ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2021年10月25日(月) おとなの事情

ぽつぽつだった雨がやがて本降りとなる。

気温も上がらず冷たい雨となった。

農作物には恵みの雨となったことだろう。

大根や白菜やほうれん草やと冬野菜に思いを馳せる。



職場に「ちーちーぱっぱ」のちーちゃんが遊びに来る。

話好きでよほど話し相手が欲しかったのだろう。

とにかく聞き上手に徹してあげるのが一番だった。

一時間程話してお昼になったので「ちーちゃんまたね」と言ったら

「うん、また話そうね」と機嫌よく笑顔で帰って行った。

少しも迷惑だとは思わない。私はなんとなくだけどちーちゃんが好き。



買物をして帰宅したらじいちゃんが「あやが昼飯を食わんかった」と。

今日は参観日の代休で学校がお休みだったのだ。

娘がカップヌードルを用意してくれていたので

お昼は大丈夫ねと安心して出掛けたのだけれど

そのヌードルが日清のではなかったので気に入らなかったよう。

どんなにかお腹が空いているだろうと心配になり

部屋をノックしてそっと声をかけたら「別に・・」と応える。

半分はやせ我慢。半分は不貞腐れているのかなと思った。


とにかく早めに晩ごはんにしましょう。

おとな達は鰹のひっつけ寿司。孫達はシーチキンの手巻き寿司。

どうかな?とあやちゃんの様子を見ていたら

よほどお腹が空いていたらしくすごい食欲であった。

ああ良かったとほっと胸を撫で下ろす。もちろん嬉しくてならない。


難しい年頃になったけれど笑顔はまだあどけない。

時々ふっと赤ちゃんだった時の面影が浮かぶ。


食後、父親と早くもクリスマスプレゼントの話をしていて

「なんか事情があるの?」などと問うていた。


めいちゃんはまだサンタさんを信じているけれど

あやちゃんはどうやらおとなの事情を感じているらしい。





2021年10月24日(日) 未来と勇気

風もなく穏やかな晴天。お天気は下り坂のようで

明日は雨になりそうだった。

一雨ごとに秋が深まっていくことだろう。


最低限の家事と買い物だけ済ませ一日中読書に耽る。

夢中になり過ぎて疎かにしていたこともあった。

毎朝の日課である父の仏壇にお線香もあげずにいて

日曜日恒例のお大師堂参りも行かず仕舞いとなってしまった。

さすがにこれではいけないだろうと反省をしながらも

まあたまには良いではないかと自分に甘くもなる。

父もお大師さんも「困ったものだな」と苦笑いをしていたことだろう。

これも熱するととことん熱くなる私の長所なのかもしれない。



お昼前に小学校へ資源ごみを持って行っていた。

アルミ缶や古新聞などいつでも持ち込めるのでとても助かっている。

校庭ではめいちゃんとあやちゃんが一輪車の練習をしていた。

めいちゃんは運動神経が良くもうすいすいと乗れるのだけれど

おっとりさんのあやちゃんはまだ上手く乗れず苦労している。

それでも妹に負けまいと一生懸命頑張っているのだった。


ちょうど私が行った時にあやちゃんが少しだけ乗れるようになった。

思わず手を叩き応援したのは言うまでもない。

何事も努力次第なのだ。「やれば出来る」「やってやれないことはない」

こつこつと頑張るタイプのあやちゃんに大切なことを教わる。


私が子供の頃はどちらかと言えばめいちゃんタイプだったので

運動は得意で何でも一番ということが多かった。

それが当たり前の事なのだと子供心に優越感に浸っていたように思う。


中学生になり高校生にもなるともう一番ではいられなくなる。

上には上が居ることを思い知った時代だったと言えよう。

負けず嫌いだった性格も次第に薄れていくようになり

ついには劣等感に苛まれるようになってしまった。


そのまま大人になり65歳を目前にした今などは

もう劣等感のかたまりのようになりなんとも情けない有り様である。

そのくせちっぽけなプライドに縋りついているものだから

ある意味とても見苦しい生き様だと言えよう。


もう遅いのかと自問する。努力をしても無駄なのかとも思う。

それは生き抜いてみなければ分からないことなのだろう。


あやちゃんの姿に自分を重ねながら

ほんの少し未来を信じささやかな勇気をもらった気がした。







2021年10月23日(土) 縁と恩

二十四節気の「霜降」朝露が霜に変わる頃と言われている。

近畿地方では早くも木枯らし一号が吹いたそうだ。

高知県は穏やかな秋晴れとなり日中はとても暖かくなる。


朝の寒いうちに炬燵を出す。扇風機を片づけ温風ヒーターを出した。

それなりの冬支度。とにかく寒さに負けるわけにはいかない。



10時を過ぎてからカーブスへ。

数日前から足の痛みがありあまり無理は出来ず

一生懸命に出来ないのが少しもどかしい。

それでも身体が温まってくると足の痛みも少し薄れる。


6月の入会時からずっと親身になってくれていたコーチが

今月いっぱいで退職するのだそう。

なんだか寝耳に水のようなことでいささかショックであった。

後から詳しい事情を聞けば元々契約社員だったとのこと。

前々からやりたい仕事があったらしくその準備期間だったらしい。

沢山の人とふれあうことが良き経験になったと話してくれた。


私もそのコーチと出会わなければ始められなかったもしれない。

「大丈夫、きっと出来る」と背中を押してくれたのだった。

縁もあったのだろうし恩もある。思わず涙があふれていた。

そうしたらコーチが「今生の別れじゃないよ」と笑い飛ばしてくれる。


わずか5ヵ月足らずの短い間だったけれど

そのコーチの顔を見ただけでいつもほっとしていた。

「すごいじゃん」と褒めてもらえたらとても嬉しかった。

励ましよりももっと大切な勇気を頂いていたのだと思う。



強いようでいて弱くて脆い。そう思い知ることがよくある。

支えなど何も要らないと思っていたのだとしても

知らず知らずのうちに支えられて生きているのだろう。




2021年10月22日(金) 雨あがりの一日

目覚めた時には小雨が降っていたけれど

夜が明ける頃にはもうやんでいた。

日中は曇り空。それでも柔らかな陽射しが降り注ぐ。


気がつけば秋桜も盛りを過ぎてしまったようだ。

昔は職場の庭にたくさん咲いていたのだけれど

今はほんのわずかになりよけいに寂しくおもう。


いつだったか母が枯れ始めた秋桜を根こそぎ引き抜いたことがあり

その時は私と口論になり恨めしかった事をふと思い出す。

それでもきっと種が残ってくれると信じていたけれど

今になりやはり駄目だったのだなとまた母を恨むのだった。

嫌だった事ばかりどうして思い出してしまうのだろうか。




今日はあやちゃんが学校を休む。

右足の痛みを訴え歩くのもままならない様子で

とりあえず湿布を貼り安静にさせておくことにしたのだった。

どうやら昨夜のダンス教室で足の筋を痛めたのではないだろうか。

このところ体重の増加が著しく足に負担が掛かったのだと思う。

来週末にはダンスの発表会があるらしい。

それまでにはきっと治るだろう。あやちゃんも楽しみにしている。




仕事帰りに図書館に寄った。市役所の二階にあるのだけれど

今日は駐車場が満車で何処にも車を停められずいささか参る。

10分ほど待って守衛のおじさんが「空いたよ」と知らせてくれた。

やはり土日に来たほうが良さそう。今度からそうしようと思う。

東野圭吾の「幻夜」を返却。「白夜行」と「さまよう刃」を借りる。

そろそろミステリー離れをしたほうが良いのかもしれないけれど

とことん読み尽くしたい思いが強い。好きなようにすればいい。

帰宅して洗濯物をたたみ終わるとすぐに本を開いていた。



あやちゃんがだいぶ歩けるようになっており何より。

今夜は海老フライとシチューだったので喜んで食べてくれた。


娘はやっとコロナワクチン一回目の接種。

副反応が軽ければ良いのだけれど。



2021年10月21日(木) 5年ぶりの再会

お昼前から雨がぽつぽつと降り始める。

気温は16℃ほど、ずいぶんと冷たい雨に感じた。

今夜はとうとう浴室暖房をつける。

おかげでゆったりと温まることができた。

電気代が家計に響くけれど仕方ないなと思う。

我慢して死ぬよりはずっとましなのではないだろうか。

大げさに聞こえるかもしれないけれど

私にとっては入浴イコール死に他ならない。

父方の伯母二人をヒートショックで亡くしているので尚更のこと。

親しかった友は入浴中にくも膜下出血になり亡くなっている。




今日は弟に5年ぶりに会えてとても嬉しかった。

衆院選の選挙カーの運転手として弟が山里に来たのだった。

候補者が街頭演説をしている合間のほんの数分だったけれど

血を分けた弟とはなんと愛しいものであろうか。

弟はしきりに母の事を案じていたけれど

つい先日母に会えたことを話すと安堵した様子。

弟もどんなにか母に会いたいことだろうと思う。

薄情な私と違って弟はとても母思いな息子であった。


52年前のあの日、私と同じく弟も泣かなかったけれど

どんなにか戸惑い辛かったことだろうと察する。

あの時のことを弟も決して忘れてはいないだろう。

けれどもそのことをおくびにも出さず今まで生きて来た。

結婚をし二人の娘に恵まれもうすぐ二人目の孫も生まれる。

今が幸せならば過ぎ去った日の事などもう封印されているのだろう。

弟は私が思っている以上に強いのではないだろうか。


「身体に気をつけて元気でおりよ」運転席の弟に声をかけた。

選挙カーはけたたましい程の声をあげて遠ざかって行った。







2021年10月20日(水) つわぶきの花

晴れのち曇り。最高気温が20℃に届かず肌寒い一日。

立冬までまだ2週間以上あるけれどもう初冬のように感じる。

早くもヒートショックの不安が襲って来てしまって

入浴がひたすら怖い。緊張してリラックス出来ない。

「大丈夫、だいじょうぶ」と呪文のように唱えながらの入浴になった。

とにかく寒さに慣れるのが第一。なんとしても克服しなければと思う。



朝の山道ではつわぶきの花があちらこちらに咲き始める。

小さな向日葵のような花でなんともこころが和む。

原始の時代、初めて咲いた花は黄色だったと聞いたことがある。

つわぶきの花がいったいいつ頃に生まれたのかは知る由もないけれど

太古の昔から咲いていたのだとしたらとても尊い命に感じる。

手折ることは容易いけれどそっと山影に咲かせてあげたい花だった。



今日はいつもより早めの帰宅。

孫たちも水曜日は学校が早く終わるので先に帰宅していた。

あやちゃんはピアノ教室へ。めいちゃんは一輪車の練習へ。

一輪車は学校にあり放課後の校庭で自由に乗れるようだ。

いつもならじいちゃんが連れて行くのだけれど

今日は娘が休みだったので連れて行ってくれた。

それがあたりが薄暗くなっても帰って来ない。

仕方なく一人で夕食の支度をしていたらやっと帰って来てくれた。

娘の手助けがあってこそで夕食が整うとなんともほっとする。



明日の朝はまたぐんと冷え込むようなので

あやちゃんに長袖のパジャマを着て欲しいのだけれど却下。

風邪を引いてしまいそうではらはらとするばかり。

子供にはまだ序の口の寒さなのだろう。


私はもうすっかり冬の気分になりちゃんちゃんこを羽織っている。




2021年10月19日(火) 人生それぞれ

朝の肌寒さもつかの間すぐに暖かくなる。

25℃といえば夏日だけれど身体には優しい温度だと言えよう。

歳のせいでもあるけれど寒いとどうも緊張していけない。

確かに流れているはずの血が固まったように感じる。

まだまだこれからが冬だというのに困ったものである。



今日は従兄弟の一周忌と伯母の一三回忌の法要があった。

私は仕事があり欠席させてもらったけれど

出席していたじいちゃんが言うには「皆夫婦で来ていたぞ」と。

仕事を休んで行くべきだったのだろうかと複雑な気持ちになった。

それでも供養する気持ちは変わらない。天国に伝わっただろうか。


従兄弟は妹と二人暮らしだったので今はその従姉妹の独り暮らし。

ただ小型犬を飼っており寂しくはないのだと言う。

けれども67歳ともなれば不安な事も多いだろうと察する。

私などにはとうてい無理な話でどうして耐えられようかと思う。


跡取りも無い故いずれは絶えてしまう家を守ることも並大抵ではなく

果たして未来などあって無いものと考えずにいられないのではと案ずる。

けれども従姉妹はけっこうあっけらかんとして過ごしているようだ。

もう老犬の愛犬を看取るまではと気も張っている様子である。


人生それぞれ。好きで選んだ人生だとは限らないけれど

まるで宿命のように受け止めて生きることも人生だと思う。


「死んじゃったもんは仕方ないよ」一年前の今日

従姉妹が呟いた言葉を思い出している。


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