二十四節気の「大寒」一年で最も寒さが厳しい頃であるが
日が長くなるのでゆっくりと春に向かう頃でもある。
目の前には「立春」があるのが希望でもあった。
最高気温は13℃と昨日よりも大幅に下がったが
陽射しがたっぷりとあり過ごし易い一日となる。
しかし夕方から風が冷たくなり寒波は避けられないだろう。
明日の朝は氷点下の予報であった。
花屋さんの店先に可愛らしいパンジーがたくさん並んでいた。
パンジーは寒さに強く雪が降っても微笑んでいる花である。
買い求めたくてたまらなかったが今日も諦めてしまった。
店員さんが声を掛けてくれて「見るだけ」を許してくれる。
先日のジュリアンはもう枯れ始めていて憐れだった。
花屋さんは半額にしても売り尽くそうとしている。
捨てることをしないのだ。それもひとつの優しさなのだろう。

仕事は今日も順調に「車検整備」が完了する。
しかし義父が今日も慌ただしくしていて「車検」が出来なかった。
また中古の農機具を買い求め嬉しくてならないようだ。
去年の秋からいったいどれほどお金を使ったことだろうか。
あればあるだけ使ってしまうので何だかほらはらと心配になる。
今年もお米の価格が高値なら良いが安ければ忽ち困るだろう。
事務所には立て続けに来客があり賑やかだった。
なんとそれぞれに冬野菜をたくさん持って来てくれたのだ。
白菜、大根、蕪、ほうれん草、ブロッコリーもある。
しばらくは野菜を買わなくて済み何と有難いことだろう。
田舎の山里ならではのこと。心優しい人ばかりである。
今日も義父の様子を伺いながら定時で退社した。
帰り道に平田町のお客さんに忘れ物を届けに行ったら
「干し柿食べんかね」と自家製の干し柿を頂く。
子供の頃には祖父が干していて何とも懐かしい。
助手席に置いて食べながら帰る。甘くてとても美味しかった。
カーブスは今日もいつものメンバーで楽しくてならない。
すっかり顔なじみになり会話も弾んだ。
ふと自分はこんなに明るい性分だったのかと思う。
弾んでいる自分の声が何だか別人のように思えた。
帰宅して娘に聞いたのだがサニーマート内の「キャンドゥ」が
今週一杯で閉店になるのだそうだ。
今日は寄らなかったので全く知らずにいたが
いつも利用していただけに残念でならない。
「セリアがあるじゃん」と娘は簡単に云うが
例え同じ敷地内でもとても不便に思えた。
セリアの店内は広過ぎて私の足ではかなり辛いのだった。
今日から全品半額処分をしているそうだが
明日ではもう遅いだろうとがっくりと肩を落とす。
夫の靴下を2足買ったのがどうやら最後になりそうだ。
足が不自由なりに出来る事は頑張ろうと思う。
しかし杖を付いても50メートル程しか歩けなくなった。
カートを押しながら買い物をするのも背筋を伸ばして歩けない。
背を丸めカートに縋り付いて歩いているのが私である。
手術までは程遠くあと10年と思いつつ前途はそう明るくはない。
野垂れ死ねばそれまで。杖を付きながら三途の川を渡るのである。
「明日死ぬかもしれない」といつも思うが
その明日が来れば「今日は死にそうにない」と思う。
そうそう簡単に人は死なないのではないだろうか。
志半ばであれば尚更のことである。
まだまだ足らない。まだまだ「明日」が必要なのだ。
※以下今朝の詩
大寒
ぱっかぱっか 蹄の音が聞こえ 冬将軍が馬に乗ってやって来る 槍だろうか刀だろうか 鋭い光を放っている
野花たちは身を寄せ合い 互いを守ろうとしている
春の兆しにほっとして いち早く咲いた花であった 明日を信じることで どれほど安らいだことだろう
ぱっかぱっか それは容赦なく近づいて来る
戦などするつもりはない たとえ踏み荒らされても きっと生きて見せよう
冷たい風が吹き抜けていく おひさまはまるで母のように 優しく微笑んでいるのだった
最高気温が20℃にまで達し異常な程の暖かさとなる。
雲が広がっていたため陽射しは少なかったが
快晴ならば汗ばむ程の陽気となったことだろう。
しかしこの暖かさも今日までらしく
明日の「大寒」を境に厳しい寒波が襲って来るようだ。
急激な寒暖の差は老体に堪えることだろう。
高目の血圧も気になりまた不安がぶり返しそうである。
暖かさに誘われたのか白梅の花はあちらこちらに見られるようになった。
山里でも庭先に梅の木がある家が多くある。
職場にも紅梅の木があり小さな蕾が見られるようになった。
今は荒れ果てた庭となり母が手入れをしていた頃が懐かしい。

今週は毎日車検の予約が入っており忙しくスタートする。
義父は売約済みの中古車のエアコン修理をしていた。
それが思うように行かず苛立っている様に見える。
田んぼにも行きたいのだろう。あちらを立てればこちらが立たずだった。
その上にお昼には事故車が入庫する。
高齢のお客さんで自損事故だったが大掛かりな修理になりそうだ。
しかも車はプリウスの新車であった。
部品代だけでもかなりの金額になりそうである。
午後には車検整備が完了していたが義父の慌ただしいこと。
手が空くのを待っていたら何時になるやら分からず
定時で逃げるように帰路に就いた。
カーブスへ行きたくてならない。もう生活の一部になったらしい。
メンバーの顔触れも変わらずすっかり仲良しになった。
その上に身体を動かせば爽快で何とも心地よい。
今日は暖かさのせいもあり汗びっしょりになっていた。
買物を済ませ4時過ぎに帰宅。
今日も洗濯物が生乾きだったそうで娘が乾燥機で仕上げてくれていた。
明日から寒波となればもう外に干さない方が良いだろう。
夜明け前に干すのも辛いものである。
30分程自室で過ごしSNSで好きな詩人さんの詩を読んでいた。
決して自信満々ではないところが好きだなと思う。
私など足元にも及ばないが「こんな詩が書きたいな」と思った。
毎朝詩を書いていれば一年で365の詩が出来るが
書けばそのまま藻屑のように消えているのだろう。
何処にも辿り着けない儚い運命のように思う。
その上に死んでしまえばもう全てがお終いである。
それでも書かずにいられないのは「さが」のようなものだろうか。
命がけで書いていると云えば笑い飛ばされてしまうだろう。
でもそれは本当のことなのだ。
「一日一生」と云う言葉があるがいつも最後かもしれないと思っている。
※以下今朝の詩
ふつふつ
ふつふつとしたなにか それはこころのなかにあり わきたとうとしている
大寒から立春までは 一年で最も厳しい寒さ 何としても乗り越えよう 春の芽はじっと耐えている
霜が降りる雪が降る 強い北風が荒れ狂う
空に何の罪があろうか 流れる雲は逆らえはしない
陽は昇り光が満ちて来る 奇跡のような陽だまりだった
ふつふつと生きている 春の芽には希望しかない
湧きたつ想いは祈りとなり いちめんの空に広がっていく
晴れの予報だったが思いがけずに曇り空となる。
気温も高くなったが陽射しは殆ど届かなかった。
「洗濯物係」の夫が窓を開けて空ばかり見ている。
そうして生乾きの洗濯物を乾燥機に入れてくれた。
夫の毎日の役目なのだ。私が家に居る休日もそれは変わらない。
玄関に置いてあるシクラメンがぐんにゃりとなっていた。
急いで水を遣るとよほど喉が渇いていたのだろう。
一時間もしないうちにしゃきっと元気になる。
庭先の葉牡丹とスノーボールにも水遣りをした。
これも平日には出来ないことだった。
疎かにして枯らしてしまうわけにはいかない。
草花にとって水は命にも等しい。
掃除や部屋の片付けなどすることは沢山あったが
例の如くで朝からごろごろと寝てばかりであった。
10時になりやっと起き出し買い物に行く。
百円ショップで夫の靴下を2足買った。
そうとは知らない夫がとても喜ぶ。
しめしめと思った。破けたらまた買えば良い。
昼食にはまた大きなお好み焼きを焼き半部こにして食べる。
いつもは豚玉だが今日はイカ玉にしてみた。
夫は豚の方が良かったと云う。私はイカの方が好きだなと思う。
お腹がはち切れそうになりまた炬燵に潜り込む。
そのまま2時まで眠っていたようだ。
寝起きの身体の怠いこと。自室でアイスコーヒーを飲む。
SNSは特に変わり映えがしないが中学生の虐め動画が目に留まった。
何とも残虐で苛めと云うより「殺人未遂」に思える。
加害者の中学生の顔は晒されており警察がきっと動くだろう。
ただの苛めで済まされてはならない。これは犯罪だと思った。
SNSでは色んな情報が飛び込んで来るが
見て見ぬ振りが出来ないことも多い。
先日の「自死予告」をした人は思い留まってくれたようでほっとした。
俳句を詠んでいる人で今日も新しい俳句を投稿していたのだ。
あの夜「いのちの電話」に相談したのかは定かではないが
生きるきっかけになったかもしれず私は間違っていなかったと思う。
見ず知らずの人であってもこれからも心を尽くしたい。
それがお節介だとしても自分の使命のように思うのだ。
目に見えなくてもそれぞれが確かに存在していることを忘れてはならない。
私の詩を批判し続けていたK子さんも最近は「いいね」を届けてくれる。
私は決してK子さんに気に入られようとは思っていない。
ただ「これがわたし」だと信じて毎朝書き続けている。
※以下今朝の詩
いちりん
梅花いちりん咲きました それは人里離れた場所 山道の杉木立の傍らで ひっそりと静かに咲く
巡礼の旅人が鈴を鳴らし 一歩一歩と進む道である
立ち止まり仰ぐ空 その青に純白が映る
辛い旅ではあるまいと 旅人は大きく息をした
たくさんの蕾が見える やがてそれは希望のように咲く
梅花いちりん咲きました
旅人はすくっと前を向き 険しい山道をまた歩き始めた
最高気温が20℃にまで達し四月上旬の暖かさとなる。
この異常な程の暖かさもあと数日とのこと。
「大寒」になるとまた厳しい寒さになるのだそうだ。
そうして「立春」を迎えたらもう早春である。
過ぎ行く日々の何と早いことだろう。
まるで季節が鉢巻をして駆け抜けているようだ。
昨日よりも今日と白梅は花を増やし心が和む朝であった。
今朝も職場に着くなりみい太が鳴きながら駆け寄って来て
餌を与えたらまるで飢えていたかのようにがつがつと食べる。
猫係のお客さんは風邪をこじらしているとのこと。
義父とよく似た症状であった。
昨日張り切り過ぎたのだろう今朝は10時まで寝ていたようだ。
元気そうに見えてもげぞげぞと咳き込むことが多い。
2時までは工場で仕事をしていたがその後また田んぼに出掛ける。
刈った草を焼くのだそうだ。火が燃え広がれば大変なことになるが
軽トラックに大きなタンクを積み水をいっぱい溜めて行く。
風がある日には出来ないことで今日しか出来ないと思ったのだろう。
土曜日であったが来客もありけっこう忙しい。
やはり休んでいる場合ではなかったのだと改めて思う。
カーブスも平日に行けるようになったので
もう休む必要もなくなったのである。
何よりも日給があるので収入が増えるのが嬉しかった。
その分会社の資金に負担をかけてしまうが何とかなるだろう。
私が働いたところで売上が上がる訳ではないが
少しでも役に立ちたいと思う気持ちがあった。
買物を終えて4時前には帰宅していたが
肩凝りだろうか右の歯茎が腫れてずきずきと痛む。
我慢できなくなり痛み止めを服用ししばらく横になる。
そのまま眠っていたようで「おい5時だぞ」と夫の声がした。
薬が効いたのだろう痛みは薄れていて夕食も食べられ何よりである。
決して無理をしているつもりはないのだが
歳のせいか身体はとても正直なのだなと思う。
昨年の12月から入院していた弟が昨日退院したようだ。
しかしまだ後遺症が残りまともに歩くことが出来ないらしい。
病院でリハビリを続けるのが一番に思えたが
入院費が嵩むのが気になってならない様子である。
姉として助けてやることも出来ず何とも憐れであった。
今朝はそんな弟のことを想いながら詩を書く。
キャッチボールをした庭は更地になってしまったが
南天の紅い実だけは今もちゃんと残っているのだった。
※以下今朝の詩
キャッチボール
弟とキャッチボールをした グローブにずしんと 力強い球を投げて来る
冬の庭には南天の紅い実 少し俯いて咲く水仙の花
弟は野球選手になりたいと 大きな夢を抱いていた それが叶うような気がする 陽だまりがきらりと眩しい
あの日も弟は泣かなかった 私の手をぎゅっと握り絞め 歯を食いしばっていたのだ
母さんは何処に行ったのだろう 運命なんてどうして信じられようか
何度も何度も球を投げて来る しっかりと受け止めねばならない
落としてしまえば全てが終る 未来とか希望とか「明日」も
弟はずいぶんと逞しくなった 冬の陽が傾き始めた空に向かい まるで立ち向かうように 球を投げ続けていた
小春日和を通り越してすっかり春の陽気となる。
昨日よりも気温が高く4月並みの暖かさであった。
国道沿いの山茶花は日に日に散り落ちているが
山道へ入ると県道沿いに白梅の花が咲き始めている。
おそらく近くの民家の人が昔から植えていたのだろう
毎年どの梅の木よりも真っ先に咲くのだった。
「今年もそんな季節になったのか」と感慨深く思う。
梅が咲けば次は菜の花。そうして桜の季節がやって来る。
義父の体調は随分と良くなり午前中に歯医者さんへ行く。
お昼には機嫌よく帰って来てやっと治療が終わったのだそうだ。
去年の秋からだったろうか、食べたい物も食べられず
よく長いこと辛抱したものだと思う。
食欲も出て来たのだろう昼食を食べ終わると直ぐに仕事に取り掛かる。
しばらくは工場に居たが前触れもなくまた田んぼに行ったようだ。
ここ数日行けなかったので余程気になっていたのだろう。
義父の留守を良いことに定時で仕事を終えまたカーブスへ向かった。
どうやらもう生活の一部になったらしく行きたくてならない。
薄っすらと汗を流し何とも爽快で心地よかった。
しかしダイエットには程遠く食欲が旺盛になってしまうのである。
夕飯がとても美味しくいつも以上に食べ過ぎてしまうのだ。
食べなければ確実に痩せるだろうに困ったものである。
夕方には息子のマンションへけい君の荷物を届けに行く。
息子は顔色も良くなっておりもう大丈夫だろう。
今週一杯は仕事が休めそうで何よりだった。
また父と子の暮らしが始まるが困った時には助けてやれる親でありたい。
困ったことがない限り一切電話もしてこない息子であった。
便りのないのが元気な証拠。そんな日々が続くことを願っている。
今朝は初めてけい君の詩を書いた。
筆箱の中の消しゴムがとても小さくなっていたのだ。
それでも手で擦るようにしながら字を消している
息子も筆箱の中を見ることもなかったのだろう。
そう思うと我慢しているけい君が不憫でならなかった。
娘が気に掛けてくれて「いっぱいあるよ」とひとつ分けてくれたのだ。
けい君は嬉しそうにそれを筆箱に入れて元気に学校へ行った朝のことである。
母親が居ても気づかなかったかもしれないが
けい君はずっとその一言が云えなかったのだろう。
一番最初に気づいたのはおじいちゃんである夫であった。
たかが消しゴムではない。消しゴムがあってこその人生に思う。
※以下今朝の詩
消しゴム
ずいぶんとちいさくなった もうつかえないかもしれない
少年は消し続けて来た 漢字も英語も作文も そうして母親を消した
一度消してしまうと 書き直さねばならない
それは何度でも出来たが 母親だけは書けなかった
かあさんはぼくをわすれていない ぼくだってかあさんがだいすきだ
学校から帰ると誰もいない もうそれが当たり前になった
国語の宿題をする 漢字をたくさん書いた 間違えないように丁寧に書いた
「母」と云う字を書くと 胸がきゅうっと痛くなる
とうさんが帰って来たら 新しい消しゴムを買いに行こう
小正月。最高気温が18℃と今日も三月並みの暖かさとなる。
暖かいのは嬉しいが何だか不気味に思うのは私だけだろうか。
天変地異の前触れではないかと手放しでは喜べない。
けれども不安がってはいけないのだろう。
冬も精一杯であり春も微笑もうとしているのかもしれない。
山里は一面の霜の朝であった。やはり平野部よりも気温が低い。
寒い夜をみい太は何処で眠っているのだろうか。
今朝も私の車を見るなり跳び出して来た。
餌係のお客さんがどうした訳か姿を見せず
今朝は私が餌を与えた。がつがつと凄い食欲である。
義父はまだ本調子ではなかったが農業の作業場を片付けていた。
もう直ぐ種籾の準備をしなければならず気が急いているのだろう。
今年は去年よりも早く田植えをしたいのだそうだ。
それにしても米作りの何と忙しいことだろう。
農閑期も殆ど無く毎日働き詰めであった。
同僚は車検整備を。私は事務仕事に精を出す。
自賠責保険の精算日であったが立替えたらまた資金が底を尽いた。
預金を全て引出し「今日はきょうのこと」と思う。
明日は野となれ山となれである。なるようになるだろうと腹を据える。
定時で仕事を終えられたのでまたカーブスに向かった。
火曜日とほぼ同じメンバーなので何とも気楽であった。
漫才の如く愉快な話をするメンバーさんも居て
お腹がよじれる程に皆が笑い転げる。
涙が出るくらい笑ったことなどあっただろうかと思う。
買い物を終えて4時過ぎに帰宅したらけい君も帰って来ていた。
もう宿題を始めており感心なことである。
ノートを覗き込んだら綺麗な漢字を書いていた。
随分と難しい漢字を習っていてびっくりする。
夕方息子から電話がありもう大丈夫とのこと。
けい君が我が家で過ごすのも今夜が最後となった。
日曜日まで預かるつもりだったので何だか寂しい。
それは息子も同じなのだろうと思う。
けい君に訊いたらお父さんの料理は美味しいのだそうだ。
息子も立派な父親になったものだと感慨深い。
けい君は中学生になったら「料理クラブ」に入りたいと云う。
前途は明るく台所で奮闘する父と子の姿が目に浮かぶようだ。
母親がいなくても子は育つ。それは私と弟も同じであった。
父親の愛情をどれほど深く感じたことだろうか。
母を恋しがることもせず父に頼り続けた少女時代であった。
運命の歯車は容赦なく私達を巻き込んだが
父と暮らした歳月は生涯忘れることが出来ない。
※以下今朝の詩
汽水域
石ころを拾った 川面に向かって 投げてみようか
ゆったりと流れる大河 北風が吹けば波となり 陽が射せば光が流れる
汽水域には 川の魚と海の魚が居て 同じ水の中で生きている
潮が満ち潮が引く 魚たちは身を寄せ合い 境遇を語り合っていた
川で生きていたい 海で生きていたい
その願いを受け止めるように 水は混ざり合い互いを清める
さらさらと流れて行けば とくとくと命の声が聴こえる
ぽかぽかと暖かい小春日和。冬の陽射しとは思えなかった。
冬枯れた芒、猫じゃらし、背高泡立ち草も戸惑っているように見える。
その全てが種を宿している。春に秋にと思いを馳せていることだろう。
同僚が元気に出勤して来てくれて順調に仕事が捗る。
義父はまだ本調子ではなかったが手伝ってくれ大助かりだった。
さすがに田んぼへは行かなかったが「寝てはいられない」と云う。
何かしていないと落ち着かないのだろう。
本人は無理をしているつもりは全くないようであった。
朝のうちに息子から電話がありやはりインフルとのこと。
病院へ行き5日分の薬を処方してもらったようだ。
けい君のことを心配するので「大丈夫よ」と伝える。
昨夜も一人で寝て今朝も6時には起きていた。
朝ご飯もしっかりと食べて元気に学校へ行く。
おじいちゃんの送迎も嬉しい様子である。
息子は娘夫婦に気兼ねをしているようでもあったが
それも心配なく昨夜は娘婿からお年玉を貰ったそうだ。
それを聞いて私も嬉しくどれほどほっとしたことだろうか。
これまで辛い思いをさせて来たがもう過ぎ去ったことである。
やっと甥っ子として認めて貰えたのだと思う。
リハビリと買い物を終えて4時半に帰宅。
けい君に声を掛けてからしばらく自室で過ごしていた。
SNSでは以前から「自死予告」をしていた人が三度目の予告をしていた。
前回も前々回も「報告」をしたが今回は直接コメントをする。
じっと耐えながら待っているような気がしたのだった。
なんとしても命を絶つことだけは食い止めなくてはならない。
私のコメントを読んでくれたかどうか定かではないが
「いのちの電話」の番号を記しておいた。
今は藁にも縋る時なのだ。きっと電話してくれると信じている。
見ず知らずの他人と云ってしまえばそれまでだが
どうして見て見ぬ振りが出来ようかと思う。
どんな境遇であっても掛け替えのない「いのち」である。
あの時死ななくて良かったと思える日がきっとやって来るのだ。
その為には生きてみなくてはならない。明日を信じてみなくてはならない。
※以下今朝の詩
珈琲
あれは10歳くらいだったか 母が初めて喫茶店に連れて行ってくれた
真っ赤な口紅を塗った母は おしゃれな服を着ていて とてもきらびやかに見えた
いつも来ているのだろうか 店員さんと笑い合っている 珈琲を注文すると 「飲んでみるかね」と私に云った
初めての珈琲である わくわくするような どきどきするような 不思議な気分だった
母が珈琲を一口飲むと 白いカップに口紅が付いた その紅い色が不気味でならない
とても美味しいのだそうだ 私にはただ苦いだけの飲み物だった お砂糖とミルクをたっぷり入れて やっとの思いで飲み干したのである
「また来るかね」と母は微笑む 私は頷かねばならないのだろう
おとなはどうして こんな苦い物が好きなのだろうと思った
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