ずいぶんと日が長くなった。昼間の春の嵐が嘘のように
西の空はほおずき色に染まっている。
カラスの声が聴こえる。山には七つの子が待っているのだろうか。
なんとも穏やかで平和な夕暮れ時となった。
今日は外国人のお客さん。オーストラリアから来日しているコナン君。
昨年日本に来たばかりでまだ日本語が殆ど話せないけれど
「コンニチワ、ゲンキデスカ?」はとても上手である。
私も英語は最小限の単語しか話せないがなんとか会話は通じた。
車検の依頼を受けていたので完成した車を引き取りに来てくれたのだ。
かなり古い車でブレーキに不具合があり整備代が高額になっていた。
コナン君は少しも嫌な顔もせず「ペイするね」と支払ってくれる。
今回限りのおつきあいになるかもしれないけれど
「シーユアアゲイン」(であっているのかな)と伝えたら
満面の笑顔で手を振りながら四万十市まで帰って行った。
この仕事好きだなとつくづく思う。コナン君にまた会えたら良いな。

孫たちは今日から新学年。あやちゃんは5年生、けい君は4年生。
めいちゃんは3年生となり新たな学校生活が始まる。
けい君にはしばらく会っていないが、あやちゃん達は元気に登校した。
今朝は悪天候のためじいちゃんが車で送って行ったが
あやちゃんは集団登下校の最年長リーダーになるのだそうだ。
事故など無いようにどうか安全な学校生活を送って欲しいと願う。

子豚は今週の仕事を終え週末はまた禁煙に臨む。
どんなに我慢出来なくても煙草を買うことだけは避けたい。
娘の吸殻を探すのにも限界があり隠されているとしか思えなかった。
娘は決して意地悪でそうしているのでなく私の身を守ろうとしている。
そう思えばむやみに吸殻を求めてもいけないのだろう。
とにかく我慢しなければいけない。辛いのは自業自得である。
何処だろう。なんだか得体の知れない場所に引き摺り込まれている。
まるで気が狂ったように煙草が吸いたくてたまらない。
雨の一日。大降りにこそならなかったが桜は殆ど散ってしまった。
艶々と輝いているのは柿の若葉。まるで葉が花のようである。
躑躅が咲き始め藤の花も咲き始めた。まさに春爛漫のこの頃のこと。
朝の山道では6人のお遍路さん。雨合羽は着ているが足元はずぶ濡れ。
幸い荷物は少なく民宿泊のようでほっとしたことだった。
帰り道の県道ではなんと25人のお遍路さんが歩いていた。
団体のお遍路さんを見かけたのは久しぶりのこと。
指折り数えながら追い越していくと道端に大型バスが停車していた。
バス遍路なら叶うかもしれないとずっと憧れていたけれど
この足ではもう無理かもしれないと思った。
手術さえすれば完治するらしいがそれはいったいいつのことだろう。
焦っても仕方ないが前途は思うように明るくはならなかった。
昨夜は真夜中に左足がつって激痛が走る。
眠っている夫を起こし大騒ぎとなってしまった。
痛みが治まるまでマッサージをしてくれてなんと有難いことだろう。
これがもし独りきりの夜だったらと思うと不安でいっぱいになった。
夫を失うのが怖くてたまらない。考えただけでパニックになる。
それでなくても足の爪を切ってもらったり靴下を履かせてもらっている。
夫をどれほど頼りにしていることだろうか。

今夜は子豚のことには触れずにいようと思っていたのだけれど
どうしたわけか「子豚シリーズ」が好評で少し戸惑っている。
豚もおだてれば木に登るではないが調子に乗らずにはいられない。
子豚の寿命が後どのくらいなのか定かではないけれど
もはや冥途の土産になることは確実だろうと思っている。
こんな子豚のために清き一票を授けて下さり本当に感謝している。
餌を与えればとことん食べ尽くす子豚であった。
同僚はまるで養豚場の経営者のようでもある。
今頃明日の餌の準備に頭を悩ませていることだろう。
もうこそ最後にしようと思う気持ちも分からないではないが
子豚を憐れに思ってついつい情けをかけてしまうかもしれない。
子豚は同僚を信頼しているが彼にとってはもはや腐れ縁だろう。
無視したり放ってはおけない存在になってしまっているのだと思う。
明日のことは分からないがおそらく子豚は生きているだろう。
終わらない煙草はないがそれが明日だとは限らない。
二十四節気の「清明」命あるすべてのものが光り輝く頃。
生憎の雨となったがいかにも春雨と云った感じである。
明日は強く降るらしく桜散らしの雨となることだろう。
八重桜だろうか、ソメイヨシノより遅れて咲いた桜があり
まだこれから満開になろうとしている。純白の綿のような花だった。
午前中は目まぐるしいほどの忙しさとなる。
義父が田んぼに行かずに居てくれたので随分と助かった。
来客が多過ぎて同僚はパニック気味になっていたようだ。
私は職場でも杖をつかなければまともに動けない。
口はよく動くが所謂「役立たず」なのであろう。
おまけに何度も喫煙所に通うろくでなしでもあった。
どうして誰も叱らないのだろうといつも思っている。
午前中で煙草が無くなり同僚が新しい一箱をお恵み下さった。
多分今日は無くなるだろうと家から持って来てくれていたようだ。
それを当然のように思っている子豚のなんとふてぶてしいことか。
有難迷惑だと言いながら実は喜んでいるのが見え見えである。
それにしてもピアニッシモアイシーンのなんと美味しいことだろう。
もうすぐお別れだと思うとよけいに愛しさが込み上げて来る。
計画的禁煙のことを同僚に話したら「そりゃあ無理だ」と言われた。
私を舐めているらしい。いや馬鹿にしているのかもしれない。
同僚曰く、「GWまで煙草があるのかな」それって嫌がらせ?
もしそうなったら予定を早めなければいけなくなるではないか。
子豚は覚悟をしておかなければいけないのかもしれない。
毎晩毎晩子豚のことばかり書いて申し訳ないと思っている。
以前にも書いたが喫煙に嫌悪感を感じている方もいることだろう。
いいかげんに禁煙してくれと苛々している方も多いと思う。
悪いのはすべて子豚なのだ。子豚自身がそれを自覚している。
昨夜ここに家では完全禁煙出来ていると偉そうなことをほざいたが
また嘘をついてしまった。ごめんなさい。ごめんなさい。
娘の入浴中にバックの中から吸殻を2本失敬してしまった。
きっとバレるだろう。また罵られるのを覚悟の上である。
こんな不味い物の為にどれほど罪を重ねたら気が済むのだろう。
その上に早く明日にならないかなと思っている。
気温は20℃あったが陽射しは少なく肌寒さを感じた。
全国的には夏日に近かった所があったようだ。
朝と日中の寒暖差で体調を崩しやすいとのこと
特に自律神経の乱れが多いと夕方のニュースで聞いた。
私の場合はどうなのだろう。血圧は相変わらず高い日が続いている。
特に不調があるわけでもないので気にせずにいようと思うけれど
神経質な者だから朝晩必ず測り一度に3回も測る時もある。
医師は死ぬことはないと言ったがやはり不安になってしまうのだ。
山里では田植えが近づき義父がてんてこ舞いしている。
同僚も稲作をしていて日曜日も休みどころではないそうだ。
どれほど苦労をしても米価は安値でこのままでは報われない。
私のような素人でも日本の稲作の行く末を案じずにはいられなかった。
とにかく順調に田植えが終わり義父のほっとした笑顔を見たいと思う。

子豚が今日はっとひらめいたのは「計画的禁煙」である。
今は止む無く職場での喫煙を続けているが
家ではもうすっかり完全禁煙が出来るようになった。
煙草も無いし吸殻も無いのでそれは当然のことだろう。
諦めきっているせいかストレスも殆ど感じなくなった。
職場には昨日同僚が与えてくれた煙草が5本残っているので
明日でもうこそ最後にしようと思っていた。
そのことを同僚に伝えるとなんとまだ2箱あるのだそうだ。
一度に餌を与えてはいけないと家に置いてあると言う。
思わず「マジ?」と訊いたのは言うまでもない。
子豚のノルマは後2箱であるが計算すると4月10日頃だろうか。
今度こそ次は無いだろうと覚悟しなければならない。
しかし人一倍優しい同僚が任務を放棄するだろうか。
それは無いなと思った。きっと買わずにはいられなくなるだろう。
ずるずると月末までそれを続けるしかないと思う。
子豚の云う「計画的禁煙」はそこから始まるのであった。
5月のGWである。カレンダーを見たら5日もあるではないか。
その間に禁煙をすればそれが「完全」に繋がるのだと思う。
5月8日に出勤しても煙草のことなどもう忘れている。
同僚にも決して餌を与えないように念を押しておきたい。
そんなことを考えていると目の前がぱあっと明るくなった。
最終的には子豚との別れであるが最後まで見守って欲しい。
春風にしては少し強過ぎる風が吹き桜がはらはらと散るばかり。
「桜吹雪」と云うがまさに雪が舞っているように見えた。
仕事を終えて帰る頃にはすっかり葉桜になっていた。
ソメイヨシノの葉は緑ではなく濃い桃色なのでそれもまた美しい。
葉桜も良いものだなと感慨深く眺めたことだった。
帰宅すれば燕たちが玄関のあたりを飛び交っている。
古巣は壊さずにずっと残してあるが気に入ってくれるだろうか。
なにしろ玄関先なので場所によってはとても都合が悪い。
今のところは新しい巣を作り始めていないのでほっとしているが
最悪の場合にはアルミホイルで囲いをしなければならない。
例えば玄関ドアの真上とか。アルミホイルを貼ると燕は諦めるのだ。
燕が訪れる家には幸せが舞い込むと云うがどうなのだろう。
もう十分に幸せなのでこれ以上はもういいかなと思っている。
ただ不運なことだけは起きないで欲しいと願うばかりであった。

子豚は土日にあまりにも辛かったのでまた新たに禁煙を決意する。
今日からは職場でも絶対に吸わないつもりで出社したのであるが
なんということでしょう。職場の机の引き出しを開けたところ
禁煙を決意する直前まで吸っていた銘柄の煙草が一箱入れてあった。
「ピアニッシモアイシーン」と云う煙草でメンソールが強く
私のようなメンソール中毒者にはもう堪らない煙草なのである。
犯人と言ってしまえば気の毒であるが同僚の仕業だとすぐ分かった。
だからと言って有難迷惑だとどうして言えようか。
まず一本に火を点ける時に手が震えていた。
懐かしさのあまり感動したのであろうか。まるで夢のようであった。
「やばいよ、やばいよ」それ以外の言葉が出てこない。
しかし同僚の好意にこれ以上甘えるつもりはなかった。
これを最後にして欲しいと願ってやまない。
言い換えれば「快楽」なのだろうと思っている。
いつまでも甘い汁を飲めるはずなどないのだ。
そのうち取り返しのつかないことになるのだと思う。
もっと危機感を感じなければいけない。
やばいよ子豚。本当にやばいよ。
花曇りであったが思いがけずに薄陽が射していた。
気温は20℃を超え4月らしい暖かさとなる。
桜もそろそろ見納めだろうと「桜ドライブ」へ。
車を停める訳でもなくただひたすら国道を走った。
道端の民家の庭に廃校になった小学校の校庭に国道沿いの桜並木に。
散り急がずにいてくれてなんと有難いことだろう。
夫が「お花見だ」と声を上げてその横顔がとても微笑ましかった。
土佐清水市竜串から大月町へそれから宿毛市へと走る。
いつも利用している郊外のレストランでラーメンセットを食べた。
ラーメン屋さんではないけれど昔ながらの中華そばが美味しい。
チャーハンは具沢山で福神漬けが添えられてあるのがお気に入りだ。
私は子供の頃から福神漬けが大好きでチャーハンに混ぜ込んで食べる。
例年ならば海苔養殖業の最盛期であるが今年も全滅となった。
桜を愛でる余裕さえも無かった昔のことが懐かしく思い出される。
夫と相談し今期限りで休業することに決めた。
40年以上も携わってきた家業だけに心中はとても複雑である。
「その足ではもう無理だろう」と夫が言ってくれる。
こうなるようになっていたのかもしれないとふと思ったりした。

娘が起きて階下に行くのを待ちかねて娘達の部屋に侵入する。
どこかに吸殻を隠しているはずと探していたら
突然娘が階段を駆け上がって来て現場を目撃されてしまった。
叱られるどころではない。酷く罵られ散々な目に遭った。
子豚は今日ほど自己嫌悪に陥ったことはないだろう。
先日病院の医師が言った言葉が蘇る。
禁煙がストレスではなく喫煙がストレスになるのだそうだ。
確かに吸い続けている限りストレスに苛まれるような気がした。
きっぱりと止めてしまえばどれほど救われることだろうか。
ほんのつかの間ではあったが禁煙出来ていた時には夢のように楽だった。
もう一度あの時に戻れないものかと真剣に考えている。
今日はひたすら我慢の一日でとても辛かった。
無いものは無いのだ。何処を探しても有りはしないのだ。
明日職場に行けば同僚がまた与えてくれるのだろうか。
子豚を甘やかせてはいけないのだが彼次第である。
泥沼を承知でまた飛び込んでいくかもしれない。
私には今の子豚の心理が解らない。明日の子豚のことも解らないのだ。
日中は4月らしい暖かさとなった。
桜も散り急ぐことはなくまだ十分に楽しめる。
芝桜。桜草。桜の名の付く花も今が満開のようだ。
今朝は夫に足の爪を切って貰った。
痛みのため足を曲げることが出来ず自分ではどうすることも出来ない。
巻き爪なので切り難そうであったが綺麗に整えてくれた。
「なんで俺がこんなことを」と夫は嘆くけれど
私にとっては有難くまるで神様のように思えるのだった。
午前中にカーブスへ。足の痛みはあったがなんとか出来る。
やはり気の持ちようなのだと思った。最初から諦めてはいけない。
「股関節変形症」には運動療法が一番の治療法なのだそうだ。
無理をすれば逆効果だが適度の運動は必要なのだろう。
痛みが楽になるかもしれないと藁にも縋る思いであるが
痛みは一向に改善されずむしろ酷くなっている気がするのだった。

仕事が休みだったので今日の子豚は禁煙出来る予定であったが
ゴミ箱に娘の吸殻を10本ほども見つけてしまったのだった。
それを拾わずにどうしていられようか。
加熱式煙草の吸殻は種類にもよるが娘の煙草は原型を留めている。
ニコチンやタールはすでに無いと思われるが見た目は煙草と変わりない。
もちろん味は酷く不味い。焦げ臭いだけの藁のような代物であった。
こんな物をどうして吸わなければいけないのかと思うと
情けなくて悔しくてならなかったが火を点けずにはいられなかった。
なんと虚しいことだろう。ここまで子豚は落ちぶれてしまったのだ。
吸殻はすべて無くなってしまった。それでほっとするかと思えば
そうではなく気が狂ったようにまだ吸殻を探し求めている。
明日こそは完全禁煙となることだろう。
それが子豚にとって良いことなのか悪いことなのか分からなくなった。
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