ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年03月03日(火) あちらを立てればこちらが立たず

昨日からの雨が降り止まず午前中は本降りとなる。

午後には晴れ間が見えたが強い北風が吹き荒れていた。

そろそろ皆既月食が始まる時間だが

この風では窓を開けて東の空を見上げる気にはならない。


今朝も玄関のシクラメンに七つの蕾が見えていた。

後から後からの蕾である。何と楽しみなことだろうか。

買った時よりも花が増え見事に咲き誇っている。

安物のシクラメンであったがよほど苗の質が良かったのだろう。

これほど長く咲くシクラメンは初めてであった。


朝の県道では例の濃い桃色の花が満開となった。

いったい何の花なのだろう気になってならない。

明日は写真を撮ってネットで調べて見ようと思う。


以前には桃の花も咲いていた県道だが

ここ数年花が咲かず木の病かと思われる。

咲けない木のなんと憐れなことだろうか。



同僚がやっと平熱となり出勤して来てくれた。

義父は慌ててマスクをしていたがもう感染の心配はないだろう。

訊けば食欲も出て来てまずまず元気とのこと。

仕事は山積みであったが無理なくこなして欲しいものだ。

先週から入庫していた車検整備が完了する。

休む間もなく新たな車検の車が2台も入庫した。

一般修理の車も入庫しておりお昼には部品が届く。

同僚一人ではとても手に負えず義父の助けが必要である。


義父は朝から種籾の準備をしており

今日は種蒔き用の土が11トンも届いた。

もの凄い量である。それだけ多くの種を蒔くのだろう。

種を蒔けば育苗機の準備もしなければならず

何とも忙しなく動き回っていた。

素人考えであるが随分と種蒔きが早いように感じる。

育苗機に入れたら直ぐに芽が出るので

今度は田植えを急かされるようになるのではないか。

要らぬ口を叩けば叱られるだけなので見守るしかない。


午後には納車もあり忙しくてならなかったが

カーブスへ行きたくてならず義父に許しを請い定時で帰路に就いた。

平田町の工業団地を通っていると土手に朝の道と同じ花を見つける。

ちいさな木であったがその花の色は確かに同じであった。

毎年咲いているはずなのに今までどうして気づかなかったのだろう。

桜の木がたくさん植えられておりその片隅にぽつんとある。

まるで「私を見つけて」と声を上げているようだった。


カーブスで心地よく汗をかきサニーマートに向かう。

今日は「お雛祭り」なので散らし寿司のコーナーがあった。

見るからに美味しそうであったが我が家は毎年「手巻き寿司」である。

まっしぐらに鮮魚コーナーに向かったが

手巻き寿司用のネタの盛り合わせが見つからない。

店員さんに訊いたらもう売り切れてしまったようだ。

仕方なくお刺身の盛り合わせを2パック買い求めた。


夫と二人で巻き巻きして食べたが

残ったお刺身を夫がまた全部平らげようとする。

娘達のお刺身は冷蔵庫に入れてあったが

少しでも多い方が喜ぶのに違いない。

夫に「待った」を掛けたら一気に機嫌が悪くなった。

「食べてしもうたらいかんがか」と宣うのである。

娘達は4人家族なのだ。どうしてそれを考えないのだろう。

これも日頃から丸干し鰯ばかり食べさせているせいに違いない。

お肉もそうだが夫はお刺身をこじゃんと食べたかったのだ。

「あちらを立てればこちらが立たず」であったが

お雛祭りの夜もそれなりに平穏に暮れて行く。


先ほどめいちゃんが「チーズケーキ」を運んで来てくれた。

私の大好きなチーズケーキである。何と嬉しいことだろう。

夕方買いに行った時に「おばあちゃんの分も」と云ってくれたのだ。

たとえ二つの家族であってもそれぞれが気遣いながら暮らしている。

そうしてまあるく平穏な日々が一番に思う。


※以下今朝の詩


   桜草

おとなりは花屋敷
今は桜草の季節である

冬のあいだも手入れをし
毎年咲かせるのだった

昨年の夏のことである
奥さんは難病を患い
入院を強いられた

3週間ごとの治療があり
その合間に帰宅が許される

ふくよかだった顔は
げっそりと痩せ細り
髪の毛は真っ白になった
その憐れな姿に胸が痛む

薄桃色の桜草が咲いた
主なくともそれは健気で
可憐な花が風に揺れている

まさか見納めではあるまい
心細く不安でならないだろう

来年もきっと咲かせよう
陽だまりの中にたたずむ
彼女の姿が眩しくてならない




2026年03月02日(月) 頬杖をつきながら

最高気温は17℃の予報だったが13℃止まりとなり

雨が降り始めると肌寒くてならなかった。

弥生三月だと過信してはならない。

明日の関東は雪になりそうである。

ふとイルカの「名残り雪」を思い出す。


朝の山道では女性二人連れのお遍路さんが歩いていた。

白装束も金剛杖も持っていなかったが

まさかハイキングではあるまいと思う。

リュックの荷物は少なく早朝に民宿を出たのだろう。

黙々と歩いていたがお遍路を楽しんでいるように見えた。

声を掛けることは可能であったが一瞬ためらってしまう。

何も応えてはくれないかもしれないと思う。

咄嗟に会釈をしただけで追い越してしまった。

車の窓から声を掛けるのはある意味無礼な事かもしれない。

いきなり声を掛ければきっと驚くことだろう。



今朝は同僚が出勤して来てくれたが

まだ微熱があるとのことで義父が追い返してしまった。

もう5日目になるが熱があるうちはまだ感染の危険が大きい。

同僚も仕事が気になっていたのだろう。

無理をしてでも行かなければと思ったのに違いない。

同僚が帰ってから義父の怒ること。

「非常識な奴だ」と罵り続けていた。

それも憐れでならないがとにかく完全に治して欲しいと願う。


義父は昨夜も遅くまで仕事をしていたそうだが

例の大型車の車検がやっと出来るようになっていた。

走行不能の原因を突き止め朝一に部品が届く。

それからの手際良いこと。さすが義父だなと感心するばかり。

お昼にはテスターを通し車検完了である。

納車は明日になったが納品書の作成が追い付かない。

料金表通りには行かず義父の助けが必要であった。

部品代だけでも15万を超す。工賃を加えたら大きな売上となるだろう。


作業中に義父のズボンの裾が捲れていて細い足が見えた。

まるで骨のような足で胸が締め付けられる。

もう老人なのだ。そう思い知らずにはいられなかった。

新たな車検も入庫しており今夜も遅くまで仕事をすると云う。

いくらタフな義父でも倒れるのではないかと心配でならない。


カーブスと買い物を終え4時過ぎに帰宅。

娘夫婦は窪川町の病院へ行っており留守であった。

てっきり今日から仕事復帰だとばかり思っていたので

何だか寝耳に水のようなことである。

しかも娘が付き添う位だから余程悪いのだろうと思う。

娘婿の休職からもう3ヵ月目となった。

いくら理解ある会社であっても限界ではないだろうかと気遣う。

もし解雇になったら娘達はいったいどうするのだろう。


娘達が夕食不要とのことで夫にステーキを焼いていたのだが

あやちゃんも食べたがっていたので別皿に取り分けてあった。

私は昨夜の鍋の残りで済ませたのだが

夫がお肉を食べること、それも残さぬようにガツガツと食べる。

「もう3切れだ、手伝え」と云うので呆れ返る。

「あやちゃんのお皿に入れちゃったらえいやん」と告げると

やっと我に帰ったようで箸を止めたのだった。

食い意地が張っていると云えばそれまでだが

何だか異常な姿に見えて少し嫌悪感を感じた。

おそらく普段から遠慮して我慢をしていたのだろう。

それも憐れであるが今夜は度が過ぎたようだ。


娘夫婦も帰宅し平穏な夜である。

雨はまだ降り止まず雨だれの音が響いている。

何も変わりはしないのにふっと心細くなるのだった。

確かに生きているのだが「いのち」が頬杖をついているような夜である。


※以下今朝の詩


   子狸

母さんは死んでしまった
里に餌を探しに行って
車に轢かれてしまった

沢山の鴉が群がっている
母さんは鴉の餌になった

哀しくて辛くてやり切れない
けれども泣いてばかりいたら
飢えて死んでしまうだろう

里には春の陽射しがあふれ
満開の梅の花が匂っている
散ってしまえば桜の季節
その可憐な姿が目に浮かんだ

山には山菜の季節がやって来る
母さんが教えてくれた筍もある
弟や妹にも食べさせてやりたかった

梢のあいだからこぼれる陽射し
日に日に緑が濃くなっていく

子狸は生きたくてならない
母さんはきっと守ってくれる






2026年03月01日(日) 弥生ちゃん

風もなく穏やかな晴天。陽射しがきらきらと輝いていた。

家中のカレンダーを三月にすると何とも清々しい。

「啓蟄」「彼岸の入り」「春分」の文字を見ただけで

すっかり春の気持ちになりほっこりと心が和む。


朝のうちに真冬に着ていたもこもこの服を片付ける。

まだ衣替えには早いがもう着ることもないだろう。

ベットの敷毛布も洗濯し押し入れに仕舞いこむ。

もし寒の戻りがあっても掛毛布だけで十分だろう。


一時間程自室で過ごしていたが煙草を吸い過ぎてしまうので

茶の間に移動したら夫が西部劇を見ていた。

朝から鉄砲の音など聞きたくもない。

しかし文句も云えず炬燵に潜り込みそのまま寝入る。

目覚めれば今度は時代劇が始まっていた。


サニーマートに行けば「ひなまつり」一色なっており

ひなあられやケーキも並んでおり可愛らしくてならない。

我が家ではもうお雛様も飾ってはおらず

孫達にせがまれて飾ったことも遠い昔に思える。


お昼には「握り寿司」を食べた。

私が回転寿司に行ってみたいと云うと

出不精な夫は「もったいない」と宣う。

くるくると回って来るお寿司を食べてみたいものだ。


午後は例の如くでお昼寝。今日も3時まで寝ていた。

久しぶりに母の夢を見る。私はなぜか納豆巻を作っていた。

母が食べたかったそうでとても喜んでくれる。


高校時代に少しの間付き合っていた「哲夫君」も出て来た。

70歳のおじいさんではなく高校時代のままである。

母と哲夫君が納豆巻を食べている不思議な夢であった。


アマゾンで新しいシャワーヘッドを買ったので

夫が取り替えてくれたが簡単そうでけっこう時間が掛かる。

不器用ではないのだが工具が必要だったらしい。

節水率90%らしいが本当だろうかと思う。

我が家はシャワーを使うことが多いので少しでも節約になれば良い。


娘とめいちゃんが「しまんとピュア」でイベントがあり

ダンスを披露するらしく夕方から出掛けて行く。

帰りが遅くなるとのことで今夜は「鍋」にした。

山里のお客さんから頂いていた白菜が冷蔵庫の野菜室で成長していた。

まったく傷んでおらずすごい生命力だなとおどろく。

白菜たっぷりの鍋であった。白菜には甘味がありとても美味しい。


食後はもう日課になった「笠原メイ」さんの日記を読む。

閲覧数がもう700を越えたそうで凄い人気であった。

これからもどんどん人気が出るだろう。何だか自分の事のように嬉しい。

「あの子」と同じ年頃である。つい我が子のように思ってしまう。


今朝は弥生三月になったのが嬉しくて「弥生ちゃん」の詩を書いたが

例の厳しいK子さんにスルーされてしまい少し哀しかった。

決して不愉快な詩ではないはずなのにどうしてだろうと思う。

やはり「お花畑」でなくてはならないのだろうか。

春の陽射しを浴び輝く花の姿でなくてはならないのだろうか。


私だって人間である。どうして毎日お花畑に居られるだろう。

どんな日もあるからこそ毎朝詩を書くことが出来るのだと思う。

清々しい朝だとは限らない。鬱々とした朝もあるのだった。

そんな私のことを理解して欲しいとは思わないが

K子さんの行為が「愛」ならば受け止めようと思っている。


詩を書き始めて半世紀以上の歳月が流れたが

いまだ芽も出ず花として咲くことも出来ずにいる。

しかしそんなひっそりとした生き方が私は好きでならない。


※以下今朝の詩


   弥生ちゃん

今日は弥生ちゃんの誕生日
日曜日で良かったなと思う

お母さんもお父さんも
お仕事がお休みだから
晩ご飯がとても楽しみ

大好きな鶏の唐揚げ
ポテトサラダも食べたいな
そうしてチーズケーキ
蠟燭を8本立てて
ふうっと火を消すの

お父さんが写真を撮ってくれる
妹の小春ちゃんも嬉しそう
弥生ちゃんはおすましをした
だって笑ったら顔が
くしゃくしゃになるのだもの

庭の雪割桜が満開になって
おばあちゃんの畑には
菜の花がいっぱい咲いている

生まれた日のことは
何もおぼえていないけれど
きっとあふれんばかりの春

それはおとなになっても変わらない











2026年02月28日(土) ふたつのこころ

最高気温が19℃、春らしい気温となったが

風が強くさほど暖かさを感じなかった。

風がなければ汗ばむ程の陽気となったことだろう。


玄関先の葉牡丹が一気に伸びる。

買った時から小さな苗だったが

大きくなる種類ではなかったようだ。

ぐんぐんと伸びればもう直ぐ花が咲くだろう。

毎年思うのだが上手く種が採れない。

もし採れたとしてもいつ頃蒔けば良いのだろう。


朝の峠道を越え山里の民家が見え始めると

梅ではない桜でもない大きな木があって

今年も鮮やかな濃い桃色の花を咲かせている。

いったい何の花だろうと毎年思う。

山里でも他では見かけずそこだけに咲いているのだった。

道端なので写真を撮ることは出来るが

逆光になるのかその鮮やかさを綺麗に撮ることが出来なかった。

花の知識に疎く「知らない」ことがもどかしく思う。

ただ「ああ今年も咲いてくれた」と嬉しくてならない。



仕事は義父のおかげで順調であった。

午前中には車検が完了し後は納車するだけである。

新たな車検の車も入庫していたがお客さんに事情を話し

月曜日まで待ってくれることになった。

おかげで例の大型車の車検が出来るようになったのだが

どうしたことか走行不能になっていた。

工場から検査場へ運び入れることが出来ないのだ。

エンジンの調子は良く特に問題はなさそうである。

さすがの義父も頭を抱え原因を突き止めねばならない。

決してあってはならない事だが整備ミスかも知れなかった。

同僚に問い質すことも出来ず不具合を調べるのに時間を費やす。

義父は凡その見当がついたのかサイドブレーキの分解を始めた。

私も定時で終わるわけにはいかず3時まで様子を見ていた。

見ているだけでは何の助けにもならない。

義父が憐れでならなかったが声を掛けて帰路に就く。

その後義父からは何の連絡もなかった。

やっと漕ぎ付けたと思いきや奈落の底である。

月曜日になってみないと何も分からないが

どうかどうかと手を合わすばかりである。


それにしても今日の義父の何と頼もしかったことだろう。

いつもは同僚のしている仕事を全て引き受けてくれた。

お天気が良かったので農作業も気になっていただろう。

それなのに工場を見捨てずに居てくれたのだ。


私も二足の草鞋を履いていた時期が長かったので

「あちらを立てればこちらが立たない」ことがよく分かる。

身体はひとつきりなのにすることがいっぱいあるのだ。

若い頃にはそれも苦労とは思わなかったが

今ならきっとパニックになるだろう。

ひとつの身体にどうして「ふたつのこころ」が持てようか。

義父の苛立ちや焦りが身に沁みる程に理解出来る。

何事も順調に越したことはないが

誰一人として「ふたつのこころ」を持ち合わせてはいない。


※以下今朝の詩

 
   雨上がり


雨がやんだらお別れなのね
むかしそんな歌があった

別れは辛くかなしいけれど
潔く背を向けるのがいい

たくましく強い冬であった
どれほどの冷たい雪も
どれほどの冷たい風も
彼だからこそだと思う

きりりっとした顔
時には微笑みながら
冬の陽射しが降り注ぐ

雪が雨に変わる頃
彼は少し無口になった
伝えたいことなど
もうないのかもしれない

さよならは別れの言葉ではなく
ふたたび会うための遠い約束

そんな歌もあった



2026年02月27日(金) 笑う門には福来る

終日雨。断続的にまとまった雨となる。

もう水不足を嘆く人もいないだろう。

気温は18℃まで上がったが少し肌寒く感じた。

北海道では雪とのこと。まだまだ遠い春である。


玄関のシクラメンにまた新たな蕾が出来た。

数えてみると五つもあり明日が楽しみである。

「ふきのとう」や「福寿草」のニュースも聞かれ

南国土佐はもう春と云っても良いだろう。

弥生三月も目前である。春彼岸ともなればもう

寒の戻りも在りはしないと思う。

暑さ寒さも彼岸までとはよく云ったものだ。



同僚のいない職場であったが来客が多く忙しくなる。

車検予約の車も入庫し義父が引き受けてくれた。

オイル交換もタイヤ交換も義父のおかげで順調に済む。

昨日とは打って変わって責任感で満ちている。

「俺がやらんで誰がやる」と思ってくれたのだろう。


月末の資金繰りも何とか整い取引先への支払いも済む。

これ程の安堵があるだろうか。肩の荷が一気に下りた。

またゼロからの出発となるが「かかってこいや」と思う。

笑う門には福来るである。ど〜んと構えて笑っていよう。


義父の許しを得て定時で帰路に就く。

カーブスが楽しみでならず浮き立つような気分であった。

私の顔を見るなり手を挙げてくれるお仲間さんも多く

和気あいあいとした雰囲気が楽しくてならない。

今日はコーチが杖を卒業したことを褒めてくれて

お仲間さん達が拍手をしてくれ嬉しさが込み上げて来た。

これ以上の成果はもうないのかもしれないが

よくここまで漕ぎつけたものだと自分を褒めてやりたかった。


不思議なことにあれもこれもしたいと意欲が湧いて来る。

今日はセリアでブックケースを買い求めた。

パソコンデスクの上に散乱している本を整理したい。

詩集や歌集が多いがもう開くこともないだろう。

お気に入りの本だけを並べて置きたかった。

そうしてその帯を眺めながら過ごしたいと思う。


まだまだ出来ない事がたくさんあるが

少しずつ出来る事を増やして行きたいと思う。

残り少ない人生である。ひとつでも遣り遂げてみたい。

そうして少しでも悔いを残さない生き方をしたかった。


そのうちにもう十分に生きたと思える日が来るだろう。

もういつ死んでも良いと思える日が来るのに違いない。


※以下今朝の詩


   土筆(つくし)

坊やのお名前は?
わからないと応える
知らないと首を振る

雀色の土手に若草が萌える頃
その子は土の中から頭を出す
霞みがかった春の空であった

そよそよと吹く風は母さん
冬の間会えなかった母さん

甘えたくてならないけれど
甘え方を忘れてしまった
ただ母さんと呼ぶばかり

ぐんぐんと背が伸びる
くすぐったくてならない
やがては緑の服を着るのだ

おとなにはなりたくないけれど
真っ青に澄んだ空に会いたかった

母さんの歌声が聞こえる
あったかくて優しい声だ



2026年02月26日(木) 明日の風まかせ

晴れの予報だったが青空は見えず

朝の内に小雨が降り午後は曇り空であった。

明日もまとまった雨になるとのこと。

もう水不足の心配はなさそうだ。


ご近所さんの「寒桜」が見事に満開となった。

種類が違うかもしれないが「雪割桜」とも云うそうだ。

「河津桜」とも云うが総じて「寒桜」と呼ぶのかもしれない。

染井吉野とは全く違う色で鮮やかなピンク色をしている。

ご近所さんの桜は畑の隅にあって近づけないのが残念であった。

毎年咲いているのだがまだ一度も写真を撮ったことがない。

山里も同じく民家の敷地内となると遠くから眺めるだけである。

呼び名は何であれ早春を彩る美しく可憐な桜であった。



仕事は順調だと思っていたが今朝は同僚が出勤して来なかった。

寝坊でもしたのかもしれないと電話をしてみたら

昨夜から発熱があり寝込んでいるとのこと。

仕事の疲れもあったのだろう気の毒でならない。

家族は誰もおらず独り暮らしであった。


インフルやコロナの心配もあり発熱外来に行くように指示し

連絡があるのを待っていたらやはりインフルエンザだったそうだ。

単なる風邪ならともかく忌引き扱いとなり仕事どころではない。

義父と相談し今日の車検予約は延期させてもらったが

明日も明後日も予約が入っており困ったことになった。

それに例の大型車の車検もしなければならず

義父一人ではどうしようも出来なかった。

明日は明日の風が吹くだろうが何としてもこの急場を凌がねばならない。

そんな大変な日に義父は行き先も告げずに何処かへ出掛けて行った。

お昼を過ぎても帰らず一切の連絡もない。

腹を立てても仕方がないが何と情けない事だろうと思う。

しかし焦っても何も変わりはしないのだ。

なるようにしかならないと腹を括るしかなかった。


事務所のカーテンを閉めて定時で帰路に就く。

カーブスに行けば気分も晴れやかになるだろう。

平田町の桜並木の県道を通り抜けていると

何とラッパ水仙が咲き始めていて思わず歓声を上げた。

水仙は真冬に咲くがラッパ水仙は早春の花であった。

同じ水仙の仲間でもそれぞれに咲く時を知っている。

桜木にはまだ蕾も見えず冬枯れた景色のように見えるが

その根元に咲くラッパ水仙の何と可愛らしいことだろう。

まるで天使が舞い降りて来てラッパを吹いているようである。

どんな音を奏でるのだろうか。踊る天使の姿も目に浮かぶ。


やはり終わらない冬などなかったのだ。

やがては桜の花も咲き一面の春がやって来る。


※以下今朝の詩


  おとうと

幽霊が出ると云う
下宿屋であった

布団だけがある部屋で
弟は寒さに震えながら
かっぱえびせんを食べていた

布団をすっぽりと被り
まるで亀のようである

夕べ出たという
金縛りにあって
眠れなかったと

せめておにぎりをと思う
水筒に熱いお茶を入れて
温めてやりたかった

「姉ちゃん仕方ないよね」
もう帰る家はないのだ

運命の歯車が軋んでいる
止まってはならない
何があっても動き続けた

16歳の弟がおとなに見える
終わらない冬はありはしない

海が鳴っている
波もやがて穏やかになり
陽を浴びて輝く春が来る



2026年02月25日(水) 奇跡のように咲く

真夜中から今朝にかけてまとまった雨が降る。

午後には止んでしまったが慈雨となったようだ。

山里の川も一気に水量が増えたようで

田んぼに水を引くことも出来そうである。

四国の水瓶「早明浦ダム」の辺りもかなりの雨量で

一時的ではあるが取水制限が解除されたそうだ。

植物も畑の作物もどんなにか喜んだことだろう。

しかし雨は長続きせず明日はもう晴れの予報であった。

自然の営みには逆らえず空任せの日々が続くことであろう。



仕事は順調。例の大型車の整備がほぼ完了する。

明日は車検に漕ぎつけそうで一気に目の前が明るくなった。

今日は殆ど義父が修理を手掛けていた。

もちろん同僚も手伝っていたが技術的な違いも見える。

同僚にとっては良き学びの機会となったことだろう。

車検が完了すれば大きな売上となるので

月末の資金もなんとか整いそうである。

それもお客さん次第だが即金を期待するばかりであった。


工場が一段落したのを見届け整形外科のリハビリに向かう。

杖を付かずに駐車場から歩くことも出来て嬉しくてならない。

医師との面談で「もう治ったかもしれん」と告げると

「それは在り得んぞ」と云いつつ笑顔を見せてくれる。

療法士のU君は少し心配顔ではらはらしているように見えた。

やはり転ばぬ先の杖なのだ。その方が安心だと云う。

どうしようかと迷う。このまま杖を手放して良いのだろうか。

無理をし過ぎないように臨機応変が一番なのかもしれない。


買い物を終えて4時半に帰宅。

玄関のシクラメンが見事に咲き花が12本になっていた。

そうしてまだ小さな蕾が3つも見えている。

なんだか奇跡のようなシクラメンであった。


雪柳は雨に打たれないように軒下に置いてあったので

純白の可憐な花が溢れんばかりに咲いている。

今日は花屋さんで売れ残っている雪柳を見たのだが

大きな鉢に植え替えたのが良かったのだろう。

とても同じ雪柳には見えず一段と誇らしく思う。


日々の暮らしに花は欠かせず心が癒されるばかりである。

本格的な春になったらまた新たな花を植えようと思う。

去年の今頃は「桜草」が見事であったが

今年は冬の間に枯らしてしまい残念であった。

右隣の奥さんが毎年苗を分けてくれていたのだが

昨年から難病となり入退院を繰り返している。

ご近所でも有名な「花屋敷」だったが今はもうその面影もなかった。

花の世話も出来ずにどんなにか辛いことだろう。

これまで元気そのものだっただけに何とも憐れでならなかった。


いつ何があるやら分からない。それは誰しも同じであろう。

「まさか自分が」と思うような病気になることもある。

そうして日常を奪われ出来ない事が増えて行くのだった。

一年草もあれば毎年咲く花もある。

しかしこの世には決して永遠の命など在りはしないのだ。


※以下今朝の詩


   洗濯

ざぶざぶと音がする
久方に聴く雨音であった

いのちを洗っているようだ
汚れを落とし染みを擦る
どうだろうかと広げてみると
しわくちゃのいのちである

ずいぶんと生きて来たから
それは仕方ないことだろう
一度出来てしまった皴は
何と頑固なことだろうか

手のひらでぱんぱんと叩く
その痛みに耐えねばならない

ささらとしていた若き日を思う
何度洗ってもそれは真っ新であった
辛いことや哀しいことがあっても
水に任せば息を吹き返したのだ

雨音が耳に心地よい
どれほどの汚れであっても
洗い続けなければならない



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