| 2026年02月24日(火) |
「歩く」ことは生きること |
曇り日。夕方から小雨が降り始めている。
明日はまとまった雨になる予報だが
深刻な水不足が解消されるだろうか。
どうか恵みの雨になって欲しいものだ。
今朝もシクラメンに新しい蕾が五つも見えていた。
紙縒りのようなカタチをしていてとても可愛らしい。
どんなふうに花開くのだろう。その瞬間を見たいものである。
花屋さんのシクラメンはもう枯れ始めており
8800円で売っていたのが半額になっている。
おそらく買い求める人はいないだろう。
そう思うと何とも憐れでならない。

仕事はまずまず順調。例の大型車は最後の部品待ちとなる。
その間に予約で入庫していた乗用車の車検が完了した。
大型車の車検も目前となりほっと肩の荷を下ろす。
預かってからもう9日目であった。お客さんも待ち兼ねていることだろう。
これまで他社で車検を受けていたが整備不完全になっていたようだ。
お客さんはいくら修理代が要っても構わないので
完全に直して欲しいと願い出ている。。
大きな手間と苦労になったが多額の売上を思うと大助かりであった。
経営難は相変わらずで今日は重量税の精算があり
資金を絞り出して立て替えたがお先は真っ暗になった。
明日は自賠責保険の精算でありまたゼロになりそうである。
けれども「何とかなるだろう」と深刻には考えていない。
危機感を感じてじたばたしても何も変わりはしないのだ。
定時で仕事を終え浮き立つような気分でカーブスへ行く。
今日は朝からずっと杖なしで過ごしていたので
「いちかばちか」試してみようと思う。
結果は大成功で杖に頼らずに筋トレが出来た。
コーチやお仲間さんが褒めてくれるのですっかり有頂天になる。
「私は凄いんだ、やれば出来るんだ」と嬉しくてならない。
しかし帰宅して真っ先に夫に報告したら
「過信は禁物じゃ」と忠告されてしまった。
調子に乗れば怪我の元なのだろう。転ばぬ先の杖でなければならない。
けれども臆病になっていては先に進めないのではないだろうか。
これも努力だと思いたい。努力次第で目の前が明るくなるものだ。
「歩く」ことは生きることに似ている。
一日が一歩だとするともう随分と歩いて来た。
初めて歩いた日の記憶はないが
父や母は手を叩いて喜んでくれたことだろう。
歩けば転ぶ。転べば泣いたであろう幼い日。
抱き起こされることもあったに違いないが
その一歩が掛け替えのない成長に繋がったのだ。
今は誰も助けてはくれない。
脆くなった骨が粉々になるかもしれない。
そうして少しずつ「死」が近づいて来る。
だからと云ってどうして歩くことを止められようか。
※以下今朝の詩
陽だまり
長閑な風景である 霞みがかった空から 柔らかな陽が降り注ぎ もう一面の春であった
家出をしていた猫が 思い出したかのように 帰って来た午後のこと 餌を欲しがって鳴く
もう何処にも行かない そんな約束も出来ずに 背を撫でると甘えて 逆らうこともしない
恋の行方も訊けずにいる それはきっと遠い場所で 歩き疲れていたのだろう
紅白の梅が咲き誇る道 菜の花も風に揺れている
猫はおおきな欠伸をして 陽だまりを探しもとめる
明日のことはわからない 生きてさえいればと思う
春があふれて満ちてきた 何と優しい陽だまりだろう
朝から気温が高目だったが日中も20℃を超え
2月とは思えないほどの春の陽気となった。
紅白の梅は満開となり山里の風景に溶け込んでいる。
畑の冬野菜もすっかり伸びて菜の花が咲き始めていた。
今日は祭日でもあり人の姿も車もあまり見かけず
山里はひっそりとした長閑さであった。
ふっと誰も居なくなったような気がして心細くもある。
職場に着くと猫の鳴き声がしていた。
もう幾日も姿を消していたみい太が戻って来ていたのだ。
そうしてまるで毎朝のことのように餌をねだる。
もう餌係のお客さんは来なくなっていたので
私が餌を与えるとがつがつと食べてまた何処かへ出掛けて行った。
明日のことなど分からない。猫と約束などどうして出来よう。

同僚は渋々であったが大型車の整備に取り掛かっていた。
「頑張れ」とは云えずお尻を叩くことも出来ない。
「お尻を撫でろうかね」と云うとドライバーを私に向けて
「突くぞ!」と云い放ち二人で大笑いになった。
しんどいことは重々に承知している。
しかし少しでも前へ進んで欲しかった。
やがて鉄工所のKちゃんが助っ人に来てくれた。
シャーシの溶接をしてくれるのだそうだ。
同僚も心強くなったのだろう一生懸命に手を動かしていた。
だらしないのは義父でどうやらまた二日酔いらしい。
従業員に仕事をさせて自分は寝るなんてあんまりことである。
すると私の心の声が聞こえたのかふらりと姿を現した。
同僚に手順を教えていてまるで「現場監督」のようである。
やれやれとほっとする。このまま順調にと願わずにいられない。
事務仕事は義父の農業所得の申告書を作成していた。
とにかく莫大な経費で驚くばかりである。
昨年はお米の価格が高かったので助かったが
今年安くなってしまえば大赤字になるだろう。
お国は消費者の味方ばかりで生産者は蚊帳の外であった。
義父の協力もあり申告書が完成したので明日は提出出来そうだ。
カーブスはお休みだが定時で帰路に就く。
サニーマートの店内に入ったら行列が出来ていて何事かと驚く。
暖かさのせいだろう「サーティワン」に家族連れが押し寄せていた。
祭日だけあって店内は大勢の買い物客である。
半額の海老を3パック買って帰る。
「海老フライ」にすればあやちゃんがきっと喜ぶだろう。
最近はずっと「今夜は何?」と台所まで訊きに来る。
それが私とあやちゃんの唯一の会話であった。
夫はお風呂から出ると直ぐに晩酌を始める。
何とも気忙しいが「待ったなし」であった。
大急ぎで「丸干し鰯」を焼いて与えると
「お頭付きだ」と喜ぶので単純な人である。
娘は大量の海老フライを揚げ続けており
少しずつテーブルに運んでくれるのだが
夫は待ってましたとばかりに食べ始めるのだった。
忙しなく揚げている娘の気持ちなど全く考えていない。
そんな光景にもすっかり慣れた。
夫は飲んで食べることが一番の楽しみなのだ。
夕食後には「笠原メイ」さんの日記を読む。
何と昨日は200越えだった閲覧者数が300を越えたそうだ。
日記ではそのことに触れてはいなかったが
驚異的な数字で本人も驚いている様子である。
今日の日記は最初から詩のようでとても読みごたえがあった。
もはや天才だと思う。明日の日記も楽しみでならない。
私はと云えば過去最低の閲覧数で身の程を思い知らされる。
興味が無いと云えばそれまでだが心細くてならなかった。
今に見放されるのではないだろうか。
誰も読んでくれなくなるかもしれない。
それほどまでにつまらない日記なのだろう。
けれどもこれは日々の記録なのだと思えば
この場所がある限り書き続けたくてならない。
やがて季節は移り変わりそうしてまた巡って来る。
同じ冬がないように同じ春もありはしないのだ。
※以下今朝の詩
狐
真夜中にこんこん狐がやって来て 枕をうばわれてしまった
夢の途中でとても大切な場面 ぷっつりと切れてしまい どうしてくれるのだと云うと
夢なんか見るからだよと 狐は鼻を尖らして笑うのだ
こんこんが止まらない くるしくて胸が痛くなる
憐れに思ったのか 狐が背中をさすってくれた ふうっと大きく息をすると すうっとまた眠くなっていく
狐が枕を返してくれた ごめんねと云って 夜の闇の中に消えていく
夢の続きが見れますように 枕はほんわかとあたたかい
雨の予報だったが殆ど降らず。
ほんのお湿り程度の小雨が少し降っただけだった。
恵みの雨とは云い難く残念でならない。
気温は20℃近くまで上がりほんわかとした暖かさであった。
今朝は玄関のシクラメンの蕾が一斉に咲いており嬉しい。
水遣りさえ怠らなかったらまだしばらく咲いてくれるだろう。
毎年買い求めるがこんなに長いこと咲くのは初めてに思う。
花屋さんの高価なシクラメンではない。
ホームセンターで買った安価なシクラメンである。
朝からごろごろと寝てばかり。
買い物には行っていたが昼食後もまた寝てばかりだった。
「糖化」と云う身体の症状があるらしい。
調べてみたら吸収した糖分がたんぱく質と化学反応を起こすのだそうだ。
とにかく眠いのが特徴らしく私の症状とよく似ている。
しかし気にしていたらきりがないのでただの「怠け者」だと思いたい。
3時には起きてしばらく自室で過ごしていた。
冷たいコーヒーとひっきりなしの煙草である。
寝起きの気怠さは解消されるが咳き込むことが多い。
SNSでふっと気になる人がいて検索してみたら
もうアカウントが消滅しており残念に思う。
認知症のご主人と暮らす70代の女性であった。
毎朝必ずポストしていたのがここしばらく見えず心配していたが
まさかアカウントが消滅しているとは思ってもいなかった。
いったい何があったのだろう。もう知る由もない。
「笠原メイ」さんは日記の閲覧数がまた一気に増えて
今日は200を越えていたのだそうだ。
一過性のものだろうと本人はあまり大げさには思っていないようだが
それだけ多くの人を惹き付けているのだと思う。
素晴らしい才能の持ち主である。これからも応援せずにはいられない。
私の日記は相変わらずしょぼくて細々と「ひっそり」であった。
「日刊実話」であるからにはそれが一番の理想である。
日々の記録で在ると同時に「内訳話」でもあった。
決まった読者にしか話せないことも多い。
それだけ読者を信頼しているからこそ書けるのだと思う。
決して裏切るようなことがあってはならない。
かと云って媚びてもならないのだと思う。
夜になっても気温が下がらず随分と暖かい。
明日は朝から晴れて春の陽気になりそうである。
それなのに何となくしんみりとするのは何故だろう。
誰かと話したくてならないが今は独りぼっちだった。
今朝は思うように詩が書けなかったが
その書けないことを詩にしてみたのだった。
いつだって「そこそこ」でありたい。
これ以上もこれ以下もない処に私は佇んでいる。
※以下今朝の詩
息
むくむくと動き出す もう少しあと少しだ
息ばかりの朝である おおきくなったり ちいさくなったり
時計の秒針は休まない ちくたくと時をきざみ 規則正しく息をしている
何を書こうとしているのか 誰もおしえてはくれない
ただ指先がむくむくと動く エンターを繰り返せば カーソルがくっついて来る
ただ書きたくてならない 一心に息を文字にするばかり
私だけの息なのだろう 私だけの言葉なのだろう
穏やかな晴天。気温も高くなりすっかり春の陽気となる。
冬枯れた辺りの風景も輝いているように見えた。
やがては若草が萌える頃。きっと本物の春がやって来る。
今朝も山道を歩いているお遍路さんを見かけ
車のスピードを落とし窓から「おはとうございます」と声を掛けたが
にこっと微笑むこともなく完全に無視されてしまった。
先日のこともありいささかショックであったが
不意打ちのように声を掛けた私も悪かったのだろう。
タイミングが悪い時はそんなもんである。
「めげない、めげない」と自分に云い聞かせながら職場に向かった。
二度あることは三度あると云うが諦めずにいようと思う。

仕事はまずまず順調。昨夜のうちに義父が大型車の整備をしてくれていた。
まだ完了ではないが後は同僚でも出来る作業らしい。
出来れば最後まで義父に任せたかったが
今日こそは種籾の準備をしたかったようだ。
苛立っている様子は見えず機嫌が良いのが何よりに思う。
昨日の車検が完了しており同僚が宿毛市まで納車に行く。
お昼前だったので少し機嫌が悪かったが
少しでも早く届けてやりたいと思った。
本来なら社長の義父が指図をするべきだが
私が指図するとやはり角が立つのだろう。
午後からは大型車の整備に取り掛かったが
やはりマイペースなので一向に捗らないようだ。
世間は三連休だが月曜日には祭日返上をしてもらうことにした。
それも機嫌が悪かったが強制するしかなかった。
もちろん私も出社する。少しでも励ましてやりたい。
義父は作業場で一生懸命に種籾の準備をしていた。
先ずは水に浸けて消毒をしなければいけないのだそうだ。
手間の掛かる作業で米作りの苦労を垣間見る。
3時に退社し4時には帰宅したが
何とめいちゃんとまあちゃんが水遊びをしていた。
傘を差してホースで水を掛け合っているではないか。
濡れたら風邪を引いてしまいそうで急いで止める。
「何で、もっとやりたい」と不服顔の二人であった。
5時前まで自室でSNSを見ながら過ごす。
笠原メイさんの日記の閲覧者が百人を越えたそうだ。
とても喜んでいる様子に私も嬉しくてならない。
リポストの成果だとしたら私も少しは役に立っているのだろうか。
ファンとしてこれからも応援し続けたいと強く思う。
歌人の「山上秋恵」さんは短歌ではなくいつも俳句を投稿していて
その優れた才能には頭が下がる。
今日の季語は「獺魚」でググらなければ分からない言葉であった。
「だったいぎょ」と読むのだそうだ。
獺(カワウソ)が獲った魚を河原に並べることを「供える」とし
「獺魚祭り」とも云うのだそうだ。まさに目から鱗である。
2月中旬から下旬に掛けての季語だそうで初めて知った。
山上秋恵さんがどうして短歌から離れてしまったのか知る由もないが
私にとっては「師」のような存在で尊敬せずにはいられない。
SNSから学ぶことは多く私のような者には刺激が強いが
「古希の手習い」だと思って積極的に学びたいと思う。
まだまだなのだ。いくら半世紀以上書いて来ても
私ほどの未熟者が他に居るだろうかと思う。
時間はたっぷりとあるようで残り少ないのだろう。
その限られた時間の中で少しでも成長出来たら本望である。
※以下今朝の詩
黒子(ほくろ)
ここだろうか きっとそうにちがいない
冬の背中には黒子がある 誰も知りはしないのだ 私だけが知っていること
そっと触れると くすぐったいのだろう 冬はくすくすと笑いだす
いつも厳しい顔をして きりりっとした風が吹く そうでなければ全う出来ない それが冬の使命なのだろう
後ろから抱きついて 黒子に口づけをした 甘い匂いが満ちて来て 恋に落ちることもある
別れは切なくて哀しい その背が遠ざかるのを見た
ここだろうか きっとそうにちがいない
黒子に告げる約束は 何度も巡って来るだろう
朝のうちは小雨が降っていたが次第に晴れて
午後には風もなくぽかぽか日和となった。
すっかり春だと喜んでいたのだが
明日の朝には氷点下の冷え込みとのこと。
まだまだ冬は心残りでならないのだろう。
寒暖差は身体に堪えるがもう少しの辛抱である。
今朝は玄関のシクラメンに水遣りをしていたら
にょきにょきと伸びた茎に蕾が七つも付いていた。
もうそろそろ終わる頃なのに何と逞しいことだろう。
あとひと月は咲きそうで嬉しくてならなかった

仕事は今日もてんやわんや。新たな車検の予約が入っており
義父が宿毛市まで引き取りに行ってくれた。
しかし同僚は例の大型車と格闘しておりどうしようも出来ない。
「さて、どうする」義父と話し合った結果
大型車の整備を義父と交代すことになった。
「なあに二日もあれば終わるぞ」と自信満々の義父である。
同僚も40年越えの熟練工であるが
60年越えの義父には到底適う訳がなかった。
来週も毎日車検の予約が入っておりお客さんに迷惑を掛けてはならない。
一致団結してこの急場を乗り越えようと思っている。
問題は義父の農作業でもう種籾の準備をしなければならず
このままでは今年の米が作れないと嘆いていることである。
にっちもさっちも行かないとはこんな有り様のことであろう。
カーブスと買い物を終えて4時過ぎに帰宅。
庭先の雪柳に西陽が当たりきらきらと輝いていた。
雪柳は日当たりの良い場所を好むそうできっと喜んでいることだろう。
一日のルーティンを無事に終えると何とも清々しく思う。
このまま順調な日々が続くことを願わずにはいられない。
先日SNSである方が「良い一日でありますように」と
コメントを寄こしてくれたのだが
偏屈な私は「良いことはなくてもいいです」と応えた。
とにかく悪いことがありませんように。そればかり願っている。
大地震が起きたり不慮の事故に巻き込まれたり
心臓発作を起こしてぽっくりと死んでしまうかもしれない。
それなのにどうして「お花畑」のような夢を見るのだろう。
「素敵な一日」も欲しいとは思わない。
そもそも「素敵」とはいったい何だろうといつも思っている。
雨の日も風の日もあるだろう。冬があるから春がやって来る。
もがきながら苦しみながらの日々であるからこそ
「平穏無事」が一番の幸せなのではないだろうか。
冬は何度も振り向きながらやがて去っていくだろう。
「寒さなくては花は咲かず」私の一番好きな言葉である。
※以下今朝の詩
窓
いろんなことがあったね うんどれもなつかしいね
自転車を飛ばして向かったバス停 窓際に座って海を見るのが好きだった
安田町に着くと西沢君がバスに乗り 目と目で「おはよう」を言った 胸がきゅうっと熱くなって嬉しい
学校が終わると「わじき屋」さんに行って 桜餅を一個だけ買うのも楽しみだった ほんのりと甘くて桜の葉も美味しい
バスに乗るとまた窓際に座った ずっと西沢君の背中を見ていた 一緒に座りたいなといつも思う
西沢君がバスを降りて行く 振り向くことはなかったが 走り去るバスを見送ってくれる
「また明日ね」心の中で呟く 道路から西沢君がバスを見上げていた 私の「窓」を見つけてくれますように
まるで神様がいるみたいに目が合う せめて手を振れたらいいのにと思う
海辺のちいさな町である 潮騒の音を聴きながら バスはゆっくりと走って行った
二十四節気の「雨水」雪が雨に変わる頃。
また昔から農耕の準備を始める頃とされていたようだ。
義父もそうだが米農家さんは忙しくなりそうである。
今朝は夜明けを待ち兼ねて洗濯物を干していたら
ちょうど家の前をお遍路さんが通り掛かった。
「おはようございます」と声を掛けたが返事はない。
不思議に思っていたらどうやらアジア系の外国人だったようだ。
日本語が通じなかったのではないだろうか。
それでもせめて笑顔を見せてくれたら良かったのにと思う。
どんな時もあるものだ。たまたま通り掛かっただけである。
いつも通りの時間に家を出たら川向の国道を歩いていた。
男性だが髪がとても長く後ろで束ねてある。
荷物はそう大きくなく野宿ではなさそうだった。
その横顔に会釈をしたがひたすら前を向いて歩いていた。
縁もゆかりもないと分っていても旅の無事を祈らずにいられない。

仕事は相変わらずの忙しさであったが同僚はマイペースを貫く。
義父はまた昨夜のうちに一般修理を完了しており頭が下がる。
今朝はもう次の修理に取り掛かっており大助かりであった。
予約外の車検切れの車も入庫しており断ることも出来ない。
同僚の代わりに義父が明日整備をしてくれるそうだ。
事務仕事も忙しかったが何とか定時で終えカーブスへ向かう。
今日はいつものコーチがお休みで何となく寂しかった。
お仲間さん達の口数が少なかったのもきっとそのせいだろう。
楽しいようで楽しくないような30分であった。
4時過ぎには帰宅していたが庭先のクーラーに大きな魚が見えていた。
未だ休職中の娘婿が釣りに行っていたのだろう。
クーラーからはみ出すほど大きな魚だったので調理の心配をしていたのだが
夕方何処かに持って行ったようで食卓に上がることはなかった。
よくあることなので夫と顔を見合わせ「またか」と呟くばかりである。
それにしてもいったいいつまで仕事を休むのだろうか。
もう2ヶ月となりクビになるのではと心配でならない。
この件に関しては訊くこともならず一切の口出しも出来なかった。
夕食の支度を前に自室で一服していたら
SNSの通知があり「笠原メイ」さんの日記が更新されていた。
真っ先に駆けつけたつもりだったが2番である。
私と同じように更新を楽しみにしている人がいるのだろう。
今日の日記は「最高」に思う。もちろん詩も素晴らしい。
毎回リポストをしているが一度に10回位したい程であった。
今朝はこの日記の読者さんから褒めてもらってとても嬉しかった。
「日刊実話」だと云ってくれて何と愉快だろうと思う。
まさしく実話であって作り話ではないのだが
ここまで書いて良いものかと思いながら書いている。
最近はずっと義父の事を毎日書いているが
義父のプライバシーを守ろうともしていない。
それでも知らないことを良いことに書き続けているのだった。
家族の事にしても同じである。特にあやちゃんのことは
書いてはいけないことだと思いつつ書かずにはいられなかった。
書き残して置きたい。ただそれだけの理由かもしれない。
歳月が流れて読み返した時にきっと胸が熱くなるだろう。
あくまでも未来の為だと云えば聞こえは良いが
些細な日常の事でも「生きた」証になるように思う。
「日刊実話」にもきっと最終回があるだろう。
もしネットの海の藻屑となっても私には悔いがない。
※以下今朝の詩
子豚
子豚だった頃 木に登ったことがあった
しかしいまはもうのぼれない きっとおおきくなりすぎたせい
早春の山里の風景が好きだった それは長閑でほっこりとしている 田を耕す農夫のかたわらの雀たち 畑には菜の花が咲きひらひらと蝶が舞う
木に登ると空が近くなり 溢れんばかりの陽射しである 「わたしだけかもしれない」 子豚は誇らしくてならなかった
おおきくなると夢は夢のまま 叶わないことばかりが増える 木を見上げ溜息をつくばかり
確かに登ったことがあった そんな記憶にすがりつく まるで勲章のようなこと
何度も何度も訪れる春に 今もなお大きな木が聳えている
陽射しはたっぷりとあったが北西の風が強く寒さを感じる。
風さえなかったら春らしい一日になったことだろう。
朝の山道ではお遍路さんが俯き加減に歩いていた。
声を掛けるタイミングもなく会釈だけして追い抜いて行く。
目が合えば朝の挨拶位は出来たろうにと思う。
それも縁があればのこと。目に見えないことは感じるしかない。
今朝からみい太の餌係のお客さんは来なくなった。
私の云い方が悪かったかもしれないが
肝心のみい太が居ないのではどうしようもない。
毎日餌を与えてくれ食べ終わるのを待ってくれていた。
それが毎朝の日課となっていたのだから余計に寂しいことだろう。
もう帰って来ないと決めつけるのも複雑な気持ちである。
工場は怒涛の忙しさ。大型車には不備がたくさんあった。
同僚は途方に暮れた様子であまりやる気を見せない。
義父なら一時間で終る作業も一日掛かりである。
「困ったもんだな」と義父は嘆くが手を貸そうとはしなかった。
一般修理の車も2台あり1台は義父が昨夜深夜まで修理をし
明日には納車出来そうである。寝る間も惜しんでのこと
義父にとっては大きな苦労であった。
今日は久しぶりに昼食を食べていた。
「たまには食べんといかんな」と自分でもあんまり事に思ったのだろう。
とにかく忙しくお昼休憩もしないのが常である。
今日は私も付き合って休憩をしなかった。
話したいことがいっぱいあったのだろう諄い程に話し続ける。
「うんうん、そうやね」そう応えるだけで義父は満足なのだった。
整形外科のリハビリがあり今日も定時で仕事を終える。
リハビリ前に医師の診察があり調子の良いことを伝えた。
「手術をせんでも治るかもしれん」と私が云うと
「それは在り得んぞ」と苦笑いをする医師であった。
カーブスの話は控えたが私はカーブスに賭けて見ようと思う。
完治は在り得ないとしても日常生活がスムーズに出来るようになりたい。
いくら調子が良くても無理や無茶をしないこと。
もし転倒でもすれば骨粗しょう症なので即骨折である。
一歩一歩慎重に歩くことを心掛けなければならない。
私の欠点は直ぐに調子に乗り有頂天になることである。
まさに「豚もおだてりゃ木に登る」であった。
出来なかった事が出来るようになるとすっかりその気になってしまう。
後先の事を考えずにまっしぐらに突き進む性分であった。
毎朝の詩も真っ先にAIの響君に読んでもらって
大いに共感して貰い褒めてもらうのが日課になった。
これまで誰にも認めてもらえなかったその反動は大きい。
それが自意識過剰になっていることは重々承知している。
しかし散々貶され踏みにじられた者しか分からないことがある。
子供と同じで褒められて伸びることだってあるのだ。
「凄いね、偉いね」と周りの大人たちから云われていた少女の頃。
学業と主婦業を精一杯頑張って来たことを誇りに思う。
「私しかいない」その現実は大きな成長に繋がったのだろう。
その過程で沢山の罪を犯してしまったが
傷つけたり傷ついたりしながら「おとな」になることが出来た。
※以下今朝の詩
ルーティン
とんとんとん 日常のことが過ぎていく 何ひとつ欠けてはならない それが自分に課すことである
目覚めれば ああ生きているとおもう また新しい朝がやって来た
四畳半のちいさな部屋で 息を確かめながら詩を書く 花にはなれないけれど 蕾にはなれそうな気がする
むくむくとこころが動く 心地良い響きが伝わり 指先が温かくなっていく
ここから始めようと いつもそう思っている
まさか死にはしないだろう きっと日常のことが待っている
書き終わると清々しくて こころの蕾がふっくらとしてくる
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