陽射しをいっぱいに浴びて川面がきらきらと輝いていた。
「佳き日」と云ってしまうと不謹慎でもあるが
そうとしか云いようのないほど穏やかな晴天となる。
午後一時より告別式。めいちゃんは朝から喪服を着ていた。
午前中はちーちゃんに手紙を書いていたようだ。
読ませてもらったがとても丁寧な字で
「大好きなちーちゃん、空からみまもっていてね」
「べんきょうもダンスもがんばるからみまもっていてね」と
思わず目頭が熱くなるような微笑ましい手紙であった。
私がお棺に入れてあげようねと言ったら夫が凄い剣幕で怒る。
そんな余計なことをするなと言うのだった。
それにはさすがの私も反論せずにはいられなかった。
いったい何が余計なことなのだろう。
めいちゃんが心を込めて書いた手紙の何がいけないのだろうか。
恐らく夫は他の人がしないことをするなと言いたかったのかもしれない。
目立つことをとても嫌がる性格は昔から変わっていなかった。
だからと云って子供の心を傷つけるようなことを言うのは許せない。
実は私も昨日の朝書いた詩をプリントアウトしていた。
川漁師だったちーちゃんのことを書いた詩だった。
その詩とめいちゃんの手紙を封筒に入れこっそりと持って行く。
出棺前の最後のお別れの時に夫に見つからないようにお棺に入れた。
それは沢山の生花に埋もれすぐに見えなくなる。
でもちーちゃんはきっと受け止めてくれたのに違いない。
めいちゃんのほっとしたような顔。私もとてもほっとした。
詩も手紙も焼かれてしまうけれど「カタチ」ではないのだと思う。
灰になっても「こころ」は永遠に残り続けることだろう。
霊柩車がクラクションを鳴らして火葬場へと行った。
「めいも行きたかった」と今にも泣きだしそうな顔をする。
小さな手をぎゅっと握りしめたらぎゅっと握り返して来た。
子供心に死を受け止めていることを感じる。
大好きなちーちゃんにもう会えなくなった。
ちーちゃんは何処に行ってしまうのだろうと。
帰り道に見た四万十川のなんと清らかな流れだったことか。
川と共に生き抜いたちーちゃんの人生を想う。
川を見るたびに思い出すことだろう。あの満面の笑顔を。
ちーちゃんのお通夜を終えて帰って来た。
笑顔の遺影を見ていると本当に死んだのかと思う。
そうしてやはり涙のひとつも出やしない。
私はもう一生泣かないのかしれないと今夜もまた思った。
死が現実だとしたら魂は何処に行くのだろう。
母の時もそう思ったが遠く離れて行くとはどうしても思えない。
そうかと云ってずっと傍に居てくれるとも限らないのだろう。
天から空から見守ってくれていると考えるのが妥当かもしれない。
けれどもそれにも限りがあるだろう。
どんなに見守ってくれていても死ぬ時には死ぬのだ。
大地震が襲って来て家屋の下敷きになるかもしれない。
津波にのみ込まれて海の藻屑になるかもしれない。
そんなことを考えているともうきりがなくて
この世で死ほど身近なものはないような気がする。
12年後、私は80歳になる。ちーちゃんの享年である。
なんとしても生きていたいけれど生かされているのだろうか。
何もかもお終いになってしまいそうで怖ろしくてならない。
一日一生と云う言葉がある。
一日を一生だと思って大切に過ごすことだろう。
けれどもどんなに大切にしていても必ず終りが来る。
そうとなればもうあがくしかない。
どんなにみっともなくてもなりふり構わずである。
そうして「負けるもんか」と声に出して叫びたいと思う。
従兄弟ちーちゃんは川漁師だったが
さらさらと流れる四万十川の清流に身を任せるようにして逝った。
曇り日。まるで春先のように暖かい。
庭の桜草が三輪咲いた。奇跡のような花だ。
元旦から辛いニュースばかりで昨日は飛行機事故。
被災地に救援物資を運ぼうとしていたのだそうだ。
海保機に乗っていた6人のうち5人が亡くなる。
まだ若い隊員ばかりで家族や恋人もいたことだろう。
なんとも痛ましく残念でならない。
今日は今日で朝から訃報が舞い込む。
先月入院したばかりの従兄弟が亡くなった知らせだった。
大晦日には一時帰宅が許され私も会うことが出来た。
顔色も良く冗談交じりの会話も出来ていて
まさかこんなに早く逝ってしまうとは思ってもいなかった。
「また会おうね」と言うと「おう、また会おうな」と言ってくれたのだ。
元旦にはもう病院へ戻らなくてはいけなかったそうだが
大晦日の夜には家族皆揃い賑やかに過ごせたらしい。
それが最後になるとは誰も思ってはいなかっただろう。
昨夜容態が急変し今朝8時前にあっけなく息を引き取ったらしい。
幸いと言って良いのか自分が癌であることは知らないままだった。
だからきっと治ると信じていたのだろう。
嘆き悲しむこともなく本当に安らかな最期だったと思う。
「ちーちゃんが死んだ」めいちゃんはショックを受けている。
でも元旦に会うことが出来て車から手を振ってくれたのだそうだ。
ずっと心配していただけにどんなにか嬉しかったことだろう。
明日がお通夜。明後日の告別式にはめいちゃんも一緒に行く。
ちーちゃんもきっと喜んでくれるだろう。
「おう、来てくれたかや」と笑顔を見せてくれるに違いない。
私は今日も涙ひとつ流さなかった。
薄情なのか冷酷なのか自分のことがよく分からない。
もしかしたらもう一生泣かない人間になったのかもしれない。
「また会おうな」と言ってくれたのだ。
いつかきっとまた会える日が来るのに違いない。
明けてふつか。風もなく穏やかな晴天。ずいぶんと暖かくなる。
一夜明け被災地の様子が少しずつ明らかになって来た。
亡くなられ方が昨日よりもかなり多くなっていて心が痛む。
消失家屋が2百とは想像も出来ない程の悲惨な有り様である。
断水、停電、避難所での不自由な生活。
それはとても他人事ではないけれど自分が経験してみないと分からない。
明日は我が身と思っても考えるだけで不安が込み上げて来るのだった。
SNSでは無事に救出された方の発信が多く安堵したけれど
昨夜はデマや詐欺まがいの発信があったそうで耳を疑う。
本当に助けを求めていた人が沢山居たはずなのだ。
悪戯では済まない。とても人間とは思えなかった。
SNSの落とし穴と言ってしまえばそれまでだが
そのような許し難い行為がまかり通ってはいけないと思う。
私も騙された一人だが怒りよりも悲しみの方が大きかった。
被災された方々に少しでも希望の光を届けてあげたい。
「書くこと」でそれが叶うのならと使命のようにも思っている。
嘆きや苦しみに寄り添えるようなそんな言葉を綴りたいものだ。

今年も「しらすうなぎ漁」が解禁となり夕方娘婿が出掛けて行った。
そのおかげでもないけれど娘達と夕食を共にする。
しばらくは母子家庭のような日々が続くことだろう。
今夜は「すき焼き」だったがめいちゃんの食欲におどろく。
葱とえのき茸が好きなのだ。お肉よりも先に葱を食べる。
あやちゃんは静かに黙々と食べていたが真っ先にお肉である。
夕食後はお風呂。今日は娘が新しいパジャマを買って来ていた。
冬用の暖かそうなパジャマでめいちゃんの可愛らしいこと。
心配していたらあやちゃんのパジャマもちゃんと買って来ていた。
もう幾日も同じパジャマを着ていたので気になっていたのだった。
「明日はお洗濯しようかね」と言ったら小さく「うん」と応える。
相変わらず口数は少ないが時々思い出したように笑顔を見せてくれるのだ。
冬休みが終ったらまた葛藤の日々が続くことだろう。
どうか自分を責めないでいて欲しいと願ってやまない。
昨日の大地震をきっかけに南海トラフの不安が襲って来ている。
それは明日にでも在り得ることである。
愛しい家族をなんとしても守りたい。失ってたまるもんかと思う。
神さまはいったい何処にいるのだろう。
この声が聞こえたらどうか返事をして欲しい。
晴天に恵まれ穏やかな元旦となる。
「家族ではない」家族も今日だけは家族らしく過ごした。
息子は仕事で早朝からけい君を連れて来てくれる。
しばらく見ないうちに背が伸びたようだった。
誰とも会いたがらないあやちゃんがけい君と遊んでくれて
部屋からは二人の笑い声が聞こえなんとほっとしたことだろう。
新しい年を迎え少し希望が見えてきたような気がする。
4時20分頃だったか「笑点」を見ていたらいきなり地震速報が。
石川能登地方で大きな地震があったようだった。
そうして大津波警報も発令され避難を呼び掛ける大きな声が聞こえる。
とても他人事ではなくざわざわと心が騒いでいた。
よりによって元旦に大地震とはまるで地獄のように思える。
天を恨んでも仕方がないがどうして恨まずにいられようか。
久しぶりに帰省した家族も居たことだろう。
家族団らんの真っ最中にこのような悲劇があってたまるものかと思う。
まだ被害の様子は一部しか報道されていないが
SNSでのタイムラインには助けを求める声が飛び交っていた。
どうしようも出来ないもどかしさ。これほど心が痛んだことはない。
どうか助けてあげて下さい。ただただ祈ることしか出来ない。
明日は我が身だと思う。これまでも何かある度にそう思って来た。
穏やかに新年を迎えたことを記すつもりであったが
あまりにも不謹慎に思え今夜は自粛することにした。
どうか今日から始まったこの一年にもう悲劇が起こりませんように。
苦しんだり悲しんんだりする人が一人でも救われますように。
今日も真冬とは思えない暖かさとなる。
やはり暖冬なのだろうか。元旦も暖かくなるらしい。
今朝は庭先に出るなり桜草が咲いていて嬉しかった。
まだ一輪だが花芽がいくつか見えている。
そのうち満開になるだろう。なんと楽しみなことである。
小晦日となり過ぎ去ったこの一年を思い起こすべきなのだが
秋に母を亡くしてから遠い昔の事ばかり思い出している。
父と母と弟が居て平和だった子供の頃だったり
母に捨てられた13歳の冬の事だっり
そうして悔恨ばかりの青春時代の事だったりする。
私は沢山の人を傷つけずっと生き永らえて来たのだ。
過ぎ去った事は忘れようとどれほど思ったことだろう。
けれどもそんな時代が無ければ今の私は存在しないことになる。
何が良くて何が悪いのか決められないまま新しい年を迎えるしかない。
向かう先には「死」が待ち受けている。
それは誰にも変えられない宿命のようなものである。
だからと云って生きることを諦めてはいけないのだ。
一日一日を頂き物だと思って感謝しながら過ごしていかなければ。
そうでなければ今まで生きて来た甲斐が無いも同然だった。
あとどれくらいだろうといつも思う。
それを知らないことはある意味幸せなことなのかもしれない。

大掃除どころか小掃除もせずに寝てばかりいた。
「何もせんでも新年は来るぞ」夫の言葉のなんと有難いことだろう。
今年は喪中なので余計に気が抜けてしまっているようだ。
午前中はカーブスへ。これも行き渋っていたら
「最後じゃないか行ってこい」と夫が声を掛けてくれた。
おかげで薄っすらと心地よい汗を流すことが出来る。
人並みに出来ることは何もない。それでも私はまだ諦めていない。
カーブスを終えてからほか弁を買いに行く。
今日は娘達の分も私のおごりである。「やったあ」と喜ぶ娘。
ボーナスを貰ったおかげでお財布には「福の神様」が宿っている。
夕飯は娘達がお婿さんの実家へ行くと云うので簡単手抜き。
昨夜の猪が残っていたので近所の魚屋で鰹のタタキを買って来た。
それから残りご飯で「すし太郎」のちらし寿司にする。
二人きりだと本当に楽だ。いつかはまたこんな日が来るのだろうか。
ぽつぽつと雨だれの音が聴こえ始めた。
まるで春先のような優しい雨である。
月は雨雲に隠されているが少し欠けているのだろう。
「欠ける」ことは痛くはないか。辛くはないかと思うけれど
月はただ地球の影に隠されているだけである。

今年最後の日記になりました。
この一年私のつまらない日々にお付き合い下さり有難うございました。
読んで下さる皆様のおかげで書き続けること出来たのだと思います。
これからもこの場所がある限り書き続けたいと思っています。
喪中のため新年のご挨拶は控えさせて頂きますが
どうか穏やかな新年をお迎え下さい。
真冬とは思えない程の暖かさとなる。
冬枯れた野に蝶々が舞っているのを見た。
花は何処にも見当たらず緑の草さえ在りはしない。
蝶々はなんだか戸惑っているようだった。
そう長くはない命だろうと知っているのに違いない。
予定通りの仕事納め。午前中は残り仕事、午後から掃除をした。
そうして手元に置いてあった現金でボーナスの段取りをする。
とは云えほんの寸志で雀の涙ほどであるが
この一年頑張ってくれた同僚と義父を労ってやりたかった。
義父は昨年同様に「俺は要らんぞ」と手を横に振るばかり。
それでも押し付けるように渡したら内心は喜んでいるようだった。
私が資金繰りに頭を痛めていることを知っているからだろう。
経理は全て私に任せているのが心苦しいのかもしれない。
私は昨夜も書いたがやれるだけのことをやったのだと思う。
その達成感は半端ではなかった。我ながら見事だと言いたい程だ。
いつも自分が試されているように感じていた。
諦めてはいけない。きっと何とかなると信じていた甲斐がある。
不安を数えていたらきりがない。それよりも希望を捨てないことだ。

3時には終えられ帰路に着く。
「来年も頑張ろうね」と義父達に声を掛けて職場を後にした。
サニーマートは今日も大混雑であたふたとするばかり。
とりあえず味付け数の子を買う。娘の大好物なのだ。
今日は職場でお客さんから猪の肉を貰っていた。
それからチキン館の「まるっぽ鶏」も。
それは大助かりで特に買う物も無いような気がしたが
お肉ばかりではと思ってサニーレタスとトマトを買った。
孫達の好物で和風ドレッシングを掛けて兎のように食べる。
猪は大根と一緒に圧力鍋で煮たらとろとろの柔らかさである。
夫と娘婿が大喜びする。めいちゃんも初めての猪であった。
あやちゃんは猪と聞いただけで怖いのだそうだ。
それも頷ける話で食べたら猪に襲われるかもしれない。
娘婿が鯵を釣って来ていたので塩焼きとお刺身にする。
娘は鯵を捌くのが初めてのようで大奮闘していた。
娘婿がお刺身を作ったら中骨に身が沢山残っていて大笑いする。
なんだかんだで結構豪華な夕食となった。
嬉しかったのは別々ではなく皆が一緒に食べられたことだ。
なんだかお盆とお正月が一緒に来たような気がする。
今年もあと二日となった。この一年のなんと早かったことだろう。
なんだか追い詰められているような気もするが
確かなのは生きていることなのだと思う。
不安が少しずつ薄れているのを感じる。
まだまだ「お終い」にするわけにはいかない。
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