日中の気温は12℃程。風がなかったので随分と暖かく感じる。
陽射しはほんとうにありがたくほっこりと心が和む。
今朝はお向かいの奥さんが落ち鮎をたくさん届けてくれた。
一昨日解禁になったのだけれど娘むこはまだ行けておらず
我が家にとっては初物であり歓声をあげながらありがたく頂く。
私が嫁いだのは43年前の11月の事だったので
初めて落ち鮎漁を見に行ったことをよく憶えている。
お姑さんが櫓で川船を操りながらお舅さんが網を投げるのだ。
その頃は今と違って大漁で網にはたくさんの鮎が掛かっていた。
河原で火をおこし獲れたての鮎を焼いて食べたのだけれど
それは顎が落ちるほどに美味であった。
お舅さんが亡くなってからは夫が漁に出たけれど
川漁師の息子とは言え慣れるまでは大変だったようだ。
それに元々夫はあまり漁が好きではない性質のようで
母親に言われるままに仕方なく漁に出ていたふしもある。
それでも大漁の日があると自慢げに誇らしい顔をしていた。
10年位は続けていたように思う。
再就職をしてからは一気に漁から遠ざかって行った。
落ち鮎は他人様から頂いたりたまに魚屋で買うこともあった。
ずいぶんと歳月が流れ今は娘むこが投げ釣りをしている。
舅さんが健在ならどんなにか喜ぶことだろうと思うほど
漁が大好きで海へも行けば川へも行く。
婿養子ではないけれど川漁師の家系によほど縁があったのだろう。
今夜はあやちゃんもめいちゃんも鮎デビューした。
去年までは食べたがらなかった鮎を「おいしい」と言って食べる。
やっぱり娘の子だなと微笑ましく思った。
娘は鮎が大好物で今夜も5匹ほど平らげていた。
鮎の香に産卵という試練ありひとはこぞっていのちをいただく。
北風が強く吹き荒れ寒い一日。いかにも師走らしい。
日中の気温も低く時おり時雨れていた。
やがて時雨が雪に変わる日も近いだろう。
今朝は洗濯物を干すのに痛い左足を引きずりながら歩いていたら
あやちゃんがそっと寄って来て洗濯物を玄関まで運んでくれる。
いつもつんつんしているけれど優しいところもあるのだなと嬉しかった。
薄着のあやちゃんを気遣えば着る服が無いのだと言う。
先日から気になってはいたのだけれど
去年まで着ていた冬物はどれもサイズが小さくなっているようだ。
娘も知っているはずなのにどうして買ってあげないのだろう。
言えば嫌味になりそうで黙って様子を見るしかなかった。
職場で月末の事務処理をしていたら思いがけず
日給と時給の差額がけっこうたくさんあった。
思わずにんまりとしたのは言うまでもない。
即座にあやちゃんの服を買ってあげようと決める。
定時で仕事を終わらせてもらって「しまむら」へ直行。
裏毛付のトレーナーを二枚買う。二枚で1500円の安さ。
「ダサイ」と言われるかもしれないけれど寒さは凌げるだろう。
明日は真冬並みの寒さになるとのこときっと役に立つと思う。
娘には内緒にしてあやちゃんにだけそっと耳打ちをした。
「やったあ」と喜んでくれたのでほっと嬉しい。
「家族ではない」と言われながらもやっぱり家族。
けっして無理はしていないけれど出来ることをしてあげたい。
鰹は今日も高く買えず冷凍物らしい蛸のお刺身を買った。
後はあんかけ豆腐とマカロニサラダ。ブロッコリーの胡麻和えで夕食。
じいちゃんと二人でさっさと先に食べる。
娘達はゆっくりと家族団らんを楽しんでいた。
午後から雨が本降りになる。時おり激しい雨音。
微かに残っていた秋の名残りを押し流していくのだろう。
そうして霜月が終わる。明日からは師走だと思うと
なんだか一気に背中を押されているような緊迫感を感じる。
何処かに向かうべきなのだろうけれど少し戸惑ってしまうのだった。
月末の仕事をスムーズに終え定時で帰路に就く。
車のワイパーを全速にしても前が見えない程の雨だった。
いつものスーパーに寄ったら足元がびしょ濡れになる。
鰹は高くて買えない。相変わらずお財布は寂しい。
昨夜は自分なりに書きたかったことを書いたけれど
今夜はどうだろう。またつまらない日記になるのだろうか。
過去を綴るのはなんだか心地よく感じるのだけれど
所詮は昔話。恥さらしにもなり得るのだろう。
あとどれ位の人生なのか定かではないけれど
思い残すことがないように書き残せれば本望に思う。
「生き様」などと言う大それたことではない。
誰にだって歩んできた道がある。その道を記しておくことだ。
雷鳴がとどろく夜になった。初冬の雷も風情がある。
雷雲に覆われた空はすべてを受けとめていることだろう。
孫たちがそろそろお風呂に入る頃だ。
昨夜から私が買った冬物のパジャマを着てくれているのが嬉しい。
今朝は各地で今季一番の冷え込みだったらしい。
山里は平野部よりも冷え初霜が降りていたそうだ。
来客があるたびに「寒かったねえ」の声。
日中は嘘のように暖かくなり陽射しが降り注いでいた。
独り暮らしのお客さん。毎日3時に入浴するらしい。
5時には晩酌を始め9時には床に就くとのこと。
夜になるとやはり心細く飼い猫だけが話し相手なのだそう。
そんな話を聞いているとなんと私は恵まれていることだろうか。
私など独り暮らしは絶対に出来ないと思う。
21歳の頃だっただろうか。少しの間だったけれど
アパートで独り暮らしをしていた時があった。
いつまでも母達の世話になる訳にもいかず
就職を決め自分なりの独立を果たしたつもりだったけれど
まるで天井が落ちて来るのではないかと思うほど夜は心細かった。
当時つきあい始めたばかりの彼がいてすぐに同棲を始める。
同棲と言っても彼にも借りているアパートがあり
毎晩仕事が終わると通って来ると言う暮しであった。
料理を作るのが得意で趣味は釣り。週末はよく一緒に釣りに行った。
ほんとうに気の合う人で私は彼に救われていたのだと思う。
けれどもそんな幸せな暮しは長続きせず
「結婚」の話が出た頃には彼の母親から猛反対をされてしまったのだ。
毎日のように職場に電話があり「別れてくれ」と言われた。
彼の父親は他界しており大切な一人息子だったのだろう。
そうして彼の選んだのはやはり「別れ」しかなかったのだ。
身を裂かれるような思い。乗り越えられない大きな壁。
私の過去が大きな原因となりもう破局しか道はなかった。
私は思い出がいっぱい詰まったアパートを引き払い
また新しいアパートへ引っ越して行った。
そうしてまた独り暮らしが始まる。
幸いなことに職場の同僚の女性が同じアパートに住んでいて
風邪で寝込んだ時には温かいお味噌汁を運んでくれたりした。
彼女も週末に来てくれる彼を待っている身の上であった。
真冬のある日、飼っていた手のり文鳥が死んだ。
仕事から帰って来たらもう冷たくなっていて手遅れだった。
おいおいと声をあげて泣く。もうほんとうに独りぼっちだと思った。
「孤独」には付ける薬がない。
どれほどの優しさもどれほどの慰めも効きはしないと思う。
それは一時的な事で結局は孤独そのものに違いないのだった。
職場の同僚たちがこぞって私のカレーを食べに来てくれたことがある。
その中の一人に彼が居た。その人は一番美味しそうな顔をしていた。
でも人参が苦手らしい。お皿の隅に人参を残していて
子供みたいな人だなあと可笑しくてならなかった。
40年以上の歳月が流れたけれど
未だに彼はお皿の隅に人参を残し続けている。
朝は初冬らしい冷え込み。日中は小春日和となる。
我が家の玄関先にはまだ日日草が咲いていて
まるで夏の思い出のようにそっと佇んでいる。
そろそろ葉牡丹などを植えて冬らしくしようかなと思いつつ
日日草が咲いているうちはと躊躇ってしまうのだった。
殆ど水やりもしないというのに日日草のなんと逞しいこと。
きっと強い生命力のある花なのだろう。
大量の洗濯物を干しただけで家事らしいことはせず
日がな一日本ばかりを読んで過ごしていた。
娘夫婦が仕事だったので孫たちのこともあり
ドライブどころではなかったせいもあるけれど
やはり読書に集中できる休日がありがたかった。
本を読み始めると夢中になってしまって
お大師堂へも行かず仕舞い。少し後ろめたい気持ちもあった。
私はテレビの音など雑音があると本が読めない性質で
午後は車の中でひたすら本を読みふける。
陽射しさえあれば車の中はとても暖かく最適の環境であった。
吉村昭の「冬の鷹」を3分の2ほど読み進む。
しばらくは歴史小説にどっぷりと浸かりそうだ。
夕飯は「水炊き」鶏肉、牡蠣、それに伊勢海老も加わりけっこう豪華。
伊勢海老は昨日娘むこが素潜り漁で獲って来てくれていた。
買えば高価な物だけれど海の幸をありがたく頂く。
大相撲も千秋楽。笑点を見てちびまる子ちゃん。
食後の一服をする頃には窓から一番星が見えていた。
特に変わり映えのしない一日だったけれど
そんな平凡な暮しがいちばんの幸せに思える。
ありがとうございました。他にはどんな言葉も見つからない。
陽射しはたっぷりとあったけれど風が冷たい一日。
「北風と太陽」のお話をふと思い出していた。
どんなに強く北風が吹き荒れても
旅人の上着をはぎ取ることが出来なかったのだ。
いつものように午前四時に目覚めたけれど
今朝は短歌も詩も書けなかった。
頭の中が真っ白になって少し焦ってしまう。
限界とは思いたくないけれどそれが頭をかすめる。
「どんな時もあってよし」自分を宥めるのが精一杯だった。
朝食後、洗濯物を干し終えるなり本を読み始める。
吉村昭の「夜明けの雷鳴」を読了。
幕末から明治大正と実存した医師の物語でとても面白かった。
いや面白いと言うより興味深いと言うべきだろう。
読後感がとても良く深く感動した物語であった。
お昼前にカーブスへ行き午後から図書館へ走る。
検索では確かにあるはずの吉村昭の本が見当たらなかった。
係の女性に告げると裏の書庫に眠っているとのこと。
図書館にも表と裏があるのかと少し驚いてしまう。
しばらく待っていたら女性が探して持って来てくれた。
まさに「お蔵入り」の貴重な本に思えてならない。
今夜は四万十市花火大会があり娘たちが揃って出掛ける。
夕飯も要らないと言うので大いに助かった。
残りご飯でチャーハンを作り湯豆腐とローソンのチキン。
じいちゃんと大相撲を観ながらゆっくりと食べる。
今夜の花火は「コロナに打ち勝つ」という名目で
夏に中止になっていた市民祭の代わりの行事らしかった。
ちょうどコロナも落ち着いていて良き計らいだと思う。
あと10分ほどで始まるので土手から観てみようと思っている。
冬の花火も風情があり良いものだ。
昼間の北風は収まっているけれど空はきっと感嘆の声をあげるだろう。
ほっとするような小春日和。
ずっとこんな日が続けばどんなに良いだろうか。
11月も残り少なくなり冬将軍がすぐ近くまで来ている。
職場の庭はすっかり荒れてしまったけれど
枯草に覆われるように山茶花の花が咲いている。
栴檀の木も可愛らしい実をつけ青空に映えている。
「まあこんなに荒らして」母が見たら嘆くかもしれないけれど
花や木はとても健気に季節を受けとめているようだ。
昨日は8匹のカマス。今日は8切れの豚ロース。
いつものスーパーでは6人分という「モノ」がない。
元々は業務用スーパーなのだろう。
それを承知の上で格安につられて買い物に行っている。
今夜は豚カツ。今朝あやちゃんと約束していたのだった。
娘の帰りが遅かったので一人で頑張ってみる。
やれば出来るのだ。こんがりと美味しそうに揚がった。
息子のお嫁さんのご実家から電話があり
けい君に自転車を買ってくれるそう。
来春からは自転車通学になるのでありがたいことだった。
それなのに息子ときたら「まだ要らない」と言う。
理由は「どうせ乗れないから」と。
自転車があれば練習も出来るだろうに何を考えているのやら。
娘に話したら「お兄ちゃんは親か!」と呆れ返っていた。
可能性を信じないで最初から諦めていてどうする。
とても不機嫌な声だったので疲れていたのかもしれない。
タイミングが悪かったのかなと思うことにした。
しばらく経てばまた朗報が舞い込むことだろう。
親だからと言って孫の事にあれこれ口出しを出来ない。
それはもう十分に思い知って来たことだった。
ただ願う気持ちは強く愛情ははかりきれないものがある。
確かなことは成長していること
親はどうしようもなく老いていくこと。
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