| 2022年12月23日(金) |
雪の日のワンタンスープ |
目覚めたら雪が降っていた。
幸い積もるほどの雪ではなかったけれど
めったに雪が降ることがない高知市で14センチの積雪があったそうだ。
観測史上最高の雪とのこと。どんなにか戸惑ったことだろう。
県内では雪のため停電となった地域があったようだ。
南国高知でもそんなことがあるのかと気の毒でならない。
夜になり復旧したのかも分からない。未だ詳しい報道は無かった。
家の灯りはもちろんのこと電気が必要な暖房器具は使えない。
今は昔ながらの石油ストーブがある家も少ないだろう。
オール電化の家が多くなり停電となればたちまち暮らせなくなる。
厳しい寒さの中どれほどの人が耐えていることだろうか。
とにかく一刻も早い復旧を祈らずにはいられない。
今朝は恐る恐るの山道であったが道路凍結は無かった。
そればかりか山里に着くと雪は全く降っておらず青空が見えていた。
突風のような強い風が吹いていたけれど陽射しは十分にある。
これはよくあることで山里が大雪になった時には
近隣の町は晴れていることが多い。不思議なことだなと思う。
仕事を終えて帰り道の国道では横殴りの雪だった。
娘から電話があり孫達を迎えに行って欲しいと頼まれる。
買い物を済ませてからそのまま小学校へと向かった。
校門の近くで待っていたら手を振っているめいちゃんが見える。
お迎えが思いがけなかったのか二人ともとても喜んでくれた。
娘は予定外の残業とのこと。一人で夕飯の支度を頑張る。
ほうれん草の白和えとワンタンスープを作った。
後は塩サバとお惣菜のチキンボール。
じいちゃんとお風呂に入っためいちゃんがすぐに食卓に付き
ワンタンスープを飲んでくれてとても嬉しかった。
あやちゃんはお母さんが帰るまで食べないと言い張る。
メニューが気に入らないのか少し不貞腐れていた。
つんつんされると悲しくなる。けれどもめげる訳にはいかない。
明日はクリスマスイブなのでご馳走を食べようね。
今は雪が止んでいるけれど深夜にはまた降り出すかもしれない。
明日の朝は一面の銀世界だろうか。
今日は冬至。一年で最も夜が長い日。
明日からは少しずつ日が長くなっていくだろう。
古代では一年の始まりだったらしい。
そう思うとなんとなく新鮮な日に思えて来る。
今年も山里の柚子農家さんが柚子をたくさん届けてくれた。
規格外の柚子ではなく上等の柚子で申し訳ない。
有難く頂き今夜は柚子湯に浸かりずいぶんと温まった。
収穫した柚子は規格外が多いそうでその苦労が察せられる。
十分な肥糧が必要でその肥料も高騰しているらしい。
柚子に限らず農家はとても厳しい現実に立たされてるのだろう。

今夜は孫達のダンス教室の日であったがあやちゃんはもう行かないと。
どうやら止める気になっているらしくその決心は固いようだった。
仲良しのお友達と何かあったのかなと思ったけれど
そうではなくてもうやる気が全く無くなってしまったようだ。
向き不向きもあるだろう。元々身体を動かすのが得意ではない。
今まで嫌々行っていた風には見えなかったけれど
自分なりに考えて決めたことだろうと思う。
またきっと好きなことが見つかるだろうと見守ってやりたい。
いつも活発なめいちゃんは娘と一緒に喜んで出掛けて行った。
来年の春には発表会があるのだそうだ。
またセンターを狙っていることだろう。楽しみなことである。
同じ姉妹でも全く違う性格だった。
5年後10年後、いったいどんな二人になっていることだろう。
なんとしても長生きをしたいなと思う。
未来の孫達に会いたくてならない。
| 2022年12月21日(水) |
どうしようもないこと |
みぞれのような雨が降っている。
気温は9℃とさほど低くはないけれど寒さが身に沁みる。
まるで雨が雪になりたがっているようだ。
週末はクリスマス寒波になるそう。また雪が降るのだろうか。
大雪に見舞われた新潟県内では停電になっている地域があるらしく
車中で暖を取っていた若い女性が一酸化中毒で亡くなったそうだ。
なんとも痛ましく残念でならない。停電が引き起こした悲劇である。
どれ程の人が寒さに耐えていることだろう。命にも関わることだ。
報道が少な過ぎる。復旧したのかどうか未だに分からずにいる。
明るい部屋で夕食を摂りお風呂で温まる。
暖房の効いた部屋でこれを記しているのが心苦しくてならない。

職場のホワイトボードは年内の予約でぎっしり埋まった。
なんとしても順調にと願わずにはいられない。
毎年のことだけれど必ずトラブルがあったりする。
事故だったり故障だったり突然に舞い込むことが多い。
今のところは大丈夫。このままラストスパートが出来そうだ。
きっと心地よい達成感が待っている。そう信じて頑張りたいものだ。
夕方、中高時代の親友から電話があった。
めったにないことで何か変わったことがあったのだと察する。
やはり思った通り彼女のお母さんが亡くなった知らせだった。
遠方のためお悔やみに行けないことを詫びたら
「気にしなくていいよ」と言ってくれる。
彼女も誰かと話したかったのだろう。それが私で良かったと思う。
私は父が亡くなった時も誰にも知らせなかった。
母にもしものことがあっても知らせるつもりはない。
人の死に慣れてしまった。だってそれはどうしようもないこと。
| 2022年12月20日(火) |
負けるわけにはいかない |
朝の寒さが日毎に更新されている。
高知県内でも氷点下の地域が数カ所あったようだ。
北海道では真冬日が続いており新潟県では記録的な大雪。
同じ日本でありながら心苦しく胸を痛めるばかりである。
冬の陽射しを浴びながらなんと恵まれていることかと思う。
早朝から夫が一人で川仕事へ。どんなにか寒かったことだろう。
順調に行けば土曜日には終われそうだと言うので手伝うことにする。
カーブスは休まなければいけないがそれどころではないだろう。
優先順位を決めるべきだ。やるべきことに精一杯でありたい。
職場は相変わらずの忙しさ。義父はお葬式に行っており留守で
同僚が一人でてんてこ舞いしていた。
来年はもう還暦である。勤続43年目になる。
よく今まで耐え忍びながら会社のために尽力してくれたものだ。
「来年には赤いパンツを買うけんね」と言って笑い合ったりする。
私もそうだけれど誰一人欠けてはならない。
義父はもちろんのこと母もまだ専務のままであった。
母にもしものことがあれば会社はもう成り立たないだろう。
ぎりぎりの瀬戸際でなんとか持ち応えている状態である。
年末の資金繰りも今年は順調とはいかず頭を悩ませている。
昨年はボーナスを出せたが今年はどうなることだろう。
同僚にだけはなんとしても支給してやりたい。
29日が仕事納めに決まった。あと9日の勝負である。
負けることは考えていない。とにかく立ち向かって行こう。
今朝は今季いちばんの冷え込み。
雪こそ降っていなかったが車のフロントガラスが凍っていた。
午前8時の気温が2℃。朝陽が射し始めてほっと空を仰ぐ。
北日本や東北の日本海側では豪雪になっているようで気の毒でならない。
救急搬送中の救急車が雪に埋もれ動けなくなっている映像を見た。
ひっきりなしに除雪をしなければ身動き出来なくなってしまうのだ。
想像もつかないけれどどれほど大きな苦労を強いられていることだろう。
高知県西部は晴れたり曇ったり。時雨れた時間帯もあったけれど
雪にはならず平穏で恵まれた一日となった。
今朝も訃報が舞い込む。義父とは遠縁になるお客さんが亡くなる。
90歳を過ぎていて高齢ではあったが元気な老人であった。
数年前まで苺を栽培していて私は「苺のおんちゃん」と呼んでいた。
少し気難しいところがあって苦手なお客さんではあったけれど
よく苺をたくさん持って来てくれて嬉しかったことを思い出す。
娘さんから相談を受けたこともある。
施設に入居させたい。もう一緒に暮らしたくないと言う。
何か諍いがあったのだろう。早く死ねば良いのにとも言った。
その時は宥めて辛抱するようにと言い聞かせたけれど
娘さんの苦労も並大抵のものではなかったのではと察する。
けれどもいざ亡くなってしまうとやはり寂しいことだろう。
娘さんは一人っ子でもう独りぼっちになってしまったのだ。
今はまだ若いけれどやがては老いていく。
その時になって初めて父親の愛情を感じるのではないだろうか。
明日がお葬式とのことで義父があれこれと手助けをしているようだ。
親戚も少なく娘さんもどんなにか心細いことだろう。
「ひとはやはり死ぬのだ」と私は漠然と感じている。
せめて苺のおんちゃんは天寿を全うしたのだと思いたい。
雨が雪に変わり初雪となる。
日中も雪が舞い続けしんしんと冷えていた。
幸い積もるような雪ではなかったけれどはらはらとするばかり。
明日の朝の道路凍結が心配でならない。
同僚に冬タイヤとの交換を頼んであるのだけれど
お客さんが優先でまだ順番が来ないのだった。
忙しい最中に申し訳ないけれど明日もう一度頼んでみようか。
日曜日なのを忘れていたのか母から電話があった。
雪を心配して「早く家に帰りなさい」と言ってくれる。
私は炬燵にすっぽりと潜り込んでいたので笑い話になってしまう。
母の気遣いが嬉しかった。やはり母なのだなと改めて思う。
T君のお葬式であったが家族葬とのことで参列はしなかった。
コロナ禍になってから家族葬が主流となりなんとも侘しい。
親族のみの寂しいお葬式だったことだろう。
せめてお焼香だけでもと思う。故人にそれが伝わるだろうか。
66歳の生涯。あまりにも早過ぎる最期だった。
雪を仰ぎながら夫と「休んで正解だったな」と。
早朝から川仕事の予定だったけれど寒さに負けて延期したのだった。
明日から夫が一人で少しずつ作業をすることになった。
一週間もあれば終わるだろうけれど手伝えなくて申し訳ない。
「なんとかなるなる」夫はけっこう逞しく楽観的である。
この寒さの中、娘婿が落ち鮎漁に行っていて大漁で帰って来る。
早速塩焼きにしたけれど娘婿と孫達は全く食べようとしない。
「こんなに美味しいものを」と夫と娘は大喜びだった。
私は2匹だけ食べた。小さい鮎なのに卵が入っていておどろく。
まだ産卵前なのだ。鮎の儚い命を有難く頂く。
現在の外気温4℃。かなり冷え込んでいるが雪は止んでいる。
このまま降らなければ明日は大丈夫だろう。
早寝早起きで8時半には床に就いている。
夢を見ることが多いが真夜中にはっとしても朝にはもう忘れている。
小雨降る一日。気温も上がらず冷たい雨となる。
そんな寒さの中、お隣のアロエの花が満開になった。
なんだかそこだけ春であるかのように暖かく見える。
お隣の奥さんは知っているのだろうか。
もう何日も会っていない。元気でいるだろうかと気遣っている。
午前中に買い物。それから図書館へ行きカーブスへと向かう。
図書館では返却日が1月4日だと知り少し驚いてしまった。
それだけ今年が残り少なくなっていることに改めて気づく。
椎名誠のエッセイ本を3冊借りた。読むのが楽しみである。
カーブスでは足の痛みがあったけれど絶好調であった。
とても気分が良い。やはり気の持ちようなのだろう。
整形外科の医師に「頑張って続けなさいや」と言ってもらい
それがとても励みになっているようだった。
出来ることを精一杯にと思う。諦める訳にはいかないのだ。
午後は炬燵に潜り込みなんと3時間も寝ていたようだ。
「よう寝るなあ」と夫に笑われてしまった。
それから録画してあった「ポツンと一軒家」を見ていた。
もと刑事さんだったと云う66歳の人が出ていた。
「80歳ぐらいに見えるな」と夫と話していたけれど
私達も傍から見れば老けて見えるのではないだろうか。
自分ではまだまだと思っていても現実はとても厳しい。
気だけは若くと思っていてもその気も心細くなってしまった。
夕飯はあやちゃんのリクエストでポテトサラダ。
娘からのリクエストで鶏のから揚げを作る。
食べたい物をちゃんと言ってくれたらずいぶんと助かるものだ。
いつもいつも期待通りにはいかない。
その度に一喜一憂している日々であった。
明日のことはまた明日になってから考えれば良いだろう。
雨は止んでいるようだがずいぶんと冷え込んでいる。
明日は今季いちばんの寒さになりそうだ。
お布団の中がいちばん。とにかくぐっすりと眠ろう。
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