ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2021年09月16日(木) 義父とメダカ

早朝には青空が見えていたけれどすぐに曇る。

夕方から本降りの雨になった。

今夜は虫の声も聴こえずひたすら雨音が響いている。

台風の影響が出始めているのかもしれない。



孫達の小学校では運動会の総練習があったらしい。

よほど疲れたのかめいちゃんは宿題が終わるなり寝入る。

今夜はダンス教室もお休みにしたようだ。



昼間職場でタイヤ交換に来てくれたお客さんが

義父が飼っているメダカを少し分けてくれないかと言う。

義父はあまり快い返事をしないまま渋々と分けてあげていた。

まるで我が子のように可愛がっているメダカだけに

たとえ一匹でも手放したくはなかったのだろう。

その気持ちが分かるだけになんとも複雑な気持ちになった。

けれどもお客さんの頼みを断るわけにもいかなかったのだ。

お客さんはとても喜んでいたけれど義父は悲しそうな顔をしていた。



義父と母のあいだには子供がいない。

母はまだ20代の頃に卵巣を摘出していたのだった。

確か私が8歳くらいの時だったと記憶している。

何か婦人科の病気で入院していた時があって

父が「もう弟も妹も要らないな」と私に釘を刺したことがある。

いったい何のことだろうと子供心に不思議に思ったことだった。


母がもう子供を産めない身体になったことを知らなかった。

知ったのは高校生の時ではなかっただろうか。

父が「あいつらにはもう子供はできん」と教えてくれたのだ。

その言葉には母に対する憎しみも含まれていたのだろうと思う。

「忘れてしまえ」それが父の口癖でもあった。


第二の人生を歩み始めた母と義父は

どんなにか子供が欲しかったことだろう。

特に義父はその思いが一層強かったのではないかと察する。

運命だと一言で済ませるにはあまりにも辛い現実だったかもしれない。



毎朝のようにメダカに声をかけ穏やかに微笑んでいる義父。

餌にも拘り卵をたくさん産むという餌を与えている。


今日は仕方なく3匹のメダカを手放してしまった。





2021年09月15日(水) 柿の実が色づく頃に

曇り日。時おり霧のような雨が降る。

気温は26℃ほどで過ごしやすい一日だった。


職場の敷地内の柿の実が色づき始めた。

数年前までは義父の母親、私には義祖母にあたる人が住んでいた家。

柿の木は2本あり義祖母の秋の楽しみでもあった。

百歳を超えるほどの長寿を全うしたのだけれど

晩年は寝たきりとなり酷い認知症になっていた。

私が窓越しに声をかけると「今日は学校は休みかい?」と問う。

「うん、今日は休みよ」と応えると「柿を食べたや」と言ってくれた。

穏やかでとても優しい義祖母だったことがとても懐かしい。


母とはずっと折り合いが悪く最後まで打ち解けることはなかった。

母の暴言は止まらず義祖母はいつも悲しそうな顔をしていた。

優しく接してあげたらきっと優しさが返って来ただろうにと

今更ながらに思うけれどもう取り返すことの出来ない過去のこと。


母は柿の実を食べたことがあっただろうか。

義祖母に無断で千切ったことはなかっただろうと思う。

いや、決して食べるものかと意地になっていたのかもしれない。

どうしても食べたかったら買って食べる。母はそんな人だった。


義祖母は母方の祖母と同じ歳だった。

それなのに自分の母親とどうして重ねられなかったのだろう。

母の心情は未だ理解できず私は思い出したように複雑な気持ちになる。


母は死ぬまで孤独でなければいけない。

ふとそんな非情な事を考える時がある。


そのくせ母に柿を食べさせてあげたいと思うのだった。





2021年09月14日(火) いいじゃないの幸せならば

雨の一日。気温は20℃、涼しさを通り越して肌寒かった。


確かに車の中に置いてあった傘がない。

どうやら何処かに置き忘れてしまったようだ。

最後に使った日が思い出せなかった。

8月の長雨の頃だったろうか。

私はいったい何処に行っていたのだろう。

新しく買えば済むことだけれどどうにも諦めきれない。




めいちゃん7歳の誕生日。早いものだなと感慨深い。

娘達と同居を始めてから生まれた子なので

私も娘と一緒に育児をしたように思う。

ミルクを飲ませたりおむつを替えたりよくしたものだ。


泣き虫でかん虫で甘えん坊だけれど

素直でとても優しい子に育ってくれた。

目に入れても痛くない程に可愛くてならない。


今夜はささやかにお祝いをしたのだけれど

残念ながら家族団らんは叶わず。

肝心のめいちゃんが二階から下りて来なかったのだ。

いくらなんでも誕生日に叱るわけにもいかない。

みんなと一緒に食べるのが嫌なのではなく

二階のテレビでユーチューブを見たかったようだ。

特別な日だからこそ好きなようにさせてあげよう。

そっと様子を見に行ったら独りきりでお寿司を食べていた。

ケーキを食べる時になってやっと二階から下りて来る。

自分の誕生日だという自覚はちゃんとあるようだった。

みんながお祝いしてくれていることも本当は嬉しいのだ。


いいじゃないの幸せならば。昔そんな歌があったけれど

これから段々と親離れしていくのだろう。

家族離れと言ってしまえばそれはとても寂しいことだけれど

そうして子供は成長していく。それを止めることは出来ない。


「おばあちゃんもケーキ食べたや」と言ってくれて嬉しかった。








2021年09月13日(月) まぼろしの家族団らん

曇り日。雨が降りそうで降らなかった。

どんよりと重そうな空。風も吹くのを諦めたようだった。


ここ数日気分が沈んでいたせいか

大人げない事を書き連ねてしまったかもしれない。

ありのままも度が過ぎれば見苦しいものだ。


さらりさらりと水に流そう。だいじょうぶ。私ならそれが出来る。




山里の義父やっと稲刈りが終わったようだ。

私もほっと肩の荷が下りたような気分だった。

刈っていたのは飼料米だそうで5トンほどあり驚く。

家畜の飼料になるのだそうだ。豚が主だろうか。

牛は干し草を食べるのであまり実感が湧かない。

玄米を炊いてから与えるのだろうか。

興味津々となりとても気になってしょうがない。




帰宅したらアマゾンに注文していた中古本が届いていた。

本はわずか29円。送料が250円だけれどそれでも安い。

山里の図書室にはもう未読の東野圭吾本が無くなってしまった。

とことん読み尽くさないと気が済まないのが私の性分でもある。

そうしないと新たな作家の本を読む気にならないのだった。



午後6時に夕食。例のごとくでじいちゃんと二人で食べる。

そうして娘むこが帰宅すると次は娘夫婦が食べ始める。

孫たちはいくら呼んでも二階から下りて来ないのが日課になった。

それで良いのだろうか。このままで良いのだろうかと思う。

「食べたくなったら食べるけん」とあやちゃんはいつも言う。


明日はめいちゃんの誕生日なので家族団らんが出来るかもしれない。

おばあちゃんは期待で胸をふくらませているのだけれど。


夕食はやっぱりみんなでわいわいと食べるのが嬉しいね。



2021年09月12日(日) 思い通りにはいかないこと

曇り時々雨。傘も要らない程の霧のような雨だった。

前線停滞とのことでしばらくはぐずついたお天気が続きそう。

もう夏の名残を感じることもないのかもしれない。

なんとなくしんみりとする。感傷的にはなりたくないけれど

心は少しブルーだ。グレーでないだけでも良しとしたいものだ。


傷つけたのであろう人から傷つけられる。

私に非があったのだろうけれどそこまでしなくてもと思う。

もう二度と関わりたくはない。そう決めると少し心が楽になった。

ずいぶんと昔から私の日記を読んでくれていたらしいけれど

私の理解者ではなかったようだ。最後には石を投げつけられる。

それで気が済んだのなら私は決して否定はしない。

仕打ちをしたつもりかもしれないけれど私は負けたつもりはない。

ひとは哀しい生き物だ。その心に投げる石を私は持ち合わせていない。






朝のうちにお大師堂へ。川辺の百日紅の花に心が和む。

川面に手を伸ばすように咲いていて薄紅色の花がそこに映る。

いつからだろう。おそらく何十年も昔に植えられたものだろう。

その頃にはきっと参拝する人も多かったのだと思う。

花は永遠に咲き続ける。なんだかそれは希望そのものであった。



スーパーに買物に行ったらレジで前に居たのが息子だった。

夜勤明けだそうで食料を買ってマンションへ帰る途中とのこと。

お嫁さんの体調は落ち着いているようだけれど主夫をしている様子。

2割引きの鶏肉を買っていた。それがなんともせつなくて

唐揚げでも作るのかなと思ったけれど何も訊けなかった。

ゆっくりと話も出来ず「おかあ、またな」と言って先に店を出て行く。

ほんとうにあっけない。息子はいつも嵐のように去って行くのだ。



お昼下がり、読みかけだった本を読了。

それからそわそわと落ち着かなくなりDVDを借りに行ったけれど

目当ての物がなく仕方なくまた中古本を買って帰る。

縋りつくような気持ちになり夕方まで読みふけっていた。



夕飯は鉄板焼き。孫たちは後から食べると言い思うようにはいかない。

いつまでも家族団らんとはいかなくなったけれど

それも仕方ないことなのだろう。成り行きに任せるしかない。


思い通りにはいかないこと。それをいかに満足に変えて行くかだ。



2021年09月11日(土) 明るい場所を目指そう

晴れたり曇ったり。風もなく蒸し暑い一日だった。

それも夏の名残りと受けとめ嘆きもせずに過ごす。


嘆くことはするまいと決めていても

私も人間だから弱気になる時もあるようだ。

根っからのの楽天家ではない事を思い知ることもある。

済んでしまったことはもう仕方ない。

それでも心に引っかかることがあると気分が沈んでしまう。

自分のこころは自分で守らなければいけない。

焦らずにゆっくりと明るい場所を目指そうと思っている。





今日は娘夫婦が休みだったので孫たちの心配もなかった。

この一週間ずっと一人で川仕事を頑張っていたじいちゃん。

週末は手伝おうと意気込んでいたけれど

干潮時間が午後遅くになるため作業は困難とのこと。

来週には3連休があるので一気に終わらせられそうだった。

「ゆっくり休めや」と言ってくれるてありがたいこと。


午前中にカーブスへ行き薄っすらと汗を流してくる。

バドミントンに比べる物足らない。もっとハードでも良いくらい。

滝のように汗を流していたことがずいぶんと懐かしい。

それでも身の程を知ればちょうど良い運動量なのかもしれない。

無理の出来ない歳になったのだ。もっと思い知らねばと思う。

けれども自分にはとことん厳しく在り続けたいとも思うのだった。



午後は例のごとくで読書三昧。それなりに充実した一日だった。

ふと生きている間にあとどれくらい本を読めるだろうかと思った。

もし読みかけの本があれば娘がお棺に入れてくれるだろう。

天国にも図書館はあるのだろうか。確かめる術もないけれど。


とにかく今のところは明日がありそう。

ひとつひとつクリアーするように私は生きている。




2021年09月10日(金) おひいさんといのち

ピーカンとはかんかん照りのことを言うのだろうか。

たまには使い慣れない言葉も良いのかもしれない。

真夏日となり輝くばかりの太陽であった。

そういえば太陽も使い慣れていない。

私はいつも「おひさま」と書いていたのではないか。

言葉を発する時には「おひいさん」と言っている。



今朝はとても嬉しいことがあった。

新聞の片隅にローカルジャーナルという詩誌を紹介する欄があって

そこに私が参加している同人誌が紹介されていたのだった。

一部抜粋というカタチで私の詩が掲載されていた。

「身に余る」とはまさにこのこと。

夢ではないかと頬をつねる程の思いがけない出来事であった。


それがどれほど励みになったことだろう。

まるで砂浜に打ち上げられた貝殻のような気持ちになる。

見つけてくれる人がきっといるのだと思った。

ずっとずっと波に揉まれていたのかもしれない。

そのまま化石のように砂に埋もれてしまう運命だったのかも。


誰かの手のひらに救われる。そこには確かないのちがあった。


そんないのちと向き合いながらこれからも書き続けていきたい。


いつかは終わるいのちだからこそ

精一杯に生きなければいけないのだ。




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