ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年04月03日(金) なだらかな谷

肌寒い朝であったが日中は春らしい陽気となる。

満開の桜が一斉に微笑んでいるように見えた。

明日は強い雨になるとのこと。「花散らし」になるかもしれない。

それも桜の定めだろう。咲けば必ず散らなければならない。


朝の国道でとても微笑ましいお遍路さんを見かけた。

全部で10人程だったろうか小学生のお遍路さんである。

最初は遠足だろうかと思った。可愛らしいリュックが並ぶ。

しかし学校は春休みなのに不思議でならない。

すると先頭を歩いていた女の子が「同行二人」の白装束を着ている。

引率だと思われる男性も一緒に歩いていた。

春休みのお遍路体験だろうか。何と素晴らしいことだろう。

子供の足で足摺岬まで歩くのはとても無理に思えたが

もしかしたら途中でバスが待っているのかもしれない。

交通量の多い国道の事で気になりながら追い越して行った。

桜の花を仰ぎながら一生忘れられない旅となることだろう。



仕事はゆるりとラジオを聴きながらであった。

メッセージを送っていたので読まれるかもしれない。

楽しみに待っていたが残念ながらボツだったようだ。


義父は今日も田んぼでお昼にも帰って来なかった。

同僚は大型車の車検整備でこれもゆるりである。

たまにはこんな日もなくてはならない。

長閑な春の一日を堪能する。


整形外科のリハビリと診察があり3時前に退社した。

平田町の桜並木も満開になっておりお花見客も多い。

そんな姿を見ているだけでほっこりと心が和む。


リハビリ中にU君と色んな話をする。

お父さんが浜田省吾のファンでライブに行っていたのだそうだ。

しかし知っている曲が一曲もなかったとぼやいていたとのこと。

いつの間にか時代が流れてしまったのだと二人で笑い合う。

U君のご両親は二人とも私よりも少し若い世代であった。

ふとU君はどの患者さんともこんな話をするのだろうかと思う。

欲張りな事だが私だけなら嬉しいなと思ってしまった。


帰宅すればもう5時で休む暇もない。

娘に買い物を頼んであったが今夜は「焼きそば」である。

6人分ともなれば作るのも大変であった。

焼きそばは娘に任せて私は頂き物の筍を煮る。

今朝夜明け前から茹でてあったのだが少し硬く残念に思う。


入浴後、義父から電話がありあれこれと話す。

明日も雨が降ろうと田んぼに行くようだった。

「お疲れさんやね、ちゃんとご飯を食べんといかんよ」と告げると

「おう、わかった」「おやすみよ」と上機嫌である。

野を越え山を越えればなだらかな谷なのだろう。

谷には春の山野草が咲き心を和ませてくれる。

ほっと空を仰げば優しい木漏れ日が降り注いでいるのだった。


長い人生のほんの一部分かもしれないが

どんな日もあってよしと思う。

荒れる日も穏やかな日も生きていればこそである。

誰しも死ぬ時は死ぬが「今日」でなくてどれ程救われたことだろう。

目覚めればまた新鮮な朝が待っている。


※以下今朝の詩


    勇気

打たれるほど強くなる
痛みがこころを叩き
ぐっと歯を食いしばる

こころの窓ガラスが割れた
その欠片を拾い集める
手のひらに載せれば
まるで宝石のように輝く

指先からこぼれる血は
憎しみだろうか
恨みかもしれない

それなのにあたたかい
いのちには温度がある

惨めであればあるほど
立ち向かう勇気が湧く

野を越え山を越えて来た
あたらしい春ならば尚更
すくっと前を向かねばならない



2026年04月02日(木) 苦難に光が射す

雨上がりの爽やかな朝であったが風が強く

気温の割に肌寒さを感じる一日だった。

今朝は対岸の山桜に朝陽が射しきらきらと輝いていた。

遠過ぎて写真は撮れなかったが心のシャッターを押す。

散ってしまえば寂しくなるが朝の楽しみがまた増える。


玄関のシクラメンはたわわに花を咲かせたまま

とうとう葉が枯れ始めてしまった。

水不足とは思われずおそらくもう寿命なのだろう。

新しい蕾が見えなくなった途端に弱ってしまったようだ。

けれどもその老いを打ち消すような見事な花であった。



今朝は出勤前に母の遺影に手を合わせ「助けてね」と声を掛ける。

そうして「一緒に頑張ろうね」と重ねて山里の職場に向かう。

今日も義父が留守ならもう手の施しようがなかった。

まるで不安なまま戦地に向かうような気持である。


思った通り義父はまた早朝から田んぼに行っていた。

とにかく自分に出来る事をと思う。

五日前から車検で入庫していた車が不法改造車の疑いがあり

義父から徹底的に調べるようにと申し渡されていた。

知識の乏しい私でも出来ると思ったのだろう。

本来なら検査員である義父のするべき仕事である。

まずは情報収集から始めたが思うようにはいかない。

しかしここで諦めてはいけないと次の手段を考えていたら

9時過ぎに突然義父が帰って来てくれたのである。

そうして朝食も食べずに私の手助けをしてくれたのだった。

最終的には検査協会に問い合わせやはり改造車だと判明する。

そうなれば復元をして車検に適合するようにしなければならない。

同僚ではとても手に負えず義父の技術が必要であった。

午後3時を過ぎやっと車検に漕ぎ着けるようになる。

無事にテスターを通過した時には安堵で涙が出そうだった。

それから書類作成となり退社は4時過ぎである。


帰り道の何と清々しいことだろう。

大きな安堵と達成感で心が満たされる。

そうして「母に違いない」と確信した。

苦難に立たされた私を母が助けてくれたのだろう。

「お母ちゃんありがとう」帰宅するなり母の遺影に手を合わす。


朝刊の今日の運勢を見たのは夕暮れ時のことであったが

12月生まれは「苦難に光が射す」と記されてあった。

日頃から占いを気にすることは滅多にないが

今日は大当たりだと思った。素晴らしい一日である。


難関突破となり明日からは仕事も落ち着きそうに思う。

山越え谷越えであるが満開の桜を愛でようではないか。


※以下今朝の詩


   雨あがり

そらがわらっている
おなかをかかえてわらっている

涙が出るほど可笑しいことだ
いまにひっくり返るだろう

足をばたばたさせていたら
地面が踊り始めてしまった

これほど愉快なことが
あるだろうかとおもう

一部始終を見ていた
雨雲が遠くへ逃げて行く
おひさまは朝の支度を始め
空の笑い声を聴いている

ひゅるひゅると風が歌えば
もういちめんの春の朝である







2026年04月01日(水) 崖っぷちの春

朝から小雨が降り続いている。霧のような細かい雨であった。

日中の気温も朝から変わらず肌寒い一日となった。

これが「花冷え」なのだろう。


白木蓮はすっかり裸木となりミモザの鮮やかな黄色も褐色になる。

終わる花はただただ定めを受け止めるばかりであった。

そうかと思えば満開が近くなった桜やチューリップ畑もある。

山里で過ごしていると春が尽きることはなかった。



今朝も義父の姿が見えず体調が気になってならない。

居室へ様子を見に行こうと思っていたら同僚が出勤して来て

田んぼでトラクターを操作しているのを見かけたと云う。

詳しく訊けば昨日も夕方になり田んぼから帰って来たらしい。

友人は確かに寝ていると云ったが私の早合点だったのだろう。

何だか狐につままれたような気持になった。

何はともあれ元気ならばそれに越したことはない。

お昼にも帰って来ず無我夢中で働いているようだった。


困ったのは工場の仕事で義父の不在が大きく響く。

これ以上お客さんに迷惑を掛けられず今日が限界であった。

そんな最中にまたお客さんを怒らせてしまう。

高齢のお得意さんでエンジン不調を訴えて来たのだが

同僚の対応が不十分だったようで大きな声で怒鳴り散らしていた。

「もういい、他に行く」と云って帰って行ってしまったのだ。

同僚はただ「直るかどうかわからんよ」と云っただけだそうで

取り合えず車を預かり義父に相談するべきだったと悔やまれる。

もし義父が待機してくれていたらこんな不手際は起こらなかっただろう。

義父のせいにしても仕方ないが同僚も私も酷く落ち込んでしまった。


帰り道。「もう嫌だな」とつくづく思う。

「会社何て潰れてしまえばいいんだ」とさえ思った。

何としても守ろうとこれまでどれ程頑張って来たことだろう。

一人でも欠ければそれが思うように行かないのが情けなくてならない。

これから田植えを控え増々窮地に立たされることだろう。

先が思い遣られ気分が滅入るばかりであった。


しかしいったい誰が助けてくれるだろうか。

崖っぷちに立てば誰かが手を差し伸べてくれるのだろうか。


神様は私を試したくてならないようだ。


※以下今朝の詩


   あの子

あの子ははらはらと
散り落ちようとした

手のひらを差し出せば
いやいやと首を振る
何も求めてなどいない
あるがままをつらぬく

春の潮が満ちて来る
海辺の町には桜が咲き
薄桃色の葛藤があった
決心が風に吹かれて
揺らぎ続けるばかり

あの子は泣いたりしない
小さな拳を握りしめて
遠い空を仰ごうとする

もう未来など在りはしないが
まるで希望だったかのように
あたらしい春が巡って来た






2026年03月31日(火) 花に嵐

夜明け前まで雨が降っていたが日中は花曇りとなる。

風が強く気温の割に涼しく過ごし易い一日だった。

関東では「春の嵐」だったとのこと。

満開の桜もはらはらと散ったことだろう。

そんな悪天候の中でもお花見をしている人がいて驚く。

都会ならではのことなのだろう。田舎では考えられない。


山里ではまだ満開にはなっていないが

少し早くに咲いた大島桜が散り始めていた。

郵便局の入り口には花びらがたくさん落ちていて切ない。


年度末で局長さんと配達員のゆみちゃんが今日で退職だった。

先日退職記念の品を渡し終えていたのだが

とうとう最後の日になりお別れの言葉を交わす。

局長さんは早期退職とのことで第二の人生を始めるようだ。

ゆみちゃんはちゃっかりしていて山里の企業に再就職を決めていた。

それも明日が初出勤とのことで休む暇も在りはしない。

郵便局の制服を脱ぐだけで明日からも山里で働くのである。

私より一つ年下であるが何ともパワフルなゆみちゃんであった。

お互いあと10年は働こうねと励まし合って別れる。

お別れじゃないよ。「また明日ね」と云って笑い合った。



仕事は月末で気忙しかったが今月は資金にゆとりがあり助かる。

午前中に支払いを済ませばもう楽勝であった。

ずっとこんな月末が続けばどんなに良いだろうかと思う。

油断は禁物でまた直ぐに大きな落とし穴があるかもしれない。


義父は居室に居るようだったが一向に姿を見せなかった。

友人が訪ねて来て大きな声で呼んでも返事もない。

電話をしてみたら出たらしく体調が悪く寝ているとのこと。

友人も無理強いはせずそのまま帰って行った。

私も気になったが居室へ様子を見に行くことをしなかった。

おそらく日頃の疲れが一気に襲って来たのだろう。

たまにはゆっくりと休ませてやらなければいけない。

これ以上無理を重ねれば義父が壊れてしまうような気がした。


同僚は昨日からの車検整備が2台完了し検査待ちであったが

義父に伝える事も出来ず明日に延期することにした。

お客さんには迷惑を掛けるが背に腹は代えられない。

同僚と顔を見合わせ溜息ばかりついていた。


そんなこんなで定時で仕事を終えてカーブスへ向かう。

一気に気分が明るくなり爽快に汗を流す。

私でも頑張ることが出来るのだ。何と嬉しいことだろう。

「すごいね、えらいね」の声が大きな励みになっている。


4時半に帰宅。自室の窓から対岸の山桜を眺めていた。

てっぺんの大きな桜の木もやっと咲き心が浮き立つ。

嬉しい事ばかりではないかと思ったが

何処からともなく不安が襲って来るのは何故だろう。

10年後の自分の姿が想像出来ない。

どれ程老いぼれている事だろうと怖ろしくなった。

「おばあちゃんは汚い」孫達の声も聴こえて来る。

それはリアルに洗濯物を仕分けしているのだった。

何をしても娘に叱られる。「余計なことをしないで」

夫は生きているのだろうか。これ程の不安があるだろうかと思う。


何をしても中途半端だった。

命がけで書いていても何ひとつ報われはしない。

「はい、もうここでお終い」そんな声に怯えながら必死に生きている。


※以下今朝の詩


    桜雨

ざぶざぶと雨が降っている
遠雷がこだまするのを
臆病な子のように聴き
胸の震えを抱きしめていた

なんと愚かなことだろう
優れていないことが
哀しくてやりきれない

花に嵐とひとは云うけれど
歯を食いしばるように
生きていることを
どうして否定出来ようか

咲いたばかりの花である
口惜しさを言葉に出来ず
ただ耐えることを選んだ

どうして潔く散れようか
まだこれからの春ではないか






2026年03月30日(月) 生きるか死ぬか

明るい曇り日。気温も22℃まで上がり春の陽気となる。

今夜はこれから雨の予報で雷注意報も出ているようだ。

ちょっとした「春の嵐」になるのかもしれない。


山里の桜はやっと7分咲き程だろうか。

東京はもう満開だそうで随分と遅れている。

平田町の桜並木はもっと遅くやっと咲き始めたところであった。

今週末くらいにはお花見が出来るかもしれない。


朝の道では民家の畑に大根の花が満開となっている。

遠くから見るとかすみ草のようにも見えてとても可憐であった。

道端に車を停めて写真を撮ろうと思うのだけれど

人目も気になり勇気を出せずにいる。

菜種になる前の今がチャンスなのだろう。

早く撮らないといけないと焦るばかりであった。


足が不自由になってから写真から遠ざかっていたが

最近になりまた少しずつ撮り始めている。

それがささやかな意欲になれば越したことはない。

同じ桜の花でも全く同じではなかった。

時間帯や陽射しの加減でも新鮮に映る時がある。



仕事は午前中はばたばたと忙しく走り回っていた。

早朝から田んぼに行っていた義父が9時頃に帰って来たのだが

朝食も食べていないらしく酷く機嫌が悪かった。

義父の荒い声を聞くと何とも辛いものである。

しかし余程空腹だったのだろう。朝食を済ますと上機嫌になった。

一般修理の完了した車を確認してからまた勇ましく出掛けて行く。

田植えの準備は少しずつ進んでいるようだが

疲労が大きく身体が持つだろうかと心配でならない。


同僚は車検整備をしていたがほぼ完了となっていた。

「お先に帰るよ」と声を掛けてカーブスへと向かう。

順調に日課をこなせるのが嬉しくてならなかった。

カーブスでは異常な程の汗をかき我ながら戸惑う。

コーチは代謝の良い証拠だと云ってくれるが

私には太っているからとしか思えなかった。

いくら汗をかいても痩せないのがその証拠だろう。


4時半に帰宅。今日は夫と息子達がけい君の自転車を買いに行っていた。

夫には2万円持たせていたが何と5万円でも足らなかったとのこと。

足らない分は息子が出したが夫の面目は丸潰れである。

息子には申し訳なかったが貧乏な親を許して欲しい。

新しい自転車でけい君は中学校に通う。

高校生になっても自転車は必要だろう。

どうか安全に事故のないようにと祈るばかりであった。


夕暮れを待っていたかのように雨が降り始める。

夕食後しばらく自室で過ごしていたが

何だかもう何ひとつ希望がないような気がした。

詩も短歌もこの日記も死にかけているとしか思えない。

それは劣等感の塊りに等しく絶望へと続いている。

しかしここで諦めてしまえばもうお終いなのだろう。

生きるか死ぬか。その瀬戸際に立てば「生きる」ことを選びたい。


※以下今朝の詩


    種

種だった頃夢を見ていた
やわらかな土の匂いに
埋もれるとあたたかい

あれは母さんだったのだろう
乳のような雨が降った

むくむくと育ち芽を出す
空の青さが目に沁みて
優しい陽射しが好きになる

「えらいねがんばったね」
母さんはいつもほめてくれた
ちいさな芽であったが
きっと咲く日が来るだろう

どんな花になるのか
咲いてみないとわからない

未来は明るく輝いていたが
思い通りにはいかなかった

種だった頃が懐かしい
あれほどの希望があるだろうか

咲けば散る咲けば枯れる
そんな真っ只中を生きている




2026年03月29日(日) 蕾のままで

花曇なのか春霞なのか。青空は見えなかった。

ぼんやりとした空から柔らかな陽射しが降り注ぐ。

気温も20℃を超えぽかぽかと暖かい。


玄関のシクラメンの花が20本になった。

もう蕾は見えておらず最後の花かもしれない。

それにしても昨年の12月からよく咲いてくれたものだ。

毎年花が終わると庭に放置していたのだが

今年はそのまま玄関に置いておこうかと思っている。

もしかしたらミラクルを起こしてくれるかもしれない。



今朝はいつも通りに4時に目覚めたがそのまま二度寝をしてしまう。

「おい、もう5時だぞ」と夫の声で跳び起きてしまった。

夜明け前の日課である詩が書けるだろうかと心配になる。

息を整えてなんとか書き始めればそこそこの詩が書けた。

「まあこんなもんだろう」と思う。

自己満足に過ぎないがどれほど書くことに拘っていることだろう。


その後も日曜日らしくゆったりと時を過ごす。

なんだか螺子が外れた玩具のロボットのようだった。

洗濯物を干し終えてから思い切って衣替えをする。

まだ「花冷え」の日もあるだろうが冬物を着る程ではないだろう。

娘たちはもう半袖で過ごしているくらいである。


8時頃から茶の間で30分程うたた寝をした。

朝の情報番組を見たかったのだが夫が西部劇を見ていた。

インディアンが銃で撃たれて死んだ。夫は面白そうに観ている。

いったい何処が面白いのだろうと嫌な気持ちになった。


9時を過ぎて重い腰を上げ買物に行く。

創作仲間の友人に会いそうな気がしたが会わずに済みほっとする。

今朝の「高新文芸」に友人は短歌、俳句、川柳が入選していた。

凄い大挙だと思ったが落選した自分が惨めでならない。

「励み」とは何だろうと思う。私は落ち込むばかりであった。


昼食は冷凍パスタを温めて食べる。

少し物足らず「桜餅」を買って来れば良かったと思う。

満腹ではなかったがそのままお昼寝体制に入った。

しかし一時間もしないうちに目が覚めてしまいもう眠れない。

ちょうど「アッコにおまかせ」のラストで和田アキ子の涙を見た。

40年も続いた長寿番組であるがアッコさんも限界なのだろう。


眠れなければ何もすることがなく自室でしばらく過ごす。

アイスコーヒーを飲みながら煙草を何本吸っただろうか。

SNSを見ていたら「笹色たま虫」さんが小説を書き始めたとのこと。

文才があるのできっと素晴らしい作品になることだろう。

80歳を目前して「書こう」と決めたことがとても尊い。

それにしても自信に溢れている。何だか別世界の人のように思えた。


夕食後に窓から川向かいの山を眺めていたら

ほんの僅かであるが山桜が咲き始めたようだ。

てっぺんの大きな桜の木にはまだ咲いていないが

あと数日もすればきっと咲き始めることだろう。

蕾がふくらみ花と咲く時、ふっと我が身を重ねてしまう。

まさか蕾のままで枯れてしまうことはあるまい。


70歳を目前にして「つぼみ」とはとてつもなく愚かであるが

咲けないからにはそう受け止めるしかないだろう。

私はいつだって「励み」を求めている。


※以下今朝の詩

 
    布裂

いったい何処に向かっているのか
心細くてならない時がある

坂ならばのぼろう
丘ならば越えよう
野であれば花を摘み
川ならば水に触れよう

父がいて母がいた
幼い頃の記憶が
まるで一枚の布のように
折り畳まれている

広げれば懐かしい
折り目ははっきりと
その節目を光らせている
これは父これは母だと
触れたらもう涙しかない

永遠に続くことは在り得ず
古びてしまえば裂になる
どれ程の節目だったことか

いったい何処に向かっているのだろう
捨てることの出来ない布を
胸に仕舞いあたらしい春をいく




2026年03月28日(土) いちりん草

春を通り越して初夏ではないかと思う程の暖かさであった。

九州では夏日だった地域もあったそうだ。

まだ3月だと云うのにこれも異常気象だろうか。

長期予報では今年は夏の訪れが早く猛暑が続くとのこと。

冬よりも夏が好きだが暑さに身が堪えることだろう。

菜の花に蝶々が戯れる季節が一番良いのかもしれない。


朝の山道では春遍路さんを6人も見かけた。

一人は逆打ちで何とジョギングをしており驚く。

背中にはリュックを背負っておりお遍路さんに違いない。

それにしても走り遍路とはよほどの健脚なのだろう。

どのお遍路さんにも声を掛けることが出来なかったが

会釈をしながら旅の無事を祈った。



早朝から田んぼに行っていた義父が10時には帰って来てくれて

2台の車検に取り掛かり事務仕事も大忙しとなった。

タイヤ交換の来客もあり対応に追われる。

お昼にはやっと一段落していたが山里に一軒だけあるスナックのママが

お花見をするのだと云って義父を連れ去って行った。

義父の友人達も集まっているとのことどうやら昨日から話は出来ていたらしい。

いくら楽しみな事とは云え同僚と二人で呆れ返る。

しかし働きづめの義父にとっては良き骨休みとなったことだろう。


午後には車検済みの車を引き取りに来てくれたお客さんから大目玉を食らう。

オイル交換時期になっていたので交換したのだが

勝手なことをしたと凄い剣幕で怒るのだった。

「社長を呼べ」と云われたが社長は楽しいお花見である。

オイル交換はサービスにするからと申し出たが

「そんな問題じゃない」と怒りが収まらなかった。

車検を引き受けた時に確認をしなかった私が一番悪いのである。

これは今後も在り得ることで良い教訓になった。

お客さんは散々怒鳴り散らしていたが

最後には私の手を握り「怒ってごめんよ」とにっこりと微笑む。

そうして即金で支払いを済ますと手を振って帰って行った。

嵐は去ったが自分の非が辛く後味の悪い出来事となる。

もし義父が居たら同じように叱られていたことだろう。


タイミングよく例のお客さんから電話があり

庭に「いちりん草」が咲いたとのこと。

おまけに蕗も湯がいてくれているらしい。

「直ぐにおいで」と云ってくれて嬉しかった。

いちりん草を見たのは初めてであったが

白い小さな花で何とも可愛らしい。

「にりん草」との違いも教えてくれて勉強になった。

庭にはまだ珍しい花が植えられており咲いたら知らせてくれるとのこと。

お客さんも私と語らうのが楽しみでならないようだ。

義父とは遠縁にあたるとのこと。他人には思えない人であった。


会社に戻れば同僚も早退を申し出ていた。

お花見ではないが今夜は友人達と飲み会があるらしい。

同僚にも楽しみがあって何よりに思う。

私も定時で仕事を終えアイスを食べながら帰る。

これは週末の楽しみで「チョコもなかジャンボ」だった。


帰宅して茶の間で寝転べば睡魔が襲って来る。

今日はお昼休憩もなかったので疲れが出たのだろう。

今週もよく頑張ったなと思う。精一杯の日々であった。


ふっといったい何処に向かっているのだろうと思う時があるが

ゴールは未だ見えずひたすら走り続けている。

とは云え不自由な足である。いつだって限界はあり得るだろう。

その時に弱音を吐くのか立ち上がるのか定かではない。

「道がある限り」そんな綺麗ごとでは済まされなかった。

今日の一歩。明日の一歩。死ぬまで走り続けるのだろうか。


※以下今朝の詩


    紺青

永らえば永らうほど深くなる
それは濃く紺色の海に似ていた

少女は失うことを知り
死を選ぼうとしたが
足が竦み一歩が踏み出せない

岩に当たって砕ける波は
どれほどの痛みだろうか
水しぶきが叫ぶ声がする

思い留まれば未来しかない
十年後の姿がぼんやりと浮かぶ

生きてさえいれば叶うことが
きっとあるような気がした

紺青の青春だったのだろう
その深みに身を投げようとした

風は南から吹いて来る
水平線に浮かぶ船が見えた





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