ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年03月27日(金) とんとんとん

最高気温が23℃、すっかり春の陽気となる。

陽射しは暖かさを通り過ぎ暑さを感じる程だった。

そんな気温に誘われたようにやっと染井吉野が咲き始める。

郵便局の大島桜もあっという間に見頃になった。

しかし環境に左右されるのか全く咲いていない木もある。

同じ染井吉野でも早咲きと遅咲きがあるようだ。

一斉に咲いて一斉に散るよりも良いのかもしれない。


朝の道の寒緋桜も長いこと咲いていたが

今朝はもうすっかり散ってしまい切なさが込み上げて来る。

木の元にはまるで血のような花びらがたくさん落ちていた。

道はアスファルトなので朽ちても地には還れないだろう。

そうなればもう風任せの運命である。



仕事はそれなりの忙しさであったが

車検予約のお客さんが10時を過ぎても現れず

電話をすれば午後になるとのこと。

段取りが狂ってしまい同僚も戸惑うばかりである。

いかにも田舎らしいのんびりさであった。

予約さえしておけば後は気の向くままなのであろう。


事務仕事は重量税の精算と廃車の処理があり

ナンバープレートを郵送したりとけっこう忙しかった。

お昼に宿毛市のお客さんから廃車の依頼があり再度郵送する。

毎年の事だが年度末ぎりぎりになって駆け込んで来る人がいた。


義父は友人夫婦と共に「苗運び」である。

育苗機の苗はずいぶんと育っており大忙しであった。

もう何度目の「苗運び」だろうかハウスの苗が目に浮かぶ。

義父は山里でも一二を争う作付け数らしく

高齢であるのを気遣ってくれる人も多い。

あと10年はやれると云うがとても無理ではないだろうか。


午後には車検の車が入庫しやっと順調になる。

同僚に声を掛けて定時で終わらせてもらった。

カーブスで頑張れば汗がだらだらと流れる。

着替えの半袖を持って来れば良かったと悔やまれた。


4時過ぎに帰宅し自室でしばらく過ごす。

もしやと思い笠原メイさんの日記に直接アクセスしたら

やはり更新されており何だかとてもほっとした。

昨日はSNSにリンクするのを忘れていたのだそうだ。

私の心配も取り越し苦労だったらしい。

日々を縫うのではなく「刻む」その息遣いが真っ直ぐに伝わる。


5時になり娘と夕食の支度を始めたが

何だかとても急いでいる様に感じた。

めいちゃんがバタバタと出掛ける準備をしており

ダンス教室があることを知る。

来月には発表会があるらしく明日も練習なのだそうだ。

何から何まで教えて欲しいとは思わないが

いつも一言が足らない我が家であった。


入浴後に血圧を測ったら160を超えている。

なんで?と思い再度測ったが同じであった。

しかし体調は良くいつもと変わらないので気にしないことにした。

異変と思えば切りがない。どんな時もあるものだ。


とんとんとんと日課をこなす。

ひとつでも出来ない事があってはならない。

まるで独楽鼠のように生きている日々である。


※以下今朝の詩


    丘

坂があれば丘が見える
そのてっぺんに立てば
海だって見えるだろう

曇り日の灰色の海も
晴れた日の青い海も
嵐の日の荒れる海も
見届けねばならない

ずいぶんと生きた気がするが
まだまだ足らないとおもう

激しさをぶつけたこともあった
粉々にしてしまえばそれは
何と脆く儚いことだろうか

独りきりで丘に立つ
群れてしまえば心許ない
誰かを頼れば惨めになる

ひっそりと丘で眠るのもいい












2026年03月26日(木) 日陰の花 

雨上がりの晴天。最高気温が22℃まで上がり春の陽気となる。

四万十大橋を抜けて川沿いの国道を走ると

ちょうど目の前に朝陽が見えて眩しい程である。

川面はきらきらと輝いており光の水が流れていた。

毎朝見る風景であったが今朝は一段と心に沁みる。


その国道沿いを少し先に進むと大きな枇杷の木があった。

冬には花が咲いていたがそのまま実にはならないようだ。

薄緑色の葉の新芽がまた新たな花のように見える。

そうなればもうたかが木ではない。立派な春の風情であった。


伊豆田トンネルは長く途中から土佐清水市になる。

トンネルを抜けると桜並木が続いているが

ここもまだ咲いてはおらずふっと寂しさが込み上げて来る。

咲いて散れば切ないが固い蕾も同様であった。


国道を右折すれば県道の山道になるが

人家が見え始めると必ず良心市を覗くのが日課である。

今朝は待ちに待っていた「タラの芽」が並んでおり嬉しくてならない。

一パック百円の安さで二パック買い求めた。

朝採りらしく生き生きとしておりとても新鮮である。

春ならではの旬の味を堪能出来て何と幸せなことだろう。



仕事は朝から慌ただしく10時にはシステムサポートのO君が来る。

今日は整備ソフトのバージョンアップがありO君にお任せした。

それが思いのほかに時間を費やし4時間も掛かってしまう。

私は途中で抜け出し車の中でお弁当を食べたが

O君は昼食も食べずひたすら奮闘するのだった。

気遣えば朝食をしっかり食べたので大丈夫とのこと。

松山から山里まで3時間の道のりなので朝食も早かったことだろう。

松山には熟練の社員さんがいてリモート操作がとても便利だった。

その社員さんもお昼休み返上とのことで頭が下がる。

2時にやっと作業が終り新しいソフトを試してみたが

以前よりも機能が増えており大満足であった。

今の世の中はパソコン音痴では仕事にならない。

生前の母が口惜しがっていたことも今では懐かしい思い出となった。


工場の仕事も一段落しており同僚に声を掛け定時で終える。

一目散でカーブスへ向かい調子に乗るばかりである。

「すごいね、えらいね」の声に豚も木に登る有様であった。


4時半には帰宅していたが夫との「ふれあい」はつかの間

5時になると娘が「タラの芽の天ぷら」を揚げてくれた。

その揚げたてを夫が我先にとわしわしと食べる。

ストップを掛けたら不服そうな顔をしていた。


夕食後は「笠原メイ」さんの日記を楽しみにしていたが

今日はどうした訳か更新されていなかった。

体調が悪いのかもしれないと心配でならない。

誰にだってどんな日もあるものである。

明日はあしたの風が吹くだろうと諦めようと思ったが

もしやと思いSNSではなく直接日記にアクセスしてみた。

そこには確かに今日の日記が更新されている。

しかし余程ショックなことがあったのだろう。

酷く気分が落ち込み悲痛な重いが伝わって来た。

まるで日陰に咲く山野草のようである。

誰にも見つけて欲しくなどないと叫んでいるようだった。

そんな日記にどうして「見たよ」と伝えられるだろう。

そっと静かに見守ることが大切に思う。


「書く」と云う行為は心を曝け出すことに等しい。

毎日の日課なら尚更のこと書くことを諦めてはならないと思う。

どれ程の日陰であってもひっそりと咲く花があるのに違いない。


※以下今朝の詩


     坂

ゆるやかな坂の途中である
息ばかりを頼りに歩いていた
時おり立ち止まっては空を仰ぐ

霞みがかった空には燕が飛び交い
遠い国の話を聴かせてくれる
辛くながい旅だったことだろう

花は桜うす桃色の風が吹く
背中を押してはくれまいか
きっと辿り着けるように

生きることよりも
生きたことが愛しくてならない
いったい何度目の春なのだろう

少女だった頃の罪を背負い
悔やみ続けた日々であった

坂はまだはるかに続いていて
遠ければ遠いほどに試されている

やがては下り坂になるだろう
確かな息にすがりつくように
希望の坂をのぼり続けている




2026年03月25日(水) 油断するなよ

しとしとと小雨降る一日。気温は朝から変わらず肌寒い。

催花雨となったのかやっと桜がぽつぽつと咲き始めた。

しかし殆どの桜がまだ蕾のままで待ち遠しくてならない。


平田町の桜並木には地元の人達が提灯をぶらさげ

お花見の準備をしているが肝心の桜は全く咲いていなかった。

地元の人達も毎年のお花見を楽しみにしているのだろう。


山桜もしかりで四万十川の対岸の山もひっそりと佇んでいる。

大きな山桜の木があり毎年空に向かって咲くのだったが

例年通りとはいかないのがもどかしくてならない。


テレビの桜情報よると東京はもう七分咲なのだそうだ。

寒暖差の激しい地域ほど早く咲くことを初めて知る。

いくら開花が早くても満開にならないのはそのせいであろう。

山里も寒暖差の激しい土地だが例外としか思えない。

染井吉野よりも早く咲く大島桜もまだ蕾のままであった。



雨のため義父も「晴耕雨読」かと思いきや

早朝から田んぼを耕しに行ったようでもぬけの殻である。

昨年キャビン付きの中古トラクターを買ったのだが

雨が降ろうと槍が降ろうとお構いなしのようである。

面白くてたまらない様子でお昼前に一度帰って来たが

昼食を済ますとまた上機嫌で出掛けて行った。


午後は事務仕事も一段落しており整形外科のリハビリに向かう。

リハビリ前の医師との面談で足踏みをして見せたら

「油断するなよ」と注意される。調子に乗ってはいけない。

とにかく慎重に行動しなければと肝に命じた。

リハビリでは療法士のU君が足の裏まで揉んでくれる。

それが何とも心地よく思わず声が出てしまった。

会話も弾み幸せいっぱいの気持ちで帰路に就く。


4時半過ぎに帰宅したら夫が「暴れん坊将軍」を見ていた。

10分でもと思いささやかにお付き合いをする。

今朝はお小遣いが空っぽになったと云っていたのに

すっかり渡し忘れていたことを詫びた。

雨だったので一歩も外に出なかったらしく明日で良いとのこと。

以前は喫茶店に行くことが多かったがすっかり出不精になった。

お小遣いも月に3千円で足りる。まるで百円亭主である。


夕食後お風呂に入りながらふっと不安になった。

もうヒートショックの心配はないと思うが

湯船に浸かっていると気が遠くなるのを感じる。

このまま死んでしまうのではと思わずにいられない。

先日も山里で入浴中に亡くなった人がいた。

まだ42歳の若さで何とも痛ましいことである。

子に先立たれたご両親の気持ちを思うと胸が張り裂けそうだった。

いくら若くても死ぬ時は死ぬのだ。

高齢ならば尚更のこと死ほど身近なことがあるだろうか。


浴室から無事に出ると一気に安堵する。

洗った髪を乾かし顔に栄養クリームを塗る。

左足には湿布を2枚張りふくらはぎに塗り薬を塗る。

右足の爪は水虫になっておりその治療薬も塗った。

それから血圧を測る。141でまずまず落ち着いている。

台所に行けば娘が独りぼっちで夕食を食べていた。

会話は一切しない。声を掛けないのがルールである。

焼酎の水割りと氷結を抱え二階の自室に籠るのが日課であった。

だからこそこの日記も書けるのだろう。


雨はまだ止まない。雨だれの音がまるで「いのち」のように響いている。


※以下今朝の詩


  早苗

雨を見ている
真っ直ぐな雨
その素直さが
健気でならない

農夫は雨を待っていた
稲苗の準備はととのい
後は田に水を張るだけ
川の水はそう多くはなく
水不足を嘆いていたのだ

いちめんの早苗が目に浮かぶ
捕らぬ狸の皮算用も忙しい
どうか高値で売れますように
美味しいお米が出来ますように

八十路のからだにムチを打つ
腰は痛み膝はがくがくと鳴る
それでも「やらんといかん」
まるで命がけの勝負であった

空に願いが届くだろうか
雨は助けてくれるだろうか

農夫は雨を見ていた
その健気さに勇気が湧いて来る
きっと報われるだろう
早苗は若い緑の希望であった




2026年03月24日(火) 未来に向けて

予報通りに晴れのち曇り。気温は19℃まで上がった。

風もなかったので過ごし易い一日となる。

今夜遅くには雨となり明日は終日雨の予報であった。

桜が満開なら「花散らしの」の雨になるところだが

まだ殆ど咲いておらずその心配はなさそうである。

むしろ催花雨となる可能性が大きい。


桜より一足早く「山つつじ」が咲き始めている。

山肌からこぼれるように咲いており何とも可憐な花であった。

山里ではお墓の傍にも咲いておりまるで供養の花である。

鮮やかなピンクは魂を安らげることだろう。



仕事は午前中で一段落し午後はゆったりと過ごす。

同僚の手が空いている内にとオイル交換をしてもらった。

「おいくらですか?」と訊いたりして愉快なひと時である。

早朝から田んぼに出掛けていた義父がお昼に帰って来た。

昼食を終えるとまた直ぐに出掛けるようなので

大急ぎで車検の書類を整える。昼休みどころではない。

機嫌が良かったのが何よりで2台の車検が完了した。


今日こそは定時で退社しようと時計ばかりを見ていたら

お客さんから電話があり珍しい花が咲いているとのこと。

直ぐ近くなので大急ぎで駆け付ける。

山野草で「貝母」と書いて「ばいも」と呼ぶのだそうだ。

それは畑の隅にひっそりと咲いていた。

亡くなったお母さんの形見だそうで毎年咲くらしい。

私は初めて見る花で興奮を隠せなかった。

ここに写真を載せられないのが残念であるが

山野草らしく何とも優しく穏やかな佇まいであった。


そうこうしている内に定時では帰れなくなり

今日も少し遅刻してカーブスへ行く。

顔なじみのお仲間さん達が帰った後のこと

「この人は確かに」と見覚えのあるお仲間さんがいた。

メンバーカードの名前を見ると間違いなさそうだ。

思い切って声を掛けてみたが私の顔が分からないらしい。

もう10年近く会っていないので無理もない話である。

歳も取ったが10キロも太ってしまい昔の面影がなかったのだろう。

筋トレ中のことでゆっくりと話すことは出来なかったが

彼女はかつてのバドミントン仲間のTさんであった。

共に汗を流した時代は一生忘れられなかった。

またこれからもきっと会えるだろう。

今日は偶然に会えて本当に良かったと思う。


買い物を終えて4時半に帰宅。

夫は高校野球を観ていて決戦のようだった。

テーブルの上にめいちゃんの通信簿がありこっそりと見る。

「よくできました」がいっぱいあって素晴らしい。

卒業式では涙を流していたそうで優しい子だなと思う。

来年の今頃はどんな少女になっているのだろう。


娘と夕食の支度をしていたらめいちゃんの「かん虫」が起こった。

お菓子の袋を床に投げつけたりして大声で泣き喚いている。

あやちゃんも心配して様子を見に来ていた。

父親の娘婿が助け舟を出しマックにハンバーガーを買いに行く。

帰宅するとご機嫌の笑顔で何とほっとしたことだろう。

これから反抗期もあれば多感な少女時代となる。

初潮はまだないが情緒不安定になることもあるだろう。

あやちゃんとは正反対の性格でまるで水と油のようであった。


10年後を思い浮かべる。夫は84歳、私は80歳になるが

生きて孫達の成長を見届けることが出来るだろうか。

もし夢を見ることが許されるなら「生きたい」と願う。

そんな未来をどうか授けてはくれまいか。


※以下今朝の詩


   一輪

花びらのようなひと
儚く潔く凛と咲く

まるで散ることを知って
咲いたようなひとであった

その微笑みにはどこか
翳りがあり胸がいたむ
紡ぐ言葉には命が宿り
その息が真っ直ぐに届く

「今日」があれば「明日」もある
淡々と綴られた日常のことさえ
輝いて見えるのはなぜだろう

見上げれば薄桃色の花びら
たくさんであってはならない
一輪だからこそ胸に沁みる

春の陽射しを浴びて
きらきらと輝くひとであった






2026年03月23日(月) 手の届かない太陽

夜明け前まで小雨が降っていたが直ぐに止み

日中は雨上がりの穏やかな晴天となる。

最高気温が22℃まで達しすっかり春の陽気であった。

優しい雨であったが催花雨とはならなかったのか

四万十も山里の桜もまだ咲かず待ち遠しくてならない。


SNSでは朝日新聞の記者さんが沈下橋と桜の動画を発信していた。

四万十市西土佐の風景であったが何と桜がほぼ満開である。

まさか去年の動画ではあるまいが信じられない気持ちでいっぱいになった。

誰が見ても四万十川沿いの桜並木である。


宿毛市もいち早く開花宣言があったが

平田町の桜並木にもまだ一輪も見られない。

何だか狐につままれたような気持ちになる。

遅かれ早かれきっと咲くのだが戸惑わずにはいられなかった。



仕事は月曜日らしく工場も事務仕事も大忙しであった。

義父もまた種蒔きをしており声を掛ける暇もない。

11トンもあった種蒔き用の土があと3トンになった。

おそらく後二回は種蒔きをするのだろう。

ハウスには大量の苗が運び込まれており

いざ田植えとなればどれ程の忙しさだろうと案ずる。

いくら機械任せであっても幾日も掛かることだろう。


午後も事務仕事に追われ定時では終われなかったが

諦めずにカーブスへ向かう。

仕事の疲れがあったのかイマイチであったが心地よく汗を流した。

先に帰るお仲間さんが「サニーマートで待ちよるけんね」と嬉しい一言。

会えるかなと楽しみに行ったが私が遅過ぎたようだった。


4時半に帰宅。夫の大相撲ロスを心配していたが

高校野球を観ていたとのこと。楽しみがあって良かったなと思う。

娘と夕食の支度をしていたらあやちゃんが二階から下りて来て

「何か手伝うことはない?」とにこにこの笑顔である。

こんなことが今まであったろうかと嬉しくてならなかった。

私は口出し出来ず娘に任せたがほのぼのとしたひと時であった。

あやちゃんにはもうトンネルの出口が見えているのだと思う。

しかしトンネルを出るにはまだまだ時が必要だろう。

急ぐことは何もない。ゆっくりと一歩ずつ進めば良いと思う。


夕食後、笠原メイさんの日記と詩を読んでいたら

「太陽を俎板に載せる」と云う表現があり目から鱗であった。

いったい他の誰がこんな表現が出来るだろうかと思う。

彼しか書けない素晴らしい感性である。

そのことを直接伝えたかったがやはり躊躇わずにはいられない。

一人のファンとしてそっと寄り添うことも肝心に思える。

彼の感性が眩しくてならない。

私のように感性の「か」の字も失ってしまった者には

まるで手の届かない「太陽」のようであった。


※以下今朝の詩


   蓬

草をかきわける
そうして見つけた蓬

愛犬はくんくんと鼻を鳴らし
今にも食べてしまいそうだ

まだ枯れ草の残る土手
土筆はスギナとなり
もう子供ではなかった
その若い緑と競うように
蓬の葉はいっそう萌える

懐かしい匂いがする
祖母の草餅だろうか
遠い昔のことが
昨日のように蘇る

愛犬は少し歩いては
宝物のように見つける
蓬は春を匂わせ
四万十の土手で生きていた




2026年03月22日(日) 花を咲かすために

朝のうちは雲間から青空が見えていたが

次第に雲が広がり午後には雨が降り出す。

気温は18℃まで上がっていたが肌寒く感じた。

この雨が上がれば桜の蕾が一気に花開くことだろう。

四万十の桜は開花が遅れておりまだ一輪も見られない。


今朝は玄関のシクラメンの花を数えてみた。

何と16本も咲いておりおどろく。

蕾は5本でまた明日咲くことだろう。

不思議なのは咲き終わった花が枯れないことだ。

もちろん散ることもなく行方不明となる。

いったい何処に消えてしまったのだろう。



のらりくらりの日曜日であった。

朝のうちに一時間寝て午後は三時間寝る。

あまり寝過ぎると夜の睡眠に支障が出るので

気を付けていたつもりだったが睡魔には勝てない。


息子から娘にラインが届きけい君の晴れ姿を見た。

ほっとしたのは母親であるお嫁さんの姿もあったこと。

離婚する前からしばらく会っていなかったが

以前よりふっくらとしておりとても元気そうである。

息子の計らいで両親揃っての卒業式となったのに違いない。

けい君がどんなにか嬉しかったことだろうか。

昨夜もここに記したがこれこそが「家族のかたち」だと思う。

これからも一緒に暮らすことはないが

どんなに離れていても父であり母であることに変わりはない。

何だか前途が一気に明るくなったような気がした。



夕方にはプチ旅に行っていためいちゃんが帰って来た。

「ただいまあ」と大きな声で家の中が一気に明るくなる。

何だか我が家は桜が満開になったようだ。

めいちゃんの学校は24日が卒業式でそのまま春休みになるとのこと。

春休みが終わればめいちゃんはもう6年生である。

甘えん坊で泣き虫のめいちゃんの大きな成長であった。

あやちゃんは中学2年生になるがのほほんと過ごしている。

自分の好きなように過ごすことが一番ではないだろうか。

三人の孫達の成長が生き甲斐のように思える。

私と夫は老いるばかりだが孫達には果てしない未来があるのだった。

その一コマをこの目で確かめたいと願わずにいられない。

そう思うとまだまだ死ねない。何としても生きたくてならなかった。


桜が毎年咲くだろう。もしかしたら永遠に咲くのかもしれない。


※以下今朝の詩


  催花雨

雨が近づいている
仄かに水がにおう

ふくらんだ蕾が
おおきく息をし
空に微笑みかけていた

灰色の空である
それは哀しみに似て
ふと失うのではと
不安になるけれど

蕾であることは
希望ではあるまいか

決して独りぼっちではない
たくさんの仲間がいる
それぞれの願いを込めて
空に想いを放とうとする

花として咲く日を待っていた
雨がそのまま命になろうとしている



2026年03月21日(土) 家族のかたち

朝の寒さは続いているが日中は春らしくなった。

霞が掛かりぼんやりとした空も良いものである。

風があったので花粉の飛散が多かったのか

これまで花粉症とは縁がなかったのにくしゃみと鼻水が出る。

加齢のせいで体質が変わったのかもしれないが

一時的なものかも知れずしばらく様子を見ようと思う。


昨日から三連休のせいか今朝は6人ものお遍路さんを見かけた。

白装束に身を包んだ人もいれば遍路笠だけの人もいる。

金剛杖の鈴を鳴らしている人もいれば登山用のステッキを付く人も。

皆さんそれぞれのスタイルで旅路を楽しんでいるように見えた。

山里の桜はまだ開花していないがきっと春を感じることだろう。



仕事は工場も事務所も大忙しとなりてんてこ舞いとなる。

そんな時に限って緊急の修理が入ったりして困った。

断るわけには行かず同僚に任せるしかない。


義父は明日の雨を決めつけてまるで狂ったように田んぼへ行く。

当たり散らすほどではなかったが決して上機嫌ではなかった。

これから田植えの時期となるが先が思い遣られるばかりである。


午後は幾分仕事が落ち着きほっとして定時で帰路に就く。

私が帰ってから同僚も一休みをしていたのだろう。

ちょうどその時に義父が帰って来たらしく

凄い剣幕で私に電話を掛けて来たのだった。

同僚が何もせず遊んでいると云うのである。

朝からずっと忙しかったのにそれはあんまり事だと思う。

しかし口ごたえをしてはならず後から同僚に電話を掛けた。

同僚の何と不機嫌だったことだろう。

社長自らの指図であればともかく私から指図されたら腹も立つ。

それは当然のことで申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

今後も在り得ることなので私も慎重に対処せねばならない。


珍しく4時前に帰宅。ほっと寛ぎ夫と大相撲を観ていた。

明日はもう千秋楽なのでまた夫の相撲ロスが始まるだろう。

それにしても2週間の何と早いこと。直ぐに4月になりそうである。


夕食後、息子に電話してみようかと思ったが

仕事かも知れないと思い諦めてしまった。

明日はけい君の卒業式だが準備は万端だろうかと気になる。

けい君は中学の制服を着て息子は成人式の時のスーツであった。

中学の制服は元お嫁さんの実家にお世話になった。

いくら離婚したは云え縁を切ったのではない。

この先けい君がどんなに成長しても母親は一人きりである。

「心配することはないぞ」と夫からも云われ

私も老婆心の蓋を閉めそっと見守ろうと思っている。


それにしても男手ひとつでよくここまで育てたと思う。

けい君も母親を恋しがりもせずに耐え続けた歳月であった。

そうして母親であるお嫁さんもどんなにか辛い思いをしたことだろう。

どんな理由があったとしても「現実」は変える事が出来ない。

しかしこれからの未来にはきっと「家族のかたち」があるだろう。

寒い冬を乗り越えて春は何度でも巡って来るのだから。


※以下今朝の詩


    卒業

いつまでもこどもである
いくつになってもこども

息子は仕事と家事をこなし
一人親として子供を育てた
その子が小学校を卒業する

どれほどの苦労だったことか
いくつもの困難を乗り越えて
子の成長を見守り続けたのだ

四万十に桜の便りが届く頃
固い蕾もふっくらと膨らむ
もうすぐいちめんの春である

子の背は親に届くほど伸び
声はもう少年の響きである

育てたのか育ったのか
過ぎ去った歳月が目に浮かぶ
母を恋しがりもしなかった
健気な子が愛しくてならない

どんな未来が待っているのか
こどもはずっと親をつらぬく

桜は咲きやがて散るが
春は何度も巡って来るだろう




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