと。

いつの間にか時代が流れてしまったのだと二人で笑い合う。

U君のご両親は二人とも私よりも少し若い世代であった。

ふとU君はどの患者さんともこんな話をするのだろうかと思う。

欲張りな事だが私だけなら嬉しいなと思ってしまった。


帰宅すればもう5時で休む暇もない。

娘に買い物を頼んであったが今夜は「焼きそば」である。

6人分ともなれば作るのも大変であった。

焼きそばは娘に任せて私は頂き物の筍を煮る。

今朝夜明け前から茹でてあったのだが少し硬く残念に思う。


入浴後、義父から電話がありあれこれと話す。

明日も雨が降ろうと田んぼに行くようだった。

「お疲れさんやね、ちゃんとご飯を食べんといかんよ」と告げると

「おう、わかった」「おやすみよ」と上機嫌である。

野を越え山を越えればなだらかな谷なのだろう。

谷には春の山野草が咲き心を和ませてくれる。

ほっと空を仰げば優しい木漏れ日が降り注いでいるのだった。


長い人生のほんの一部分かもしれないが

どんな日もあってよしと思う。

荒れる日も穏やかな日も生きていればこそである。

誰しも死ぬ時は死ぬが「今日」でなくてどれ程救われたことだろう。

目覚めればまた新鮮な朝が待っている。


※以下今朝の詩


    勇気

打たれるほど強くなる
痛みがこころを叩き
ぐっと歯を食いしばる

こころの窓ガラスが割れた
その欠片を拾い集める
手のひらに載せれば
まるで宝石のように輝く

指先からこぼれる血は
憎しみだろうか
恨みかもしれない

それなのにあたたかい
いのちには温度がある

惨めであればあるほど
立ち向かう勇気が湧く

野を越え山を越えて来た
あたらしい春ならば尚更
すくっと前を向かねばならない



2026年04月02日(木) 苦難に光が射す

雨上がりの爽やかな朝であったが風が強く

気温の割に肌寒さを感じる一日だった。

今朝は対岸の山桜に朝陽が射しきらきらと輝いていた。

遠過ぎて写真は撮れなかったが心のシャッターを押す。

散ってしまえば寂しくなるが朝の楽しみがまた増える。


玄関のシクラメンはたわわに花を咲かせたまま

とうとう葉が枯れ始めてしまった。

水不足とは思われずおそらくもう寿命なのだろう。

新しい蕾が見えなくなった途端に弱ってしまったようだ。

けれどもその老いを打ち消すような見事な花であった。



今朝は出勤前に母の遺影に手を合わせ「助けてね」と声を掛ける。

そうして「一緒に頑張ろうね」と重ねて山里の職場に向かう。

今日も義父が留守ならもう手の施しようがなかった。

まるで不安なまま戦地に向かうような気持である。


思った通り義父はまた早朝から田んぼに行っていた。

とにかく自分に出来る事をと思う。

五日前から車検で入庫していた車が不法改造車の疑いがあり

義父から徹底的に調べるようにと申し渡されていた。

知識の乏しい私でも出来ると思ったのだろう。

本来なら検査員である義父のするべき仕事である。

まずは情報収集から始めたが思うようにはいかない。

しかしここで諦めてはいけないと次の手段を考えていたら

9時過ぎに突然義父が帰って来てくれたのである。

そうして朝食も食べずに私の手助けをしてくれたのだった。

最終的には検査協会に問い合わせやはり改造車だと判明する。

そうなれば復元をして車検に適合するようにしなければならない。

同僚ではとても手に負えず義父の技術が必要であった。

午後3時を過ぎやっと車検に漕ぎ着けるようになる。

無事にテスターを通過した時には安堵で涙が出そうだった。

それから書類作成となり退社は4時過ぎである。


帰り道の何と清々しいことだろう。

大きな安堵と達成感で心が満たされる。

そうして「母に違いない」と確信した。

苦難に立たされた私を母が助けてくれたのだろう。

「お母ちゃんありがとう」帰宅するなり母の遺影に手を合わす。


朝刊の今日の運勢を見たのは夕暮れ時のことであったが

12月生まれは「苦難に光が射す」と記されてあった。

日頃から占いを気にすることは滅多にないが

今日は大当たりだと思った。素晴らしい一日である。


難関突破となり明日からは仕事も落ち着きそうに思う。

山越え谷越えであるが満開の桜を愛でようではないか。


※以下今朝の詩


   雨あがり

そらがわらっている
おなかをかかえてわらっている

涙が出るほど可笑しいことだ
いまにひっくり返るだろう

足をばたばたさせていたら
地面が踊り始めてしまった

これほど愉快なことが
あるだろうかとおもう

一部始終を見ていた
雨雲が遠くへ逃げて行く
おひさまは朝の支度を始め
空の笑い声を聴いている

ひゅるひゅると風が歌えば
もういちめんの春の朝である







2026年04月01日(水) 崖っぷちの春

朝から小雨が降り続いている。霧のような細かい雨であった。

日中の気温も朝から変わらず肌寒い一日となった。

これが「花冷え」なのだろう。


白木蓮はすっかり裸木となりミモザの鮮やかな黄色も褐色になる。

終わる花はただただ定めを受け止めるばかりであった。

そうかと思えば満開が近くなった桜やチューリップ畑もある。

山里で過ごしていると春が尽きることはなかった。



今朝も義父の姿が見えず体調が気になってならない。

居室へ様子を見に行こうと思っていたら同僚が出勤して来て

田んぼでトラクターを操作しているのを見かけたと云う。

詳しく訊けば昨日も夕方になり田んぼから帰って来たらしい。

友人は確かに寝ていると云ったが私の早合点だったのだろう。

何だか狐につままれたような気持になった。

何はともあれ元気ならばそれに越したことはない。

お昼にも帰って来ず無我夢中で働いているようだった。


困ったのは工場の仕事で義父の不在が大きく響く。

これ以上お客さんに迷惑を掛けられず今日が限界であった。

そんな最中にまたお客さんを怒らせてしまう。

高齢のお得意さんでエンジン不調を訴えて来たのだが

同僚の対応が不十分だったようで大きな声で怒鳴り散らしていた。

「もういい、他に行く」と云って帰って行ってしまったのだ。

同僚はただ「直るかどうかわからんよ」と云っただけだそうで

取り合えず車を預かり義父に相談するべきだったと悔やまれる。

もし義父が待機してくれていたらこんな不手際は起こらなかっただろう。

義父のせいにしても仕方ないが同僚も私も酷く落ち込んでしまった。


帰り道。「もう嫌だな」とつくづく思う。

「会社何て潰れてしまえばいいんだ」とさえ思った。

何としても守ろうとこれまでどれ程頑張って来たことだろう。

一人でも欠ければそれが思うように行かないのが情けなくてならない。

これから田植えを控え増々窮地に立たされることだろう。

先が思い遣られ気分が滅入るばかりであった。


しかしいったい誰が助けてくれるだろうか。

崖っぷちに立てば誰かが手を差し伸べてくれるのだろうか。


神様は私を試したくてならないようだ。


※以下今朝の詩


   あの子

あの子ははらはらと
散り落ちようとした

手のひらを差し出せば
いやいやと首を振る
何も求めてなどいない
あるがままをつらぬく

春の潮が満ちて来る
海辺の町には桜が咲き
薄桃色の葛藤があった
決心が風に吹かれて
揺らぎ続けるばかり

あの子は泣いたりしない
小さな拳を握りしめて
遠い空を仰ごうとする

もう未来など在りはしないが
まるで希望だったかのように
あたらしい春が巡って来た





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