夜明け前まで雨が降っていたが日中は花曇りとなる。
風が強く気温の割に涼しく過ごし易い一日だった。
関東では「春の嵐」だったとのこと。
満開の桜もはらはらと散ったことだろう。
そんな悪天候の中でもお花見をしている人がいて驚く。
都会ならではのことなのだろう。田舎では考えられない。
山里ではまだ満開にはなっていないが
少し早くに咲いた大島桜が散り始めていた。
郵便局の入り口には花びらがたくさん落ちていて切ない。
年度末で局長さんと配達員のゆみちゃんが今日で退職だった。
先日退職記念の品を渡し終えていたのだが
とうとう最後の日になりお別れの言葉を交わす。
局長さんは早期退職とのことで第二の人生を始めるようだ。
ゆみちゃんはちゃっかりしていて山里の企業に再就職を決めていた。
それも明日が初出勤とのことで休む暇も在りはしない。
郵便局の制服を脱ぐだけで明日からも山里で働くのである。
私より一つ年下であるが何ともパワフルなゆみちゃんであった。
お互いあと10年は働こうねと励まし合って別れる。
お別れじゃないよ。「また明日ね」と云って笑い合った。

仕事は月末で気忙しかったが今月は資金にゆとりがあり助かる。
午前中に支払いを済ませばもう楽勝であった。
ずっとこんな月末が続けばどんなに良いだろうかと思う。
油断は禁物でまた直ぐに大きな落とし穴があるかもしれない。
義父は居室に居るようだったが一向に姿を見せなかった。
友人が訪ねて来て大きな声で呼んでも返事もない。
電話をしてみたら出たらしく体調が悪く寝ているとのこと。
友人も無理強いはせずそのまま帰って行った。
私も気になったが居室へ様子を見に行くことをしなかった。
おそらく日頃の疲れが一気に襲って来たのだろう。
たまにはゆっくりと休ませてやらなければいけない。
これ以上無理を重ねれば義父が壊れてしまうような気がした。
同僚は昨日からの車検整備が2台完了し検査待ちであったが
義父に伝える事も出来ず明日に延期することにした。
お客さんには迷惑を掛けるが背に腹は代えられない。
同僚と顔を見合わせ溜息ばかりついていた。
そんなこんなで定時で仕事を終えてカーブスへ向かう。
一気に気分が明るくなり爽快に汗を流す。
私でも頑張ることが出来るのだ。何と嬉しいことだろう。
「すごいね、えらいね」の声が大きな励みになっている。
4時半に帰宅。自室の窓から対岸の山桜を眺めていた。
てっぺんの大きな桜の木もやっと咲き心が浮き立つ。
嬉しい事ばかりではないかと思ったが
何処からともなく不安が襲って来るのは何故だろう。
10年後の自分の姿が想像出来ない。
どれ程老いぼれている事だろうと怖ろしくなった。
「おばあちゃんは汚い」孫達の声も聴こえて来る。
それはリアルに洗濯物を仕分けしているのだった。
何をしても娘に叱られる。「余計なことをしないで」
夫は生きているのだろうか。これ程の不安があるだろうかと思う。
何をしても中途半端だった。
命がけで書いていても何ひとつ報われはしない。
「はい、もうここでお終い」そんな声に怯えながら必死に生きている。
※以下今朝の詩
桜雨
ざぶざぶと雨が降っている 遠雷がこだまするのを 臆病な子のように聴き 胸の震えを抱きしめていた
なんと愚かなことだろう 優れていないことが 哀しくてやりきれない
花に嵐とひとは云うけれど 歯を食いしばるように 生きていることを どうして否定出来ようか
咲いたばかりの花である 口惜しさを言葉に出来ず ただ耐えることを選んだ
どうして潔く散れようか まだこれからの春ではないか
明るい曇り日。気温も22℃まで上がり春の陽気となる。
今夜はこれから雨の予報で雷注意報も出ているようだ。
ちょっとした「春の嵐」になるのかもしれない。
山里の桜はやっと7分咲き程だろうか。
東京はもう満開だそうで随分と遅れている。
平田町の桜並木はもっと遅くやっと咲き始めたところであった。
今週末くらいにはお花見が出来るかもしれない。
朝の道では民家の畑に大根の花が満開となっている。
遠くから見るとかすみ草のようにも見えてとても可憐であった。
道端に車を停めて写真を撮ろうと思うのだけれど
人目も気になり勇気を出せずにいる。
菜種になる前の今がチャンスなのだろう。
早く撮らないといけないと焦るばかりであった。
足が不自由になってから写真から遠ざかっていたが
最近になりまた少しずつ撮り始めている。
それがささやかな意欲になれば越したことはない。
同じ桜の花でも全く同じではなかった。
時間帯や陽射しの加減でも新鮮に映る時がある。

仕事は午前中はばたばたと忙しく走り回っていた。
早朝から田んぼに行っていた義父が9時頃に帰って来たのだが
朝食も食べていないらしく酷く機嫌が悪かった。
義父の荒い声を聞くと何とも辛いものである。
しかし余程空腹だったのだろう。朝食を済ますと上機嫌になった。
一般修理の完了した車を確認してからまた勇ましく出掛けて行く。
田植えの準備は少しずつ進んでいるようだが
疲労が大きく身体が持つだろうかと心配でならない。
同僚は車検整備をしていたがほぼ完了となっていた。
「お先に帰るよ」と声を掛けてカーブスへと向かう。
順調に日課をこなせるのが嬉しくてならなかった。
カーブスでは異常な程の汗をかき我ながら戸惑う。
コーチは代謝の良い証拠だと云ってくれるが
私には太っているからとしか思えなかった。
いくら汗をかいても痩せないのがその証拠だろう。
4時半に帰宅。今日は夫と息子達がけい君の自転車を買いに行っていた。
夫には2万円持たせていたが何と5万円でも足らなかったとのこと。
足らない分は息子が出したが夫の面目は丸潰れである。
息子には申し訳なかったが貧乏な親を許して欲しい。
新しい自転車でけい君は中学校に通う。
高校生になっても自転車は必要だろう。
どうか安全に事故のないようにと祈るばかりであった。
夕暮れを待っていたかのように雨が降り始める。
夕食後しばらく自室で過ごしていたが
何だかもう何ひとつ希望がないような気がした。
詩も短歌もこの日記も死にかけているとしか思えない。
それは劣等感の塊りに等しく絶望へと続いている。
しかしここで諦めてしまえばもうお終いなのだろう。
生きるか死ぬか。その瀬戸際に立てば「生きる」ことを選びたい。
※以下今朝の詩
種
種だった頃夢を見ていた やわらかな土の匂いに 埋もれるとあたたかい
あれは母さんだったのだろう 乳のような雨が降った
むくむくと育ち芽を出す 空の青さが目に沁みて 優しい陽射しが好きになる
「えらいねがんばったね」 母さんはいつもほめてくれた ちいさな芽であったが きっと咲く日が来るだろう
どんな花になるのか 咲いてみないとわからない
未来は明るく輝いていたが 思い通りにはいかなかった
種だった頃が懐かしい あれほどの希望があるだろうか
咲けば散る咲けば枯れる そんな真っ只中を生きている
花曇なのか春霞なのか。青空は見えなかった。
ぼんやりとした空から柔らかな陽射しが降り注ぐ。
気温も20℃を超えぽかぽかと暖かい。
玄関のシクラメンの花が20本になった。
もう蕾は見えておらず最後の花かもしれない。
それにしても昨年の12月からよく咲いてくれたものだ。
毎年花が終わると庭に放置していたのだが
今年はそのまま玄関に置いておこうかと思っている。
もしかしたらミラクルを起こしてくれるかもしれない。

今朝はいつも通りに4時に目覚めたがそのまま二度寝をしてしまう。
「おい、もう5時だぞ」と夫の声で跳び起きてしまった。
夜明け前の日課である詩が書けるだろうかと心配になる。
息を整えてなんとか書き始めればそこそこの詩が書けた。
「まあこんなもんだろう」と思う。
自己満足に過ぎないがどれほど書くことに拘っていることだろう。
その後も日曜日らしくゆったりと時を過ごす。
なんだか螺子が外れた玩具のロボットのようだった。
洗濯物を干し終えてから思い切って衣替えをする。
まだ「花冷え」の日もあるだろうが冬物を着る程ではないだろう。
娘たちはもう半袖で過ごしているくらいである。
8時頃から茶の間で30分程うたた寝をした。
朝の情報番組を見たかったのだが夫が西部劇を見ていた。
インディアンが銃で撃たれて死んだ。夫は面白そうに観ている。
いったい何処が面白いのだろうと嫌な気持ちになった。
9時を過ぎて重い腰を上げ買物に行く。
創作仲間の友人に会いそうな気がしたが会わずに済みほっとする。
今朝の「高新文芸」に友人は短歌、俳句、川柳が入選していた。
凄い大挙だと思ったが落選した自分が惨めでならない。
「励み」とは何だろうと思う。私は落ち込むばかりであった。
昼食は冷凍パスタを温めて食べる。
少し物足らず「桜餅」を買って来れば良かったと思う。
満腹ではなかったがそのままお昼寝体制に入った。
しかし一時間もしないうちに目が覚めてしまいもう眠れない。
ちょうど「アッコにおまかせ」のラストで和田アキ子の涙を見た。
40年も続いた長寿番組であるがアッコさんも限界なのだろう。
眠れなければ何もすることがなく自室でしばらく過ごす。
アイスコーヒーを飲みながら煙草を何本吸っただろうか。
SNSを見ていたら「笹色たま虫」さんが小説を書き始めたとのこと。
文才があるのできっと素晴らしい作品になることだろう。
80歳を目前して「書こう」と決めたことがとても尊い。
それにしても自信に溢れている。何だか別世界の人のように思えた。
夕食後に窓から川向かいの山を眺めていたら
ほんの僅かであるが山桜が咲き始めたようだ。
てっぺんの大きな桜の木にはまだ咲いていないが
あと数日もすればきっと咲き始めることだろう。
蕾がふくらみ花と咲く時、ふっと我が身を重ねてしまう。
まさか蕾のままで枯れてしまうことはあるまい。
70歳を目前にして「つぼみ」とはとてつもなく愚かであるが
咲けないからにはそう受け止めるしかないだろう。
私はいつだって「励み」を求めている。
※以下今朝の詩
布裂
いったい何処に向かっているのか 心細くてならない時がある
坂ならばのぼろう 丘ならば越えよう 野であれば花を摘み 川ならば水に触れよう
父がいて母がいた 幼い頃の記憶が まるで一枚の布のように 折り畳まれている
広げれば懐かしい 折り目ははっきりと その節目を光らせている これは父これは母だと 触れたらもう涙しかない
永遠に続くことは在り得ず 古びてしまえば裂になる どれ程の節目だったことか
いったい何処に向かっているのだろう 捨てることの出来ない布を 胸に仕舞いあたらしい春をいく
春を通り越して初夏ではないかと思う程の暖かさであった。
九州では夏日だった地域もあったそうだ。
まだ3月だと云うのにこれも異常気象だろうか。
長期予報では今年は夏の訪れが早く猛暑が続くとのこと。
冬よりも夏が好きだが暑さに身が堪えることだろう。
菜の花に蝶々が戯れる季節が一番良いのかもしれない。
朝の山道では春遍路さんを6人も見かけた。
一人は逆打ちで何とジョギングをしており驚く。
背中にはリュックを背負っておりお遍路さんに違いない。
それにしても走り遍路とはよほどの健脚なのだろう。
どのお遍路さんにも声を掛けることが出来なかったが
会釈をしながら旅の無事を祈った。

早朝から田んぼに行っていた義父が10時には帰って来てくれて
2台の車検に取り掛かり事務仕事も大忙しとなった。
タイヤ交換の来客もあり対応に追われる。
お昼にはやっと一段落していたが山里に一軒だけあるスナックのママが
お花見をするのだと云って義父を連れ去って行った。
義父の友人達も集まっているとのことどうやら昨日から話は出来ていたらしい。
いくら楽しみな事とは云え同僚と二人で呆れ返る。
しかし働きづめの義父にとっては良き骨休みとなったことだろう。
午後には車検済みの車を引き取りに来てくれたお客さんから大目玉を食らう。
オイル交換時期になっていたので交換したのだが
勝手なことをしたと凄い剣幕で怒るのだった。
「社長を呼べ」と云われたが社長は楽しいお花見である。
オイル交換はサービスにするからと申し出たが
「そんな問題じゃない」と怒りが収まらなかった。
車検を引き受けた時に確認をしなかった私が一番悪いのである。
これは今後も在り得ることで良い教訓になった。
お客さんは散々怒鳴り散らしていたが
最後には私の手を握り「怒ってごめんよ」とにっこりと微笑む。
そうして即金で支払いを済ますと手を振って帰って行った。
嵐は去ったが自分の非が辛く後味の悪い出来事となる。
もし義父が居たら同じように叱られていたことだろう。
タイミングよく例のお客さんから電話があり
庭に「いちりん草」が咲いたとのこと。
おまけに蕗も湯がいてくれているらしい。
「直ぐにおいで」と云ってくれて嬉しかった。
いちりん草を見たのは初めてであったが
白い小さな花で何とも可愛らしい。
「にりん草」との違いも教えてくれて勉強になった。
庭にはまだ珍しい花が植えられており咲いたら知らせてくれるとのこと。
お客さんも私と語らうのが楽しみでならないようだ。
義父とは遠縁にあたるとのこと。他人には思えない人であった。
会社に戻れば同僚も早退を申し出ていた。
お花見ではないが今夜は友人達と飲み会があるらしい。
同僚にも楽しみがあって何よりに思う。
私も定時で仕事を終えアイスを食べながら帰る。
これは週末の楽しみで「チョコもなかジャンボ」だった。
帰宅して茶の間で寝転べば睡魔が襲って来る。
今日はお昼休憩もなかったので疲れが出たのだろう。
今週もよく頑張ったなと思う。精一杯の日々であった。
ふっといったい何処に向かっているのだろうと思う時があるが
ゴールは未だ見えずひたすら走り続けている。
とは云え不自由な足である。いつだって限界はあり得るだろう。
その時に弱音を吐くのか立ち上がるのか定かではない。
「道がある限り」そんな綺麗ごとでは済まされなかった。
今日の一歩。明日の一歩。死ぬまで走り続けるのだろうか。
※以下今朝の詩
紺青
永らえば永らうほど深くなる それは濃く紺色の海に似ていた
少女は失うことを知り 死を選ぼうとしたが 足が竦み一歩が踏み出せない
岩に当たって砕ける波は どれほどの痛みだろうか 水しぶきが叫ぶ声がする
思い留まれば未来しかない 十年後の姿がぼんやりと浮かぶ
生きてさえいれば叶うことが きっとあるような気がした
紺青の青春だったのだろう その深みに身を投げようとした
風は南から吹いて来る 水平線に浮かぶ船が見えた
最高気温が23℃、すっかり春の陽気となる。
陽射しは暖かさを通り過ぎ暑さを感じる程だった。
そんな気温に誘われたようにやっと染井吉野が咲き始める。
郵便局の大島桜もあっという間に見頃になった。
しかし環境に左右されるのか全く咲いていない木もある。
同じ染井吉野でも早咲きと遅咲きがあるようだ。
一斉に咲いて一斉に散るよりも良いのかもしれない。
朝の道の寒緋桜も長いこと咲いていたが
今朝はもうすっかり散ってしまい切なさが込み上げて来る。
木の元にはまるで血のような花びらがたくさん落ちていた。
道はアスファルトなので朽ちても地には還れないだろう。
そうなればもう風任せの運命である。

仕事はそれなりの忙しさであったが
車検予約のお客さんが10時を過ぎても現れず
電話をすれば午後になるとのこと。
段取りが狂ってしまい同僚も戸惑うばかりである。
いかにも田舎らしいのんびりさであった。
予約さえしておけば後は気の向くままなのであろう。
事務仕事は重量税の精算と廃車の処理があり
ナンバープレートを郵送したりとけっこう忙しかった。
お昼に宿毛市のお客さんから廃車の依頼があり再度郵送する。
毎年の事だが年度末ぎりぎりになって駆け込んで来る人がいた。
義父は友人夫婦と共に「苗運び」である。
育苗機の苗はずいぶんと育っており大忙しであった。
もう何度目の「苗運び」だろうかハウスの苗が目に浮かぶ。
義父は山里でも一二を争う作付け数らしく
高齢であるのを気遣ってくれる人も多い。
あと10年はやれると云うがとても無理ではないだろうか。
午後には車検の車が入庫しやっと順調になる。
同僚に声を掛けて定時で終わらせてもらった。
カーブスで頑張れば汗がだらだらと流れる。
着替えの半袖を持って来れば良かったと悔やまれた。
4時過ぎに帰宅し自室でしばらく過ごす。
もしやと思い笠原メイさんの日記に直接アクセスしたら
やはり更新されており何だかとてもほっとした。
昨日はSNSにリンクするのを忘れていたのだそうだ。
私の心配も取り越し苦労だったらしい。
日々を縫うのではなく「刻む」その息遣いが真っ直ぐに伝わる。
5時になり娘と夕食の支度を始めたが
何だかとても急いでいる様に感じた。
めいちゃんがバタバタと出掛ける準備をしており
ダンス教室があることを知る。
来月には発表会があるらしく明日も練習なのだそうだ。
何から何まで教えて欲しいとは思わないが
いつも一言が足らない我が家であった。
入浴後に血圧を測ったら160を超えている。
なんで?と思い再度測ったが同じであった。
しかし体調は良くいつもと変わらないので気にしないことにした。
異変と思えば切りがない。どんな時もあるものだ。
とんとんとんと日課をこなす。
ひとつでも出来ない事があってはならない。
まるで独楽鼠のように生きている日々である。
※以下今朝の詩
丘
坂があれば丘が見える そのてっぺんに立てば 海だって見えるだろう
曇り日の灰色の海も 晴れた日の青い海も 嵐の日の荒れる海も 見届けねばならない
ずいぶんと生きた気がするが まだまだ足らないとおもう
激しさをぶつけたこともあった 粉々にしてしまえばそれは 何と脆く儚いことだろうか
独りきりで丘に立つ 群れてしまえば心許ない 誰かを頼れば惨めになる
ひっそりと丘で眠るのもいい
雨上がりの晴天。最高気温が22℃まで上がり春の陽気となる。
四万十大橋を抜けて川沿いの国道を走ると
ちょうど目の前に朝陽が見えて眩しい程である。
川面はきらきらと輝いており光の水が流れていた。
毎朝見る風景であったが今朝は一段と心に沁みる。
その国道沿いを少し先に進むと大きな枇杷の木があった。
冬には花が咲いていたがそのまま実にはならないようだ。
薄緑色の葉の新芽がまた新たな花のように見える。
そうなればもうたかが木ではない。立派な春の風情であった。
伊豆田トンネルは長く途中から土佐清水市になる。
トンネルを抜けると桜並木が続いているが
ここもまだ咲いてはおらずふっと寂しさが込み上げて来る。
咲いて散れば切ないが固い蕾も同様であった。
国道を右折すれば県道の山道になるが
人家が見え始めると必ず良心市を覗くのが日課である。
今朝は待ちに待っていた「タラの芽」が並んでおり嬉しくてならない。
一パック百円の安さで二パック買い求めた。
朝採りらしく生き生きとしておりとても新鮮である。
春ならではの旬の味を堪能出来て何と幸せなことだろう。

仕事は朝から慌ただしく10時にはシステムサポートのO君が来る。
今日は整備ソフトのバージョンアップがありO君にお任せした。
それが思いのほかに時間を費やし4時間も掛かってしまう。
私は途中で抜け出し車の中でお弁当を食べたが
O君は昼食も食べずひたすら奮闘するのだった。
気遣えば朝食をしっかり食べたので大丈夫とのこと。
松山から山里まで3時間の道のりなので朝食も早かったことだろう。
松山には熟練の社員さんがいてリモート操作がとても便利だった。
その社員さんもお昼休み返上とのことで頭が下がる。
2時にやっと作業が終り新しいソフトを試してみたが
以前よりも機能が増えており大満足であった。
今の世の中はパソコン音痴では仕事にならない。
生前の母が口惜しがっていたことも今では懐かしい思い出となった。
工場の仕事も一段落しており同僚に声を掛け定時で終える。
一目散でカーブスへ向かい調子に乗るばかりである。
「すごいね、えらいね」の声に豚も木に登る有様であった。
4時半には帰宅していたが夫との「ふれあい」はつかの間
5時になると娘が「タラの芽の天ぷら」を揚げてくれた。
その揚げたてを夫が我先にとわしわしと食べる。
ストップを掛けたら不服そうな顔をしていた。
夕食後は「笠原メイ」さんの日記を楽しみにしていたが
今日はどうした訳か更新されていなかった。
体調が悪いのかもしれないと心配でならない。
誰にだってどんな日もあるものである。
明日はあしたの風が吹くだろうと諦めようと思ったが
もしやと思いSNSではなく直接日記にアクセスしてみた。
そこには確かに今日の日記が更新されている。
しかし余程ショックなことがあったのだろう。
酷く気分が落ち込み悲痛な重いが伝わって来た。
まるで日陰に咲く山野草のようである。
誰にも見つけて欲しくなどないと叫んでいるようだった。
そんな日記にどうして「見たよ」と伝えられるだろう。
そっと静かに見守ることが大切に思う。
「書く」と云う行為は心を曝け出すことに等しい。
毎日の日課なら尚更のこと書くことを諦めてはならないと思う。
どれ程の日陰であってもひっそりと咲く花があるのに違いない。
※以下今朝の詩
坂
ゆるやかな坂の途中である 息ばかりを頼りに歩いていた 時おり立ち止まっては空を仰ぐ
霞みがかった空には燕が飛び交い 遠い国の話を聴かせてくれる 辛くながい旅だったことだろう
花は桜うす桃色の風が吹く 背中を押してはくれまいか きっと辿り着けるように
生きることよりも 生きたことが愛しくてならない いったい何度目の春なのだろう
少女だった頃の罪を背負い 悔やみ続けた日々であった
坂はまだはるかに続いていて 遠ければ遠いほどに試されている
やがては下り坂になるだろう 確かな息にすがりつくように 希望の坂をのぼり続けている
しとしとと小雨降る一日。気温は朝から変わらず肌寒い。
催花雨となったのかやっと桜がぽつぽつと咲き始めた。
しかし殆どの桜がまだ蕾のままで待ち遠しくてならない。
平田町の桜並木には地元の人達が提灯をぶらさげ
お花見の準備をしているが肝心の桜は全く咲いていなかった。
地元の人達も毎年のお花見を楽しみにしているのだろう。
山桜もしかりで四万十川の対岸の山もひっそりと佇んでいる。
大きな山桜の木があり毎年空に向かって咲くのだったが
例年通りとはいかないのがもどかしくてならない。
テレビの桜情報よると東京はもう七分咲なのだそうだ。
寒暖差の激しい地域ほど早く咲くことを初めて知る。
いくら開花が早くても満開にならないのはそのせいであろう。
山里も寒暖差の激しい土地だが例外としか思えない。
染井吉野よりも早く咲く大島桜もまだ蕾のままであった。

雨のため義父も「晴耕雨読」かと思いきや
早朝から田んぼを耕しに行ったようでもぬけの殻である。
昨年キャビン付きの中古トラクターを買ったのだが
雨が降ろうと槍が降ろうとお構いなしのようである。
面白くてたまらない様子でお昼前に一度帰って来たが
昼食を済ますとまた上機嫌で出掛けて行った。
午後は事務仕事も一段落しており整形外科のリハビリに向かう。
リハビリ前の医師との面談で足踏みをして見せたら
「油断するなよ」と注意される。調子に乗ってはいけない。
とにかく慎重に行動しなければと肝に命じた。
リハビリでは療法士のU君が足の裏まで揉んでくれる。
それが何とも心地よく思わず声が出てしまった。
会話も弾み幸せいっぱいの気持ちで帰路に就く。
4時半過ぎに帰宅したら夫が「暴れん坊将軍」を見ていた。
10分でもと思いささやかにお付き合いをする。
今朝はお小遣いが空っぽになったと云っていたのに
すっかり渡し忘れていたことを詫びた。
雨だったので一歩も外に出なかったらしく明日で良いとのこと。
以前は喫茶店に行くことが多かったがすっかり出不精になった。
お小遣いも月に3千円で足りる。まるで百円亭主である。
夕食後お風呂に入りながらふっと不安になった。
もうヒートショックの心配はないと思うが
湯船に浸かっていると気が遠くなるのを感じる。
このまま死んでしまうのではと思わずにいられない。
先日も山里で入浴中に亡くなった人がいた。
まだ42歳の若さで何とも痛ましいことである。
子に先立たれたご両親の気持ちを思うと胸が張り裂けそうだった。
いくら若くても死ぬ時は死ぬのだ。
高齢ならば尚更のこと死ほど身近なことがあるだろうか。
浴室から無事に出ると一気に安堵する。
洗った髪を乾かし顔に栄養クリームを塗る。
左足には湿布を2枚張りふくらはぎに塗り薬を塗る。
右足の爪は水虫になっておりその治療薬も塗った。
それから血圧を測る。141でまずまず落ち着いている。
台所に行けば娘が独りぼっちで夕食を食べていた。
会話は一切しない。声を掛けないのがルールである。
焼酎の水割りと氷結を抱え二階の自室に籠るのが日課であった。
だからこそこの日記も書けるのだろう。
雨はまだ止まない。雨だれの音がまるで「いのち」のように響いている。
※以下今朝の詩
早苗
雨を見ている 真っ直ぐな雨 その素直さが 健気でならない
農夫は雨を待っていた 稲苗の準備はととのい 後は田に水を張るだけ 川の水はそう多くはなく 水不足を嘆いていたのだ
いちめんの早苗が目に浮かぶ 捕らぬ狸の皮算用も忙しい どうか高値で売れますように 美味しいお米が出来ますように
八十路のからだにムチを打つ 腰は痛み膝はがくがくと鳴る それでも「やらんといかん」 まるで命がけの勝負であった
空に願いが届くだろうか 雨は助けてくれるだろうか
農夫は雨を見ていた その健気さに勇気が湧いて来る きっと報われるだろう 早苗は若い緑の希望であった
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