ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年02月03日(火) 福はうち

風もなく穏やかな晴天で随分と暖かく感じる。

「節分」らしく季節の分かれ目のようであった。

明日は「立春」で暦の上ではもう春である。

わくわくとするのは子供の頃から変わらない。

光の天使が空から舞い降りて来そうである。

明日は今日よりも暖かくなるとのこと。

まだ寒の戻りがあるだろうが冬の背中が見えるようだ。


看板猫のみい太がまた行方を暗ましてしまった。

やはり恋の季節なのだろか。好きな猫が出来たのかもしれない。

それにしても食いしん坊なのに餌も食べずによく我慢出来ると思う。

義父が魚のほぐし身を準備していたがもう干からびてしまっていた。

「もう帰って来んでもええぞ」と云いながら

義父にとっては唯一の家族であった。



仕事は車検の予約が入っておらずまた閑古鳥が囁き始める。

同僚と待機していたらオイル交換のお客さんが二人来てくれたが

支払いは「ツケ」で今日の売上にはならなかった。

田舎ではよくあることだが都会では考えられないことだろう。

僅かの金額であっても請求書を出さなければならない。

今月もゼロから始めたので現金収入がないのはとても痛かった。

預金は底を尽き、現金も数千円と云う有り様である。

こんな状態でも会社が存続しているのはまるで奇跡のように思える。


義父は今日もヘルメット姿であった。

どうやらとことん最後まで手伝うつもりらしい。

しかし昨夜のうちに2台の車検を済ませてくれていた。

義父も気になっていたのだろう。大いに助かる。

検査員であり社長である。責任感は人一倍強い義父であった。


同僚に留守番を頼み今日も定時で帰路に就く。

とにかくカーブス病の発作が治まらない。

今日も駆け足を頑張り心地よいた達成感があった。


夕食は「恵方巻」ではなく「手巻き寿司」にする。

その方が安上がりで孫達も喜ぶのだ。

それにしてもサニーマートの「恵方巻」の量におどろく。

完売は考えられず売れ残ったら廃棄処分にするのだろうか。

食品ロスが問題なっている昨今、何ともったいないことだろうと思う。


豆撒き用の豆も買って帰ったが孫達はもう無関心であった。

それでも諦めずに声を掛ける。せめて食べるだけでもと思った。

毎年私が鬼になり豆撒きをしていたのがもう思い出となる。

所詮「子供だまし」だったのかと思うと何とも切ないものだ。

「福はうち、福はうち」とこれを書いている今も唱えている。


どうかどうか家族をお守り下さい。

鬼の姿をした災難が襲って来ませんように。


※以下今朝の詩


  鬼退治

福はうち福はうち
鬼を退治したのは
一寸法師であった

小さなからだで
それは勇ましく
立ち向かって行った

踏み潰されるかもしれない
死んでしまうかもしれない

いったい誰が守ってくれるのか
おじいさんおばあさん
ぼくのことを忘れないで

鬼が島に東風が吹く頃
海は荒れながらも次第に
凪いで行くのだった

その青さを守りたいと思う
人々が安心して暮らせるように

もう勘弁してくれ
鬼は山へ逃げて行く
二度と悪さは出来まい

里へ帰れば梅花が咲き匂い
春の兆しで胸がいっぱいになった










2026年02月02日(月) 素朴な日常

最高気温が10℃を超え暖かくなったが

風は強くやはりまだ真冬なのだろう。

冬枯れた朝の道にはいち早く咲いた白梅が満開になった。

つかの間の通り道であるがほっこりと心が和む。

山里の梅は開花が遅れておりまだ蕾が固い。

職場の近くに梅園があり咲くのが楽しみであった。


朝の道には「枇杷の花」も咲いているが

ほんのりとバニラのような甘い香りがするのだそうだ。

先日「枇杷の花」の詩を書いたときにAIの響君が教えてくれた。

車を停めて近づくことは出来ないが一度嗅いでみたいものだ。


職場の庭には椿の木があり今朝は一輪だけ咲いていた。

母が植えた椿であろう。若き日の母の姿が目に浮かぶ。

残念なのは枯れ草に覆われていて荒れ果てた庭であった。

手入れもしてやれず母に申し訳なくてならない。



工場の仕事は車検の車が入庫し順調に思えたが

義父はまたヘルメットを被り気忙しそうに出掛けて行く。

話をする暇もなく何だか逃げられたように感じた。

今日も例の解体作業だろうか。全く聞いていなかった。

いくら友人の手伝いとは云えあんまりに思う。

人助けも程々にと思うが口が裂けても云ってはならない。


午後、バッテリー上りの要請があり私が出張したが

充電機の使い方を間違えたのかエンジンが始動しない。

お客さんも苦笑いをしており仕方なく同僚に頼むしかなかった。

自信はあったのに何と云うことだろう。がっくりと肩を落とす。

同僚が作業をするとエンジンは始動したが直ぐに止まってしまう。

同僚曰く「バッテリーが死んでいる」のだそうだ。

廃車済みの車で解体屋さんに引き取りに来て貰うとのこと。

新しいバッテリーは売れずくたびれ儲けになってしまった。


時間を気にしていたらもう2時半になっている。

カーブス病の発作が始まり早く帰りたくてならない。

10分程遅れたがカーブスに着くとほっとした。

コーチが声を掛けてくれて一月は13回も来ていたらしい。

「すごいね」と褒めてくれてすっかり有頂天になる。

今日も駆け足を頑張ってみた。やれば出来る何でも出来る。


買い物を終えて4時過ぎに帰宅。

少しだけ炬燵に潜り込み横になっていた。

以前のようにうたた寝をすることもなく5時になるのを待ち兼ねる。

娘が「海老チリ」を作ってくれて私は「焼きそば」を作った。

お風呂上がりの夫が焼きそばを「うまい」とガツガツと食べる。


夕食後はまた「冬茜」立春を過ぎれば何と云えば良いのだろう。

「春茜」にはまだ早過ぎるように思うが季節はもう早春となる。


笠原メイさんは毎日5時頃に日記を書いているようだ。

体調が優れないようであったが今日もしっかりと書いていた。

特に変わり映えのしない日常であっても書くことに拘る。

それは私と同じでやはり「似た者同士」に思えた。


昔Rに云われたのだが「毎日よく書くことがありますね」

Rは時々私の日記を読んでくれていたが今は遠ざかっている。

「親友」だと思っていたのは私の片想いだったのだろう。

札幌の雪をニュースで見ながらRを思い出さずにはいられなかった。


「日記」は生きてさえいれば書ける。

ブログのように華やかではないが素朴な日常がそこにある。

特に変わり映えがしなくてもそんな一日が愛しくてならない。


※以下今朝の詩


   青海苔

大潮になると
川の水は一気に引き
岩肌を覗かせる

その岩を包むように
緑の海苔が萌えている

岩を撫でるように採る
指先でくるくると巻き
引っ張りながら採るのだ

老婦もいれば若妻もいる
みな競い合うように採る
籠が一杯になれば嬉しい

冷たい水で海苔を洗うと
艶やかな緑がいっそうと
鮮やかになり乙女の髪のよう

北風は強いほどいい
陽射しは優しいのがいい

海苔を干せば緑のカーテンとなり
ほんのりと潮の香りが漂う

四万十に嫁いでもう十年が経った











2026年02月01日(日) 永遠の「明日」

少し風があったがたっぷりの陽射し。

ご近所さんの紅梅の蕾がふっくらと膨らむ。

もう少しで「立春」である。目の前が明るくなった。


最低限の家事だけで後は殆ど寝て過ごす。

もっと有意義に過ごすべきだろうが

寝るのも生きるうちだと思う。

せかせかと動き回らないことだ。

のんびりと元気なのが一番である。


「行って来ます」とめいちゃんがイベント会場に向かったが

帰宅して訊いたら足摺岬へ行っていたそうだ。

イベントは「椿祭り」だろうか。もうそんな季節になった。

足摺岬の「椿のトンネル」が目に浮かぶ。


午後も4時前まで寝ていたが

息子から頼まれていたスーツを探してみた。

何と成人式に誂えた古いスーツである。

けい君の卒業式に着て行くとのこと。

ズボンのサイズさえ合えば大丈夫だろうが

あまりに古いので気になってならない。

それでも息子は着れさえすれば良いと云う。

中学校の入学式にも着て行くのだそうだ。

一人親として精一杯なのが伝わって来る。

二人の晴れ姿を一目見たくてならない。


夕食後、暮れなずむ空を仰ぎながら

「笠原メイ」さんの日記と詩を読む。

淡々とした日記であるが「暮らし」が滲み出ている。

それは「いのち」にも等しく共感をおぼえる。

年齢は不詳だがまだきっと若いのだろう。

詩を読めばそれは一目で若さが漲っていた。

まぶしいなと思う。こころが惹かれずにいられない。


私もこの日記を書き始めて24年目となるが

まだ40代だったころの日記はとても拙い。

読み返すと恥ずかしくて穴があれば入りたくなる。

よくもまあこんなことを書いたものだと思う。

それが次第に落ち着いて来たのは加齢のおかげだろう。

今は落ち着き過ぎたのか何ともつまらない日記になった。

けれども見放さずに読んでくれている人達が居てくれて

毎晩こうして書くことが出来るのだと思う。

宿題の日記を先生に読んでもらうと「花丸」が貰えた。

そんな子供の頃と何も変わっていないのかもしれない。


最後かもしれないと毎晩思う。

それではあまりにも心残りでならない。

しかし永遠の「明日」など在りはしないのだ。


※以下今朝の詩


    如月

暮れなずむ空を仰いでいた
ことんことんと
一日が終わろうとしている

カレンダーを2月にすると
「節分」「立春」「雨水」と
早春の声が聴こえて来る

もう冬ではなかった
たしかな春がそこに在る

雪もきっと雨に変わり
福寿草の花が咲くころ

別れもあれば出会いもあり
涙もあれば笑顔だってある

生きてこその春であった
一日を一生だと思って
一歩一歩と明日に向かいたい









2026年01月31日(土) 早春の暦

晴れの予報だったが陽射しは殆どなく寒さばかりの一日。

気温が低くても陽射しがあれば暖かいものである。

冬のおひさまの有難さをつくづく感じた。


今朝は行方を暗ましていたみい太が帰って来ていた。

5日間もいったい何処で過ごしていたのだろう。

餌係のお客さんは毎朝来てくれていて

今朝は「もんちょるぞ」と知らせてくれた。

みい太は飢えていたらしくがつがつと餌を食べる。

それから散歩に出掛けたようだった。

今日も気の向くままである。夕方には帰って来るだろう。


「おはよう」の声。今朝の義父は上機嫌であった。

今日は農業の作業場に鉄骨で棚を作るのだそうだ。

昔、鉄工所を経営していた友人が手伝いに来てくれていた。

二人とも80歳を超えた高齢者であるが

いざ作業を始めると手際よくまるで若者のようである。

工場の仕事も一段落していたので同僚も手伝っていた。

義父の機嫌は増々良くなり私も嬉しくてならない。


来客もなく電話も鳴らずこの上なく暇な一日であった。

定時を待たずに少し早目にタイムカードを押す。

月曜日にはもう2月のタイムカードである。

何とあっという間の日々だったことだろう。


3時過ぎには帰宅しており録画してあった「豊臣兄弟」を見る。

戦国物はあまり好きではないのだが「仲野太賀」のファンであった。

飾り気のない素朴な感じが好きだなと思う。



めいちゃんのダンス教室があり娘と出掛けて行く。

夕飯は「寄せ鍋」で帰宅してから食べるのだそうだ。

明日は何処かのイベント会場でダンスを披露するらしいが

例の如くで娘は何も教えてはくれなかった。

3月には発表会があるそうで観に行きたくてならない。

その時には娘もきっと教えてくれるだろう。


曇り空だったのに思いがけない「冬茜」であった。

カレンダーを2月にするととても清々しくなる。

「節分」「立春」「雨水」と続く早春の暦が嬉しい。

まだまだ冬の名残があるが確実に春が訪れようとしている。

難儀なことばかりではない。光も希望も満ちて来る春であった。


始まりがあれば終りもあり

ふっとあとどれくらいだろうかと考える。

心細くてならないが一日を一生だと思って暮らして行きたいものだ。


※以下今朝の詩


   たいおん

おふとんからでられない
そのぬくもりこそが
わたしのたいおんである

すごいなとおもう
でんきみたいなちが
とくとくながれていて
あたまからあしのさきまで
あたためてくれるのだ

さむいさむいもうすこし
おふとんからでたら
たいおんはさめるのかな
もうちではなくなって
みずになってしまうのかな

ようしたしかめてみよう

あさだよとこえがする
わたしはくつしたをはいた









2026年01月30日(金) 虫の居所

気温は低目であったが穏やかな晴天となる。

明日には強風注意報が解除されるかもしれないが

引き続き強い寒波が居座っているようだ。


雪国からのニュースが流れる度に気の毒でならず

特に青森や新潟、金沢も記録的な大雪とのこと。

除雪作業に追われている人が「白い悪魔」だと嘆いていた。

そうかと思えばSNSでは雪に憧れると発言している人がいて

何と非常識な人だろうと情けなく思う。



工場は開店休業。同僚がCT検査のため休みを取っていた。

義父は解体作業が終わったそうで待機してくれていたが

虫の居所が悪いのか朝からとても機嫌が悪かった。

小言もあれば嫌味もあり私に文句ばかり云うのである。

ねちねちと諄い。一気に義父が嫌いになった。

どうやら二日間の作業が祟り農作業が遅れてしまったらしい。

あれもこれもと遣らねばならないことがあり苛立っていたのだろう。

とにかく口ごたえをしてはならない。じっと嵐が去るのを待っていた。


月末の資金はぎりぎりであったが取引先に迷惑を掛けずに済む。

月曜日には社会保険料の引き落としがあり預金は底を尽く。

また来月もゼロから始めなければならない。

しかし不思議なことに少しも苦に思わないのだった。

決して楽天家ではないはずなのに「面白いな」と思う。

どうやら私はぎりぎりの瀬戸際が好きなようだ。


午後には事務仕事も一段落しており

県の「短詩型文学賞」に応募する短歌をパソコンで仕上げた。

自分ではそこそこ気に入っている20首であったが

どうせ駄目だろうと最初から諦めている。

選者の中に高新文芸の選者をしている歌人さんの名前があった。

私の短歌を徹底的に嫌っているので読みもしないだろうと思う。

それも悔しくてならないが一か八かであった。

駄目で元々。けれども私は決して短歌を諦めはしない。


恐る恐る義父に声を掛けて定時で退社した。

「帰るよ」と告げれば「おう!」と機嫌は良くなっておりほっとする。

まっしぐらにカーブスに向かったのは云うまでもない。

カーブスには筋トレマシンの間にボードが置いてあり

足踏みをするのだが今日は駆け足に挑戦してみた。

杖に頼らなくてもそれが出来てとても嬉しかった。

このまま頑張っていたら杖要らずになるかもしれない。

前途は明るく増々やる気が湧いて来た。


サニーマートは半額祭りで目を輝かせながら買い物をする。

娘が大好きな「鰤子」もゲットした。

「わあ、やったあ」娘の喜ぶ顔を見ると嬉しくてならない。


夕食後は暮れなずむ空を仰ぎながら煙草とSNSであったが

冬の夕焼けを「冬茜」と云うのだそうだ。

冬の季語で今夜は一句唸って見ようと思う。


午後6時になると「笹原メイ」さんの日記であった。

彼も日課になっているのだろう。さりげない日常の事が輝いている。

そうして何よりも最後の「詩」がとても素晴らしい。

毎日読んでいるうちにすっかりファンになってしまったようだ。


私の詩は相変わらずだが今朝もK子さんが「いいね」をしてくれていた。

自分では変わったとは全く思っていないが

少なくてもK子さんに批判されることはなくなったのかもしれない。

これまで不愉快な思いをさせてしまい何だか罪滅ぼしのようだ。


6時半には入浴。湯船に浸かりながら「これから」を考えていた。

今日は何事も無く無事に過ごせたがいつ何があるやら分からない。

事故や病気。大地震が襲って来るかもしれない。

ある日突然であるならもっともっと生きなければと思った。

私はわたしを貫き通す。それが私の「これから」である。


※以下今朝の詩


   枇杷の花

薄茶色の花であった
あまりうつくしくはない
けれども健気で逞しい花

真冬だからこそ咲いた
冷たい風に晒されても
微笑むことを忘れない

鳥たちの止まり木になり
その囀りに心が癒される

春になれば散るのだろう
そうして花は実となり
初夏の風を待ち続ける

愛でられることに
慣れてはいない
ひっそりと静かに咲く

遍路道の片隅であった
旅人が通り過ぎる度に
花はまるで手を振るように
風に揺られ続けている





2026年01月29日(木) 似た者同士

今日も冬晴れであったが強い北風が吹く。

東北や北陸では大雪で難儀をしていて

毎朝雪掻きをしないと外に出られないのだそうだ。

若者ならともかく高齢者には過酷な作業であった。

雪解けにはまだ早く根雪の上にまた雪が積もるだろう。

南国高知では想像もつかない雪国の暮らしである。

寒波は待ったなしに後から後から襲って来ていた。


いつも通りに職場に着いたが今朝もみい太の姿が見えなかった。

今日でもう4日目である。いったい何処に行ったのだろう。

以前から時々行方を暗ますことはあったが

この寒空に餌も食べず何とも心配でならない。

鉄工所のKちゃんは「恋の季節」だと云う。

まだ早いように思うがそれも春の兆しなのだろう。


朝のうちは昨日と同じく閑古鳥が鳴いていたが

お昼前に車検の車が入庫しやっと活気を取り戻す。

義父は今日も家屋解体の手伝いに出掛けて行った。

面白くてたまらないのだろう。随分と張り切っている。


先日トラブルがあった中古新規の車のナンバーが届く。

今日はやっと納車が出来てお客さんも喜んでいた。

支払いは即金で何と有難いことだろうか。

今日は他にも支払いのお客さんが来てくれてとても助かった。

しかしお金は右から左で取引先に送金するとまた資金が底を尽く。

明日は明日の風が吹くだろうと嘆くことはしなかった。


定時で退社しようとしていたら急な来客があったが

同僚に対応を頼み逃げるように帰路に就く。

頭の中はもうカーブスのことしか考えていない。

まるで何かに取り憑かれたように身体を動かしたくてならなかった。

気分爽快となり溌溂と買い物を済ませ家路を急ぐ。


夕食後はまた自室でSNSを見ていた。

昨日の小樽の人は平然としており何だか狐につままれたよう。

何事も無かったように選挙がらみのポストを発信していた。

誰もが気遣い心配したことだろうと思うが

当人にとってはもうどうでも良いことだったのかもしれない。


フォロワーさんには詩や短歌や俳句を発信する人が多いが

日記やエッセイを発信している人もいて読むのが楽しみであった。

「笹いろ玉虫さん」は78歳の女性だが

文章力が素晴らしくまるでプロのエッセイストのようである。

私は毎回リポストをしていて多くの人に読んでもらいたい「作品」であった。


「笹原メイ」さんは年齢不詳の詩人さんで男性である。

彼はブログではなくあくまで「日記」を毎日書き続けていた。

まさに私と同じで心を惹かれずにはいられない。

淡々とした日記のようでコーラのような味がする。

炭酸がしゅわっと音を立てているような文章力があった。

日記の最後にその日書いた詩を載せるのも私と同じである。

私など足元にも及ばないが「似た者同士」なのかもしれなかった。

私は雑魚だが彼女と彼は鯛か平目かもしれない。

気易く声も掛けられず憧れるように眺めているだけの私であった。


ネットの海はとてつもなく広い。

岩もあれば渦潮だってあるだろう。

もがけばたとえ魚であっても命を落とすことも在り得る。

ゆらりゆらりと波間を漂う。雑魚にもそれなりの心意気があった。


※以下今朝の詩


    球根

もうすこしあとすこし
春が立つのを待っている

球根から芽が出て来た
柔らかな土につつまれ
冬の陽射しを浴びている

咲くことよりも
真っ直ぐに伸びること
誇らしい顔をせずに
健気に生きていくこと

誰もが待ち望む春である
季節が少しずつ移り変わり
冬枯れた野にも光が満ちる

かたい球根であった
寒さに負けそうな日もあり
空をうらんだ日もあった

もうすこしあとすこし
降り注ぐ陽射しの中から
春の声が聴こえてくる





2026年01月28日(水) 陽だまりを探して

北風と太陽の一日。陽射しはたっぷりとあったが

今日も強風注意報が出ていた。

日中はさほど気にならなくても夕方になると風が冷たい。

明日は今日よりも気温が下がり風がいっそう冷たくなりそうだ。

立春まであと7日。もう少しの辛抱である。


仕事は一気に閑古鳥の声がこだまし工場が暇になる。

朝一でオイル交換のお客さんが来てくれただけで

後はタイヤの空気圧調整のお客さんだけだった。

オイル交換のお客さんはとても愉快な人で

私と語り合えばまるで漫才のようで楽しかった。

私より3歳年上だが「尿漏れ」の話題で盛り上がる。

しかし滅多にないそうで私のことを話すと驚いていた。

「まだ若いに早過ぎる」と云うのである。

たまには同年代の人と話してみるものだなと思った。

私は異常なのかもしれないとふっと頭を過った。

オイル交換の代金は来月の給料日まで待って欲しいとのこと。

おかげで今日の売上はゼロとなる。


午後は同僚と待機で事務所でコーヒを飲んだりする。

忙しいのは義父だけで今日は建設会社の友人を手伝いに行っていた。

古い家屋の解体だそうでヘルメットを被り何とも勇ましい。

義父のヘルメット姿を初めて見たがとても82歳には見えなかった。


同僚に留守番を頼み定時で帰路に就く。

今日はいつものリハビリに加え診察もあり5時前まで病院に居た。

先日から右の太腿が痛むので医師に相談してあったのだが

悪い左足を庇うので右の腰骨に異常があるかもしれないと云う。

レントゲンの結果腰骨には異常がなかったが

あちらこちらに動脈硬化が見られ医師が心配していた。

以前にも内科で相談したが高齢になるとよくあることらしい。

「あまり気にしなくても良いですよ」と云われていた。

しかしまた気になり始め今度の通院日に相談して見ようと思う。

整形外科の医師が云うには血圧さえ落ち着いていれば大丈夫とのこと。

今は落ち着いているが先日まで異常に高かったのはそのせいだろうか。


帰宅が遅くなったが娘がカレーを作ってくれていた。

夢に餅の美味しさで何とも幸せな夕食である。

ふと毎晩こんな日が続けば良いなと思う。


夕食後はしばらく自室で過ごすのが日課であるが

ずいぶんと日が長くなり窓から茜色の空が見える。

まさに「黄昏時」でしんみりと一日を想う。


SNSでは北海道の小樽に住む人が切羽詰まったようなポストをしていた。

灯油を買うお金が無くしばらくストーブを焚けないのだそうだ。

社会福祉協議会でお金を借りることは出来るが

遠方のため交通費も無いそうで何とも憐れな有り様である。

「生き延びられるだろうか」と書いていたが

何だかとても投げ遣りになっているように感じる。

我慢すれば済むことかもしれないが凍死の心配もあった。

見て見ぬ振りがどうして出来ようかと思う。

余計なことかもしれないが社会福祉協議会に相談するように告げた。

行政が見捨てる訳はないと思う。きっと助けてくれると信じて止まない。

「いのち」に関わることである。どうして見捨てることが出来ようか。

ポストを発信することはイコール「ヘルプ」だと私は思う。

先日の自死予告をした人も今は毎日俳句を発信しているのだった。


顔も知らない会ったこともない人であっても

同じネットの海を漂う魚同士である。

縁がなければ出会うこともなかったのだ。


※以下今朝の詩


   縁

初めて会ったのに
なつかしいひとがいる

目が合ったその瞬間に
ぴぴっとこころがうごく

笑顔を交せば尚更のこと
もう知らない人ではない

前世からの縁なのだろう
やっと巡り会えたのだ

どれほどの糸だろうか
手繰り寄せてみれば
ゆらゆらと風に揺れる

その風さえも懐かしくてならない

一期一会の縁を結ぶ
信じてみようと思う

「行きましょうよ」
青年は旅人であったが
その一日を授けてくれた

真冬だと云うのに
ほっこりとあたたかくなった


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