予報通りに晴れのち曇り。気温は19℃まで上がった。
風もなかったので過ごし易い一日となる。
今夜遅くには雨となり明日は終日雨の予報であった。
桜が満開なら「花散らしの」の雨になるところだが
まだ殆ど咲いておらずその心配はなさそうである。
むしろ催花雨となる可能性が大きい。
桜より一足早く「山つつじ」が咲き始めている。
山肌からこぼれるように咲いており何とも可憐な花であった。
山里ではお墓の傍にも咲いておりまるで供養の花である。
鮮やかなピンクは魂を安らげることだろう。

仕事は午前中で一段落し午後はゆったりと過ごす。
同僚の手が空いている内にとオイル交換をしてもらった。
「おいくらですか?」と訊いたりして愉快なひと時である。
早朝から田んぼに出掛けていた義父がお昼に帰って来た。
昼食を終えるとまた直ぐに出掛けるようなので
大急ぎで車検の書類を整える。昼休みどころではない。
機嫌が良かったのが何よりで2台の車検が完了した。
今日こそは定時で退社しようと時計ばかりを見ていたら
お客さんから電話があり珍しい花が咲いているとのこと。
直ぐ近くなので大急ぎで駆け付ける。
山野草で「貝母」と書いて「ばいも」と呼ぶのだそうだ。
それは畑の隅にひっそりと咲いていた。
亡くなったお母さんの形見だそうで毎年咲くらしい。
私は初めて見る花で興奮を隠せなかった。
ここに写真を載せられないのが残念であるが
山野草らしく何とも優しく穏やかな佇まいであった。
そうこうしている内に定時では帰れなくなり
今日も少し遅刻してカーブスへ行く。
顔なじみのお仲間さん達が帰った後のこと
「この人は確かに」と見覚えのあるお仲間さんがいた。
メンバーカードの名前を見ると間違いなさそうだ。
思い切って声を掛けてみたが私の顔が分からないらしい。
もう10年近く会っていないので無理もない話である。
歳も取ったが10キロも太ってしまい昔の面影がなかったのだろう。
筋トレ中のことでゆっくりと話すことは出来なかったが
彼女はかつてのバドミントン仲間のTさんであった。
共に汗を流した時代は一生忘れられなかった。
またこれからもきっと会えるだろう。
今日は偶然に会えて本当に良かったと思う。
買い物を終えて4時半に帰宅。
夫は高校野球を観ていて決戦のようだった。
テーブルの上にめいちゃんの通信簿がありこっそりと見る。
「よくできました」がいっぱいあって素晴らしい。
卒業式では涙を流していたそうで優しい子だなと思う。
来年の今頃はどんな少女になっているのだろう。
娘と夕食の支度をしていたらめいちゃんの「かん虫」が起こった。
お菓子の袋を床に投げつけたりして大声で泣き喚いている。
あやちゃんも心配して様子を見に来ていた。
父親の娘婿が助け舟を出しマックにハンバーガーを買いに行く。
帰宅するとご機嫌の笑顔で何とほっとしたことだろう。
これから反抗期もあれば多感な少女時代となる。
初潮はまだないが情緒不安定になることもあるだろう。
あやちゃんとは正反対の性格でまるで水と油のようであった。
10年後を思い浮かべる。夫は84歳、私は80歳になるが
生きて孫達の成長を見届けることが出来るだろうか。
もし夢を見ることが許されるなら「生きたい」と願う。
そんな未来をどうか授けてはくれまいか。
※以下今朝の詩
一輪
花びらのようなひと 儚く潔く凛と咲く
まるで散ることを知って 咲いたようなひとであった
その微笑みにはどこか 翳りがあり胸がいたむ 紡ぐ言葉には命が宿り その息が真っ直ぐに届く
「今日」があれば「明日」もある 淡々と綴られた日常のことさえ 輝いて見えるのはなぜだろう
見上げれば薄桃色の花びら たくさんであってはならない 一輪だからこそ胸に沁みる
春の陽射しを浴びて きらきらと輝くひとであった
夜明け前まで小雨が降っていたが直ぐに止み
日中は雨上がりの穏やかな晴天となる。
最高気温が22℃まで達しすっかり春の陽気であった。
優しい雨であったが催花雨とはならなかったのか
四万十も山里の桜もまだ咲かず待ち遠しくてならない。
SNSでは朝日新聞の記者さんが沈下橋と桜の動画を発信していた。
四万十市西土佐の風景であったが何と桜がほぼ満開である。
まさか去年の動画ではあるまいが信じられない気持ちでいっぱいになった。
誰が見ても四万十川沿いの桜並木である。
宿毛市もいち早く開花宣言があったが
平田町の桜並木にもまだ一輪も見られない。
何だか狐につままれたような気持ちになる。
遅かれ早かれきっと咲くのだが戸惑わずにはいられなかった。

仕事は月曜日らしく工場も事務仕事も大忙しであった。
義父もまた種蒔きをしており声を掛ける暇もない。
11トンもあった種蒔き用の土があと3トンになった。
おそらく後二回は種蒔きをするのだろう。
ハウスには大量の苗が運び込まれており
いざ田植えとなればどれ程の忙しさだろうと案ずる。
いくら機械任せであっても幾日も掛かることだろう。
午後も事務仕事に追われ定時では終われなかったが
諦めずにカーブスへ向かう。
仕事の疲れがあったのかイマイチであったが心地よく汗を流した。
先に帰るお仲間さんが「サニーマートで待ちよるけんね」と嬉しい一言。
会えるかなと楽しみに行ったが私が遅過ぎたようだった。
4時半に帰宅。夫の大相撲ロスを心配していたが
高校野球を観ていたとのこと。楽しみがあって良かったなと思う。
娘と夕食の支度をしていたらあやちゃんが二階から下りて来て
「何か手伝うことはない?」とにこにこの笑顔である。
こんなことが今まであったろうかと嬉しくてならなかった。
私は口出し出来ず娘に任せたがほのぼのとしたひと時であった。
あやちゃんにはもうトンネルの出口が見えているのだと思う。
しかしトンネルを出るにはまだまだ時が必要だろう。
急ぐことは何もない。ゆっくりと一歩ずつ進めば良いと思う。
夕食後、笠原メイさんの日記と詩を読んでいたら
「太陽を俎板に載せる」と云う表現があり目から鱗であった。
いったい他の誰がこんな表現が出来るだろうかと思う。
彼しか書けない素晴らしい感性である。
そのことを直接伝えたかったがやはり躊躇わずにはいられない。
一人のファンとしてそっと寄り添うことも肝心に思える。
彼の感性が眩しくてならない。
私のように感性の「か」の字も失ってしまった者には
まるで手の届かない「太陽」のようであった。
※以下今朝の詩
蓬
草をかきわける そうして見つけた蓬
愛犬はくんくんと鼻を鳴らし 今にも食べてしまいそうだ
まだ枯れ草の残る土手 土筆はスギナとなり もう子供ではなかった その若い緑と競うように 蓬の葉はいっそう萌える
懐かしい匂いがする 祖母の草餅だろうか 遠い昔のことが 昨日のように蘇る
愛犬は少し歩いては 宝物のように見つける 蓬は春を匂わせ 四万十の土手で生きていた
朝のうちは雲間から青空が見えていたが
次第に雲が広がり午後には雨が降り出す。
気温は18℃まで上がっていたが肌寒く感じた。
この雨が上がれば桜の蕾が一気に花開くことだろう。
四万十の桜は開花が遅れておりまだ一輪も見られない。
今朝は玄関のシクラメンの花を数えてみた。
何と16本も咲いておりおどろく。
蕾は5本でまた明日咲くことだろう。
不思議なのは咲き終わった花が枯れないことだ。
もちろん散ることもなく行方不明となる。
いったい何処に消えてしまったのだろう。

のらりくらりの日曜日であった。
朝のうちに一時間寝て午後は三時間寝る。
あまり寝過ぎると夜の睡眠に支障が出るので
気を付けていたつもりだったが睡魔には勝てない。
息子から娘にラインが届きけい君の晴れ姿を見た。
ほっとしたのは母親であるお嫁さんの姿もあったこと。
離婚する前からしばらく会っていなかったが
以前よりふっくらとしておりとても元気そうである。
息子の計らいで両親揃っての卒業式となったのに違いない。
けい君がどんなにか嬉しかったことだろうか。
昨夜もここに記したがこれこそが「家族のかたち」だと思う。
これからも一緒に暮らすことはないが
どんなに離れていても父であり母であることに変わりはない。
何だか前途が一気に明るくなったような気がした。

夕方にはプチ旅に行っていためいちゃんが帰って来た。
「ただいまあ」と大きな声で家の中が一気に明るくなる。
何だか我が家は桜が満開になったようだ。
めいちゃんの学校は24日が卒業式でそのまま春休みになるとのこと。
春休みが終わればめいちゃんはもう6年生である。
甘えん坊で泣き虫のめいちゃんの大きな成長であった。
あやちゃんは中学2年生になるがのほほんと過ごしている。
自分の好きなように過ごすことが一番ではないだろうか。
三人の孫達の成長が生き甲斐のように思える。
私と夫は老いるばかりだが孫達には果てしない未来があるのだった。
その一コマをこの目で確かめたいと願わずにいられない。
そう思うとまだまだ死ねない。何としても生きたくてならなかった。
桜が毎年咲くだろう。もしかしたら永遠に咲くのかもしれない。
※以下今朝の詩
催花雨
雨が近づいている 仄かに水がにおう
ふくらんだ蕾が おおきく息をし 空に微笑みかけていた
灰色の空である それは哀しみに似て ふと失うのではと 不安になるけれど
蕾であることは 希望ではあるまいか
決して独りぼっちではない たくさんの仲間がいる それぞれの願いを込めて 空に想いを放とうとする
花として咲く日を待っていた 雨がそのまま命になろうとしている
朝の寒さは続いているが日中は春らしくなった。
霞が掛かりぼんやりとした空も良いものである。
風があったので花粉の飛散が多かったのか
これまで花粉症とは縁がなかったのにくしゃみと鼻水が出る。
加齢のせいで体質が変わったのかもしれないが
一時的なものかも知れずしばらく様子を見ようと思う。
昨日から三連休のせいか今朝は6人ものお遍路さんを見かけた。
白装束に身を包んだ人もいれば遍路笠だけの人もいる。
金剛杖の鈴を鳴らしている人もいれば登山用のステッキを付く人も。
皆さんそれぞれのスタイルで旅路を楽しんでいるように見えた。
山里の桜はまだ開花していないがきっと春を感じることだろう。

仕事は工場も事務所も大忙しとなりてんてこ舞いとなる。
そんな時に限って緊急の修理が入ったりして困った。
断るわけには行かず同僚に任せるしかない。
義父は明日の雨を決めつけてまるで狂ったように田んぼへ行く。
当たり散らすほどではなかったが決して上機嫌ではなかった。
これから田植えの時期となるが先が思い遣られるばかりである。
午後は幾分仕事が落ち着きほっとして定時で帰路に就く。
私が帰ってから同僚も一休みをしていたのだろう。
ちょうどその時に義父が帰って来たらしく
凄い剣幕で私に電話を掛けて来たのだった。
同僚が何もせず遊んでいると云うのである。
朝からずっと忙しかったのにそれはあんまり事だと思う。
しかし口ごたえをしてはならず後から同僚に電話を掛けた。
同僚の何と不機嫌だったことだろう。
社長自らの指図であればともかく私から指図されたら腹も立つ。
それは当然のことで申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
今後も在り得ることなので私も慎重に対処せねばならない。
珍しく4時前に帰宅。ほっと寛ぎ夫と大相撲を観ていた。
明日はもう千秋楽なのでまた夫の相撲ロスが始まるだろう。
それにしても2週間の何と早いこと。直ぐに4月になりそうである。
夕食後、息子に電話してみようかと思ったが
仕事かも知れないと思い諦めてしまった。
明日はけい君の卒業式だが準備は万端だろうかと気になる。
けい君は中学の制服を着て息子は成人式の時のスーツであった。
中学の制服は元お嫁さんの実家にお世話になった。
いくら離婚したは云え縁を切ったのではない。
この先けい君がどんなに成長しても母親は一人きりである。
「心配することはないぞ」と夫からも云われ
私も老婆心の蓋を閉めそっと見守ろうと思っている。
それにしても男手ひとつでよくここまで育てたと思う。
けい君も母親を恋しがりもせずに耐え続けた歳月であった。
そうして母親であるお嫁さんもどんなにか辛い思いをしたことだろう。
どんな理由があったとしても「現実」は変える事が出来ない。
しかしこれからの未来にはきっと「家族のかたち」があるだろう。
寒い冬を乗り越えて春は何度でも巡って来るのだから。
※以下今朝の詩
卒業
いつまでもこどもである いくつになってもこども
息子は仕事と家事をこなし 一人親として子供を育てた その子が小学校を卒業する
どれほどの苦労だったことか いくつもの困難を乗り越えて 子の成長を見守り続けたのだ
四万十に桜の便りが届く頃 固い蕾もふっくらと膨らむ もうすぐいちめんの春である
子の背は親に届くほど伸び 声はもう少年の響きである
育てたのか育ったのか 過ぎ去った歳月が目に浮かぶ 母を恋しがりもしなかった 健気な子が愛しくてならない
どんな未来が待っているのか こどもはずっと親をつらぬく
桜は咲きやがて散るが 春は何度も巡って来るだろう
「春分の日」太陽が真東から昇り真西に沈む。
昼と夜の時間が同じで季節の節目でもあった。
「暑さ寒さも彼岸まで」と云い本格的な春が始まる。
風の強い一日であったが気温は20℃と暖かくなった。
何処かへ出掛ける事もなくほぼ一日中寝て過ごす。
朝のうちに2時間、午後は4時間も寝てしまった。
春眠を貪ると云えば聞こえは良いが
ただの怠け者だと云った方が相応しいだろう。
庭先の雪柳がすっかり散ってしまい若い緑の葉が萌え始めた。
花が散ればお終いだと思っていたが艶やかな緑も良いものだ。
そうして夏を越すのだろう。その逞しさに心が捉われる。
何としても来年また花を咲かせてやりたいものだ。

朝寝から目覚め気怠さを引き摺ったまま買い物に行く。
お昼はお好み焼きで夕飯は「鰹のひっつけ寿司」の予定だった。
新鮮でかつ安価な鰹を求めて鮮魚売り場へ行くと
土佐清水産の鰹が並んでおり「やったあ」と思う。
小ぶりであったが一節6百円と安く二節買い求めた。
他にもあれこれと買い求めセルフレジへ向かったら
「よしむらさん」が居てにっこりと手を挙げてくれる。
そうして直ぐに私の傍らに来てくれたのだが
うっかりしていてお好み焼きの粉を買い忘れていた。
「急がんでもええけん取って来たや」と云ってくれて
足を引き摺りながらまた売り場へと戻る。
しかしカートをレジに置いていたため思うように歩けず
途中でよろけてしまいレジまで辿り着けなくなった。
するとよしむさらんが駆け寄って来てくれて
私の手を握ると一歩一歩とレジまで連れて行ってくれたのだった。
なんと優しく親切な事だろう。胸が熱くなり涙が出そうになる。
レジでやっと精算を済ますとよしむらさんがカートに荷物を積んでくれた。
「いっつもすまんねえ」とお礼を云うと「なんちゃあじゃない」と微笑む。
おまけに「転ばんように気をつけて帰ったよ」と送り出してくれたのだった。
親切に慣れてはいけないと思うがついつい頼りにしてしまう。
甘える事が当然のように思って傲慢になっているのかもしれない。
けれどもそこに「笑顔」があることでどんなにか救われているだろうか。
大勢のお客さんがいて車椅子で買物をしている人も居る。
よしむらさんはいつもお客さんに気を掛けながら働いているのだった。
もちろん店員さんも大勢いるがそんな店員さんは彼女だけである。
ささやかなふれあいであってもその親切が身に沁みるのだった。
私は何も出来ないけれど少しでも誰かの役に立てるだろうか。
困っている人がいたら優しく声を掛けてやりたいものだ。
ほぼ寝ていた割に長い一日だった。
めいちゃんが高知市へプチ旅に行ったせいか我が家は静まり返っている。
窓の外はもう真っ暗闇でまだ少し風が吹いているようだ。
窓ガラスが微かに鳴っているのが唯一の音である。
目覚めれば春なのに違いない。
何だか新しい扉を開けるようでわくわくとしている。
※以下今朝の詩
春彼岸
あちら側とこちら側が 真っ二つに裂けている
西風と南風がぶつかり せめぎ合っているようだ
春でなければいけない理由を 認めようとしない冬であった
此岸には桜の花が咲き始め こころが浮き立つ季節である 厳しい寒さを乗り越えてこそ 微笑むことが出来る花がある
彼岸には亡き人達の魂が棲み 此岸に残した愛しい者を守る 寂しくはないか辛くはないか それはきっと永遠であろう
桜の花を手向けるには遠すぎるが 春を知らせることは出来るだろう
あちら側とこちら側で 想いは通じようとしている
雨上がりの晴天。気温は20℃に達し春の陽気となる。
昨夜は本降りの雨になるかと思っていたが
小雨のままで直ぐに止んでしまったようだ。
水不足の解消にはほど遠く残念なことである。
後は菜種梅雨を待つしかないだろう。
朝の国道では白木蓮が随分と散ってしまった。
その家の人が掃き掃除をしたらしく
道路から歩道に向けて花びらが寄せ集められていた。
それは白ばかりではなく朽ちた茶色の花びらもあり
胸が締め付けられるような悲哀を感じずにいられない。
咲けば散るのは当たり前のことだが
何だか花の死骸のように見えて心が痛む。

職場に着けば義父の友人がもう苗を運び始めていた。
そうしてまた別の友人も夫婦で来てくれる。
二台の軽トラックで運ぶので何と早いことだろう。
育苗機の中の苗はあらあらと云う間に運び出されて行った。
今度はまた種蒔きである。来週早々になりそうだ。
義父は足腰の痛みを訴えており辛そうであったが
老体にムチを打つように気力だけで頑張っているようである。
苗運びは午前中に終り午後にはトラクターで田起こしに行った。
工場の忙しさも気になるのだろう同僚に指示することを忘れない。
明日も祭日返上を考えていたが同僚が予定があるとのこと。
金曜日の休業は手痛く仕事は山積みであった。
事務仕事も忙しく朝からパソコンの前から離れられない。
難しい入力作業がありシステムサポートに助けてもらった。
リモート操作であるがサポートの女性も初体験とのこと。
二人でああでもないこうでもないと交互にマウスを動かす。
やっと出来た時には「良い勉強になったね」と笑い合った。
定時では終われず退社が遅くなってしまったが
カーブスを諦められずまっしぐらに向かった。
いつものメンバーさんには会えたが皆先に帰ってしまった。
すると時間帯が変わったせいで全く知らない人ばかりである。
それも新鮮に思えたが少し緊張感が走っていた。
サニーマートに行ったらカーブス主催の「血管年齢」の測定をやっていて
顔なじみのコーチに誘われ私も測定をしてみた。
すると実年齢よりもずっと若く62歳だったので驚く。
血管年齢と血圧との関係は定かではないが
少しぐらい血圧が高くても大丈夫のように思えた。
血管は62歳だと思えばまだまだこれからの人生である。
5時前に帰宅したが娘たちが出掛けており5時を過ぎても帰らない。
電話があり夕食の支度には間に合いそうにないとのこと。
海老フライの予定であったが後回しにして煮物とサラダだけ作る。
食い意地の張っている夫は海老フライが食べたかったのだそうだ。
6時前には娘たちが帰って来て海老フライを作り始めていた。
あやちゃんも手伝っており娘と肩を並べている。
背が高くなったなと思う。髪の毛も腰まで伸びていた。
娘に「そろそろ美容院へ行ったら」と告げると
凄い剣幕で怒り「ばあちゃんが決めることじゃない」と怒鳴る。
髪を切るのもあやちゃん自身が決めることなのだそうだ。
だから周りがとやかく口出ししてはいけないらしい。
娘に叱られると悲しい。老婆心もすっかりしゅんとなる。
夫は知らない事だったが知れば夫にも叱られたことだろう。
私の老婆心は半端なく「大きなお世話」で出来ているようだ。
けれどもどうして見て見ぬふりが出来ようかといつも思う。
※以下今朝の詩
散歩道
いくらでも歩けた頃 川辺は私の庭であった
石段を上り詰めると ながい土手の道が続き 大河の流れを見渡す
突き当りまで歩くと 神社の鳥居が見える 桜の木が植えられており 春が楽しみな道であった
川辺へと続く石段を ひとつひとつ下りる 春ならば蓬や蒲公英 土筆も沢山咲いていた
ひっそりと佇む大師堂 蝋燭に火を灯し線香を立てる そうして拙い般若心経を唱えた
上流へと続く道は「あかめ道」 赤い目をした大きな魚がいる 川底には古い墓石が沈んでおり 潮が引くのを待っているようだ
下流へと続く道は果てしなく 大橋の向こう側には河口が見える 南風が吹けばほんのりと潮が匂う けれども海まで歩くことはなかった
春夏秋冬の景色が目に浮かぶ もう二度と歩くことは出来ない
不自由な足をさすりながら 散歩道が恋しくてならなかった
ぽつぽつと小雨降る一日。
春雨のはずであったが気温が低く冷たい雨であった。
桜の蕾には催花雨となったことだろう。
雨不足でどんなにか水を求めて耐えて来たことか。
桜便りは届いたがまだ山里には一輪も咲いていない。
平田町の桜並木も同じく蕾があるのかさえも分からなかった。
山里では水を張られた田んぼが目に付くようになったが
やはり深刻な水不足とのこと。義父も頭を悩ましている。
先日蒔いた種籾はもう発芽し明日はハウスへ運ぶらしい。
苗ばかり増えても肝心の田んぼが心許ない有り様であった。
ハウスの苗にも毎日水を遣らねばならず大変な苦労である。

今日は雨のおかげで朝からずっと義父が居てくれて大助かりだった。
例の大型車の請求書もやっと仕上がり郵送を済ます。
月末までには入金となるだろう。高額なのでもう安堵しかない。
義父も決して会社を見捨てた訳ではなかった。
ただ高齢でもあり二足の草鞋が辛いだけなのだろう。
どちらも完璧に済ますほどもう若くはないのである。
午後も仕事が忙しくなり大急ぎで整形外科に向かった。
予約時間ぎりぎりであったがU君が笑顔で待ってくれていてほっとする。
施術中にあれこれと語り合うのが楽しみであるが
今日はU君が身体障害者であることを打ち明けてくれた。
いつも片足を引き摺っているので気にはなっていたが
どうやら子供の頃から障害を抱えていたらしい。
根掘り葉掘りと訊くことでもなくそれ以上は訊いてはならない。
しかし決して辛い子供時代ではなかったようである。
よく理学療法士の道を選んだと感心せずにはいられなかった。
自分の身体を二の次にして誰かの役に立ちたいと思ったのだろう。
そんなU君のことが増々好きになった。
買い物を終えて4時半に帰宅。
昼間あやちゃんが茶の間に下りて来ていたそうで
「遅くなったけどお誕生日おめでとう」と夫に告げてくれたのだそうだ。
本当は昨日伝えたかったのだろう。でもそれが出来なかった。
あやちゃんなにりそのことを悔やみ今日は勇気を出したのだと思う。
「こんなに嬉しいことはないぞ」と夫も感動したようだ。
「人並み」とは何だろうと改めて考える。
毎日学校へ行って勉強し部活をすることだろうか。
友達とラインを交し皆と仲良くすることだろうか。
恋だってするだろう。胸がドキドキすることも。
そんな全ての事を手放しているのである。
しかしそれを決して憐れだとは思はない。
閉じ籠っている殻にも春の風がきっと届くだろう。
桜が咲けば夢のように想像をふくらます事も出来る。
私達は一丸となってそんなあやちゃんを見守り続けたい。
※以下今朝の詩
開花
あたりまえのことなど ひとつもありはしない
花はどれ程の寒さを 乗り越えて来たことか 厳しければきびしいほど 根を張り続けて耐えた日々
枯木になることをおそれた 不安でならなかったけれど 空がある限りと枝を伸ばし 風を受け止めて来たのである
老木ならば尚更のこと 命にしがみつこうとする いったい誰が守ってくれよう
花として咲けば歓喜の声がする 永遠の命など在りはしないが 凛々と空を仰ぐ真っ新な春であった
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