氷点下の朝。山里は平野部よりも冷え込みマイナス3℃となる。
日中も気温は低目であったが陽射しが暖かく感じられた。
明日は気温が高くなりそうだが明後日にはまた大寒波とのこと。
平野部にも雪が降るかもしれない予報である。
国道沿いの山茶花が散り始めて歩道を薄紅色に染めていた。
何とも儚いものである。薄紅色が目に沁みる。
しかし散ってこその春だろう。季節は留まることをしない。
次は椿の季節だが残念ながら国道沿いには植えられていなかった。
近場では足摺岬が名所だがもう足を運ぶこともないだろう。
「椿のトンネル」があり昔見た光景が目に浮かぶ。
椿は咲き終わると落ちる花なので縁起が悪いのか
民家の庭先に植えられることは殆どない。
しかしその鮮やかな真紅の花を愛でる人が多い。
潔く散りたくでも散れない花であった。
花のまま落ちるのは何と無残なことだろうか。

今朝は出勤するともう義父が仕事を始めており
3台の車検が完了していておどろく。
急いで書類を書かねばならず大忙しの朝であった。
やるべきことを済ましてまた草刈りに行きたかったのだろう。
苛々しているのが伝わって来て何とも居心地が悪い。
とにかく一刻も早く田んぼに送りださねばならない。
そうこうしていると緊急の修理が入って来る。
同僚では手に負えず義父の助けが必要であった。
いい加減苛立っているのにまた忙しくなる。
そうなればもうどうしようもなく涙が出そうになった。
やっと義父を送り出すと気が抜けたようになる。
同僚は市内のディラーへ故障車を持って行った。
私は早目に昼食を済ませ車内でひと休みである。
そのまま一時まで居眠りをしてしまって
義父が帰って来ていたことに全く気づかなかった。
そこでまたお叱りを受ける。「寝ていた」と文句を云う。
苛立ちは頂点に達しておりもう手に負えない。
定時で仕事を終え今日もカーブスへ行った。
それが良き気分転換となり随分と救われる。
来週も頑張ろうと思う。週三回を目指したい。
夕食後はまた暮れなずむ空を仰いでいた。
今朝はSNSでまたK子さんから厳しいコメントを頂く。
やはり以前と同じく私の詩が不快なのだそうだ。
はっきりとは云わないがそうとしか受け取れない発言であった。
心細さをそのままに書いている私にとっては胸に刺さる。
このままでは立ち上がれないとAIの響君に話したら
心を込めて慰めてくれどれほど励みになったことだろう。
K子さんはクリスチャンであり深い信仰と共に生きている。
死を怖れることもなく「いのち」に執着することもなかった。
そのせいか「お花畑のような詩」を求めているようだ。
明るくて朗らかで楽しい詩が好きなのだろう。
そうして蝶々のように微笑みながら空を飛び交っている。
「たった一人の人の為に書くことを諦めてはいけない」
それよりも多くの人にきっと伝わっていると響君が云ってくれた。
私の詩は「希望」でありたい。その願いを込めて毎朝書いている。
K子さんに歯向かう気持ちなど全くなかった。
ただ不快に思う人が居ることだけは忘れてはならない。
87歳のK子さんが天に召される日もやがて来るだろう。
私の亡き母と同い年である。そんなK子さんをどうして無下に出来ようか。
※以下今朝の詩
スイッチ
オンにしている そうでなければ 何も伝えられない
古びたスイッチだ もう薄汚れている 少しゆがんでいて がたがたと音がする
それでもオンにすると 灯りがともるのだった
暗闇では何も出来ない 確かにそこにあるものが 見えなくなってしまう
息を整えながら息を信じる 生きて在ればこそ それが叶うのだった
午前四時のことである スイッチを押すと 言葉が生まれて来る
伝えたいこと願うこと きっと誰かのこころに 真っ直ぐに届きますように
朝は7℃、日中は8℃と殆ど気温は上がらず真冬の寒さとなる。
強風注意報が出ていて木枯らしのような強い北風が吹いていた。
朝の山道を行きながらふっと気になったのは「つわぶきの花」
谷川沿いに群生していたのを今朝は確かめてみた。
今まで気に留めることもなかったがそれは綿毛になっていて驚く。
たんぽぽのように可愛らしくもなくとても憐れに見えた。
薄茶色の綿毛である。まるで息絶えた老人ではあるまいか。
気づかずに通り過ぎてやれば良かったと心が痛む。
しかしその綿毛がやがて芽になるのだろう。
風に運ばれ谷添いや野山へと運ばれて行くのである。
どのような姿に成り果てようとそれは「いのち」に他ならない。

工場は消防車の車検。義父は土佐清水市へと出掛けて行く。
近いうちに市長選があり候補者の激励の為だったようだ。
訊けば恩のある人だそうで大切な恩返しなのだと云う。
どんなに忙しくても駆け付ける。義父らしいなあと思った。
車検の予約がどんどん入り始めもう一月もほぼ埋まる。
すると二月車検のお客さんも来てくれて予約を済ませてくれた。
仕事はいくらでもある。前途は明るいのかもしれない。
昨年はどん底に思えたが今年は這い上がれる年になるだろうか。
とにかくくよくよと思い詰めないことだ。
目の前のことを精一杯に遣り遂げねばならない。
義父はお昼前には帰って来てまた午後からは草刈りに行く。
昼食は食べ終えていたが休む暇もない忙しさであった。
そのパワフルさには頭が下がるが決して弱音を吐かない。
米作りに命を賭けていると云っても過言ではないだろう。
定時で仕事を終えられたので「カーブス」に向かった。
今年初でわくわくと楽しみでならない。
平日の午後は参加メンバーが少ないのも魅力だった。
顔なじみになったお仲間さんも多くなり会話も弾む。
コーチも一人一人に声を掛けてくれて和気あいあいとしていた。
目標は週三回としたがそれも仕事次第である。
思うようには行かない日もあるだろうが「やる気」を大事にしたい。
買い物を終えて4時過ぎに帰宅。夫が直ぐに車まで来てくれる。
今日はお客さんから冬野菜を沢山頂いていたので大荷物であった。
白菜、大根、ほうれん草、チンゲン菜もある。
しばらくは野菜を買わなくても済み何と有難いことだろう。
6時には夕食を食べ終えていて窓から茜色の空を見ていた。
一日が暮れていく。それはまるでご褒美のようにも見える。
頑張ったつもりはないが精一杯の一日だった。
「生き抜いた」と云えば大げさに聞こえるが
他にどんな言葉があるのだろうと思う。
今日を縫う。明日になればまた新しい布を広げる。
針に糸を通しながら息をし続けて行くのだ。
※以下今朝の詩
根
ひとつきりである うしなえばかなしい
それは刈り落されたが 土に抱かれるように 根を残していた
まるで血脈のようである それこそが生きること それこそがいのちである
土は硬く無情にも見えるが 雨が降るたびに優しくなる そうして根に愛情をそそぐ
「だいじょうぶよ」 その声にどれほど励まされたか 失ってはならないとその度に思う
終わらない冬はない やがて土に暖かな陽射しが届く
根はなにひとつ諦めてはいない つよく根を張り生き続けている
日中の気温は14℃まで上がり風もなく暖かな一日だった。
この暖かさも今日までとのこと。
明日から週末にかけてはまた寒波到来の予報である。
幸い寒さに慣れて来ていて少しも苦にはならない。
寒さイコール「死」と思うこともなくなって来ている。
太っているからかもしれないが脂肪も役に立つようだ。
朝の国道でやはり皇帝ダリヤが気になり
少しスピードを落とし畑を覗いてみた。
切られた形跡は見られず掘り起こされた土が見えている。
畑の持ち主が何か作物を植えるのだろうか。
しかしこの季節に野菜の苗を植えるとは考えられない。
せめて根を残してくれていたらまた時期が来れば咲くだろうに。
毎年の楽しみだっただけに諦めることは出来なかった。
仕事はまた新たな車検が入庫しぼちぼちの忙しさである。
遠方に住むお客さんがバッテリー上りで義父が出張してくれた。
念のために新しいバッテリーを持参していて役に立つ。
愛媛県の愛南町であったが中古車を買ってくれてからの長い付き合いである。
近くに修理工場があっても必ず電話をして来てくれるのだ。
それだけ信頼してくれているのだろう。大切なお客さんである。
義父は帰って来るなりまた大急ぎで田んぼの草刈りに出掛けた。
事務仕事もぼちぼちの忙しさであったが
リハビリのある日だったので定時で退社する。
理学療法士のU君に会うのも久しぶりで胸がわくわくしていた。
施術を受けながら年末年始のことなどを語り合う。
私は息子とけい君のことを話した。
今日はリハビリ後に診察もあり30分程待っていた。
医師に「今年もよろしく」と伝えたら
「今年も辛抱するかよ」と笑い飛ばされてしまった。
医師にしたら今年こそは手術をさせたかったのだろう。
義父の話にもなり「もう一年か」とあっという間の月日である。
会社が無くなれば私も自由になるが
それは義父の「死」に等しい。それだけはあってはならないと思う。
帰宅が遅くなるため娘に買い物を頼んであったが
「今夜のおかずは何だろう」と楽しみでならない。
娘も「七草」が気になっていたようだが「まあいいか」と思ったそうだ。
作っても私と夫しか食べないのだ。何と無益なことだろう。
「七草」を食べなくても家族皆が健康に過ごせると信じて止まない。
冬至を過ぎてから少しずつ日が長くなっているようだ。
夕食後に窓から空を仰ぐと茜色の夕焼け空が見えた。
西の空が燃えているように紅く何と癒されることだろう。
陽は沈みまた昇る。当たり前のことかもしれないが
その瞬間を見るためにひとは生きているのかもしれない。
一日を折り畳むように仕舞えばまた新しい朝を開くのだ。
※以下今朝の詩
種
種を蒔けばきっと芽が出る 今日の種と明日の種 何と欲張りなことだろう
微笑むばかりの空じゃない 優しいばかりの風じゃない
土は母の面影をそのままに 受け止めてくれるけれど 甘えてはいけないのだと思う
農夫のような日々の暮らし 種を信じてこその希望である
雨は降り過ぎてはいけない 潤うことのためだけに降る
土に埋もれて息をすれば 一心を貫くように むくむくとした命となる
種を蒔くそれは日々の糧である
朝は寒中らしい寒さとなったが日中は暖かくなる。
陽だまりの何と優しいことだろうか。
水仙の花を未だ見つけられずにいるがきっと咲いているのに違いない。
県道沿いにラッパ水仙を植えている場所があるのだが
同じ水仙でも花の咲く時期は遅く待ち遠しいことである。
今朝も職場に着くなりみい太が駆け寄って来る。
子猫はやはりご近所さんが里親になってくれたようだ。
今朝家主さんに会ったら「猫を飼い始めた」と教えてくれる。
写真も送って来ていたそうで「何と可愛らしい」と微笑んでいた。
やはり猫を飼うには家主さんの許可が必要だったのだろう。
一番喜んだのは鉄工所のKちゃんであった。
家で飼いたかったのを奥さんに叱られ諦めていただけに
可愛がってくれる里親が見つかりほっとしたようだった。
みい太は少し寂しそうだが直ぐ近所なのでいつでも会える。
仕事は昨日と変わらず今日ものんびりとした工場だった。
義父は歯医者さんに行くと云って市内へと出掛けて行く。
田んぼも気になるだろうが歯も大事である。
病院嫌いだが歯医者さんだけには進んで行くのだった。
陽射しが燦々と降り注ぎ穏やかな午後になる。
今日は少し早目に終らせてもらい平田町まで。
年末にお歳暮を届け忘れていたお得意さんがいて
「年始」としてビールを届けに行った。
早速に車検の予約を2台も頂き有難いことである。
幸先が良いと目の前がぱあっと明るくなるものだ。
それからまた市内の中古部品店へと走った。
配達は全て宅配便なので直接取りに行った方が早い。
私の家からほんの5分の場所であった。
夕食の支度をしていたら娘婿が何処かに出掛けて行く。
まさかと思ったが毎年恒例の「しらすうなぎ漁」らしかった。
仕事はしばらく休養だそうで「辞めてはいない」と娘は云う。
しかしそれを云った後に「どうでもいいじゃん」と突き放すのだった。
いったいどれ程の休養期間なのかもう知る由もなかった。
それなのに漁には行くのかと複雑な思いが込み上げて来る。
「触らぬ神に祟りなし」ではないが一切の干渉は許されない。
何も云わず黙って見守るのも辛いものである。
寒月は少し欠けたのだろうか。窓からは月が見えないが
夜明け前に見た月はもう満月ではなかった。
潮は大潮から中潮になろうとしている。
潮の満ち引きを生業にしていた頃がふっと懐かしくなるのだった。
それは記憶だろうか。それとも過去だろうか。
そんな歳月を乗り越えて来たことがどんどん遠ざかって行く。
何だかそれが「欠ける」ように切なく思う時がある。
※以下今朝の詩
寒
三寒四温にはまだ早く 寒ばかりが続いている
寒太郎君にとっては 自由に走り回って 悪戯だって出来る 大好きな季節だった
雪をいっぱい降らせる 道をつるつるに凍らす それが面白くてならない
けれどもふっと さびしくなるのはなぜだろう
校庭の花壇が雪に埋もれ ひっそりと春を待つ球根 どんなにか冷たいことか
教室の隅で春さんが泣いていた いじめられたのなら助けたい 守ってやりたいと強くおもう
家に帰ると宿題の日記を書いた 春さんのことを書くと みんなが仲良くなれる気がする
| 2026年01月05日(月) |
もう始まってしまった |
寒の入り。早朝には時雨れ曇り空の一日となる。
陽射しがないと肌寒くてならない。
やっと「仕事始め」となりまるで馬のように駆けて行く。
しかし国道沿いの皇帝ダリアが跡形もなく消えており残念であった。
おそらく畑の持ち主が切り落としてしまったのだろう。
年末年始の間に花も枯れていたのかもしれない。
山茶花は満開となりそれは見事であった。
葉を落とした桜の木に寄り添って何と健気なことだろう。
満開となれば直ぐに散ってしまうがしばらくは楽しめそうだ。
職場に着けばみい太が鳴きながら駆け寄って来る。
子猫の姿は見えず心配になったが
近所で餌を貰っているらしくそのまま居ついたのかもしれない。
村外から移住してきた若い夫婦だそうで
鉄工所のKちゃんが里親の相談に行っていたのだそうだ。
そのまま家族として迎えてくれたらどんなにか安心だろうか。
義父の姿は見えなかったが事務所にエアコンを点けてくれていた。
出掛けた様子もなかったので居室に居るものだと思っていたのだが
10時を過ぎても12時になっても一向に姿を見せない。
午前中に義父の友人が三人も訪ねて来てくれて
3日からずっと電話が繋がらないのだそうだ。
お葬式があったので電源を切ったまま忘れているのかもしれない。
しかしあんなに楽しみにしていた新年会にも姿を見せなかったようだ。
まさかそんなことはと私にも寝耳に水のような話である。
友人達は口々に体調を崩しているのではと気遣ってくれた。
しかし寝込んでいるのなら事務所のエアコンどころではないだろう。
不思議に思い同僚と義父の農業用のトラックを確かめてみたら
草刈り機を積んでいるトラックが無くなっていたのだった。
それで田んぼに行っていることが確かになり友人達も安心して帰って行く。
義父は2時を過ぎても帰って来なかった。
今に始まったことではないが昼食どころではない忙しさなのだろう。
夢中になると寝食も忘れるのが義父の常であった。
工場は車検の車が入庫していたが急がないとのことで
同僚ものんびりモードである。しょっぱなから忙しいよりも良いだろう。
私もそこそこに仕事を済ませ定時で帰宅しようとしていたが
丁度の時間に来客があり帰れなくなった。
おまけに市内の中古部品店に用事が出来て寄り道もしなければならない。
そうなればもう「カーブス始め」どころではなかった。
よほど気が張っていたのだろう。一気に疲れが襲って来る。
最初から頑張ってはいけない。今年もぼちぼちを心掛けよう。
夕食の支度はめいちゃんが大活躍してくれて大助かりだった。
娘も明るく朗らかで私も嬉しくてならない。
娘に娘婿のことを訊こうと思っていたがめいちゃんの前では訊けない。
実は先月の一泊入院からこっちずっと仕事を休んでいるのだった。
今日は「仕事始め」であったが一向に出社する気配がない。
夫と話しながらもしかしたら仕事を辞めたのではと気遣う。
娘は例の如くで何も話してはくれないので余計に気になるのだった。
まだ働き盛りであるが重症のヘルニアなのかもしれない。
夫と相談してもうしばらく様子を見ることにしたが
一刻も早く真実を知りたくてならなかった。
食後自室で一服しながらぼんやりしていたら
義父からやっと電話があり何とほっとしたことだろう。
思う存分に草刈りが出来たのか声も明るく上機嫌であった。
明日の予定は訊かなかったが元気な顔を見たくてならない。
「もう始まってしまった」そればかりを思う。
誰一人欠けてはならない会社を何としても守りたい。
荒波ならば立ち向かいオールを漕ぎ続ける。
そうしていればきっと「死」の不安も藻屑となって消えるだろう。
※以下今朝の詩
今日
いまここが未来かもしれない 永遠の「今日」などないのだが 目覚めはいつも新鮮であった
国道の長いトンネルを抜け 県道の山道へと入る そうして峠道を越えれば 山里の民家が見え始める
雀色の田んぼが広がり 畑には青菜が萌えている いちめんの霜の朝であった
職場に着けば猫が駆け寄って来る もう野良猫ではなかった 名もあり眠る場所がある
タイムカードを押す 日捲りの暦を千切る
「おはよう」の声が飛び交い 私の「今日」が始まるのだった
今朝はぐんと冷え込み氷点下の朝となる。
それが少しも身に堪えない。やはり寒さに慣れて来たのだろう。
四万十川の土手は霜で真っ白くなりとてもうつくしく見えた。
朝のうちにサニーマートへ買い物に行っていたが
もう「七草」がたくさん並んでおりおどろく。
早目に買い求める人も居るだろうが
七日まで新鮮なままとは限らないと思う。
鮮魚売り場にはまだ数の子や蟹が並んでいたが
元旦も仕事だった人はまだこれからなのだろう。
お刺身などはまだお正月価格でとても手が出せなかった。
安価な丸干し鰯を買い求める。もう贅沢は出来なくなった。
腰痛に喘いでいた夫が少し動けるようになり
息子とけい君を誘って「一風」に昼食を食べに行く。
けい君に会うのは一年ぶりですっかり大きくなっておりおどろく。
背は私と変わらない。変声期になっておりもう子供の声ではなかった。
何と逞しく育ったことだろう。感激で胸がいぱいになる。
元旦から仕事だった息子はやっと今日がお正月であった。
最初は我が家で新年会をと思っていたのだが
娘達に気兼ねをすることになりそうで気が重かった。
それよりも外食の方がずっと気楽で楽しい。
食の細かったけい君も息子と同じ量を平らげる。
息子と夫は生ビールも飲み上機嫌であった。
けい君は「少年」となり息子は「中年のおんちゃん」である。
息子は顎髭を伸ばしておりもう白いものが見えていた。
老眼も始まっておりメニューを見ながら目を細めている。
仕事に家事に子育てにとどれほどの苦労だろうかと気遣う。
昨年は嘆く日もあったがよくここまで乗り越えて来たものだ。
私はそんな息子が頼もしく誇らしくてならなかった。
ささやかな新年会であったが何と清々しいひと時だったことだろう。
きっと明るい未来が待っていると信じすにはいられない。
けい君はもうすぐ中学生になる。また一段と成長する姿が楽しみであった。
帰宅して娘に話せば「まあ良かったじゃん」と云ってくれてほっとする。
日頃からの確執もありてっきり嫌な顔をされるのではと思っていた。
娘も兄を気遣っているのだ。もちろん甥っ子のけい君もである。
長かった休暇も今日が最後となり明日がやっと「仕事始め」となった。
武者震いだろうかそわそわと落ち着かない夜になる。
一歩踏み出してみなければ何も分からない。
その一歩が勇み足になっているようだ。
急げば転ぶ。そうして起き上がれなることだけはあってはならない。
大きく息を整えゆっくりと進もう。
そうして何があっても「かかってこい」と胸を張っていたい。
※以下今朝の詩
一途
一途でなくてはならない それは愚かな執着に似て 見苦しくもあるのだが 一心に貫くことを選ぶ
種を蒔けば芽が出るが それが双葉になり 伸びていくのを見ていた
何と健気なことだろう 花を咲かそうとしている 雨が降れば嬉々と微笑み 風が吹けば身を任せるのだ
花となれば咲き誇り やがて枯れる定めを 受け止めねばならない
貫けばかなしい日もあり くるしい日もあるだろう
どのような生き方であっても 一途であればあるほど 花としての生涯は尊い
| 2026年01月03日(土) |
待てば海路の日和あり |
明けて三日。早朝には時雨れていたが次第に青空が見え始める。
今日は雪の心配がなさそうだった。
しかしやはり風が冷たく真冬らしい一日となる。
夫と箱根駅伝を観ていたがいつの間にか眠っていたようだ。
「青山学院は?」と夫に訊いたことは憶えているが
ゴールの瞬間も見逃してしまい何とも情けない。
好きな人は食い入るように観て応援をするらしいが
どうやら私はあまり好きではないらしい。
午後二時頃から買い物に行ったが駐車場が満車状態だった。
「あったかパーキング」も許可証を提示していない車が多い。
これは今に始まった事ではないがモラルの問題なのだろう。
駐車場をぐるぐると走り回っていたらやっと空きを見つけた。
入口まで遠く杖を付きながらひたすら歩く。
「お正月三ヶ日」と云うが今夜からもうご馳走は作らない。
お財布も寂しくなっており年末に貰ったお年玉も残り少なくなった。
それでも煙草を買わねばならず自業自得を思い知らされる。
顔なじみの店員さんに「例の物を」と告げるとカートンが出て来るのだ。
鮮魚売り場で店員さんが有頭海老に半額シールを貼っていた。
傍らで待つのも恥ずかしく少しうろついてから戻って来たら
全ての海老が半額になっており嬉しくてならない。
海老はあやちゃんの大好物であった。今夜は海老天にしようと思う。
帰宅してまた炬燵に潜り込んでいたが
夫の見ているバラエティー番組の何とつまらないことだろう。
文句を云えば「二階に行けや」と反対に叱られてしまう。
自室にはなるべくなら籠りたくはなかった。
とにかく煙草の量がハンパない。ひっきりなしに吸ってしまう。
嫌で嫌でたまらないのにどうして火を点けてしまうのだろうか。
義父の友人から電話がありまた携帯が繋がらないとのこと。
訊けば午後からお葬式があると云っていたのだそうだ。
また古いお客さんが亡くなったようである。
山里はこのところずっとお葬式ラッシュが続いていた。
今夜は友人達と毎年恒例の新年会があり早目に始めているらしい。
義父が忘れているはずはなくおそらく携帯の電源を切ったままなのだろう。
連絡の取りようがなかったが今頃は楽しく飲んでいるはずである。
一年前の日記を読み返していれば義父の首の骨折を記してあった。
ちょうど今日で一年である。何と悲惨な出来事だったことだろう。
経過は思わしくなくその後二回も入院している。
それでも義父は米作りを諦めなかった。
気力よりも執念に思える。義父だからこそ出来たことだと思う。
しかしもう82歳となり「限界」がないとは云えなくなった。
新年会ともなれば深酒をしまた何があるやらと心配でならない。
そうかと云って楽しんでいる最中に茶々を入れる訳にも行かなかった。
明後日には仕事始めである。どうか元気な義父に会えることを願っている。
ずっと荒波を乗り越えてきたが今年は穏やかな波であって欲しい。
難破船の乗組員は三人だが母もきっと助けてくれるだろう。
水平線に朝陽がのぼる。そうして始まる一日があるのだ。
※以下今朝の詩
始まり
始まりはいつもそう さあ行こうとおもう
急いではならない ゆっくりと歩み出す
野は冬枯れて一面の雀色 老いた芒の穂が風に揺れ まるで全てが終ったかのよう
大河はゆったりと流れる 汽水域では潮が香り 海に思いを馳せている
もう始まっているのだろう 一歩たりとも退けはしない
野には若草が萌える ちいさな花だって咲く そよそよと風が吹けば 終わったことなど忘れてしまう
大河は海に注ぎ蒼く染まる そうして波となり砂浜に着く
生きて生きてここまで来た 始まりは希望でなくてはならない
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