時おり霧のような雨が降る。それはとても思いがけず
夏日の予報だったけれど20℃に満たず肌寒いほどだった。
北海道では初夏の陽気となり桜が満開と聞く。
ながい冬を乗り越えてこその今が春なのだろう。
友の顔が目に浮かぶ。雪の季節にメールの返信を怠ってしまった。
決して無視をしたわけではないけれど今更ながらに悔やまれてならない。
「あの時はどうかしていた」ひとはよくそんな言葉を使う。
長いこと連休を頂き7日ぶりの仕事だった。
四万十大橋を渡る時なんだかとても清々しくなる。
お遍路さんの姿も数人見かけ日常が返って来たのだなと思う。
スローライフも捨てがたいけれど職場が懐かしくもあった。
する仕事が沢山あって嬉しい。それが正直な気持ちである。
仕事が一段落して定時で帰路に就いた。
おや?と不思議に思ったのは足の痛みが薄れていること。
スーパーで買物をしながら颯爽と歩けている自分におどろく。
ネットで調べてみたら「変形性股関節症」と言うらしい。
治療法として適度な運動が効果的だと書いてあった。
カーブスに通っているのもまんざら悪くはなさそうでほっとする。
痛いからと言って何もせずにいたら筋肉も衰え悪化するのだそうだ。
整形外科の医師は手術しか治療法は無いと言ったけれど
鵜呑みにせず調べてみて良かったのだなと思った。
帰宅したらじいちゃんが「めしが無いぞ」と苦笑い。
炊飯器を開けてみたらお茶碗に一杯分程しかなかった。
娘夫婦と私は夜は白米を食べないので良いのだけれど
孫たちの分が足らない。あやちゃんに相談したらパスタが食べたいと言う。
パスタは常に買い置きがありレトルトのソースもあった。
恥ずかしい話だけれど私はミートソースを手作りしたことがない。
どうやって作るのかも知らない。その前に作ろうともしないのだった。
あやちゃんが大盛りパスタをぺろりと平らげるのを見ていた。
思わず笑みがこぼれる。それは見事に豪快な食べっぷりであった。
あやちゃんにとってはそれが我が家の味なのだろう。
それがとてもありがたいことに思えてならなかった。
「立夏」暦の上では今日から初夏となる。
薄雲が広がり柔らかな陽射しが降り注ぐ一日となった。
「澄み渡る空に薫風みどり萌えこころ満たして夏が立つ頃」
夜明け前にそんな歌を詠んだけれど少し矛盾していたかもしれない。
その時の私には真っ青な空が目に浮かんでいたのだった。
早朝、夜勤明けの息子が迎えに来てけい君を連れて帰る。
朝ご飯も食べさせてあげられずなんと慌ただしいこと。
聞けば連休中の宿題が手つかずで今日中に済ませなければいけないと。
それはあやちゃんとめいちゃんも同じで思わず苦笑せずにいられない。
早めに済ませておけば「こどもの日」を満喫出来ただろうに。
我が家は娘が仕事。娘むこは釣りに出掛けていて留守だった。
あやちゃんはなんとか宿題を終わらせたようだったけれど
めいちゃんは途中で投げ出しまあちゃんと遊んでばかり。
帰宅した娘に話したら9日の月曜日が提出期限なのだそうだ。
だからなのか。どうやら私の取り越し苦労だったらしい。
けい君の学校はマンモス校なので比較的に宿題は少ないようだ。
担任の先生もそのほうが楽なのだろうと頷ける話だった。
沢山宿題を出せばそれだけ先生が忙しくなるのだろうと思われる。
けい君のことだからきっとちゃちゃっと済ませたことだろう。
私は性格上あまり宿題が好きではない。
子供の頃の記憶はすっかり薄れているけれど
大人になっても「宿題」はまるで人生の掟のように付いてまわる。
「あれをしなさい、これをしなさい」と強制されるのが嫌なのだった。
それよりも自主的に何かに取り組んでいたいと切に願う。
自分で目標を決めてやり遂げるのがいちばんだと思う。
そのほうがずっと達成感があり充実しているのではないだろうか。
だから誰かに向かって宿題を出さない。
私も誰かからの宿題を受けとめないように心がけている。
けれども人生はそうそう思い通りにはいかないものなのかもしれない。
「五月晴れ」は5月の青空のことを言うのではなく
梅雨時の晴れ間のことを言うのだそうだ。
以前から知ってはいたけれどついついそう言ってしまいそうになる。
早くも沖縄が梅雨入りしたらしい。
明日はもう「立夏」四国もやがては梅雨の季節を迎えることだろう。
季節の移ろいを少し途惑いながらも受けとめようとしているこの頃。
予定通りに川仕事終了。やはり心地よい達成感があった。
けれどもじいちゃんがふと呟いたのは「豊漁だったらな」の一言。
欲を言えばきりがないけれど「全滅」は思いもしなかったこと。
希望が絶望になり潔く諦めることを学んだのだと思う。
「人生苦もあれば楽もある」それこそが生きがいなのかもしれない。
楽ばかりでは幸せを感じることもないのではないだろうか。
午後、チューリップの球根を掘り起こす。
植えたままにしておけば夏の間に腐ってしまうのだそうだ。
枯れた茎を切り落とし球根を水洗いし日陰で保存すれば良いとのこと。
そうして秋の終わりにまた植えれば春に花を咲かせるらしい。
上手くいくか分からないけれどとにかく試してみたのだった。
娘は半信半疑の様子で「駄目なんじゃないの」と苦笑いしていたけれど
私は希望を持つのがよほど好きな性格らしい。
お昼寝をしたり本を読んだり連休を満喫している。
そんなスローライフに憧れる気持ちは大いにあるけれど
よほどの貧乏性でもあるのだろう。
働かないと食べていけないと現実を受けとめる気持ちも大きい。
お財布が寂しいと毎日の買物もストレスになるのだった。
残念ながら楽天家ではないのでついつい明日を思い悩んでしまう。
その度に呪文のように「なんとかなる」と呟いている。
けれども決してそれが不幸だとは思えなかった。
日々を乗り越える試練を頂きありがたいことなのではないだろうか。
いつだって明日はあしたの風が吹く。
そう思う心は「豊か」に育ち続けているのに違いない。
朝から青空が広がり爽やかな晴天となる。
風薫る五月とはよく言ったもので清々しい風が心地よい。
薫っているのは新緑だろうか。それとも潮の香だろうか。
川仕事をしていると海がすぐ身近に感じられる。
今日は竹杭に付着している藤壺をこそぎ落としていたら
魚(チヌ)がすぐ近くまで寄って来てなんとも可愛らしかった。
まるで人慣れしているかのように逃げようとしない。
最初は一匹だったけれどもう一匹やって来て私のすぐ足元で
戯れるように泳ぎまわりついつい声をかけずにいられない。
じいちゃんが言うには藤壺の身を好むらしい。
沢山こそぎ落としたから格好の餌になったのだろう。
あやちゃん10歳の誕生日で今夜はささやかにお祝い。
ちょうどけい君も来ていて賑やかな夕食となった。
ケーキに10本の蝋燭。あやちゃんは照れくさそうに吹き消す。
そんな姿をけい君が少し途惑ったような顔をして見ていた。
おそらくけい君には経験が無く初めて見た光景だったのかもしれない。
不憫な気持ちはあるけれど良き経験だったと信じてあげたかった。
あやちゃんがもう10歳。本当にあっという間の10年だったように思う。
感慨深く思い出すことも多く過ぎ去った歳月も愛しかった。
反抗期もあったけれど今はとても素直で優しい子に育ってくれた。
そうしてまた歳月があっという間に流れてしまえば
もう少女ではなくなり成人したあやちゃんに会えることだろう。
そんなあやちゃんと指切りげんまんをするように
長生きをしなければとつくづく思ったことだった。
あやちゃん生まれて来てくれてほんとうにありがとう。
爽やかな晴天。吹き抜ける風のなんと心地よいこと。
立春から数えて八十八日目の夜を「八十八夜」と言う。
「夏も近づく」と歌われるように立夏も目前となった。
今日は予定通りに川仕事へ。
暑さを覚悟していたけれど風のおかげでずいぶんと涼しかった。
大潮のため潮がすごい勢いで引いていくので
とにかくせっせと撤収作業に精を出す。
最初は胸のあたりまであった川の水があっという間に膝下になり
終いには川底に座って竹杭を洗わなければいけなかった。
2時間のつもりだったけれど1時間半ほどで作業を終える。
あと2日もあればすべて終わるだろう。明日も頑張ろうと思う。
10時半には帰宅していたので市内の整形外科へ。
左足の痛みはずいぶんと楽になっていたのだけれど
数日前からまた痛み始め歩くのも辛くなっていた。
重い物も持てず今日も船からトラックへ竹杭を積み込めない。
我慢できないことはないけれどやはり原因を知りたいと思う。
普段は思うように仕事が休めず今日しかないと決めたのだった。
レントゲンの結果、左の股関節が変形していることが分かり
手術以外に治す方法はないと言われいささかショックを受ける。
とても優しい医師で「すぐに手術とは言いませんよ」と。
私ももちろんそのつもりはない。痛みさえ薄れてくれればと思った。
完治は無理としても日常生活に差しさわりがない程度ならばと。
医師も私の気持ちを汲んでくれてしばらく湿布で様子を見ることになった。
やっかいなことになってしまったけれど深刻に考えず
こればかりはなるようにしかならないのだと思う。
そもそもこの年になって痛みと無縁ではいられないだろう。
誰しも身体に不調があり重い病気と闘っている人さえもいるではないか。
それに比べれば私は恵まれているのだと思うし
持病のひとつやふたつなどとても些細なことに思えて来るのだった。
学校から帰ったあやちゃんに話したら
「おばあちゃんは食べ過ぎ、飲み過ぎ、吸い過ぎやけんよ」と
ちっとも心配な様子も見せずへらへらと笑い飛ばしてくれた。
曇り日。午後には薄っすらと陽射しがあった。
爽やかな風が吹きいかにも五月らしい。
土手にはチガヤの若い穂がちろちろと揺れ
野あざみやしろつめ草。川辺には野ばらが咲く頃になった。
どれも家の中ばかりに居ては気づかない季節の花達である。
ずいぶんとご無沙汰していたお大師堂。
花枝(しきび)はそろそろ限界のようで持参しなかったことが悔やまれる。
お供えのお菓子もすっかり無くなっていた。
前回来た時に戸棚の中に隠しておいたお菓子が忽然と消えている。
そもそも隠すという行為がいけなかったのだろう。
いっそお供えしておけば嫌な思いをせずに済んだものをと思う。
起きてしまったことは仕方ない。誰を責められようか。
じいちゃんが一人で川仕事に行っていたので様子を見に行く。
海苔網の撤収作業はすでに終わり後は竹杭のみとなっていた。
収穫ゼロのままの撤収作業はとても虚しいことだけれど
明日から私も手伝い一気に片づけることになった。
国交省から借りている漁場なのでなんとしてもやり遂げねばならない。
お仲間さん達もどんなにか虚しいことだろう。
けれども誰一人嘆く人もなく皆がまるで任務のように精を出している。
自然相手のことで恵まれる年もあれば不運に終わる年もある。
ようは何事も受けとめる気持ちが必要なのだろう。
もがけばもがくほど追い詰められるだけだった。
いつもあっけらかんとしているじいちゃんには頭が下がる。
私も二足の草鞋を履かずに済み救われたのかもしれない。
家計にはとても厳しい春だったけれど
それもなんだか些細なことに思えるのだった。
明日はもう八十八夜。季節はゆっくりと夏になろうとしている。
爽やかな晴天。すでに風薫る五月のようであった。
駆け抜けたような四月もとうとう晦日を迎える。
待ち切れずにカレンダーを捲れば鯉のぼりが空を泳いでいた。
じいちゃんの寝汗が酷く敷き布団を干そうとしていたけれど
あまりにみすぼらしい有り様で捨てることに決める。
新しい布団を買う経済的ゆとりもなくて
確かあったはずと押入れを探していたら新品の布団があった。
それは40年以上も昔の私の嫁入り道具だった。
今の布団のように軽量ではなくずっしりと重い。
けれども総綿のぬくもりを感じられとても貴重に思う。
赤く派手な柄もシーツを被せれば大丈夫だろう。
さっそく干しておひさまの恩恵でふかふかになった。
新しい布団というものはなんだかわくわくするものだ。
寝心地もきっと良いだろう。じいちゃんもきっと喜んでくれると思う。
それにしても40年以上もの歳月を押入れの中で眠っていたのかと。
憐れにも思い感慨深くも思う。やっと日の目を見る時が来たのだ。
「生きているうちに」それを叶えてあげられて良かったなと思う。
嫁入り道具の殆どを断捨離してしまったけれど
そうすることで人生の「けじめ」をつけてきたのかもしれない。
母や義父が苦労して揃えたくれた物を惜しげもなく捨てて来た。
不思議と未練はなくむしろ潔い決断だったと思っている。
どんなに古い布団でもそれは新鮮になり得る。
おそらく一生ものとして我が家に残ることだろう。
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