ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2021年11月25日(木) 8匹のカマス

日中は小春日和。昨日よりもずいぶんと暖かく感じる。

冬の陽射しはほんとうにありがたいものだ。

お昼休みに車の中で本を読んでいたらいつのまにかうたた寝。

そうして貴重な時間を失ってしまうのも良しと思いたい。

拘ればきりがない。好きなようにすれば良いのだろう。



定時で仕事を終えられたのでゆっくりと買い物。

新鮮なカマスが安かったので8匹も買ってしまった。

一パックに4匹も入っていたので仕方ない。

独り暮らしの人には困るだろうなあと思った。

でも一パックで398円はとにかく安い。


カマスを塩焼きにして後はシチューと牛筋煮込み。

孫たちと娘はダンス教室から帰ってから食べるのだそう。

テーブルの上にはすっかり冷めたカマスが並んでいる。

お魚の眼というものはなんだか哀し気でせつないものだ。



今夜はなんだかいつものように書けなくて

すでに眠気も襲ってきているのかしんどくてならない。

まだ8時前だけれど早めに床に就こうかとも思う。


本を読む気力もない。おやすみなさい。

つまらない日記でごめんなさい。





2021年11月24日(水) ささやかなこと

朝の冷え込みが日毎に更新されているよう。

日中もあまり気温が上がらなかったけれど

時おり雲間から陽が射しほっと空を仰いでいた。


今朝も柚子農家さんがそれは沢山の柚子を届けてくれた。

すべて規格外の柚子でなんだか憐れでならない。

山里には柚子の加工場もあるのにどうしてだろうと思う。

柚子酢はもちろんだけれどジュースにも出来るものを。

農家さんの苦労が報われない。なんと理不尽な事だろう。



2時間程残業になりもう陽が傾き始めた頃に帰路に就く。

車には頂いた柚子を積んでおりほのかな香りが漂っていた。

我が家の柚子酢はもう十分にあるので従姉妹の家に届ける。

搾るのに手間がかかるけれど喜んで貰ってくれて良かった。



帰宅したらじいちゃんが洗濯物を取り入れてくれていたけれど

例のごとくで洗濯カゴの中にぎゅうぎゅうに押し込んであった。

またかと思ったけれどどうして文句が言えようか。

皺を伸ばしながら洗濯物をたたむ。もう日暮れが近い頃。


めいちゃんのお友達が遊びに来てくれていたのだけれど

めいちゃんはあやちゃんと学校へ一輪車の練習に行ったのだそう。

お友達は行きたがらずたった独りで遊んでいたようだった。

悪い事をしたなと思ったけれどお友達はけっこう楽しかった様子。

5時過ぎにおばあちゃんが迎えに来て機嫌よく帰って行った。



夕食は野菜たっぷりのチャンポン。私も食べたかったけれど我慢。

白菜キムチとノンアルビールだけでお腹がいっぱいになる。

ダイエットの影響だろうか胃がちいさくなっているようだ。

あと2キロ程で目標達成になる。もう少し頑張ってみよう。


孫たちがやっと冬物のパジャマを着てくれるようになった。

そろそろお風呂の時間。新しいパジャマを着てくれるかもしれない。



とりとめのないことばかり。つまらない日記になってしまった。

日常のささやかな事だけれど私にとってはどんな日も愛しい。



2021年11月23日(火) 男前になった母

今朝は今季一番の冷え込み。日中も北風が強く冬らしい一日。

北海道からは雪の便りが。いよいよ本格的な冬になった。



午後、母を施設に迎えに行き美容院へ連れて行く。

先月ガラス越しに面会が叶った時には涙ぐんでしまったのに

今日は不思議とあっけらかんとしていた。

母もさほど感動した様子も見せずにいて

「なんでパーマ屋へ行かんといかんがや」と憎まれ口をたたく。

ぶつぶつ文句を言いながらなんとか車に乗ってくれた。


それでも美容院へ着くとすぐにお茶目ぶりを発揮し

「まだ生きちゅうよ」と言って美容師さんを笑わせていた。

鏡に向かいながらおどけて見せたり変な顔をして見せたり

母はこんなに愉快な人だったかしらと可笑しくてならない。


襟足を刈り上げにしてもらって母の言う「男前」になった。

なんと可愛らしいこと。惚れ惚れするような姿であった。


施設のある病院へ帰り着くとしきりに私に気を遣う。

「忙しいに済まんかったね」と「早うに帰りや」とか言ったり

おかげで別れを惜しむ間もなく追い出されるように病院を出た。

私に遠慮することなど何もないと言うのにどうしたことか。

母がなんだか憐れに思えてならなかった午後のこと。

もっと甘えてくれたらいい。もっと駄々をこねてくれたらいい。




帰り道に市の教育文化展を見に行っていた。

あやちゃんは絵がめいちゃんは硬筆が入選していた。

あやちゃんの絵を見てびっくりする。

とても活き活きと描かれていて素晴らしい絵に思えた。

きっとにこにこしながら描いた絵なのだろう。

描いているときの姿が目に見えるようだった。

あやちゃんあなたはすごい。





2021年11月22日(月) 「まあまあ」の日記

二十四節気の「小雪」寒さは和らいでいたけれど雨の一日となる。

雨遍路さんが5人程。雨合羽を着ていたけれど

足元はずぶ濡れだったのではないだろうか。

明日は晴れても靴はすぐには乾かないだろう。

幸い5人とも野宿ではなさそうだったのが救いだった。



職場の近くの銀杏の木がすっかり葉を落としてしまい

二本あるうちの一本はもう骨のようになっていた。

黄金色の落ち葉に雨が降り注ぐのがとても切なく感じる。

やがて木枯らしが吹き落ち葉は冬の証のように飛んでいくだろう。




母の施設のケアマネさんから電話があり

明日母を美容院へ連れて行くことになった。

コロナが落ち着いている今しかないと話し合ってのこと。

母には知らせていないけれどきっと喜ぶことだろう。

施設には定期的に理容師さんが来てくれているのだけれど

母は頑として散髪を嫌がっており昔から行きつけの美容院へ。

施設側も母の気持ちを汲んでくれていわば特例でもあった。

いつが最後になってもおかしくない。いつもそう思ってしまう。



今夜はあやちゃんがすこぶるご機嫌が良い。

算数の授業で予習をしていたのを先生に褒められたのだそう。

金曜日に学校を休んだ理由は未だに分からないけれど

教科書を開いて自分なりに予習をしていたようだった。

あやちゃんが笑顔でいてくれるとほんとうに嬉しくて

私もついついテンションがあがってしまった夜だった。



暗い日記を書いてしまうこともあるけれど

今夜は「まあまあ」なのではないかなと我ながら思っている。

穏やかな日常ばかりとは限らない。

だからそれは「どんな時もあってよし」なのだ。


今夜も眠くなるまで本を読もう。

目覚めたらきっと「あたらしい朝」がやって来る。



2021年11月21日(日) 里芋はメアカ

曇り日。ほんの微かな陽射し。

大量の洗濯物がなんとか乾きほっとする。



朝のうちにお大師堂へ。なんと2週間ぶりであった。

ご無沙汰を詫びつつ花枝(しきび)を活け替えたり

お線香の補充をしたりして自分の役目を果たす。

手水鉢の水が少なくなっていたけれど

足が痛く川辺まで水を汲みに行けなかった。

今まで出来ていたことが出来なくなるのはなんだか辛い。



スーパーへ買物に行ったら昔の同僚K姉ちゃんに会う。

縫製工場に勤めていた頃の先輩でよく可愛がってもらった。

今はもう70歳を超えているはずだけれどまだとても若々しい。

マスク顔なのによく分かったねと「ありがとうね」と微笑んでくれた。

昔はよく夜な夜な電話をしたものだった。

K姉ちゃんは聞き上手で「そうか、そうか」といつも優しかった。

縫製工場に勤めたのはわずか2年足らずだったけれど

私にとっては良き人間関係を築けた貴重な年月だったと思う。



スーパーから帰り里芋を求めて従姉妹の「良心市」へ行く。

大根や葱などどれも百円。里芋も5個ほどで百円だった。

5個ではちょっと少ないけれど2袋買うと多過ぎる。

まあ良いかと家へ帰ったらちょうど散歩中の従姉妹に会った。

「いま、買ったよ」と里芋を見せてつい後2個欲しかったと言ったのだ。

そうしたら10分もしないうちに里芋を2個持って来てくれた。

お金など要らないあげるからと言ってなんとありがたいこと。

従姉妹の里芋はほくほくととても美味しかった。


「里芋」と書いたけれどここいらでは「メアカ」と呼んでいる。

漢字で書くと「芽赤」だろうか。きっと赤い芽が出るからだろう。

姑さんが健在だった頃にはたくさんメアカを作っていたけれど

決して勝手に畑を掘り起こしてはいけなかった。

メアカどころか葱の一本も無断で採ってはいけなかったのだ。

メアカは姑さんが大鍋で煮てそれを分けてもらっていた。

小鍋を提げて貰いに行くのが常であったのだ。


じいちゃん(夫)はその煮汁をご飯にかけて食べるのが大好きで

今夜も「汁はようけあるか」と楽しみにしていた。


姑さんが亡くなってからメアカは買わなくてはいけなくなったけれど

食べたい時に食べられる。それが私はありがたくてならない。

煮汁をいっぱいにして大きなお鍋で煮た。



※「ようけあるか」は「たくさんあるか」の意味。





2021年11月20日(土) 平和な夜に

穏やかな小春日和。夜明け前には西の空に満月を見る。

月は沈み始めると紅くなる。そうして夜が明けると白くなる。



朝のうちに同人誌へ送る短歌を選んだ。

2ページなので16首。掲載料は要るけれど載せて貰えるのはありがたい。

ちなみに2ページで8千円。少なからず家計に響くけれど

僅かながら年金を支給されているのでその中から捻出している。

65歳になると年金が満額支給となるのできっと楽になるだろう。

あと2週間で65歳になる。それが楽しみでならない。


詩は決して諦めてはおらず細々ながらSNSで発信している。

注目されることもなければ認められることもないかもしれない。

ただ自分の存在を残したい一心で毎日夜明け前に書き続けている。

もしも突然死んでしまってもきっと残るだろうと信じてやまない。



昨日から読み始めていた吉村昭の「白い道」を読了。

吉村さんはもう亡くなっているけれど父と同年代であった。

少年時代の戦時中の事、戦後の事などとても興味深く読む。

東京のように大空襲はなかったけれど父も戦争を体験している。

少年兵に志願しようとしていた矢先に終戦を迎えたと聞いたことがある。



もう読む本が無くなってしまって夕方になり図書館へ走った。

マスクを車に忘れたままでうっかり図書館へ入ってしまう。

足の痛さもあり引き返さずそのまま本を選んだ。

人目が気になり大急ぎで本を借り逃げるように帰って来る。



今夜は娘たちが夕食が要らないと言うのですっかり手抜き。

スーパーで握り寿司とお惣菜を買って来て済ます。

娘たちは外食かなと勝手に思い込んでいたけれど

そうではなくあれこれと買い出しをして来たようだった。

最近月に二回くらいそんな日があって私は楽をさせてもらっている。

娘たちも私の考えるメニューよりずっと良いのだろうと思う。



心配していたあやちゃんは今日はにこにこの笑顔。

おそるおそる話しかけても素直に応じてくれて嬉しかった。

思春期に差し掛かる前の微妙な年頃である。

やはり詮索をしないのがいちばんのことなのだろう。


平和な夜だ。ほろ酔ったところでこれからまた本を読む。



2021年11月19日(金) リセット

おおむね晴れ。今日も日中の気温が20℃を越す。

半袖姿のお遍路さんが颯爽と歩く道には

木々が色づき紅葉も真っ盛りのようだ。

今年は紅葉ドライブをすっかり諦めてしまって

近場の木々を仰ぎながらこころを和ませている。

それにしてもガソリンの高騰には困ったものである。

貧乏人はドライブも行けないご時世になった。

こんなことを書いてしまうとなんとしみったれたこと。

書かなければ良かったと思いつつもう書いてしまった。




今朝はあやちゃんが学校へ行きたがらず結局休む。

何か理由があるはずなのだけれど何もわからない。

はらはらと心配していたらじいちゃんから「詮索するな」の一言。

母親である娘は知っているらしいけれど教えてはくれない。

いくら祖母でも立ち入ってはいけないことなのだろう。

休んでも良いから勉強はするようにと娘が言い聞かしていた。

出勤前にそっと部屋を覗いたら「見ないで!」と怒鳴られる。



今は家族4人で夕食中でとても楽しそうに話し込んでいる。

あやちゃんも笑顔でどうやら私の取り越し苦労だったのか。

それでも「家族ではない」と拒絶されたように感じる。

祖父母程うっとうしい存在はないのかもしれない。


ああ嫌だ嫌だ。どうしてこんなことを書いてしまうのだろう。

気分入れ替えなくちゃ。何もかもリセットしなくちゃ。


ふとあやちゃんもリセット出来たのかなと思う。

来週からまた元気に学校へ行ってくれますように。



焼酎の水割りをもう一杯飲んでこれからまた読書。


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