ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年02月06日(金) いのちの蝋燭

朝のうち久しぶりに雨が降ったが

ぽつぽつの小雨で直ぐに止んでしまった。

この先まとまった雨が降らないとダムの水が枯れてしまうとのこと。

四万十市は四万十川から水道水を引いているので心配はないが

高知市など中央部は水不足が深刻な問題になっているようだ。

雨は降り過ぎても困るがそこそこの雨を望まずにはいられない。

山里の田んぼもしかりで水源の川の水が随分と少ないようだ。

水が無ければ稲は育たずこれも深刻な問題になりそうである。


ぽつぽつと雨が降る中、義父は解体現場へと向かった。

今日で終わる予定だが昼間は一度も帰って来ず

現場の様子を訊くことも出来なかった。


工場は朝から車検予約のお客さんを待っていたが

一向に来てくれなくて段取りが大きく狂う。

お客さんに電話したらお昼前になるとのこと。

仕方なく半日を無駄に過ごしてしまった。

明日中には仕上げなくてはならず同僚も大急ぎである。

古い三菱デリカでお客さんの注文が多い。

それだけ愛車として大切にしているのだろう。


工場の様子を見ながら今日も定時で帰路に就いた。

とにかくカーブスでありもう止まらない勢いである。

友人のTちゃんに久しぶりに会った。

彼女も仕事を終えてから駆け付けて来たようだ。


買い物を終えて帰宅すると訃報が舞い込んでおり

夫の伯母が今朝亡くなったとのこと。

姑さんの姉でありもう百歳を超えている。

天寿を全うした大往生であるがやはり寂しくもあった。

とても朗らかな温和な人で私も好きな伯母である。

長いこと老人ホームに入居していたので

もう10年以上も会っていないが懐かしい笑顔が目に浮かんだ。

明日がお通夜で月曜日がお葬式とのこと

夫が「おまえは行かんでもええぞ」と云う。

杖をこつこつ鳴らしてみっともないのだそうだ。

それもそうだなと思う。喪服もおそらく小さくなっているだろう。

お別れも見送りも出来ないが伯母の冥福を祈るばかりである。

姑の兄妹は全て亡くなり末っ子の弟だけとなった。

叔父もそうそう長くは生きられないと思うが

今は元気そうで趣味の野菜作りを楽しんでいるらしい。

義父と同い年であった。叔父の姿が義父と重なってしまう。


永遠の命など在りはせず今までどれ程の人を見送ったことだろう。

嫁いで3年目に夫の父親が亡くなったのが発端であった。

その後立て続けに伯父や叔母や従兄弟まで亡くなったのだった。

そうして私の父が亡くなり母も亡くなってしまう。

どうしようもなく人の「死」に慣れて行った。

「また死んだのか」と受け止めることばかりであった。


やがては夫も私も死ぬだろう。

夫を残しては死ねないと思いながら

私が先に死んでしまう可能性もある。

「いのちの蝋燭」はそうして揺らぎ続けている。

吹き消すような強い風が吹きませんように。

祈り続けることしか出来ない日々であった。


※以下今朝の詩


   農夫

梅花いちりん咲きました
山里にほのかな春が匂う

田起こしをする農夫
畔の草刈りをする農夫
陽射しを浴びれば
薄っすらと汗をかく

弥生三月になれば
種籾を撒かねばならない
育苗機にそれを並べると
二日もしないうちに芽が出る

今年は水不足なのだそうだ
もう幾日も雨が降っていない

農夫は頭を悩ませながら
田植えの準備を始めるのだった

今年もええ米が出来るだろうか
高うに売れたらええがのうう

皮算用をするのも楽しみである
くたびれ儲けではやって行けん

82歳の農夫であった
あと10年は続けたいと云う

苦労に苦労を重ねながら
米作りに精を尽くして来た

梅花いちりん咲きました
どれほどの春であろうか
農夫の目に真っ青な空が映る











2026年02月05日(木) ささやかなひとコマ

曇りのち晴れ。気温は18℃と三月並みであったが

陽射しのない時間帯は肌寒くてならなかった。

明日はまだ「温」の日が続くが

明後日には雪が降るかもしれないとのこと。

如何にも季節の変わり目らしく冬と春がぶつかり合っているようだ。


今朝は珍しく義父が居て修理完了の車を納車に行ってくれる。

いったいいつの間に直したのだろうと思う。

訊けば昨夜遅くなるまで作業をしていたらしい。

昼間の仕事で疲れていても「やる時はやる」義父らしさであった。

今日は解体の現場がお休みなのだそうだ。

明日には全ての作業が終わるそうでほっとする。


納車から帰ると長靴を履き田んぼの草刈りに出掛けた。

しばらく休んでいたので気になってならない様子である。

お昼には帰らず2時になりやっと帰って来たが

作業服に枯れ草の種子が沢山くっ付いていて難儀な有り様である。

とにかく服を脱がせて私が引き抜くことにした。

ちくちくとどんなにか痛かったことだろう。

同僚も手伝ってくれて何とか着れるようになった。


義父は遅い昼食を食べていたが

声を掛けずに定時で帰路に就く。

今日もカーブス病の発作で行きたくてならない。

そうして心地よく身体を動かし薄っすらと汗もかいた。


不思議なのは気分がとても明るくなること。

買い物も楽しくて夕飯の献立に悩むこともない。

顔なじみの店員さんが居れば積極的に声を掛ける。

以前の私とは明らかに雲泥の差であった。


4時に帰宅。冷たいコーヒーが美味しい。

しばらく自室でSNSを見ていたが例の人の新しいポストはなかった。

けれども不吉な予感はしない。きっと生きていると信じている。

直ぐに落ち着くとは考えられず「時」が必要に思った。

そうしてきっとまた「俳句」を詠んでくれることだろう。


「ふみちゃん」が保育園から帰って来る。

フォロワーさんの一人娘であるふみちゃんの大ファンだった。

幼い女の子の写真を投稿するのは危険にも思えるが

見ている私達にとっては「大きな癒し」であった。

何かあってでは遅いのだがその瀬戸際を漂っている。

父親であるフォロワーさんは何としても守り抜ことだろう。

ファンである私達もふみちゃんを守ってやらねばならない。


5時前には笹原メイさんも日記を更新されていて読みごたえがある。

日記の中に従姉妹の「めいな」が登場していて親近感が湧いた。

偶然だが我が家のめいちゃんと同じ名前なのだ。

「しんちゃん」も出て来る。「ちーちゃん」も出て来る。

それも私の息子と同じ名前であり亡くなった従兄弟の名であった。

「親近感」はとても大切なことに思う。

そうして毎日欠かさず書いてくれることには感謝しかなかった。


夕飯はあやちゃんの大好きな「海老フライ」だったが

珍しく台所に下りて来て娘を手伝っていた。

海老にパン粉をまぶしている。さすがもうすぐ14歳の少女である。

「お料理クラブ」に入ろうかねと私が云えば

「別に興味ないし」と照れ臭そうに二階に逃げて行った。

ささやかなひとコマであったがどれほど嬉しかったことだろう。

特に娘は涙ぐんでいる様に見えた。

決して口に出すことはなかったが前途を案じない親がいるだろうか。

小学5年生から一度も学校に行っていないのだ。

背は伸び髪の毛も伸びて胸はふっくらと膨らんでいる。

どれほどの葛藤であっても見守り続けようと改めて思った。


※以下今朝の詩


    猿

きのうはじゃが芋だった
きょうはなんになろうか

山から猿がおりてくる
里にはごちそうがあり
いくらでも食べられる

軒下に吊るされた干し柿
その甘さをもう知っている

畑には大根や白菜があり
そろそろ菜の花が咲く頃
これまでどれ程荒らしたことか
猿だって悔やむこともあるのだ

追い払われてもまた戻って来る
里人は目くじらを立てて怒るが
どこ吹く風かといつもおもう

植えられたじゃが芋を掘ってみた
そのちいさな芽にこころが疼く

ただ生きるためである
生まれたばかりの子猿もいた

泣いたり笑ったりの日々である
里にはやがて春が溢れて来るだろう








2026年02月04日(水) 春が立てば

二十四節気の「立春」初めて春の兆しが現れる頃。

その名の通り気温は16℃まで上がりぽかぽか日和となる。

暦の上ではもう春となり三寒四温を繰り返して行く。

予報では明日も「温」で週末には「寒」となりそうだ。


職場の紅梅の蕾が一気に膨らみぽつぽつと咲き始めている。

盆栽なので小さな木だが荒れた庭もほっこりと明るい。

これも母が植えた木で50年程経っているようだ。

「咲いた咲いた」と母の喜ぶ顔が見えるようだ。


みい太は今朝も帰らずもう三日目となった。

近くで見かけることもなく遠くへ行っているのだろう。

どんなにか空腹だろうと気遣わずにはいられない。

恋をすればまた何処かで子猫が生まれる。

その子猫の行く末も案じられた。



工場には車検の車が入庫し閑古鳥も飛び立つ。

一般修理のお客さんも来てくれて久しぶりに現金収入もあった。

そうかと思えば先月タイヤ交換をしたお客さんから電話があり

今月の年金では支払えそうにないとのこと。

仕方なく承諾したが次の年金は4月である。

年金生活者はみな暮らして行くのに精一杯なのだ。


義父は今日もヘルメットを被り忙しそうである。

古い村営住宅の解体だそうで一軒ではなさそうだった。

義父の仕事はタンクに水を積み込み散水する役目である。

職場は地下水なので水はいくらでも使えるが

何度も往復する義父は大変なことだろう。


整形外科のリハビリがあり今日も定時で退社する。

病院のエレベーターはまだ故障中で階段を上がった。

先週は手摺に縋り付いていたが今日は杖だけで歩ける。

U君とも話したのだがカーブスの効果が出ているようだ。

もちろんリハビリの成果もあるのに違いない。

医師と面談する時に「駆け足」を披露したら

「もうええぞ」と笑い転げていた。

医師はとにかく手術をしなければ治らないと思っているようだ。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅する。

少しだけ自室で過ごしたがSNSでは例の人がまた「自死予告」をしていた。

もうこれで三度目であったが見て見ぬ振りが出来なかった。

AIの響君に相談したら「そっと見守るのは危険だ」と云う。

とにかく独りぼっちではないことを伝えなくてはならない。

SNSの運営会社に「報告」することも考えたが

さすがに三度目ともなると躊躇ってしまう。

かと云って励ますのも逆効果だろう。

「俳句を待っています」とコメントをするのが精一杯だった。

俳句を詠むことで少しでも気が紛れたらと願う。

己を癒す「ちから」もきっとあるのに違いない。

返信は未だにないが読めば思い留まってくれると信じている。


死んでも決して幸せにはなれない。

生きていても辛いばかりの人生なのだろう。

最愛の人を亡くし喪失感に苛まれている日々であっても

春の光は誰にも等しく降り注ぐと信じてやまない。


※以下今朝の詩


    立春

もういいかいまあだだよ
土の中から声が聴こえる

ふかふかの土である
柔らかくてあたたかい

陽射しは優しく降り注ぎ
そよそよと南風が吹き抜ける

かくれんぼはもうお終い
顔を見せてもいいんだよ

緑の帽子を被った子供達が
一斉に飛び出して来た

これから大きくなるんだね
きっとおとなになるんだね

そうして春が立ちあがる
もううずくまって泣いたりしない

空はどこまでも青く広がり
子供達を見守り続けるだろう





2026年02月03日(火) 福はうち

風もなく穏やかな晴天で随分と暖かく感じる。

「節分」らしく季節の分かれ目のようであった。

明日は「立春」で暦の上ではもう春である。

わくわくとするのは子供の頃から変わらない。

光の天使が空から舞い降りて来そうである。

明日は今日よりも暖かくなるとのこと。

まだ寒の戻りがあるだろうが冬の背中が見えるようだ。


看板猫のみい太がまた行方を暗ましてしまった。

やはり恋の季節なのだろか。好きな猫が出来たのかもしれない。

それにしても食いしん坊なのに餌も食べずによく我慢出来ると思う。

義父が魚のほぐし身を準備していたがもう干からびてしまっていた。

「もう帰って来んでもええぞ」と云いながら

義父にとっては唯一の家族であった。



仕事は車検の予約が入っておらずまた閑古鳥が囁き始める。

同僚と待機していたらオイル交換のお客さんが二人来てくれたが

支払いは「ツケ」で今日の売上にはならなかった。

田舎ではよくあることだが都会では考えられないことだろう。

僅かの金額であっても請求書を出さなければならない。

今月もゼロから始めたので現金収入がないのはとても痛かった。

預金は底を尽き、現金も数千円と云う有り様である。

こんな状態でも会社が存続しているのはまるで奇跡のように思える。


義父は今日もヘルメット姿であった。

どうやらとことん最後まで手伝うつもりらしい。

しかし昨夜のうちに2台の車検を済ませてくれていた。

義父も気になっていたのだろう。大いに助かる。

検査員であり社長である。責任感は人一倍強い義父であった。


同僚に留守番を頼み今日も定時で帰路に就く。

とにかくカーブス病の発作が治まらない。

今日も駆け足を頑張り心地よいた達成感があった。


夕食は「恵方巻」ではなく「手巻き寿司」にする。

その方が安上がりで孫達も喜ぶのだ。

それにしてもサニーマートの「恵方巻」の量におどろく。

完売は考えられず売れ残ったら廃棄処分にするのだろうか。

食品ロスが問題なっている昨今、何ともったいないことだろうと思う。


豆撒き用の豆も買って帰ったが孫達はもう無関心であった。

それでも諦めずに声を掛ける。せめて食べるだけでもと思った。

毎年私が鬼になり豆撒きをしていたのがもう思い出となる。

所詮「子供だまし」だったのかと思うと何とも切ないものだ。

「福はうち、福はうち」とこれを書いている今も唱えている。


どうかどうか家族をお守り下さい。

鬼の姿をした災難が襲って来ませんように。


※以下今朝の詩


  鬼退治

福はうち福はうち
鬼を退治したのは
一寸法師であった

小さなからだで
それは勇ましく
立ち向かって行った

踏み潰されるかもしれない
死んでしまうかもしれない

いったい誰が守ってくれるのか
おじいさんおばあさん
ぼくのことを忘れないで

鬼が島に東風が吹く頃
海は荒れながらも次第に
凪いで行くのだった

その青さを守りたいと思う
人々が安心して暮らせるように

もう勘弁してくれ
鬼は山へ逃げて行く
二度と悪さは出来まい

里へ帰れば梅花が咲き匂い
春の兆しで胸がいっぱいになった










2026年02月02日(月) 素朴な日常

最高気温が10℃を超え暖かくなったが

風は強くやはりまだ真冬なのだろう。

冬枯れた朝の道にはいち早く咲いた白梅が満開になった。

つかの間の通り道であるがほっこりと心が和む。

山里の梅は開花が遅れておりまだ蕾が固い。

職場の近くに梅園があり咲くのが楽しみであった。


朝の道には「枇杷の花」も咲いているが

ほんのりとバニラのような甘い香りがするのだそうだ。

先日「枇杷の花」の詩を書いたときにAIの響君が教えてくれた。

車を停めて近づくことは出来ないが一度嗅いでみたいものだ。


職場の庭には椿の木があり今朝は一輪だけ咲いていた。

母が植えた椿であろう。若き日の母の姿が目に浮かぶ。

残念なのは枯れ草に覆われていて荒れ果てた庭であった。

手入れもしてやれず母に申し訳なくてならない。



工場の仕事は車検の車が入庫し順調に思えたが

義父はまたヘルメットを被り気忙しそうに出掛けて行く。

話をする暇もなく何だか逃げられたように感じた。

今日も例の解体作業だろうか。全く聞いていなかった。

いくら友人の手伝いとは云えあんまりに思う。

人助けも程々にと思うが口が裂けても云ってはならない。


午後、バッテリー上りの要請があり私が出張したが

充電機の使い方を間違えたのかエンジンが始動しない。

お客さんも苦笑いをしており仕方なく同僚に頼むしかなかった。

自信はあったのに何と云うことだろう。がっくりと肩を落とす。

同僚が作業をするとエンジンは始動したが直ぐに止まってしまう。

同僚曰く「バッテリーが死んでいる」のだそうだ。

廃車済みの車で解体屋さんに引き取りに来て貰うとのこと。

新しいバッテリーは売れずくたびれ儲けになってしまった。


時間を気にしていたらもう2時半になっている。

カーブス病の発作が始まり早く帰りたくてならない。

10分程遅れたがカーブスに着くとほっとした。

コーチが声を掛けてくれて一月は13回も来ていたらしい。

「すごいね」と褒めてくれてすっかり有頂天になる。

今日も駆け足を頑張ってみた。やれば出来る何でも出来る。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅。

少しだけ炬燵に潜り込み横になっていた。

以前のようにうたた寝をすることもなく5時になるのを待ち兼ねる。

娘が「海老チリ」を作ってくれて私は「焼きそば」を作った。

お風呂上がりの夫が焼きそばを「うまい」とガツガツと食べる。


夕食後はまた「冬茜」立春を過ぎれば何と云えば良いのだろう。

「春茜」にはまだ早過ぎるように思うが季節はもう早春となる。


笠原メイさんは毎日5時頃に日記を書いているようだ。

体調が優れないようであったが今日もしっかりと書いていた。

特に変わり映えのしない日常であっても書くことに拘る。

それは私と同じでやはり「似た者同士」に思えた。


昔Rに云われたのだが「毎日よく書くことがありますね」

Rは時々私の日記を読んでくれていたが今は遠ざかっている。

「親友」だと思っていたのは私の片想いだったのだろう。

札幌の雪をニュースで見ながらRを思い出さずにはいられなかった。


「日記」は生きてさえいれば書ける。

ブログのように華やかではないが素朴な日常がそこにある。

特に変わり映えがしなくてもそんな一日が愛しくてならない。


※以下今朝の詩


   青海苔

大潮になると
川の水は一気に引き
岩肌を覗かせる

その岩を包むように
緑の海苔が萌えている

岩を撫でるように採る
指先でくるくると巻き
引っ張りながら採るのだ

老婦もいれば若妻もいる
みな競い合うように採る
籠が一杯になれば嬉しい

冷たい水で海苔を洗うと
艶やかな緑がいっそうと
鮮やかになり乙女の髪のよう

北風は強いほどいい
陽射しは優しいのがいい

海苔を干せば緑のカーテンとなり
ほんのりと潮の香りが漂う

四万十に嫁いでもう十年が経った











2026年02月01日(日) 永遠の「明日」

少し風があったがたっぷりの陽射し。

ご近所さんの紅梅の蕾がふっくらと膨らむ。

もう少しで「立春」である。目の前が明るくなった。


最低限の家事だけで後は殆ど寝て過ごす。

もっと有意義に過ごすべきだろうが

寝るのも生きるうちだと思う。

せかせかと動き回らないことだ。

のんびりと元気なのが一番である。


「行って来ます」とめいちゃんがイベント会場に向かったが

帰宅して訊いたら足摺岬へ行っていたそうだ。

イベントは「椿祭り」だろうか。もうそんな季節になった。

足摺岬の「椿のトンネル」が目に浮かぶ。


午後も4時前まで寝ていたが

息子から頼まれていたスーツを探してみた。

何と成人式に誂えた古いスーツである。

けい君の卒業式に着て行くとのこと。

ズボンのサイズさえ合えば大丈夫だろうが

あまりに古いので気になってならない。

それでも息子は着れさえすれば良いと云う。

中学校の入学式にも着て行くのだそうだ。

一人親として精一杯なのが伝わって来る。

二人の晴れ姿を一目見たくてならない。


夕食後、暮れなずむ空を仰ぎながら

「笠原メイ」さんの日記と詩を読む。

淡々とした日記であるが「暮らし」が滲み出ている。

それは「いのち」にも等しく共感をおぼえる。

年齢は不詳だがまだきっと若いのだろう。

詩を読めばそれは一目で若さが漲っていた。

まぶしいなと思う。こころが惹かれずにいられない。


私もこの日記を書き始めて24年目となるが

まだ40代だったころの日記はとても拙い。

読み返すと恥ずかしくて穴があれば入りたくなる。

よくもまあこんなことを書いたものだと思う。

それが次第に落ち着いて来たのは加齢のおかげだろう。

今は落ち着き過ぎたのか何ともつまらない日記になった。

けれども見放さずに読んでくれている人達が居てくれて

毎晩こうして書くことが出来るのだと思う。

宿題の日記を先生に読んでもらうと「花丸」が貰えた。

そんな子供の頃と何も変わっていないのかもしれない。


最後かもしれないと毎晩思う。

それではあまりにも心残りでならない。

しかし永遠の「明日」など在りはしないのだ。


※以下今朝の詩


    如月

暮れなずむ空を仰いでいた
ことんことんと
一日が終わろうとしている

カレンダーを2月にすると
「節分」「立春」「雨水」と
早春の声が聴こえて来る

もう冬ではなかった
たしかな春がそこに在る

雪もきっと雨に変わり
福寿草の花が咲くころ

別れもあれば出会いもあり
涙もあれば笑顔だってある

生きてこその春であった
一日を一生だと思って
一歩一歩と明日に向かいたい









2026年01月31日(土) 早春の暦

晴れの予報だったが陽射しは殆どなく寒さばかりの一日。

気温が低くても陽射しがあれば暖かいものである。

冬のおひさまの有難さをつくづく感じた。


今朝は行方を暗ましていたみい太が帰って来ていた。

5日間もいったい何処で過ごしていたのだろう。

餌係のお客さんは毎朝来てくれていて

今朝は「もんちょるぞ」と知らせてくれた。

みい太は飢えていたらしくがつがつと餌を食べる。

それから散歩に出掛けたようだった。

今日も気の向くままである。夕方には帰って来るだろう。


「おはよう」の声。今朝の義父は上機嫌であった。

今日は農業の作業場に鉄骨で棚を作るのだそうだ。

昔、鉄工所を経営していた友人が手伝いに来てくれていた。

二人とも80歳を超えた高齢者であるが

いざ作業を始めると手際よくまるで若者のようである。

工場の仕事も一段落していたので同僚も手伝っていた。

義父の機嫌は増々良くなり私も嬉しくてならない。


来客もなく電話も鳴らずこの上なく暇な一日であった。

定時を待たずに少し早目にタイムカードを押す。

月曜日にはもう2月のタイムカードである。

何とあっという間の日々だったことだろう。


3時過ぎには帰宅しており録画してあった「豊臣兄弟」を見る。

戦国物はあまり好きではないのだが「仲野太賀」のファンであった。

飾り気のない素朴な感じが好きだなと思う。



めいちゃんのダンス教室があり娘と出掛けて行く。

夕飯は「寄せ鍋」で帰宅してから食べるのだそうだ。

明日は何処かのイベント会場でダンスを披露するらしいが

例の如くで娘は何も教えてはくれなかった。

3月には発表会があるそうで観に行きたくてならない。

その時には娘もきっと教えてくれるだろう。


曇り空だったのに思いがけない「冬茜」であった。

カレンダーを2月にするととても清々しくなる。

「節分」「立春」「雨水」と続く早春の暦が嬉しい。

まだまだ冬の名残があるが確実に春が訪れようとしている。

難儀なことばかりではない。光も希望も満ちて来る春であった。


始まりがあれば終りもあり

ふっとあとどれくらいだろうかと考える。

心細くてならないが一日を一生だと思って暮らして行きたいものだ。


※以下今朝の詩


   たいおん

おふとんからでられない
そのぬくもりこそが
わたしのたいおんである

すごいなとおもう
でんきみたいなちが
とくとくながれていて
あたまからあしのさきまで
あたためてくれるのだ

さむいさむいもうすこし
おふとんからでたら
たいおんはさめるのかな
もうちではなくなって
みずになってしまうのかな

ようしたしかめてみよう

あさだよとこえがする
わたしはくつしたをはいた








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