二十四節気の「立冬」暦の上では今日から冬であるが
気温は24℃まで上がりほぼ夏日となった。
秋どころかまだ夏の名残を感じる程である。
日向ぼっこをしていた猫達も陰を求めているようだった。
夏には薄紫の花を咲かせていた栴檀の木が
実を付けたのはいつのことだったろう。
オリーブ色の実が黄な粉色に変わり始めている。
栴檀の木は大きいのでその実が青空によく映えるのだった。
見上げれば何と可愛らしいことだろうか。
鳥が啄む様子はあまり見かけないが
実としての種を運ぶのは彼らであった。
そうして根付きまた新しい栴檀の木が生まれる。

仕事は怒涛の忙しさとなり今日のノルマを果たせない。
月曜日の朝までに仕上げなければいけない車検があったが
不備が見つかり完成が明日になりそうである。
義父と相談の上私も出勤することにした。
お客さんに迷惑を掛ける訳にはいかない。
先月末に納車した大型車の請求書も作らなければならず
あまりに複雑な修理だったため義父の知恵が必要だった。
30年前のダンプで標準点数表が無いため義父も頭を悩ませていたが
もしやと思いAIの響君に訊いてみたら彼はよく知っていて
おおよその工賃を教えてくれたのだった。
おかげでやっと請求書が出来る。何と40万越えの高額であった。
半分が部品代だが会社にとっては大きな売上となる。
義父は鼻高々となり「俺がした仕事やけんな」と上機嫌であった。
同僚では無理な修理だったので「義父さまさま」である。
AIに興味を示した義父があれこれと愚痴を云い始めたので
響君に聞いてもらうことにしたのだがそれが愉快でならない。
私は義父の愚痴を聞く「心の整備士」なのだそうだ。
そうでなければ高齢の義父がどうして仕事に励むだろう。
疲れは溜まる一方でその捌け口も無いのである。
これまでストレスを感じる時もたくさんあったが
義父のストレスは私以上なのだと思った。
寄り添ってやらなければならない今日はそう思い知らされる。
例え義理の娘であっても親孝行は出来るのだ。
それが義父への恩返しにもなるだろう。
今日出来なかった事は明日へと清々しい気持ちになり帰路に就く。
生きている限り明日があるのはまるで奇跡のように思う。
一歩一歩と明日を信じながら生きて行きたいものだ。
※以下今朝の詩
立冬
遺すことを考えている
例えば種であったり 根っこのようであったり そうすれば永遠に 生きていられるだろう
そうして花になり 実になることも叶う
冬が立つ日のことだった 秋が残した置手紙には たった一言「いのち」とある
それは何度でも巡って来る 忘れることなど在りはせず いつだって約束が出来るのだ
私は何を遺せるだろうか もしかしたら 最後の冬なのかもしれない
| 2025年11月06日(木) |
捨てる神あれば拾う神あり |
「秋晴れ」と呼べるのは今日限りだろうか。
季節は明日から初冬となり「小春日和」となる。
夏の名残を感じるような晴天であった。
気温は24℃まで上がりほぼ夏日となる。
長袖では暑く薄っすらと汗をかく時もあった。
今朝の国道では「皇帝ダリヤ」が咲いており嬉しくてならない。
花の色は黄色で向日葵によく似ている。
昨日は咲いていなかったので昨夜の雨が催雨になったのかもしれない。
まだ二輪ほどだったが明日はもっと咲いているだろう。
「皇帝ダリヤ」は短日植物で晩秋から初冬にかけて咲くのだそうだ。
多年草なので一度植えると毎年咲く健気な花である。
我が家にも植えてみたいがプランターで育つのだろうか。
土の庭が欲しくてならないがもう今更は無理だろう。

仕事は午前9時から「機械校正」があった。
運輸局から指定された業者が検査機器の点検に来るのである。
年に一度の事だが手数料がとても高く毎年頭を悩ませている。
ありったけの現金とありったけの預金で何とかなったが
またすっからかんになってしまい思わず笑いが込み上げて来た。
面白い会社だなと思う。ゼロになっても決して潰れないのだ。
捨てる神あれば拾う神ありで午後には車検代の入金があった。
即金のお客さんはとても有難く正に神様に思える。
全てのお客さんがそうならどれ程助かることだろうか。
義父の友人であるお客さんが車検のトラックを持って来てくれた。
予約制なので来週になるが全く急がないとのこと。
「それにしても今日は暑いのう」と話題になり
アイスを買って来たら大喜びで義父と三人で食べる。
子供のような義父の顔がとても微笑ましく思う。
同僚は午後から法令研修があり市内へ出掛けていた。
3時間の禁煙である。彼は私に勝るヘビースモーカーであるが
集中出来ているだろうかと気掛かりでもあった。
研修は必須で「技術」と「法令」が年に二度ある。
同僚も60歳を過ぎており最近は特に苦手なことが多くなった。
義父は陰口のように「いくら勉強しても駄目じゃ」と云うが
私はそうは思わない。同僚も一生懸命に努力をしているのである。
仕事が一段落しており少し早目に退社した。
帰宅したら仕事が休みだった娘夫婦が高知市内の病院へ行ったらしい。
夫は何も聞かなかったがあやちゃんが教えてくれたそうだ。
何らかの体調不良ならどうして一言も云ってくれなかったのだろう。
まして高知市内の病院へ行くなどただ事ではなかった。
4時には帰って来たが娘は何も言ってはくれない。
夫が「要らん事を訊くなよ」と険しい顔をして告げたが
気になってならず夕食の支度をしながら娘にそれとなく尋ねてみた。
そうしたら「別に、何ともない」と少しツンツンした口ぶりであった。
詮索はしてはならずこれも干渉かもしれないと思い
根掘り葉掘りとどうして詳しいことを訊けようか。
夫に話せば「何ともなかったのじゃないか」とあっけらかんとしている。
それならそうとどうして娘は安心させてくれないのだろう。
家族ではないのだとしても他人ではないのだ。
また大きな亀裂が出来たような気がして複雑な気持ちになった。
ひとつ屋根の下に暮らしているがもっと距離が必要なのかもしれない。
まるで「ここまで」と仕切られているような暮しが続いている。
結婚前には何でも話してくれた娘は何処に行ってしまったのだろう。
※以下今朝の詩
冬支度
夜中に雨が降ったようだ その名残であろう 滴がぽつんと呟いている
暦を見れば明日は立冬 今日は秋終いの日である 健気に咲いていた花を想い 老い始めた草の穂を想う
自然は媚びることをしない だからこそ見届けてやらねば
枯れるならば寄り添おう そうして種を守ってやろう
慈しみ注ぐ愛のようなものは かけがえのない魂となるだろう
季節の掟に逆らってはならない 冬ならば冬として生きることだ
どんよりとした曇り日。雨が降りそうで降らず。
気温は20℃に届かず少し肌寒さを感じる一日だった。
予報では今夜遅くから明日の朝にかけて雨になるようだ。
今朝の山道ではお遍路休憩所に「マリーゴールド」が活けて在り
鮮やかなオレンジ色がまるで陽だまりのように見えた。
お遍路さんの姿は無かったがきっと足を止めることだろう。
それからその花の事が気になり職場に着くまで探し求める。
民家の庭先であったり畑の隅にも植えられてあった。
今まで気にも留めなかったが何と可愛らしい花だろうか。
花期は4月から10月らしい。11月になると枯れてしまうのだそうだ。
もう11月なのでそろそろ見納めになるのだろう。
今日気づいて良かったと思う。数日経てば出会うこともなかった。

仕事は朝一から来客。話し好きのお客さんで会話が止まらない。
やっと見送ったと思えばまた新たな来客があった。
そのお客さんも話し好きでとうとうお昼まで粘られる。
会話は楽しかったが事務仕事は全く手に付かない。
仕事をしながら相槌を打つなどもっての外に思えた。
ちゃんと目を見て話すこと。それが一番大切な事である。
午後もまた来客があったがリハビリの時間が迫っており
訳を話してお先に退社するしかなかった。
お客さんは快く応じてくれて何と助かったことだろう。
それにしても来客の多い日で有難いことだと思う。
義父は午後から宿毛市内の県立病院へ行っていた。
義父の妹である叔母が腰を骨折しており今日は手術であった。
もうひと月近くも入院しているのに随分と遅い手術である。
昨日義父が出掛けたのは病院へ行き説明を受ける為だったようだ。
何も告げずに出掛けたので気にはなっていたが
やはり妹の事が心配だったのだろう。義父らしいなと思う。
叔母にも家族は居るのだが子供達と3人暮らしであった。
その子供達が心許ない。今日の手術にも顔を見せなかったそうだ。
叔母も憐れでならず例え完治しても先が思い遣られるばかりである。
まだ70代の叔母であるが認知症も始まっているようだった。
この先きっと義父の支えが必要となることだろう。
リハビリ前に待合室の計測器で血圧を測ったら174もあった。
U君に話したら再度測ってくれたがそれでも169である。
整形外科なのでどうすることも出来ず元気なので良しとした。
今月は内科の受診があるので医師に相談して見ようと思っている。
血圧が高くても死ぬことはないと医師は云っていたが
その言葉が何だか信じられなくなって来ている。
そうして今日か明日かと追い詰められているようだった。
幸いなのは元気な事で体調には全く異常がない。
けれどもある日突然もあり得るだろう。それが不安でならなかった。
死ぬのなら死ぬと云って欲しいが誰も教えてはくれないのである。
そうなればあっけらかんと生きて行くしかないだろう。
死んでしまえばどうすることも出来ないが
一日一日を縫うように書き続けて行きたいものだ。
※以下今朝の詩
記憶
遠くなったり近くなったり 記憶の欠片が風に舞っている
少女がおとなになった時 真紅の血が流れるのを見た なんと残酷なことだろうと 嘆かずにはいられなかった
春になればこころが芽吹く それは希望に似ていて 未来への道標であった
いつまでも少女ではいられない 羽ばたく準備をする時が来た
空は手を広げて待っている 勇気を出して飛ばねばならない
空の一部になってしまえば もう何も怖れることはない
これは記憶なのだろう 生きた証を抱きしめる時が来た
今朝は一段と冷え込み今季の最低気温を更新する。
立冬も近くなり晩秋ならではのことだろう。
すっかり秋が深まったように思うこの頃である。
朝の国道を行けば桜並木の紅葉に目が留まる。
「桜紅葉」(さくらもみじ)何と風情のある呼び名だろう。
古くからの日本語はまるで詩歌の世界を思わす。
紅葉が終われば葉は散り裸樹となるが枝を空に伸ばし
冬の寒さに耐えている姿もまた好きだなと思う。
自然は決して媚びることをしない。だからこそ愛でてやるべきなのだ。

三連休明けの仕事であったがさほど忙しくもなくぼちぼちであった。
義父は昨夜から歯痛が酷く歯医者さんへ行っていた。
お昼には帰って来て痛みは治まったらしく昼食も食べられたようだ。
厄介な修理に取り掛かっていたが連休中は部品が入らず保留である。
午後には乗用車に乗って行き先も告げずに出掛けて行った。
同僚は車検整備がありこつこつと働いてくれる。
直七のお礼を云えばまだまだ沢山あるのだそうだ。
何とか商品化出来ないものかと思うがそんな暇があるはずもない。 欲しい人があれば分けるが名乗り出る人も居ないのだそうだ。
美味しい直七なのに何ともったいないことだろうか。
2時を過ぎても義父は帰らず特に急ぎの仕事も無かったので
いつもより少し早めに帰路に就いた。
夫の直七絞りが気になっていたのだが帰宅すると全く手を付けていない。
昨日はやる気満々だったのにいったいどうしたことだろう。
理由を訊けば一人では気が進まなかったらしい。
よほど私と一緒に絞りたかったのだろうと思うことにした。
何しろコンテナいっぱいの直七と格闘せねばならないのだ。
娘婿の41歳の誕生日であったが夕食は特にご馳走ではなかった。
焼き肉かステーキと思っていたのだが鶏の唐揚げが食べたいと云う。
お安い御用で今朝から鶏肉を漬け込んでいた。
後はお刺身の盛り合わせとワインを買いささやかな誕生日である。
父親の誕生日だと云うのに今夜も食卓に孫達の姿がなかった。
老婆心が疼いたが一切の口出しは禁句である。
おそらくもう元には戻らないと思う。前途はそう明るくはない。
明日は雨になるらしく暗闇ばかりの夜空になった。
不安や心細さはいつものことだが圧し潰されてしまいそうだ。
いったいどうすれば「死」から逃れられるだろうと
しょうも無いことを考えている。
「生きたい」欲を捨てられたらきっと楽になるのだろう。
※以下今朝の詩
木枯らし
もう木枯らしの季節 あと数日の秋を残し 冬が立とうとしている
冬に生まれたこどもは 寒さに負けずに育って やがて初めての春を知る
母の乳房に顔を埋めながら 柔らかな陽射しを浴びていた
たんぽぽ桜チューリップ 初めての出会いに微笑む 母の声がそよ風になった
空の青さを知ってから 光の天使とふれあった 小さな手を空に伸ばす 息を放てば風にもなれた
木枯らしは知っている どのように生きるかを
冬がなければ春は来ない
風もなく穏やかな晴天。優しい陽射しが降り注いでいた。
しかしそんな好天も西日本だけだったようで
関東や近畿では木枯らし一号が吹いたそうだ。
雹や霰が降った地域もあり冬の兆しを感じたことだろう。
今朝は庭に出ると娘が多肉植物を飾ってくれていた。
以前から好きで育てていたので種類も多い。
ようく見ると何とも可愛らしく心が和む。
けれども寒さに弱いのでつかの間になりそうである。
冬は小さなビニールハウスで育て春を待つ。
やっと地場産市場へ行き花苗を買い求めようとしたが
葉牡丹の苗は沢山あったビオラは少ししかなかった。
それもあまり良い苗ではなかったので買わずに帰る。
葉牡丹はもう少し先の方が良いだろう。
朝のうちに扇風機を片付け炬燵を出した。
炬燵布団を押し入れから出せば夫が陽に干した方が良いと云う。
私もそう思ったが肌寒い朝の事で直ぐに炬燵に入りたくてならない。
通電にはまだ早いが炬燵があるだけで暖かさを感じるものである。
午後は直七を搾る予定だったが搾り器がまだ届いていなかった。
ネットで配送状況を確認すると近くの営業所まで届いているらしい。
引き取りに行くことも考えたがもうトラックに積んであるかもしれない。
迷惑をかけてしまうので到着するのを待つことにした。
しかし3時まで待ったが届かず仕方なく手で絞ることにする。
思いがけずに夫が絞ってくれて何と助かったことだろう。
何とか一リットル程の果汁が搾れたがもう夫が限界であった。
搾り器があれば楽なので明日また絞ってくれるそうだ。
夕方やっと宅配便が来てくれる。わくわくしながら封を切ると
何だか思ったよりも小さく玩具みたいな搾り器だった。
でもステンレス製なので作りは頑丈で役に立ちそうである。
めいちゃんが興味を示し2個だけ絞ってみた。
子供の力でも簡単に絞れて買って良かったのだと思う。
夫は明日の仕事が出来て嬉しいのやら面倒なのやら「やれやれ」と呟く。
家中に直七の爽やかな香りが漂う夕暮れ時であった。

金曜日にここに記した例の文芸賞の表彰式であるが
よくよくネットで調べてみたら佳作者は出席出来ないのだそうだ。
表彰状は郵送と記してあり何だか穴に落ち込んだような気分になった。
やはり佳作は佳作なのだ。その他大勢となり隅に追いやられる。
表彰式には胸を張って出席しようとほざいていたことが恥ずかしい。
「お呼びでない」その現実はいささかショックであった。
しかしそれが悔しさならきっとバネになるだろうと信じようと思う。
文芸賞は毎年応募があり来年もきっと挑戦するつもりである。
私が賞に拘るのには理由があった。
私の詩を「詩ではない」と罵倒し踏みにじったO氏への反撃である。
「思い知らせてやる」何度そう思ったことだろう。
今回の応募にもそれが一番に頭にあったように思う。
動悸が不純なのだ。だから佳作どまりになったのだろう。
雑魚でも道端の石ころでも野の雑草でもいい。
「これが自分だ」と胸を張れるような詩を書きたくてならない。
※以下今朝の詩
風
樹々が薄化粧を始める頃 風の囁きが聴こえる
そよと云えばそよと応え 呼応する声がこだまする
兎は山野に佇みながら 明日のことを考えていた
失くした耳はもう戻らない 傷口は痛むが嘆くことをせず ただ生きてさえいればと 風に吹かれ続けている
空の青さが目に沁みるのは 瞳に宿る希望ではあるまいか
失うことは始めることである
やがて樹々はその枝を揺らし 風そのものとなり舞い始める
儚い秋であったが兎は満たされていた
雲間から小さな青空が見える。
気温は20℃程で過ごし易い一日だった。
今朝は洗濯物を干しに庭に出たら枯れた秋桜とオクラが消えていた。
娘がしてくれたのだろう。ずっと気になっていたからとてもほっとする。
苗を買って来れば娘が植えてくれるかもしれないが
「忙しい」と云われるのが怖くて今日も買いに行かなかった。
朝のうちに髪を切りに行く。2センチの憂鬱もきれいさっぱりとする。
前髪を今までよりも短くしたので我ながら可愛らしいなと思う。
実は先日あまりにも前髪が撥ねるので自分で切ってしまったのだ。
その後きれいに切り揃えなかったので酷くアンバランスになっていた。
美容師さんも「これは」と笑っていたが短さに合わせて切ってくれたのだ。
驚いたのは980円の会計を済ますとベルーナの商品券をくれる。
何と5千円分の買い物が出来るのだった。
2ヵ月前にも貰っていて夏服を2着買ったばかりである。
もしかしたら来る度に貰えるのだろうか。
次回になって見ないと分からないがとてもラッキーなことだった。
今回は冬服を買おうと思う。何とも楽しみである。
お昼前に同僚から電話があり直七を沢山収穫したとのこと。
実は「そんな暇はない」と云っていたのを私が頼み込んだのだった。
毎年貰っているので今年も当にしていたのである。
直七の果汁は爽やかでポン酢にするととても美味しいのだ。
最初は「取りに来いや」と云っていた同僚であったが
午後から市内に来る用事があるそうで持って来て貰うことにした。
早速アマゾンで果汁搾り器を買い求めわくわくが止まらない。
明日には届くそうで絞るのがとても楽しみである。
同僚は乗用車ではなく軽トラックで来てくれた。
日曜日なのに作業ズボンを履いており忙しい目にあわせたようだ。
申し訳なかったが私の願いを聞き入れてくれて何と有難いことだろう。
「同僚さま直七さま」と手を合わせつつ見送ったことだった。
明日はゆっくりと休ませてやりたいものである。
夕飯は「鶏ちゃんこ鍋」具沢山でとても美味しい。
いつものように夫と先に食べたのだが
娘達が食べ始めたら珍しくあやちゃんもめいちゃんも居た。
二人が一緒に食べることは殆どなく何とも微笑ましい光景である。
ずっとこんな日が続けば良いなと思ったが今夜限りかもしれない。
娘夫婦には「方針」があり決して要らぬ口を挟んではならなかった。
決して普通ではないことが当たり前になって行く。
老婆心は痛むばかりだがこれからも見守っていかねばならない。
曇っているのだろう月も星も見えない夜になった。
「見えない」ことに拘ってはいけない。
またその理由を知りたがってもいけないと思う。
※以下今朝の詩
シャットアウト
例えば電源を切るように 絶ってしまえるものなら
それは失うのではなく 潔く捨ててしまうこと
いつまでも秋ではいられない 樹々が葉を落とすように 冬支度を始めようとする
身に沁みる寒さに耐える 木枯らしならば吹かれよう 雪ならば空を見上げよう
そうして孤独に埋もれていく 一切の温もりを手放す時なのだ
もう私に触れないで欲しい 求めることに疲れ果てて ただ生きながら春を待つ
雨上がりの爽やかな朝かと思いきや曇り空が続く。
午後からやっと陽射しがあり随分と暖かくなった。
庭の手入れをしたかったが動き出せず。
すっかり枯れた秋桜、オクラもまだそのままである。
近くの地場産市場へ行けば苗を売っているのだが
すぐそこだと云うのに出掛けるのが億劫でならない。
これからの時期にはビオラが良いだろう。
寒さに強く越冬する逞しく可憐な花であった。
カーブスは三週間ぶり。勢いはあったがこれも思うようには行かず
少し動いただけで心拍数が異常に高くなりしんどくてならない。
コーチにも心配を掛けてしまい早目に切り上げて帰って来た。
やはり毎週の継続が大切なのだろう。
この三週間まったく身体を動かしていなかった。
午後はお決まりのお昼寝で3時近くまで寝る。
夢か現か分からないような変な夢を見て寝起きの何と怠いこと。
それから自室に籠り煙草ばかり吸っていた。
SNSで新たなフォロワーさんが出来る。
詩人さんらしかったが名前は公表しておらず
「晴れたり曇ったり」と名乗っており興味深い。
詩も魅力的で「ああ好きだな」と思う。
書かれてある短い文章も随筆のようで巧みである。
今後繋がりがあるかどうか定かではないが
ささやかな出会いだと思い大切にしたいものだ。
11月になり今日は高校時代の友人の誕生日であったが
昨年から一切の連絡を絶っており今年も電話をしなかった。
懐かしさはもちろんあるが距離を置きたい気持ちが大きい。
彼女は私をそっとしておいてくれないのである。
干渉されたり過剰反応されるのがほとほと嫌になった。
そうして何よりも私を心配するのである。
心配されるほど私は弱々しく見えるのだろうか。
そうして友人は遠ざかる。親友と呼べる人もいなくなった。
そのほうがずっと気楽で自分らしく生きて行けるような気がする。
老いの坂道を上り続けていると孤独を感じる時もあるだろう。
やがては辿り着く死の不安。全てを失うような心細さ。
かと云って決して不幸ではない満ち足りた人生である。
私は独りぼっちではない。少しも寂しくはなかった。
※以下今朝の詩(昭和シリーズより)
スカート
初めて貰ったお給料で ブティックに行った どれでも好きな服が買える
父から貰ったお小遣いではなく 自分のお金なのが嬉しくてならない
働いたのだなと思う 頑張ったのだなと思う
モスグリーンのスカートを買った 丈が長くお姫様みたいである 五月の風に吹かれながら くるくると踊ってみたくなった
そうして誰かに会いたくなる 一番に見せたいひとがいた それはきっと恋だったのだろう
そよ吹く風の行方を知らない 季節は初夏へと移り変わろうとして 陽射しをともない風も輝いている
会いたいひとには会えなかった
哀しいこともあるのだなと思った
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