霜月と云う響きがなんとなく好きだ。
晩秋から初冬へと季節が移り変わっていく。
初霜が降りるのも近いことだろう。
とは言え今日の日中の暑さ。明日はもっと気温が上がるそうだ。
そうしてまた一気に寒くなるのかもしれない。
寒暖差が身に堪えるが受け止めなければいけないのだろう。
今朝は出勤前に10分程仮眠をした。
それが良かったのか眠気に襲われることなく職場に着く。
遅刻になってしまったが明日からもそうしようと思っている。
なんとしても居眠り運転を避けなければいけない。
職場に着くなり近くの診療所に電話をして
インフルエンザのワクチンを接種して貰うことになった。
医師には家族が感染していることを告げなかったが
ぎりぎりセーフになるだろうと勝手に決めていた。
接種の効果がすぐに現れるかどうかは定かではない。
それでも安心感はある。これで絶対に大丈夫と思う。
仕事を終えて帰宅したらめいちゃんと娘婿は熱が下がっていた。
娘はまだ微熱がありしんどそうな様子だった。
コロナの時よりも症状は重く後を引くようである。
コロナも怖いけれどインフルエンザを侮ってはいけないのだ。
あやちゃんは今夜も素直でにこにこと微笑んでいた。
好物の肉じゃがを作っていたので「やったあ」と喜んでくれる。
今までずっと私と話すのを避けていたのに会話も弾んだのだ。
つかの間のことかもしれないが何かが吹っ切れたのかもしれない。
このままトンネルの出口まで歩いて行けることを願ってやまない。
先日からメンタルが弱っている気がして鬱々としていたが
いつの間にか気が晴れたようですっきりとしている。
元気溌溂とまではいかないがそれなりに明るく過ごしている。
とにかく前向きに出来ることを頑張って行きたい。
命あっての物種であろうか。
とうとう10月も晦日。今年もあと2ヶ月となった。
母が亡くなってから昨日でひと月となりなんと早いことだろう。
あれ以来夢に出てくれなくなった。お金は足りているのだろうか。
今朝は娘が発熱。やはりどうしようも出来なかったらしい。
午前中に夫婦で病院に行きインフルエンザのお墨付きを貰って来たようだ。
めいちゃんと三人でずっと寝ていてどんな様子なのか分からない。
食欲どころではないようで今夜はまだ夕食を食べられずに居る。
あやちゃんはいつもと違ってとても素直になっており
大盛の親子丼を食べてくれた。笑顔も見せてくれてほっとする。
妹と両親が寝込んでいるのだ。どんなにか心細いことだろう。
私は昨夜娘を励ましたように強気を心掛けている。
絶対に感染するわけにはいかない。なんとしてもだ。
もし私が明日にでも寝込むようなことになったら家事は誰がするのか。
洗濯や買い物や食事の支度や忽ち困ってしまうのだ。
これまでずっと家族の健康を祈り続けて来たが
どうしようも出来ないことが突然襲って来るものなのだ。
それをどう受け止めるかが大切なことのように思う。
たとえば川の流れに逆らえないように。
身を任せ辿り着く処まで流れて行かなければならない。
| 2023年10月30日(月) |
コロナの次はインフルか |
今朝は今季いちばんの冷え込みだったようだ。
まだまだこれからの寒さである。そのうち慣れて来るだろう。
年寄りの冷や水にならないよう暖かくして過ごさねばならない。
出勤前にめいちゃんの様子を娘に訊いたら高熱になっているとのこと。
昨夜のうちに熱が上がったのだろう。ふうふうと辛そうである。
早めに病院へ連れて行った方が良いが娘は午後からしか休めないと云う。
あまりにも可哀想に思い私が連れて行くことになった。
病院は9時からであったが8時半に家を出る。
そうしたらなんとびっくり。病院の玄関前に長蛇の列であった。
仕方なく最後尾に並んだが受付を済ますと16番だった。
待合室はいっぱいなので車の中で待機することにする。
めいちゃんは後部座席に横になりしんどそうに息をしていた。
一時間後、まだ順番が来ない。そのまま二時間待ちやっと順番が来た。
殆どの子供がインフルエンザのようではらはらする。
めいちゃんもやはりそうだった。こればかりはどうしようもない。
一週間の自宅待機を言い渡され薬をもらってやっと家に帰る。
後はじいちゃん(夫)に任せ大急ぎで職場に向かった。
朝ではないので眠気は来ないだろうと思い込んでいたのだけれど
いつもと同じ酷い眠気が襲って来たのだった。
途中で車を停め10分程仮眠をしたが眠気は治まらず
ガードレールに追突しそうになって身の危険を感じた。
一瞬こんなふうにして私は死ぬのかと思った。
車を運転するのが怖い。明日も眠気が襲ってくるのだろうか。
3時間ほど仕事をして帰宅する。
めいちゃんはあれから嘔吐をしたそうで大変だったようだ。
娘が先に帰っていたのでもう心配はないだろう。
しかし夕方になり帰宅した娘婿が仕事中に発熱したらしい。
コロナの時の悪夢が蘇る。もしかしたらまた家庭内感染かもしれない。
娘婿は明日病院に行く予定だがおそらくインフルエンザだろう。
娘が少し弱気になっているので気を強く持つようにと励ましながら
私達夫婦もなんとしても乗り越えようと話したことだった。
朝から何も食べていなかっためいちゃんが雑炊を食べている。
コロナには治療薬が無いがインフルエンザにはちゃんとあるのだ。
きっと薬が効いてくれるだろう。明日の朝には熱が下がっていますように。
| 2023年10月29日(日) |
思い通りにいかないこと |
朝は少し冷え込んだが日中は穏やかな晴天となる。
夜明け前に紅い月が西の空に沈むのを見た。
今夜が満月なのだろうか。明日の朝も見えることだろう。
二週間程前に高知新聞の文芸欄に詩を投稿していたのだが
残念ながら佳作止まりでいささか落ち込んでしまった。
佳作は名前だけでそれも一番最後に申し訳程度に載っているのだ。
いつも自信がないけれど今回だけは自信があった。
母のことを書いた詩だけあってなんだか踏みにじられたような気分になる。
悔しさよりも悲しくてならない。選者のD氏を恨めしく思った。
これを最後にもう投稿はするまいと決める。
そう決めたらこころがとても楽になった。
いつまでたっても認められたい欲を手放せない。
さっぱりと切り捨てることが大切なのではないだろうか。

午前中にドコモショップへ。とうとう母の携帯を解約した。
例の母の友人と思われる方からは着信が無いままである。
解約するまでにもう一度掛けてみようかとも思ったが
その方も何処かの施設に入居されているのだから
電話に出られない事情もあることだろうと察した。
儚い縁だったかもしれないが母の友達になってくれて感謝している。
午後、読みかけの本を開いてみたが全く集中出来ない。
もう借りてから二週間になる。今日が返却日であった。
図書館に延長の電話をしようと思いつつすっかり忘れてしまった。
読書熱が醒めてしまったとは思えないがなんだか歯がゆくてならない。
あれこれと考えていると思い通りにいかないことで溢れている。
期待だったり愚かな欲だったり人間だから仕方ないことなのだろうか。
何も考えずに日々を過ごしている人など居ないはずである。
夕方、めいちゃんが発熱。幸い高熱ではないが早めに寝ている。
学校でインフルエンザが流行っているらしく心配だ。
様子を見て明日娘が病院へ連れて行くことになっている。
どうかただの風邪でありますように。
あやちゃんは相変わらず部屋に閉じこもっている。
決してドアを開けてはならない。
夕飯は鶏の唐揚げを数個だけ部屋で食べたきりである。
とにかく好きなようにさせるのが娘の方針であるらしい。
何かが間違っているのだとしても一切口出しをしてはいけないのだ。
たっぷりとお昼寝もして身体は休養できたが
なんだか気疲れをしてしまってしんどい。
思い通りにいかないことを思い通りにしようとしているからだろう。
そういうのもう止めよう。
穏やかな秋晴れ。冬の小春日和を思わすような暖かさだった。
予約してあった津野町の治療院へ向かう。
3時間は掛かるだろうと見込んでいたが
ナビが近道を教えてくれて2時間足らずで着く。
七々子峠から大野見経由の四万十川上流沿いの道である。
四万十川の源流に近くあちらこちらに看板が見えていた。
夏場などは観光客が多いのだろう。道路整備が進んでいるようだ。
早く着き過ぎてしまって近くの道の駅で小休止。
ちょうど観光バスが到着しており大勢のお客さんだった。
朝採れの野菜の新鮮なこと。残念ながら見るだけで終わる。
治療院は津野町の街中にあった。散髪屋さんの角を曲がって行く。
民家のような佇まいで庭先に大きな犬が繋がれていた。
ドアを開けても受付窓口のような場所が見当たらない。
治療室だろうかと思われる部屋のドアを開けたら老齢の男性が居た。
ちょっと気難しいような顔をしていたが意外と愛想が良かった。
杖を付いた私の姿を見るなり「かなり酷いなあ」と言う。
「もう2年が近いだろう」と話さなくても判ったようで驚く。
結論から云うと完治の見込みはまったくないのだそうだ。
怖れていた通りのことをずばりと云われたじろぐばかりである。
しかし気長に治療を続けていると今の痛みが三分の一になるらしい。
その覚悟さえあれば出来る限りの手を尽くしてくれると言った。
駐車場で待機していた夫を呼び寄せると
夫の姿を見るなり「ご主人もかなり酷いですなあ」と云う。
私よりも先に歩けなくなる可能性があるのだそうだ。
そうして夫が長いこと運転手をしていたことも判ったようだ。
腰痛持ちの夫はただただあっけにとられ驚くばかりである。
少しだけ治療することになり施術台にうつ伏せになった。
足ではなく背骨から腰のあたりをマッサージする。
指圧とはまた違ったまるで魔法の手のようであった。
10分位して立ち上がると不思議なことに痛みを感じない。
しかしそれは一時的なものですぐに元に戻るのだそうだ。
とにかく継続的な治療が必要だと云うことなのだろう。
夫と相談し今後も治療に通うことにしたが
最低でも週に2回は通院しなければいけないとのこと。
それもすべて予約制なので自分の都合通りにはいかないようだった。
来月はもうすでに予約で埋まっているとのこと。
おまけにこれから冬になると積雪の多い土地なので交通の心配もある。
しばらく辛抱して春から継続して治療をすることになった。
しかし今日すぐに3月頃の予約は出来ないのだそうだ。
年が明けてからまた電話するように言われる。
継続と云っても何ヶ月掛かるのかまったく分からなかった。
長い人は何年も通っていると聞き気が遠くなってしまいそうだった。
問題は治療費である。保険適用ではないので一回につき4千円。
週に2回だとすると8千円。月にすると3万円を超えてしまうのだ。
それほどの多額の治療費を果たして捻出出来るだろうか。
夫はなんとかなるだろうと云うが私は自信がなく不安であった。
貧乏人の辛いところである。お金さえあればと情けなくなってくる。
とりあえず年明けまで辛抱しながらようく考えてみようと思っている。
痛みが自然に薄れるとは思えず辛い日々となるかもしれないが
自分を試す良い機会になるかもしれない。
| 2023年10月27日(金) |
かみさま。ほとけさま。おかあさま。 |
高知県西部は穏やかな晴天であったが東部では雹が降ったそうだ。
全国的に不安定な天気だったようで各地から雷雨や雹のニュースが流れる。
上空に強い寒気が流れ込んでいるとのこと。いつまでも秋ではいられない。
今朝は山道の路肩に車を停め10分程仮眠をした。
それだけで随分と眠気が治まる。
その分遅刻をしてしまったが事故を起こすよりは良いだろう。
来週からもそうしようと思っている。眠ければ寝れば良いのだ。
とにかく原因が判らないので受け止めるしかないのだと思う。
つわぶきの花。いつもぼんやりしているから気づかなったのだろう。
今朝は山肌からこぼれるように咲いているその花を見つけた。
お遍路さんも足を止めてくれるだろう。それは一瞬で心が和む。

足の痛みが半端ない。日に日に痛みが増しているように感じる。
仕事中は座っていることが多くそれほどでもないが
スーパーで買物をしている時が一番辛く涙が出そうになる。
買い忘れた物があってもその売り場まで戻ることが出来ないのだ。
途中で立ち止まって大きく息をする。負けるなよと励ます。
今日も荷物が重かった。帰宅して車から下ろそうとしていたら
ちょうどめいちゃんが学校から帰って来て家の中まで運んでくれた。
優しくて力持ちのめいちゃんは本当に頼りになる。
明日は予約した治療院に行くのだけれど少し不安になって来た。
治る見込みがない場合は即刻に告げられるのだそうだ。
一か八かと思う気持ちはあるが駄目だったらどれほど落ち込むことか。
それでも藁を掴むような気持で臨まなければいけないのだろう。
かみさま。ほとけさま。おかあさまと祈り続けている。
きっと助けてくれるに違いないと信じようとしているのだった。
まるで崖っぷちに立たされているような心境であるが
最後まで望みを捨ててはならない。
今朝は少し暖かく感じた。
日中も薄っすらと汗をかくほど。
職場の看板猫みい太も車の下に潜り込み昼寝をしていた。
猫ほど癒される動物はいないのではないだろうか。
あくびをしただけでほっこりと心が和む。
今朝も相変わらずの眠気。もううんざりしてしまった。
ネットで検索したら「隠れ疲労」と書いてあった。
起床してから4時間後に眠気が襲って来るのだそうだ。
私はすぐに鵜呑みにしてしまう性質なのでその気になってしまう。
「隠れ疲労」とは自分では気づかないうちに疲れが溜まっているらしい。
それはどうだろう。私は本当に疲れているのだろうか。
昨夜も寝つきが悪く夜中に何度も目が覚めてしまった。
けれども寝起きは良く特に睡眠不足とも思えない。
ただ詩を書いてみると暗く重苦しい詩になってしまう。
「いけない、いけない」と思いつつ最後まで書いてしまった。
やはり精神的に安定していないのかもしれない。
いきなり薬を飲むのを中止したからではないかと思う。
あれこれと考えているとパニックになってしまいそうだった。
仕方なくまた今夜から薬を服用することにした。
まるで薬の依存症のようで情けなくもあるけれど
自分にとって何が最善なのかこれも大切な選択にも思える。

母宛にドコモの請求書が届いた。
義父と相談し今月いっぱいで解約することにする。
ドコモショップに予約をしたら死亡したことが判る書類が要るとのこと。
葬儀屋さんが死亡届のコピーをしてくれていたので助かった。
携帯電話は母の仏前に置いていたので仏間へ取りに行く。
お線香を立てて手を合わせ母と少しだけ話した。
やはり母は死んでなどいない。目の前にちゃんと居るのにと思う。
携帯電話を手にすると「着信あり」はっとして確かめると
母が亡くなった翌日に誰かが電話を掛けてくれていたようだ。
未登録の番号でそれが誰なのか判るはずもなかった。
もしやと思い当たる人がいて折り返し電話をしてみたが
留守番電話になっており繋がることは出来なかった。
病院の施設で一番仲良しだった人だ。
転院を余儀なくされ泣く泣く母と別れたと聞いていた。
息子さんが携帯電話を買ってくれたのだそうだ。
母の番号は伝えてあったからきっとその人に違いないと思う。
きっと虫が知らせたのだろう。もしかしたら母が知らせたのかも。
母の死を知ったらどんなにか嘆くことだろうと思ったが
まるで母の遺言のように感じて「知らせなくては」と思った。
また折り返し電話を掛けてくれる可能性もあるが
解約するまでに間に合うだろうか。
「お掛けになった番号は現在使われておりません」
それですべてを受け止めてくれることを願っている。
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