朝は寒中らしい寒さとなったが日中は暖かくなる。
陽だまりの何と優しいことだろうか。
水仙の花を未だ見つけられずにいるがきっと咲いているのに違いない。
県道沿いにラッパ水仙を植えている場所があるのだが
同じ水仙でも花の咲く時期は遅く待ち遠しいことである。
今朝も職場に着くなりみい太が駆け寄って来る。
子猫はやはりご近所さんが里親になってくれたようだ。
今朝家主さんに会ったら「猫を飼い始めた」と教えてくれる。
写真も送って来ていたそうで「何と可愛らしい」と微笑んでいた。
やはり猫を飼うには家主さんの許可が必要だったのだろう。
一番喜んだのは鉄工所のKちゃんであった。
家で飼いたかったのを奥さんに叱られ諦めていただけに
可愛がってくれる里親が見つかりほっとしたようだった。
みい太は少し寂しそうだが直ぐ近所なのでいつでも会える。
仕事は昨日と変わらず今日ものんびりとした工場だった。
義父は歯医者さんに行くと云って市内へと出掛けて行く。
田んぼも気になるだろうが歯も大事である。
病院嫌いだが歯医者さんだけには進んで行くのだった。
陽射しが燦々と降り注ぎ穏やかな午後になる。
今日は少し早目に終らせてもらい平田町まで。
年末にお歳暮を届け忘れていたお得意さんがいて
「年始」としてビールを届けに行った。
早速に車検の予約を2台も頂き有難いことである。
幸先が良いと目の前がぱあっと明るくなるものだ。
それからまた市内の中古部品店へと走った。
配達は全て宅配便なので直接取りに行った方が早い。
私の家からほんの5分の場所であった。
夕食の支度をしていたら娘婿が何処かに出掛けて行く。
まさかと思ったが毎年恒例の「しらすうなぎ漁」らしかった。
仕事はしばらく休養だそうで「辞めてはいない」と娘は云う。
しかしそれを云った後に「どうでもいいじゃん」と突き放すのだった。
いったいどれ程の休養期間なのかもう知る由もなかった。
それなのに漁には行くのかと複雑な思いが込み上げて来る。
「触らぬ神に祟りなし」ではないが一切の干渉は許されない。
何も云わず黙って見守るのも辛いものである。
寒月は少し欠けたのだろうか。窓からは月が見えないが
夜明け前に見た月はもう満月ではなかった。
潮は大潮から中潮になろうとしている。
潮の満ち引きを生業にしていた頃がふっと懐かしくなるのだった。
それは記憶だろうか。それとも過去だろうか。
そんな歳月を乗り越えて来たことがどんどん遠ざかって行く。
何だかそれが「欠ける」ように切なく思う時がある。
※以下今朝の詩
寒
三寒四温にはまだ早く 寒ばかりが続いている
寒太郎君にとっては 自由に走り回って 悪戯だって出来る 大好きな季節だった
雪をいっぱい降らせる 道をつるつるに凍らす それが面白くてならない
けれどもふっと さびしくなるのはなぜだろう
校庭の花壇が雪に埋もれ ひっそりと春を待つ球根 どんなにか冷たいことか
教室の隅で春さんが泣いていた いじめられたのなら助けたい 守ってやりたいと強くおもう
家に帰ると宿題の日記を書いた 春さんのことを書くと みんなが仲良くなれる気がする
| 2026年01月05日(月) |
もう始まってしまった |
寒の入り。早朝には時雨れ曇り空の一日となる。
陽射しがないと肌寒くてならない。
やっと「仕事始め」となりまるで馬のように駆けて行く。
しかし国道沿いの皇帝ダリアが跡形もなく消えており残念であった。
おそらく畑の持ち主が切り落としてしまったのだろう。
年末年始の間に花も枯れていたのかもしれない。
山茶花は満開となりそれは見事であった。
葉を落とした桜の木に寄り添って何と健気なことだろう。
満開となれば直ぐに散ってしまうがしばらくは楽しめそうだ。
職場に着けばみい太が鳴きながら駆け寄って来る。
子猫の姿は見えず心配になったが
近所で餌を貰っているらしくそのまま居ついたのかもしれない。
村外から移住してきた若い夫婦だそうで
鉄工所のKちゃんが里親の相談に行っていたのだそうだ。
そのまま家族として迎えてくれたらどんなにか安心だろうか。
義父の姿は見えなかったが事務所にエアコンを点けてくれていた。
出掛けた様子もなかったので居室に居るものだと思っていたのだが
10時を過ぎても12時になっても一向に姿を見せない。
午前中に義父の友人が三人も訪ねて来てくれて
3日からずっと電話が繋がらないのだそうだ。
お葬式があったので電源を切ったまま忘れているのかもしれない。
しかしあんなに楽しみにしていた新年会にも姿を見せなかったようだ。
まさかそんなことはと私にも寝耳に水のような話である。
友人達は口々に体調を崩しているのではと気遣ってくれた。
しかし寝込んでいるのなら事務所のエアコンどころではないだろう。
不思議に思い同僚と義父の農業用のトラックを確かめてみたら
草刈り機を積んでいるトラックが無くなっていたのだった。
それで田んぼに行っていることが確かになり友人達も安心して帰って行く。
義父は2時を過ぎても帰って来なかった。
今に始まったことではないが昼食どころではない忙しさなのだろう。
夢中になると寝食も忘れるのが義父の常であった。
工場は車検の車が入庫していたが急がないとのことで
同僚ものんびりモードである。しょっぱなから忙しいよりも良いだろう。
私もそこそこに仕事を済ませ定時で帰宅しようとしていたが
丁度の時間に来客があり帰れなくなった。
おまけに市内の中古部品店に用事が出来て寄り道もしなければならない。
そうなればもう「カーブス始め」どころではなかった。
よほど気が張っていたのだろう。一気に疲れが襲って来る。
最初から頑張ってはいけない。今年もぼちぼちを心掛けよう。
夕食の支度はめいちゃんが大活躍してくれて大助かりだった。
娘も明るく朗らかで私も嬉しくてならない。
娘に娘婿のことを訊こうと思っていたがめいちゃんの前では訊けない。
実は先月の一泊入院からこっちずっと仕事を休んでいるのだった。
今日は「仕事始め」であったが一向に出社する気配がない。
夫と話しながらもしかしたら仕事を辞めたのではと気遣う。
娘は例の如くで何も話してはくれないので余計に気になるのだった。
まだ働き盛りであるが重症のヘルニアなのかもしれない。
夫と相談してもうしばらく様子を見ることにしたが
一刻も早く真実を知りたくてならなかった。
食後自室で一服しながらぼんやりしていたら
義父からやっと電話があり何とほっとしたことだろう。
思う存分に草刈りが出来たのか声も明るく上機嫌であった。
明日の予定は訊かなかったが元気な顔を見たくてならない。
「もう始まってしまった」そればかりを思う。
誰一人欠けてはならない会社を何としても守りたい。
荒波ならば立ち向かいオールを漕ぎ続ける。
そうしていればきっと「死」の不安も藻屑となって消えるだろう。
※以下今朝の詩
今日
いまここが未来かもしれない 永遠の「今日」などないのだが 目覚めはいつも新鮮であった
国道の長いトンネルを抜け 県道の山道へと入る そうして峠道を越えれば 山里の民家が見え始める
雀色の田んぼが広がり 畑には青菜が萌えている いちめんの霜の朝であった
職場に着けば猫が駆け寄って来る もう野良猫ではなかった 名もあり眠る場所がある
タイムカードを押す 日捲りの暦を千切る
「おはよう」の声が飛び交い 私の「今日」が始まるのだった
今朝はぐんと冷え込み氷点下の朝となる。
それが少しも身に堪えない。やはり寒さに慣れて来たのだろう。
四万十川の土手は霜で真っ白くなりとてもうつくしく見えた。
朝のうちにサニーマートへ買い物に行っていたが
もう「七草」がたくさん並んでおりおどろく。
早目に買い求める人も居るだろうが
七日まで新鮮なままとは限らないと思う。
鮮魚売り場にはまだ数の子や蟹が並んでいたが
元旦も仕事だった人はまだこれからなのだろう。
お刺身などはまだお正月価格でとても手が出せなかった。
安価な丸干し鰯を買い求める。もう贅沢は出来なくなった。
腰痛に喘いでいた夫が少し動けるようになり
息子とけい君を誘って「一風」に昼食を食べに行く。
けい君に会うのは一年ぶりですっかり大きくなっておりおどろく。
背は私と変わらない。変声期になっておりもう子供の声ではなかった。
何と逞しく育ったことだろう。感激で胸がいぱいになる。
元旦から仕事だった息子はやっと今日がお正月であった。
最初は我が家で新年会をと思っていたのだが
娘達に気兼ねをすることになりそうで気が重かった。
それよりも外食の方がずっと気楽で楽しい。
食の細かったけい君も息子と同じ量を平らげる。
息子と夫は生ビールも飲み上機嫌であった。
けい君は「少年」となり息子は「中年のおんちゃん」である。
息子は顎髭を伸ばしておりもう白いものが見えていた。
老眼も始まっておりメニューを見ながら目を細めている。
仕事に家事に子育てにとどれほどの苦労だろうかと気遣う。
昨年は嘆く日もあったがよくここまで乗り越えて来たものだ。
私はそんな息子が頼もしく誇らしくてならなかった。
ささやかな新年会であったが何と清々しいひと時だったことだろう。
きっと明るい未来が待っていると信じすにはいられない。
けい君はもうすぐ中学生になる。また一段と成長する姿が楽しみであった。
帰宅して娘に話せば「まあ良かったじゃん」と云ってくれてほっとする。
日頃からの確執もありてっきり嫌な顔をされるのではと思っていた。
娘も兄を気遣っているのだ。もちろん甥っ子のけい君もである。
長かった休暇も今日が最後となり明日がやっと「仕事始め」となった。
武者震いだろうかそわそわと落ち着かない夜になる。
一歩踏み出してみなければ何も分からない。
その一歩が勇み足になっているようだ。
急げば転ぶ。そうして起き上がれなることだけはあってはならない。
大きく息を整えゆっくりと進もう。
そうして何があっても「かかってこい」と胸を張っていたい。
※以下今朝の詩
一途
一途でなくてはならない それは愚かな執着に似て 見苦しくもあるのだが 一心に貫くことを選ぶ
種を蒔けば芽が出るが それが双葉になり 伸びていくのを見ていた
何と健気なことだろう 花を咲かそうとしている 雨が降れば嬉々と微笑み 風が吹けば身を任せるのだ
花となれば咲き誇り やがて枯れる定めを 受け止めねばならない
貫けばかなしい日もあり くるしい日もあるだろう
どのような生き方であっても 一途であればあるほど 花としての生涯は尊い
| 2026年01月03日(土) |
待てば海路の日和あり |
明けて三日。早朝には時雨れていたが次第に青空が見え始める。
今日は雪の心配がなさそうだった。
しかしやはり風が冷たく真冬らしい一日となる。
夫と箱根駅伝を観ていたがいつの間にか眠っていたようだ。
「青山学院は?」と夫に訊いたことは憶えているが
ゴールの瞬間も見逃してしまい何とも情けない。
好きな人は食い入るように観て応援をするらしいが
どうやら私はあまり好きではないらしい。
午後二時頃から買い物に行ったが駐車場が満車状態だった。
「あったかパーキング」も許可証を提示していない車が多い。
これは今に始まった事ではないがモラルの問題なのだろう。
駐車場をぐるぐると走り回っていたらやっと空きを見つけた。
入口まで遠く杖を付きながらひたすら歩く。
「お正月三ヶ日」と云うが今夜からもうご馳走は作らない。
お財布も寂しくなっており年末に貰ったお年玉も残り少なくなった。
それでも煙草を買わねばならず自業自得を思い知らされる。
顔なじみの店員さんに「例の物を」と告げるとカートンが出て来るのだ。
鮮魚売り場で店員さんが有頭海老に半額シールを貼っていた。
傍らで待つのも恥ずかしく少しうろついてから戻って来たら
全ての海老が半額になっており嬉しくてならない。
海老はあやちゃんの大好物であった。今夜は海老天にしようと思う。
帰宅してまた炬燵に潜り込んでいたが
夫の見ているバラエティー番組の何とつまらないことだろう。
文句を云えば「二階に行けや」と反対に叱られてしまう。
自室にはなるべくなら籠りたくはなかった。
とにかく煙草の量がハンパない。ひっきりなしに吸ってしまう。
嫌で嫌でたまらないのにどうして火を点けてしまうのだろうか。
義父の友人から電話がありまた携帯が繋がらないとのこと。
訊けば午後からお葬式があると云っていたのだそうだ。
また古いお客さんが亡くなったようである。
山里はこのところずっとお葬式ラッシュが続いていた。
今夜は友人達と毎年恒例の新年会があり早目に始めているらしい。
義父が忘れているはずはなくおそらく携帯の電源を切ったままなのだろう。
連絡の取りようがなかったが今頃は楽しく飲んでいるはずである。
一年前の日記を読み返していれば義父の首の骨折を記してあった。
ちょうど今日で一年である。何と悲惨な出来事だったことだろう。
経過は思わしくなくその後二回も入院している。
それでも義父は米作りを諦めなかった。
気力よりも執念に思える。義父だからこそ出来たことだと思う。
しかしもう82歳となり「限界」がないとは云えなくなった。
新年会ともなれば深酒をしまた何があるやらと心配でならない。
そうかと云って楽しんでいる最中に茶々を入れる訳にも行かなかった。
明後日には仕事始めである。どうか元気な義父に会えることを願っている。
ずっと荒波を乗り越えてきたが今年は穏やかな波であって欲しい。
難破船の乗組員は三人だが母もきっと助けてくれるだろう。
水平線に朝陽がのぼる。そうして始まる一日があるのだ。
※以下今朝の詩
始まり
始まりはいつもそう さあ行こうとおもう
急いではならない ゆっくりと歩み出す
野は冬枯れて一面の雀色 老いた芒の穂が風に揺れ まるで全てが終ったかのよう
大河はゆったりと流れる 汽水域では潮が香り 海に思いを馳せている
もう始まっているのだろう 一歩たりとも退けはしない
野には若草が萌える ちいさな花だって咲く そよそよと風が吹けば 終わったことなど忘れてしまう
大河は海に注ぎ蒼く染まる そうして波となり砂浜に着く
生きて生きてここまで来た 始まりは希望でなくてはならない
明けて二日。午前中は霙だったが午後から雪に変わる。
北風も強く厳しい寒さとなった。
雪は幸い夕方には止み積もることはなかったが
気温がぐんと下がり今夜はかなり冷え込んでいる。
寒い日もあれば暖かい日もあるだろう。
「初春」と云うからには必ず春が訪れるはずである。
庭先では年末に植えた葉牡丹が逞しく咲いている。
たとえ雪でも彼女らはめげることがなかった。
そんなふうに生きたいものである。
高知市へ行っていためいちゃんが帰って来た。
「もんちゅうかね」と土佐弁で声を掛けると「もんちゅうよ」と応える。
子供は三日も居ればその土地の言葉に馴染むものだった。
愉快に笑い合いまるで家の中に花が咲いたようになる。
めいちゃんが留守のあいだ両親にべったりだったあやちゃんが
そっと逃げるようにまた部屋に閉じ籠ってしまう。
遠慮なのか我慢なのかどれ程の葛藤なのかと気遣わずにいられない。
年始の挨拶を兼ねて高知市内に住む弟に電話をしてみた。
そうしたら何と入院していると聞きおどろく。
もう2週間程になるそうだ。持病のヘルニアが悪化し入院したら
今度はコロナに感染したそうで踏んだり蹴ったりである。
もう峠は越えているようだが何とも憐れで可哀想でならない。
弟もまさか病院で年を越すとは思ってもいなかったようだ。
コロナが完治すれば退院出来そうでもう少しの辛抱である。
孫が二人いてどんなにか会いたいことだろうか。
最悪の年明けであったが悪いことが続くとは限らない。
そう信じてこの一年を乗り越えて欲しいと願う。
買物に行っただけで寝正月を貫く。
早く仕事を始めたくてどうにも落ち着かない。
日常の暮らしが恋しくてならなかった。
長い休みを満喫するような行動力もないのだ。
夫が「箱根駅伝」を観ていたので一緒に観ていた。
あまり興味はないが「青山学院」は知っている。
それがいつの間にか一位になっていておどろく。
優勝候補だけあってその実力を思い知ったような気分だった。
明日こそがまた楽しみで夫と一緒に観ようと思う。
大相撲もそうだが夫は私が興味を持つのが嬉しいようだ。
夕食後はお風呂だったがあまりの寒さに動悸が始まる。
ヒートショックを怖れていたのだろう。
脱衣所と浴室の暖房を点け「大丈夫」と言い聞かす。
深呼吸をしながら息を整えやっとの思いで入浴を済ました。
冬のお風呂は正に命がけである。
この「エンピツ日記」に気になる記事があり見ていたら
2008年に亡くなっている方の日記であった。
今も多くの閲覧数がありランクインしておりおどろく。
書き始めたのは私よりも古くもう25年が経過している。
最後の日記は娘さんだろうか遺族の方が記していた。
亡くなってからもう18年が経過しているが未だに生きている日記である。
そんな奇跡のようなことがあるのがとても励みに思えた。
その方もあの世でどんなにか浮かばれていることだろう。
私も「死」が終りとは限らないかもしれない。
雲を掴むようなことだが未来に希望が湧いて来たのだった。
とにかく精一杯書き残さねばならない。
この「エンピツ日記」が末永くこの世に残り続けることを願って。
※以下今朝の詩
坂道
緩やかな坂の道である 息を繰り返しながら ゆっくりと歩いている
「ここまで」ではない 「ここから」だとおもう
ゴールは見えないからこそ 歩き続けなくてはならない
歩きながら見上げる空から 冬の陽射しが降り注ぐ 北風に遮られながらも それは何と逞しいことか
負けてはならない 挫けてはならない
きっと辿り着く場所がある 生きている限り続く道であった
やがて陽射しは春に変わる 道端に芽吹く若草の季節である
大きく息をしながら すくっと前を向く
空は果てしなく広がり 見守ってくれるだろう
この坂道をいく いのちだけが頼りであった
元旦。陽射しはたっぷりとあったが風が強い一日。
朝の寒さも清々しくきりりっと胸に響く。
明日はまた寒波到来とのこと。
高知県西部も雪が降るかもしれないのだそうだ。
あれ程怖れていた冬だが不思議と寒さに慣れて来た。
このまま春を迎えられたらどんなにか良いだろうか。
毎年恒例の家族新年会は中止。
元旦から仕事の息子が頼もしく感じる。
けい君は久しぶりにお母さんに会いに行ったようだ。
独りぼっちの元旦でなくて何よりに思う。
どんな境遇であっても母親ほど愛しい存在はないだろう。
夫と二人きりでささやかな新年会であった。
娘達はお婿さんの実家に行く予定だったが
実家のお母さんはめいちゃんと一緒に高知市へ出掛けていた。
お婿さんのお姉さんのお宅で年越しをしたのである。
予定外のことであり娘に新年会を申し出たが即却下された。
自分達だけでするからと全く聞く耳を持たない。
無理強いは禁物である。自由なのが一番だと思う。
「二人切りもええもんだな」と夫も気楽な様子であった。
義父の友人から電話があり昨夜から義父が電話に出ないとのこと。
昨年のこともあり心配が頭を過る。
私も直ぐに電話を掛けてみたが呼び出し音が鳴り続けるばかりであった。
夫は私の心配をよそに「二日酔いで寝ているのではないか」と云う。
義父ならあり得ることである。連絡が在るのを気長に待とうと思う。
2時間ほどしてから義父から電話がありほっとしたが
詳しい事情は何も告げずあっけらかんとしているのであった。
ともかく元気に新年を迎えられたようで何よりである。
夫のぎっくり腰が再発しており初詣どころではなかった。
しばらくは車の運転も無理だろうと寝正月を決める。
私も足が不自由になってからは一人では出掛けられない。
以前は必ず「延光寺」に行き裏山のミニ八十八カ所を巡っていた。
それが何だかとても遠い昔のことのように思われてならない。
もう二度と行くことは出来ないだろう。何とも切ないことだ。
せめて近くのお大師堂へと思うがそれさえも行動に移せなかった。
信仰心が薄れた訳ではなく私の気力が薄れてしまったのだろう。
いつのまにかあれもしようこれもしようと思えなくなった。
歳のせいにしてしまえばそれまでだが
諦める前にもう気力が萎えている。どうでも良いことに思えるのだ。
新しい年を迎えこれだけはと思う「抱負」もない。
かと云って夢も希望もない訳ではなかった。
とにかく生き永らえることである。
生きて全うしなければならないことがあるようだ。
雨の日も風の日も雪の日だって乗り越えていかねばならない。
※以下今朝の詩
朝
むくむくとしている これはなんだろうか
息をたしかめてみる 生きていますか?
いつもと変わらない朝 それなのに何かが違う
一歩目の朝なのだろう すくっと前を向くと 年越しをした冬の花が きりりっと咲いている
もうすぐ夜が明ける 陽はのぼり光が射す
その真っ只中で生きる 何もかもが新しくなり 「いのち」を謳歌する
生きていますか? もう振り向いてはならない 立ち止まってはならない
一歩目の朝である 希望の芽が春へと向かっている
あした
どれほどの風だったか ゆれながら生きてきた
時には折れそうなほど 強く吹き荒れた日もある
見上げれば果てしない空 風と陽がせめぎ合っている
遥かな夢とささやかな希望 生きてさえいれば きっと叶う日が来るだろう
たおれてはならない おれてはならない
風に身をまかせて ゆらゆらと揺れている
どのような境遇であっても 必ず「あした」がやって来る 新しい朝の光が降り注ぐだろう
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