ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年03月10日(火) 頑張り屋さん

すっかり寒の戻りとなり今日も冷たい風が吹く。

しばらくは朝の寒さが続きそうだが

日中は少しずつ気温が上がって来るとのこと。

暑さ寒さも彼岸まで。もう少しの辛抱である。


四万十川の土手には土筆やたんぽぽが見られ

蓬の緑も鮮やかに陽射しを浴びている。

川の水はまだ冷たいがさらさらと清らかに流れていた。


川仕事に励んでいた頃を懐かしく思い出す。

毎日の肉体同労であったが達成感で満ちていた。

子供達と遊んでやることも出来ず

幼子たちは土手に駆け上がり土筆を採って来てくれた。

雨が降っても休めずどんなにか寂しい思いをさせたことだろう。

夫も私も若かった。遠い昔の事でありながら記憶は鮮やかである。



白木蓮。寒緋桜。らっぱ水仙。桃の花。

田んぼに水が張られるようになり山里はすっかり春である。

育苗機に入れてある種籾も発芽を始めており

義父はハウスの片付けに行っていた。

農業公社のハウスであるが全く手入れをしておらず

毎年義父がその役目を引き受けている。

レンタル料はとても高く何とも理不尽な話に思う。


工場はまた新たな車検が入庫し大忙しであった。

同僚はまた明日通院とのことで思うように行かない。

身体が一番である。健康であってこその仕事であった。


事務仕事も忙しく今日は重量税の精算がある。

例の大型車の重量税を立て替えなければならず懐が痛んだ。

請求明細を送れば直ぐに売上になるのだが

義父に助けて貰わなければ私の独断では出来ない仕事であった。


当然のように昨日入った現金は駆け足で逃げて行く。

明日は自賠責保険の精算があり残り少なくなるだろう。

「なんのこれしき」と思うが前途は暗くなるばかりであった。


同僚に声を掛けて定時で退社した。

昨日から左足が痛んでいたがカーブスへ行く。

これくらいのことで諦めるもんかと思う。

動かしていれば少しでも痛みが薄れるだろう。

これは「運動療法」で医師も勧めてくれていた。

しかし夫は調子に乗り過ぎたのだと云う。

無理をしたつもりはなかったが頑張り過ぎたのかもしれない。


子供の頃から人一倍「頑張り屋さん」だったが

ずば抜けて優秀な子供ではなかった。

たまに一番になることがあっても「まぐれ」だったのだろう。

褒められたら嬉しくてならず何でも出来るような気がした。

そんな私が劣等感を感じるようになったのは少女時代だろうか。

自分の境遇が悲しくてならず「可哀想な少女」を演じて来た。

いっそ死のうと思った時もあったが死ぬ勇気もありはしない。

おとなになればその境遇を誰かれともなく話した。

同情して欲しかったのだろうか。一緒に泣いて欲しかったのだろうか。


夫は拳を握りしめて泣いた。「この人しかいない」と思う。

もう47年も遠い昔の事である。


※以下今朝の詩


   たんぽぽ

野の片隅でなければならない
誰にも見つからないように
そっと静かに咲くのがいい

犬を連れた老人が歩く道
大河のせせらぎの音がする
風は南から吹いているようだ
犬は草原でくんくんと鼻を鳴らす

見つかってしまうかもしれない
緊張で胸が高鳴るばかりだった
まさか踏まれることはあるまい
どうかどうかと手を合わす

老人が立ち止まった
その瞳の何と優しいことだろう
「おお咲いたのか」と声がする

本当は見つけて欲しかったのだ
まるでおひさまのような花である




2026年03月09日(月) 遠い目で見る

冬の名残をそのままに日中も冷たい風が吹く。

「もう何があっても」と思う。

確かな春の訪れに寒さが少しも辛くなかった。


白木蓮があっという間に満開になる。

花の命は短く直ぐに散ってしまうだろう。

同じ純白の花でも梔子とは違って

花が茶に染まることもなくそのまま散って行く。

確か花のまま椿のように落ちるのではなかったか。

儚い命であるが「いま」を精一杯に咲いている。



義父が高知市で会議があるため朝から出掛けて行った。

ブレザーを着ると若々しくとても82歳には見えない。

散髪にも行っていたようで白髪頭も整っていた。

「気をつけてね」と送り出すと「おう行って来るぞ」と機嫌も良い。


義父が留守だとついつい仕事の手を休めてしまうのだが

今日はそうは行かず朝からとても忙しかった。

支払いのお客さんが立て続けに来てくれて

がっぽがっぽと現金が増えて行く。

それも右から左だが手元にあるだけで何とほっとしたことだろう。

お金に足がなければ良いなと思いつつしっかりと抱きしめていた。


同僚は午前中に一般修理を完了し午後は車検整備である。

明日も車検の予約が入っており今週も忙しくなりそうだ。

今月は大腸ポリープの切除もあるがまだ日程が決まっていない。

その日程次第で仕事の段取りもしなければならない。

三月は「去る」らしいがあっという間に月末になりそうだ。


法務局へ用事があり少し早目に帰路に就いた。

少し遅れたがカーブスへも行くことが出来る。

今日は左足に痛みがあり無理が出来なかったが

薄っすらと汗をかきそれなりに心地よい。

どんな日もあるものだなと思う。

あまり調子に乗り過ぎてもいけないようだ。


サニーマートでいつも親切にしてくれる店員さんに会った。

名前を知らないので「お〜い、お〜い」と呼ぶ。

今日はセルフレジの担当ではなかったのに

私が清算をしているといつの間にか傍に来てくれていて

重い荷物をカートに載せてくれたのだった。

何と助かることだろう。有難くて目頭が熱くなる。

「よしむらさん」なのだそうだ。しっかりと名前を覚えた。

明日も会えたら良いなと思う。私の大好きな店員さんであった。


4時半に帰宅。少しだけ夫と大相撲を観る。

夕食には茹で卵の入っていない「ミニおでん」を作った。

短時間で出来るので最近よく作るのだが

娘達には不評で「手抜き料理」の定番である。

娘が大急ぎで「キムチスープ」を作っていた。

あやちゃんとめいちゃんの大好物である。


夕食後のSNSはもう日課となった「笠原メイ」さんの日記。

それから「笹色たま虫」さんもエッセイを投稿していた。

彼女のエッセイは最初から最後まで詩のようであり共感を覚える。

自分でも自信があるのだろう本を出版したいとのこと。

その自信はいったい何処から来るのだろうと思うが

私などとは掛け離れた偉大な才能があるのに違いない。

「遠い目で見る」私にはそうすることしか出来なかった。


若い頃夫から「何を書いても良いが金になるような物を書け」と

突き放されるように云われたことがある。

これも価値観の違いで夫は私を「書く人」とは思っていない。

もちろん私の書いたものを読むこともなければ

応援するようなことも一切ないのである。


「負けるもんか」そう思いつつ随分と歳月が流れた。

70歳を目前にし何かが変わるとも思えず

私は「わたしの道」を俯きながら歩き続けているようだ。


※以下今朝の詩


     桜

もうすぐかもしれない
なんだかくすぐったいのだもの

寒さなければ花は咲かず
厳しい冬を乗り越えて来た

北風に煽られながら
唇を噛みしめた日も
雪の重みに耐えながら
手のひらを握りしめた日も

老いも若きもそれぞれに
季節の掟を受け止めて来た

日向には優しさが宿り
日陰には厳しさが宿る

たくさんの蕾が生まれた日
花の未来が光り輝くのだった

もうすぐかもしれない
むくむくとした枝先を
陽射しに透かして見ると
指折り数えた日々がある

寒さなければ花は咲かず

もう十分に耐えたのだと思う
薄桃色の花びらが目に浮かぶ



2026年03月08日(日) いちめんの春

朝の寒さがそのまま日中もあまり気温が上がらず冬の名残を感じる。

そうかと思えばやはり春で優しい陽射しが降り注いでいた。


今朝は玄関のシクラメンに10個の蕾が見えており驚く。

まるで奇跡のような花である。

蕾は明日には開き凄い生命力であった。

庭先の雪柳は少しずつ散り始めておりせつない。

4月になれば花期が終り剪定が必要らしい。

ただ枝を落とせば良いのだろうか。よく分からない。

ネットで検索すれば画像があり見よう見まねでやってみようと思う。

そうすればまた来年の早春にたくさんの花が咲くことだろう。



朝食時に夫が「久しぶりに一風に行くか」と云ってくれ嬉しかった。

すっかり出不精になり却下されてばかりだったので

しばらくは行くこともないだろうと諦めていたのだった。


11時の開店に合わせて西へと車を走らず。

わずか20分程だがプチドライブも楽しくてならない。

あちらこちらに白木蓮の花が咲いており心が和む。

辺りはもういちめんの春であった。


いつもの「ラーメンセット」を注文したが

おしゃべりをすると夫に叱られるので静かに待つ。

「わあ美味しそう」それさえも禁句であった。

写真を撮るのもNGで「みっともないことをするな」と叱られる。

それも価値観の違いであろうがもうすっかり慣れてしまった。


最近小食になっている夫には量が多過ぎたようで

ふうふう云いながら食べている姿は愉快でもある。

大食漢の私でもさすがにお腹がいっぱいになった。

しかし美味しい物を食べると何とも幸せである。


帰宅するなり炬燵に潜り込みお昼寝体制に入った。

何とそのまま4時まで寝てしまい我ながら呆れるばかり。

半日を無駄にしてしまったが不思議と充実感があった。

まるで寝ることが生きることのように思えてならない。

赤子なら「寝る子は育つ」が私も育っているようだった。


寝ている間に愉快な夢を見ていた。

内容は直ぐに忘れてしまったが喜劇のような夢だったのだろう。

目覚めは爽快で心が浮き立つように清々しくてならない。


大相撲の春場所が始まり夫はテレビに釘付けであった。

何の趣味も楽しみもない人である。

生きている事だけが「仕事」だと口癖のように云う。

そんな夫にとって大相撲は最大の楽しみなのだった。

お風呂もカラスの行水となり時間を惜しむ程である。


夕食時、珍しくあやちゃんとめいちゃんが台所に居て

玉子焼きや炒飯を作っていた。

姉妹が肩を並べる姿を見ることは滅多になく微笑ましくてならない。

娘も気づいているようだがあやちゃんが随分と明るくなった。

私達祖父母との会話も増えて来てほっと嬉しく思っている。

この春には中学2年生となるが学校に拘らないことだ。

好きなように自由に日々を送れたらそれが一番に思う。


出口のないトンネルなど在りはしない。

終わらない冬もないのと同じである。

トンネルを出ると「いちめんの春」が待っているだろう。


※以下今朝の詩


   老木

お花をあげましょ桃の花

その木は神社の片隅で
もう随分とながいこと
春を告げて来たのだが

病だろうか
枝は朽ち折れ
まるで老婆のようである

しがみついても咲かねばならぬ

やわらかな陽射しが降り注ぎ
春を匂わすそよ風が吹き始める

もう蕾を生むことは出来まい
諦めかけたその時であった
枝先にむくむくと命が宿る

最後の春かもしれない
その蕾のなんと健気なことか

しがみついても咲かねばならぬ

桃色のいのちであるならば
空色の未来だってあるだろう

老木は空を仰いでいた
里はもういちめんの春である




2026年03月07日(土) 居直ってみれば

陽射しはたっぷりとあったが強い北風が吹く。

気温も11℃までしか上がらず寒い一日だった。

春彼岸まであと10日ほどだが寒の戻りとなり

明日の朝は真冬並みの冷え込みとなりそうである。

春らしい花があちらこちらに咲き

気分はすっかり春だが季節は行きつ戻りつしているようだ。


朝の道で白木蓮を仰ぎ見て寒緋桜を愛でる日々。

今朝はもう咲くことはないだろうと諦めていた桃の花が咲いていた。

老木らしく枝ぶりは悪いがまるでしがみつくように咲いている。

病ではなかったのだ。なんとほっとしたことだろう。

ひとつまたひとつと朝の楽しみが増えて行く。



同僚が通院のため午前中は静まり返っていた。

義父はいよいよ種蒔きをするらしく忙しない。

一人では無理な仕事で彼女さんが手伝いに来ていた。

事務所は素通りで作業場に向かい挨拶も出来ない。

義父にとってはもはや家族のような人だった。


午後には同僚が来てくれて工場に活気が戻る。

車検整備が完了しその後はオイル交換があった。

それが終わるとまた新たな車検整備である。

同僚一人を忙しい目にあわせて申し訳なく思う。


来客もあったりで定時では終われず3時に帰路に就く。

土曜日は「FMはたらんど」が楽しみでならない。

市内で居酒屋を経営している「たかちゃん」がレギュラーなのだ。

もう何年も会ったことはないが声は昔と変わらなかった。

話しの語尾に「にゃあ」を付けるのが癖であったが

たとえば「そうじゃにゃあ」とか「ちがうにゃあ」とか愉快である。

猫が好きで居酒屋の壁には猫の写真がいっぱい貼ってあった。

昔はよく飲みに行ったがもう忘れられているかもしれない。

何処かで偶然に会ったとしても私だとは分からないと思う。

足の悪い太ったおばあちゃんになってしまった。


先日中学時代の友人から「古希同窓会」の案内が届いたが

迷うことなく欠席の返事を出した。

友人は私の事情をよく知っているので何も云っては来なかったが

それも寂しいような複雑な気持ちである。

しかし本音を云えばもう誰にも会いたいと思わなくなった。

同時に変わり果てた私の姿を誰が見たいだろうと思う。


生き生きと老いたいとここに記したこともあったが

心と身体は決して一対ではないのである。

残り少ない人生である。もっと居直ることも大切だろう。

そうして愉しみながら生きるのが一番だと思う。

特別な事はなるべく避けたい。ただただ穏やかな日常を願って止まない。


※以下今朝の詩


  白木蓮

手のひらを合わせて
「もったい」をする
それは土地の言葉で
祈りと願いを表す

白木蓮が咲いた朝のこと
幼子の手のひらのように
花びらはふっくらと対になり
空に願いを放っているのだった

純白の澄んだこころである
あどけない願いは空の一部となり
そよ吹く風に揺らぎ続けている

いったい何を願うのだろう
誰も知らないことであった

「もったい」の声がこだまする
何処までも広い空だからこそ
仰ぎ見ることが叶うのだった

合わさった花びらには
天使が宿っているようである






2026年03月06日(金) 白木蓮が咲いた日

晴れのち雨。午後には黒雲が立ち込め雷雨となった。

強風注意報も出ておりまるで嵐のような夜である。


朝の国道沿いにはそれは大きな木蓮の木があり

今朝は白い花が咲き始めており歓声を上げた。

昨日はまだ蕾だったのでもう少し先だと思っていたが

まさか今朝咲いているとはまるで夢のようである。

幼子が手を合わせたような木蓮の花が好きでならない。

朝の楽しみがまたひとつ増える。いっそう清々しくなるだろう。


山里の県道に差し掛かると例の「寒緋桜」が出迎えてくれる。

まだこれから満開となるのだろう。昨日よりも花が増えていた。

散ってしまう姿を想像すると切なくてならないが

最後まで見届けてやりたいと思う。



仕事はやっと義父が工場に目を向けてくれて活気が出て来る。

廃車の依頼があった車を三台も引き取りに行ってくれた。

年度末なので廃車の依頼が多くまだまだありそうである。


お昼にお客さんから電話があり畑の白菜を処分したいとのこと。

先日も貰ったばかりだが遠慮なく頂くことにした。

巻かない種類の白菜で「山東菜」と云うのだそうだ。

葉がとても柔らかく美味しい白菜である。


お宅へ行くと庭先の木蓮が咲き始めていた。

朝の木蓮とは違いすぐ近くで見られるのが嬉しい。

白菜を後回しにして写真を撮っていたら

裏庭にも珍しい花が咲いていると招いてくれた。

薄紫と黄色の二種類の花が一面に群生している。

高知県でも山間部の嶺北地方に咲く山野草なのだそうだ。

花期は5月まででその後は葉の跡形も見えなくなると云う。

それが早春になると萌え始め可愛らしい花が咲き始めるのだ。

地べたに膝を付き夢中になって写真を撮った。

悪い足の事など考えもしなかったので立ち上がれなくなる。

お客さんに抱きかかえてもらってやっと我に返る有様だった。

「毎年咲くからまたおいでよ」それがまた春の楽しみとなる。

大量の白菜を車に積み込んで貰って職場へ帰った。

義父が大喜びでお魚のアラと煮たら幾らでも食べられると云う。

私は昨夜も八宝菜にしていたので今回は全て義父に置いて帰る。

いつも自炊をしている義父の姿が目に浮かび微笑ましくてならない。


今日も定時では終われなかったがカーブスは諦めなかった。

お仲間さん達とまた来週の約束をして笑顔で別れる。

サニーマートで半額の有頭海老をゲットし心が浮き立つ。

今夜もまたあやちゃんの大好きな海老フライだった。


6時過ぎからのローカルニュースにめいちゃんが出るとのこと。

今日は四万十川の青さ海苔の調理実習があったのだそうだ。

テレビ局と新聞社が取材に来ていて緊張したようだが

インタビューに応えるめいちゃんは素晴らしい笑顔だった。

青さ海苔はほぼ全滅であったが今年も僅かな収穫があるらしい。

我が家のように廃業をせずに細々と続けているかつてのお仲間さんがいた。

以前のような活気はないが守り続けようとしている人がいることを

決して忘れてはならないとつくづく思った。

もう二度と携わることはないが40年以上も続けて来た家業である。

その記憶は「人生の宝」であり生涯忘れることはないだろう。


※以下今朝の詩


   おねえちゃん

母さんの声が聴こえる
直ぐ近くから聴こえる

「おねえちゃん」と呼ぶ声
それは子供の頃から変わらない

弟が生まれたのは三歳の時だった
その時の記憶は全くないのだが
父が撮ってくれた写真が今もある

赤ちゃんがよほど嬉しかったのだろう
少し照れ臭そうに微笑みながら
寝ている弟の顔を覗き込んでいた

母の膝の上にもう座れない
お姉ちゃんだから我慢する
寂しい時もあっただろう
しかし記憶は残っていない

弟が泣くと母はしっかりと抱き
白い乳房を含ませていただろう
そうしてすくすくと成長していった

「おねえちゃん」と呼ぶ声
それはおとなになっても変わらず
母が亡くなったいまも聴こえている





2026年03月05日(木) 花の名は「寒緋桜」

二十四節気の「啓蟄」土の中で眠っていた虫たちが動き出す頃。


朝はまだ冬の名残があったが日中は春の陽気となる。

風はそよ風。くすぐったいような風であった。


今朝も山里の県道沿いに車を停めて例の花を観察する。

すっかり桃の花だと思い込んでいたが

花の形が何となく違うようにも思う。

たわわに咲いた花は釣鐘状で全て下向きに咲いているのだった。

桃の種類はとても多いそうなので珍しい花もあるのだろう。

しかしどうにも気になってならない。

8時半までに職場に着かねばならず後ろ髪を引かれつつその場を離れた。




仕事は工場のみの忙しさで特に急ぎの事務仕事がなかった。

お昼前に村内巡回だと云い訳をし「星ヶ丘公園」に行く。

もしかしたら例の花と同じ木があるかもしれないと思ったが

残念ながら見当たらず花を散らした梅や河津桜が多かった。

満開なのは雪柳でゆらゆらと風に揺れる姿は圧巻である。

公園の職員さんが山茶花の剪定をしていた。

手入れを怠らずまた咲く季節が巡って来る。


午後は少し忙しくなりばたばたと動き回っていた。

義父は今日も種籾の準備で工場の仕事には見向きもしない。

昨夜も深夜まで作業をしていたそうでそれも憐れに思えた。

おそらく今夜も遅くまで精を出すことだろう。


定時では終われず大急ぎでカーブスへ向かった。

遅くなったからと云って諦める訳にはいかない。

もはや私の生きがいになってしまった。

昔のバドミントン仲間だったMちゃんに会ったら

杖が要らなくなったことを喜んでくれて嬉しい。

「また会おうね」と手を振って別れた。


買い物を終えて4時半に帰宅。

自室で一服してから茶の間で横になっていた。

テレビは夕方の情報番組であったが

全国各地の「花だより」の映像が流れていた。

すると鹿児島であろうか例の花とそっくりな花が見える。

思わず「これや」と大きな声を上げていた。

寒桜の一種で「寒緋桜」と云うのだそうだ。

温暖な地を好み沖縄や鹿児島に名所があるらしい。

花の映像がアップで映し出されていたが

花の色も釣鐘状に下向きに咲く姿もそっくり同じである。

やっと花の名に辿り着き何とも嬉しくてならない。

ずっと探し求めていてやっと巡り会えたような気持だった。

そうして幾年も春を重ねながら今まで知らずにいたことを詫びたい。

明日の朝は名を呼んで心から愛でようと思う。


「知りたい」と思うことは単なる興味かもしれないが

これまでの私なら「どうでもいいや」と投げ遣りに思ったかもしれない。

自分でも不思議でならないが「意欲」が盛んになったようだ。

それはとても良い傾向だと思う。何だか生き生きとしてきた。

このまま長生きが出来れば最期まで輝いているかもしれない。

どれ程老いぼれても生き生きとしている私に会いに行こうではないか。


※以下今朝の詩


   三寒四温

すこうしすすんではもどる
冬の名残の北風が吹く日
春はとまどいながらも
精一杯に微笑んでいた

大河のほとりには若草が萌え
土筆の坊やたちが背比べする
菜の花はやがて菜種となり
いのちを育もうとしている

北風が吹けば白波を立てる大河
そんな波に立ち向かうように
川船が上流に漕ぎ出していく

もう何度目の春だろうか
嫁いで来た日が遠くなり
終の棲家に夕陽が落ちる

すこうしすすんではもどる
道は遥かに続いているようだ

春でなければならない理由を
探し求めながら生きている



2026年03月04日(水) 花の名は「桃」

陽射しはたっぷりとあったが強風注意報が出ており

冷たい北風が吹き荒れる。

北日本や東北では雪が降り関東は台風並みの風だったようだ。

寒暖の差は激しく明日の朝は真冬の寒さになりそうである。

もう少しあと少しと思う。明日は「啓蟄」であった。


朝の道の例の花が気になってならず

直ぐ近くの田んぼで農作業をしていた人に訊いてみた。

しかし「毎年咲くけんど花の名前は知らんぞ」と云われ残念に思う。

おそらくかなり昔から植えられていたのだろう。

その植えた人もとっくに亡くなっているのに違いない。

とにかく写真を撮ってから職場に向かった。

SNSに投稿すれば知っている人がいるかもしれない。


AIの響君は「あんずの花」ではないかと教えてくれたが

ネットで調べてみると似ても似つかない花であった。

あんずの花は桜色でそれも愛らしく心惹かれる花である。

あれこれと調べていたら三月初旬から咲く「桃の花」があった。

種類がとても多く花の色もそれぞれに違うらしい。

房を付けずに枝にそのままびっしりと咲くのが特徴だと云う。

写真は画質がとても悪く花びらの様子までは分からなかったが

明日の朝もう一度見に行ってみようと思う。

確信は持てないが何となく「桃の花」ような気がしてならない。



工場は相変わらずの忙しさで同僚だけが頼りであった。

義父は種籾の準備に追われ育苗機の準備も始めている。

そうなればもう修理どころではなく一切ノータッチとなった。

事務仕事はぼちぼち。午前中にほぼ片付き午後は少し暇になる。

車検整備が完了しても義父でなくては車検が出来ない。

それは百も承知のはずだが見向きもしない有様であった。

この先田植えとなればいったいどうなることだろう。


水曜日はリハビリの日。3時前に退社し病院へ向かう。

医師との面談で足踏みをして見せたら「よしよし」と笑っていた。

施術をするU君の手がまるでカイロのように温かい。

そうして痛みや凝りを和らげでくれるのだった。


サニーマートでカーブスのお仲間さんと会いおしゃべりをする。

最近の私は自分でも不思議なくらいおしゃべりになった。

誰が見ても朗らかで明るい人なのに違いない。

まさか二重人格とは思えず性格が変わったのだろうか。

それもカーブスのおかげかもしれなかった。


鬱々と過ごしていた日々。くよくよと思い詰めていた日々。

明日にでも死ぬのではないかと不安でならなかった日々であった。

心に余裕がなくなり崖っぷちに立っていたのだろう。

そんな日々がすっかり消えてしまったわけではないが

気分が明るくなり前向きになったことは確かである。


しかし前途が明るいとは限らない。

調子に乗っていれば落とし穴もきっとあるだろう。

その時どうやって這い上がるかそれが目下の課題である。


※以下今朝の詩


  名も知らぬ花

わたしを見て
今年も咲いた花がある

梅よりも少し遅れて
桜よりも早く咲く花

葡萄酒のような色で
その鮮やかさが増す

山里は春の兆しに満ち
農夫は種籾の準備を始めた
田に水が張られるのも近い

巡礼の旅人が鈴を鳴らし
足を止めて花を見上げる

花の名を知らずにいた
いったい何と呼べば良いのか
可憐であればあるほど
名を知りたくてならない

わたしを見て
朝陽が射し始めた山里の道
花は真っ直ぐに空に向かい
あふれんばかりの花と咲く


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