最高気温が20℃となりすっかり春の陽気となる。
彼岸の入りも近くなり春にまっしぐらのように思えるが
来週には寒の戻りが数日あるとのこと。
桜が咲けば「花冷え」となり季節の趣を感じるだろう。
朝の山道を行くと民家が3軒ほどある集落があり
そこの良心市に春を告げる「タラの芽」が並んでいた。
毎年楽しみにしていて今年もそろそろかなと思っていただけに
今朝は嬉しくて思わず歓声を上げてしまった。
一パックに6本程入っており百円の安さである。
二パック買い浮き浮きしながら職場に向かったことだった。
お金を入れる鍵付きの箱など置いてなくて小さな湯呑を置いてある。
それでこその「良心市」なのではないだろうか。

山里ではもう田植えの準備が始まっており義父が忙しくしている。
今日は育苗機に入れてあった苗をハウスに運ぶ作業をしていた。
その苗のなんと可愛らしいこと。まだ5センチ程だが「いのち」を感じる。
来月早々には田植えを始めるのだそうだ。義父は生き生きとしている。
工場の仕事も大変な忙しさで同僚一人ではとても手に負えない。
だからと云って義父に無理強いは出来ず農作業を優先させてあげたい。
とにかく機嫌を悪くさせてはいけないのだ。
母が現役だった頃には義父との諍いが絶えなかったことを思い出す。
母が嫌味を言えば義父が怒る。それは当然のことだったのだろう。
そんなことは二度とあってはならない。私は母とは違うのだ。

仕事が少し残業となり4時半に帰宅する。
娘は今日も遅くなるそうで洗濯物の山が待っていた。
畳み終えて10分程横になっていたが直ぐに夕食の支度である。
「タラの芽の天ぷら」は最後にすることにして
台所であたふたしていたら二階からあやちゃんが下りて来てくれた。
今日は料理クラブの気分だったのだろう「手伝おうか」と言ってくれる。
「豚肉とインゲンの甘辛煮」「イタリアンパスタ」
私は材料の下ごしらえと味付けをするだけで後はあやちゃんに任せた。
まだ手付きは危なっかしいが二つのフライパンと格闘する。
その間にさつま芋を切りタラの芽と一緒に天ぷらにすることにした。
一人ではパニックになっていただろう。あやちゃんに助けられる。
やがて娘が帰って来て天ぷらを揚げてくれた。
タラの芽が大好物の夫はウハウハ言いながら美味しそうに食べていた。
さつま芋の天ぷらも甘くて美味しい。これは孫達の好物である。
娘は明日は休みだが明後日から月末までずっと遅くなるらしい。
もう閉店まで仕入れはしないそうで売り尽くすのだそうだ。
在庫が少なくなっているせいか客足が減っているらしい。
それでも最後の日までなんとしても遣り遂げるのだと言う。
私も明日は行ってみようと思っている。少しでも売上に協力したいのだ。
三月は去ると云うが、別れの季節でもある。
けれども桜は咲くだろう。そうして新鮮な春が始まろうとしている。
曇りのち晴れ。気温は18℃まで上がったが
春の陽気のはずなのにさほど暖かさを感じなかった。
雲が多く陽射しが少なかったせいだろう。
国道沿いの白木蓮が少しずつ散り始めたようだ。
今朝はきれいに掃き清められていたが樹に残った花は少ない。
すぐ向かいのうどん屋さんの自宅である。
おそらく毎朝掃除をするのが日課なのであろう。
道路にまで散った花が車に轢かれるのはなんとも無残なものだ。

昨日の今日ではまだ声は変わりなく出る時もあるが出ない時もある。
電話応対の度に声が出難いことを伝えるのに苦労していた。
「お大事にね」と言ってくれる人もいて有難いことである。
義父が買って来てくれた飴玉をしゃぶる時もあれば
ついつい喫煙所に足を向けてしまう時もある。
その割に自己嫌悪に陥ることもなく開き直っている自分を感じる。
このままでは完治するまで更に長引くことだろう。
それでも良いと思うくらいに喫煙を我慢できないのだった。
何にしろ自業自得であるから罰を受けているのだろうと思う。
神様だろうか仏様だろうか。もしかしたら天国の母かもしれない。

毎週楽しみにしているリハビリの日。
予約時間の15分前に着いたら直ぐに名前を呼ばれた。
今日も女性の療法士さんですっかり打ち解けるようになった。
最初に痛みのない右足から施術をして貰うのだが
かなり酷使しているらしく筋肉がパンパンになっているそうだ。
ゆっくりと優しく揉み解してくれるので夢見心地となる。
痛む左足は痛みを感じる寸前までである。決して無理をしない。
揉み解して貰うと嘘のように痛みが和らぐのだった。
今日は診察があったのでリハビリを終えてからずっと待っていた。
なんと40分も。我慢の限界となり止めて帰ろうかとも思う。
しかし待っているのは私だけではない。なんと大人げないこと。
やっと医師の顔を見れた時にはほっとしたが
足のことよりも声が出ないことを気遣ってくれて嬉しかった。
電子カルテにしっかりと打ち込んでくれていて
「早うに治るとええな」となんと優しいことだろう。
喫煙のことは言えなかった。言えばさすがに叱られてしまうに違いない。
なんだか信頼している医師を欺いているようで心苦しく思う。

サニーマートへ着いた頃には4時半近くになっており大急ぎで買物をする。
さすがに二日続いて手抜きは出来ない。
娘も今日は早く帰れそうだと言っていたのでなんとかなるだろう。
ニラが特売だったのでぱっと閃き「豚ニラキムチ」を作ることに。
後は焼くだけのギョーザと鯵のお刺身を買った。
夫は鯵のお刺身をあまり好まないので半額の「イカそうめん」にする。
そのイカそうめんを食べている時が愉快だった。
「このイカはなかなか練れていて旨いな」と言うので
「そりゃあ半額やもん」と言ったら大笑いになった。
イカは新鮮な物より少し鮮度が落ちた方が美味しいのである。
今夜はめいちゃんのダンス教室があり娘と出掛けて行ったが
出掛けにちゃちゃっと「チャルメラ」を作っていた。
あやちゃんが久しぶりに食べたいと言ったのだそうだ。
なんともご機嫌でにこにこしながら食べていた。
「あやちゃん久しぶりやね」と言ったら
あまりに食べ過ぎて飽きていたのだそうだ。
それも微笑ましくほっこりと心が和む。
「別に・・何でもいい」が口癖だったのが
ちゃんと食べたい物を言えるようになったのだ。
私も嬉しかったが娘はもっと嬉しかったのではないだろうか。
これまでずっと我慢して来たことが沢山あるはずなのだ。
甘えること、我儘を言うこと、お姉ちゃんらしく在ること。
そういうの全部投げ出してしまえばいい。
まだ純真な子供であることを認めてあげたいとつくづく思った夜である。
よく晴れて陽射しはたっぷりとあったが北風の冷たい日。
お隣の宿毛市ではいち早く桜が開花したようだ。
高知城下の見本木が咲かないと開花宣言は出来ないようで
宿毛市が独自に宣言したそうだ。それも良いのではと微笑ましく思った。
やがてあちらこちらで桜が咲き始めるだろう。
そうして春爛漫となるのが楽しみでならない。
仕事を少し早めに切り上げて咽喉科のあるK病院へ向かう。
昨年禁煙外来でお世話になっておりなんだか感慨深い。
やはり紹介状を持参して良かった。受付はスムーズに済む。
しかしその後の待ち時間の長いこと。2時間近く待たねばならなかった。
医師は優しそうな女医さん。看護師さんは顔なじみのKさんで嬉しい。
禁煙に臨んでいる時にどれほど親身になって励ましてくれたことか。
会えたら良いなと思っていたので随分と緊張が緩んだ。
鼻に麻酔薬を注入しファイバースコープで喉を撮影する。
声帯が赤くなっており炎症が見られるが癌のようなものは見られず
「大丈夫ですよ」と言ってもらって大いに安心した。
原因は激しく咳き込んだ際に声帯を傷つけてしまったらしい。
風邪は引いていなかったのでおそらく煙草の吸い過ぎだろう。
まさに自業自得としか言いようがなかった。
炎症とは別に痰がたくさん見られまるで蟹が泡を吹いているようだった。
自分の喉の写真を見たのはもちろん初めてのことだったが
その痰には私も驚いてしまう。なんだかとてもおぞましい。
とりあえず痰をきれいに切ってしまう薬を処方してもらった。
炎症は自然に治るらしくしばらく様子を見ることになる。
煙草は即刻止めるように。それから無理にしゃべらないように。
覚悟はしていたがどちらもかなり厳しい。
それが今後の大きなストレスになりそうだった。
看護師のKさんも「また禁煙頑張ってみようよ」と言ってくれたが
この場に及んでも私はあがこうとしている。とても狡い考えなのだ。
病院がすっかり遅くなり「ほか弁」でおかずだけ買って帰る。
贅沢のようにも思うが6人分で3千円程。普段の食費と変わらない。
娘は休みで家に居たが「今夜は楽ちんやね」と喜んでいた。
たまにはこんな日もなくてはならない。
今夜はどうしたわけかめいちゃんが大暴れしている。
大声で泣き喚いているので理由を訊けばよけいに泣きだしてしまった。
仕方なく娘に任せてそっと様子を見ているが気になってしょうがない。
宿題が多過ぎる日がずっと続いており可哀想に思う。
学校から帰ったらおもいっきり遊ばせてあげたいものだ。
子供にだってストレスはある。発散させる機会をもっと与えてあげたい。
こんな時のあやちゃんは部屋から一歩も出ない。
以前に私がお手上げのポーズをして見せた時には
「お母さんはめいを甘やかし過ぎるけんよ」と言っていた。
もうすぐ12歳になるがなかなかするどいことを言うものだ。
もしかしたらお母さんに甘えたいのはあやちゃん自身なのかもしれない。
ずっとずっと我慢して来たのならそれも可哀想でならなかった。
雨のち晴れ。午後からは北西の風が強く吹く。
雨雲は遠ざかり青空が見えていても冬の寒さを感じた。
明日は穏やかに晴れそうだ。きっと春なのに違いない。
帰宅したら桜草がずいぶんと散っていて憐れなこと。
花びらではなく小さな花のまま散ってしまうのだ。
近くの水溜まりにまるで水中花のように浮かんでいるのを見た。
花のカタチでいられるだけでも彼女たちは幸せなのかもしれない。

仕事帰りに病院へ寄って紹介状を受け取って来た。
明日になってみないと分からないがスムーズに診てもらえたらと思う。
いきなり行ってもおそらく無理だろう。予約制なら尚更のこと。
紹介状があるとないとでは対応が違うのではないかと思われる。
それにしても何と書いてあるのだろう。気になって仕方ないが
しっかりと封をしてあり中を見ることは出来なかった。
癌の疑いがあるなどと書かれていたら目の前が真っ暗になってしまう。
またまた私の悪い癖でついつい悪い方へと考え込んでしまうのだった。

今日も娘の帰りが遅く台所で一人奮闘していた。
サニーマートで半額の蛸が買えたので胡瓜、若布と酢の物にする。
同じく半額の「イカの葱塩」柚子仕立ての「鯵の干物」
メインは「豚ロースの味噌麹漬け」で2パックで千円ほどだった。
あやちゃんが二階から下りて来てくれたので料理クラブかなと思ったら
「おばあちゃんがんばってね」の一言でまたすぐに二階へ消えて行く。
あらまあと少し残念ではあったがその気持ちが嬉しくてならない。
無関心ではいられないのだ。きっと気になっていたのだろう。
これも今まで一度もなかったことで明らかな変化である。
食事中もにこにこと笑顔を絶やさなくなった。
酢の物の蛸ばかり食べている。それも微笑ましい光景だった。
めいちゃんが学校での出来事を話し始めた時はドキッとしたが
私の心配をよそにうんうんと頷きながら聞いているのである。
その笑顔を見ていると決して学校が嫌いなのだとは思えない。
いったい何を拒絶しているのだろう。分からないまま春がやって来る。
見守り続けたこの一年であった。
いつの間にかあやちゃんは硝子細工ではなくなったようだ。
| 2024年03月11日(月) |
ありったけの花を添え |
朝の寒さもつかの間。日中は春の暖かさとなったが
午後から雲が広がり今夜には雨になりそうだ。
一雨ごとにと思って良いのか日に日に春らしくなることだろう。
東日本大震災から13年。まるで地獄のようだった光景が蘇る。
一生忘れることはないだろう。どれほど心を痛めたことか。
いくら歳月が流れても悲しみを埋め尽くすことは出来ない。
復興はまだ半ばだと聞く。それは誰のせいでもないかもしれないが
被災された多くの方達が少しでも希望を捨てずに生きて欲しいと願う。
「魂にありったけの花を添え祈り続ける生きて在るなら」

明日は我が身だとずっと思い続けて過ごしてきた。
能登で被災された方達もきっと同じ気持ちではなかったろうか。
だからと云って毎日怯えながら暮らしていくわけにはいかない。
与えられた場所で与えられた日常を感謝しながら過ごすことである。
だからこそ平穏無事の有難さをつくづく感じずにはいられなかった。
いつもより少し早めに帰宅。娘が遅くなるのが気になってならない。
それだけ日頃から頼りにしていたのだろう。
洗濯物を畳み終えて少しだけ大相撲を観ていたが落ち着かず
そわそわと台所に立ち夕食の支度を始めていた。
今夜も簡単に「牛丼」である。揚げ物などは到底出来るはずがない。
後は「ほうれん草の白和え」と「ちく胡」だった。
胡瓜を丸ごと竹輪に詰めていたらあやちゃんが二階から下りて来て
「手伝おうか」と言ってくれて嬉しかった。
昨夜のお料理クラブの話を覚えていてくれたようだ。
竹輪に胡瓜を丸ごと詰めるのは簡単そうでコツが要る。
無理やり詰め込もうとすると竹輪がすぐに破けてしまうのだ。
一口サイズに切るのを手伝ってもらったが包丁が上手く使えない。
私が手を添えて教えたらなんとか切れるようになった。
だいじょうぶ。包丁は使えば使うほど上手になるから。
娘が帰って来て歓声をあげていた。それが照れ臭かったのだろうか
切るのを途中で止めて二階へ逃げて行ってしまった。
でもやれるだけのことをしてくれたのだ。ありがとうねあやちゃん。
ほうれん草は茹でてあったので娘に白和えの作り方を伝授した。
いつも私が作るので娘は今まで一度も作ったことがなかったのだ。
とにかく水分をしっかり取ること。お箸ではなく手で和えること。
出来上がった白和えを味見した娘が「やるじゃん」と喜んでいた。
家族の美味しい顔ほど幸せなことはない。
ささやかなことである。それがどれほど大切なことだろうか。
そうして明日のことを考えている時間がとても愛しくてならない。
朝は真冬並みの冷え込みであったが日中は春の暖かさとなる。
雲一つない空からたっぷりの陽射しが降り注いでいた。
私はまるで馬鹿の一つ覚えのように「光の天使」と表現するのだが
他にどんな表現があるのだろう。知っていれば教えて欲しいものだ。
絶好の行楽日和に思えたが例の如くで夫に却下される。
もうすぐ72歳になろうとしていて高齢者には違いないが
車の運転が億劫でならないようだ。
こればかりは仕方がなく無理強いは出来ない。
無理に出掛けても事故を起こしてしまったら大変なことになる。
危険なリスクは避けるべきだろう。家に居るのが一番安全なのだと思う。
思い起こせば色んな場所に連れて行ってくれた。
その度に最後かもしれないとどれほど思ったことだろうか。
思い出がいっぱい。もうこれ以上望むことはないに等しい。

せめてもとお昼には「ほか弁」を買って来て食べる。
夫は「カツ重」私は「鶏そば」でビールとノンアルで乾杯した。
満腹になればあとは寝るだけだが、今日は録画してあった映画を観る。
椎名誠原作の「息子」を観るのは二度目であったが良き作品である。
もちろん原作は読んでいたのでどんどん引き込まれて行った。
その後のお昼寝は一時間ほど。目覚めたら夫が大相撲を観ていた。
今日から2週間は退屈せずに済むだろう。夫は大の相撲好きである。
まだ観客もまばらな幕下の取り組みから観るのが楽しみなようだ。
炬燵からよっこらしょと起きあがったら「もう入れてあるぞ」と
今日も私が寝ている間に洗濯物を取り入れてくれていた。
なんと助かり有難いことだろう。持つべきものは夫である。
娘は今日も仕事で帰りが遅くなるとのこと。
実は20年以上も勤めて来た「セリア」が今月いっぱいで閉店となる。
すでに従業員も何人か辞め人手が足らなくなっているのだそうだ。
副店長である娘はもちろん最後まで尽くすつもりである。
長年勤めただけに寂しさもあり感慨深い気持ちもあることだろう。
夕食はついつい簡単なものになり今夜は「ちゃんぽん」にした。
先日頂いた春キャベツがあり助かる。もやしも入れて野菜たっぷり。
冷凍室に豚バラ肉があったので解凍して使ったのだが
娘があやちゃんのチャーハン用に買い置きしていた物だったらしい。
帰宅した娘が冷凍室をかき混ぜて「ない、ない」と騒ぎ出す。
あやちゃんはちゃんぽんを好まずチャーハンが食べたかったらしい。
私は娘に叱られひたすら謝り続けていた。
「今から買って来ようかね」と言うと「もうええけん」と怒る。
仕事の疲れもあったのだろう。なんとご機嫌の悪いこと。
冷凍室の隅っこに豚ロースが少しだけあり仕方なくそれで作っていた。
炊飯器の残りご飯を全部使って欲しかったのでおそるおそる言うと
「豚肉が足らんじゃんか」とまたまた叱られてしまった。
そのついでのように「明日も明後日も遅くなるけん」と追い打ちをかける。
あやちゃんはにこにこしながらチャーハンを食べていた。
その笑顔にどれほど救われたことだろう。
「ねえ、あやちゃん明日からお料理クラブに入らない?」と訊けば
「気が向いたらね」と応えてくれた。
どうかどうかあやちゃんの気が向きますように。
晴れたり曇ったり。今日も北西の風が強く寒い一日だった。
先日の雨でぐんにゃりしていた桜草がすっかり元気を取り戻す。
強い風に煽られても倒れもせずになんと逞しく健気なことか。
花の盛りはもう過ぎているがどんな終わり方をするのだろう。
桜のようにはらはらと散ってしまうのか見届けてあげなくてはいけない。
一週間前に処方してもらった薬が切れてしまったので今日も病院へ。
7時半に受付を済ませたが13番目で一時間半の待ち時間だった。
咳は殆ど出ていないので隔離されることもなくほっとする。
声嗄れがあまりにも長引いているので医師と相談の上
専門の耳鼻咽喉科を受診することになった。
ファイバースコープで声帯を診てもらったら原因が分かるだろう。
まさか癌ではあるまい。医師もそれはないよと笑い飛ばしてくれた。
しかしもう三週間目になろうとしている。
声の出ないのは本当に不便なもので特に電話はかなり辛いものだ。
来週の水曜日。医師の紹介状を持ってK病院へ行く。

病院からカーブスへ行きサニーマートで買物をしてから帰宅する。
お昼は夫と温かいおそばを食べた。身体がぽかぽかと温まる。
そのまま炬燵に潜り込みなんと3時間半も寝ていたようだ。
いつものことであるが今週は仕事がハードだったので疲れていたのだろう。
週末はとにかくゆっくりと身体を休ませてやらなくてはいけない。
目覚めたら夫が洗濯物を取り入れてくれていた。
今日は「おまえがやれ」とは言わなかった。本当は優しい人なのだ。
サンキューの日らしい。「ありがとうね」とちゃんと言える。
山里のお客さんから猪の肉を頂いていたので圧力鍋で煮る。
その間に短歌を書こうとパソコンに向かっていた。
頭がぼんやりとしていたせいか思うように書けない。
昨日は15分で書けたが今日は30分掛かってしまった。
最後に「あの子」のことを書く。3月はあの子の死んだ月だから
思い出さない日はなかった。しかし肝心の命日を失念している。
どうして忘れてしまったのだろう。それさえも悔やまれてならない。
若さを理由にしてしまったらあの子があまりにも可哀想ではないか。
産声もあげられなかった子。名もなければ遺骨さえなかった。
光るのは天使の羽根に違いない天の国からあの子が帰る
もしかしたら今日が命日なのかもしれない。
|