二十四節気の「小雪」寒さは和らいでいたけれど雨の一日となる。
雨遍路さんが5人程。雨合羽を着ていたけれど
足元はずぶ濡れだったのではないだろうか。
明日は晴れても靴はすぐには乾かないだろう。
幸い5人とも野宿ではなさそうだったのが救いだった。
職場の近くの銀杏の木がすっかり葉を落としてしまい
二本あるうちの一本はもう骨のようになっていた。
黄金色の落ち葉に雨が降り注ぐのがとても切なく感じる。
やがて木枯らしが吹き落ち葉は冬の証のように飛んでいくだろう。
母の施設のケアマネさんから電話があり
明日母を美容院へ連れて行くことになった。
コロナが落ち着いている今しかないと話し合ってのこと。
母には知らせていないけれどきっと喜ぶことだろう。
施設には定期的に理容師さんが来てくれているのだけれど
母は頑として散髪を嫌がっており昔から行きつけの美容院へ。
施設側も母の気持ちを汲んでくれていわば特例でもあった。
いつが最後になってもおかしくない。いつもそう思ってしまう。
今夜はあやちゃんがすこぶるご機嫌が良い。
算数の授業で予習をしていたのを先生に褒められたのだそう。
金曜日に学校を休んだ理由は未だに分からないけれど
教科書を開いて自分なりに予習をしていたようだった。
あやちゃんが笑顔でいてくれるとほんとうに嬉しくて
私もついついテンションがあがってしまった夜だった。
暗い日記を書いてしまうこともあるけれど
今夜は「まあまあ」なのではないかなと我ながら思っている。
穏やかな日常ばかりとは限らない。
だからそれは「どんな時もあってよし」なのだ。
今夜も眠くなるまで本を読もう。
目覚めたらきっと「あたらしい朝」がやって来る。
曇り日。ほんの微かな陽射し。
大量の洗濯物がなんとか乾きほっとする。
朝のうちにお大師堂へ。なんと2週間ぶりであった。
ご無沙汰を詫びつつ花枝(しきび)を活け替えたり
お線香の補充をしたりして自分の役目を果たす。
手水鉢の水が少なくなっていたけれど
足が痛く川辺まで水を汲みに行けなかった。
今まで出来ていたことが出来なくなるのはなんだか辛い。
スーパーへ買物に行ったら昔の同僚K姉ちゃんに会う。
縫製工場に勤めていた頃の先輩でよく可愛がってもらった。
今はもう70歳を超えているはずだけれどまだとても若々しい。
マスク顔なのによく分かったねと「ありがとうね」と微笑んでくれた。
昔はよく夜な夜な電話をしたものだった。
K姉ちゃんは聞き上手で「そうか、そうか」といつも優しかった。
縫製工場に勤めたのはわずか2年足らずだったけれど
私にとっては良き人間関係を築けた貴重な年月だったと思う。
スーパーから帰り里芋を求めて従姉妹の「良心市」へ行く。
大根や葱などどれも百円。里芋も5個ほどで百円だった。
5個ではちょっと少ないけれど2袋買うと多過ぎる。
まあ良いかと家へ帰ったらちょうど散歩中の従姉妹に会った。
「いま、買ったよ」と里芋を見せてつい後2個欲しかったと言ったのだ。
そうしたら10分もしないうちに里芋を2個持って来てくれた。
お金など要らないあげるからと言ってなんとありがたいこと。
従姉妹の里芋はほくほくととても美味しかった。
「里芋」と書いたけれどここいらでは「メアカ」と呼んでいる。
漢字で書くと「芽赤」だろうか。きっと赤い芽が出るからだろう。
姑さんが健在だった頃にはたくさんメアカを作っていたけれど
決して勝手に畑を掘り起こしてはいけなかった。
メアカどころか葱の一本も無断で採ってはいけなかったのだ。
メアカは姑さんが大鍋で煮てそれを分けてもらっていた。
小鍋を提げて貰いに行くのが常であったのだ。
じいちゃん(夫)はその煮汁をご飯にかけて食べるのが大好きで
今夜も「汁はようけあるか」と楽しみにしていた。
姑さんが亡くなってからメアカは買わなくてはいけなくなったけれど
食べたい時に食べられる。それが私はありがたくてならない。
煮汁をいっぱいにして大きなお鍋で煮た。
※「ようけあるか」は「たくさんあるか」の意味。
穏やかな小春日和。夜明け前には西の空に満月を見る。
月は沈み始めると紅くなる。そうして夜が明けると白くなる。
朝のうちに同人誌へ送る短歌を選んだ。
2ページなので16首。掲載料は要るけれど載せて貰えるのはありがたい。
ちなみに2ページで8千円。少なからず家計に響くけれど
僅かながら年金を支給されているのでその中から捻出している。
65歳になると年金が満額支給となるのできっと楽になるだろう。
あと2週間で65歳になる。それが楽しみでならない。
詩は決して諦めてはおらず細々ながらSNSで発信している。
注目されることもなければ認められることもないかもしれない。
ただ自分の存在を残したい一心で毎日夜明け前に書き続けている。
もしも突然死んでしまってもきっと残るだろうと信じてやまない。
昨日から読み始めていた吉村昭の「白い道」を読了。
吉村さんはもう亡くなっているけれど父と同年代であった。
少年時代の戦時中の事、戦後の事などとても興味深く読む。
東京のように大空襲はなかったけれど父も戦争を体験している。
少年兵に志願しようとしていた矢先に終戦を迎えたと聞いたことがある。
もう読む本が無くなってしまって夕方になり図書館へ走った。
マスクを車に忘れたままでうっかり図書館へ入ってしまう。
足の痛さもあり引き返さずそのまま本を選んだ。
人目が気になり大急ぎで本を借り逃げるように帰って来る。
今夜は娘たちが夕食が要らないと言うのですっかり手抜き。
スーパーで握り寿司とお惣菜を買って来て済ます。
娘たちは外食かなと勝手に思い込んでいたけれど
そうではなくあれこれと買い出しをして来たようだった。
最近月に二回くらいそんな日があって私は楽をさせてもらっている。
娘たちも私の考えるメニューよりずっと良いのだろうと思う。
心配していたあやちゃんは今日はにこにこの笑顔。
おそるおそる話しかけても素直に応じてくれて嬉しかった。
思春期に差し掛かる前の微妙な年頃である。
やはり詮索をしないのがいちばんのことなのだろう。
平和な夜だ。ほろ酔ったところでこれからまた本を読む。
おおむね晴れ。今日も日中の気温が20℃を越す。
半袖姿のお遍路さんが颯爽と歩く道には
木々が色づき紅葉も真っ盛りのようだ。
今年は紅葉ドライブをすっかり諦めてしまって
近場の木々を仰ぎながらこころを和ませている。
それにしてもガソリンの高騰には困ったものである。
貧乏人はドライブも行けないご時世になった。
こんなことを書いてしまうとなんとしみったれたこと。
書かなければ良かったと思いつつもう書いてしまった。
今朝はあやちゃんが学校へ行きたがらず結局休む。
何か理由があるはずなのだけれど何もわからない。
はらはらと心配していたらじいちゃんから「詮索するな」の一言。
母親である娘は知っているらしいけれど教えてはくれない。
いくら祖母でも立ち入ってはいけないことなのだろう。
休んでも良いから勉強はするようにと娘が言い聞かしていた。
出勤前にそっと部屋を覗いたら「見ないで!」と怒鳴られる。
今は家族4人で夕食中でとても楽しそうに話し込んでいる。
あやちゃんも笑顔でどうやら私の取り越し苦労だったのか。
それでも「家族ではない」と拒絶されたように感じる。
祖父母程うっとうしい存在はないのかもしれない。
ああ嫌だ嫌だ。どうしてこんなことを書いてしまうのだろう。
気分入れ替えなくちゃ。何もかもリセットしなくちゃ。
ふとあやちゃんもリセット出来たのかなと思う。
来週からまた元気に学校へ行ってくれますように。
焼酎の水割りをもう一杯飲んでこれからまた読書。
曇り時々晴れ。陽射しがあるとずいぶんと暖かい。
今週末頃から一気に冬らしくなるとのこと。
北国では雪の日が多くなることだろう。
南国高知とはいえ油断は出来ない。
かつて「小雪」の頃に雪がチラついたことがあった。
仕事で大切な書類作成を失念していて後始末に追われている。
決算後に必ず県に提出しなければいけない書類だった。
それも4年分もすっかり忘れていたでは済まないこと。
歳のせいで物忘れが酷くなってしまったのだろうか。
どうして忘れていたのか顛末書まで書かなければいけないのだそう。
頭を悩ませながら格闘している。明日には目途を立てたいところだ。
仕事は好きだけれどなんだか今週は気疲れしてしまった。
午後6時。じいちゃんと二人きりで夕食。
娘たちと一緒に食べることは殆どなくなった。
それにすっかり慣れてしまって寂しく思うこともない。
食後の食器洗いも楽でそれなりに助かっている。
今夜は孫たちのダンス教室があり帰宅してから食べるのだそう。
あやちゃんの好きな麻婆豆腐を作ってあるので食べてくれたら嬉しい。
私は7時前にはお風呂に入ってこうして日記を書いている。
もちろん寝酒の焼酎は欠かさずでほろ酔いつつのこと。
とりとめのないことばかり。今夜もつまらない日記になった。
いま7時40分。寝るまでに一時間は本が読めそう。
| 2021年11月17日(水) |
初冬ではないのですか |
今の季節を私は「初冬」だと思っているのだけれど
SNSなど見ていると「秋」という表現が多いのに戸惑っている。
今日は朝日新聞の記者さんが「晩秋」と表現していた。
新聞記者さんが間違えるはずがないと思えば
私が間違っていることになるのだけれどどうなのだろう。
11月も中旬を過ぎ二十四節気は「立冬」から「小雪」になろうとしている。
それでも初冬ではないのだろうか。ついつい考え込んでしまうのだった。
今朝は仕事で納車がありお客さんのお宅を訪ねたら
出荷出来なかった規格外の柚子と畑の大根をいただく。
「ちょっと待ちよってね」と言って畑まで走ってくれたのだ。
新鮮その物の大根のなんとありがたことだろう。
「葉っぱは要らんろ?」と訊かれたので「欲しいよ」と応えた。
鮮やかな緑の葉っぱ。茹でて油炒めにしたら美味しいのだ。
家族は誰も食べないけれど私は大好きだった。
柚子は規格外とは言えとても良い香り。搾れば立派な柚子酢になる。
規格はとても厳しいらしくなんだか柚子が可哀想になった。
農家さんの苦労も報われないのはとても理不尽な事だと思う。
スーパーでお刺身用のハマチが半額。迷わず籠に入れる。
ハマチは鰹と違って新鮮さの見分けがつかない。
黙っていれば分からないだろうと思ったのだけれど
家族にはちょっと不評。ずいぶんと残ってしまった。
その残ったお刺身に塩と酢をかませたら明日の朝に食べられる。
柚子も絞って入れたらきっと美味しいだろう。
もうすぐ午後8時。日記を書き終えたらほっとする。
床に就く9時まで本を読みたい。
連日の小春日和にほっこりと心が和む。
今夜も室温が20℃もありずいぶんと暖かい。
歩き遍路には最適の季節なのだろう。
今日も6人ほどのお遍路さんを見かけた。
印象的だったのは修業僧と思われる黒装束のお遍路さん。
まだ若く20歳くらいに見えた。とても凛とした姿。
足元は草鞋で颯爽と歩く姿が眩しい程だった。
ふと今は亡きKさんを思い出す。彼も修業僧だった。
何故死を選んだのかと思うと胸に熱いものが込み上げてくる。
職場に外国人のお客さんロージーがオイル交換に来てくれた。
日本語がずいぶんと上手になって会話が弾む。
それでもなるべく英語をと思い私も頑張ってみた。
お互いがカタコトでそれも愉快でならない。
彼女は近いうちに歩き遍路に挑戦するのだそう。
「オヘンロイクネ。ガンバルネ」と話してくれた。
そのために新しい靴を買ったのだそう。
今日はその靴を履いていて「ナイスシューズ」
きっと良き旅になるだろうと自分の事のように嬉しかった。
上手く伝わるかなと思いつつ私もお遍路に行きたい事を話す。
でも足が痛くて歩けそうにないことも話してみた。
ロージーは一瞬「オーノー」という顔をしたけれど
私の肩に手を置いて「ダイジョウブ」と励ましてくれた。
言葉は上手く伝わらなくても心はちゃんと伝わっているのだと思った。
それはとてもあたたかく心に沁みるふれあいであった。
ロージーの歩く姿に自分を重ねて私の夢がふくらむ。
決して夢をあきらめてはいけない。
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